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paper airplane(馴れ初め3)
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「マグダラのマリアは石もて追われた。何故か?娼婦だったからだ」
「まあ、娼婦っていうだけでいじめられるの?酷い!」
「ふしだらな女は嫌われる」
「俺様ちゃんはふしだらな方がそそるけどな。もったいぶった女はいけすかねえ」
「だってお仕事だものしょうがないじゃない、ねえ?」
「うんうん」
「別名マリア・マグダレナ。絵画では香油の入った壷を持った姿で描かれてるけど、これは墓にあると思われていたイエスの遺体に塗るために香油を持って訪れたからで、この逸話にちなんで携香女って呼び名もあるね」
「香油臭そうなお名前ね」
ぱちぱちと瞬きした少女が平和すぎる感想を漏らす。多分彼女の中では香油はオリーブオイルの同列だ。
「聖書の一般的解釈では罪深い女として扱われてるけど、一方で悔悛した娼婦の守護聖人ともされてるんだ」
「じゃあ気合入れて拝まなくっちゃ!今のところ聖母の方のマリア様より親近感あるわ」
少女がふざけて手を組み祈るまねをする。罰当たりな。いや、ふざけて見えるけど案外大真面目なのかもしれない。とにかく底抜けに明朗でいつも笑っているような子だからどちらとも判じかねる。
「なーんて。別に悔やんでもない私が拝むのも不信心か」
少女がぱっと手を解いてほくそえむ。ころころとよく表情が変わるから少なくとも見ていて退屈しない、僕の左側を歩く口を開けば下品下劣なことしか言わない性悪ガラガラ蛇より余っ程マシだ。
不思議と怒っていても笑っているような呑気さが付き纏うのは垂れた目尻のせいだろうか。
僕はほとほとあきれてしまう。
「説教の甲斐がないね、君は」
「せっかく披露した雑学が空振りで残念だなオウルちゃん」
「オウル?それがあなたの名前?」
覗きこまれ反射的に身を引く。顔が近い。近すぎる。
「…………っ、」
本当はアウルだけど、むきになったら負けだ。まあ意味は同じだからどちらでもいいのだけれど……構ってやらないからって、なんて幼稚な仕返しなんだ。
忌々しげに左側を歩くラトルスネイクを睨めば、本人はどこ吹く風と素知らぬ素振りで達者な口笛を吹く。どうでもいいが僕は口笛が吹かない。別に吹けなくて構わないが、少し悔しい。
僕がバードバベルに訪れて数週間が経過した。依然として砂嵐は止まず交通手段は絶たれ、街は孤立している。唯一の幸運を挙げるなら街にまで被害が及んでない事か。近郊はそれはもう酷い状態だったが、この街は瀬戸際で砂の浸蝕を食い止めている。
僕の横顔を見て思考を読んだのろうか、ラトルスネイクが器用に片眉を跳ね上げる。稚気に溢れた悪戯っぽい表情。顔半分に浮かぶ鱗がなければ人懐こいとさえ評していい。
「この街にゃ幸運の女神様がおわすのかもな」
「あら、それって私のこと?」
少女が後ろ手を組んで前に跳ねる。僕は辟易する。
「自惚れがすぎる」
「えぇ、だって今の流れだと消去法でそうなるでしょ?女の子は私一人だし……そっちの彼はまだ確認してないからひょっとしてって可能性もあるけど」
「なんだなんだ俺様ちゃんの下半身に興味津々?お望みなら見せてやってもいいぜ、カワイコちゃんのリクエストならばっちこいよ」
「リトルスネイクに興味はないよ」
少女が不満そうに頬を膨らませ、悪戯っぽい笑顔でラトルスネイクに流し目を送れば、ラトルスネイクが大乗り気でズボンを少しずらす。僕はその手をすかさず叩く。
一瞬むくれたラトルスネイクがすぐに破顔し、二股の舌先で僕の耳をなめる。
「俺様ちゃんがビッグなの知ってるくせに」
「どうでもいい」
「まだ」というのがひっかかる。未遂か。予定には入ってるのか。悶々とこみ上げる疑問を振り払うように話題を変える。
「南西のブラックベルベッドは砂嵐に呑まれたらしいね。住民は全滅だとか」
「三割は避難成功したんじゃねーか。知んねーけど」
「そうだっけ……そうだった、近場に用があったキマイライーターが砂嵐の方向を読んで避難を促したんだ。それを素直に聞き入れた少数が生き残った、モーゼの十戒みたいに」
「イエッさんにも似たような話なかった?」
「数えきれないほどね。どうでもいいけどイエッサーみたいに言うなよ」
「ほいじゃキリストさん」
キマイライーターは生きる伝説と呼ばれる賞金稼ぎの憧れだ。もう結構な年齢のはずだがまだまだ現役で前線に踏ん張ってる。ヤギのミュータントという被差別的出自を努力と実力で超克し、賞金稼ぎの頂点に上り詰めた経歴はだてじゃない。直接会ったことはないけど師匠からさんざんノロケ……もとい、話を聞かされている。
ラトルスネイクが目玉を器用にぐるりと回し、大仰な驚きを表現する。
