インセスト・タブー

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三話

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スワローがギャングとツルんでるのは薄々勘付いていた。今日まで行動を起こさずにいたのは偏にピジョンが臆病だからだ。しかしもう黙ってられない。

「連中がたむろってんのは東埠頭の3番倉庫。くれぐれも俺の名前出すなよ、チクったのバレったら半殺しだ」
「わかってる、ありがとうおしえてくれて」
「別に……なんかあったら真面目にやってるお前や教会の連中とばっちりじゃん」

彼は劉、ピジョンとスワローの友人だ。
そういえば本人はただの腐れ縁だと否定するだろうが、少なくともピジョンは大事な友達だと思っている。
実際劉は人がいい。斜に構えて悪ぶっていても、スワローの非行を見せずわざわざご注進にきてくれたのだ。

大学の帰り道、偶然呼び止められた。
劉は久しぶりの再会を喜ぶピジョンを路地裏に引っ張り込み、現在スワローがどこで何しているか教えてくれた。
家出してからこちら、スワローは不特定多数の男や女のもとを渡り歩いて滅多に帰ってこない。ピジョンや神父と顔を合わせるのを敢えて避けている節がある。
根っから自由人で神様嫌いのスワローが教会に寄り付きたがらないのは当然といえば当然、家や礼拝堂で鉢合わせようものならお説教をくらうのが目に見えているから。
劉はけだるげに煙草の煙を吐いて呟く。

「スワローが入り浸ってるギャングはなかなか悪名高ェ。ダウンタウンのガキどもにドラッグ捌いて、サツにもマークされてる」
「アイツが売人を……?」
「いい小遣い稼ぎになるんだとさ。アングラファイトでも荒稼ぎしてやがるって噂だ」
「アングラファイトって何?」
「詳しくは知んねー。賭けボクシングみたいなもんじゃねえか」
「どうりで擦り傷だらけなわけだ」

先日会ってすぐ別れたスワローを思い出す。
拳にはテープを巻き、頬には絆創膏を貼っていた。どうせまた喧嘩だろうと高を括っていたが、実際はもっと酷い。
どうしてあの時もっと真剣に問いたださなかったのか、心底悔やんで唇を噛む。
答えは簡単、ピジョンは根っから臆病で気弱な平和主義者で弟との直接対決をできるかぎり先延ばしにしてきた。真実を知って何かが決定的に壊れてしまうのが怖かった、不可逆的な変化がもたらされるのに怯えていた、兄弟の絆が断ち切れる予感に耐えきれず今確かにそこに在る現実から目を背けてきたのだ。

スワローは傷付いてたのに。

『お前は俺の番いだ、ピジョン』
『俺の子を孕め』

傷付いてボロボロなってたのに、そこから逃げた。

「俺のせいだ。ずっと知らんぷりしてきたツケが回った」
「自分を責めんな、アイツが好きでやってるこった」
「たとえそうでも……弟が道を踏み外したら、ひっぱたいてでも連れ戻すのが兄さんの役割だろ」

手遅れになる前に。

スワローがギャングの使いパシリに堕ちた。
アイツが売り捌いたドラッグが誰かを不幸にしている。
そんな事到底許せないし認められない、この世にただ一人の血を分けた兄として止めなきゃいけない。
まともに喧嘩したらかないっこないとかぶん殴られるのが怖いとか、それがアイツをほったらかしてた言い訳になるのかよ?

脳裏を過ぎるのは十数年前のセピア色に褪せた記憶、トレーラーハウスが犇めく夕暮れの公園に立ち尽くす幼い弟の背中。
小さな手に握られた針金の天使が何を意味するか、ピジョンだけが知っている。

「行ってくる」
「一人で大丈夫か?」
「ああ」
「無茶すんなよ。この事神父には」
「黙っててくれ。きっと心配するから……俺たちのことでこれ以上世話をかけられない」

神父が知ったら絶対止める。
だからこそ一人で行く必要がある。

「大丈夫。必ずスワローを連れ帰るから」
「フラグ立てんな」

劉がうんざりと煙草を踏み消す。やっぱり優しい。
ピジョンは感謝の微笑みを浮かべ劉と別れる、目指すは埠頭の倉庫だ。振り向かなくても見送ってくれてるのがわかり、ほんの少し勇気が湧く。
徒歩から次第に早足になり、しまいにはがむしゃらに走っていた。
スピードを上げてアスファルトを蹴るたび思い浮かぶのは愛しい弟の顔、まだ小さいスワローがペンチで針金を曲げて工作している。

