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Black Widowers7
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教会には穏やかな時間が流れていた。
「さあ皆さん中庭でベリーを摘みましょうか、一番多く収穫できた子にはご褒美をさしあげますわよ」
「はーいっ」
シスターゼシカの号令に応じ、子どもたちが元気一杯駆け出していく。
「あっ」
「だいじょぶ?」
躓き出遅れるシーハンに即座に手を貸すヴィク。シーハンはほんのり顔を赤らめ「謝謝」と述べる。
シスターたちは笑顔を浮かべ、小さな恋のメロディを見守っている。
「ヴィクとシーハンは本当に仲良しですわね」
「結婚式は当然うちの礼拝堂で挙げるのよね」
「ええっ!?」
恥ずかしげに俯くシーハンの隣でヴィクが慌て、チェシャとハリーのコンビが囃し立てる。
「あー照れてるヴィク、らぶらぶー」
「結婚式ごっこやる?俺は神父様な、聖書借りてこなきゃ!」
「勝手に決めんな、シーハンがいやがるだろ」
「いやじゃないよ」
「えっ」
もじもじしながら自分の裾をちょこんと摘まむシーハンに、ヴィクが驚く。チェシャとシーハンを含めた子供たちが盛り上がり、拍手や口笛で祝福する。
「ベリーは結婚式のごちそうね、そうときまればうんと取って来なきゃ」
「あっ抜け駆けはずりーぞチェシャ」
チェシャとハリーが無邪気にじゃれあい走っていくのに、赤面したヴィクとシーハンが手を繋いで続く。二人の顔には控えめな微笑みが浮かんでいた。
「平和ですね」
神父の居室は中庭に面しており、青空に翻るスーツと子供たちの戯れがよく見えた。
チェシャが悪戯っぽく笑ってシーツに纏わり付き、花嫁のベール代わりにシーハンに被せる。新郎は照れていた。神父役のハリーが得意げに誓いの文句を唱える。
「健やかなるときも病めるときも、喜びのときも悲しみのときも、富めるときも貧しいときも、これを愛しこれを敬いこれを慰めこれを助け、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか」
教会で養われてるだけあって、宣誓の言葉は暗記していたらしい。
「こんな毎日が続けば良いのですが」
「同感じゃね」
対面の老紳士……キマイライーターが紅茶を一口嚥下する。
「美味いね」
「久しぶりに淹れてみました」
「君には紅茶を淹れる才能がある」
「師に鍛えられましたので」
「家内は紅茶の味にうるさいからね。ワシもよく蒸らしが足りないと怒られたよ」
「アンデッドエンド……否、大陸広しといえ貴方を叱れるのは奥方くらいのものでしょうね」
「当分召されはせんよ、あと五十年は余生を楽しめる」
「死神が迎えに来てもヘッドショットで追い返しそうですね」
剽げた笑い声を上げ、シスター手作りの麦芽クッキーを摘まむ。素朴な甘さが口の中に広がり相好を崩す。
アンデッドエンド有数の名士・キマイライーターは熱心に慈善活動を行っている。ここの運営も彼による多額の寄付で成り立っている側面が否定できない。
そんな世知辛い事情はさておき自ら出資している孤児院の視察を建前にしばしば訪うのは、懇意の間柄の神父と茶飲み話を楽しむためだ。
「教会で育ててる薬草の売れ行きは安定してきました。ハーブやドライフラワーとしても重宝されています。畑を視察して行かれますか」
「既に済んだ」
「さすがお早い。最近は市場にも卸してるんです、奥方へのお土産にいかがですか」
「いくらかな」
「ただでかまいません」