「そーいや聞いたかキマイライーターの嫁さんの話。賞金稼ぎなんだろ」
コイツはいちいち表情の変化が派手だ。
顔半分を覆う鱗のせいで、少々大袈裟なほど表情を作らないと感情が伝わり辛いのだ。
「さあね。興味ない」
「ツレねえなァちったあ付き合えよ。なんでも凄腕の狙撃手だとか。お前もスナイパーなんだから見かけたことねえの」
「類は友を呼ぶ理論を採用するならお前には二挺拳銃使いが群がるだろうね。暴発後にしめやかに爆散すればいいのに」
さりげなく話題を逸らす。ラトルスネイクは肩を竦め痛快げに茶化す。
「イレギュラーのイレギュラーな指図を突っぱねた連中は哀れ仲良くおっ死んだ。いい気味」
「不謹慎だね」
「自業自得」
「生者は貴賤あれど死者は平等」
キマイライーターの賢明な忠告を無視し、反対にミュータントだからと嘲笑った連中は今頃砂の下に埋もれている。でも多分、その事実にもっとも忸怩たる念を噛み締めているのは救えなかった本人だ。間接的にとはいえ彼の人柄をよく知ってる僕は、便乗して謗る気になれない。
今日はよく晴れている。澄んだ青空を見上げていると、この街から数十マイルの距離に凶暴な砂嵐が吹き荒れているなんて想像できない。砂嵐はある種の結界、障壁だ。台風の中心が驚くほど静かなように、バードバベルには束の間の平穏が訪れている。
たとえこの街のどこかで相変わらず人が死んで犯され殺されているとしても、僕の射程圏内十フィートが平和ならなべて世は事もなしだ。世間とはそういうものだ、欺瞞の薄氷の上に偽善を積み重ねて辛うじて秩序を築いているのだ。
「もう、せっかくのおでかけなのに辛気くさい顔よしてちょうだい」
少女が後ろ手を組んで跳びはねる。彼女の周囲だけ重力が軽そうだ。
事の発端は先日、向かいの娼館から僕が泊まる宿屋へ紙飛行機が舞い込んだ。
その紙飛行機には字が書かれていた。
まず娼婦が字を書けるなんて珍しいと感心した。馬鹿にしていた訳じゃない。この国の識字率は低い。ましてや十代の若い身空で売春で生計立てる小娘が、読み書きできるはずもない。
僕は紙飛行機に字が書かれているのを一瞥で悟り、当然読みもせずゴミ箱に捨てようとした。そこへおせっかいがしゃしゃりでた。
『おいおい待て待てストーップ』
ゴミ箱の上にかざした手首を掴んで止めたのは、許しもなく僕の部屋に転がり込んで居候してるガラガラ蛇。ショッキングピンクに染めたベリーショートにサングラスをかけた外見特徴を挙げるまでもなく存在自体が不道徳だ。なんでコイツが宿屋を出入り禁止にならないのか不思議だ。ミュータントの出自に関係なく、破廉恥な言動だけで叩き出されても文句は言えない。
……まあ、コイツを叩き出せる人間がどれだいるかわからないけど。
『おいおいオウルちゃんよクソ憎たらしいポーカーフェイスで何してくれちゃってんの?お前が今まさに捨てようとしてるそれってお手紙じゃねーの、あ?』
『字が読めたんだ。すごい』
『まー読む程度ならな。って今そこ感心しなくていい』
『生憎と僕は黒ヤギじゃないんだ。手紙は食べられないから処分する』
『白ヤギさんからお手紙着いたってか。キマイライーターが差出人ならマーダーオークションに流せよ、高く売れるぜ』
『ほっとけよ、僕宛の手紙なら好きにしていいはずだ。お前にとやかく言われたくない』
『恋文だったら?』
『どうせくだらない用事さ。幼稚な暇潰しだよ』
『読まずに言いきれんのかよ』
『常習犯だからね』
妙な顔をするラトルスネイクに面倒くさいのを堪えて説明してやる。
『何を勘違いしたんだかよく紙飛行機にした手紙飛ばしてくるんだ、あの子。十個に四個はぽてっと真ん中の通りに不時着して踏まれるけどね、残り六個はふらふら届く。開いてみればやれ今日はいいお天気ねだの部屋で何してるのだの好きな音楽教えてだのくだらない事ばかり』
『ほー?』
『あの娘は何か勘違いしてるんだ。僕をお友達だとでも思いこんでる。こっちは狙撃に最適のポイントを確保する為に利用しただけなのに』
『その心は』
『……一回寝ただけなのにおめでたい』
少女が紙飛行機にして折った手紙は全部捨ててる。最初のうちは律義に読んでいたが途中で馬鹿馬鹿しくなった。誤字脱字ばかりで目もあてられないし、よっぽど校正入れて突き返してやろうかと思った。
『いい案だ。今度からそうしよう』
『あン?』
『こっちの話』
言葉少なくごまかせばラトルスネイクが僕の手から紙飛行機をひったくりガサツに開く。人の物をとって読むなんて礼儀がなってない。
『よせよ』
『どうせ捨てるんだろ?だったら検閲させてくれっと』
『返せラトルスネイク』
英語で蛇を意味するスネイクは悪口としても優秀だ。生理的に受け付けない、陰湿陰険、裏切り者と罵りたい時にも活用できる。
苛立ちを増す僕の手が文字通り紙一重で空振り、ラトルスネイクがいやらしくニヤついて手紙を振る。
