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Bugs life一話
しおりを挟む賞金稼ぎの平均寿命は30.5歳だそうだ。
今年度のバウチ調べなんでどこまで信用できるか怪しいネタだが、体感としちゃ説得力ある。文句なしに短命の業界だ。
殺るか殺られるかタマのとりあいが日常化した世界じゃ馬鹿とマヌケと弱いものからどんどん死んでく、生き残りたきゃ強いものに巻かれるだけじゃだめだ、頭がキレなきゃやっていけねえ。
世間じゃ賞金稼ぎは花形職業だなんだ持て囃されるが俺に言わせりゃ厄介払いのお題目、まともな職に就けねえ半端者の受け皿だ。
いや、実態は蟲毒に近いか。手の付けられないはみだし者を殺し合わせて、生き残ったヤツだけ富と名誉を勝ち取るんだから。
「ああんッあァああッひあッやッああァあァんあッ!」
薄暗い部屋で全裸の女が喘ぐ。
札束の海に溺れてもがく。
「ちきしょうやめろ、とっとと離れろ!」
ベッドの前に押さえ付けられ、突っ伏した男も泣く。
当たり前だ、駆け落ち相手が他の男に犯される一部始終を手も足も出せず見せ付けられてるのだ、舌を噛み切って死ぬ度胸がありゃとっくにやってる。
「ひあっやっもうやめて、死ぬ、死んじゃうゥ」
「見せ付けてんだよ、じゃなきゃお仕置きになんねーんだろ」
全裸の女を組み敷きぶち込むのは三十路の男。
嗜虐に舌舐めずりして腰を叩きこむ、覗いた舌の先端は二股に分かれてる。
周囲の部下たちは一様に呆れ顔だ。
「もう何発目だよ」
「相変わらず絶倫だな。オンナに同情するぜ」
「しっ聞こえたらこっちまで飛び火する」
「俺ァ野郎に同情するぜ、てめえの女がヒイヒイ言わされんの目と鼻の先で見せ付けられてよ。生殺しだ」
「男のプライドずたずただな。しかもあの巨根」
「同情ったってお前しっかりやるこたやってんじゃねえか、ケツにぶちこんでさ」
「テメェだって上と下の口でさんざ愉しんだじゃねえか」
「太っ腹だぜ、最初に味見させてくれるなんてよ」
「お前らの汚濁のあとに突っ込むなんざ気がしれねえ、潔癖な俺にゃとても無理な話よ」
「だから口だけでガマンしたってか」
「一旦おっぱじめると蛇のようにねちっこいかんな呉哥哥は。待ってたら萎えちまうよ」
立ちんぼ見物にも飽きたのか、悪趣味なシャツをおもいおもいに着崩し、ゴツいチェーンネックレスや指輪で見栄はる部下どもが噂話に興じる。
ベッドに飛び乗って、気の毒な女を犯しまくる男を見る目には紛れもない畏怖の色。
よく見りゃ呉哥哥とよばれる男の肌はのっぺりした灰緑で、爬虫類じみた鱗に覆われている。
その鱗は右頬にまで及び、表情を浸蝕して酷薄な印象を際立てる。
強姦でおっ勃てる趣味はねえ。
目を閉じてえ。耳を塞ぎてえ。この場から逃げ出してえ。許されるもんならとっくにやってる、それができたら苦労しねえ。
目の当たりにする女の痴態はいやなことを思い出させる。
せりあがる胃液をやり過ごそうと視線を巡らせ状況の再把握。
後ろ手掴まれて這い蹲るチンピラは満身創痍、片目は倍ほどに腫れ塞がってすっかり人相が変わってる。
もとは結構な色男だった。 軽薄に脱色した頭髪と耳朶のピアス、いかにも女が好みそうな垢抜けて軟弱な風貌だが、組織の金庫から金を盗んでトンズラと、大それたことをしでかすだけの根性がある。
したたか袋叩きにされ、叩き折られてひん曲がった鼻から、粘っこい血がたれおちる。
「馬鹿なヤツだぜ、兄貴分の女と駆け落ちなんて」
「どっちが先に言い寄ったんだ?野郎かスケか……同時に一目惚れってこたァねーだろ」
「呉哥哥がお付きを命じたんだとさ、オンナは何かと物入りだ、遊山に荷物持ちは必要だろ?」
「それがきっかけか。呉哥哥の愛人に手ぇ出すなんて殆ど自殺じゃねーか、おっかねェ」