神父は苦笑いするも、キマイライーターは譲らない。
「労働には正当な対価を払わねば冒涜になる」
「ならば3千ヘル査収しましょうか」
「まけてはないだろうね」
「とんでもない。逆に吹っかけてないか疑ってほしいです」
おどけて肩を竦める。
ボトムの現状や子どもたちの近況、教会の収支決算を掻い摘まんで報告したのち、アップタウンを震撼させた事件に話題が移っていく。
テーブルに置かれた新聞に目を落とし、神父は眉をひそめる。
「ロバーツ一家惨殺……恐ろしい事件ですね」
「胸が痛むよ」
「金婚式のパーティーにご家族そろって出席されてましたね。娘さんは若かったのに」
「アップタウンも物騒になったものだ」
「犯人がまだ見付かってないんじゃ付近の住民は不安でしょうね」
「眠れない夜を過ごしておるよ」
富裕層が豪邸を構える、閑静な高級住宅街で起きた強盗殺人。娘二人は強姦された上めった刺し。
この凶報がアンデッドエンドを駆け抜けるいなや、市長は追悼式典の声明を出した。
「アンデッドエンドの治安が悪いのは前からですが、アップタウンでこの手の事件がおきるのは珍しい。検問所がもうけられているので、下層の悪党が逃げ込むのは難しいはですが」
「だが実際に起きてしまった。悔やんでも遅い」
「自分を責めるには及びません。貴方と奥方は就寝された時刻、現場は離れていました。いかに優れた賞金稼ぎとはいえ、世界中の人間全てを救おうというのはおこがましいのでは」
「毒舌も妻譲りかね」
「これは自前です。あしからず」
神父の本性は厭世的な皮肉屋だ。若い頃から変わっていない。
「手がかりも掴めてないのですか」
「犯人は二人以上の男。強盗目的というのが当局の見解じゃ。とはいえ深夜の犯行ときて、目撃者は一人もおらん。ロバーツ邸は広いし、使用人も住み込んでおらなんだ」
思案げに唇をなぞり、瓶底眼鏡の奥の目を薄く開く。
「……実行犯を手引きした人間がいますね。恐らくアップタウンの住人」
「黒幕か」
「犯行を終えたら速やかに離脱すべし、と来れば逃走手段は車。それも音が静かでスピードを出せる高級車。経済格差が著しいアンデッドエンドで、そんなレア車を持てる人物は限られてきます。犯人に土地勘があるのも見過ごせません」
新聞に載った犯行現場の写真を人さし指で叩き、推理をまとめる。
「現場は典型的な無秩序型、衝動的な犯行に見える。その割には事後の行動が冷静だ、いくら家同士離れていても痕跡を残さず逃げおおせるのは至難の業」
「死角を選んだのか」
アップタウンには高い塀を巡らした豪邸が多い。木々が生い茂った公園もある。土地勘のある人間が助言すれば、近隣住民に気付かれず犯行を終え、逃亡するのはけっして不可能じゃない。
「アップタウン居住歴の長い、共犯の入れ知恵と考えるのが妥当でしょうね。検問所の係員は取り調べましたか」
「犯行時間の前後に怪しい車両を見た者はいないらしいが」
「賄賂をもらって口を噤んでるのかもしれませんよ。ロバーツ氏の商売敵にお心当たりは」
「色々手広く商売しておったようじゃし、市長と縁戚のコネも活用していた。恨みを買っても不思議はないが、妻子を巻き込むのは鬼畜の所業じゃ」
「親密な間柄では?」
「金婚式には付き合いで呼んだにすぎん」
「上流階級のマナーですか」
「嫌味な男だ」
涼しげに皮肉を受け流し、冷めた紅茶を一口含む。
「なんにせよ警備の強化をおすすめします」
「主だった家はボディガードを雇い入れた。皆名うての賞金稼ぎ上がりじゃよ」
「スラムの治安改善にもそれ位力を入れてほしい所ですが……神に仕える神父として、犠牲になったご一家の冥福を祈りますよ」
