タンブルウィード

まさみ

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CAT PARTY 前

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昼過ぎまで惰眠を貪れんのは非番の特権。

「……ん~……」
枕元を手探りし箱を探す。手の横で弾いて舌打ちが漏れる。半身を乗り出し取ろうとして落下、視界のブレに次いでしたたか体を打ち付けた。
「だる……」
ツイてねえ一日の始まり。
床に突っ伏しぼやいたそばから、生温かくざらざらした何かに頬をなめられた。

女?
酔った勢いで連れ込んじまった、とか?

というのは杞憂だった。目の前にいたのは裸の女もとい、薄汚い毛玉。

「猫?」
なんで部屋に畜生が。閉め忘れた窓から忍び込んだのか。
ぼんやりした頭で記憶を辿り、ショバ代をせしめた帰りに拾ってきたのを思い出す。道端で震えていたのを見過ごせず、うっかり出来心を起こしちまった。床に置いた皿の中身は空っぽ、顔を寄せりゃほのかに酒臭い。
「にゃあ~ん」
猫がゴロゴロ喉を鳴らし甘えてくる。
最初に断っとくが、動物は別に好きじゃねえ。どちらかというと苦手だ。
漸くモルネスゲット、角を叩いて一本取り出す。安物のライターで着火、のんびり紫煙を燻らす。メンソールの爽やかな香りが鼻腔に抜けて生き返る。
「ふ~」
俺の脚にじゃれる猫を改めて観察する。体が小せえから子猫だろうきっと。
お持ち帰りした理由はなんとなく。親とはぐれたのか捨てられたのか、煙草の自販機横にちょこんと蹲ってた。
煙草を取り出す際目が合っちまったのが運の尽き。哀れっぽく鳴いて擦り寄ってこられちゃさすがに無視できず、カイロ代わりに懐に突っ込んで帰宅した。
腹がくちくなりゃ勝手に消えるだろうと思ってたら、まだ居座ってやがるとは誤算である。
苦い紫煙を吐き出し、俺が穿いてるズボンを爪研ぎの練習台、改め天然物のダメージジーンズにしようと頑張ってる猫に呟く。
「用が済んだら帰れ。俺の部屋なんかいたって楽しかねーだろ」
「にゃ~」
「冷蔵庫の牛乳は賞味期限切れ。飲んだら腹壊す」
猫と会話すんのは虚しい。一人ツッコミをしたのち腰を浮かす。自慢じゃないが、部屋に人が訪ねてくることは少ない。お客なんて滅多にこねえ。
だからってわけでもねえが部屋は散らかってる。床には脱いだ服やズボンが降り積もり、テーブル上にはシリアルをかっこんだボウルと牛乳パックが放置され、シンクには汚れ物がたまっていた。
ふと目をやりゃ足元に見慣れない瓶が転がっていた。中身はまだ半分残ってる。
たぷんと揺れる酒を一瞥するや、インチキ臭い店主の顔が思い浮かぶ。

