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Black Widowers2
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猥雑な天国のどこかで黒後家蜘蛛が巣を張っている。
なのに今、バーズは場末の安モーテルで着せ替えごっこをしている。
昔からそうだ、スワローは一度やると言い出したら断固として自分を曲げないタイプだ。特に兄の意見は絶対聞かない、いやがればいやがるほど我を通そうとする。窓の向こうでは軽薄なネオンが瞬いていた。
ガラスが映し出すピジョンの顔は妙な成り行きに困惑し、呆れと疲れを浮かべている。
ふたりがチェックインしたモーテルの名前は『make or break』……運命の分かれ道を意味するスラングだ。お誂え向きに。
駐車場を照らす巨大な看板には、途中で分岐した矢印が描かれていた。
「いくら俺がヒョロくたってやっぱ無理あるよ、考え直さないか」
「体の線が出ねー服ならイケる。メイクは下品に見えねー程度に濃くしろ」
「お前が下心で見繕った服だろ?」
「だから?」
引き締まった腹筋とへそが露出するまで、シャツを巻き上げた手が止まる。
「なあスワロー、このベッドダニが沸いてないか?さっきから体が痒い」
「犬猫と寝てたくせに繊細ぶんな」
「犬猫は汚くないから問題ない、俺の家族だ。お前だってオールドモップ抱っこしてたじゃないか」
「大昔の話持ち出すな」
「川の字で寝たろ?ぬくかったなあ」
ボクサーパンツ一枚で懐かしそうに回想するピジョンに対し、スワローは下唇を突き出す。
「って、冷たッ!なんだそれ」
「シェービングクリーム」
「すね毛剃るのか?」
「剃らずにストッキング穿くの?マニアック」
「そこまで徹底することないだろ」
スワローがピジョンの右足を固定し、ボトルから絞り出したクリームを塗り付けていく。膝裏に手をもぐらせて軽く曲げ、それから伸ばし、敏感な内腿を揉みほぐしながら刷り込む。
「ッは、ふくっ、くすぐった、あはははっ」
「うるせえよ笑い上戸」
「お前が変なさわり方するだろ」
「具体的に」
「わきわきさわさわって……やらしー感じの。リンパ腺マッサージ?」
「テクニシャンだろ」
正直な所、スワローにマッサージしてもらうのは嫌いじゃない。ごくまれにしかやってもらえないなら尚更だ。珍しくサービス精神を発揮したスワローが、兄の脚の裏表にクリームを塗り広げ、次いで鋭利な剃刀を手に取る。ピジョンが怯む。
「剃毛プレイのはじまりだ」
「レオナルドは?」
「ナイフじゃやりにくいだろ?どうしてもっていうならリクエストにおこたえ」
「しなくていい。聞いただけ」
弟に剃毛プレイされて興奮するなんて末期だ。変態すぎる自分に愛想が尽きる。肌に塗されたクリームの感触が気持ち悪く、無意識にシーツを握り締める。
「!ッ、」
反射的に目を瞑り俯くピジョンをよそに、スワローが舌なめずりして剃刀を這わす。とはいえピジョンはもとより体毛が薄く、脛毛は殆ど目立たない。
なめらかに刃が滑る。固く冷たい金属の感触。両足を剃り終えたスワローが満足げに額を拭い、剃刀を回す。
「一丁上がり。お次は」
「待て、なんでパンツに手をかける」
「女になりきるならこっちも剃らねーと。はみだしちまったら大惨事だ」
「ドレスの下からはみ出すってどんだけ裾詰めてるんだよ」
スワローがボクサーパンツを引っ張る。ピジョンは精一杯抗うも、所詮力ではかなわない。
