タンブルウィード

まさみ

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leaving the nest.

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巣立ちの日は天国のような青空が広がっていた。
赤茶に乾いた大地をサンダルで駆ければ、青いサマードレスの裾と金髪が翻る。口の横に手をあて名前を呼ぶ。

「ピジョンてば、どこにいるのー?」
「あ、母さん」

トレーラーハウスを回りこめば、トランクを持ったピジョンが屈みこんでいた。ピンクゴールドのさらさらの猫毛と優しげな顔立ち。私の最初の男の子。

「見ーっけ」

私に気付くなり腰を浮かせ、片手で車の側面にそっと触れる。

「コイツにお別れをしてたんだ」
「トレーラーハウスと?」
「うん。16年世話になったから」

お疲れ様と車を労わるピジョンの隣に来てしゃがみ、彼をまねて手を動かす。

「もうすっかりおじいさんね。しょっちゅうエンストするし」  

この16年ちょっとでトレーラーハウスはボロくなった。
激しい雨風と砂嵐に痛め付けられたエンジンは頻繁に息切れを起こすし、タイヤはパンクする。もとは白かった車体は薄汚れて見る影もない。モッズコートの袖口で煤を拭い、砂汚れに隠された地の色をだし、ピジョンがしみじみと呟く。

「でも、愛着あるよ」
「ふふ、子どもの頃よくかくれんぼしてたものね。ピジョンはクローゼットの中と車の下がお気に入りで……」
「昔の話だろ?」
「お客さんがくるとよく隠れてたの覚えてる?」  ピジョンがバツ悪そうに唇を尖らしてからすぐ笑顔になり、思い出話に加わる。
「人見知りだったからさ……」

3・4歳頃まで、私のもとにお客が訪ねてくるとトレーラーハウスの下にもぐりこむのがピジョンのお決まりの行動パターンだった。スワローと一緒にかくれんぼしてたこともある。
一体どんな気持ちで車の下に伏せっていたのか、いじらしくてたまらなくなる。
ピジョンがぷっと吹きだす。

「スワローがいきなり飛びだしてって、帰りがけのお客さんが腰抜かしたことあったね」
「あったあった、嫌なお人だったからスカッとしたわ」  二人そろって笑いだす。ひとしきり笑ってから、これからを想像してひとりごちる。「……一人だと広くなるわね」

今日でこの子たちはいなくなる。私はまたひとりになる。改めて現実を追認し、笑顔が翳る。ピジョンはかける言葉を失って立ち尽くす。
続いて反対側に回り込めば、私の二番目の男の子が、車体にもたれて煙草を喫っていた。
よく晴れた青空へ一筋、白く細い煙が立ち昇る。
眩いばかりに輝くイエローゴールドの髪を目印に、サンダルを突っかけて歩いていく。

「スワロー」

名前を呼んでも振り向きもしないイケズな子。反抗期かしら? 前はまっしぐらに飛び付いてきてくれたのに……  腹いせってわけじゃないけど、わざわざ正面に立ち塞がって煙草を取り上げる。

「喫うのはいいけど本数を考えて」
「へいへい」

半ばからへし折って咎めれば、生返事で流して肩を竦める。まあ生意気。私もちょっと意地悪な気分になり、挑発的な笑顔で言ってやる。

「煙草の味がするキスは嫌われるわよ」
「ガム噛むよ」
「歯もヤニで黄ばむし、せっかくのハンサムさんが台無しだわ」
「息子にハンサムさんとか言うなきめえ」
「そうだぞスワロー煙草は肺癌の原因なんだ、自分から死期早めるマネするなんて親不孝だぞ」
「根性焼き入れるぞ駄鳩」
「心配してるのに酷い……」

落ち込むピジョンの頭をよしよしとなでてあげれば、それを見たスワローが馬鹿にして鼻を鳴らす。やきもちかしら。
私はにっこり笑い、おもむろにスワローの顔を手挟んで頬を押し上げる。

