タンブルウィード

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行き先はわかってる。ヒントはアイツ自身の言葉。
こともあろうに俺の朝飯を支度する位なら鳩に餌やる方がマシときた、例のアレだ。
悪運の法廷バッドラックコートに到着、歩調を落としてあたりを見回す。
乳母車を押す主婦が和やかに談笑し、ミーハーな観光客がカメラを掲げ噴水の写真を撮影。隅のベンチじゃよぼよぼの年寄りがうたた寝してるが、のどかすぎてぽっくり逝っちまいそうだ。
前に劉との待ち合わせに使ったが、昼間はそこそこ人出がある。チュロスやホットドッグ、アイスを売る屋台も賑わいを見せている。
ピジョンは……いた。噴水の縁石に腰かけ、鳩に餌をやっている。
「チッ」
舌打と共にこみ上げる安堵と苛立ち。そちらに足を向けようとして、止まる。
俺が見ている前でピジョンの隣にちゃっかり滑り込んだのは見覚えある顔……膝まで伸びたドピンクのツインテール、小柄な体躯にゃ似付かわしくないホルスタイン級の巨乳。
ロリ入った顔立ちが勘違い男の庇護欲をくすぐる女が、しきりにピジョンに話しかける。
私服なもんで一瞬わかんなかったが、紛れもなくスイートだ。ミルクタンクヘヴンで働く馴染みの風俗嬢……
咄嗟に方向転換、ピジョンたちから死角に入る、やや離れた縁石に掛けて会話を盗み聞く。スイートはオフで、どうやら偶然会ったらしい。
俺にすげなくされてへこむピジョンを励まし、ガキにするみてえによしよしと頭をなでる。甘やかすな馬鹿。ピジョンはピジョンで、オンナにちょっと優しくされりゃすぐ立ち直る。デレデレすんな馬鹿。
気付かせてえ気持ちと気付かれたくない気持ちが反発、貧乏揺すりで耐える。スイートがピジョンを引っ張って立ち上がり、どこかへ連れていく。買い物に付き合わせる気か?
「『あん畜生、俺の兄貴をどこ連れてく?デートか?荷物持ちか?ピジョンちゃん疲れちゃったー休憩しよーって腕組んでモーテルに立ち寄ってメイクラブな魂胆か、ミラーボール下のウォーターベッドで乳もハートもぽよんぽよんか』」
音速で振り向く。鼻先にサシャがいた。
「……なにやってんのお前」
「意地っ張りのスワロー様の代打で揺れる男心のアテレコです」
「捏造だろ」
サシャはスイートの同僚でミルクタンクヘヴンの風俗嬢、俺とも長い付き合いだ。ジプシーの血が混ざった健康的な褐色の肌と黒い瞳、金髪のボブカット。ランジェリー姿は見慣れてるが、今日は私服だ。
「仕事サボったのかよ」
「スイートちゃんが心配で早く上がらせてもらったんです」
「過保護か」
「わたくし人気者なので!たくさんご指名いただいてるので!ちょっと位のわがままなら大目に見てもらえるんです、店長も話がわかる人ですし」
胸に手をあてふんぞり返る。鼻の穴が得意げに膨らんでやがる。サシャの頭のてっぺんから爪先まで、ざっと視線でなでる。
よく言えばボーイッシュ、悪く言えば色気がねえ。
トップスはオーバーサイズのプリントТシャツ、ボトムスはデニム地のホットパンツと赤色のハイカットスニーカー。
スイートとは好対照に活動的なファッションだ。
「どうされたんですスワロー様まじまじと。ははーん、さてはわたくしの私服姿に惚れ直しましたね?店じゃヒラヒラフリフリのランジェリーに身を包んでるけど、Тシャツにホットパンツのカジュアルファッションも新鮮で全然アリじゃんギャップ萌えサイコーって内心興奮してますね?」
「童貞か俺は。まあ眺めは悪かねーが」
コイツ、オフなせいか平時よりさらにテンションが高ェ。普段からうるさいヤツだけど。
両手の人さし指をぴんと立て、調子に乗ってほざくサシャ。猫口の笑顔が腹立たしい。どさまぎで瑞々しい太腿をなでようとすりゃ、即座に手の甲を抓られる。
「痛ッて……テメなにす」
「ちゃんと聞いてました?今日はお休みなのでそちらの営業はしてません、おさわり禁止デーです。セクシャルなスキンシップは別料金発生しますよ」
「さすが自称ナンバー1風俗嬢、せこいな」
「自称じゃありません、ちゃんとデータが証明してます」
「スイートに抜かれてんだろ」
「しゅっ、首位の時もありますもんたまに!三か月に一回位!」
「微妙な戦績で威張んなよ」
顔真っ赤で意地を張るサシャの目がみるみる潤んでいく。
サシャは気立てが良く床上手、客のウケもそこそこいいのだが、スイートはその上を行く。
世の中の野郎はロリコンぞろいだ。風俗店の裏事情なんて興味もねえし知りたくもねえのだが、ピロウトークであれこれ聞かされてるうちにすっかり事情通になっちまった。
サシャががっくりと肩を落とす。
「お店じゃご主人様に尽くす貞淑なメイドが、一歩外に出ればホットパンツから突きでたおみ足眩しいボーイッシュな美少女に大変身。そーゆーギャップにぐっときません?」
「風俗店のコスプレメイドに貞淑さ求めるよーな難易度高ェプレイしてねえよ」
「そうですか……そうですよね」
俺の返しを真に受けさらに落ち込む。気分の浮き沈みが激しいヤツ。
見てくれは決して悪くねェのに指名率でスイートに劣る理由は饒舌さのせいだ。この調子でヤッてる最中に喋りかけられちゃ萎えるし余韻も消し飛ぶ。
その点スイートは従順で扱いやすい……抱いたことねえからあてずっぽだけど。
「スイート追っかけてきたんだろ。俺にかまってねえでとっとと行けよ、見失っちまうぞ」
仲良く遠ざかる後ろ姿に向け、ぞんざいに顎をしゃくる。
まったく無駄足だった。走ってきて損した。俺がわざわざでしゃばらねーでも、ピジョンは見知りのオンナとよろしくやってる。スイートとお手て繋いでデートだとさ、くそったれ。
