タンブルウィード

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golden wedding 5

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「私を撃ち落としてよスナイパーさん」
ガゼボのベンチに押し倒されピジョンは生唾を飲む。
「グウェン……待ちなよ人の庭で」
「みんなヤッてるわよ」
「えぇ?」
弾かれたようにあたりを見回す。
白亜のガゼボを囲む中庭、よく見れば夜陰に乗じて蠢く複数の影。
遊歩道に配置された女神や天使の彫像に隠れ、あるいは丹精込めて剪定された薔薇の茂みに隠れ、スーツやドレスに身を包んだ男女のペアが乳繰り合っているではないか。ピジョンはぎょっとする。

「人の庭で何してるんだ!?」
ナニをしているのだ。

「お酒で火照って抜けだしてきたのよ、秘め事には都合のいい物陰が沢山あるし」
「金婚式の祝いだっていうのに……」
「よそ見しないで楽しみましょ、キマイライーターだって少し位お目こぼししてくれるはずよ、話がわかる名士だもの」
グウェンが含み笑いで囁く。
庭園に散った男女は互いに不干渉に、それでいて競うように淫奔な行為にのめりこんでいく。
夜の帳に遮られ互いの顔が見えない状況が、いっそう背徳的な興奮を煽り立てる。
「ねえ……じらさないで」
小悪魔の誘惑が非難を封じる。
グウェンの乳房が胸板に密着、柔く弾力に富む胸の感触に動悸を感じる。
最前まで家に飛んで帰って狙撃の特訓をする事で心が占められていたのに、茹だった頭では思考がまとまらない。
どうしたんだ俺は。
アルコールの過剰摂取が酩酊を誘い、しどけなく押し被さるグウェンがきらきらと輝いて見える。
長い睫毛に縁どられた目、熱っぽく潤んだ瞳、しっとりと汗ばむきめ細かい肌。華奢な細首に巻いたチョーカーの先、シルバーのロケットが涼しい音を奏でる。
控えめに言ってグウェンは美少女だ。
張りのある乳房とくびれた腰、豊満なカーブを描く尻。
ドレス越しでもはっきりわかる、均整とれた肢体から伝わる悩ましい火照りがピジョンの理性を奪っていく。
スワローだって今頃楽しんでる、グウェンの姉とお楽しみの真っ最中のはずだ。
なら我慢する必要がどこにある?俺一人お預けはフェアじゃない、スワローが好き勝手やってるんなら俺だって楽しんでいいはずだ。
姿の見えない弟への反発と嫉妬が欲望に入り混ざり、ひとりでに手が動く。
「あっ……」
グウェンが短く呻いて快楽に目尻を染める。
柔い乳房を遠慮がちに揉みしだき、優しく繊細な指遣いでこねくり回す。
グウェンの乳房は感度がいい。刺激する都度可愛い反応を示す。
指の間で乳首を搾り立て、尖りきった先端を啄む。
「んッあぁっ、あふ」
「場所変えないか。ここはちょっと……」
「……そうね」
ガゼボのベンチはさすがに目立ちすぎる、周囲の茂みに潜む不特定多数のカップルに丸見えだ。
本格的に行為に入る前に促せば、うってかわって従順になったグウェンが気恥ずかしげに頷いてピジョンに従い、手近な茂みへ移動する。保身と羞恥心が駆け引きし、こんな時でも体面にこだわる自分に嫌気がさす。
グウェンの手を引っ張り、水瓶を抱えた裸婦像の後ろへ連れ込む。連れ込んだ先の事は何も考えていない、成り行きに任せるまでだ。
酒のせいだ。酒がピジョンを大胆にする。裸婦像に凭れたグウェンが両腕をさしのべ、ピジョンの後ろに回す。ピジョンは貪るようにドレスを脱がし、彼女の素肌に口付ける。
「あっあっあ、そこ、いいっあァ」
グウェンは遊び慣れている。一夜の火遊びにハマったじゃじゃ馬お嬢様。ピジョンとの関係も割り切っている。恋とか愛とかどうでもいい、気持ちよければそれが正解、それが全てなのだ。相手に快楽しか求めない関係は楽だ、余計な事を考えず没頭できる。