『何してるのスワロー』
『天使を作ってる。母さんにあげる』
『なんでもない日にプレゼントするの?』
『悪いかよ』
『全然!きっと喜ぶよ、俺も手伝おうか』
『邪魔。引っ込んでろ』

俺の可愛いへそ曲がりなスワロー。
母さんにプレゼントする為、針金をねじって天使の人形を作ったスワロー。
だけど母さんは帰ってこなかった、俺たちをおいてどこかへ行ってしまった。
スワローはトレーラーハウスの前に立ち尽くし、やがて公園の入口まで足をのばし、帰ってこない母さんを何時間も待ち侘びた。

『いい加減帰ろうよスワロー、風邪ひいちゃうぞ』
『ぶえっくしゅ!』
『言わんこっちゃない……母さんは朝帰りだってば、先に寝てよ?』
『やだ。一番に渡すんだ』

俺が迎えに行っても断固として動かず、帰ってこない人を待ち続けたスワロー。
手の中の天使は力の込めすぎで翼が曲がり、原形を留めない位ぐちゃぐちゃになった。

今行くから待ってろスワロー。
狂おしく祈り、切実に願い、スニーカーを履いた足をひたすら前に繰り出す。
柔な肺を痛め付けて全力疾走し、漸く埠頭に辿り着いた頃には夜が更けていた。
顎に滴る汗を拭い、こみ上げる恐怖をねじ伏せ、劉が教えてくれた三番倉庫に赴く。

巨大な扉の隙間から乱痴気騒ぎの声がする。
深呼吸で落ち着きを取り戻し、注意深くノックをした。

「入るよ」

躁的な狂騒がぴたりとやむ。
負けじと顎を引いて踏み込んだ瞬間、ガラスの割れる音が響き渡る。頬の薄皮が裂ける鋭い痛み。

「あーあはずした。お前だれよ?」

顔のすぐ横で割れ砕けた瓶の残骸を一瞥、足腰の震えを隠して突き進む。たった今ピジョンめがけて酒瓶をぶん投げたのは、椅子代わりの木箱にふんぞり返った若者だ。
周囲では車座になった若者たちが酒盛りをしている。ガラの悪い男もいればその連れらしい派手な女もおり、白い粉が入った袋と注射器が転がっていた。
ピジョンはリーダーの前に立ち、きっぱり宣言する。

「スワローの兄さんだ。弟はどこだ」
「マジ?全然似てねェじゃん」
「そりゃそうさ、確か種違いって言ってたぜ。自分とは正反対のお固くてツマンねェ兄貴だってぼやいてた」

アイツ、そんなこと言ってたのか……。
自分のいない所で自分の話を持ち出した弟に、いたたまれなさと気恥ずかしさを覚える。
リーダーが目線を上に投げてひとりごちる。

「スワロー……今日は見かけねえな、大方女の部屋にでもしけこんでんじゃねえか。色男だからな、アイツは」
「じゃあその部屋を教えろ」
「ちょっと待て、いきなり乗り込んできて随分と失礼な物言いじゃねェか」
「用があるのはスワローだけだ。教えてくれたらすぐ帰る」

