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三十一話
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覚醒したスワローの強さは異常だ。
『今年度のルーキーは粒ぞろいだが、野良ツバメは別格だ』―賞金稼ぎ仲間のあいだで囁かれるその言葉は、紛れもない事実だった。
「来いよワン公遊んでやる!」
「待っばかっ、挑発してどうす」
言い終わるのを待たず、犬たちが総出で駆けてくる。
「~~~だから言わんこっちゃねえ!」
ドギーの手足に喰らい付いた犬たちが一斉に方向転換。凶悪な牙を剥き、開け放たれた口腔から大量の涎を撒いて殺到。
「殺すな!!」
あちこち噛まれて頽れたドギーが犬の助命を嘆願する。最後まで仲間を見捨てない狂犬の意地。
「諸悪の根源はコヨーテ・ダドリー、コイツらはボスを守っただけ、強えヤツに服従する犬の本能に従ったまでだ!!」
「へえそうかよ、興味ねーな」
犬も犠牲者だと訴えるドギーに無慈悲な一瞥をくれ、頭を低めて疾駆。
風切り突っ走るスワローに、犬たちがとびかかる。
「やめろ……!!」
苛立たしげな舌打ちが響く。
「デジャビュってヤツだな、きっと」
「え?」
さっぱり意味不明な呟きのあとスワローが最速で先頭の犬を切り上げ、その犬ごと二陣を薙ぎ払い、連続前転でさらに先へ抜ける。
「嘘だろ……」
突っ伏した犬が弱々しくもがく。他の犬たちも息がある。
「腱を切ったのか……」
呆然と呟く。
スワローを襲撃した犬たちは前脚の腱を切断され立ち上がれない。攻勢にでた複数の犬を見極め、一瞬で前脚の腱を切るなんて、とても人間技じゃない。とんでもない動体視力および反射神経がねえと出来ねえ離れ業だ。
短時間でドラッグの禁断症状を克服したスワローは、累々と下水道に転がる犬たちには目もくれず、刃に付着した血糊を払って進む。
「……恩に着る」
安堵に暮れるドギーとガキをよそに、スワローは真っ直ぐダドリーに向かっていく。
「よく聞けコヨーテ・ダドリー、今夜でテメェの王国は崩壊だ」
余裕ただよわせる足取りが次第に大股になり、殺気を帯びた速度を上げて、一直線にダドリーに迫る。
不浄な闇が浸す下水道で対峙する男と少年。
黴と血臭が入り混じる不快な匂い。
天井から滴る雫が水たまりで弾け、ナイフが不吉にきらめく。
「スワロー頼む、仇をとってくれ」
前脚を切られて横たわる犬と、自分が背負って逃げた犬を見比べ、ドギーが地面をかきむしる。
「GAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
「!?ッ、なんツー馬鹿でけえ……」
凄まじい咆哮に耳を塞ぐ。
それを合図に両者駆け出し甲高い金属音と火花が炸裂、スワローが振り抜くナイフがダドリーの爪にあたり、弾かれ、めまぐるしく切り結ぶ。
硬質の爪とナイフが何重にも交錯して縦横無尽に削り合い、苛烈な火花が闇を彩る。
実力は互角。
両者一歩も譲らぬ戦い。
動体視力の限界を超えてるせいで詳細は殆どわからねえが、ダドリーの爪撃を翻したナイフで防ぐ傍ら片足を撓らせ首を刈りにいくスワロー、死角から放たれたその蹴りを瞬時に見切ってとびのくダドリーと、フェイントを巧みに織り交ぜた死闘をくりひろげる。
「どうしたダドリー、それがテメェの本気か!?」
体格と膂力で押すダドリー、手首の柔軟さを生かしたアクロバティックなナイフさばきとスピードで巻き返すスワロー。
一瞬たりとも目を離せない緊迫の戦い。
俺はただ見ているだけか?この期に及んで何もできねーのか?
ナイフを返した時点で即終了、見せ場おしまい退場ってか?