ピジョンは男だ。雄として性欲があるし、女体に興奮する。グウェンほどの美少女に誘われて悪い気はしないし、一対一で会話をし、まるで偏見を持たない彼女の率直な人柄には好感を抱いていた。
ならいいじゃないか。何をためらうことがある、遠慮なくご褒美に預かればいい。
「はっ………は」
昂るグウェンに応じ、猛った股間が窮屈にズボンの前を押し上げる。固く張り詰めた前をグウェンの太腿に擦り付け、唇を吸い、舌と舌を絡める。
彼女の唇は甘いカクテルの風味がした。
激しく唇を吸い立て、熱く敏感に潤んだ口腔を舌でまさぐり、もう片方の手でドレスを捌き、パンティーの内部へと忍ばせる。
「んっあ、いや」
「濡れてる」
グウェンは湿っていた。パンティーの上から固くしこった花芯を人さし指で辿り、陰核をぐりぐりと指圧すれば、ピジョンに縋り付いたまま腰砕けに蹲りそうになる。それを許さず引き立てて、パンティーの隙間から指を潜らせ、器用に陰核を剥く。膨らんだ陰核をこねくりまわし、蜜がしとどにあふれる入口に指を抜き差しするのと並行で乳首を吸い転がす。
「清潔そうな顔して……やるのね」
「そんな風に見えてたのか」
ピジョンはグウェンを悦ばすのに集中する。自分の快楽はさておき、彼女をひたすら高みに上らすためにあらゆる技巧を駆使する。やりかたは母とスワローに学んだ。舌を絡めて唾液を飲み干し、すっかりぬかるんだ股間を指で愛撫すれば、グウェンの下肢が軽く痙攣し一度目の絶頂を迎える。
「あッァあ―――――――――……」
彼女はピジョンに抱き付いたままイッた。
「すご…………指だけで……」
「狙撃手だからね」
ピジョンはまだ容赦しない。「立って」と短く命じ、しなやかに仰け反る首筋にキスをし、両手で乳房をこねてあばらのあたりをなめ回す。
「やっ、も、はやく挿れて」
グウェンが涙ぐんでねだるのをあえて無視、剥き出しの肩にかわるがわるキスをし、ピンクの乳嘴を含む。
ピジョンは我を忘れて前戯にのめりこむ。
現実逃避の一種だと心の片隅で自覚していた。今夜に限ってひどく昂っているのは酒のせいばかりでもない、ルクレツィアの激励で火が付いた闘争心が捌け口を求めて暴れ狂い、ちょうど目の前にいたグウェンに狙いを定めた。今すぐ家に帰って引鉄を引きたい欲求と女を犯したい欲望がせめぎあい、葛藤し、引鉄を引けない代わりにグウェンの乳首を弾き、その蜜壺にさかんに指を出し入れする。
「はっ……はっ……」
頭の中でスナイパーライフルとグウェンをすり替え、後ろめたさを清算する。グウェンをライフルに見立てて犯す。グウェンはライフルのように冷たくも固くもなく、柔くて熱くて脆い。その柔肌に溺れ、今頃どこかで自分と同じく情事に溺れているにちがいないスワローの事を考える。
脳裏にチラ付くドヤ顔、得意げな声。
思い出したくないのに忘れられない、片時たりとも忘れさせてくれない。
「あっあっやっもっやだ、あふあっあ」
『だらしねェ顔』
甲高い嬌声を上げて乱れるグウェンに自分の痴態が重なり合い、スワローに好き放題されている時の感覚を蒸し返す。
『ヴァギナみてえにパク付いて、準備万端って感じだな』
身も心も犯したい暴きたい犯し尽くしたい、全部余す所なく俺の物にしてしまいたい。発作的に凶暴な衝動がこみ上げ、グウェンの股間を片膝で圧し、小刻みに揺すり立てる。
「!あッあやあっ待っ、だめっ、感じすぎやァぁっふぁ」
「ご覧よ、しみだしてきた」
押し倒したい組み敷きたい滅茶苦茶にしてやりたい。パンティーが吸いきれない愛液がピジョンのズボンの膝を濃く染める。
スワローへの対抗心と復讐心がピジョンをより駆り立てる。
もっと乱してやれ、もっと散らしてやれ、もっともっと喘がせてやれ。この子を死ぬほど気持ちよくするのがスワローの身代わりにされた俺の復讐だ。
「グウェン……」
掠れた声で名前を呼び、ズボンのジッパーを下げた時。
前戯の激しさでチョーカーのロケットが開き、中の写真がさらされる。
グウェンが肌身離さず首に下げていたロケットの中身は、姉の写真だった。