「その事で話がある」
威儀を正し本題を切り出す。
「ナイトアウル。君にロバーツ一家追悼式典の進行役を頼みたい」
一瞬反応が遅れたのは単純に驚いた為だ。
「聞き間違いでしょうか。何故私が……アップタウンにも教会はあるし、神父はいるでしょうに」
「ワシが推薦した」
閉口する。
キマイライーターは真顔だ。
「生前のロバーツ一家は無宗教で教会に通っとらんかった。しかし追悼式典に神父を呼ばんのは不都合じゃ、いかにも世間体が悪い」
「ーと、市長は考えたんですね」
「察しが早い。ワシは市長直々に相談を受け、君を斡旋したというわけじゃ。およそワシが知るかぎり、君ほど死者を悼み犠牲者を心にかける聖職者はおらんからの。街を挙げた式典には適任じゃ」
貧民街の神父が公の式典の段取りを任されるなど前代未聞の人事、名誉の抜擢といえた。
が。
「謹んで辞退します。私はスラムの教会で働く一介の神父、此度のお話は身に余ります。犠牲者のご家族と接点もございませんし」
窓の向こうに視線を投げて付け足す。
「これでも忙しい身の上なのです。教会兼孤児院は赤字運営、畑を耕さねば食べていけません。子どもたちに勉強も教えねば……ああ、今年卒業する子の働き先も」
「死者を悼む暇はない、と?」
わざと意地悪い聞き方をするキマイライーターを一瞥、唇の端を上げる。
「場違いですよ」
「謙遜はよしたまえ。ワシの目に狂いはない」
「しかし」
「残念な報せじゃが、進行役を買って出た教会はいずれも賄賂に浸かっとる。清廉潔白なのは君の所位のものじゃ」
「……なるほど、はみ出し者だから都合が良いと」
「要は政治の話じゃよ。現在立候補している神父を採用すれば必ず他と揉める、どこも市長に取り入りたくて必死じゃからな。その点清貧が美徳のボトムの神父なら安心じゃ、権力闘争の外側におる」
キマイライーターが皺ばんだ両手を組む。
「君にとっても悪い話じゃない。寄付を募るにはもってこいの場だと思わんか」
「プロモーションですか」
「実際の参加者にとどまらず、テレビ中継を見た視聴者も感動して寄進するはず。もちろんただではとは言わん、市長が報酬を出すよ。ワシも色を付ける」
神父の視線が中庭の子どもたちやシスターから、ささくれた窓枠に立ち戻る。
キマイライーターの言い分は希望的観測に過ぎないが、修繕費が入るのは有り難い。孤児院の大部屋を拡張し、新しいベッドを運び込める。ゴースト&ダークネスの襲撃からこちら、破壊し尽くされた建物はあちこちがたがきていた。
答えは出た。
「所詮お飾り。段取りを付けるだけで報酬をいただけるなら、お安いご用です」
人前に出るのは気が進まないが、今いる子どもたちやシスターを養えるなら断る理由はない。もとより高尚な信念など持たず、手探りでやってきたのだ。
神父の返事を聞いたキマイライーターは安堵し、帽子をとって辞す。
「恩に着るよ。式典は一週間後、マーダーホールで午前十時からじゃ。詳しい事は追って連絡する」
「かしこまりました」
固い握手を交わし、連れ立って中庭を出る。門前にとめた車に乗り込み、排気ガスを撒いてキマイライーターが去っていく。音は殆どしない。
「……黒幕の条件に当てはまりますね。なんて、ミステリー小説の読みすぎでしょうか」
さて、カソックを仕立て直さねば。擦り切れた襟をなぞりながら引き返す途中、違和感を覚える。裏手の墓地にやけにカラスが集まっていた。
「なんでしょうか」
塀に沿って回り込み、寂れた墓地に入る。大小無数の墓標が傾いで犇めく中、地面に黒い点々が滴っていた。血痕だ。その場にしゃがんで指を触れ、呟く。
「半日は経過してますね」