拳を握りこんで声を張るピジョンに対し、リーダーが下卑た笑みを浮かべる。

「抑制剤は飲んできたのか」
「は?」
「お前Ωだろ」

リーダーの暴露に周囲がどよめき、ピジョンの顔が強張る。

「なんで知って……アイツが言ったのか?」
「ああそうだよ、兄貴は男と見りゃ誰にでもさかる肉便器だから遊んでくれとさ」
「嘘だ」

スワローがばらすはずない。
即座に否定すればリーダーが鼻白む。

「Ωは匂うんだよ。淫売のフェロモンがぷんぷんする」

ハッタリだ、抑制剤はちゃんと飲んできた。
屈辱に顔を歪めるピジョンをたっぷり視姦し、リーダーが唇をなめる。

「スワローの居場所教えてやってもいいぜ。きちんとおしゃぶりできたらな」
「ッ、離せ!」

リーダーが顎をしゃくるのに応じ、待ちかねた男たちがピジョンにとびかかる。抵抗虚しく組み敷かれ、額を床に打ち付けられた。立て続けに襲い来る暴力の嵐。

「男にケツ貸すしか取り柄がねえクソΩがイキんじゃねえよ」
「がっ!」

尖ったブーツが鳩尾を抉り、衝撃に仰け反る。

「スワローにもヤらしてんだろ」
「ぐふっ!」

今度は肩を蹴飛ばされた。
反論する暇を与えず降り注ぐ靴と拳、顔を殴られたはずみで唇が切れ鉄錆の味が広がる「Ω見んの初めてだ、超レアじゃん」咄嗟に腕を交差させ頭を庇って突っ伏す「誰が最初に孕ますか賭けるか」ゴツいブーツが汚いスニーカーが全身を踏み付けて踏みにじり唾を吐き捨てる「カメラ回す?」こんなの辛くない痛くないと自分に言い聞かせ耐え忍ぶ、ピジョンの母は身寄りのないΩの娼婦でもっとずっと酷い仕打ちを受け続けてきた、ピジョンは物心付いた頃から男たちの嬲りものにされる母とおもちゃにされる弟を成す術なく見せ付けられてきたのだ。

『みないでピジョン』

仕事場のベッドの上、全裸の男に挟み撃ちにされ上下の口を犯された母が懇願する。
大股開きで縛り上げられ、巨大バイブを突っ込まれ、後ろ向きにアナルを凌辱され、両の乳首とクリトリスにピアスを穿たれ、そこに通したチェーンを同時に引っ張られ、潮を吹いて絶頂する。

「ッは、あッ」

こめかみを蹴られて瞼の裏に火花が散る。記憶の洪水が理性を押し流す。
ピジョンは思い出す、母が消える前の晩にあった出来事を。
二度と思い出したくないおぞましい体験を。

当時、母のもとによく通って来ていた。母は多くを語らなかったが、アレはスワローの父親だったのかもしれない。とんでもなくサディスティックな男だった。
男は母を裸に剥いて縛り上げベルトで鞭打ち、仕上げにピジョンを呼んだ。

『コイツでお袋のメス孔を塞げ』

男がピジョンに握らせたのは子どもの手に余るサイズのグロテスクなバイブだった。嫌だと言えばよかった。怖くて断れなかった。だって後ろにはスワローがいる、寝ぼけてこっちをじっと見てる。

俺は兄さんだから弟を守らなきゃいけない、母さんもそういってる、約束したんだ。

だから、言われたとおりにした。
男に渡されたバイブで大好きな母を犯した。

愛液と精液でぐちゃぐちゃの手が震えて痺れて、母は気絶するまで何度も絶頂した。

『あっ、ンあっ、ふぁあ、やめッんぐ』
『さすが売女の息子、筋がいいな。テメェをひりだした穴の感じる所わかってんじゃん』
『大丈夫っ、あぁッんあッ続けてピジョ、ふぁっァあ、ママは大丈夫ッ、だからッ、止めないッで』

俺のせいだ。
俺のせいで母さんはいなくなった。
俺が母さんをいじめたから、バイブでめちゃくちゃにしたから、次の日母さんはどこかへ行ったきり帰ってこなかった。
スワローは針金の天使を作って寒い中ずっと待ってたのに、結局帰ってこなかったんだ。

「ごめ、なさい」

罪悪感にうちひしがれて嗚咽するピジョンの頭を殴り付け、リーダーが銃を抜く。

「!?ンっ、ぐ」

真っ暗な銃口を突き付けられ寿命が縮む。
撃たれると覚悟して目を瞑るも、直後に襲ってきたのは別の痛みだ。ピジョンの正面にしゃがんだリーダーが、拳銃を口にねじこんできたのだ。

「やめ、ぷは、よせ、ァんっ、ぐ」

片手で額を掴み、もう一方の手に掴んだ口腔に抉りこむ。誰かが背中を踏み付けているせいでろくに動けず、されるがまま蹂躙される。敏感に潤んだ粘膜を無骨な鉄のかたまりが犯す。
銃口が歯にあたる都度激痛が爆ぜ、喉の奥で膨れ上がる異物感にたまらずえずく。