「おかげで役得に預かれたがよ」
タネをあかせばよくある話。
幹部の愛人を寝取り、カネを持ち逃げしたチンピラが、逃亡先の安宿で捕まって仕置きされてる。
現場に踏み込んだ時、おさかんなことに真っ最中だった。
全裸の男と女を見た呉哥哥は、開口一番「都合がいいや」とのたまった。
脱がす手間が省けると。
「ほらっイケよっイッちまえ」
「あああッああああああッひああァああァああンっ!!」
「愛しの彼が物欲しそうに見てるぜ。抉り込むように腰使われんの好きだったろ、アイツにもやらせたのか?はは、目ェぎらぎらさせて……まぜてほしいの?だったら泣いて頼めば考えてやる、一緒に挟んで嬲ろうぜ、それともテメエが挟まれたい?」
「離せ、てめえだけはブチ殺す!!」
何時間続くんだこの茶番。いい加減ウンザリしてきた。猛烈に煙草が喫いてえが、勝手なまねは許されねェ。
周囲の部下連が、ベッドの上で乱れる女と、床に転がる男に揶揄と嘲弄を浴びせる。
「コイツらも馬鹿だぜ、とっとと街からでりゃよかったのに」
「しっぽりやってるとこ踏み込まれてよ」
「お楽しみかまけて自滅たァ目もあてらんねェ」
俺達はチンピラの見張りと呉哥哥のお楽しみの見届け役を兼ねてる。
見物人は多い方が興が乗るとは呉哥哥の持論だ。
連中がかっぱらった札束をベッドに撒いたのは呉哥哥の酔狂だ、そんなに金が好きなら金の上で犯してやれ、と。
毎度ながらケレンミたっぷりの演出がお好みだ、控えめに言って反吐が出る。
呉哥哥はズボンを寛げ服を着たまま。
かたや女は一糸纏わぬ全裸で全身白い汚濁に塗れている。目は既に虚ろで正気を失いかけている。
呉哥哥の本番前に、俺を除く全員に輪姦されたのだ。
陰部と肛門は切れて血が滴り、弛緩しきって赤い傷口を見せている。
よくある話。
ギャングを裏切った悪女の末路としちゃ平凡すぎる。
少なくとも顔まで破壊されてねえのは慈悲だ。ひとえに萎えるからだが、サディストこじらせた中には鼻を削いで晒し者にする鬼畜外道もいる。
ベッドが今にも壊れそうに軋み、女が生白い喉仰け反らせ絶叫。
紙幣が派手に飛び散って俺の爪先まで降ってくる。
今ならくすねてもバレねえか?
ちょっとだけ出来心が働くも、震える右手を左手で押さえ、辛うじて誘惑を突っぱねる。
肉と肉がぶつかる乾いた音が響き、二人分の汗が飛び散る。
「札束の海で抱かれんなら本望だろ?言ってたもんな、一生に一度でいいから紙幣を敷き詰めたベッドで寝てみてえって。いや、札束の風呂だっけ……どっちでもいいか、似たようなもんだろ。ああ礼はいいぜ、オンナの夢を叶えてやるのも男の甲斐性だ。さすがだろ、バブリーでゴージャスな俺様ちゃんに惚れ直したか?」
稚気すら感じさせる底抜けに陽気な表情と、行動がまるで釣り合わない。
横の男がぼそりと呟く。
「突っこみ以外にオンナを痛め付けねえのが呉哥哥の数少ねえ美点だな」
全面的に同意だ。
「美点」の表現が正しいか否かは保留として。
「残念だな。結構気に入ってたんだぜ、俺様ちゃん好みに仕込んだカラダ」
愛人だった女を乱暴にかき抱き、華奢な首筋に、優美な鎖骨のふくらみや豊満な乳房に、体中至る所に噛み付く。
嘗て可愛がったオンナに、キズモノになった玩具程度の関心しか示さず。
女の顔が苦痛に歪み、血が滲んだ痛々しい歯型が柔肌に無数に刻まれていく。
俺は呉哥哥の横顔だけ見ていた。
そうすりゃ女の苦悶やチンピラの悲嘆を見ない言い訳が通る。
第一印象は、蛇だ。灰緑の肌も皮膚に浮かび上がる鱗も、冷血な爬虫類をおもわせる。ショッキングピンクに染めた頭髪と黒いサングラスがひどくちぐはぐだ。
「おねがい許して、なんでもするから……ひッ……命だけは……」
女が恐れ慄いて許しを乞い、呉哥哥が気まぐれに問い返す。
「なんでもって?」