『じゃーん。デートのお誘いだ』
『擬音を多用すると馬鹿っぽい』
反射的に憎まれ口を叩いたが、内心少し驚いていた。呼吸するようにデマカセほざくラトルスネイクのデート発言を真に受けたんじゃない、籠の鳥の娼婦がデートなんて発想に至る突拍子なさにだ。
ラトルスネイクから奪い返した手紙にウンザリ目を通し、コイツの発言がまんざら間違いでもない事実を渋々受け入れる。
そこには少女が今度の日曜日に行きたい場所があること、付きましては道中の護衛を依頼したい旨が綴られていた。お金は払うと最後にあるから、一応依頼の体はなしている。まあ娼婦の収入じゃたかが知れてるけど。
『で?受けんの』
『…………』
なんで僕を指名したんだ。他に見繕えばいいじゃないか、あの娘の容姿と手管なら馴染みに事欠かないだろうに。向かいの部屋に陣取っていると娼館の出入りが嫌でも目に入る。客を招き入れた彼女がカーテンを引いて窓を閉める瞬間も。
『用心棒なら間に合ってるはずだ』
窓辺に歩み寄って顎をしゃくる。僕に促されたラトルスネイクが桟を掴んで乗り出し、娼館の前を徘徊して睨みを利かす青年を発見。
『なんだありゃド素人か、ズボンに拳銃呑んでるの丸わかりじゃん』
『上手くはないよね』
『この距離から泣きボクロ視認できるってすげえな、さっすが夜目がきくぜオウルちゃん』
『夜じゃないけど』
スナイパーライフルのスコープでわざわざ観察していた事は黙っておく。
最近娼館の付近でよく見かける青年だった。年は僕達より十かそこら上だろうか、緩くウェーブしたキザったらしい金髪に泣きボクロが特徴的な優男だ。そこそこ二枚目だが用心棒としては及第点に至らない。
『なんていうか、不良に憧れて一生懸命悪ぶってる坊ボンって感じだな』
『ああいうのがキレるとタチ悪いんだ』
『経験者は語る?』
ラトルスネイクが身軽に桟に飛び乗って聞く。
『で、どうすんだ』
『…………』
『「僕以外にあてがあるなら譲る」って顔に書いてあんぜ』
『…………』
『女心がわかっちゃねェなあ』
軽快に舌打ちしサングラスの奥の目を回す。
『万歩譲ってあのうらなりが用心棒だったとしても、てめえを直々ご指名した気持ちを汲んでやれ。他の連中にバレねーよう手紙を折って届けたんだろ』
一理ある。
『まあどうするかは任せっけど。人の恋路を邪魔する奴は蛇に巻かれて死んじまえってゆーし?』
『圧死と窒息死どっちだよ』
無視するのは簡単だ。今までだってそうしてきた。ただゴミ箱の上で手を開くだけでいい、それで世は事もなし。
勘違いした小娘に付き纏われて辟易することも、毎日のように舞い込んでくる紙飛行機が頭に刺さって蹲ることもなくなる。厄介事とお別れできる。
もう一度改めて文面を読む。最後までたどり着き、また最初から繰り返す。誤字脱字が目立ち、所々手汗で滲んでいた筆跡からは苦労して書いたことが伝わってくる。
僕は机に飛んでいき、便箋を伸ばして均し、できるかぎり平たくし万年筆で走り書く。まずtagetherが間違ってる。「together」と訂正し、他の誤字もかたっぱしから指摘して、脱字の上に吹き出しとアルファベットを足す。
書き終えると同時に元の折り目にそって飛行機を折る。ちょっとよれているけど飛べば問題ない。仕上げにまずまず満足、目を丸くするラトルスネイクを努めて無視し右手を翳す。
『返事?』
『見ればわかるだろ』
『落っこちんじゃねえの』
『僕はスナイパーだぞ』
『投擲と狙撃の腕前は関係ねェ。むしろ腕力は非力だろお前』
痛い所を突く。僕が上手く引けるのは引鉄くらいのものだ。
『……紙飛行機は引鉄より軽い』
『貸せよ、やってやる』
『いい』
『コントロールにゃ自信あんだ、どんな小せェ穴にも挿れて』
『僕がやる』
じゃないと意味がない。
きっぱりと断れば、思いのほか強い語調に怯んだラトルスネイクが口を開ける。
小さく深呼吸し左手で逆十字を握る。こうすると落ち着いて集中力が上がる。ただの気休めでも欠かせない儀式だ。
左手を離して瞠目、再び開くと同時に腋を締め右手を振り抜く。紙飛行機はまっしぐらに宙を突っ切り、完璧な弧を描いて往来を渡り、間抜けな用心棒の頭上をこえて正面の部屋の窓にすべりこむ。
よし、思わず心の中で快哉をあげる。やがて窓辺にあの子がやってきて床に着陸した紙飛行機を拾い、嬉しそうに開いていく。
僕の答えはー……
「びっしり校正されてるからびっくりしちゃった」
少女はあっけらかんと言い、僕の目の前で便箋を戯れに振る。
「持ってきたの?」
「だって嬉しかったんだもの、初めてお返事くれたから」
少女が頬を染めて喜び、夥しい誤字脱字の指摘と訂正の末、最後に一行だけ記された返事を澄んだ声音で読み上げる。
「I get itなんて過激ね」
「I get itだからそれ」