真夜中に賊が侵入したのか。
不審な血痕を辿ってさらに奥に進む。得体の知れない違和感が不吉な予感に取って代わる。
「どなたかいらっしゃいますか」
呼びかけた矢先に盛り土を踏んだ。無意識のうちに断罪区域に入ってしまったらしい。いや……
一旦教会に帰り、道具を持参し戻ってくる。
シャベルの先端を地面に突き立て、体重をかけ掘り返す。思ったとおり柔らかい。頭上の空には夥しいカラスが旋回していた。
濁った鳴き声が降り注ぐのをよそに、ひたすらシャベルを振るい続ける。
数分後、手が露出した。乾いた血がこびり付いた男の手。厳しい顔で掘り進めるうちに腕と上半身が現れた。
断罪区域に遺棄されていたのは、まだ若い男だ。
「痛ましい。誰がこんな」
スラムの人間ではない。もしそうなら神父に埋葬を頼むはず。カソックにまぶされた土をはたき、滴る汗を拭い、シャベルを深く突き刺す。
「神父さま、勉強の時間ですわよ。子どもたちが待っています」
二番乗りのシスターゼシカが青ざめ、他のシスターも取り乱す。
「きゃああああああああっ!」
甲高い悲鳴を上げシスターコーデリアが卒倒、シスターゼシカが悪夢の再現に慄く。
一同、断罪区域に葬られた男に見覚えがあった。忘れもしない、過去に孤児院を襲った主犯格……より正確にいえばその片割れ。
ツーブロックに刈り上げた黒い短髪、鋭く尖った鼻梁と伏せられた瞼。引きずり出す際シャツがめくれた背中には、屈強な顎を開けて咆哮するライオンの刺青。ちょうどその額の中心に、鋭利な創傷が開いていた。
青黒い死斑が浮き始めた皮膚には『the King of Beasts』―……『百獣の王』の飾り文字が、罪人の烙印の如く刻まれている。
死体の傍らに跪いて十字を切り、沈痛に呟く。
「……欲が孕んで罪を生み、罪が熟して死を生み出す」
断罪区域に埋められていたのは、変わり果てたレオン・ダークネスだった。
「さあ皆さん中庭でベリーを摘みましょうか、一番多く収穫できた子にはご褒美をさしあげますわよ」
「はーいっ」
シスターゼシカの号令に応じ、子どもたちが元気一杯駆け出していく。
「あっ」
「だいじょぶ?」
躓き出遅れるシーハンに即座に手を貸すヴィク。シーハンはほんのり顔を赤らめ「謝謝」と述べる。
シスターたちは笑顔を浮かべ、小さな恋のメロディを見守っている。
「ヴィクとシーハンは本当に仲良しですわね」
「結婚式は当然うちの礼拝堂で挙げるのよね」
「ええっ!?」
恥ずかしげに俯くシーハンの隣でヴィクが慌て、チェシャとハリーのコンビが囃し立てる。
「あー照れてるヴィク、らぶらぶー」
「結婚式ごっこやる?俺は神父様な、聖書借りてこなきゃ!」
「勝手に決めんな、シーハンがいやがるだろ」
「いやじゃないよ」
「えっ」
もじもじしながら自分の裾をちょこんと摘まむシーハンに、ヴィクが驚く。チェシャとシーハンを含めた子供たちが盛り上がり、拍手や口笛で祝福する。
「ベリーは結婚式のごちそうね、そうときまればうんと取って来なきゃ」
「あっ抜け駆けはずりーぞチェシャ」
チェシャとハリーが無邪気にじゃれあい走っていくのに、赤面したヴィクとシーハンが手を繋いで続く。二人の顔には控えめな微笑みが浮かんでいた。
「平和ですね」
神父の居室は中庭に面しており、青空に翻るスーツと子供たちの戯れがよく見えた。
チェシャが悪戯っぽく笑ってシーツに纏わり付き、花嫁のベール代わりにシーハンに被せる。新郎は照れていた。神父役のハリーが得意げに誓いの文句を唱える。