「ゴムが切れるから離せ」
「俺はいっこうにかまわねーぜ、バチンと弾かれて腫れんのはてめーのペニスだもんな」
「兄さんの竿が可哀想じゃないのかよ、パンツだってそんな持ってないんだ、粗末にしたらもったいないだろ」
「どうせすぐ脱ぐんだからノーパンにしろよ」
「ひとを露出狂呼ばわりするな、お前がどこでもすぐ脱がせようとするから仕方なく脱いでるだけで自主的に脱いだことは誓ってないぞ、どこでも全裸で寝れるようになったら人として終わりじゃないか!耳の穴かっぽじってよく聞けよ、俺のボクサーパンツには人間の尊厳がかかってるんだ!」
「ボクサーパンツに尊厳賭ける生き方むなしくねーのか」
「狙撃手の尊厳はライフルに託してるから」
ゴムが限界ギリギリまで伸びきりテロンとたれる頃に、ピジョンは漸く敗北を認めた。スワローが兄の下着を力ずくでずりさげ、ピンクゴールドの陰毛が散った股間を剥き出しにする。
「濃さと長さじゃ勝ってる」
「ハイハイ全面的に負けを認めます、太さ固さ瞬発力持久力も劣りますよ」
「可愛げは兄貴に譲る」
何の勝負だ。下ネタか。チン毛で競り合ってもアホくさいだけだ。スワローが両足を掴み、萎えた股間をじろじろ視姦する。かと思えばボトルを振り、シェービングクリームをピジョンの下っ腹に噴射した。
「ッわ」
不意打ちに腰が引ける。スワローがたちどころに押さえ込む。下っ腹で泡立ち溶けるクリームをすくいあげ、縮こまったペニスと睾丸に方に塗していく。
「よせよスワロー、悪ふざけも大概にしろ」
「おっかねえの?」
制す声が僅かに震える。スワローはやめない。兄の虚勢に垣間見える恐怖心をスパイスに、器用な手付きで剃刀を翻し、淡い色合いの茂みにあてる。
「ガキの頃床屋ごっこしたろ」
スワローの言葉が遠い記憶を刺激する。青空の下、廃墟のガソリンスタンド。アナログな給油メーターに止まり木代わりに腰掛け、お互いに散髪した日。
「覚えてたのか」
「あん時ゃまだ下の毛生えてなかったな」
兄貴のものは俺のもの。遠い記憶をこえて幻聴が響き渡る。思えば歯の妖精にあげるために枕の下に敷いた乳歯もスワローにとられたし、変声期を迎え喉仏が張りだしてきた時も、目を輝かせてさわりたがってたっけ。
「全くお前は……俺が大人になった証、なんでも欲しがるよな」
「兄貴のもんなら全部コレクションしてえ」
「スクラップブックにテープで陰毛を」
「それはドン引きだから、剃るだけで我慢する」
心底欲張りなスワローを持て余し、苦笑いで許す。肉親の情か惚れた弱みか、結局最後にはほだされてしまうのがピジョンの捨てきれない甘さだ。
そろそろと手を伸ばし、スワローの首の後ろで指を組む。自然引き寄せる形で弟の背中を倒し、媚びるように囁く。
「いいよ」
やってくれ。
直々に許しをもらったスワローが不敵に笑い、潤滑剤をよく塗して性器に処理を施す。シャリシャリと陰毛が削がれ、奥に埋もれた皮膚が涼しい外気にさらされていく。
「ん……、」
喉の奥で甘く喘ぐ。だんだん勃ってきた。クリームが体温にぬるく溶かされ、先走りと混ざって滴る。剃刀が股間を整える都度冷たく熱い不可思議な感覚がこみ上げ、一番感じる場所を巧みに避けてくすぐられる、じれったさに唇を噛む。
「ありゃこりゃでかくなった。剃られるだけで気持ちよくなんのかよ、お手軽なカラダだな」
スワローがおどけて笑い、クリームを纏わり付かせた剃刀をわざと離す。頬に血が集中した。
「お前のせいじゃないか。責任とれ」