コヨーテが太い腕を振り抜くが、一瞬早くスワローが回避。拳が深々と壁にめりこむ。
「ひっ……」
犬を抱き締めたガキが恐れ慄く。
拳を中心に壁が丸く抉れ、ぱらぱらと粉塵が降り注ぐ。
危険な兆候。
ダドリーとスワローはお互いっきゃ見えてねェ、こっちのことなんざてんでお構いなしに戦ってる。この調子で暴れられたら崩落事故がおきる。
俺は我に返って叫ぶ。
「今のうちに逃げろ!」
「で、でも方向が……」
「大丈夫結構歩いてきた、出口はもうすぐだ。俺の記憶が正しけりゃ……」
目を閉じて精神統一、五感を研ぎ澄ます。
「あっちだ」
「どうしてわかるの?」
「匂いだ。来るとき死体の山を通ってきた、って事は死臭を頼りに歩きゃ地上に出れる」
ダドリー一味は廃棄された下水道を死体処理場に使っていた。
この強烈な悪臭は、死体の山から吹いてきてるに決まってる。
黴と血と獣臭、おまけにどこからか漂い出す焦げ臭い匂いに麻痺して気付くのが遅れたが、コイツをたどりゃ例のマンホールから地上に出れる。
「ほ、ホントに帰り道あってる?迷子にならない?」
躊躇するガキの肩を力強く叩き、己の鼻を指すドギー。
「大丈夫。付いてこい」
「こっちにゃ人間探知機がいる、狂犬の嗅覚を……お袋譲りの鼻を信じろ」
「で、でも」
「お前、名前は」
突然の質問に当惑したガキが、不思議そうに俺を見る。
「……メイドインマーダーズ、ヴィクテム№512」
視界の端でドギ―が絶句。
何か言いかけるのを手で制し、ガキと同じ視線の高さにかがみこむ。
それは商品番号だ。
マーダーズが出荷品に付けるラベルでしかない。
「親からもらった名前は」
「…………」
「ねえのか」
ガキは黙りこくっている。あんまり前で忘れちまったのか元々捨て子だったのか……大昔に聞いた、おぞましい噂を思い出す。
マーダーズが出荷するガキどもはナチュラルボーンヴィクテム……誘拐してきた女に産ませた、生まれながらの犠牲者だと。
世の中にゃ名前のないガキが大勢いる。
俺みたいに自分から捨てたヤツも。
だからコレは、ガキの信頼を勝ち取りたい安い下心だ。
「俺はフェイってんだ」
「……フェイ?」
おずおずと顔を上げるガキに曖昧に笑いかけ、続ける。
「お前は……あー―、ヴィクでいいか。とりあえず間に合わせな、ねーと呼びにくいから。あとでもっといいの付けてやる」
「本当!?」
「こっからでたらな」
「ぜ、絶対だよ!かっこいいの付けてね!」
ヴィクテムのヴィクじゃあんまりかと反応をうかがうが、ガキ……あらためヴィクは気分を害した様子もなく、初めてもらった名前を喜んでる。
俺とヴィクのぬるいやりとりを見守って、ドギーがにやにや述べる。
「やるじゃん」
「ほっとけ」
スワローとダドリーが立ち回る死線から離脱し、俺たちは走り出す。
最初は渋っていたヴィクもすっかり乗り気で、脱出に意欲を燃やす。
目標ができた人間は強い。
水たまりを蹴立てて道を曲がれば一段と死臭が濃くなる。やがて見えてくる、蛆が蠢く死体の山……
「うぐ、ひっでぇ匂い……鼻、鼻が死ぬ!」
「気合で耐えろ出口はあそこだ!」
「ここのぼるの!?」
「安心しろもう死んでる!」
死体の山に蛆がたかる光景に吐き気を催す。肉が腐れ落ちて半ば白骨化した女、裂けた頬から歯茎が見える男……地面にゃ血だか腐汁だかなんだかよくわからない汚い粘液がたまっているが、生理的嫌悪にも増してドギツい匂いが暴力的に粘膜を刺激するせいで勝手に涙がでる。
気休め程度にしかならないのは承知で鼻面を覆い、這い蹲って死体の山をよじのぼる。気の毒なドギーは鼻が曲がりそうな拷問に泣いてやがる。
やっとの思いで錆び付いた梯子に手をかけ、頭上のマンホールをめざす。カンカンと音を響かせ上るうちに様々な想いが去来する。
スワローはどうなった?
ダドリーにゃ勝ったのか?
……余計なこと考えんな、今は自分のことだけで手一杯……
「「劉!!」」
ドギーとスワローの叫びが重なる。
「ッ!?」
首筋に走る、死を予兆する寒気。
鋭く伸びた爪が頸動脈に翳されるのを見ずして察し、自ら手をはなす。
急激に遠のくマンホールとガスマスクの異形、風切り落下する体が死体の山でバウンド、舌噛みそうな衝撃に続いて忙しく回転する視界。
間一髪命拾いしたが、状況は全然好転してねえ。
死体の斜面をぶざまに転がり落ち、軽い脳震盪を引き起こす俺のもとへ、二重にブレたトラブルメーカーが駆け寄ってくる。
スワローの顔を見た瞬間、やり場のない怒りが爆ぜる。
「てめえ、なにヘタ打って逃がしてくれてんだよ!?」
「俺のせいじゃねえよ、いきなりとち狂って走ってったんだよ」
「は?なんで」
「わかんねえよばか、ちったあテメェの頭で考えろ」
スワローそっちのけで俺達を追ってきた理由なんて思い付かない。
いや、待てよ……何か重大なことを見落としてないか?
