タンブルウィード

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punch-drunker

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「ラスト一本、本日のノルマ達成っと」
地面に転がる酒瓶を回収。あらかじめ持参した袋に入れ、トントンと背中を叩いてあたりを見回す。
「ふぅ……あらかた拾い尽くしたかな」
そこは何世代も前にとっくに廃線になった鉄道沿いの空き地。
アスファルトの亀裂から伸び盛りの雑草がとびだしていて、他にも色んなゴミやがらくたが散乱している。空気の抜けたバスケットボール、錆び付いた標識、かたっぽだけのくたびれたスニーカー……さながらスクラップの墓場の景観だ。
トレーラーハウスから歩いて五分、地元の人間の不法投棄の穴場になった空き地には、換金可能なお宝がごろごろしてる。
……といっても大した稼ぎにはならないが、空き瓶を酒屋に持っていけば僅かばかりの小銭と交換してくれるのは子どもでも知ってる常識だ。
女だてらに息子ふたりを養い、苦しい家計を細腕で支える母に頼るまいと、物心付いた頃からせっせと空き瓶を拾い集め、小遣いの足しにしてきたピジョンが言うのだから間違いない。
「これなんだろ、ウィスキーかな」
薄平べったいボトルを掴み、くんくんと匂いを嗅ぐ。アルコールの発酵臭に「うえ」と顔を顰めてそっぽをむき、瓶を傾けて底にのこった一滴をたらす。
指差し確認を行って種別に分類、嵩張る袋を見下ろす。
「こんだけあればちょっとは上乗せできるはず……目標額までもうひと踏ん張りだ」
約束の日からそろそろ二年がたとうとしている。
ピジョンは十五歳だ。共に賞金稼ぎになると誓い合い、ベッドの下の手提げ金庫に貯金を奉納している弟は、今日も一人さっさとどこかへ消えてしまった。
ピジョンは唇を噛み、ここに来る前のやりとりを回想する。

『てめェにゃ付き合いきれねえノロ鳩、空き瓶拾いに靴磨きってガキの使いか』
『他にどうしろってのさ、毎日地道にコツコツとが一番の近道だよ』
『で、いくらもらった?雀の涙もとい鳩のお涙程度の駄賃で喜べるなんざ安上がりだな、なァわかってんのかよ、一年後にゃ俺は14お前は16、期限が近付いてんのにうだうだやってる暇ねーだろが』
『そんなあせんなくたってちゃんとたまってる、この調子で俺とお前力を合わせて頑張ればすぐ目標額に届く』
『見通しが甘すぎて笑えてくるぜ。積み立てはいくらあっても足りねーよ、なあピジョンマジに真面目に考えてんの、中央行くのもただじゃねーんだ。ルート66にのっかって行くにしたって、足代と宿代であっというまに吹っ飛ぶぜ。で、どうする?母さんに送ってもらうか?』
『ほ、本数は少ないけどバスがでてるって聞いた。歩いても行けない距離じゃないし……たぶん』
『数か月はかかっけどな。あっちでの滞在費はどうする?一発で決まっかわかんねーぞ、したら受かるまで足止めくらってカネがでてく一方だ』
『俺だってわかってる!ホントはバイトで雇ってもらいたいけど数か月で離れちゃうんじゃむずかしいし、母さんの面倒だって見なきゃいけないだろ!』
『あーそうかよそうですか、テメェは母さん付きっ切りで介護してろ、なんならおしめも替えてやれ、客に見せりゃカネとれっかもだぜ』
『なんてこというんだよ……俺達の母さんだぞ……』
『冗談だよ』
『冗談じゃすまないぞ!!』
『いきなりキレんなよるっせーな、ぺニバンでドМのケツ掘る売女にゃヌルいプレイだろ!!お前は断じて認めたがらねーけどなァピジョン、俺たちゃ母さん譲りの濃い淫売の血が流れてんだ。天職はウリだよ、コイツぁどうひっくりかえっても動かねー決定事項だ、男だろーが女だろーが穴ほじくりゃそっこー気持ちよくなれるって知っちまってんだよカラダが』
『待てよスワロー、お前また無茶を……ッ、あぶないことするな!』
『あぶないことって?なに想像してんのエロ兄貴』
『自分を粗末にするようなこと……しないって前に約束したろ、破るのか!』
『役立たずのぶんまで持ってやってんのにとやかく言われたくねーな。残りの文句は俺より1ヘルでも多くアガリをだしたら聞いてやらァ、じゃねーと働きにケチが付く』