「なんでもよ、なんでも……クスリ漬けにされて場末の娼館に落とされたっていい、街からでてけっていうならそうする、ふあッ、またあなたの女に……もどらせてもらえるとは思わないけど、ひあァんッ、どんな恥ずかしい奉仕だってするから……許して、出来心だったの、本気じゃなかったのよ……」
自分に……正しくは自分のカラダにはまだ利用価値があると信じて疑わない女が喘ぎ声の合間にたどたどしく哀訴し、間男が愕然とする。
これだから女はおっかねえ。
裏切りを重ねて自分だけ生き残ろうとする、エゴのかたまりだ。
気の毒なチンピラが唇をわななかせる。
「は、話が違うじゃねえか……俺のこと愛してるって言ったよな、この街をでてふたりでやり直そうって、あんたとならできるって」
「陳腐な寝物語よ、真に受ける方がイカレてる。アンタがとち狂って実行するから後に引けなくなったの、全部アンタのせいよ!死ぬなら一人で勝手に死にな、私まで巻き込むな!」
「お前が手引きしたんじゃねえか、見張りの薄い時間を吹き込んで」
「は?証拠は?実行犯はアンタでしょ、私は何もしてない。こんなヤツの言うこと信じちゃダメ全部でたらめよ、私が呉哥哥を裏切るわけないじゃない、本当に愛してるのはあなただけ……」
「くそったれ!がばがばの売女が!俺のがイイって言ったじゃねえか、あの人は強引すぎてイケねえって……ハメたのか?そうなのか?最初から捨て駒に……なめやがって、全員ぶっ殺してやる!!!!」
「ねえ本気にしたんじゃないでしょ、いままでどんなに尽くしてきたか覚えてるでしょ、死にかけた時は付きっきりで看病して……ああ呉哥哥、やっぱり最高。他のヤツなんかメじゃないわ、本当に惚れてるのはあなただけよ……」
ハメて嵌めたオンナが卑屈に媚びる。
ハメて嵌められたチンピラが泣き喚く。
ハメてハメられハメ返す、それがこの世の円環の理か……諸行無常だ。
滑稽でしかない痴話喧嘩を延々繰り広げる男と女。
互いに罪を擦り付け合い、罵り、貶し、安っぽい愁嘆場が見苦しい修羅場へ縺れこむ。
盛大にばら撒かれた紙幣がなだれ、地獄の沙汰も金次第な阿鼻叫喚を呈す。
喘ぎがもう一段高まり、女が背中を撓らせてよがり、呉哥哥がラストスパートに突入。
ショッキングピンクに染めたベリーショートの下、どんな時でも外さない黒いサングラスの奥で、獰悪に切れあがったまなじりがほくそえむ。
『好』
痛快げに呟き、耳まで裂けるような笑みを広げる。
「じゃあ臓器抜いて売ってもいいか」
「え……」
女の顔が固まる。
「マッドの得意先に献体として納品しても?汚染区域で何日耐えられるか放り込んで試しても?カニバルの変態にグラムで切り売りしても?お前の脂肪からできた石鹸セールスしても?」
「や、それは」
「スカトロ好きの年寄りに売りゃ三食糞便のフルコースだ」
「本気じゃないんでしょ?」
「なんでもじゃねーのか。その程度の覚悟か」
女として使い道はないと切り捨て、その価値を、アイデンティティーを解体する。
俺の手を噛んだお前には「肉」としての利用価値しかないと。
「許さない?ブチ殺す?上等だ、復讐にこい。ただし命がけでな。ヌルい遠吠えで退屈させんな、口先だけの仕返しは興ざめだ。虚勢なら去勢すんぞ」
「な……」
チンピラが絶句、空気を噛んで口を開閉。
女を犯しながら、呉哥哥は終始冷静だった。周囲を観察し、裏切者の訴えに舌鋒鋭い揶揄で切り込む余裕すらある。
強靭な筋肉に覆われた上半身に汗を伝わせ、切り立った腹筋を波打たせながら、肉襞が収縮する最奥へくり返し楔を打ち込む。捕食行為に似て激しいセックス……相手へのおもいやりなどかけらもない。
当たり前だ。コレは見せしめなのだ。
「…………」
やっぱもらお。
こんな胸糞悪い茶番見せられてんだ、駄賃もらったっていいはずだ。