遠のく刃を恨めしげに見送り、心もとない顔で丸裸の股間を見下ろす。
スース―して落ち着かない。実に無防備だ。
「お楽しみは後にとっとけ」
スワローがピジョンの前髪をかきあげ額にキスする。半勃ちの状態で放置されたピジョンは絶句。何か言いかける前にカナリアイエローのドレスが降ってきた。デジャビュ。
「どこでこれを」
「古着屋でテキトーに」
「そういや大家さん、衣装整理で売りに出したとか言ってたな」
ピジョンの記憶が正しければ、スワローに投げてよこされたのは紛れもなく、数週間前に大家に着せられた因縁のドレスだった。忘れたくても忘れられないトラウマ。
「んだよ、俺が選んだ服に文句あんの?」
「そんな事ない。気に入った。素晴らしい。ブラボー、エクセレント」
棒読みでほめ言葉を並べ立て、ギクシャクした動作でドレスに袖を通す。さらにスワローが追い討ちをかける。
「ほらよ、ウィッグも忘れんな。セミロングは七難隠すかんな」
ピジョンが受け取ったウィッグをかぶる間にメイク道具を並べ、キャップを外した口紅を捻り出す。
「もういい、剃毛プレイだけで十分!ありがとな助かったよスワローあとは自分でやる、顔いじるのはやめてくれ!」
両手を翳して固辞するピジョンを無視し、顎を摘まんで上に向ける。端から端まで唇のふくらみをなぞり、ゆっくりと弧を描く。
「潤いがたりねえ。なめろ」
そっけなく命令され、仕方なく唇を内側に巻き込み、唾液で湿して元に戻す。スワローはまだ納得いかない様子で唸り、ピジョンの唇を唇で塞ぎ、舌を這わせる。
「ん、んぐ」
二人分の唾でコーティングされた唇が光沢を宿す。潤いは十分。一旦唇を離し、輪郭に添って口紅を塗っていく。
良い匂いがする化粧水やファンデーションが円を描いて塗り込まれ、アイブロウやアイシャドウやアイライナーやマスカラやチークが入れ代わり立ち代わり、睫毛が巻かれ眉が曳かれ、ピジョンの面影を沈めた別人の顔をこしらえていく。
やけに手慣れているのは母の化粧を見て育ち、時に手伝ってきたからだろうか。
「母さんも化粧、上手かったよな」
「そうだな」
「魔法みたいだった」
「ずーっと横で見てたもんな。ぼけーっと口開きっぱなしで」
「たまに頼んで塗らしてもらったけど、ちっともうまくできなかった」
「ドへたくそ」
「毎回はみ出る誰かさんよりマシ。失敗するたび癇癪起こして口紅へし折ってたの忘れたとは言わさないぞ、挙句俺の顔を練習台に」
「お前だけじゃねえ、母さんの顔にも落書きしたよ」
「ひどすぎる。見損なった」
「本人笑ってたからセーフだよ」
「何描いたんだ」
「デコにチューリップ」
「母さんのオツムは赤パプリカとチューリップの区別も付かないベジフルお花畑っていいたいのか?」
「素で酷ェ。俺より余裕で人の心がねえ」
『ピジョンはのんびりさん、スワローはせっかちさんね』
口紅がずれても決して怒らず、おっとり微笑む母の口癖を追憶し、ノスタルジックなぬくもりが胸に満ちる。
「スワロー、俺が今何考えてるかわかる?」
「動くんじゃねえよ」
「いいだろちょっと位」
「なに考えてんの」
一瞬言葉に詰まってから、素直に白状する。
「……覚えてない?うんと小さい頃、お前にショールを掛けて結婚式ごっこしたろ。俺の小さい花嫁さん」
「あ~、あったなンなこと。人の顔と体おもちゃにしやがって、すんげー腹立った。俺がもうちょっとでかけりゃ簀巻きにして蹴り転がしてた」
「今、十数年越しに仕返しされてる?」
「どんだけ根に持ってんだ」
