タンブルウィード

まさみ

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Christmas Sweater

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町はずれにとまるトレーラーハウスの中で少女めいて若々しい母親がセーターを編んでいる。器用にかぎ針を動かし糸を交差させ、編み上げていくのは赤と緑を基調にした鮮やかなセーター。足元にはカラフルなタンブルウィードみたいな毛糸玉が転がっている。
「あだっ!」
どんくさいピジョンが毛糸玉を踏ん付けてすっ転ぶ。
「顔面から行った」
涙ぐんで突っ伏すピジョンをスワローが覗き込んで突付きまくる。鼻の頭を真っ赤にし、小刻みに震える兄を観察する目は面白そうに輝いていた。
「いたい?」
「いたくない」
「うそこけ」
「ピジョ、お兄ちゃんだからがまんする」
ピジョンが強がって涙を拭い、ツンツンをやめたスワローがしらける。
漸く息子たちのやりとりに気付いた母がかぎ棒と編みかけのセーターをおき、ピジョンに謝罪する。
「ごめんねピジョン、ちゃんとお片付けしないママが悪かったわ。大丈夫?痛くない?ギューいる?」
「……ちょっとだけいる」
「きて」
にっこり両手を広げる母の胸元にピジョンがまっしぐらにとびこんでいく。傍らのスワローはあきれ顔。豊満な胸に埋もれて甘えるうちに落ち着いたか、一息吐いて上げた顔がふにゃりと笑み崩れる。
「元気でた?」
「うん!」
「危ないから走っちゃだめよ」
毛糸玉を片付けて注意する母に頷き返し、今度こそ窓辺に駆け寄る。
ふたりそろって仰ぐ空は既に暮れなずみ、宇宙に通じる透徹した空気の中、冬の星が冴えた輝きを放ち始めていた。
先月、ピジョンは教会の救貧箱プアボックスに捨てられていた……もとい突っ込まれていた絵本でサンタクロースの存在を知った。以来、彼はサンタクロースの熱心なファンである。別名トナカイを応援し隊(メンバーは暫定一人)。
「絵本に書いてあった。サンタさんはクリスマスになるとトナカイが引く橇に乗って、いい子にプレゼントを配って回るんだよ」
「なんで橇が飛ぶの」
「魔法だよ」
「魔法なんてねえよ」
「じゃあなんでサンタさんが飛ぶのさ。魔法でしょ絶対」
意固地な弟を訳知り顔で諭し、目一杯爪先立って空を見上げる。
スワローは眉をひそめて露骨な疑念を示すも、堂々めぐりの問答に倦み、兄をまねて背伸びする。
キッチンの椅子に掛けた母は、サンタの道行きを監視する息子たちを優しく見守りながら手編みを再開する。
橇が飛ぶのは魔法だと主張して譲らないピジョンは、あどけない横顔を仄赤く染め、樅の木が刺さる空に呪文を唱え始めた。
「ダッシャー、ダンサー、プランサー、ヴィクセン、コメット、キューピッド、ダ」
「ダダダーン」
「スアロなんでじゃまするの、めっ!もっかいやり直し。ダッシャー、ダンサー、プランサー、ヴィクセン、コメット、キューピッド、ダ」
「ァアンクシュート!」
お祈りに夢中なピジョンの背後に回り込み、無防備な後頭部を枕でぶっ叩く。理不尽な仕打ちに見開かれた目が潤み、次いで盛大な号泣が響き渡る。
「ママあああああああスアロがじゃまするゥウウゥゥウウゥ」
「よしよしおいでピジョン」
両手を広げて待ち受ける母のもとに駆け戻り、へぶへぶと泣き腫らした顔でスワローの鬼畜な振る舞いを訴える。
「す、すあろがねっ、トナカイさんの名前最後まで言わせてくれないの!八頭全部間違えず言ったらなにかいいこと起こるって絵本に書いてあったからピジョ頑張ったのに、全員覚えたのに!」
「こらスワロー、なんでお兄ちゃんに意地悪するの?悪い子の所にはサンタさんきてくれないわよ」
眉を吊り上げた母に諫められてもちっともこりず、頭の後ろで手を組んだスワローがいけしゃあしゃあとうそぶく。
「サンタの正体ってかあさんの馴染みだろ?くれんのは大人のおもちゃ?雑貨屋の店先で叩き売りされてるロープキャンディ?」
「そ、そんなことないわよ。サンタさんはちゃんといるのよ、心のキレイな子どもにしか見えないだけよ」
酷く動揺する母に耳を貸さずそっぽをむく。小生意気な横顔に一抹の寂しさと不満の色が表出するのを、さすがに母は見逃さない。