胸の内側がモヤモヤする。無性に煙草が喫いてえ。スタジャンのポケットを探って一本見付け、それを咥えると同時にサシャに腕をひったくられる。
「さ、行きますよ」
「離せコラ」
「このあと何か予定が?」
「家帰って寝んだよ」
「ないんですね。無趣味ですね。暇人ですね」
「クラブでオンナ漁る」
「昼間はまだやってませんよ」
サシャがきょとんとする。コイツ、わざとやってんのか?だんだんムカムカしてきた。
「テメェこそ、スイートの買い物に付き合いにきたんだろ」
「その予定でしたがピジョン様に先越されちゃいましたし……見てください、スイートちゃんと離れ離れないようにしっかり手を繋いでますよ。歩幅もさりげなく合わせてくれる、理想の彼氏じゃないですか。スイートちゃんの幸せいっぱいの横顔ときたら……お似合いだと思いませんかあの二人?」
ニヤケたサシャに促され嫌々視線をやれば、ピジョンはスイートと手を繋ぎ、なにやら楽しそうに話してる。
スイートが鈴振るように笑い、ピジョンがシャイにはにかみ、遠目には童貞と処女のカップルみたいに映る。実際は片方風俗嬢、片方非処女非童貞な訳だが。
サシャが俺の耳元でさも深刻そうに囁く。
「いまさら割って入れる空気じゃありませんし、割って入って空気の読めないヤツ扱いされるの嫌ですし。いえいえ、スイートちゃんはいい子だしピジョン様はいい人だからそんなことしないってわかっておりますとも!コレはわたくしの矜持の問題です。気になる異性とばったり遭遇、成り行きデートの流れにウキウキハッスルな友人の乙女心を踏み荒らすなんて沈黙と自重を尊ぶメイドの信念に反します!」
「ところどころ寒い死語入れんな。あと、お前が沈黙と自重を尊んでるとこ見たことねえ」
「ならばとるべき選択は決まっています。尾行です」
「言ったそばから信念裏切るスタイルかよ」
キレイごとを並べ立てたが、その実好奇心ではち切れんばかりになっているサシャ。オンナって生き物はどうして他人の色恋沙汰で盛り上がれるんだ?俺はとんと興味ねえ。誓ってねえ。
女友達とその常連の2ショットを目撃したサシャが、共犯者を見るような流し目を投げてよこす。
「スワロー様は気になりません?お兄様がこれからどこ行くか」
「駄バトの生態なんざとんと興味ないね。アイツがどこのオンナやオトコにヤリ捨てられようが関係ねえ、あの能軽オンナを庇ってチンピラに絡まれて袋叩きにされた上小便ひっかけられようが知るかってんだ、全裸に剥かれてゲスい写真撮られても自業自得、脅されてエゲツねーポルノ撮られたって」
「スワロー様の妄想加速しすぎて付いていけないです。生々しい想像しちゃうんでやめてください」
俺の脳内じゃピジョンが三角木馬に跨って鞭でしばかれてるところだ。
「付け加えるなら、スイートちゃんはヤリ捨てたりしないので。友人のわたくしが断言します」
「能軽は否定しねーの?厚いんだか薄っぺらいんだかわかんねー友情だな」
「どうしてもっていうならわたくし一人で行きますけど」
「あーそうしろよ、兄貴のケツ付け回すなんて時間の無駄……」
「あ、恋人繋ぎ」
「……」
「スワロー様見てください、ピジョン様とスイートちゃんが恋人繋ぎしましたよ。それぞれの指を絡ませて握ってます。スイートちゃんは鼻歌唄ってご機嫌ですね~、本人遊んでるだけっぽいですけど。ピジョン様もまんざらじゃなさそうですよ、歌に合わせて手を揺らしちゃったりなんかして」
「子守りご苦労さん」
「スイートちゃんが鳩を追いかけてます。ピジョン様はにこにこ見守ってます。あ、ピジョンさまの頭にとまった!スイートちゃんがすごいすごーいって手を叩いてます。平和ですねえ……ピジョン様の表情も柔らかいです。リラックスしてるっていうか……さっきまで塞ぎこんでたのが嘘みたい」
目線はピジョンたちに固定したまま、いちいち袖を引っ張って報告してくるサシャに辟易する。よっぽど振りほどいてばっくれようかと思ったが、視界にチラ付くピジョンの弾んだ横顔が、嬌声を上げて走り回るスイートの姿が、俺の脚を動かなくする。
「……チッ」
「えっ、大胆」
「茶化したらぶっ殺す」
サシャの手を引っ張って大股に歩きだす。エスコートなんて柄じゃねえ、オンナは黙ってたって付いてくるもんだ。少なくとも、俺の顔や体がめあての女はみんなそうだ。
人が散らばる広場を抜けてしばらく行くと繁華街に出る。バレないように人ごみに紛れ、間隔を空けて尾行する。ピジョンのヤツ、てんで気付かねえ。救いがたい鈍感さだ。本当に修行してきたのかよ。
「狙撃手は背中に目が付いてるんじゃねーのか」
「多分いま閉じてますね」
「ガードがばがばだな」
「スイートちゃんのテンションに付いてくのは体力いりますから。あちこち跳ねまわって目がはなせないんですよ」
今もツインテールを兎の耳みたいに上下させてジャンプしている。少し離れた友人を見守る眼差しはあくまで優しく、語る口調はぬくもりを帯びている。
年の近い妹の世話を焼くような。ピジョンが時々俺を見るのに似た、そんな目。
「物好きだな、お前」
「え?」
「せっかくの休日返上してトロくさいダチのお守りなんざ、俺ならお断りだね。腹違いの妹でもなんでもねーんだろ、アイツ。赤の他人の為に一生懸命になれるヤツの気が知れねー、店から特別手当てでも出てんの」
呆れ半分素朴な疑問を述べれば、隣を歩くサシャが苦笑いを浮かべ、ピジョンと寄り添い手を繋ぐスイートを見詰める。
「スイートちゃんとはお店に拾われた時期が一緒だったから殆ど家族みたいなものです。わたくしもスイートちゃんも天涯孤独の身の上、ほかに頼れる家族もいませんし……お店を出ても行くところがありません」