確かにそういう意味もあるけど。
紙飛行機を介した少女の申し出を了解した僕は、せっかくの安息日である日曜日に、わざわざ心の平穏を放り捨てるようなまねをしてる訳だ。
用心棒を引き受けたのは不本意ながら僕の意志だ。
もし断ったら一人で行きかねない。大事な商品の一人歩きを店側が許可すかわからないし、足抜けを疑われたら彼女が損する訳だけど、報酬がもらえるなら固辞する理由もない。辺境の寂れた街にあとどれだけ足止めされるかわからないのだから、懐は少しでも温かくしておきたい。厚かましい居候に宿賃をせびろうにも、押し倒されてうやむやにされるのが毎度のオチだ。さすがイブをたぶらかした邪な子孫だと感心する。
「まーいいじゃん、こーやってトリオでおでかけできるんだからさ」
誤算だったのは、暇を持て余したその居候がおまけに付いてきたことだ。おかげ様で三人愉快な珍道中、少女の案内でどこへやら連れて行かれてる訳だ。目的地はいまだ明言されてない、着いてからのお楽しみだそうだ。いらない所でサービス精神を発揮する。
でもまあ、悪いことばかりでもない。
それまでも窓から手を振ったり投げキッスをしたりと交流はあったが、ラトルスネイクと少女を正式に引き合わせたのは数分前だ。
『さて、開口一番なんて言うかな』
『見かけどおり破廉恥なのね?』
『んじゃ俺様ちゃんは「気持ち悪い」に一票。「寄らないで」が次点』
『自虐するなよ』
たまにラトルスネイクは自虐的というか露悪的になる、コイツの悪い癖だ。初めて会う相手への緊張、ひょっとして恐怖や照れをごまかしてるのか。ラトルスネイクは絶対認めたがらないが、拒絶が無痛の人間はいない。無痛でいいはずがない。
『お待たせ!』
娼館の入口から真っ白いサンドレスを羽織り、鍔広の女優帽を被った少女が駆けてくる。さすがに外出着はランジェリーじゃないんだなと安堵する。ラトルスネイクは平然と僕の隣に立って少女を出迎え、余計なおまけに気付いた少女があら、と次第に歩調を落としていく。
女優帽を押さえる手が滑り落ち、不思議なものでも見たようにラトルスネイクを凝視する。
ラトルスネイクはゲスなニヤニヤ笑いを一杯に浮かべ、ほれ見ろと僕の片腹を小突く。
『知ってたか?俺様ちゃん、あの子に鱗がない方っきゃ向けてないんだぜ』
コイツも大概いい性格をしている。横顔で人を試すようなマネをしたら仕返されて当然だ。
でも僕は、ラトルスネイクを責められなかった。
僕だって教会の前を通る時は早足になるし、神父やシスターとすれ違う時には胸元の逆十字を咄嗟に手で包み隠す。誰にでも見せたくない弱みがあり、見破られたくない虚勢がある。
『どう?惚れ直したか』
『そうね』
ところが。
ラトルスネイクの軽口をあっさり肯定し、女優帽にサマードレスの見た目だけなら清純な少女が微笑む。
ドラゴンの落とし物を愛でるように。
『あなたの鱗、緑蚤白石とおんなじね。きらきらしてとってもキレイ』
ラトルスネイクが二の句をなくす。少女は構わず能天気に続ける。
『ええと、確かドラゴンアイともいうんだったかしら。こっちのほうがかカッコイイわねうん、こっちにしましょ!あ、でも蛇さんだったかしら?ドラゴンさんて呼ばれるの嫌?どっちがお気に召す?』
『お、おぅ……』
『緑蚤白石は知ってる?前にお客さんがネックレスをくれたの、ママに没収されちゃったけどとってもキレイだったわ、ちゃんと隠しとけばよかったもったいない!換金したら高く付いたのに……って私ったら、まだお名前も聞いてないじゃない』
そもそも愛称で呼ばれるのが慣れてないラトルスネイクがむずがゆそうにもぞつく。兄貴分にはお前とかテメェとか口にするのも憚れるあだ名で呼ばれてると、前に得意げに自慢してたっけ。
押せ押せな少女の勢いに根負け、あとじさるラトルスネイクにたまらず吹きだす。
珍しく狼狽してる蛇に代わり、簡潔に紹介してやる。
『コイツはラトルスネイク。僕の……友人』
セックスは省いておいた。一応。
「傑作だったなアレは」
思い出し笑いを堪えるのに大変な僕をよそに、ラトルスネイクと少女はすっかり意気投合してる。躁気質同士相性がいいのだろうか、ほんの少し疎外感を味わうが懐かれてもうるさいし別にいいか。
報酬さえ貰えればそれでいい。
いくら辺境の街とはいえうら若い少女の一人歩きは危険を伴うし、いざという時には男手がいる。物陰に引きずり込まれてレイプされたり強盗に身ぐるみ剥がれたり……キズモノにされた娼婦は値打ちがさがる。
このとても生活能力がなさそうな少女が娼館を放り出されて野垂れ死んだら寝覚めが悪い、道端で客をとるにしても性病や妊娠の危険は付き物、なら娼館で管理してもらうほうがマシ……
「で、どこへ行くんだ」
「言ってなかった?」
忘れてたわと朗らかに続け、サマードレスを颯爽と翻した少女が爆弾を投下する。
「この街唯一の教会よ!」