口を開けばカネ・カネ・カネ……この頃は特にひどい。
貯金は少しずつゆっくり増えていってるが、スワローはすぐ目に見える結果を求めたがる。一瞬一瞬を肌に感じる「今」しか生きてないから、来るかもわからない明日やあさって、ましてや数年後に目標ゴールを先送りするのが不安でたまらない。

『なんでそんな生き急ぐのさ』
『いつ死ぬかわかんねえのに生き急がねーでどうするよ』

ピジョンと賞金稼ぎをめざす気持ちに嘘偽りはないにせよ、ほかならぬ彼自身が今の延長の未来を信じきれずにいる矛盾。
スワローは兄の稼ぎをあてにしてない、最初から勘定に入れてない節さえある。働き手に数えられない長兄の屈辱が、ピジョンの胸を軋ませる。
「だからって……無茶やらかしてトラブルにまきこまれたら本末転倒じゃないか」
不満げに口を尖らし、地面の雑草をブチブチ抜く。
スワローが危険な仕事を引き受けて稼いでいるのは暗に理解の範疇だ。
弟が夜な夜などこかへでかけては、朝方帰ってくるのに気付かぬほどピジョンは鈍感じゃないし、その体のあちこちに艶めかしい痣が散りばめられていればやきもきさせられる。
現状、ピジョンは見て見ぬふりしかできない。
真っ向問い詰めたって本人はとぼけるし、なんなら開き直って殴られる。
「……アイツ……俺としたいんじゃないのかよ。なのになんで他のヤツとできるんだ、他のヤツとやってカネとれるんだよ?」
乱暴に雑草を引っこ抜いてあらぬ方向に投げる。
危ないのに。危険なのに。純粋に弟の身を心配してるのに、口に出すとまるで面倒くさい女の嫉妬みたいで、その落差に戸惑うしかない。
スワローはピジョンをとことん侮りてんで気付いちゃないと高をくくっているが、同じベッドで寝起きしていればいやでも思い知らされる。
この頃は痣が増えた。
寝返りではだけた腹筋や首筋、恥骨付近にキスマークを発見した時、胸の内で膨れ上がったどす黒い感情を持て余して、ピジョンは雑草を握り締める。
「俺がさせてやらないから当て付けか?でも約束の日までまだあるし、押せ押せに押し切られて前倒しはフェアじゃないし……いや、兄貴をモノにしたいってのはデマカセでホントはだれでもいいんじゃないか……」
いまだってさんざん人に言えない場所をいじくられ、毎日のごとく恥ずかしいイタズラをされてるのに、これ以上の行為を要求されたらどうしようもない。

相手は選んでる、とスワローは主張する。
選んでアレかよ、とピジョンは思ってる。

スワローはアブノーマルなセックスをタブー視せず、過激なプレイも気の向くまま金と交渉次第で受けて立ち、ピジョンが一日に稼ぐ倍の金額を稼ぎだす。
寝る相手を吟味する余裕すら日に日に失って暴走していく弟の刹那的な振る舞いに、ピジョンは不安になる。
スワローが枕を共にする客の顔なんて知らないし知るよしもないが、まだ育ちきらない子どもの体に痣やひっかき傷を刻み付けるのがまともなヤツのはずがない。
「スワローはなんで……」

なんで俺の心配をないがしろにするんだ?
俺の気持ちなんてどうだっていいのか?

それはそうだ、スワローはもとからそういうヤツだった。ピジョンのことをオモチャ程度に考えて扱っているのがいい証拠じゃないか。
腕っぷしが立てば力ずくで引き止める、口が立てば説得する。ピジョンはどちらも向いてない、遥かに弟に劣るのが現実だ。だったらもう見て見ぬふりするしかないじゃないか、引き止めるたび張り倒されて口論になる毎日なら狸寝入りをきめこむしかないじゃないか。
真実を知って傷付くのが怖い、傷付けられるのが怖い。夜、自分の隣を抜け出したスワローがだれと何をしているかだなんて……想像しただけで気がおかしくなりそうだ。
草むしりをしながら心の澱を吐きだし、ふと手を止める。
地面に落ちたガラスの破片……おそらく酒瓶の欠片。戯れに日に翳せば、ガラスを透かした光が淡いセピアの影を作る。
「きれいだなあ」
何の変哲もない赤茶のガラス片にうっとり見とれ、自分の顔と体じゃ飽き足らず、あちこちに影を映じて遊ぶ。

