タンブルウィード

まさみ

文字の大きさ
上 下
127 / 295

We can fly high

しおりを挟む
親愛なる母さんへ。
元気してる?ピジョンだよ。俺達の方は変わりない、毎日楽しく……と言いきるには同居人に振り回されすぎてげんなりだけど、なんとかやってる。
母さんの方はどうだい、困ったことはない?
仕送りはもう十分だっていうけど備えあれば憂いなしって格言もあるし、将来のこと考えて貯めといて損はない。
スワローは相変わらず好き勝手してる。
都会に出て羽目を外せるのが嬉しいみたいだ、こっちの水があうんだろうね。毎日夜遊びばかりでやんなっちゃうよ。女遊びも激しくて、しょっちゅう泊まり歩いてる。尻拭いに走り回るこっちの身になってほしい。
……しょっぱなから愚痴ってごめん。
そうそう、キャサリンも元気だよ。大家さんにいいモノ食べさせてもらってるせいかまるまる肥えて心配なくらい。朝一番にコケコーッて鳴くから、ちょうどいい目覚まし代わりさ。
ご飯は毎日食べてる。近所においしいデリカッセンがあって、帰りによく立ち寄るんだ。とくにチリビーンズとマッシュポテトが絶品。
レジの女の子はえくぼがキュートだ。ブルネットのボブカットで、素朴な感じが実に好み。別に彼女がめあてで通ってるわけじゃないよ、本当においしいんだすごく。
おまけに安いし、量があって腹もちもいい。マッシュポテトなんて緑のと黄色いのと赤いのよりどりみどり三種類もあるんだよ、ヘルシーでしょ。
最近話すようになったんだけど、あの娘ひょっとして俺に気があるんじゃないかな。
お釣りを渡す時、そうっと手で包むようにしてくれるんだ。目付きもどことなく特別感あって……
母さんもよくやってたろ、オトシのテク。
斜め45度に首をかしげて、唇をちろりとなめてから、すくいあげるように相手を見る。
コレで落ちない男はいないって自慢してた、必殺の上目遣い。
ただの常連を見るにしては怪しいって、俺の勘が騒いでる。
まあ俺の勘だからあてにならないけどね……スワローにさんざんお前の目は節穴だって馬鹿にされたし。
こないだなんて俺にだけおまけしてくれたんだ、マッシュポテト10グラム。
「バレたらうるさいからナイショですよ」って、余分によそってくれた。「三日と空けず来てくれるお礼。常連さんにはサービスしなきゃ」……すっかり舞い上がっちゃって、ろくに受け答えできなかった。ありがとうって言ったらどういたしましてって笑ってくれて、それがまた最高に可愛いんだ。
ええと……脱線したな。近況報告のはずだったんだけど。
そんなわけで、食事の方は心配しないで。たまには自炊もするよ、大体俺が担当だけどね……
スワローはすぐサボるんだ、アイツのほうが料理うまいくせに。
咥え煙草で料理するのやめろってうるさく言っても直らないし、直す気ないんだきっと。煙草の灰入りシチューなんて食べたくない、食べるけど。おかわりもしたけど。せめてイカ墨スパゲッティなら目立たないのに……
大丈夫死にゃしねえってスワローは安請け合いするけど、ニコチンの致死量は成人で40~60mg、煙草一本分に含まれる量は0.1mg~2.3mg。灰も積もればなんとやら、体に日々蓄積されてぽっくり死んじゃったらどうするんだ、責任とって葬儀費用だしてくれるのか?
……まあ稼ぎがいいからポンと出してくれるかもしれないけど、それはそれで複雑だ。弟の手料理が死因なんて笑えない。
シチュ―異物混入事件のあと、スワローを脅してやったんだ。ニコチン入りシチュ―なんて食べたらお前の寿命も縮むぞって。そしたらアイツ、いけしゃあしゃあとこう言ったんだ。ニコチン浮いてるとこはお前の皿に取り分けてるから問題ねえよって。

問題しかない。

で、結局俺が作る羽目になる。
この際味は二の次で安全第一だ。こっちに来てレパートリーもちょっと増えた、スーパーマーケットの品ぞろえが充実してるから作り甲斐あるよ……それはいいんだけど、なんだってスワローは料理中に付き纏うのかな……邪魔くさい。
後ろからハグしてきたりうなじに息吹きかけたり、包丁持ってるときは手元が狂いそうで生きた心地しないから、本当やめてほしい。脇腹くすぐるのは言語道断。
こないだなんて最悪だ、ズボンにちょいと指ひっかけて下着の中にポイッて氷をほうりこんだんだよ!?イタズラの度を越して悪質きわまる、スコップ一山じゃねーだけマシだろって本人ほざいてたけど凍傷になったらどうすんのさ、あっためて溶かしてくれるのか?