『アイヤーまた来たか暇人、相変わらず肝臓悪そうな顔色ネ、アルコール控えるヨロシ』

昨日は傘下の店を回り、ショバ代を回収していた。
そこは快楽天の片隅の寂れたバー、古今東西の珍しい酒を集めているのが取り柄。
店を切り盛りしてるのは年齢不詳の糸目の男、チャン。呉哥哥とは長い付き合いらしいがよく知らねえし知りたくもねえ、マフィアとずぶずぶの人間であるからしてどのみちろくな輩じゃねえ。
『哥哥は?』
『愛人とお楽しみ中』
『それで一人よこされたカ』
『あの人いねーほうが気楽』
スツールに腰かけ片手を突き出す。ショバ代の催促。
張に渡された茶封筒の中身を弾いて確かめ、どうでもいい世間話を振る。
『景気は?』
『ぼちぼち。そっちは』
『見てわからないカ、閑古鳥が巣作りしてるヨ。そうだ、哥哥がこないだかっぱらった酒どうしたネ』
ぎくりとした。
『あー……白乾児パイカルだっけ?別にどうも』
『キツかったあるカ』
『記憶がごっそり飛ぶ程度にゃ』
前回は大変な目に遭った。しかしまあ、張を恨むのは筋違いだ。もとはといえば棚からスッた呉哥哥が悪い、俺の不幸の連鎖は性悪ガラガラ蛇のせい。
カウンターに斜に向かい、指の間に挟んだ煙草をちょいと上げる。眉間には懐疑の皺。
『あの酒さ……飲むと体が縮むとか変な副作用ねえよな?』
『聞いたことないネ。でも世の中色々な人いるヨ、たぶん日頃の行いとか体質によるネ。縮んだあるカ?』
『ちょびっと』
幼児化したとは言えずとぼけりゃ、張が無責任に面白がる。
ハオ、貴重な体験したネ。彼女や友達に自慢するヨロシ』
『どっちもいねえよ』
いや、後者はいるか?バーズの顔を思い出して生温かい気分になる。
封筒の中身をチェックし終え、スツールを引き腰を浮かす。
『よし、ちゃんと揃ってんな』
『ショバ代ごまかすよな度胸ナイヨ。これからもご贔屓にって哥哥に伝えるネ』
『了解』
站住待て!』
封筒を尻ポケットに突っ込み踵を返す間際、呼び止められた。
満面に笑顔をたたえた張が、肉球マークがラベルに付いた酒瓶を突き出す。
『賄賂忘れてるヨ。マタタビ酒』
『いらねーし』
『お世話になってるお礼に』
『だからいらねえって』
『哥哥の部下を手ぶらじゃ帰したんじゃ酔生夢死の名折れヨ、後でとっちめられるの嫌イヤネ』
『アルコール得意じゃねえんだけど』
嫌な予感を猛烈な既視感が塗り潰す。頑として断る俺に詰め寄り、張がマタタビ酒を押し付けてくる。
『上司が楽しんでる最中に一人でショバ代回収したんだからちょっと位美味しい想いしたってバチ当たらないネ、張もお口チャックで黙っとくヨ』
『棚卸ん時に隅っこから出てきたヤツだろ、どうせ』
『埃をかぶった年月ぶん発酵進んで美味しくなるネ』
『嘘でも否定しやがれ客商売』
『高いショバ代かっぱいでるんだから在庫整理手伝うよろシ』
ラベルも褪せてるし入荷から相当経ってると見た。未開栓ならイケる、か?
白乾児の騒動も記憶に新しく身構える俺を、張が揉み手で懐柔する。
『マタタビ酒はマタタビの実を洗って氷砂糖やホワイトリカーで漬け込んだ薬用酒、苦味・渋味・甘味が三拍子揃った珍味が味わえるヨ。もちろん健康にもイイネ、強壮強精・疲労や病後の回復・更年期障害・高血圧その他に効くって評判ヨ。肝臓労りながら飲めるお酒ヨ、飲まず嫌いは損あるネ』
『同じ臓器なら肺を労りてえ』
『タダ酒飲める機会みすみす逃がすヘタレビビリだから出世しないネ、万年使い走り卒業したくないカ』
『糸目マッチ棒でかっぴろげて固定すんぞ』
『百年もののマタタビ酒ヨ?一口飲めば猫又だってごろにゃ~ん、哥哥だってネコになる極上の美酒。ヘタレも男が上がってツキが回るヨ?』
さすが商人、客をたぶらかすのが上手い。饒舌な説得に丸め込まれ、気付けばマタタビ酒を持たされていた。
他の効能は眉唾だがマジで疲労回復すんなら有難てえ。どんな味か興味も湧く。

そんなこんなで「酔生夢死」を後にし、途中で猫を拾って帰り、ベッドの上で一杯やって寝た。

「……まずくはなかったな」
たまには人を信じてみるもんだ、うん。気分が良かったんで猫にもお裾分けしてやった。
タオルケットの切れっ端にパンチする猫を眺めてたら、やたらと尻がもぞ付く。寝てる最中にデカい方漏らしたのかとあせるが、そういうかんじでもない。
とりあえずシャワーを浴びに行く。服を脱いでコックを捻り、温かい湯をかぶった瞬間、体の変化に気付いた。
湯気でぼやけた浴室の鏡に裸の男が映っている。あばらが薄っすら浮いた貧相な体、あちこちに散らばる痣と擦り傷。
頭にぴょこんと生えた猫耳と、尻の少し上あたりからたれたしっぽに目を奪われる。

完全に眠気が吹っ飛ぶ。

「は?え?」
てのひらで鏡の曇りを拭いまじまじ見直す。間違いねえ、やっぱり生えてる。
直後、素っ裸で浴室を飛び出した。大急ぎで服を身に付けるも、しっぽが閊えて邪魔くせえ。
自分の意志で動かせるらしいと理解しどうにか引っ込めズボンを穿く。尻のあたりのもっこりに違和感。
起きぬけ二本目の煙草を喫い、猫耳の片方を引っ張ってみる。