よくある話だ。
この手の身の上話は聞き飽きた。
路頭に迷った孤児が娼館に引き取られ、将来の稼ぎ手として養育される。ガキの頃からそれ以外の選択肢を与えられてこなかったから、外に出たらどうするか設計図を引けない。
サシャが寂しそうに目を伏せる。日の光に透けた金茶の睫毛が綺麗だ。
「わたくしがスイートちゃんの面倒見てるって周囲は思ってますけど、ホントは逆です。わたくしがスイートちゃんに頼ってるんです。寝る前にスイートちゃんの髪を梳かしてあげる時、結ってあげる時……お店にいる時のわたくしは全てのご主人様にご奉仕するメイドさんですけど、オフの時はスイートちゃんの幸せにご奉仕する専属メイドでいたい。あの子が必要としてくれるから、なんていうかこー……やりがいとか生き甲斐とか?そういうの、湧いてくるんです」
サシャがふと顔を上げ、ピジョンとよく似た柔い微笑みを浮かべる。
「スイートちゃんをべたべたに甘やかすことで、自分の寂しさも甘やかしてるんです」
自分の寂しさを甘やかす。
俺にはよくわからない感覚だが、ピジョンならわかるのだろうか。アイツは俺を甘やかすことで、損なわれた何かをひたむきに補おうとしてるのか。
「あ」
無駄話をしている間に変化があった。スイートが渋るピジョンを急かして派手派手しいランジェリーショップに連れ込み、俺とサシャは顔を見合わせる。
お互い目配せで合意が成立、がっちりと腕を組む。
「いらっしゃいませー」
瀟洒なドアをくぐるやスタッフが一斉に唱和、俺たちを歓迎する。
「ねースワロー様ァ、わたくしの勝負下着選んでくれるってホントですか~?やだーすごい嬉しい、今度お店に着ていきますね」
「この真っ赤なボンテージなんかどうだよ、イケてんじゃん」
「SMプレイは専門外なので、もうちょっと万人受けするのお願いできます?」
「じゃあこっちの薄青のベビードール、キャットガーター付き」
「胸囲が窮屈ですね」
「試着室行くか。穿かせてやるよ」
「彼女にキャットガーター穿かせるプレイ好むって相当マニアですよ、跪いてなら倍率ドンです」
「お客様、当店の風紀が乱れますので試着室に男性と女性のペアで入るのはご遠慮いただけますと幸いです」
今の俺たちは恋人同士にしか見えない、はずだ。それか風俗嬢と同伴客。
なんて空々しい会話をしてたらスタッフに注意され、恐縮したサシャに「すいません、ウチのダーリンがムッツリなばっかりに」と不名誉な濡れ衣を着せられる。やってられっか。
気を取り直したサシャが俺の腕にしなだれかかり、俺はといえば店内を見回し、スイートに次々下着を見せ付けられしどろもどろになってるピジョンを捕捉。十分距離をとってるからバレてない。というか、それどころじゃねえ。
自分の兄貴ながら、下着を見せびらかされる度いちいち赤くなって恥ずかしいったらありゃしねえ。娼婦の息子のくせになんで免疫ねーんだ。
「女の下着なんざ母さんで見飽きてんだろ」
「お母さまと女の子は別ですよ……」
サシャが何故かドン引きする。そういう考え方もあるか。ましてやピジョンは童貞に毛が生えた程度の経験値ときた。
母さんはトレーラーハウスの半分を仕切って仕事場にしてたから、すっかり感覚が麻痺しちまった。
「素朴な疑問ですが、スワロー様は恥ずかしくないんですか?」
「ランジェリーショップは初めてじゃねェし。オンナの下着選ばされンのも」
「自分が見立てた下着だと一層気合入るってアレですか」
「アダルトショップにデート行くこともあるぜ」
「アダルトショップをデートコースに組み込む時点でナシですよ」
「オモチャ選びは相手の意見聞かねーと。サイズの問題あるし」
「スワロー様ってホント有意義な夜を過ごすことにかけては手間暇惜しみませんね、その情熱をもう少し他方面に振り分けた方がより良い人生過ごせると思いません?」
「スイートが試着室入ったぜ」
なにかとうるさいサシャの肩を掴んで反対を向かせる。ピジョンは試着室の前で舞い上がって目もあてられない。
「アイツ、オンナが素肌に下着を付けて出てくるとでも思ってんのか?店ン中でそれやったら痴女じゃねーか」
本当にあきれ返る。案の定カーテンが開くと同時にずっこけ、周囲のマネキンを押し倒して盛大に恥かく始末。
スイートとスタッフに引っ張り起こされる情けないザマに頭を抱えれば、サシャが得意満面くりかえし頷く。
「さすがスイートちゃん、何着ても可愛いです」

ランジェリーショップを出てからも尾行は続く。
ピジョンとスイートは繁華街の服屋を回る。ピジョンは殆ど荷物持ちに徹していたが、スイートに着せ替えられる時は大人しく、宛がわれる帽子や服に軽く照れ、スイートの着替えは覗かず、どれも似たり寄ったりの服にご丁寧なリアクションを返していた。
服を見立てるように頼まれた時は真面目くさった顔で悩み、たっぷり時間をかけた末に片方に決めた。
なかなか悪くない見立てだ。
俺なら肌の露出が多い方選ぶが、生真面目な兄貴はオンナの健康を気にし、生地の面積が多い方を選んだ。
「スワロー様はどっちがいいです?」
「右」
「見てないのにわかるんですかへー」
「るっせーな、デレデレ鼻の下のばした兄貴を見張るのに忙しいんだよ」
「見張ってなくてもピジョン様の鼻の下は勝手に戻りますよ、せっかく来たんだから洋服選び手伝ってください」
俺の袖口を引っ張り、いやにドスを利かせて耳打ち。
「自然体で。怪しまれないように。恋人同士に見えるように振る舞ってくださいってわたくしそういいましたよね、彼女が洋服選んでるあいだ背中向けっぱなしって倦怠期ですか破局寸前ですか?よそ見した先にスイートちゃんがいるから、わたくしさっきから彼氏に目移りされてる可哀想なオンナ扱いですよ。スタジャンの隠しに手を突っ込むのも厳禁です、デート中はせめて禁煙してください」