「おーおーちゅぱちゅぱけなげにおしゃぶりしてるぜお兄ちゃん」
「真っ赤でHなお顔だな」
「スワローにも毎日してやってんのか羨ましい、弟の肉便器になるってなァどんな気分か教えてくれよ」
「ちが、俺とスワローはそんなんじゃ、あンっふぐッ」
「ぶっとくて固くてうまいだろ、もっと奥まで食えよほら」

口の中にあふれた唾液に噎せ返る。酸欠に陥った視界が真っ赤に染まる中、鉄の筒に無意識に舌を絡めて濡らす。

「淫乱Ωが、喉マンコのビラビラで感じてんのか?」

リーダーの手がピンクゴールドの前髪を掴み、だらしなく蕩けきった顔を暴き立てる。
ピジョンの痴態に劣情を催し、リーダーが低く嘲る。

「銃フェラだけで出来上がっちまうとかΩは噂どおりの淫乱だな」
「んぐッ、ふグ―――――ッ」

抗議の声は喉に詰まって出てこない。口腔の襞をめくられてしとどに唾液が滴る。太くて固い銃がゴリゴリと粘膜を削る傍ら、後ろに回った男がズボンごと下着をずりさげ、ピジョンの尻を引き立てる。

「ふざけるな離せよ、お前らにレイプされる位なら舌噛んだ方がマシだ」

剥き出しの尻が寒くて背中の方まで鳥肌が広がる。精一杯虚勢を張って吠えるピジョンを見下ろし、若者が冷たく蔑む。

「ヴァージンでもねえくせにもったいぶんな」

あたり一面に悪意を孕んだ嘲笑と憫笑が広まりゆく。リーダーが若者に拳銃を渡す。アナルの窄まりに唾液を塗した銃口をあてがわれ、ヒュッと喉が鳴る。

「やめ、ろ」
「スワローの居所知りてえんだろ?銃でイかなかったら教えてやるよ」
「…………ぐ……」

最悪の交渉をもちかけられ怒りと屈辱に歯噛みする。
全くほぐされてないアナルに力ずくで銃口が押し込まれ、脳天まで激痛が駆け抜けた。

「ッ―――――――――――――――――!」

Ωの尻は排泄器官であると同時に生殖器だ。通常の男なら濡れない孔が愛液を分泌するせいで、異物が難なく入っていく。既に潤んだ粘膜が銃口を咥えこみ、抽送のリズムに合わせて腰が揺れ出す。

「あッ、ァっ、ァあっあ」

拳銃に犯される恥辱と激痛を無数の視線が煽り立てる。

「さっすがΩ、銃を突っ込まれて先っぽ滴んのか」
「やば、勃ってきた……スワローの兄貴にしちゃ地味でがっかりしたけど、よがってる顔はそそるじゃん」
「もっと手首捻って奥までじゅぽじゅぽ突っ込め」
「んッは、や、ァよせっ、腹苦しッあぁゴツゴツして痛っぐ」

スワローどこだ、早く出て来い。
苦しい悔しいやり返したい、なのにピジョンは無力で押さえ付けられた拳を震わすことしかできずにいる。内腿を伝い落ちる愛液が水たまりを作り、先端から滴った先走りと合流する。腰がへたれそうになるや背後の若者がふざけて尻を叩き、ペニスをいじってまた起こす。

スワローはどこだ。
母さんはどこだ。
いなくなったのは俺のせいだ俺が悪いスワローは小さすぎて覚えてないけど俺はちゃんと覚えてる忘れたくても忘れられない男の命令で母さんを犯したバイブで気絶するまでいじめぬいた。

男が満足して帰って行ったあと、ベッドに突っ伏したまま動かない母さんの背中にはアイツの精液がぶちまけられて、それが肩甲骨から生えた翼に見えて、ぼんやりしたスワローが言ったんだ。