ちゃんと痛てえ。
神経は通ってる。

「先祖返り?猫のイレギュラー遺伝子が入ってるとか聞いてねえぞ」
いや待て、原因はマタタビ酒だ。コイツを飲んだせいで猫耳しっぽが生えたに決まってる。
今すぐ返品、って営業時間外かよ意味ねーじゃん。それ以前にこのザマで外歩きたくねえ、どんな羞恥プレイだ?
もともと猫のミュータントなら気になんねえが、見た目普通の人間がいきなり猫耳しっぽを生やして出歩いたりすりゃ特殊性癖を疑われる。
試しに窓ガラスに姿を映す。
「絵面キッツ……だめだ詰んだ」
自分で自分にドン引き、思いのほか精神的ショックがでけえ。アラサーだぞこっちは。
賭け麻雀に負けた罰ゲームや呉哥哥の嫌がらせで切り抜けるか?いや無理、諦めてひきこもるっきゃねえ。畜生、貴重な非番だってのに……白乾児の前例信じるなら明日には治ってるはず。
「って、アレ?」
部屋を見回すと猫が消えていた。どこ行った?玄関に向き直りゃドアに隙間ができている。まずい。
「世話焼かせやがって……」
このアパートはペット禁止、ってわけじゃねえが、人に見付かると何かと面倒だ。ほっといて二度寝するか追っかけるか悩み、結局後者をとる。
俺が住んでる時点でお察しの通り、アパートの治安は悪い。店子の民度は最悪ときて、悪ガキどもに捕まったらヒゲをちょんぎられたり逆さ吊りにされかねない。スワローにでくわしゃ蹴っ飛ばされんじゃねえか?

素早く部屋を抜け出しきょろきょろ見回す。猫は……いた。しっぽを優雅に揺らし、廊下をてくてく歩ってやがる。
猫を尾行し階段を上り下りするうち、廊下に椅子を出し、編み物の途中でうたた寝している婆さんに会った。ラッキー。
婆さんが被ってたニット帽を盗、もとい借りて猫耳を隠す。これでよし、どうにかごまかせそうだ。
「劉?物陰引っ込んでどうしたの」
「ッ!」
背後から突然声をかけられびびる。おそるおそる振り向きゃ紙袋を抱えたピジョンがいた。
「お前かよ。買い出し?」
「うん、まあね」
「スワローは?」
「女の子と遊んでるんじゃないか。何見て……あ」
猫のケツを見たピジョンが顔を輝かし、小走りに行く手に回り込む。
「外から迷い込んだのかな」
すかさず跪き、軽快な舌打ちで誘き寄せ喉をくすぐる。猫は甘えるように鳴く。
「劉の知り合い?この子を追っかけてたの」
「そんなとこ」
「帽子はどうしたの。イメチェン?」
「寝癖が酷くて」
ピジョンが懐っこい笑顔を浮かべる。
「ちょうどいいいや、うちに寄ってきなよ」
「なんでそうなる」
「暇だから猫を尾行してるんだろ」
ぐうのねもでねえ。
ピジョンは根っから動物好きで構いたがりだ。俺を誘ったのは単なる口実、本命は猫。
「たいしたおもてなしはできないけどお茶位出すよ。君にはサラミソーセージごちそうするね」
「にゃー」
片手に紙袋、片手に猫を確保していそいそ部屋に消えていく。
「おいこら勝手に……」
「早く~」
猫を抱いたピジョンに招かれ、断りきれずに敷居を跨ぐ。両隣の部屋からは夫婦喧嘩の怒号や皿が割れる騒音、酔っ払いががなりたてる調子っぱずれな歌が響いてきた。
ピジョンに続いて部屋に入り、俺んちと比べ多少片付いたダイニングにたたずむ。
「適当に座って。コーヒーと紅茶どっちがいい?」
「コーヒー」
「お湯沸かすね」
ピジョンが着々と準備を始める。俺は大人しく椅子に掛ける。ぶっちゃけ居心地悪ィ。
「どうぞ」
「サンキュ」
「君はこっち」
「にゃ~」
ミルクを注いだ皿を床に置き、ビニールを剥いたサラミソーセージを添える。俺の前にはコーヒーを淹れたマグカップ、一口啜って悔やむ。
「あちっ!」
「猫舌だっけ」
「……今日は」
こりて吐息で冷ます。
「可愛いなあ」
おっかなびっくりコーヒーに舌を浸す俺をよそに、ミルクを啜る猫の背にうずうず手を翳すピジョン。掌が猫背に軟着陸し、ゆっくり動く。
「ここらじゃ見かけない子だね」
「野良と知り合いなのか」
「痩せっぽちを太らせて帰すのが趣味なんだ」
「スワローにばれたら放り出されるぞ」
「蛮行は許さない」
「もしやったら?」
「爆睡中に下着に氷放り込む」
動物と触れ合ってるときのピジョンは幸せそうだ。ふやけきった笑顔には至福の色。日頃から弟に虐げられてるぶん、犬猫に癒しを求めてるんだとしたら不憫。
「好きなだけゆっくりしてっていいんだよ。なんならうちの子になるかい」
「にゃあ~」
平和な光景に毒気をぬかれ、甘ったるいコーヒーをちびちび啜る。しっぽを詰め込んだせいで座り方が安定せず、注意深く尻をずらす。帽子ん中が蒸すのはじっと我慢。
ひとしきり猫を構い倒して満足したピジョンが向かいの椅子に滑り込み、紙袋から酒瓶を取り出す。
コーヒーを吹きかけた。
「それどこで!?」
「近くの店で売ってた。劉は飲んだことある?マタタビ酒なんてレアだよね、どんな味するのか気になって」