「小姑かよいちいちうるせーな」
「煙草を喫うのは退屈してる証拠、おへそ曲げちゃいますよ。反抗期こじらせた男の子みたいにるせーるせー連発するのも失礼です、ボキャブラリーが貧困です。いやまあスワローさまのご年齢ならどんぴしゃかもしれませんが」
面倒くせえな……。
まだ言い足りずに息を吸い込むのを見計らい、なめらかに上げた人さし指をサシャの唇に押し当てる。
「Zip your lips.」
お口チャックだと言い聞かせ、唇のふくらみをひと刷け。動揺するサシャに構わず背を向け、ハンガーをかきわけて一着の洋服をとる。
「ほらよ」
「はい?」
「いちばん似合うの選んでやった。文句ねーよな」
サシャにあてがったのはウェストをエレガントに絞った、濃紺のワンピース。裾は膝丈で脚線美が映える。大胆な赤いボタンが襟元から一列に並び、ひときわ目を引く。
「……こーゆーヒラヒラしたの、あんまり着ないんですが……」
「お前がどうかは聞いてねえ、俺が似合うと思うから選んだ。ホットパンツも悪かねェが、こーゆー膝丈ワンピの方が足が映えるぜ。キレイなキャラメル色の肌してんだ、白とか淡い系で引き立てるのもアリっちゃアリだが俺的にゃ断然こっち」
セフレとデートの真似事をして服を見立てたことは何度もあるし、ガキの頃は母さんの勝負下着を選ばされた。中身はともかく素材はいいし、コイツに似合うのを見付けだすのは楽勝だ。

その後、ピジョンとスイートは一日デートを満喫する。
「スワロー様クレープ食べましょ、わたくし生クリームとチョコとストロベリーで、トッピングにアーモンドとアイスクリームお願いします。スワロー様はどうされます?」
「豚になるぞ」
「ほらまたズタボロにボロが出てますよ?女の子にカロリーの話題は厳禁です、ましてや彼女を家畜呼ばわりなんて滅相もない。恋人同士って設定忘れてません、なりきりに徹してください」
「……シナモンバター」
メニュー表をろくに見もせずいちばん甘くないのを注文すりゃ、親父が鉄板に薄平べったい生地を伸ばし、そこでまろやかにバターを溶かす。
キツネ色に焼けたクレープにシナモンの粉末を振りかけ、厚紙に包めば出来上がり。
「ありがとうございます」
サシャが俺の代わりに受け取り、カップルが列をなす屋台からとっとと離れる。
「どうぞ」
恩着せがましく渡されたクレープを一口咀嚼。サシャは既に半分ほど自分のをたいらげ、物欲しそうに俺の手元を見詰めている。
「おいしそうですね、それ。一口くれません?」
「全部やる」
「全部はいりません、追いカロリーは大敵なので」
「たいして変わんねーよ」
女心は複雑だ。そういや母さんも似たようなこと言ってたっけ。
昔を思い出して隙を見せたのがまずかったのか、サシャが「隙あり」とわけわかんないことのたまい、俺のクレープに大口開けてかぶり付く。
「ん、イケますね。バターとシナモンのこがし風味が絶妙です、スワロー様もお返しにどうぞ」
一口だけですよとおっかないジト目で念を押され、よっぽど今手に持ってるクレープごとくれてやろうかと思ったが、周囲を憚って不承不承悪ふざけに付き合ってやる。
「あーん」
サシャがにっこりさしだす甘党の夢詰め合わせクレープをひと齧り、口ん中で大暴れするカロリーにたまらず呻く。
「あッめェ……」
「食べさせ甲斐のない感想ですね」
「正気かよ、ただ甘いだけじゃねーか。味蕾への挑戦状か?」
生クリームとチョコレートとストロベリーソースとアイスクリームの重層的な甘さが凝縮され胸がムカツク。ピジョンなら喜んで食うか?いや無理だろ。
吐き出したいのを堪えて辛うじて嚥下、喉が焼けるような感覚に悶える俺の耳に、やや離れたところを歩いてたスイートの突拍子ない歓声が響く。
「大道芸人さんだ!」
「走ると転ぶよスイート」
道端の大道芸人に駆け寄るスイートをやんわり制すピジョン。
軽快に吹き鳴らされるハーモニカ、蛇腹が撓んで伸びるアコーディオン。二人の他に聴衆はおらず、閑散としている。
スイートは真ん前にちょこんと屈んで頬杖付く。ピジョンはその隣に突っ立ち、穏やかな表情で演奏に聴き入る。
「リクエストも受け付けてますよ」
「えっホント?じゃあね、うんとね……ピジョンちゃんお先どうぞ」
「スイートが先でいいよ」
「でも」
「君が好きな曲を知りたいんだ」
しゃがんで見上げるスイートにピジョンが答え、しばらく譲り合い、結果スイートがくすぐったそうに微笑んで奏者に耳打ち。
スイートは手拍子をとりながら聞いていたが、やがて我慢しきれず唄いだし、ピジョンの袖を軽く引っ張ってせがむ。ピジョンは最初ためらっていたが、スイートの懇願にほだされ、少しだけ遅れて主旋律をなぞりだす。
二人の声は相性がよかった。まるで反発することなく、ぴったりと調和する。
通りがかった連中が足を止め、奏者を囲んで輪ができる。その輪が二重三重と嵩み、歌声が膨れ広がる。まずは好奇心旺盛なガキどもが、続いて珍しもの好きな大人たちが釣られて唄いだし、しまいには調子っぱずれの合唱になる。
それというのもこの場の中心にいるスイートと序でにピジョンが、あんまり生き生きとしてやがるからだ。
俺とサシャは最後列に立ち尽くし、街角で起きた小さな奇跡を見守っていた。正確にはその奇跡の中心で笑い合うふたりを。
「お似合いですね」
サシャがポツリと呟く。
「……」
ピジョンのヤツ、あんな顔で笑うのか。
あんなだらしねえ顔で笑えるのか。