瞬間、ピジョンは理解した。

『いまアナタの弟と踊ってるの、わたしの姉さんなの』
あのタイミングで現れたのは、ずっと姉を見ていたからだ。
『それとなく後を付けて声をかけられやすい位置で待機。策士でしょ』
姉だけを目で追っていたからだ。
『いい子のミリアム……姉さんとは大違い。さんざんパパとママの手を焼かせてきたの』
懐かしげに思い出話をする口調には姉への反発と自嘲、そして紛れもない愛情が滲んでいた。

そういうことだったのかと合点がいく。
「できない」
「え?」
「これ以上はできない」
きっぱりと断り、切なげに息を荒げたグウェンを引き剥がす。
肩を掴んで離されたグウェンは、柳眉を吊り上げてなじる。
「どうして?びびったの?ここまでしておきながらそんなの」
「君が本当に好きなのは俺じゃない」
グウェンの顔に困惑が広がる。
「真剣な交際を前提にしなきゃ抱けないってこと?
「そうじゃなくて。……いるだろ、好きな人が」
ピジョンが顎をしゃくり、そこで初めて蓋が上がっているのに気付き、動揺も露わにロケットを手で包む。
動揺、羞恥、混乱……その時のグウェンの顔こそ、なにより雄弁に真実を物語っていた。
「……見た?」
「うん」
唇を噛んで俯くグウェンに対し、落ち着きを取り戻したピジョンは背広の襟を正し、一呼吸の躊躇いのあとに口を開く。
「俺も……好きな奴がいるから」
脳裏に弟の顔を思い浮かべ、訥々と続ける。
「とんでもない尻軽の浮気性、口を開けば下品下劣なことしか言わない。金遣いが荒い乱暴者で目上への礼儀はなっちゃないし目下への寛大さは欠片もない、そんな最低なヤツだけど」
「どこが好きなの?」
「わからない……でも離れられないんだ」
操を立てる価値がないようなヤツでも。
「……引いたでしょ、姉さんに……なんて」
ドレスを肩に上げたグウェンが自嘲の笑みを刻み、ロケットをなで回す。
姉の写真に注ぐ眼差しにはどうあがいても報われない恋情が滲んでいた。
その言葉には答えず、グウェンの正面に立ったピジョンは息を吸い、毅然として彼女と対峙する。

「あてつけで抱くのも抱かれるのもいやだ」

それがピジョンの出した答えだ。
スワローが他の女や男と遊ぶのはスワローの問題、これはピジョンの問題だ。
ピジョンはあてつけで誰かを抱きたくないし、あてつけで誰かに抱かれたくもない。
グウェンが求めていたのはスワローの身代わりではない、大好きな姉の身代わりだ。ピジョンはスワローの事で頭が一杯だ。身代わり同士で穴埋めをしたって虚しいだけだ。