何?アンデッドエンドにマタタビ酒ブームきてんの?

「アルコールからきしのくせに無茶すんな、これまで積み重ねたやらかし思い出せ」
「大袈裟だなあ、マタタビ酒は果実酒だろ。カシスオレンジなら俺だってギリイケるし、成分上はジュースにアルコールちょい足ししたのと同じ。度数低いのからならしていけばそのうち」
「そもそも昼から酒って」
「スワローは真っ昼間っからにゃんにゃんしまくってる」
「構ってもらえずヤケ酒かよ」
「アイツが飲んだことない酒さきに味見して悔しがらせるんだ。空き瓶にビネガー入れたらがっかりするぞ」
「せめて水にしとけ」
「いただきます」

コイツを飲んだらピジョンに猫耳しっぽが生えんのか?ぶっちゃけすごく見てえ、じゃねえ、ダチとして止めなきゃ。

「飲むな!」
帽子ん中の耳としっぽが尖る。椅子を蹴立てて制す俺を見返し、ピジョンが目を丸くする。
「きょうの劉変だぞ。二日酔い?動きもぎこちないし」
「動きがぎこちねえのは別の理由。悪いこた言わねーからやめとけ、絶対後悔すんぞ」
「マタタビ酒で酔うのは猫だけ」
俺の前で瓶を傾け、琥珀色の液体をグラスに注いでちびり。いわんこっちゃねえ。
大惨事を予期し額を覆うも、ピジョンは平然とマタタビ酒をお代わりしている。
「……なんともねえの?」
「うん?」
「頭や尻がうずうずしねえ?」
「ふわふわしてきた。ちょっと癖あるけどおいしいね、これ。ぐいぐいいける」
ほんのり頬を染めて唇をなめるピジョン。心配して損した。こくこく酒を呷る賞金稼ぎの足元じゃ、猫がミルクを啜ってる。
「本当に可愛いなあ」
「ただの猫だろ」
「むかし飼ってた子を思い出すよ。悪ガキどもがコインランドリーの洗濯機で回そうとしてるとこ助けた」
「衝撃の出会いだな」
「名前はジャンピングジョージ」
「変なの。誰が付けた」
「俺」
「わりぃ」
「なんにもない所でいきなり飛び跳ねるからジャンピングジョージ。スワローがよくしっぽを踏ん付けてた」
「やきもちが激しいな」
「ノミのせいだよきっと。もっとまめに洗ってあげればよかった」
ピジョンがジャンピングジョージを懐かしみ、思い出話に耽る。
「ジョージは黒猫だったんだ」
椅子から滑り落ちて蹲り、伸びた猫を持ち上げて頬ずりし、モッズコートの胸に抱っこする。
「ある朝起きたら冷たくなってた」
「そっか」
「俺のジョージ……もっと太らせたかった……」
涙目で瞬き、コートの袖で洟を噛む。猫が心配げにピジョンの頬を舐め回す。
「くすぐったいよ、あは」
「やっぱ酔ってるよお前」
「酔ってない」
「顔赤いじゃん。呂律回ってねェし」
「も~一杯だけ」
「ぶっ倒れるぞ」
人さし指を立ててせがむのをシカトし、空っぽのグラスを取り上げる。
「劉の意地悪」
「弟様がいねえ所で兄貴を酔わせたとかいちゃもん付けられるこっちの身になれ」
「スワローには内緒にしとく」
ピジョンが猫の前脚をとって右に左に踊らせ、自分の頬っぺに肉球を押し当てる。何やってんだか。
呆れ顔で一瞥した途端、悪寒と快感が錯綜した震えが背筋を這ってたまらず膝を付く。
「どうしたの?」
「わかんねッ……」
手の中のグラスを見下ろす。マタタビ酒の匂いを嗅いだせいか、体が火照って疼きだす。