「健やかなるときも病めるときも、喜びのときも悲しみのときも、富めるときも貧しいときも、これを愛しこれを敬いこれを慰めこれを助け、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか」
教会で養われてるだけあって、宣誓の言葉は暗記していたらしい。
「こんな毎日が続けば良いのですが」
「同感じゃね」
対面の老紳士……キマイライーターが紅茶を一口嚥下する。
「美味いね」
「久しぶりに淹れてみました」
「君には紅茶を淹れる才能がある」
「師に鍛えられましたので」
「家内は紅茶の味にうるさいからね。ワシもよく蒸らしが足りないと怒られたよ」
「アンデッドエンド……否、大陸広しといえ貴方を叱れるのは奥方くらいのものでしょうね」
「当分召されはせんよ、あと五十年は余生を楽しめる」
「死神が迎えに来てもヘッドショットで追い返しそうですね」
剽げた笑い声を上げ、シスター手作りの麦芽クッキーを摘まむ。素朴な甘さが口の中に広がり相好を崩す。
アンデッドエンド有数の名士・キマイライーターは熱心に慈善活動を行っている。ここの運営も彼による多額の寄付で成り立っている側面が否定できない。
そんな世知辛い事情はさておき自ら出資している孤児院の視察を建前にしばしば訪うのは、懇意の間柄の神父と茶飲み話を楽しむためだ。
「教会で育ててる薬草の売れ行きは安定してきました。ハーブやドライフラワーとしても重宝されています。畑を視察して行かれますか」
「既に済んだ」
「さすがお早い。最近は市場にも卸してるんです、奥方へのお土産にいかがですか」
「いくらかな」
「ただでかまいません」
神父は苦笑いするも、キマイライーターは譲らない。
「労働には正当な対価を払わねば冒涜になる」
「ならば3千ヘル査収しましょうか」
「まけてはないだろうね」
「とんでもない。逆に吹っかけてないか疑ってほしいです」
おどけて肩を竦める。
ボトムの現状や子どもたちの近況、教会の収支決算を掻い摘まんで報告したのち、アップタウンを震撼させた事件に話題が移っていく。
テーブルに置かれた新聞に目を落とし、神父は眉をひそめる。
「ロバーツ一家惨殺……恐ろしい事件ですね」
「胸が痛むよ」
「金婚式のパーティーにご家族そろって出席されてましたね。娘さんは若かったのに」
「アップタウンも物騒になったものだ」
「犯人がまだ見付かってないんじゃ付近の住民は不安でしょうね」
「眠れない夜を過ごしておるよ」
富裕層が豪邸を構える、閑静な高級住宅街で起きた強盗殺人。娘二人は強姦された上めった刺し。
この凶報がアンデッドエンドを駆け抜けるいなや、市長は追悼式典の声明を出した。
「アンデッドエンドの治安が悪いのは前からですが、アップタウンでこの手の事件がおきるのは珍しい。検問所がもうけられているので、下層の悪党が逃げ込むのは難しいはですが」
「だが実際に起きてしまった。悔やんでも遅い」
「自分を責めるには及びません。貴方と奥方は就寝された時刻、現場は離れていました。いかに優れた賞金稼ぎとはいえ、世界中の人間全てを救おうというのはおこがましいのでは」
「毒舌も妻譲りかね」
「これは自前です。あしからず」
神父の本性は厭世的な皮肉屋だ。若い頃から変わっていない。
「手がかりも掴めてないのですか」
「犯人は二人以上の男。強盗目的というのが当局の見解じゃ。とはいえ深夜の犯行ときて、目撃者は一人もおらん。ロバーツ邸は広いし、使用人も住み込んでおらなんだ」
思案げに唇をなぞり、瓶底眼鏡の奥の目を薄く開く。
「……実行犯を手引きした人間がいますね。恐らくアップタウンの住人」
「黒幕か」