その日から僕は彼女のお供として大嫌いな教会通いをさせられる羽目になる。
ついでにラトルスネイクも。
「まあ、娼婦っていうだけでいじめられるの?酷い!」
「ふしだらな女は嫌われる」
「俺様ちゃんはふしだらな方がそそるけどな。もったいぶった女はいけすかねえ」
「だってお仕事だものしょうがないじゃない、ねえ?」
「うんうん」
「別名マリア・マグダレナ。絵画では香油の入った壷を持った姿で描かれてるけど、これは墓にあると思われていたイエスの遺体に塗るために香油を持って訪れたからで、この逸話にちなんで携香女って呼び名もあるね」
「香油臭そうなお名前ね」
ぱちぱちと瞬きした少女が平和すぎる感想を漏らす。多分彼女の中では香油はオリーブオイルの同列だ。
「聖書の一般的解釈では罪深い女として扱われてるけど、一方で悔悛した娼婦の守護聖人ともされてるんだ」
「じゃあ気合入れて拝まなくっちゃ!今のところ聖母の方のマリア様より親近感あるわ」
少女がふざけて手を組み祈るまねをする。罰当たりな。いや、ふざけて見えるけど案外大真面目なのかもしれない。とにかく底抜けに明朗でいつも笑っているような子だからどちらとも判じかねる。
「なーんて。別に悔やんでもない私が拝むのも不信心か」
少女がぱっと手を解いてほくそえむ。ころころとよく表情が変わるから少なくとも見ていて退屈しない、僕の左側を歩く口を開けば下品下劣なことしか言わない性悪ガラガラ蛇より余っ程マシだ。
不思議と怒っていても笑っているような呑気さが付き纏うのは垂れた目尻のせいだろうか。
僕はほとほとあきれてしまう。
「説教の甲斐がないね、君は」
「せっかく披露した雑学が空振りで残念だなオウルちゃん」
「オウル?それがあなたの名前?」
覗きこまれ反射的に身を引く。顔が近い。近すぎる。
「…………っ、」
本当はアウルだけど、むきになったら負けだ。まあ意味は同じだからどちらでもいいのだけれど……構ってやらないからって、なんて幼稚な仕返しなんだ。
忌々しげに左側を歩くラトルスネイクを睨めば、本人はどこ吹く風と素知らぬ素振りで達者な口笛を吹く。どうでもいいが僕は口笛が吹かない。別に吹けなくて構わないが、少し悔しい。
僕がバードバベルに訪れて数週間が経過した。依然として砂嵐は止まず交通手段は絶たれ、街は孤立している。唯一の幸運を挙げるなら街にまで被害が及んでない事か。近郊はそれはもう酷い状態だったが、この街は瀬戸際で砂の浸蝕を食い止めている。
僕の横顔を見て思考を読んだのろうか、ラトルスネイクが器用に片眉を跳ね上げる。稚気に溢れた悪戯っぽい表情。顔半分に浮かぶ鱗がなければ人懐こいとさえ評していい。
「この街にゃ幸運の女神様がおわすのかもな」
「あら、それって私のこと?」
少女が後ろ手を組んで前に跳ねる。僕は辟易する。
「自惚れがすぎる」
「えぇ、だって今の流れだと消去法でそうなるでしょ?女の子は私一人だし……そっちの彼はまだ確認してないからひょっとしてって可能性もあるけど」
「なんだなんだ俺様ちゃんの下半身に興味津々?お望みなら見せてやってもいいぜ、カワイコちゃんのリクエストならばっちこいよ」
「リトルスネイクに興味はないよ」
少女が不満そうに頬を膨らませ、悪戯っぽい笑顔でラトルスネイクに流し目を送れば、ラトルスネイクが大乗り気でズボンを少しずらす。僕はその手をすかさず叩く。
一瞬むくれたラトルスネイクがすぐに破顔し、二股の舌先で僕の耳をなめる。
「俺様ちゃんがビッグなの知ってるくせに」
「どうでもいい」
「まだ」というのがひっかかる。未遂か。予定には入ってるのか。悶々とこみ上げる疑問を振り払うように話題を変える。
「南西のブラックベルベッドは砂嵐に呑まれたらしいね。住民は全滅だとか」
「三割は避難成功したんじゃねーか。知んねーけど」
「そうだっけ……そうだった、近場に用があったキマイライーターが砂嵐の方向を読んで避難を促したんだ。それを素直に聞き入れた少数が生き残った、モーゼの十戒みたいに」
「イエッさんにも似たような話なかった?」
「数えきれないほどね。どうでもいいけどイエッサーみたいに言うなよ」
「ほいじゃキリストさん」
キマイライーターは生きる伝説と呼ばれる賞金稼ぎの憧れだ。もう結構な年齢のはずだがまだまだ現役で前線に踏ん張ってる。ヤギのミュータントという被差別的出自を努力と実力で超克し、賞金稼ぎの頂点に上り詰めた経歴はだてじゃない。直接会ったことはないけど師匠からさんざんノロケ……もとい、話を聞かされている。
ラトルスネイクが目玉を器用にぐるりと回し、大仰な驚きを表現する。
「そーいや聞いたかキマイライーターの嫁さんの話。賞金稼ぎなんだろ」
コイツはいちいち表情の変化が派手だ。
顔半分を覆う鱗のせいで、少々大袈裟なほど表情を作らないと感情が伝わり辛いのだ。