『母さん、天使みてえ』

「はァッ、スワロー、ごめんスワロー」

アレは翼じゃない、男の体液だ。
だけど、でも、本当の事は言えなかった。
お前に嘘を吐いた。

『そうだね、天使みたいだ』

お前の父親かもしれない男が母さんの背中にぶちまけた精液、それが母さんが手に入れた翼の正体だ。

アレを見たから、母さんに似せた針金の天使を作ったんだろ?
それを渡そうとして、ずっと待ってたんだろ。

「あッ、あぁッ、ンぐっあ」

しきりにスワローに語りかけ、もういない母に詫び、狂ったように喘ぐ。
自身が泣いている事にも気付かず腰を振り立て、倒錯した快楽の奴隷になる。

「銃じゃ足りねえか?」

ピジョンの痴態に生唾を飲んだ若者が、たまりかね銃を投げ捨て、赤黒い怒張を突き立てる。

「スワローを、かえ、せ」

前髪を掴んで口をこじ開ける。リーダーがピジョンを跪かせて奉仕する傍ら、若者たちは代わる代わる尻に突っ込んで手荒く揺さぶる。

「あ~Ωのケツやわっけえ……最ッ高」
「中すっげえ締まる」
「子袋に種付けしてやるから準備しな、しっかり孕めよ」
「ふぁッ、ンっあ、やッあ奥ッイくっ、中出す、な、それだけは、ァあっ前やっもっあぁあ」

ピジョンが気を失いかけるたびに尻や顔を叩き、あるいはペニスや乳首をぐちゃぐちゃに捏ね回し、熱くぬめる舌で耳の穴をほじくり返して尻にぶちこむ。

「スワロー、スワロー、スワロー」

朦朧とする意識の彼方で名前を呼ぶ、ここにはいないスワローの幻に縋り付き肘だけで這いずっていく。

「むかえにいく、から。ひとりにしない、ぞ」

ペニスの先端からぱたぱた白濁が滴る。背後に覆いかぶさった若者を仲間が小突いてぼやく。

「マジで中に出すのか?汚ェな、後のヤツのこと考えろ」
「るっせえな、じゃあ外に出すよ」

渋々離れた若者が擦り傷と痣だらけのピジョンの背中、肩甲骨に狙い定めて射精する。
びゅるると迸り出た白濁が肩甲骨を汚し、偽物の翼を描く。
ピジョンの瞳が光を失って闇に堕ち、ただの錆色に濁っていく。
心が壊れるまで凌辱されたピジョンの視線の先、倉庫の鉄扉を開け放って誰かが歩いてくる。

「すあ、ろ」

スワローがいた。
壮絶な怒りを孕んだ無表情。スタジャンに潜った手がナイフを抜き放ち、頭を低めて走ってくる。

「翼があんのに飛べねえのかよ、駄バト」

ピジョンの前髪を吊るし、激しく喉を突いていたリーダーが汗だくで片手を上げる。

「よおスワローラッキーだな、お前の兄貴とやらが迎えにきたから皆で種付けショーしてんだ」

ピジョンの尻を串刺した若者が下卑た笑顔でほざく。

「順番守って並べよ、一番後な」

スワローの視線が兄の背中に移る。

左右対称の肩甲骨。
左右対称の白い翼。

「俺が最初で最後だよ」

飛燕ラピッドスワローが駆け抜ける速度に合わせ悲鳴が上がり、ピジョンにのしかかった男たちが倒れていく。
群がる男たちを薙ぎ払い、音速のナイフ捌きで手足の腱を断ち、あるいは喉を切り裂き、気持ちよさそうに血しぶきを浴びる。

「やめ、ろ。殺す、な」

ナイフを振り回して暴走するスワローを小声で制す。スワローは聞いちゃない。赤く燃える眼光は殺気を放ち、あらん限りの憎悪を込め、兄を輪姦したクズどもを血祭りに上げる。
肘だけで体重を支え起き上がったピジョンが、腹の底から絶叫を振り絞る。

「よすんだスワロー!!」

スワローの刃がリーダーの頸動脈を掻き切る寸前、けたたましいサイレンが響き渡る。警察だ。誰かが通報したのか。

「イカレてやがる……」

泡を食って逃亡するリーダーをあえて追わず、スワローが戻ってきた。ぐったりしたピジョンを見下ろし、無言で肩を貸す。

「歩けるか」
「ああ……」
「病院行くぞ」
「待て、よ。病院はだめだ」
「なんで」
「警察に色々聞かれる。今日の事やお前の事……先生にばれる」
「またアイツかよ」