スワローが吐息だけで嘲り、ピジョンも「だよな」と相槌打って吹き出す。
「完成」
スワローがご機嫌な口笛を吹いた。
なのに今、バーズは場末の安モーテルで着せ替えごっこをしている。
昔からそうだ、スワローは一度やると言い出したら断固として自分を曲げないタイプだ。特に兄の意見は絶対聞かない、いやがればいやがるほど我を通そうとする。窓の向こうでは軽薄なネオンが瞬いていた。
ガラスが映し出すピジョンの顔は妙な成り行きに困惑し、呆れと疲れを浮かべている。
ふたりがチェックインしたモーテルの名前は『make or break』……運命の分かれ道を意味するスラングだ。お誂え向きに。
駐車場を照らす巨大な看板には、途中で分岐した矢印が描かれていた。
「いくら俺がヒョロくたってやっぱ無理あるよ、考え直さないか」
「体の線が出ねー服ならイケる。メイクは下品に見えねー程度に濃くしろ」
「お前が下心で見繕った服だろ?」
「だから?」
引き締まった腹筋とへそが露出するまで、シャツを巻き上げた手が止まる。
「なあスワロー、このベッドダニが沸いてないか?さっきから体が痒い」
「犬猫と寝てたくせに繊細ぶんな」
「犬猫は汚くないから問題ない、俺の家族だ。お前だってオールドモップ抱っこしてたじゃないか」
「大昔の話持ち出すな」
「川の字で寝たろ?ぬくかったなあ」
ボクサーパンツ一枚で懐かしそうに回想するピジョンに対し、スワローは下唇を突き出す。
「って、冷たッ!なんだそれ」
「シェービングクリーム」
「すね毛剃るのか?」
「剃らずにストッキング穿くの?マニアック」
「そこまで徹底することないだろ」
スワローがピジョンの右足を固定し、ボトルから絞り出したクリームを塗り付けていく。膝裏に手をもぐらせて軽く曲げ、それから伸ばし、敏感な内腿を揉みほぐしながら刷り込む。
「ッは、ふくっ、くすぐった、あはははっ」
「うるせえよ笑い上戸」
「お前が変なさわり方するだろ」
「具体的に」
「わきわきさわさわって……やらしー感じの。リンパ腺マッサージ?」
「テクニシャンだろ」
正直な所、スワローにマッサージしてもらうのは嫌いじゃない。ごくまれにしかやってもらえないなら尚更だ。珍しくサービス精神を発揮したスワローが、兄の脚の裏表にクリームを塗り広げ、次いで鋭利な剃刀を手に取る。ピジョンが怯む。
「剃毛プレイのはじまりだ」
「レオナルドは?」
「ナイフじゃやりにくいだろ?どうしてもっていうならリクエストにおこたえ」
「しなくていい。聞いただけ」
弟に剃毛プレイされて興奮するなんて末期だ。変態すぎる自分に愛想が尽きる。肌に塗されたクリームの感触が気持ち悪く、無意識にシーツを握り締める。
「!ッ、」
反射的に目を瞑り俯くピジョンをよそに、スワローが舌なめずりして剃刀を這わす。とはいえピジョンはもとより体毛が薄く、脛毛は殆ど目立たない。
なめらかに刃が滑る。固く冷たい金属の感触。両足を剃り終えたスワローが満足げに額を拭い、剃刀を回す。
「一丁上がり。お次は」
「待て、なんでパンツに手をかける」
「女になりきるならこっちも剃らねーと。はみだしちまったら大惨事だ」
「ドレスの下からはみ出すってどんだけ裾詰めてるんだよ」
スワローがボクサーパンツを引っ張る。ピジョンは精一杯抗うも、所詮力ではかなわない。
「ゴムが切れるから離せ」
「俺はいっこうにかまわねーぜ、バチンと弾かれて腫れんのはてめーのペニスだもんな」
「兄さんの竿が可哀想じゃないのかよ、パンツだってそんな持ってないんだ、粗末にしたらもったいないだろ」