「さあね。興味ない」
「ツレねえなァちったあ付き合えよ。なんでも凄腕の狙撃手だとか。お前もスナイパーなんだから見かけたことねえの」
「類は友を呼ぶ理論を採用するならお前には二挺拳銃使いが群がるだろうね。暴発後にしめやかに爆散すればいいのに」
さりげなく話題を逸らす。ラトルスネイクは肩を竦め痛快げに茶化す。
「イレギュラーのイレギュラーな指図を突っぱねた連中は哀れ仲良くおっ死んだ。いい気味」
「不謹慎だね」
「自業自得」
「生者は貴賤あれど死者は平等」
キマイライーターの賢明な忠告を無視し、反対にミュータントだからと嘲笑った連中は今頃砂の下に埋もれている。でも多分、その事実にもっとも忸怩たる念を噛み締めているのは救えなかった本人だ。間接的にとはいえ彼の人柄をよく知ってる僕は、便乗して謗る気になれない。
今日はよく晴れている。澄んだ青空を見上げていると、この街から数十マイルの距離に凶暴な砂嵐が吹き荒れているなんて想像できない。砂嵐はある種の結界、障壁だ。台風の中心が驚くほど静かなように、バードバベルには束の間の平穏が訪れている。
たとえこの街のどこかで相変わらず人が死んで犯され殺されているとしても、僕の射程圏内十フィートが平和ならなべて世は事もなしだ。世間とはそういうものだ、欺瞞の薄氷の上に偽善を積み重ねて辛うじて秩序を築いているのだ。
「もう、せっかくのおでかけなのに辛気くさい顔よしてちょうだい」
少女が後ろ手を組んで跳びはねる。彼女の周囲だけ重力が軽そうだ。
事の発端は先日、向かいの娼館から僕が泊まる宿屋へ紙飛行機が舞い込んだ。
その紙飛行機には字が書かれていた。
まず娼婦が字を書けるなんて珍しいと感心した。馬鹿にしていた訳じゃない。この国の識字率は低い。ましてや十代の若い身空で売春で生計立てる小娘が、読み書きできるはずもない。
僕は紙飛行機に字が書かれているのを一瞥で悟り、当然読みもせずゴミ箱に捨てようとした。そこへおせっかいがしゃしゃりでた。
『おいおい待て待てストーップ』
ゴミ箱の上にかざした手首を掴んで止めたのは、許しもなく僕の部屋に転がり込んで居候してるガラガラ蛇。ショッキングピンクに染めたベリーショートにサングラスをかけた外見特徴を挙げるまでもなく存在自体が不道徳だ。なんでコイツが宿屋を出入り禁止にならないのか不思議だ。ミュータントの出自に関係なく、破廉恥な言動だけで叩き出されても文句は言えない。
……まあ、コイツを叩き出せる人間がどれだいるかわからないけど。
『おいおいオウルちゃんよクソ憎たらしいポーカーフェイスで何してくれちゃってんの?お前が今まさに捨てようとしてるそれってお手紙じゃねーの、あ?』
『字が読めたんだ。すごい』
『まー読む程度ならな。って今そこ感心しなくていい』
『生憎と僕は黒ヤギじゃないんだ。手紙は食べられないから処分する』
『白ヤギさんからお手紙着いたってか。キマイライーターが差出人ならマーダーオークションに流せよ、高く売れるぜ』
『ほっとけよ、僕宛の手紙なら好きにしていいはずだ。お前にとやかく言われたくない』
『恋文だったら?』
『どうせくだらない用事さ。幼稚な暇潰しだよ』
『読まずに言いきれんのかよ』
『常習犯だからね』
妙な顔をするラトルスネイクに面倒くさいのを堪えて説明してやる。
『何を勘違いしたんだかよく紙飛行機にした手紙飛ばしてくるんだ、あの子。十個に四個はぽてっと真ん中の通りに不時着して踏まれるけどね、残り六個はふらふら届く。開いてみればやれ今日はいいお天気ねだの部屋で何してるのだの好きな音楽教えてだのくだらない事ばかり』
『ほー?』
『あの娘は何か勘違いしてるんだ。僕をお友達だとでも思いこんでる。こっちは狙撃に最適のポイントを確保する為に利用しただけなのに』
『その心は』
『……一回寝ただけなのにおめでたい』
少女が紙飛行機にして折った手紙は全部捨ててる。最初のうちは律義に読んでいたが途中で馬鹿馬鹿しくなった。誤字脱字ばかりで目もあてられないし、よっぽど校正入れて突き返してやろうかと思った。
『いい案だ。今度からそうしよう』
『あン?』
『こっちの話』
言葉少なくごまかせばラトルスネイクが僕の手から紙飛行機をひったくりガサツに開く。人の物をとって読むなんて礼儀がなってない。
『よせよ』
『どうせ捨てるんだろ?だったら検閲させてくれっと』
『返せラトルスネイク』
英語で蛇を意味するスネイクは悪口としても優秀だ。生理的に受け付けない、陰湿陰険、裏切り者と罵りたい時にも活用できる。
苛立ちを増す僕の手が文字通り紙一重で空振り、ラトルスネイクがいやらしくニヤついて手紙を振る。
『じゃーん。デートのお誘いだ』
『擬音を多用すると馬鹿っぽい』
反射的に憎まれ口を叩いたが、内心少し驚いていた。呼吸するようにデマカセほざくラトルスネイクのデート発言を真に受けたんじゃない、籠の鳥の娼婦がデートなんて発想に至る突拍子なさにだ。