「ひょっとしてスワロー、あなた……お兄ちゃんに構ってもらえなくて寂しいの?」
「は?」
「ピジョンがサンタさんとトナカイさんに夢中で遊んでくれないのが不満なのね」
「……そうなの?」
ピジョンが母の胸元でずびずび洟をかんで振り向く。
「ママのツバメさんはお馬鹿さんねえ」
困り顔から柔和な苦笑いに変化した母が、真っ赤に茹だったスワローを有無を言わさず抱き寄せ、愛しい息子たちの頭を交互になでる。
「じゃあみんなで一緒に唱えましょ。ダッシャー、ダンサー、プランサー、ヴィクセン、コメット、キューピッド、ダンダー、ブリクセン」
「ダッシャー、ダンサー、プランサー、ヴィクセン、コメット、キューピッド、ダンダー、ブリクセン!」
元気に復唱するピジョンと対照的にスワローがぼそぼそと続き、「よくできたわね、えらい!」と母がまたもや頭をなでまわす。
トナカイの名前を間違えず言えたピジョンは満足げだ。顎を引いて得意がる兄をチラ見し、「やってらんねえ」とスワローが拗ねる。
「トナカイさんの名前全部言えたからなにかいいことおこるかなあ。いいことってなんだろねスアロ」
「さあな」
「お星さまが降ってくるとか」
「潰れて死ね」
「おっきいケーキが食べられるとか」
「スポンジでデスマスクとるぞ」
「ほらほら喧嘩しないの!ふたりとも、目を瞑って」
優しく促され、同時に目を瞑るスワローとピジョン。
「もういいわよ。開けてごらんなさい」
ゆっくり薄目を開けた二人の前には、たった今編み上がったクリスマスカラーのアグリーセーターが広げられていた。突貫工事でやり遂げた母が額の汗を拭ってため息を吐く。
「間一髪間に合ってよかったわ、ひやひやしちゃった」
「わー可愛い!これピジョの?ピジョの!?」
ピジョンが忙しく足踏みして緑の生地にトナカイとサンタを編み込んだセーターをとる。
スワローは赤い生地にクリスマスツリーが生えたセーターを微妙な面持ちで受け取り、引き気味にぼやく。
みにくいアグリーセーター」
「ママが一生懸命編んでくれたんだからしー、だよ」
ピジョンが小声で弟を嗜め、セーターを重ね着してはしゃぐ。スワローは足元に投げ付けて回れ右しようとするも、結局は母の笑顔の圧に負け袖を通す。
「やっぱり、ふたりともよく似合うわ!サイズもぴったりね」
「えへへ」
アグリーセーターを素直に喜ぶ兄にむかっぱらが立ち、その裾を引っ張る。
「あっやだっやめてスアロっ、サンタさんとトナカイさんが伸びちゃうっ」
手足引き伸ばしの拷問ラックでトナカイを八頭身にしてやる。白髭ジジイもスマートになってうれしいだろ」
「あっあっあっ!」
「スワローってば、お兄ちゃんのセーターが羨ましいの?しょうがないわねえ、来年はおそろいで作ってあげる」
「そーゆーんじゃねえ」
兄のセーターをびよーんと伸ばし高笑いするスワロー、べそっかきで慌てふためくピジョン、斜め上方向に勘違いして気が早い提案をする母。
やんちゃ盛りの兄弟が喧嘩するトレーラーハウスの中は、家族団欒のぬくもりで満ちていた。

そして現在、大人になったスワローとピジョンの前にアグリーセーターがある。
「チャリティーバザーを手伝ってくれたお礼にって、教会のシスターたちが編んでくれたんだ」
「……へー」
ダイニングのテーブルに並べたアグリーセーターを見下ろす兄弟のリアクションは対照的だ。ピジョンは嬉々として、スワローは無表情の棒読みで。
「もっと喜べよ」
「クソ寒ィ冬空の下一日突っ立ってた報酬がアグリーくそださセーターなんて泣けるぜ」
「失礼なこと言うな、手編みのセーターには目一杯愛情が詰まってるんだぞ?だからあったかいし風邪ひかない」
「これ着て出歩けっての?クラブ行って踊れって?正気かよ」
「部屋着にすれば問題ないだろ」
「死んでもごめんだね。こんなアグリーなブツに袖通す位なら往来のど真ん中でストリップする方がマシ」
「一年通してスタジャンタンクトップ、ダメージ受けすぎジーンズのお前にファッション語る資格ないだろ」
「一年通して洟汁でかぴかぴモッズコート着てるお前に腐されたかねえ。おっと、もっと色んなものが染みてたっけ」
「お前が俺から搾りとったんだろ」
ピジョンが恨めしげに見てくるのを無視し、さも嫌そうにアグリーセーターを摘まみ上げる。