スワローの横顔が忌々しげに歪む。
ピジョンは弱々しく掠れた声で懇願する。

「頼む……」

もし病院に運ばれたら、そこで取り調べを受けたら、嘘が下手なピジョンは弟が犯罪に関わっていた事をもらしてしまいかねない。ピジョンはスワローが刑務所に叩き込まれるのを望まない。
鋭い観察眼で兄の考えを察したスワローが舌打ちし、埠頭にほど近いモーテルにチェックインする。

「ここで満足?」
「すまない……」

色褪せた壁紙と安っぽい家具に安心感を覚える。
窓の外では青いランプが回っていた。埠頭の騒ぎが空気を縫って伝ってくる。
救急車のサイレンを聞き届け、ピジョンはホッとした。
次の瞬間、顔の横にナイフを突き立てられた。

「くそったれのお人好しが。全員ぶっ殺してやりゃよかったんだ」

スワローがピジョンをベッドに押し倒す。ナイフが刺さった枕から羽毛が飛び散る。

「やめろよ。弁償代が嵩む」
「ばっくれりゃいい」
「そうはいかないよ、モーテルの人に悪い」
「ンな場合か。自分の体心配しろ」
「大丈夫、中には出されてない」
「じゃねェよ!!」

羽毛が舞い立ち降り注ぐ部屋の中、ピジョンを組み敷いたスワローが激情をぶちまける。

「……なんであそこにいた」
「劉に教えてもらった」
「あとで殺す」
「劉は悪くない、お前を……俺たちを心配してくれたんだ。半殺しにするなら俺にしろ」
「その状態で半殺したら死んじまうよ」
「お前がギャングのアジトに出入りしてるって聞いて、手遅れになる前にむかえにきたんだ。売人の真似事なんかやめろ、似合わないよ。母さんも先生も哀しむ」
「他人のことなんざどうだっていい」
「家族だろ?」
「お前以外みんな他人だ」

スワローは俯いたまま顔を上げない。
イエローゴールドの前髪が表情を覆い隠すせいで、意固地に引き結ばれた口元しか見えない。ピジョンはため息を吐く。

「俺が一番哀しむ」
「……」
「一緒にうちに帰るんだ」
「……」
「せっかくαに生まれたんだから将来を棒にふるようなまねするな。お前は俺や母さんのようなΩと違って、みんなにちゃんと愛されて幸せになれるんだ。俺たちがなりたくてなれなかったものになれるんだ」
「知らねえ。どうでもいい。興味もねえ」
「スワロー」
「他の連中にちやほやされようが、目の前のたった一人に愛されなきゃ意味がねェんだよ」

血を分けたお前に。
たった一人に。

狂おしいほど思い詰めた赤い瞳に見詰められ、心臓が早鐘を打ちだす。

「俺の番いになれよ」
「だからそれは……無理だよ」
「なんで」
「兄弟だろ」
「半分血が繋がってるからどうしたってんだ。俺には最初っから最後までお前っきゃいねえ、お前しか考えらんねえ。今だっておかしくなりそうな位兄貴が好きで死ぬほど抱きたくてたまらなくて、心底俺の子を産ませたいんだよ」

兄貴の子なら愛せるから。
命がけで守れるから。

「……ずるいぞ、スワロー」

俺がむかえにきたはずだった。
なのに地獄から連れ出してくれたのはお前だ。

コイツには俺がいなきゃだめで、俺にはコイツがいなきゃだめだ。
その事をとことんわからされた。

「俺の小鳩。俺の天使」

骨の髄まで。

スワローがこの上なく愛おしげに、ほんの少しだけ臆病に囁いて唇にキスをする。力ずくで奪うんじゃない、無理矢理犯すんじゃない、ピジョンの目をまっすぐ見詰めて許しを乞おうとしている。

ああ、神様。

「……愛してるんだ。母さんより誰よりも」

こんな俺を求めてくれるのは、愛してくれるのはお前だけだ。

控えめに軋むベッドの上、スワローの唇がおずおずと顔に触れ回る。
ピジョンはそれにこたえる。
長年拒み続けたスワローを自ら迎え入れ、男たちにさんざん汚された体を許す。