「なに、」

口の端に指をひっかけ、いーさせるように横に引っ張る。

「うん、まだ白いわね。健康なあかし」
「さわんなババア」
「喫いすぎると喉チンコが黒くなるんだぞ」
「下とおそろいだな」
「馬鹿」

ピジョンが赤面する。没収した煙草を地面で揉み消してからドレスのポケットにしまい、真面目な顔でスワローに詰め寄る。

「むこうへいっても飲みすぎと喫いすぎには注意してね」
「へいへい」
「ちゃんと返事して」
「……OK」

スワローがふてくされて降参、続く動作でスタジャンの懐から煙草の箱をとりだすものの、私とピジョンに睨まれてしぶしぶ戻す。
ピジョンはトランクをさげ、スワローはスポーツバッグを足元においてる。
今日で遠くへ行ってしまう私の自慢の息子たち。
なんとなく黙りこくる。辛気くさいのはいやだから笑ってお別れしたいのに、こみ上げる思い出が喉を塞ぐ。

「そうだわ」

ピジョンを振り返ってせがむ。

「ポラロイドカメラ持ってたでしょ? ほら、お客さんにもらったヤツ。アレで記念に撮りましょうよ」
「いいね、それ」
「は? ままごとに付き合いきれねー」
「いいじゃない、思い出作りよ」

ピジョンはのってくるけど、スワローは浮かない顔だ。案の定いやそうに渋るけど、最後には折れて私のお願いを聞いてくれるってちゃんとわかってる。
そうと決まれば行動は早い。
息子たちの腕を捕まえ、二人と腕を組んで車の先頭へ行く。トレーラーハウスの正面に並んで立ち、ピジョンが荷物をあさってカメラを出すのを見守る。
今日はよく晴れている。絶好の旅立ち日和。できることなら気持ちよく笑ってお別れしたい。
ピジョンもスワローも本当に大きくなった。骨ばった腕から伝わる逞しさは、私が守ってあげなきゃいけなかった子供の頃と全然違って、逆にこっちが守られてるみたい。

「えーと、確かここにいれたんだけど……ちょっと待って、すぐだから。底の方行っちゃったのかな」
「またかよ駄バト、ほんっとトロいな!」
「うるさいな、急いで詰めこんだんだからしかたないだろ」
「なんでもかんでも詰めこみすぎなんだよ夜逃げかよ、必要最低限のモノ以外おいてけよどーせゴミになんだから」
「ゴミじゃない、大切な思い出だよ」
「ピントのズレた写真も?」
「あたりまえだろ」
「天井に貼ってたポスターも?」
「アレはおいてく」
「てめぇがこさえた踊る花人形も?」
「見る?」
「引っ込めガラクタ」
「あ―――――――、クッキー缶に潰されてぺしゃんこになってる……!?」
「おめでとさん、プレスする手間が省けたな」  ほれ見たことかと盛大に笑い飛ばすスワローに、トランクの底で押し潰された空き缶細工を掘り出すピジョン。大騒ぎの末にポラロイドカメラを探し当て、会心の笑顔を浮かべる。
「あった!」
「それはいいけどピジョン、風に吹き飛ばされちゃうわよ」
「ああっ待って!?」

引っ張り出された服や缶詰が転がるトランクの惨状を指させば、ハッとして缶詰を拾い集め中にもどし、ぐちゃぐちゃになった服を力ずくで突っこんで蓋を閉めるけど、容量オーバーで閉まらず遂にはくりかえし上から踏み付ける。

「スワローも手伝って」
「なんで俺が」
「兄さんのパンツが風に飛ばされて100マイル旅してもいいのか」
「風船に結ばれて帰ってくるさ」
「そんなロマンチックな返却法いやだ!」  

スワローはやれやれと肩を竦め、ピジョンの反対側からトランクの蓋を踏み、遂には蹴り付けて辛うじて閉める。

「それじゃ撮ろっか」
「マジでやんの……」
「いいじゃない最後なんだし。ママのおねがい聞いてよねっねっ?」
「しかたねえな」

かいた汗をぬぐって仕切り直し、カメラを高く掲げるピジョンを真ん中に挟んで寄っていく。二人をまとめて抱くように目一杯腕を伸ばし、今できる最高の笑顔でカメラを見返す。

「ハイチーズ」

軽快なシャッター音が鳴り、カメラの下から真っ白な写真が吐き出される。続けて二枚目。ピジョンがピースサインをし、スワローは無愛想にそっぽを向き、私はそんなふたりをハグする。