誰かの代わりに誰かを抱く、そんな失礼な抱き方は彼女の価値を損ねる。
なによりピジョンのプライドを損ねる。

ロケットを握り締めて立ち尽くすグウェンの姿がドッグタグを掴んで途方に暮れる自分と重なり、ピジョンは小さくかぶりを振る。

「恋する人と血が繋がってるだけでよこしまだとは思わないよ」

もしそうなら、ピジョンはとっくに地獄に落ちている。

「帰りなよグウェンダリン」
「ごめん」と謝れば彼女をさらに惨めにさせる気がして、きちんと名前を呼んで促す。
ロケットを両手で握り締めて俯くグウェンの目に、にわかに大粒の涙が盛り上がる。
「なによ……なによ、なによ、なによ」
実の姉への秘めた恋心を暴かれた上、前戯の中断で恥をかかされた。グウェンの激昂は無理もない。
「さんざん気持ちよくさせといてなによ、知ったかぶって!!」
真っ赤な顔で叫び、勢いよく片手を振り上げる。
「ッ、」
痛いのは慣れている。
相手の内側に踏み込んだ以上平手打ちも覚悟の上だ。鋭く撓った片手が頬を打擲するのを予期し、反射的に目を瞑るピジョンだが、恐れていた痛みは訪れず、背後で飄々とした声が響く。
「兄貴に手ェ出すな」
「スワロー……?」
片手でだらしなくネクタイを結び、スーツを着崩したスワローが立っている。その隣にはグウェンとよく似た女性……彼女の姉のミリアムがいた。
「あ…………」
突然の姉の出現にグウェンが目を見開き、スワローの手を振りほどくや一心不乱に走り去る。
「待ってグウェン!」
ミリアムも妹を追いかけて駆け去り、静まり返った庭園に二人だけが残される。
スワローが不機嫌に毒突く。
「うるせえから来てみりゃ案の定修羅場だな」
「お前……神出鬼没だな」
「最高のタイミングだろ?近くの茂みでヤッてたんだ」
どこまで聞かれた。まさか全部?グウェンダリンとミリアムはどうなるんだ。
姉妹が消えた方角を心配そうに見送るピジョンの肩に、スワローが唐突に腕を回す。
「お前の声ならすぐわかる」
「酔っ払ってるのか?気色悪い」
押しのけようとしたピジョンの手をとってくんくん嗅ぐ。
「生ぐせえ」
「ほっとけ……ッあ」
気まずげにそっぽを向くピジョンの手をひったくり、いきなり親指を含む。親指から順に丁寧にしゃぶっていき、絡み付く愛液をなめとってから、意地悪く目を細めて嘲る。
「ズボンも色変わってら。あのガキと遊んでやったの?」
「話す義理ないね。愉しんだのはお互い様だろ」
「あーゆーのがタイプ?趣味悪ィ」
「グウェンはいい子だよ。俺が悪かったんだ」
「来い」
「いたっ……」
スワローがピジョンの腕を掴み、力ずくでどこかへ引っ立てていく。
大小色とりどりの薔薇が咲き乱れる庭園を大股で突っ切るスワローに、お楽しみを妨害されたカップルがぎょっとする。
薔薇の茂みを蹴散らし払い、ずんずん先へ行くスワローにピジョンは目を白黒させる。
「どこ行くんだよ止まれって、みんなびっくりしてるだろ!」
「おいきみ失礼だろういきなり!」
「すいませんお取込み中にすぐ消えます!おいスワロー聞いてるのか、薔薇に乱暴するなってせっかく綺麗に咲いてるのに台無しだ、キマイライーターとルクレツィアさんが哀しむだろ!」
「人んちの庭で粗チン露出するテメェこそ失礼だ、すっこんでろエセ紳士。小便ひっかけてアブラムシ退治しとけ」
「ホント待てよ、そんなにしたら手が」
「うるせえ」
手の甲を鋭い棘で傷付けてなお歩みを止めず、意固地に前を睨む横顔にうすら寒さを覚える。蹴っ躓いてたたらを踏み、なんとか付いて行った先にはプールがあった。