「犯行を終えたら速やかに離脱すべし、と来れば逃走手段は車。それも音が静かでスピードを出せる高級車。経済格差が著しいアンデッドエンドで、そんなレア車を持てる人物は限られてきます。犯人に土地勘があるのも見過ごせません」
新聞に載った犯行現場の写真を人さし指で叩き、推理をまとめる。
「現場は典型的な無秩序型、衝動的な犯行に見える。その割には事後の行動が冷静だ、いくら家同士離れていても痕跡を残さず逃げおおせるのは至難の業」
「死角を選んだのか」
アップタウンには高い塀を巡らした豪邸が多い。木々が生い茂った公園もある。土地勘のある人間が助言すれば、近隣住民に気付かれず犯行を終え、逃亡するのはけっして不可能じゃない。
「アップタウン居住歴の長い、共犯の入れ知恵と考えるのが妥当でしょうね。検問所の係員は取り調べましたか」
「犯行時間の前後に怪しい車両を見た者はいないらしいが」
「賄賂をもらって口を噤んでるのかもしれませんよ。ロバーツ氏の商売敵にお心当たりは」
「色々手広く商売しておったようじゃし、市長と縁戚のコネも活用していた。恨みを買っても不思議はないが、妻子を巻き込むのは鬼畜の所業じゃ」
「親密な間柄では?」
「金婚式には付き合いで呼んだにすぎん」
「上流階級のマナーですか」
「嫌味な男だ」
涼しげに皮肉を受け流し、冷めた紅茶を一口含む。
「なんにせよ警備の強化をおすすめします」
「主だった家はボディガードを雇い入れた。皆名うての賞金稼ぎ上がりじゃよ」
「スラムの治安改善にもそれ位力を入れてほしい所ですが……神に仕える神父として、犠牲になったご一家の冥福を祈りますよ」
「その事で話がある」
威儀を正し本題を切り出す。
「ナイトアウル。君にロバーツ一家追悼式典の進行役を頼みたい」
一瞬反応が遅れたのは単純に驚いた為だ。
「聞き間違いでしょうか。何故私が……アップタウンにも教会はあるし、神父はいるでしょうに」
「ワシが推薦した」
閉口する。
キマイライーターは真顔だ。
「生前のロバーツ一家は無宗教で教会に通っとらんかった。しかし追悼式典に神父を呼ばんのは不都合じゃ、いかにも世間体が悪い」
「ーと、市長は考えたんですね」
「察しが早い。ワシは市長直々に相談を受け、君を斡旋したというわけじゃ。およそワシが知るかぎり、君ほど死者を悼み犠牲者を心にかける聖職者はおらんからの。街を挙げた式典には適任じゃ」
貧民街の神父が公の式典の段取りを任されるなど前代未聞の人事、名誉の抜擢といえた。
が。
「謹んで辞退します。私はスラムの教会で働く一介の神父、此度のお話は身に余ります。犠牲者のご家族と接点もございませんし」
窓の向こうに視線を投げて付け足す。
「これでも忙しい身の上なのです。教会兼孤児院は赤字運営、畑を耕さねば食べていけません。子どもたちに勉強も教えねば……ああ、今年卒業する子の働き先も」
「死者を悼む暇はない、と?」
わざと意地悪い聞き方をするキマイライーターを一瞥、唇の端を上げる。
「場違いですよ」
「謙遜はよしたまえ。ワシの目に狂いはない」
「しかし」
「残念な報せじゃが、進行役を買って出た教会はいずれも賄賂に浸かっとる。清廉潔白なのは君の所位のものじゃ」
「……なるほど、はみ出し者だから都合が良いと」
「要は政治の話じゃよ。現在立候補している神父を採用すれば必ず他と揉める、どこも市長に取り入りたくて必死じゃからな。その点清貧が美徳のボトムの神父なら安心じゃ、権力闘争の外側におる」
キマイライーターが皺ばんだ両手を組む。
「君にとっても悪い話じゃない。寄付を募るにはもってこいの場だと思わんか」
「プロモーションですか」