「スワロー様?」
サシャの呼びかけが遠く聞こえる。
「スワロー様……」
「やる」
食いかけのクレープを無理矢理押し付けて踵を返す。思わず受け取っちまってから、サシャが慌てて追ってくる。
「どうしたんですかいきなり。尾行は……」
「くだらねえ。いちぬけ」
両手にクレープを持ったサシャが、薄暗い路地に入った俺の背後で急停止。
「勝手にしやがれ。付き合ってらんねーよ」
表通りから聞こえる賑やかな演奏が神経を逆撫でする。
尾行なんてくだらないマネせずさっさと帰りゃよかった。そしたらこんな胸糞悪い思いせずにすんだ、いやなもの見ずにすんだ。
ピジョンは俺がいなくても全然大丈夫、馴染みのオンナと仲良くやってる、のほほんと笑い合ってやがる。俺一人勘違いして空回ってアホらしい。
「ピジョン様と喧嘩したんですか」
「…………」
「なるほど、だから声をかけられなかったんですね。どうりでおかしいと思いましたよ、ピジョン様と二人で1セットなスワロー様がポツンと噴水に腰かけてるなんてサプライズの仕込みかと。わたくしどうしても気になっちゃって」
「同情かよ。お優しいね」
「どちらかといえば好奇心です」
「大事な大事な親友に手ェ出そうとしてンならカラダ張って止めなきゃってか?お守りも大変だな」
わざと憎たらしく揶揄すれば、サシャが一瞬押し黙り、さもあきれたような声を張り上げる。
「……そーやって悪ぶってひねくれて。喧嘩の原因は存じ上げませんけど、仲直りしたいならさっさと謝っちゃえばいいじゃないですか」
「俺は悪くねェ」
「経験上言わせてもらいますと、まず間違いなく全面的にスワロー様が悪いですよ」
正論だ。
「もぐ、スワロー様は意地っ張りなカッコ付けですから、むぐ、謝りたくない気持ちもわかりますけど、もむ、無駄に引き延ばすとこじれるだけです。ピジョン様は優しいから、もご、もー気にされてないんじゃないですか?スイートちゃんと一日過ごしていい気分転換になったでしょうしもぐもむごくん」
「食うか喋るかどっちかにしろカロリーメイド」
せっかちな咀嚼音にいらだって振り向けば、両手のクレープを速攻たいらげたサシャが、リスのように両頬を膨らませている。ぶん殴りてェ。
大急ぎで嚥下したせいで喉に閊え悶絶、胸を叩いてもがくサシャに高圧的に歩み寄れば、間一髪窒息をまぬがれ復活し、企み顔でほくそえむ。
「絶対利く仲直りの仕方、教えてあげましょうか」
「いらねーよ」
「まあまあそういわず。服を選んでくださったお礼です」
耳を貸すだけ時間の無駄だ。
誘惑を断ち切るように踵を返して去ろうとしたが、頼んでもねえのにサシャが追い縋り、耳元で囁く。
「はァああ?」
「コレやればガチです。一発です」
「ねーよ絶対ねーありえねー。てかそれお前の願望じゃねーの?」
「スワロー様きょう一日なに見てたんですか、ピジョン様とスイートちゃんの仲良しぶり見せ付けられて思うところないんですか?スイートちゃんは恋するオトメなんです、可愛い女の子なんです、そんなスイートちゃんの気持ちがよくわかるからこそピジョン様はバニラホワイトゆるふわ袖のブラウスを選んだんです」
「そりゃ駄バトのオツムがお花畑だからだろーが」
「ピジョン様だってたまには甘やかされたいんですよ、四六時中お兄ちゃんでいるのも疲れるんです、だったらケチケチせずさっきのカロリーのかたまりクレープみたくべったべたに甘やかしてあげればいいじゃないですか、ちょっとばかし砂吐くのがなんだっていうんです、その砂靴下に詰めてぶん回せば強盗だってゴートゥーヘルです!!」
わかってないと逆ギレ説教され、凄まじい剣幕に気圧される。
「ピジョン様が哀しい顔してるとスイートちゃんに伝染るんです」
儚く伏せた黒曜の瞳が一瞬翳るも、すぐに怒気と覇気がぶり返す。
サシャが大きく深呼吸、幻のロングスカートの裾を摘まみ片足を引く。優雅なカーテシー。
Тシャツにホットパンツのカジュアルな私服でも、そこにいるのは一流のメイドだった。

「お帰りくださいまし旦那様」
ホームスイートホームへ。

かたくなに頭を下げたままきっぱり言い放ち、俺を送り出す。途中で振り返りゃ、サシャはまだ深々とお辞儀をしていた。なりきりが徹底してやがる。
別に言い返してもよかった。
俺様に意見するなんざ生意気だと突っぱねたってよかったが、薄暗い路地裏でサシャが披露したカーテシーがあんまり見事すぎて、すっかり毒気がぬかれちまった。
その路地はアパートの近所へ繋がる近道だった。
まだスイートと話し込んでるらしいピジョンに先回り、大家を上手く避けて階段を駆け上がる。オンナはもういなくなっていた。
テーブルに残されたメモにゃハート付きで連絡先が書いてある。握り潰してクズ籠に叩きこみ、椅子を引いて座る。
口ん中が甘ったるいが、コーヒーを淹れるのは面倒だ。くどい後味を洗い流すならんもっといい方法がある。
十数分が経過した頃にドアが開く。鍵は最初から掛けてねえ。
「施錠しろって言ってるだろスワロー、物騒なんだから……押し入り強盗に居座られたらどうするんだ」
「砂を詰めた靴下でぶん殴る」
速攻椅子を蹴倒して玄関へ行き、まだモッズコートも脱がないピジョンを不意打ちで抱き上げる。
「―!!?ッ、な」
ピジョンがおったまげる。そりゃそうだろ、いきなり横抱きにされたんだから。こっぱずかしい俗称でいや、お暇様抱っこだ。
「突然どうした……おろせよ、コートが脱げない」
「脱がねーでいい」
俺の腕を掴んで戸惑うのをシカト、廊下をのし歩いてピジョンの部屋へ。俺のベッドは使用済みで、いろいろと問題ある。
ドアを蹴り開けて清潔なベッドに放りだせば、面白いようにピジョンが弾んで転がる。