「どうせすぐ脱ぐんだからノーパンにしろよ」
「ひとを露出狂呼ばわりするな、お前がどこでもすぐ脱がせようとするから仕方なく脱いでるだけで自主的に脱いだことは誓ってないぞ、どこでも全裸で寝れるようになったら人として終わりじゃないか!耳の穴かっぽじってよく聞けよ、俺のボクサーパンツには人間の尊厳がかかってるんだ!」
「ボクサーパンツに尊厳賭ける生き方むなしくねーのか」
「狙撃手の尊厳はライフルに託してるから」
ゴムが限界ギリギリまで伸びきりテロンとたれる頃に、ピジョンは漸く敗北を認めた。スワローが兄の下着を力ずくでずりさげ、ピンクゴールドの陰毛が散った股間を剥き出しにする。
「濃さと長さじゃ勝ってる」
「ハイハイ全面的に負けを認めます、太さ固さ瞬発力持久力も劣りますよ」
「可愛げは兄貴に譲る」
何の勝負だ。下ネタか。チン毛で競り合ってもアホくさいだけだ。スワローが両足を掴み、萎えた股間をじろじろ視姦する。かと思えばボトルを振り、シェービングクリームをピジョンの下っ腹に噴射した。
「ッわ」
不意打ちに腰が引ける。スワローがたちどころに押さえ込む。下っ腹で泡立ち溶けるクリームをすくいあげ、縮こまったペニスと睾丸に方に塗していく。
「よせよスワロー、悪ふざけも大概にしろ」
「おっかねえの?」
制す声が僅かに震える。スワローはやめない。兄の虚勢に垣間見える恐怖心をスパイスに、器用な手付きで剃刀を翻し、淡い色合いの茂みにあてる。
「ガキの頃床屋ごっこしたろ」
スワローの言葉が遠い記憶を刺激する。青空の下、廃墟のガソリンスタンド。アナログな給油メーターに止まり木代わりに腰掛け、お互いに散髪した日。
「覚えてたのか」
「あん時ゃまだ下の毛生えてなかったな」
兄貴のものは俺のもの。遠い記憶をこえて幻聴が響き渡る。思えば歯の妖精にあげるために枕の下に敷いた乳歯もスワローにとられたし、変声期を迎え喉仏が張りだしてきた時も、目を輝かせてさわりたがってたっけ。
「全くお前は……俺が大人になった証、なんでも欲しがるよな」
「兄貴のもんなら全部コレクションしてえ」
「スクラップブックにテープで陰毛を」
「それはドン引きだから、剃るだけで我慢する」
心底欲張りなスワローを持て余し、苦笑いで許す。肉親の情か惚れた弱みか、結局最後にはほだされてしまうのがピジョンの捨てきれない甘さだ。
そろそろと手を伸ばし、スワローの首の後ろで指を組む。自然引き寄せる形で弟の背中を倒し、媚びるように囁く。
「いいよ」
やってくれ。
直々に許しをもらったスワローが不敵に笑い、潤滑剤をよく塗して性器に処理を施す。シャリシャリと陰毛が削がれ、奥に埋もれた皮膚が涼しい外気にさらされていく。
「ん……、」
喉の奥で甘く喘ぐ。だんだん勃ってきた。クリームが体温にぬるく溶かされ、先走りと混ざって滴る。剃刀が股間を整える都度冷たく熱い不可思議な感覚がこみ上げ、一番感じる場所を巧みに避けてくすぐられる、じれったさに唇を噛む。
「ありゃこりゃでかくなった。剃られるだけで気持ちよくなんのかよ、お手軽なカラダだな」
スワローがおどけて笑い、クリームを纏わり付かせた剃刀をわざと離す。頬に血が集中した。
「お前のせいじゃないか。責任とれ」
遠のく刃を恨めしげに見送り、心もとない顔で丸裸の股間を見下ろす。
スース―して落ち着かない。実に無防備だ。
「お楽しみは後にとっとけ」