「抱いてくれ」

小さく震える声でせがめば、スワローがピンクゴールドのおくれ毛を優しくかきあげ、痛々しい歯型が刻印された乳首をなめて癒し始める。

「ッふ、ぁ」
「くすぐってえ?」
「もどかしい、だけ」

チュッチュッと乳首を吸い立て、唾で薄まった血を丁寧になめとる。
その後ピジョンのアナルをほぐし、ゆっくりと挿入する。
体と心が満ち足りてゆく感覚に長々と吐息し、ピジョンがスワローの背中に腕を回す。

「ぁあ、すあろっ、ふぁあ」

漸く本当の意味で結ばれた気がする。強引に開かれるのに慣れた身体が歓びにわななき、目尻を涙が濡らす。

「ギャング、なんかやめて、戻って、こいッ」
「言われなくても……テメェをヤッた人でなしに媚びるかよ」
「学校、ちゃんと行け、よッ」
「りょーかい」

スワローはピジョンを気遣って優しく動く。
どちらからともなく手と手を繋いで締め上げ、快楽を分かち合うように動く。
スワローのペニスに突かれてじれったげに腰を浮かし、淫蕩な熱に浮かされたピジョンが口走る。

「俺の、番にッ、なれ」
「え?」

虚を衝かれたスワローが一瞬止まる。ピジョンは静かに目を瞑り、囁く。
「お前の子……産みたいんだ」
何から何まで正反対の兄と弟。αとΩ。近親相姦への忌避感を愛情が上回り、身体の奥の器官がじんと熱を帯びる。

俺の小さな可愛い弟。
母さんがいなくなった時、必ず守ると誓った。

「頼む。孕ませてくれ」

お前から母さんを奪ったのは俺だ。どうやって償ったらいいかわからない。

キツく目を瞑り快楽に身を委ねるピジョン、脳裏にチラ付く針金の天使の末路、夜が明けても戻ってこない母に幻滅したスワローは結局天使を握り潰してしまった。
スワローの指は酷く傷付いて、手からいっぱい血が垂れ流れて、ぽたぽたと地面に滴った。

ピジョンの一言に耳を疑い呆然とし、次いで瞬きしたスワローが笑いだす。

「ははっ!」

無邪気な顔。無邪気な声。
その顔は本当に嬉しそうで、本当に幸せそうで、我を忘れて抽送が激しさを増しピジョンを揺さぶったとしても責められまい。

「あッ、ふぁッそこっぁっ当たるッすあろっ、ィくっぁ、ぁン、あぁふあ」
「やっとかよ長かったな、振り落とされねーようにちゃんと掴まってろよ、全部奥に注いでやる!」
「わかっ、た、全部受け止める、ッから、あッふぁぅ、んあっ、俺のスワロー、好きッ、ぁあっ、好きッ、一緒に飛ぶっ、から、ぁあっ――――」
「欲しがりケツマンコでしっかり孕めよ駄バト、俺とテメェによく似た最高に可愛い雛を生んでくれ!」

前立腺を突きまくられ飛びかけた意識がまた引き戻され、激しく仰け反るピジョンの最奥に精を吐き出す。

「ッ……」

射精の余韻の痙攣と胎内の収縮。
兄の中で果てたスワローが倒れこむや、ピジョンのペニスが潮を吹く。

「はあっ、はあっ、はあ……」

種付けを終え憔悴しきったスワローの頬に手を添え、自らの腹に導くピジョン。

「……元気に生まれてくるといいな」

叶うなら、お前を産み直してやりたい。
お前を育て直してやりたい。

母性を秘めた声音でひとりごちるピジョンに対し、スワローは口を噤んだまま、その腹に手を回す。

「俺とお前の子なら、どんなガキでも最高に可愛いに決まってんじゃん」

これからどうなるかわからない。
本当に妊娠したかもわからない。

もし子どもができていたらと考えると一抹の不安がぶり返すが、それをこえる幸せに包まれるのもまた事実だ。
翌朝、ピジョンとスワローは手を繋いで教会に帰った。神父はスワローにビンタした。

ピジョンの腹が膨れる兆しはない。子どもをおいて蒸発した母が帰ってくる気配もない。

だけど今、小鳥たちは幸せだ。
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