「ヴィク、先に行け」
「え?」
「マンホールの蓋開けて待ってろ」
スワローを除けばこの場で唯一、擦り傷程度のダメージのガキがもっとも早く動ける。
「……わかった」
ヴィクが顔を引き締めて頷き、猛然と梯子を上りだす。
「鼻、鼻があああああああああ!!悪魔の肛門嗅いだ方がまだマシだひでぇ地獄だ目から汁があふれて止まらねええええええ」
鼻を押さえて悶絶中のドギーは戦力外。実質二対一で絶体絶命のピンチを乗り切るしかない。
ダドリーは死体の山の頂に立ち、こっちを見下ろしている。
「gaaaaaaa……帰って来たぞ、俺は……」
「?」
「はじまりの地……コヨーテ・アグリー……」
生贄ヲ捧ゲロ。
生贄ヲ捧ゲロ。
ダドリーが大仰に両手を広げる。幻の喝采でも聞こえてるような威厳に満ちたたたずまい。
コイツの眼にどんなイカレた光景が映ってるか、考えたくもねえ。
スワローが油断なくナイフを構え、俺の隣にくる。
「まんまとだしぬかれやがって……ナイフ返して損した」
「天井蹴って方向転換すんだもんよ、不意突かれちまった。あの見てくれもドラッグの影響?ミュータントじゃん、まるで。こっちは全然変わんねーのに」
「個人差あンの?」
「それか摂取量の違いか」
「ドラッグ喰らって他に変化は」
「身体がめちゃくちゃ軽い。脳内麻薬でサイコーにハイ。暗闇でも遠くまで見通せる。ほかの感覚も鋭くなったがこの匂いにゃまいるぜ」
わざとらしく腕で鼻を押さえたスワローの嘆きで、点が線に繋がる。
「それだ」
「は?」
「コヨーテ・ダドリーがマスクしてる理由がわかったぞ」
『今年度のルーキーは粒ぞろいだが、野良ツバメは別格だ』―賞金稼ぎ仲間のあいだで囁かれるその言葉は、紛れもない事実だった。
「来いよワン公遊んでやる!」
「待っばかっ、挑発してどうす」
言い終わるのを待たず、犬たちが総出で駆けてくる。
「~~~だから言わんこっちゃねえ!」
ドギーの手足に喰らい付いた犬たちが一斉に方向転換。凶悪な牙を剥き、開け放たれた口腔から大量の涎を撒いて殺到。
「殺すな!!」
あちこち噛まれて頽れたドギーが犬の助命を嘆願する。最後まで仲間を見捨てない狂犬の意地。
「諸悪の根源はコヨーテ・ダドリー、コイツらはボスを守っただけ、強えヤツに服従する犬の本能に従ったまでだ!!」
「へえそうかよ、興味ねーな」
犬も犠牲者だと訴えるドギーに無慈悲な一瞥をくれ、頭を低めて疾駆。
風切り突っ走るスワローに、犬たちがとびかかる。
「やめろ……!!」
苛立たしげな舌打ちが響く。
「デジャビュってヤツだな、きっと」
「え?」
さっぱり意味不明な呟きのあとスワローが最速で先頭の犬を切り上げ、その犬ごと二陣を薙ぎ払い、連続前転でさらに先へ抜ける。
「嘘だろ……」
突っ伏した犬が弱々しくもがく。他の犬たちも息がある。
「腱を切ったのか……」
呆然と呟く。
スワローを襲撃した犬たちは前脚の腱を切断され立ち上がれない。攻勢にでた複数の犬を見極め、一瞬で前脚の腱を切るなんて、とても人間技じゃない。とんでもない動体視力および反射神経がねえと出来ねえ離れ業だ。
短時間でドラッグの禁断症状を克服したスワローは、累々と下水道に転がる犬たちには目もくれず、刃に付着した血糊を払って進む。
「……恩に着る」
安堵に暮れるドギーとガキをよそに、スワローは真っ直ぐダドリーに向かっていく。
「よく聞けコヨーテ・ダドリー、今夜でテメェの王国は崩壊だ」
余裕ただよわせる足取りが次第に大股になり、殺気を帯びた速度を上げて、一直線にダドリーに迫る。
不浄な闇が浸す下水道で対峙する男と少年。
黴と血臭が入り混じる不快な匂い。
天井から滴る雫が水たまりで弾け、ナイフが不吉にきらめく。
「スワロー頼む、仇をとってくれ」
前脚を切られて横たわる犬と、自分が背負って逃げた犬を見比べ、ドギーが地面をかきむしる。
「GAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
「!?ッ、なんツー馬鹿でけえ……」
凄まじい咆哮に耳を塞ぐ。
それを合図に両者駆け出し甲高い金属音と火花が炸裂、スワローが振り抜くナイフがダドリーの爪にあたり、弾かれ、めまぐるしく切り結ぶ。
硬質の爪とナイフが何重にも交錯して縦横無尽に削り合い、苛烈な火花が闇を彩る。
実力は互角。
両者一歩も譲らぬ戦い。
動体視力の限界を超えてるせいで詳細は殆どわからねえが、ダドリーの爪撃を翻したナイフで防ぐ傍ら片足を撓らせ首を刈りにいくスワロー、死角から放たれたその蹴りを瞬時に見切ってとびのくダドリーと、フェイントを巧みに織り交ぜた死闘をくりひろげる。
「どうしたダドリー、それがテメェの本気か!?」
体格と膂力で押すダドリー、手首の柔軟さを生かしたアクロバティックなナイフさばきとスピードで巻き返すスワロー。
一瞬たりとも目を離せない緊迫の戦い。
俺はただ見ているだけか?この期に及んで何もできねーのか?
ナイフを返した時点で即終了、見せ場おしまい退場ってか?
コヨーテが太い腕を振り抜くが、一瞬早くスワローが回避。拳が深々と壁にめりこむ。
「ひっ……」
犬を抱き締めたガキが恐れ慄く。
拳を中心に壁が丸く抉れ、ぱらぱらと粉塵が降り注ぐ。
危険な兆候。
ダドリーとスワローはお互いっきゃ見えてねェ、こっちのことなんざてんでお構いなしに戦ってる。この調子で暴れられたら崩落事故がおきる。
俺は我に返って叫ぶ。
「今のうちに逃げろ!」
「で、でも方向が……」
「大丈夫結構歩いてきた、出口はもうすぐだ。俺の記憶が正しけりゃ……」
目を閉じて精神統一、五感を研ぎ澄ます。
「あっちだ」
「どうしてわかるの?」
「匂いだ。来るとき死体の山を通ってきた、って事は死臭を頼りに歩きゃ地上に出れる」
ダドリー一味は廃棄された下水道を死体処理場に使っていた。
この強烈な悪臭は、死体の山から吹いてきてるに決まってる。
黴と血と獣臭、おまけにどこからか漂い出す焦げ臭い匂いに麻痺して気付くのが遅れたが、コイツをたどりゃ例のマンホールから地上に出れる。
「ほ、ホントに帰り道あってる?迷子にならない?」
躊躇するガキの肩を力強く叩き、己の鼻を指すドギー。
「大丈夫。付いてこい」
「こっちにゃ人間探知機がいる、狂犬の嗅覚を……お袋譲りの鼻を信じろ」
「で、でも」
「お前、名前は」
突然の質問に当惑したガキが、不思議そうに俺を見る。
「……メイドインマーダーズ、ヴィクテム№512」
視界の端でドギ―が絶句。
何か言いかけるのを手で制し、ガキと同じ視線の高さにかがみこむ。
それは商品番号だ。
マーダーズが出荷品に付けるラベルでしかない。
「親からもらった名前は」
「…………」
「ねえのか」
ガキは黙りこくっている。あんまり前で忘れちまったのか元々捨て子だったのか……大昔に聞いた、おぞましい噂を思い出す。
マーダーズが出荷するガキどもはナチュラルボーンヴィクテム……誘拐してきた女に産ませた、生まれながらの犠牲者だと。
世の中にゃ名前のないガキが大勢いる。
俺みたいに自分から捨てたヤツも。
だからコレは、ガキの信頼を勝ち取りたい安い下心だ。
「俺はフェイってんだ」
「……フェイ?」
おずおずと顔を上げるガキに曖昧に笑いかけ、続ける。
「お前は……あー―、ヴィクでいいか。とりあえず間に合わせな、ねーと呼びにくいから。あとでもっといいの付けてやる」
「本当!?」
「こっからでたらな」
「ぜ、絶対だよ!かっこいいの付けてね!」
ヴィクテムのヴィクじゃあんまりかと反応をうかがうが、ガキ……あらためヴィクは気分を害した様子もなく、初めてもらった名前を喜んでる。
俺とヴィクのぬるいやりとりを見守って、ドギーがにやにや述べる。
「やるじゃん」