「冗談よせよ、せっかく人が殊勝な気持ちになってたのに」
跳ね起きて抗議するピジョンを再び押し倒す。
お暇様抱っこなんて気色悪いマネ、よそのオンナにだってしたことねえのに。いくらピジョンよかガタイがいいったって大の男を運ぶのは腕が疲れる。
でも、した。
別に全然これっぽっちも、ロマンチックな気分になりゃしねえ。
「結構重いんだな」
「太ったって?」
ピジョンがふてくされる。拗ねた横顔が可愛くていじめたくなる。
「お前ってヤツはなんだってそうやることなすこと唐突なんだ、一秒先の行動が読めない。今日だってそうだ、性懲りなく女の子連れ込んで反省もせず開き直って……なのになんで俺がこそこそ出てかなきゃいけないんだよ、理不尽だろ。挙句に帰りの足代まで出したんだぞ、大損だ」
「全部お前が好きでやったことじゃねーか、俺のせいにすんな」
「無一文で追い出す訳にいかないだろ、本当にカネがなかったら歩いて帰る羽目になる、それじゃ可哀想だし……お前はどうでもいいかもしれないけど。忘れてるみたいだから言うけどな、今日の料理当番はお前だお前。朝飯作れって催促する前にコーヒー沸かす誠意見せろよ、俺は水道水で十分だってか?いい加減直せよ夜遊びと浮気癖、俺がどれだけ……」
続く言葉をキスで封じる。
「!む、ぅ」
ピジョンは最初拒もうとして、十数秒後には諦めて力を抜く。
「んッ、む、ッはぐ」
指に指を搦めた恋人繋ぎで、深く激しく息を貪る。モッズコートが扇状に広がり、もがいて蹴り上げた脚を脚で押さえ付け、皺くちゃになるのを承知で性急にコートを脱がしていく。
「兄貴がどんだけ俺を好きか?」
「ッは、ちが」
「知らねーよンなこと」
仰向いたピジョンの顔が絶望に暮れるのを見下ろし、そっけなく断言。
「いま伝えられんのは、俺がどんだけ兄貴を好きかだけだ」
本当にコレが正解なのかよサシャ。
騙された感が強いがまあいい、結果良ければすべて良しだ。透明な唾液の糸で結ばれた唇を一旦離し、微熱に潤んだラスティネイルをしっかり見据える。
詫びは入れたくねえ。
浮気したこともピジョンを哀しませたことも、本当の所俺は全然悪いと思っちゃねえのだ。自分でも最低だとあきれちまうが、これが俺だ。
その代わり、本音を告げる。
「部屋にオンナを連れ込んだこともそのオンナを抱いたことも、もっと言っちまうと兄貴を傷付けたことも別に悪いと思っちゃねーけど、そのせいで兄貴を抱けなくなるのは寂しい」
「……カラダめあてかよ」
「ちがくて」
そんなことのせいで、お前に嫌われるのは寂しい。
悪いと思ってねえことを詫びるのは不実だ。俺はこれから先もピジョンを傷付けるし哀しませる、よその女を抱いて男に抱かれる。でも、最後にはコイツんとこに帰ってくる。俺にはコイツしかいなくて、コイツには俺しかいねえからだ。そうあってほしいからだ。
ごめんと謝るかわりにそっぽを向いたピジョンの顎に指をかけ、前を向かせ、そっと唇を重ねる。
「外で拾ったオンナを連れ込むのは控える。なるべく」
「そこはやめるって断言しろよ」
「酔っ払ってちゃ保証できねーな、覚えてねーもん。今日のだって気付いたらベッドにいたんだ」
「お前の節操に期待した俺が馬鹿だった」
「料理当番はお前な」
「一日交代の約束だろ」
「お前が作るメシのほうが食いである」
「塩と砂糖が殺し合って虚無になったとかさんざん貶したくせに」
「味がねーのと味けねーのは違うから」
俺はとことんピジョンに惚れてる。そんな恥ずかしいこと、今さら言えるか。
「愛してるぜピジョン」
ごめんというのは癪だが、愛してるならいくらでも囁ける。
それでも足りなくて、まだ足りなくて。
愛してるじゃ伝えきれない胸を焦がす情動を伝えるために、丁寧に広げたモッズコートの上に優しく寝かせ、こめかみへ、横髪をかきあげた耳の上へ、引き締まった首筋へ、敏感なあちこちへくりかえし宥めるようなキスを塗す。
「お前が一番だ」
膨れ上がった愛情が欲情と結び付くのは容易い。
こんなもの、俺自身の手にすら余る激情をお前ひとりに注いだらきっと壊しちまうにちがいない。
俺は物事をガマンするのが下手だから、壊すのばかり得意だから、たとえば全部受け止めるとか優しいお前が言い出したら、それに甘えちまうに違いないのだ。
「そうやってまた丸めこもうとして……悪いと思ってるなら、いや、思ってないんだっけ……でもまあとにかく、けじめとして謝ってもいいんじゃないか。お前の今日の態度、アレはないぞ。兄さんに対して失礼だ、尊敬の念が微塵も感じられない。先生を下品な冗談のネタにしたのは中でも最悪、かなり本気で縁を切りたくなった」
「結局戻ってきたじゃん」
「恋しくなったんじゃない」
「お前のことだけ考えてた」
「喧嘩のたんび頭を冷やしに出てるだろ、なんで今日だけ」
「胸騒ぎがしたんだよ。当たらずも遠からず」
ボロがでそうなので端折り、呟く。
「今日はとびきり優しくしてやる」
「ッ、」
シャツの隙間から手をさし入れれば、性感疼く身体がわななく。
「お前のキスしてほしいとこにキスして、なめてほしいとこなめて、抱いてほしいときに抱いてやる」
早くも火照りを帯び始めた肌を持て余すピジョンに囁き、胸板をまさぐる。優しくするのはむずかしいが、できなくはない。じれったくてまどろっこしいし、ギリギリで我慢するのはしんどいが、ピジョンが望むんならいくらでもくれてやる。
「じゃあ……しゃぶってくれるのか」
「フェラだなりょーかい。フツーのでいいか」
「え?」
「もっとすんげーの欲しくね?」
「どんなだよ」
実際やってみせたほうが早い。