ラトルスネイクから奪い返した手紙にウンザリ目を通し、コイツの発言がまんざら間違いでもない事実を渋々受け入れる。
そこには少女が今度の日曜日に行きたい場所があること、付きましては道中の護衛を依頼したい旨が綴られていた。お金は払うと最後にあるから、一応依頼の体はなしている。まあ娼婦の収入じゃたかが知れてるけど。
『で?受けんの』
『…………』
なんで僕を指名したんだ。他に見繕えばいいじゃないか、あの娘の容姿と手管なら馴染みに事欠かないだろうに。向かいの部屋に陣取っていると娼館の出入りが嫌でも目に入る。客を招き入れた彼女がカーテンを引いて窓を閉める瞬間も。
『用心棒なら間に合ってるはずだ』
窓辺に歩み寄って顎をしゃくる。僕に促されたラトルスネイクが桟を掴んで乗り出し、娼館の前を徘徊して睨みを利かす青年を発見。
『なんだありゃド素人か、ズボンに拳銃呑んでるの丸わかりじゃん』
『上手くはないよね』
『この距離から泣きボクロ視認できるってすげえな、さっすが夜目がきくぜオウルちゃん』
『夜じゃないけど』
スナイパーライフルのスコープでわざわざ観察していた事は黙っておく。
最近娼館の付近でよく見かける青年だった。年は僕達より十かそこら上だろうか、緩くウェーブしたキザったらしい金髪に泣きボクロが特徴的な優男だ。そこそこ二枚目だが用心棒としては及第点に至らない。
『なんていうか、不良に憧れて一生懸命悪ぶってる坊ボンって感じだな』
『ああいうのがキレるとタチ悪いんだ』
『経験者は語る?』
ラトルスネイクが身軽に桟に飛び乗って聞く。
『で、どうすんだ』
『…………』
『「僕以外にあてがあるなら譲る」って顔に書いてあんぜ』
『…………』
『女心がわかっちゃねェなあ』
軽快に舌打ちしサングラスの奥の目を回す。
『万歩譲ってあのうらなりが用心棒だったとしても、てめえを直々ご指名した気持ちを汲んでやれ。他の連中にバレねーよう手紙を折って届けたんだろ』
一理ある。
『まあどうするかは任せっけど。人の恋路を邪魔する奴は蛇に巻かれて死んじまえってゆーし?』
『圧死と窒息死どっちだよ』
無視するのは簡単だ。今までだってそうしてきた。ただゴミ箱の上で手を開くだけでいい、それで世は事もなし。
勘違いした小娘に付き纏われて辟易することも、毎日のように舞い込んでくる紙飛行機が頭に刺さって蹲ることもなくなる。厄介事とお別れできる。
もう一度改めて文面を読む。最後までたどり着き、また最初から繰り返す。誤字脱字が目立ち、所々手汗で滲んでいた筆跡からは苦労して書いたことが伝わってくる。
僕は机に飛んでいき、便箋を伸ばして均し、できるかぎり平たくし万年筆で走り書く。まずtagetherが間違ってる。「together」と訂正し、他の誤字もかたっぱしから指摘して、脱字の上に吹き出しとアルファベットを足す。
書き終えると同時に元の折り目にそって飛行機を折る。ちょっとよれているけど飛べば問題ない。仕上げにまずまず満足、目を丸くするラトルスネイクを努めて無視し右手を翳す。
『返事?』
『見ればわかるだろ』
『落っこちんじゃねえの』
『僕はスナイパーだぞ』
『投擲と狙撃の腕前は関係ねェ。むしろ腕力は非力だろお前』
痛い所を突く。僕が上手く引けるのは引鉄くらいのものだ。
『……紙飛行機は引鉄より軽い』
『貸せよ、やってやる』
『いい』
『コントロールにゃ自信あんだ、どんな小せェ穴にも挿れて』
『僕がやる』
じゃないと意味がない。
きっぱりと断れば、思いのほか強い語調に怯んだラトルスネイクが口を開ける。
小さく深呼吸し左手で逆十字を握る。こうすると落ち着いて集中力が上がる。ただの気休めでも欠かせない儀式だ。
左手を離して瞠目、再び開くと同時に腋を締め右手を振り抜く。紙飛行機はまっしぐらに宙を突っ切り、完璧な弧を描いて往来を渡り、間抜けな用心棒の頭上をこえて正面の部屋の窓にすべりこむ。
よし、思わず心の中で快哉をあげる。やがて窓辺にあの子がやってきて床に着陸した紙飛行機を拾い、嬉しそうに開いていく。
僕の答えはー……
「びっしり校正されてるからびっくりしちゃった」
少女はあっけらかんと言い、僕の目の前で便箋を戯れに振る。
「持ってきたの?」
「だって嬉しかったんだもの、初めてお返事くれたから」
少女が頬を染めて喜び、夥しい誤字脱字の指摘と訂正の末、最後に一行だけ記された返事を澄んだ声音で読み上げる。
「I get itなんて過激ね」
「I get itだからそれ」
確かにそういう意味もあるけど。
紙飛行機を介した少女の申し出を了解した僕は、せっかくの安息日である日曜日に、わざわざ心の平穏を放り捨てるようなまねをしてる訳だ。
用心棒を引き受けたのは不本意ながら僕の意志だ。