「実際の参加者にとどまらず、テレビ中継を見た視聴者も感動して寄進するはず。もちろんただではとは言わん、市長が報酬を出すよ。ワシも色を付ける」
神父の視線が中庭の子どもたちやシスターから、ささくれた窓枠に立ち戻る。
キマイライーターの言い分は希望的観測に過ぎないが、修繕費が入るのは有り難い。孤児院の大部屋を拡張し、新しいベッドを運び込める。ゴースト&ダークネスの襲撃からこちら、破壊し尽くされた建物はあちこちがたがきていた。
答えは出た。
「所詮お飾り。段取りを付けるだけで報酬をいただけるなら、お安いご用です」
人前に出るのは気が進まないが、今いる子どもたちやシスターを養えるなら断る理由はない。もとより高尚な信念など持たず、手探りでやってきたのだ。
神父の返事を聞いたキマイライーターは安堵し、帽子をとって辞す。
「恩に着るよ。式典は一週間後、マーダーホールで午前十時からじゃ。詳しい事は追って連絡する」
「かしこまりました」
固い握手を交わし、連れ立って中庭を出る。門前にとめた車に乗り込み、排気ガスを撒いてキマイライーターが去っていく。音は殆どしない。
「……黒幕の条件に当てはまりますね。なんて、ミステリー小説の読みすぎでしょうか」
さて、カソックを仕立て直さねば。擦り切れた襟をなぞりながら引き返す途中、違和感を覚える。裏手の墓地にやけにカラスが集まっていた。
「なんでしょうか」
塀に沿って回り込み、寂れた墓地に入る。大小無数の墓標が傾いで犇めく中、地面に黒い点々が滴っていた。血痕だ。その場にしゃがんで指を触れ、呟く。
「半日は経過してますね」
真夜中に賊が侵入したのか。
不審な血痕を辿ってさらに奥に進む。得体の知れない違和感が不吉な予感に取って代わる。
「どなたかいらっしゃいますか」
呼びかけた矢先に盛り土を踏んだ。無意識のうちに断罪区域に入ってしまったらしい。いや……
一旦教会に帰り、道具を持参し戻ってくる。
シャベルの先端を地面に突き立て、体重をかけ掘り返す。思ったとおり柔らかい。頭上の空には夥しいカラスが旋回していた。
濁った鳴き声が降り注ぐのをよそに、ひたすらシャベルを振るい続ける。
数分後、手が露出した。乾いた血がこびり付いた男の手。厳しい顔で掘り進めるうちに腕と上半身が現れた。
断罪区域に遺棄されていたのは、まだ若い男だ。
「痛ましい。誰がこんな」
スラムの人間ではない。もしそうなら神父に埋葬を頼むはず。カソックにまぶされた土をはたき、滴る汗を拭い、シャベルを深く突き刺す。
「神父さま、勉強の時間ですわよ。子どもたちが待っています」
二番乗りのシスターゼシカが青ざめ、他のシスターも取り乱す。
「きゃああああああああっ!」
甲高い悲鳴を上げシスターコーデリアが卒倒、シスターゼシカが悪夢の再現に慄く。
一同、断罪区域に葬られた男に見覚えがあった。忘れもしない、過去に孤児院を襲った主犯格……より正確にいえばその片割れ。
ツーブロックに刈り上げた黒い短髪、鋭く尖った鼻梁と伏せられた瞼。引きずり出す際シャツがめくれた背中には、屈強な顎を開けて咆哮するライオンの刺青。ちょうどその額の中心に、鋭利な創傷が開いていた。
青黒い死斑が浮き始めた皮膚には『the King of Beasts』―……『百獣の王』の飾り文字が、罪人の烙印の如く刻まれている。
死体の傍らに跪いて十字を切り、沈痛に呟く。
「……欲が孕んで罪を生み、罪が熟して死を生み出す」
断罪区域に埋められていたのは、変わり果てたレオン・ダークネスだった。
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