生娘のように顔を染めるピジョンにがぜんやる気がでる。
ピジョンの下半身に位置取り、ズボンと下着をずらす。キスだけで先走りを滲ますペニスを手に持ち、先端を咥える。亀頭に舌先を踊らせ、裏筋を小刻みになめ、丁寧に唾液をまぶす。ピジョンの息が次第に上擦りはじめ、モッズコートをもどかしげに掻き毟りだす。
本番はこれからだ。
俺は不敵に笑い、喉の奥まで使ってペニスを咥え込む。
「ひ、ぁ」
ぐぽり、下品な音が鳴ってピジョンが仰け反る。
ピジョンにフェラするのは初めてじゃねェ。それこそなんべんもやってるが、コイツは上級者向けだ。
「あッ、あっあく」
ディープスロートは大昔のポルノ映画が語源だ。
コイツがとんでもない設定で、普通のセックスじゃちっとも感じないオンナが、喉の奥の性感帯を開発されてく話なんだそうだ。
「すあっろ、やめ、これおかし、感じすぎてやば」
「やめていいのか」
「やっ、めるのやめろ、すご、深くぅッ」
ディープスロートは主体的にペニスを飲み込むように愛撫するフェラチオの一形態。
コイツを行うと喉の奥から通常の唾液じゃない粘着いた液体が出て来て、それがペニスにまんべんなく絡み付き、通常のフェラチオとは違った大きな快感を得られる。
おまけに咽喉が絞まる感覚を直接ペニスで体感できる優れもの。
「あッ、ぐ」
唾液がだらだら顎を伝って変な声がでる。
ディープフロートは頭を上下した時のストロークの長さも違い、奥深く咥え込むただのフェラよかこっちのほうがストロークが長く、相手が気持ちよさを感じる。
ぶっちゃけ好きか嫌いか問われたら嫌いだ。俺の喉は性感帯じゃねえし、純粋にキツい。イマラチオもたまったもんじゃねえが、持続時間が長え分こっちのが息苦しい。
「は……」
「ッ、すあろ、これすご、あぐ、お前の喉がぎゅうって締まってんの、めちゃくちゃ感じる」
予想通りピジョンは感じまくってる。ケツ穴を開発されて以降こっちはご無沙汰だからなおさら快感が強いのだ。ようするに喉オナホだ。
「んぐ、ッは、ペニスの先っちょが喉の奥にあたんのわかるか。粘っこい唾液がぬらぬら絡んで……」
「無理するな……辛そうだ」
「気持ちよくなんのに集中しろ」
「ッあ、あっあぁあっあ」
ピジョンのが喉の粘膜を突付いて苦しい、ろくすっぽ息が吸えない。少し息継ぎし行為を再開、長くて形良いペニスを喉で締め付ける。途中でえずきそうになり、慌てて抜く。そしてまた再開。口腔のペニスが膨張、絶頂が近いのを悟る。
「ィっく、ィく」
頬張って口が利けない代わりにピジョンの手を掴み、出していいと促す。
「ッあ!!」
ピジョンが無意識に握り返し、同時に口ん中に生臭く青苦い粘液が爆ぜる。びゅくびゅくと元気に痙攣し、出しきるまで数秒かかった。
吐き気をこらえて口元を拭い、射精の余韻でぐったりしたピジョンを褒める。
「ちゃんとイけたな」
「今の……エグいの、どこで覚えたんだよ」
「母さんの仕事場って言ったら怒んだろ」
「聞くんじゃなかった」
「次はどうする?」
「聞かなくてもわかるだろ」
わかる。
ピジョンが不安に小揺るぎする眼差しで見返し、息を荒げて質問。
「……さっきは大人げなかった。勝手にキレて怒鳴って出てって、面倒くさい話し合いを避けたんだ。だから……気を遣ってるならやめろ、そういうのらしくない」
「ぐちゃぐちゃうるせーな、喉マンコ気持ちよかったんだろ?ペニスびゅくびゅく喜んでたじゃん、お気に召して光栄だ。今度はオナホでかわいがってやっか」
まだ言い募るのを遮り、両手を組み合わせたまんまのしかかる。お望み通り正常位で、向かい合うかたちで、まっすぐにお互いの目を見る。
この位置ならちゃんと顔が見える。
体温の上昇で薄桃に色付いた肌も切なくそそりたった乳首もペニスから迸り会陰を濡らす先走りも、仰け反る喉と顎、快楽と苦痛に火照る顔も官能に喘ぐ唇も、体全部で余さず感じてるのが全部わかる。
「こうしたかったんだろ」
疑問形じゃなく断言すれば、ピジョンが悔しげに表情を歪め、ほんの僅かに頷く。まったくカワイイ奴。歯止めが利かなくなりそうなほどに。
コイツの望んでること、欲しがってるものが手にとるようにわかる。
両手を顔の横に張り付け、まずは唇にキスをする。上下の唇を丹念になぞり、舌を絡める。
「ッは、あッ」
「口ン中あち……ドロドロじゃん」
「お前のせい、だろ。舌でぐちゃぐちゃするから、ッあ、頬の裏っかわとか変、で」
「可愛いピジョン。もっと囀れ」
普通の恋人同士のようにまどろっこしいプロセスを踏んで、ロマンチックな気分を回りくどく高めていく。可愛い、エロいとひたすら褒めて、いい子だと囁く。今日は特別だ。コイツが欲しがってるもん全部やる、全身が蕩けるほどべたべたに甘やかす。
一回目の射精を終えて萎えたペニスが再びもたげはじめる。力を取り戻したペニスを一瞥、一旦手を放して唾液と先走りを塗り付け、後孔をほぐしにかかる。
「あッ、ぐ、そこは」
「いやならやめる?」
「わかってるだろ」
「わかってますともお兄様」
ふざけてまぜっかえし、気持ちいいくせにはっきりとは言わないピジョンの肛門を捏ね回す。
俺のモノを受け入れ慣れた孔は、ちょっと唾液を塗すだけでツプリと口を開け、括約筋の圧を乗り越えた先に熱い胎内が広がる。
「スワローまだ、もぅ少し待て、待ってくれ……いっ、きなりは怖い。指、やさしくいれてくれ」
「入口付近が感じるんだよな。しこりを押すようにして回すと」
「ッあぁっあ、あッ―」
「エロい声。好きなんだよなグリグリされんの。クリ乳首もびんびんに勃起してんじゃん、はしたねーカラダ」
指を二本に増やす。ピジョンの中はもうトロトロですっかり準備が整ってる。会陰も赤く膨れ、挿入を待ち焦がれている。