爪先に落ちた薄っぺらい紙幣をチラリ一瞥、慎重に踏んで引き寄せ、素早く靴に敷く。
作戦成功。まわりを見りゃ他の連中も同じ手口でしめしめとせしめてる。どうせ麻薬の売り上げだか上納金だかで表に出せねえカネだ、有り難く貰ってやるのがスジってもんだ。
さあ、あとは何食わぬ顔でポケットに突っ込むだけ……
どうにかこうにか足の下の紙幣を回収しようと見計らう俺の前、ベッドの上の呉哥哥が繋がったまま、唐突に体位を変える。
「あゥッ!」
体内の剛直が一際深くを突き、軽く達する。
「勝手に気ィやってんじゃねえよ、のっかれ」
剥き出しのケツをぴしゃりと叩く。膣痙攣に耐えて、這いずるように呉哥哥の腹に跨る女。
「おい。お前もこい」
チンピラが「は?」と返す。「とっとといけよ」とどやされ、部下に背中を蹴倒される。驚きで怒りも消し飛び、のろくさベッドに這い上がれば、呉哥哥が意味深にほほえむ。
「裏切られて憎いよな?捨てられて哀しいよな?いいぜえ俺様ちゃんは寛大だ、復讐のチャンスをくれてやる」
「な……」
「ケツにぶちこめ」
「ちょ、や、うそ」
女に狼狽が走る。口の端が醜く引き攣り、媚び諂いの愛想笑いが固まる。
女の肛門はぱっくり開き、泡立った血と精液を滴らせている。
チンピラの顔が一瞬凍り付き……脂汗にまみれた醜悪な笑みが広がる。
俺が何度も見てきた、ギリギリまで追い詰められて開き直った人間の顔。
どん底に叩き落とされやけっぱちになったゲスのツラだ。
「俺は悪くねえ、お前が悪い、こうなったのは全部お前のせいだ」
「ねえやめて、謝るから……おねがい許して……」
「ホントに好きなのは俺だけだって言ったくせに……淫売の殺し文句に踊らされて人生おしまいだくそったれ。こっちじゃまだヤッてなかったな、ためしてみんのも悪かねえか。使用済みってのが気に喰わねえが……クソたれながすのは上の口も一緒か」
落ち着いて素数を数えろ。虚ろな目でブツブツ呟く男に女の哀願は届かない。いや、届いてなお無視してるのか……呉哥哥が無造作に顎をしゃくる。
男が乱暴に女の尻を引き立て、肛門にイチモツをあてがうが、萎えきってお話にならねえ。
「ぐっ……」
ペニスの根元を持ち、雑にしごいてなんとか勃たせようとするが、この状況でヤる気になるわきゃねえ。
せっかちな手付きに焦りが募る。
「早く」
チンピラは命がかかってる。呉哥哥の機嫌を損ねたら殺される。どうかすると死より惨い結末が待っている。
呉哥哥はにやにや笑い、野次馬もにやにや笑い、とことん追い詰められ恥かく男の醜態を眺めている。
直視できず俺は俯く。この状況で嗤えんのは人間やめてるクズだけだ。
「くそっ、勃てよ、勃てってば……おねがいだ勃てよ頼むよ、ここが一生の分かれ道なんだよ……」
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ピッチを速めて腰振りながら女が発狂したように高笑い。
「ざまあみろ!あんたのなんてただの生あたたかい棒よ、この人のがずっとデカくて太くてステキ!」
「るっせえ大事なとこなんだ気が散る!」
「悪あがきはやめたら、どうせ勃たないんだから。ムスコもアンタそっくりのフヌケよ、舌の根疲れるまでしゃぶってあげなきゃ使い物になんないくせに」
泣き笑いに溶け崩れた顔に、露骨な侮蔑の念が浮かび上がる。
魔性の女、なんてロマンチックな響きとは無縁な、ただただ惨めで見苦しい顔。
浅ましい肉の悦びと、尊厳を踏みにじられる絶望とが錯綜し、仰け反った喉からヒステリックな哄笑が迸る。
どうかしてる。
どっちもとっくに狂ってやがる。
醜悪に顔を歪めて口汚く罵倒する女、自慰を強制されながら唾とばし怒号するチンピラ、元は愛し合ったふたりが互いをとことん憎みぬき、自分が生き延びる為の踏み台にしようとする。