「ほっとけ」
スワローとダドリーが立ち回る死線から離脱し、俺たちは走り出す。
最初は渋っていたヴィクもすっかり乗り気で、脱出に意欲を燃やす。
目標ができた人間は強い。
水たまりを蹴立てて道を曲がれば一段と死臭が濃くなる。やがて見えてくる、蛆が蠢く死体の山……
「うぐ、ひっでぇ匂い……鼻、鼻が死ぬ!」
「気合で耐えろ出口はあそこだ!」
「ここのぼるの!?」
「安心しろもう死んでる!」
死体の山に蛆がたかる光景に吐き気を催す。肉が腐れ落ちて半ば白骨化した女、裂けた頬から歯茎が見える男……地面にゃ血だか腐汁だかなんだかよくわからない汚い粘液がたまっているが、生理的嫌悪にも増してドギツい匂いが暴力的に粘膜を刺激するせいで勝手に涙がでる。
気休め程度にしかならないのは承知で鼻面を覆い、這い蹲って死体の山をよじのぼる。気の毒なドギーは鼻が曲がりそうな拷問に泣いてやがる。
やっとの思いで錆び付いた梯子に手をかけ、頭上のマンホールをめざす。カンカンと音を響かせ上るうちに様々な想いが去来する。
スワローはどうなった?
ダドリーにゃ勝ったのか?
……余計なこと考えんな、今は自分のことだけで手一杯……
「「劉!!」」
ドギーとスワローの叫びが重なる。
「ッ!?」
首筋に走る、死を予兆する寒気。
鋭く伸びた爪が頸動脈に翳されるのを見ずして察し、自ら手をはなす。
急激に遠のくマンホールとガスマスクの異形、風切り落下する体が死体の山でバウンド、舌噛みそうな衝撃に続いて忙しく回転する視界。
間一髪命拾いしたが、状況は全然好転してねえ。
死体の斜面をぶざまに転がり落ち、軽い脳震盪を引き起こす俺のもとへ、二重にブレたトラブルメーカーが駆け寄ってくる。
スワローの顔を見た瞬間、やり場のない怒りが爆ぜる。
「てめえ、なにヘタ打って逃がしてくれてんだよ!?」
「俺のせいじゃねえよ、いきなりとち狂って走ってったんだよ」
「は?なんで」
「わかんねえよばか、ちったあテメェの頭で考えろ」
スワローそっちのけで俺達を追ってきた理由なんて思い付かない。
いや、待てよ……何か重大なことを見落としてないか?
「ヴィク、先に行け」
「え?」
「マンホールの蓋開けて待ってろ」
スワローを除けばこの場で唯一、擦り傷程度のダメージのガキがもっとも早く動ける。
「……わかった」
ヴィクが顔を引き締めて頷き、猛然と梯子を上りだす。
「鼻、鼻があああああああああ!!悪魔の肛門嗅いだ方がまだマシだひでぇ地獄だ目から汁があふれて止まらねええええええ」
鼻を押さえて悶絶中のドギーは戦力外。実質二対一で絶体絶命のピンチを乗り切るしかない。
ダドリーは死体の山の頂に立ち、こっちを見下ろしている。
「gaaaaaaa……帰って来たぞ、俺は……」
「?」
「はじまりの地……コヨーテ・アグリー……」
生贄ヲ捧ゲロ。
生贄ヲ捧ゲロ。
ダドリーが大仰に両手を広げる。幻の喝采でも聞こえてるような威厳に満ちたたたずまい。
コイツの眼にどんなイカレた光景が映ってるか、考えたくもねえ。
スワローが油断なくナイフを構え、俺の隣にくる。
「まんまとだしぬかれやがって……ナイフ返して損した」
「天井蹴って方向転換すんだもんよ、不意突かれちまった。あの見てくれもドラッグの影響?ミュータントじゃん、まるで。こっちは全然変わんねーのに」
「個人差あンの?」
「それか摂取量の違いか」
「ドラッグ喰らって他に変化は」
「身体がめちゃくちゃ軽い。脳内麻薬でサイコーにハイ。暗闇でも遠くまで見通せる。ほかの感覚も鋭くなったがこの匂いにゃまいるぜ」
わざとらしく腕で鼻を押さえたスワローの嘆きで、点が線に繋がる。
「それだ」
「は?」
「コヨーテ・ダドリーがマスクしてる理由がわかったぞ」
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