片方は緑の生地に赤鼻のトナカイと雪の結晶の模様、片方は赤い生地にクリスマスツリーと雪だるまの模様だ。ただの偶然だろうが、子どもの頃に母からもらったセーターとよく似ている。
「燃えるゴミの日って明日?」
「捨てない」
「まさか着る気?」
「せっかく編んでくれたんだし着なきゃもったいない」
「駄バトと駄セーターの組み合わせか、傑作だな」
アグリーセーターとはクリスマスに特有の柄を過剰なまでに編み込んだ一種のジョークグッズだ。悪趣味であればあるほど良いとされているらしいが、ピジョンの場合は本当に可愛いと思ってる節がある。
「俺はクリスマスツリーにする」
「なんで?トナカイ好きじゃねえの」
「だって」
言いかけて口ごもるピジョンをよそに、スワローはアグリーセーターの糸をほどこうとしていた。
「ちょ、待、スワローお前何やってるんだ!?」
「袖外してトイレマットにする」
「やめろ馬鹿シスターの親切を棒に振る気か!」
ピジョンが慌てて割り込み、片方の袖口がほんの少し解れたセーターを奪い返す。スワローはまるで反省の素振りなく開き直り、咥え煙草にライターで火を点ける。
「ぜッッッッッッてえ着ねえからな。部屋着にも寝間着にもしねえ」
「……わかったよ」
ピジョンが降参を表明してセーターの片方を折り畳み、それを持って部屋を出る。
「おい駄バト、どこ行くんだ」
「劉の所」
「なんでアイツが沸く」
「捨てるなんてできないからあげにいくんだ。劉ってば悪趣味でサイケデリックな柄シャツしか持ってないだろ?鎖骨と胸板モロ見えですごい寒そうだなって思ってたんだ、だからコレ着せてあったかくしてもらおうかなって……劉はお前と違って優しいからシスターの善意を切り捨てたりしないし、きっと喜んでくれる」
アグリーセーターのペアルックを着たピジョンと劉を想像すると、胸の内にモヤモヤが広がりゆく。ふたりとも意外と似合ってるのがまた憎らしい。自分の妄想に妬いたスワローがピジョンの行く手に素早く回り込み、セーターをひったくる。
「……くそったれ」
忌々しげに毒突いて葛藤を断ち切り、タンクトップの上からアグリーセーターに袖を通す。ピジョンがご満悦の笑みで手を叩く。
「偉い。よくできました」
「てめえ謀ったな?」
「何のことだか」
コイツ、年々やり口が母さんに似てきやがる。不本意ながらもアグリー極まるセーターを着る羽目になったスワローの脳裏に、子どもの頃の他愛ない会話が甦った。
「ひょっとして、トナカイ着たがってたから譲ってくれたの」
大昔のクリスマスイブ、兄のセーターを引っ張り暴れたスワローに母親が放ったトンチンカンな言葉を、度を越したお人好しのピジョンは真に受けたのでは?
「勘繰りすぎだよ。俺はただこっちの太っちょ雪だるまが可愛くてツボったから……そんなことよりスワロー、サンタクロースの橇を引くトナカイの名前まだ全部言えるか?」
「忘れちまった」
「だろうな、寝た女の名前も夜が明けたら忘れてるもんな」
「覚えてんのは一人で十分」
「っ」
赤面するピジョンの頭にセーターをおっ被せ、ペアルックでお互い向かい合い、大人になった今しかできない駆け引きをする。
「一応全部言えるか試してみない?」
「言えたらご褒美くれる?」
「考えとく」
「ダッシャー、ダンサー、プランサー、ヴィクセン、コメット、キューピッド。えーと」
「ダンダー、ブリクセン、俺のスワロー」
言葉に詰まって視線を泳がすスワローをアシストし、首の後ろに手を回す。
「何かいいこと起こらないか指をくわえて待ってるのはやめたんだ。だから……」
アグリーセーターをたくし上げて滑りこんだ手がスワローの素肌を這い、熱い吐息が耳朶に絡む。
目の前に迫るピジョンの顔に含羞と媚態の比率が絶妙な笑みが滲む。
「何かしていいことしてくれよ」
クリスマスイブだからといって奇跡は起こらない。しかし心がけ次第でいくらでも特別な夜になる。
兄のお願いを受けて立ち、ピンクゴールドの髪に指を通し、とびきり甘く囁く。
「よしきた」
結局スワローとピジョンは袖を通した五分後にセーターを脱いだのだった。
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