「よく撮れてるわ。カメラマンの腕がいいのね」
「母さんが美人だからだよ」
「ピジョンだってハンサムじゃない」
「そうでもないよ」
「ママの中ではスワローと同列一位のハンサムさんよ」
「それは言いすぎだよ……」  

本心から褒めたのに、照れまくって頭をかく。
一枚目の写真は私が、二枚目の写真はピジョンがそれぞれ持ち、はてしない青空と乾いた大地をバックにたたずむ二人と対峙。
できたてほかほかの写真を胸に抱きしめ、すっかり大きくなってとっくに私の背丈を追いこした二人を等分に見詰める。

「ひとつだけ約束して」

まず最初にピジョンの前に立ち、すべらかな頬を両手で挟み、この大地と同じ赤茶に澄んだ瞳をのぞきこむ。

「スワローを守って」

私のお願いに一瞬だけ目を見開いた驚きの表情が、凛々しい決意に代わっていく。
前から誓っていたことを証立てるみたいに、ピジョンがしっかり頷く。

「わかってる」

続いてスワローの前に立ち、きめ細かい頬に手を添える。

「ピジョンを守って」
「ああ」

言葉少なく昂然と頷き、プライドで鍛え上げた眼差しで、挑むように私の目の奥を見返す。

そしてピジョンとスワローは、私の世界一の息子たちは。
二人の間でしか通じない暗号を交換するように目配せし、秘密めかした笑みを交わして、ピジョンが私の右手を、スワローが私の左手を掴み、それぞれの頬へ導く。

「「俺がコイツを守るよ、母さん」」

誓いを立てた時、ピジョンとスワローはお互いだけを見ていた。
正面にいる私なんてほったらかしで、燕は鳩を、鳩は燕を、お互いの目の奥にある愛情や信頼に似た何かを見ていた。


世界一強い、番の絆で結ばれた二人。
生みの親すら割って入れない最強のコンビ。
苦しいほどの愛しさがこみ上げて、息子たちを抱き寄せる。

 
「愛してるわ、私の小鳩ちゃん」
「ちょっと母さん大袈裟すぎだよ、永遠の別れじゃないんだから。落ち着いたらすぐ連絡するって」
「手紙書くわ」
「俺も出すよ」

くすぐったがるピジョンに頬ずりし、スワローの頬にキスをする。
 
「愛してるわ、私の燕さん」
「だからやめろって口紅付くだろーが」
「むこうへ行っても忘れないで、二人は永遠に私のカワイイ小鳩ちゃんと燕さん。もうだめって時は魔法の言葉を思い出して。鳩はとっても長く、燕はとっても速く飛ぶ。二人そろえばなんでもできる、どこまでも行ける最強ペア。
銃弾だってナイフだってへっちゃらで跳ね返すの」 

 二人が小さい頃からさんざんくりかえしてきた魔法の言葉、川の字に寝転んで囁いた元気の出るおまじない。
この子たちにはずっと小さく可愛いままでいてほしかったから、リトルとヤングを付けて呼んだ。
そんな身勝手な願望なんておいてけぼりにして、二人とも最高にかっこいい男に育った。母親である私自身が惚れ直すほどに。

遠くタンブルウィードが転がっていく。
地平線の彼方をめざしてどこまでも、風に後押しされて大地を駆けていく。
どんなひねくれ者でも神様や天国の存在を信じてしまいそうな青空の下、ちっぽけな私の体を不器用に抱き締めて、ピジョンとスワローが別れを告げる。

「……元気でね母さん」
「じゃあな」

最悪の逆境を切り抜く才能。
最悪の窮状を切り開く機転。
どん底から這い上がる不撓不屈の精神。
ナイフも鉛弾も爆弾もきかない、どれだけ傷付いても悪意を跳ね返し立ち上がるタフな魂。
それらを兼ね備えた子なら、きっとー

 一陣の風が金髪を吹き乱し、大きく翻ったサマードレスの裾を押さえて微笑む。

「あなた達はママの誇りよ」
 
私の夢を、叶えてくれる。
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