スワローがピジョンの前髪をかきあげ額にキスする。半勃ちの状態で放置されたピジョンは絶句。何か言いかける前にカナリアイエローのドレスが降ってきた。デジャビュ。
「どこでこれを」
「古着屋でテキトーに」
「そういや大家さん、衣装整理で売りに出したとか言ってたな」
ピジョンの記憶が正しければ、スワローに投げてよこされたのは紛れもなく、数週間前に大家に着せられた因縁のドレスだった。忘れたくても忘れられないトラウマ。
「んだよ、俺が選んだ服に文句あんの?」
「そんな事ない。気に入った。素晴らしい。ブラボー、エクセレント」
棒読みでほめ言葉を並べ立て、ギクシャクした動作でドレスに袖を通す。さらにスワローが追い討ちをかける。
「ほらよ、ウィッグも忘れんな。セミロングは七難隠すかんな」
ピジョンが受け取ったウィッグをかぶる間にメイク道具を並べ、キャップを外した口紅を捻り出す。
「もういい、剃毛プレイだけで十分!ありがとな助かったよスワローあとは自分でやる、顔いじるのはやめてくれ!」
両手を翳して固辞するピジョンを無視し、顎を摘まんで上に向ける。端から端まで唇のふくらみをなぞり、ゆっくりと弧を描く。
「潤いがたりねえ。なめろ」
そっけなく命令され、仕方なく唇を内側に巻き込み、唾液で湿して元に戻す。スワローはまだ納得いかない様子で唸り、ピジョンの唇を唇で塞ぎ、舌を這わせる。
「ん、んぐ」
二人分の唾でコーティングされた唇が光沢を宿す。潤いは十分。一旦唇を離し、輪郭に添って口紅を塗っていく。
良い匂いがする化粧水やファンデーションが円を描いて塗り込まれ、アイブロウやアイシャドウやアイライナーやマスカラやチークが入れ代わり立ち代わり、睫毛が巻かれ眉が曳かれ、ピジョンの面影を沈めた別人の顔をこしらえていく。
やけに手慣れているのは母の化粧を見て育ち、時に手伝ってきたからだろうか。
「母さんも化粧、上手かったよな」
「そうだな」
「魔法みたいだった」
「ずーっと横で見てたもんな。ぼけーっと口開きっぱなしで」
「たまに頼んで塗らしてもらったけど、ちっともうまくできなかった」
「ドへたくそ」
「毎回はみ出る誰かさんよりマシ。失敗するたび癇癪起こして口紅へし折ってたの忘れたとは言わさないぞ、挙句俺の顔を練習台に」
「お前だけじゃねえ、母さんの顔にも落書きしたよ」
「ひどすぎる。見損なった」
「本人笑ってたからセーフだよ」
「何描いたんだ」
「デコにチューリップ」
「母さんのオツムは赤パプリカとチューリップの区別も付かないベジフルお花畑っていいたいのか?」
「素で酷ェ。俺より余裕で人の心がねえ」
『ピジョンはのんびりさん、スワローはせっかちさんね』
口紅がずれても決して怒らず、おっとり微笑む母の口癖を追憶し、ノスタルジックなぬくもりが胸に満ちる。
「スワロー、俺が今何考えてるかわかる?」
「動くんじゃねえよ」
「いいだろちょっと位」
「なに考えてんの」
一瞬言葉に詰まってから、素直に白状する。
「……覚えてない?うんと小さい頃、お前にショールを掛けて結婚式ごっこしたろ。俺の小さい花嫁さん」
「あ~、あったなンなこと。人の顔と体おもちゃにしやがって、すんげー腹立った。俺がもうちょっとでかけりゃ簀巻きにして蹴り転がしてた」
「今、十数年越しに仕返しされてる?」
「どんだけ根に持ってんだ」
スワローが吐息だけで嘲り、ピジョンも「だよな」と相槌打って吹き出す。
「完成」
スワローがご機嫌な口笛を吹いた。
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