「ピジョンミルク出そうだな」
ピジョンがいいというまでもう少しじらす。
「あっ、スワローもっむり、ィっきそ、ッあぁっああふあ、指コリコリするのよせっも無理だから、前ぐちゃぐちゃすんの気持ちいっ、よくて」
指を根元まで突っ込んでほじくり返し、その刺激を前立腺に伝え、もう片方の手でペニスをぐちゃぐちゃしごけば、裏と表から同時に押し寄せて弾ける快感にピジョンがよがり狂い、ひとりでに腰を上擦らせる。
「指っ、じゃなくて、お前」
「俺が欲しいの」
「一緒にイきたい、一緒じゃなきゃだめだ」
「もう怒ってねえ?」
可愛い兄貴。食っちまいたいほどに。
ピジョンが真っ赤になって唇を噛み締め、縦にも横にも振らずダンマリを決めこみ、その身体を寝かせて向き合い、ゆっくりと俺自身を挿入する。
「あッあ――――――――――」
「まだイくなよ、ギリギリまで踏ん張った方が気持ちよくなる」
「ッ、勝手だな、はぁ……んっむ」
絶え間ないキスで逐一気を逸らし絶頂を引き延ばす。
指に指を搦め、胸と胸を接し、腹と腹を密着すりゃ、ペニス同士も自然と擦れ合ってやばい位の快感を生む。正常位を避けてきたのはハマるのが怖ェから、よすぎてわけわかんなくなるからだ。
最高にエロい顔で泣き喘ぐピジョンをド真ん前にして、最高にエロい身体が堕ちてくさまを見せ付けられて、ぶっ壊したくならないわけがない。
「スアロもうイく、ィかせてくれ、こんなの切ないダメだおかしくなる」
「大丈夫、すぐ追いかけっから」
「優しくするなよヘンになる、お前が優しいとッあ、感じすぎて」
「どっちでも文句たれるんだな」
「優しっ、くされるの慣れてない、はぁっあ、から、嬉しくて、ぁあっあ、めちゃくちゃに感じまくって止まらなッあぁ」
「イっちまえよ、見ててやっから」
ピジョンの顔中舐めまわす。汗と涙のしょっぱい味。思えばこんな優しいセックスは初めてだ。普段は抱くのに夢中になって、殆どいじってやってなかった。
ピジョンのペースに合わせ、ピジョンの呼吸を掴んで前後運動。抉りこむように叩き付けるんじゃなく、中をかきまわすようにグラインドする。
ペースを上げて乱暴に突くんじゃなく、互いのぬくもりを分け合うように挿入の間隔を長めにとり、前からの刺激と挟み撃ちで奥の一点がドロドロに煮込まれるまでたっぷり時間をかける。
時々は唇を吸って舌同士を絡め、息が苦しくなる頃合いを見て、芯が固くしこった乳首を甘噛みしたのち含み転がす。

献身的に。
盲目的に。
ピジョンがよくなることだけ考え、ピジョンがよくなるのだけに尽くす。

「あぁ――――――――――――――――――――――――ッ!!」
ピジョンが勢いよく白濁をぶちまけ、同時に内襞が収縮し痛いほど搾り取られる。
イく瞬間、指の股に指が食い込んで締め上げる。
果てたピジョンがぐったりし、もはや言葉もなくベッドに沈み込むのを確かめてからペニスを抜く。
裸の首筋に滴る汗を啜り、啄むようなキスをし、白濁に塗れたペニスを舌でキレイに掃除してやる。
「よく頑張ったな」
前戯と同じ位時間をかけて後戯をすませてやりゃ、ピジョンが胸を大きく喘がせ、擦り切れた声音で呟く。
「コート汚れた……責任とって洗えよ」
「あとでいいだろ、今はこっちが大事」
ピジョンの横に腕枕で寝転び、汗でしっとりしたピンクゴールドの髪の毛を指で梳く。
「セックスで仲直りできると思ってんのか。最低だな」
「ダメか」
「まだ足りない」
ピジョンに寝返りを打たせる暇を与えず肘を引き戻し、頭ごと抱えこむ。
俺の胸板に顔を埋めたピジョン。その頭に手をやり、母さんをまねてなでくりまわす。
「オンナはできるだけ連れ込まねえ。セックスは外でやる。当番は気が向いたらやる。たまにはお前の好物だって作ってやる。プッタネスカ好きだろ?」
「食い物で釣ろうって魂胆が卑しい」
「いらねーの」
「それとこれとは別だ」
「お前が兄貴で救われてる」
「お前が弟で救われないよ」
最悪の譲歩に最低の妥協。ため息は降参の響きを帯びていた。
ピジョンは大人しくなでられている。まどろみから本格的な眠りにおちる間際の気持ち良さそうな表情。
俺に抱かれた姿勢からコートのポケットを探りあて、小さいビニール袋をとりだす。
「土産?」
「マグネット。冷蔵庫に付けとけ」
鼻先にぶらさげられた袋をとってまじまじ見詰める。詳しく聞き出そうとした時にゃ本人は既に寝息をたてていた。
「…………いい気なもんだな」
小鳩とツバメがセットになったマグネットを枕元に投げだし、胸にもたれて熟睡するピジョンをひっぺがそうか迷い、思いとどまる。
俺は悪くねえ。
でもピジョンだって間違っちゃない。ていうか、全面的にコイツの言い分が正しいとさすがにわかっている。
俺の仕打ちがこの程度で許されると思っちゃないが、至れり尽くせりの入念な後戯を終えたあと、体力を使い果たしてあっけなく眠りに落ちた兄貴に腕枕してやるのもまた誠意の示し方だ。
ピジョンの頭を腕にのっけて横たわりゃ、むにゃむにゃと口元が伸び縮みしてくぐもった寝言を紡ぐ。
「いい子だスワロー……」
「なんでそーなんの?」
さんざん痛い目あったのに、この程度であっさり許しちまうのか。ちょろすぎんだろ。
「……お前のほうがいい子だよ」
なにもかも阿呆らしくなるほど脱力、フヤケた寝顔をさらすピジョンのこめかみにキスをし、愛しさと切なさと虚しさでおかしくなりそうな笑みをのぼらす。

おやすみ、俺の小鳩。
今だけは良い夢を。
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