薔薇の花びらや葉っぱや小枝を崩したスーツのあちこちにくっ付けたスワローは、コンクリートで固めたプールサイドに土足で上がる。
プールサイドには等間隔にサーチライトが据え付けられ、斜交いに交錯する光の帯が凪いだ水面を幻想的に彩る。
「さすが金持ち、噂に違わずデケェな」
スワローが軽薄に口笛を吹く。
「プールに何の用さ、まさか泳ぐ気か?」
「そのまさか」
「は?」
スワローがピジョンの背中を蹴り飛ばす。
なみなみと水を湛えた長方形のプール、オーロラを映し込んだようなその水面が視界に急接近し、次の瞬間派手な水音と水柱が上がる。
「ごばがぼごぼっ!?」
喉に大量の水が流れ込み、息ができず苦しい。
必死にもがいて浮上すれば、プールサイドに仁王立ちしたスワローが憎たらしい笑顔で見下す。
「そのしゃらくせえスーツに染み付いた女の匂い落とせよ」
プールサイドに手を付き上がろうとした兄の額を靴で押しとどめ、嘯く。
「ふざけるな、高かったんだぞ!靴の中までびちょびちょでどうやって帰れっていうんだ!!」
ピジョンは頭からプールに突っこんだ、おかげで全身びしょ濡れだ。
度を越した悪ふざけと見下す態度にキレ、むんずとスワローの片足にしがみ付く。
「離せよコラ」
「道連れにしてやる」
「待」
スワローがまた蹴ろうとする。させるかと一気に引きずり込む。盛大な水音と水柱が上がり、大量の泡が水中に生じる。
スワローを引きずり込んだピジョンはしてやったりと会心の笑み、そこへ弟の手が伸びて水中で取っ組み合い、互いのネクタイを掴んで頭突きをかまし、苦しい体勢から身をよじって蹴りを入れる。
照明の光が水面で屈折し幾層もオーロラがたなびく。
水中で背広と髪が揺蕩い、一番上のボタンが外れて華奢な鎖が泳ぐ。
スワローの手がピジョンのネクタイの根元を掴み、力ずくで引き寄せたかと思いきや唇を奪い、残り少ない空気を兄へ吹き込む。
ピジョンは驚きに一瞬目を見開き、その拍子に口を開け、せっかくスワローがくれた空気を盛大に吐き出して浮上する。
「がはっごほっげぼげほっ!」
耳と鼻と口に水がながれこんで激しく噎せる。
同時に浮上したスワローに目をやれば、背中を上に向けてぐったりしている。
「スワロー?」
最悪の想像が過ぎり、下手くそな立ち泳ぎで弟に近付く。
「スワロー」
そんなまさか。嘘だろ。水をはねちらかして弟を表返し、ぐったり青褪めた顔をのぞきこむ。
「スワロー!!」
あせって名前を呼ぶ。
プールサイドへ連れて行く手間と時間も惜しみ、不安定な立ち泳ぎのまま弟の鼻を摘まみ、口移しで空気を送る。
「冗談だろ?嘘だって言え。そりゃ俺たち砂漠の移動だらけで泳いだ経験ないけど、運動神経いいお前がプールで死ぬとかありえな」
「嘘だよぶあ―――――――――――――か」
ピジョンは見事スワローの死んだふりにひっかかった。
不意打ちの水鉄砲をまともにくらい人工呼吸を中断せざるをえなかったピジョンは、それこそ鳩が豆鉄砲くらったようにきょとんとする。
「はははははははは傑作だなマジ真に受けてやんの、ちょっとは学習しろよ脳軽ホントに溺れたかどうか瞼めくりゃわかんだろ!」
笑いすぎて噎せるスワローをよそに、濡れそぼった髪を片手でかきあげ、半ば放心状態のピジョンが呟く。
「よかった……」
「あン?」
「死んだかと思った」
「殺しても死なねーよ」
「だよな」
突然プールに突き落とされたのだからもっと怒っていいはずだ。