……仕事の話、しようか。

そっちはまあぼちぼち、ようやく軌道に乗ってきたところ。目標はバンチで巻頭特集組まれること。夢はでっかく持たなきゃね。
母さんにだけこっそり教えると、今サインの練習してるんだ。有名になったら道行くひとに頼まれるかもしれないだろ?
有り難いことに月々の家賃を払ってちょっと余裕がある位の稼ぎはあるし、スワローとのコンビも上手く回りだしてる。
アイツが前衛、俺は後衛。地味に地道に堅実に、サポートに徹するのは得意さ。引き立て役のプロだからね。
もう少し貯金ができたら新しい部屋に引っ越そうかってスワローと相談してる。
……でも、今のアパートも案外居心地がいい。
大家さんもよくしてくれるし……しょっちゅう水道や電気が止まるのはご愛敬。俺達の稼ぎならもっといいとこ借りれるっていう人もいるけど、初めて借りた部屋だから愛着あって、なかなか出る決心が付かないんだ。
手狭ながらキッチンがあって、リビングがあって、バスルームもある。これ以上なにを望む?ガタ付くトレーラーハウスに比べたら夢の城。
それに今のアパートは屋上からの眺めがいい。
とくに夜景がキレイでね、母さんに生で見せたいよ。隣のモーテルには大きな翼の看板があって、白・黒・赤・藍、数十秒ごとに色が変わるんだ。
覚えてるかな、母さんの馴染みに昔もらったポラロイドカメラ。
星が撮れないかって思って……案の定失敗、真っ暗。都会の夜は明るすぎて星なんて殆ど見えやしない。子どもの頃に見た一面の星空が懐かしい。
トレーラーハウスが立ち往生したとき、三人で毛布にくるまって見た空、覚えてる?
焚き火で沸かしたコーヒーは濃く煮詰まって、苦くておいしくて。
厚手のマグカップに注いでちびちび回し飲みしたら、体の芯まであったまった。

そこへスワローがやってきた。

最近、夜の屋上でよく話をする。
話題は他愛もないこと。一日の出来事の報告、今日誰と会った、どこの店が美味かった、何を見たか……昔好きだった絵本のことも。街の広場に建ってる名士の像が、幸福の王子に重なるんだ。
ならず者の天下デスパレードエデン―この界隈はそう呼ばれている。手前に犇めく貧困層のアパート群は、いかにも不景気な佇まいで、窓の灯もところどころ歯抜け。
それと地続きの歓楽街は夜通し賑わって、ドロップスを散りばめたようにカラフルな電飾に姦しい嬌声と音楽が沸き立ち、月と星の仄かすぎる輝きを駆逐している。
「随分遠くに来ちゃったな」
「距離的な意味?心理的な?」
「両方」
「母さんが恋しいの」
「……そういうんじゃないけど……」
ふるさとを持たない俺たちが帰る場所は、母さんがいるところだ。
スワローは皮肉っぽく唇の端を歪め、噴水広場に一瞥くれる。
「借り物の光が氾濫するこの街じゃ、王子さまの輝きも霞んじまうよ」
「俺はそうは思わない。一等尊い、心臓の輝きだけは色褪せない」
「ツバメも馬鹿だな、くだんねー心中に付き合って何のメリットもねーじゃん。とっとと南に旅立ちゃよかったんだ、悠々自適のバカンスとトロピカルなハーレムが待ってんのに」
「ツバメにとっちゃ王子様こそ運命の人だったんだろ」
「態よく使いパシらされただけだろ、いい話に仕立てんなよ。テメェの目的の為にツバメを利用する、王子の野郎は腹黒だよ」
「どうしてそう物事を悪くとるかな……美しい友情だろ」
「どっこい、ここの連中はちゃちな宝石なんぞ欲しがらねえ。ンなもんじゃちっとも満足しねえ強欲ぞろい、可哀想な王子様は身ぐるみ剥ぎ取られてポイときた」
ネオンを取り込んだラスティネイルのまなざしが遠く澄む。
「名誉欲のかたまりの俗物の像がいい例だ。ここじゃ幸せの王子も出る幕ねえ、みんながみんなテメェをいちばんに考えて行動する」
スワローが嫌味っぽく続け、マグカップの中身を呷る。
「……じゃあせめて俺たちだけでも、お互いをいちばんに考えて行動しないか」

王子はツバメを思いやり、ツバメは王子を思いやる。
あの二人は俺にとって理想のパートナー像だ。
できればスワローともそうありたいものだけど、なかなかにむずかしい。コイツはなんだって口笛吹いてこなすから、ひとりで空回ってる気分になる。

スワローの返答はにべもない。
「のぼせあがんなぶぁーか、てめぇの為におっ死ぬ気はさらさらねー」
「……だよね。はは」
「俺たちゃてっぺんぶんどるんだ、志半ばで身ぐるみ剥がれて野垂れ死にはお断り」
俺のツバメさんは口が悪い。
おまけに自惚れ屋でいばりん坊で女癖が悪いのが玉に瑕だけど、コイツの勝手気ままさに救われてもいる。
「最初から飛べねーって諦めんな、死に物狂いに羽ばたいていっぺん高い景色を見てみろ。のろくさ遅ェ駄バトでも翼がありゃ飛べるんだ、自分で行きたいとこ行けるって忘れんな。口先だけで世を嘆いて、立ちんぼで終わった王子にならうこたねェ」
「ま、スピードじゃツバメ俺様にかなわねーけど」と減らず口を付け加え、マグカップで乾杯する。
「We can fly highってな」
隣の屋上がさしかける深藍インディゴの翼を背負い、ネオンに照り映える笑顔は眩しすぎて直視できない。
コイツなりにフォローしてくれてるのかな。優しいんだか優しくないんだかちっともわからない。

でも、それがスワローだ。
俺の大好きな優しくない、優しいスワローだ。

コイツと一緒ならきっともっと高く飛べる。
でこぼこの番いでも空の高みを目指せるって、そう信じるよ母さん。

それじゃ、長くなっちゃったけどこのへんで。
体を大事にして、あんまり無茶はしないでね。暇ができたら会いに行くよ。

あなたの息子
リトル・ピジョン・バードより愛をこめて
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

父のチンポが気になって仕方ない息子の夜這い!

ミクリ21
BL
父に夜這いする息子の話。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

悪い兄は弟の命令通りに身をくねらせる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

5人の幼馴染と俺

まいど
BL
目を覚ますと軟禁されていた。5人のヤンデレに囲われる平凡の話。一番病んでいるのは誰なのか。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...