蜘蛛の糸は一本きり。
二人掴まれば、プツンと切れる。
心の耳を塞ぐ。心の目を瞑る。そうしなきゃやってらんねえ。俺はむかし聞いた、極東の島国の小咄を思い出す。きまぐれに地獄にたらされた蜘蛛の糸をめぐり、罪人どもが足を引っ張りあう救いのねえ話だ。
すべての元凶は釈迦だ。
極楽浄土にふんぞり返り、あららと地獄を覗きこんで顔をしかめる聖人サマだ。
コイツが余計なマネさえしなきゃ可哀想な罪人どもは無駄な希望に縋らねーですんだ。何不自由ねえ安全圏からしゃしゃりでて、手前勝手に罪人を憐れみもてあそび、その傲慢を一切自覚せず「人は斯様に醜きものよ」と嘆いてみせる、コイツこそ最大の極悪人だ。
地獄にありもしねェ希望をもちこむ行為のどこが慈悲だ。てめえが気持ちよくなりてェだけの偽善じゃねえか。
あの話を聞いた時も大層胸糞悪い思いをしたが、目の前の光景はそれに勝る。しかも呉哥哥は確信犯ときた、性悪にも二人をおちょくって楽しんでやがんのだ、救いなんてはなから用意してねえのに。
「どうした気分入れろヘタレ野郎」
「テメエの女の穴目の当たりにしても勃たねえなんざ男の風上にもおけねーな」
「呉哥哥のアレと比較されるんじゃヤる気もでねーか」
「せっかくもらった男を上げるチャンスだ、逝く前にイかせてやんな」
「俺らが耕してやったんで種蒔き頃だ、女の荷物持ちのケチなチンピラ風情が穴兄弟に昇格だ喜べよハハッ!」
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心の耳から手をどける。
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「無能の上に不能たァ使えねえな」
大仰なため息。わざとらしい幻滅のふり。
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「うへ」
爪先に脳漿の一部がぺちゃりとはね、咄嗟に足をどかす。
靴裏に隠した紙幣が暴かれ、バレたかと冷汗をかく。
「あー終わった終わった。まあ暇潰しにゃなったなうん」
至極軽い調子でのたまい、呉哥哥がすっきりした顔でズボンにベルトを通す。
激しい運動のあとときて、羽織ったシャツは血と汗と脳漿をたっぷり吸ってる。
嫌そうに胸元を摘まみ上げて匂いを嗅ぎ、サングラス越しの視線をぐるり巡らす。
やべ、目が合った。
「劉」
「……なんスか」
「シャツ貸せ」
俺に拒否権はない。というか、何か言う前に力ずくで身ぐるみ剥がれた。ベッドから飛び下りて大股に歩いてきた呉哥哥が、俺からひったくったシャツに袖を通し、部下どもへ顎をしゃくる。
「死体は片付けとけ」
「「ハイッ!!!!」」
「大変いいお返事だこと。さすが俺様ちゃんの兵隊さんだね」
剽げてくぐもった笑いを残し、たった今テメエが殺した男と女にゃもう一瞥もくれず、さっさと部屋をでていこうとする。
「ひ、ひぃッ……」
新たな女の悲鳴に顔を上げる。片手にバケツ、片手にモップを持った掃除婦が室内の血なまぐさい惨状にへたりこむ。すれ違い際、呉哥哥はさも申し訳なさそうな眉八の字で言ってのける。
「汚しちまってワリィな。とっといてくれ」
腰を抜かしてガタガタ震える掃除婦にポンとチップを弾む。皺くちゃの紙幣をひと掴み……法外な額だ。
裸の肩に俺から毟り取ったシャツを粋に羽織り、あたり払う大股で颯爽と出ていきしな、部屋を振り返って「あ」と声をだす。
「ガメたカネはくれてやる。お礼は見てのお帰りだ」
気付いてやがった。
笑いを塗した鋭気に伴って二股の舌を出し入れ、嘲笑い。
「ホントはこっちが見物料とりてえくれえだが……いいさ、俺様ちゃんは寛大だ。パーッと小遣いやっからソイツでオンナ抱くなり酒かっくらうなりしてこい、ヤクきめんのもいいがベロベロジャンキーはお呼びじゃねえ、脳味噌おしゃかになる前に加減しろよ」