わかっている。
なのに。

「まったくお前ってヤツは……」

やることなすことめちゃくちゃで、いちいち怒るのが馬鹿らしくなる。

「スーツ弁償しろ」
「お互い様だろ」
「お前が先に落とした」
「ツケとけ」
「ツケるか馬鹿」
ふざけた物言いに怒りがぶり返し、両手ですくった水をスワローにかければ、スワローが「やりやがったな」と即反撃に出る。
水も滴るいい男、と形容するには濡れ透けのスーツがぶざまで笑える二人が互いに水をすくっては相手にぶっかけ、腕ではねちらかして喚く。
「大人げないぞ」
「そっちがはじめたんだろ」
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「ははは、はー」
コンドームバレーが引き分けると同時に力尽き、大の字で倒れこむ。
二人の腕が水面を叩けば大きく波立ち、スワローの背広がツバメの尾羽のように広がり、ピジョンのネクタイが戯れに揺らめく。
照り返しで明るむ夜空を仰いでぬるい水面を漂えば、悩みまでも溶け出して身も心も自由になっていく解放感を覚える。
心地よい浮遊感にまどろむ兄をよそに、プールサイドに素早く泳いでいったスワローが、照明機材の後ろに隠した何かを持って帰ってくる。
「一杯やるか」
「お前それ……」
「ジジイのお宝失敬した」
「鍵は?」
「開けた」
こともなげに言い放ちコソ泥の事実を認める。
スワローが堂々と掲げるのは、見るからに高級感あふれる年代物のワインボトル。
「~~あれだけやるなって言ったのに」
「フラグだろ?期待されてるっておもうじゃん」
「泥棒の片棒担がせる気か?即刻返してこい」
「もう手遅れ」
ちゃっかり用意しておいたワインオープナーを突き刺せば、めくるめくライトを浴びたコルク栓の祝砲が高らかに弧を描く。
「あああ……最悪だ」
ピジョンが顔を覆って嘆く。
「~お前な、それが俺たちの家賃何年分かわかってるか!?弁償しようにもオンリーワンの超レア物だったら」
「いちいちせこいたとえ引いて萎えさすな、テメエはどうだか知らねーが俺様がちょいと本気出しゃすぐ手に入らァ」
「人様の酒に手を付けるなって言ってるんだ、しかもそのオープナーうちのじゃないか、わざわざ家から持って来たって言い逃れの余地がない計画犯じゃないか!」
「内ポケット奥行あるのにして大正解」
「お前の背広は隠し金庫ストロングボックスか!?まだ間に合うかえしてこい、ちょっと空気が入った位セーフだからほどよく酸味がきいてるってごまかせる!栓、栓、コルク栓は?」
「かわりにコンドーム詰めとく?」
「ヴィンテージワインへの冒涜だ、葡萄の木の下に埋まれよ!」
「いい酒は飲んでなんぼ、ジジイの蔵で持ち腐れはもったいねえ」
水をばしゃばしゃかきわけ必死にコルク栓をさがすピジョン。
「あった!」
漸く摘まみ上げたそばから指を滑らし、ぽちゃんと沈没してまたも見失い、踏んだり蹴ったりな兄の一人コントに笑い転げるスワロー。
「だっせえの」
「ここに置いてたってことは、あの子を抱いてからプールで飲み直す魂胆だったな」
「人けもねーし隠し場所にゃばっちこい、気分次第で延長戦ヤリ放題。プールん中は浮力あっからアクロバティックな体位も試し放題よ」
「プールサイドが開放されてなくて助かった」
「フォーマルなパーティーでツイてたぜ」
「服着たまま泳ぐ馬鹿なんて俺たち以外いないよ」
「庭でいちゃ付くアホは結構いたぜ」
「そのアホの勘定から俺はぬいとけよ、未遂だから」
「ビンタされかけた分際でほざくな」