忘れてた、猫にゃ発情期があったっけ。

「っ、ぐ」
尾てい骨のあたりがぞくぞくし、しっぽが勝手に持ち上がっていく。
手をすり抜けたグラスが床で割れ、猫を下ろしたピジョンが慌てて駆け寄ってくる。
「気分悪い?ベルト緩めたほうが」
「余計なことすんな!」
ピジョンの手を振りほどこうと身を捩り、ドジを踏んだ。
「「あ゛」」
後ろを掴まれた状態で腰を捻ったせいで、勢いよくジーパンがずり落ちた。
「ノーパン……」
ピジョンが放心状態で呟く。俺は赤面した。
「しかたねえだろ、しっぽ突っ込むと窮屈なんだよ!」
尾てい骨の下から生えたしっぽを逆立て叫べば、ピジョンが理解に苦しんで首を傾げる。
「劉って猫のミュータントだっけ」
「ちげえよ」
「じゃあ何で」
「しらね。マタタビ酒かっくらって寝たらこうなっちまった」
「ひょっとして耳も?」
期待に満ちた眼差しに抗えず帽子を脱ぎ、ぺたんと寝た猫耳をさらす。
ピジョンはあっけにとられ、次いでおずおず手をさしのべ、俺の髪色とおそろいの猫耳を殆ど力を込めずに摘まんで伸ばす。
「よくできてるなあ。本物っぽい」
「本物だっての」
「自分の意志で動かせるの?」
「まあ……」
「やってみせて」
仕方なく耳の先端を折って答えりゃ、ピジョンが俄かにテンションを上げ手を叩く。
「すごい!」
「どうも」
恥ずかしい。消えてえ。
ピジョンは飽きもせず右に左に回り込み、すっかりふてくされた俺のしっぽをおさわりしまくってた。ちょっとした悪戯心が芽生え、右のフェイントを繰り出したあと左からおっ立てりゃ掴み損ねてしょんぼりする。おもしろ。
「俺が飲んでもなんともなかったのになんで?劉が飲んだマタタビ酒が特別だったのかな、体質や量が関係してるのかな。うわ、すっごいもふもふ……気持ちいい……」
「あんまくすぐんな、変な感じすっから」
「ジョージの毛皮を思い出す……」
ピジョンが急に涙ぐんで、ガキみたいにぐずりだす。
「ぐすっ、ごめんジョージ……俺がもっと気を付けてたら長生きできたのに」
昔飼ってた猫と俺を間違え、猫耳をいじりながらべそをかき、かと思えば抱き付いてきた。
「心配しないで、今度こそちゃんと守る。アイツに好き勝手させないって約束する」
「ふにゃッ゛!?」
変な声が出た。ピジョンがしっぽの付け根を指先でくすぐってきやがったのだ。
「やめ、それよせ、くふっ」
脚から力が抜けていく。体重を支えられず崩れ落ち、悩ましい熱を持て余す。
「たんま、ジョージは黒猫だろ?色違うじゃねえか都合よくすりかえんな」
「染めた?」
「地毛だよ!」
「震えてるじゃないか、あっためてあげる」
ヤバい展開。
床に突っ伏して息を荒げる俺の眼前、ピジョンがモッズコートを脱いでシャツを捲り上げる。痩せた腹筋に生唾を飲む。
「おいで」
「ッ……」
「シャツにもぐりこむの好きだったろ」
ピジョンは正気じゃねえ、あろうことかマタタビ酒で酔っ払いやがった。
首を振ってあとずさる俺に迫り、妙に色っぽく上気した顔を傾げ、綺麗なピンクの乳首を見せ付けてくる。
「母さん猫と間違えておっぱい吸ったことあったよね」
「ねえよ、とっととしまえ!」
ピジョンは酔うととんでもなく淫乱になる。経験則で知ってたくせに俺の馬鹿。ていうか勃ってるし。
こんな所スワローに見られたら誤解される、半殺しどころか全殺しだ。
「泥棒猫めっけ」
軽薄な揶揄に顔を上げれば、キッチンの入口にスタジャンを羽織ったスワローが立ち塞がっていた。
詰んだ。
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