もし断ったら一人で行きかねない。大事な商品の一人歩きを店側が許可すかわからないし、足抜けを疑われたら彼女が損する訳だけど、報酬がもらえるなら固辞する理由もない。辺境の寂れた街にあとどれだけ足止めされるかわからないのだから、懐は少しでも温かくしておきたい。厚かましい居候に宿賃をせびろうにも、押し倒されてうやむやにされるのが毎度のオチだ。さすがイブをたぶらかした邪な子孫だと感心する。
「まーいいじゃん、こーやってトリオでおでかけできるんだからさ」
誤算だったのは、暇を持て余したその居候がおまけに付いてきたことだ。おかげ様で三人愉快な珍道中、少女の案内でどこへやら連れて行かれてる訳だ。目的地はいまだ明言されてない、着いてからのお楽しみだそうだ。いらない所でサービス精神を発揮する。
でもまあ、悪いことばかりでもない。
それまでも窓から手を振ったり投げキッスをしたりと交流はあったが、ラトルスネイクと少女を正式に引き合わせたのは数分前だ。
『さて、開口一番なんて言うかな』
『見かけどおり破廉恥なのね?』
『んじゃ俺様ちゃんは「気持ち悪い」に一票。「寄らないで」が次点』
『自虐するなよ』
たまにラトルスネイクは自虐的というか露悪的になる、コイツの悪い癖だ。初めて会う相手への緊張、ひょっとして恐怖や照れをごまかしてるのか。ラトルスネイクは絶対認めたがらないが、拒絶が無痛の人間はいない。無痛でいいはずがない。
『お待たせ!』
娼館の入口から真っ白いサンドレスを羽織り、鍔広の女優帽を被った少女が駆けてくる。さすがに外出着はランジェリーじゃないんだなと安堵する。ラトルスネイクは平然と僕の隣に立って少女を出迎え、余計なおまけに気付いた少女があら、と次第に歩調を落としていく。
女優帽を押さえる手が滑り落ち、不思議なものでも見たようにラトルスネイクを凝視する。
ラトルスネイクはゲスなニヤニヤ笑いを一杯に浮かべ、ほれ見ろと僕の片腹を小突く。
『知ってたか?俺様ちゃん、あの子に鱗がない方っきゃ向けてないんだぜ』
コイツも大概いい性格をしている。横顔で人を試すようなマネをしたら仕返されて当然だ。
でも僕は、ラトルスネイクを責められなかった。
僕だって教会の前を通る時は早足になるし、神父やシスターとすれ違う時には胸元の逆十字を咄嗟に手で包み隠す。誰にでも見せたくない弱みがあり、見破られたくない虚勢がある。
『どう?惚れ直したか』
『そうね』
ところが。
ラトルスネイクの軽口をあっさり肯定し、女優帽にサマードレスの見た目だけなら清純な少女が微笑む。
ドラゴンの落とし物を愛でるように。
『あなたの鱗、緑蚤白石とおんなじね。きらきらしてとってもキレイ』
ラトルスネイクが二の句をなくす。少女は構わず能天気に続ける。
『ええと、確かドラゴンアイともいうんだったかしら。こっちのほうがかカッコイイわねうん、こっちにしましょ!あ、でも蛇さんだったかしら?ドラゴンさんて呼ばれるの嫌?どっちがお気に召す?』
『お、おぅ……』
『緑蚤白石は知ってる?前にお客さんがネックレスをくれたの、ママに没収されちゃったけどとってもキレイだったわ、ちゃんと隠しとけばよかったもったいない!換金したら高く付いたのに……って私ったら、まだお名前も聞いてないじゃない』
そもそも愛称で呼ばれるのが慣れてないラトルスネイクがむずがゆそうにもぞつく。兄貴分にはお前とかテメェとか口にするのも憚れるあだ名で呼ばれてると、前に得意げに自慢してたっけ。
押せ押せな少女の勢いに根負け、あとじさるラトルスネイクにたまらず吹きだす。
珍しく狼狽してる蛇に代わり、簡潔に紹介してやる。
『コイツはラトルスネイク。僕の……友人』
セックスは省いておいた。一応。
「傑作だったなアレは」
思い出し笑いを堪えるのに大変な僕をよそに、ラトルスネイクと少女はすっかり意気投合してる。躁気質同士相性がいいのだろうか、ほんの少し疎外感を味わうが懐かれてもうるさいし別にいいか。
報酬さえ貰えればそれでいい。
いくら辺境の街とはいえうら若い少女の一人歩きは危険を伴うし、いざという時には男手がいる。物陰に引きずり込まれてレイプされたり強盗に身ぐるみ剥がれたり……キズモノにされた娼婦は値打ちがさがる。
このとても生活能力がなさそうな少女が娼館を放り出されて野垂れ死んだら寝覚めが悪い、道端で客をとるにしても性病や妊娠の危険は付き物、なら娼館で管理してもらうほうがマシ……
「で、どこへ行くんだ」
「言ってなかった?」
忘れてたわと朗らかに続け、サマードレスを颯爽と翻した少女が爆弾を投下する。
「この街唯一の教会よ!」
その日から僕は彼女のお供として大嫌いな教会通いをさせられる羽目になる。
ついでにラトルスネイクも。
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