コレがコイツの手口だ。
裏切者の制裁には必ず部下を伴い、共犯として抱きこみ、裏切りゃ二の舞だと脅す。俺達がせしめた札のおこぼれは、口封じと買収の意図を兼ねてる。
「ほいじゃ次のお仕事だ。来い劉」
「……え、俺っスか」
「残って死体のお片付けのがいいか?」
露骨な舌打ち、恨みがましく尖った視線が背中に突き刺さる。俺は無言で首を振る。きっと世にも情けねえ諦念の表情を浮かべてる筈だ。
持参したゴルフバックに手分けして死体を詰める部下をよそに、脇腹を押さえて尋ねる。
「トイレ行ってきていいっスか」
「またァ?早くしろよ」
呉哥哥にお許しをもらい、駆け込みたいのをなんとか我慢し、わざと余裕ぶった足取りでトイレへ。部屋を突っ切る時、これ見よがしに突き出された片足はひょいと跨ぎ越す。
「気取りやがって」
「俺らなんかの穴兄弟にゃ成り下がりたくねーとさ」
「毎度毎度見てるだけで満足か不能野郎」
嫌われるのは慣れてる、いまさらだ。陰口はきれいさっぱりシカト、荒っぽくドアを閉める。
バスタブと共用の便器の前に立ち、いざ―……
「おぇええええええええぇろろろろろろろろ」
便器を抱え込み、盛大に嘔吐する。
胃袋がでんぐり返り、今朝食ったもん全部吐きだす。苦い胃液が粘着の糸引く。頭ン中じゃ女の裸が踊り狂ってる。
呉哥哥に突っ込まれてよがり狂う痴態が、道連れに選んだチンピラを罵り倒す憎悪の形相が、厚化粧の武装が剥げた小皺の痛々しい素顔が、瞼の裏に焼き付いて一斉に俺を責め立てる。
気持ち悪ィ。吐き気がする。実際いま吐いてる。裸を目の当たりにしただけでコレだ、てめぇは指一本動かさずセックスを見せ付けられただけでこのザマだ。
放埓に弾む乳房が、仰け反る細首が、爪先の窄まった足が、濡れそぼった股ぐらから滴る愛液が。女を女たらしめるおぞましい全てが脳裏で荒れ狂い、精神を毒す。
「……ふぅ。落ち着いた」
吐いたら少しだけラクんなった。今夜は悪夢を見そうだが、それはまあいい。
スプラッタな死に際に立ち会ったこと自体はどうってことない、ギャングなんかしてりゃ日常茶飯事だ。
呉哥哥の性根はひん曲がってる。俺が女がニガテなの見越した上で、故意に強姦の現場に立ち合わせたのだ。
口元を拭こうと顔を上げる。トイレットペーパーが切れてる。カラカラと回る芯を微妙な表情で眺め、もそもそと尻ポケットをまさぐる。
皺くちゃの紙幣がでてきた。どさくさまぎれに拾ったモノ……馬鹿な男と女の逃亡資金にあてられるはずだった、カネ。
よく見りゃ表に赤黒いシミが付いてる。血痕だ。男のか女のか……どっちでもいい。端っこを汚す、白っぽいのは脳漿か。
「……ばっちい」
でも、カネはカネだ。
紙幣を翳して軽く引っ張る。手で擦ってかえって汚れを塗り広げる。
ズボンの横に擦り付け、陰惨なシミを拭い去らんと無駄な努力をする。
「洗って乾かしゃ使えっかな」
覇気のない声で独白、急になにもかもむなしくなってきやがった。
場末の安宿のトイレで一人たそがれる俺も、裏切り者の血と脳漿がこびりついた紙幣も、それを後生大事に尻ポケットに入れてきたことも、なにもかもが。
レバーを引いて水を流す。渦巻くただ中に惜しげもなく紙幣を捨てる。ヒラリと宙を滑った紙幣は渦に飲み込まれ、あっというまに見えなくなる。
脳天をぶちぬかれた男と女の最期も、呉哥哥のイヤミな笑顔の残像も、全部一緒にもっていけ。
勢いよく流れる水が呉哥哥の嗜虐的な笑顔を連れさって、ほんの少しだけスッとする。
「キレイなカラダになって出直してこい」
だれにともなく言い捨て、不潔な便所をあとにした。
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