あとでキマイライーターに謝らないと。最悪出禁になるかもしれない。
愚弟の手癖の悪さを呪いどんより落ち込めば、スワローが景気よくボトルをらっぱ飲みする。
「一緒に地獄に落ちようぜ」
あっぱれな飲みっぷりととことん不遜な発言にピジョンは鼻を鳴らす。
「お断りだね」
弟から回されたボトルにやけっぱちで口を付け、無造作に顎を拭く。
これで俺たちは共犯だ。どこにも逃げ隠れできない。
サーチライトの色調は微妙に変化し、見る者を飽きさせない幻想的なグラデーションを織り成す。
ピジョンとスワローは極上のシャンパンを交互に回し飲み、空っぽになったボトルを抱いて空を見上げる。
「グウェンに悪いことしたな」
ピジョンがポツリと呟く。
「さっきの女?」
「もっと傷付けないように言えばよかった」
「無理だろ、童貞スレスレの経験値しかねえのに」
「なあスワロー」
「何だよ」
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水面に浮かんだスワローが向き直る。ピジョンの横顔は紫のライトを帯び、憂愁に煙る。
「アンデッドエンドに来た。賞金稼ぎになった。母さんの脛かじんねーでも2人でやれてる。まあまあ叶ったんじゃねェの」
「『まあまあ』や『そこそこ』じゃだめだ」
ずぶ濡れの毛先からぽたぽたと雫が滴る。
プールのど真ん中に仰臥したピジョンが、おもむろに右手を掲げ、ライトが染める夜空の底を真っ直ぐに指す。
立てた親指と垂直に人さし指を伸ばし、遠い空に向かって引鉄を引く。
「俺は一番になりたい」
「バンチの番付の一番?」
「それもある」
「回りくどい言い方よせよ」
「賞金稼ぎのトップにのし上がって世界中を見返したい」
「ハッ、そりゃまたでっかく出たな。謙虚が美徳の小鳩ちゃんはどこ行っちまったんだ」
「俺は強欲だよ。だからお前とやってこれた」
ピジョンは決して無欲じゃない、本当は誰よりも強欲で欲しがりだ。
ピジョンはゆっくりと目を閉じる。
今の自分はまだまだ未熟で青臭い半人前で、狙撃手としての実力は師の足元にも及ばない。
ましてやこんな広い豪邸とプールを所有し、名士として尊敬を受けるキマイライーターに比ぶるべくもない。
「うんと稼いで母さんに楽をさせたい、もっといい部屋に移りたい、全部嘘じゃないけどそれっぽっちじゃ物足りない。子供の頃は賞金稼ぎになるのが夢だった、今は新しく掴みとりたい夢ができた」
「お前がゆー一番って、キマイライーターや先生よかすげえってことか」
スワローと一緒なら、もっと大きな夢が見れる。
「俺は一番の狙撃手になる」

俺たちは巣立った。
ならもっと高く飛べるはずだ、もっと欲をかいてもいいはずだ。

夜空に向かって引鉄を引き、力強く声を張って宣言したピジョンの横顔を、隣に浮いたスワローは眩げに見詰める。
ちょうどライトの色が鮮烈なヴァーミリオンに変わり、小揺るぎもせず空の高みを見据える眸が赤く映え、凛冽とした横顔が一際冴える。
弟の眼差しに気付いたピジョンが向き直り、不敵に唇の端をねじる。
「惚れ直したろ」
「かもな」
どちらからともなく拳を掲げて甲同士を合わせる兄と弟を、ブルーモーメントをオーロラで濾したようなナイトプールの水が優しく包んだ。
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見せしめ王子監禁調教日誌

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