兄弟の瞳は母からの遺伝だ。
同じ金髪でも色合いが違い、顔立ちにほぼ共通項はないが、赤みの強い赤茶の瞳だけはおそろいだ。
錆びた赤にセピアを一滴溶かしこんだ不思議な色……荒野と夕焼けの境界線マージナルの色だと、母は言った。
瞳は自分の身体の中で一番好きな部位だ、最愛の母や弟との繋がりを感じられる。何故かスワローは目を褒められると怒るが……難しい年頃だ。
コーラの王冠にビー玉、からっぽのマッチ箱……子どもの頃から道端で拾った綺麗なものを集め、夜寝る前に見直しては悦に入った。
「俺もレイヴンと大差ないな」
口の端を歪めて自虐する。

自分だけの宝物を欲しがるあの人の気持ちが、ちょっとだけわかる。
スワローが聞けば激怒するだろうし、何の罪もない少年たちを手にかけた所業は断じて許されないが、惨めな境遇に慰めを求める気持ちに共感を抱くのはピジョンも孤独だからだろうか。

もう一度、空に翳す。
破片を通した空は夕焼けの色に変化し、目から外すと青さを取り戻す。
欠片をポケットにしまったのは無意識。さすがにこの年になってコレクションを増やす気はない。ないのだが……
「踏ん付けたら危ないし」
昔はよくスワローに見せびらかした。最初の頃は素直に感心してくれたが今じゃ鼻で笑われる。
それだのに。
凄いものや綺麗なものを見たら、アイツと分け合いたいと願ってしまうのはどうしてだ?独り占めに気後れするのは……
雑草に当たったのが恥ずかしくなって、優しい手付きでなでて寝かせる。
その時。
がさりと叢が揺れ、調子っぱずれの大声が響く。
「こんなところでかくれんぼ?」
「アシュトンさん……」
千鳥足で空き地にやってきたのは、母の馴染みの一人でまだ若い男。右手に持ったスキットルを口に運び、しゃっくりをあげる。
ピジョンはこの人が苦手だ。理由は簡単、アル中だからだ。
赤ら顔にアルコールで濁った眼の青年は、尊大な大股で草を踏みしだき、ピジョンに歩み寄る。
「ひとり?弟くんは」
「でかけてます」
「二人で一人の勘定だと思ってたけど、別行動するんだね」
「いい年して兄弟べったりなんて恥ずかしいですよ、アイツがどこで何ししてようが関係ないし興味もありません」
ピジョンは肩を竦めて受け流す。母の馴染みとの関係は微妙だ。思春期に入ってからは特に距離感を掴み損ねる。
「母さんとこ寄った帰りですか?」
「それがさ……ベッドにもぐったまんま調子が悪いから明日出直せって、きて損しちゃった」
「え……」
「彼女病気持ちなの?」
「性病やエイズの心配なら無用です、ちゃんと気を付けてるから。ピルも飲んでるし」
あなたが生でやりたがらない限りは、と心の中で付け加えれば、アシュトンが整った顔を野卑な笑みで崩す。
「わかった、生理だ。あたり?じゃあ仕方ないね、さすがの俺も月経メンス中の女性に発情するほど変態じゃない」
「はは……」
アシュトンは育ちの良さを感じさせる二枚目だが、酔うと言動が下卑てちょっと引く。苦労知らずの坊ぼんにありがちなタイプだ。
「君も大変だね、病弱な母親とわんぱくざかりの弟に挟まれて……プライベートな時間なんて殆ど持てないんじゃない?カノジョの一人二人作って遊びたい年頃だろうに」
「彼女が二人いるのはだめだと思います」
「顔は好みでも体の相性が合うかどうかは別問題じゃない?スペアは囲っといたほうがいいって……あ、ひょっとしてまだ童貞?」
「う゛」
「へえー童貞なんだハハッこりゃ傑作だ、娼婦の息子だからそっちも早熟だと思い込んでたよ!現に弟は遊びまくってるじゃんか」
「アイツと一緒にしないでください、俺は本当に好きになった子としかしたくないんだ」
「純粋だね……だったらなおさら出会いを求めて街へくりだすべきだよ、案内してあげようか。来る日も来る日も家族の世話に追われてちゃ嫌気がさすだろ、息抜きは必要だって。それとも何、ママの経血に汚れたパンティーも洗ってあげるの?」
「苦にしてませんから。母さんは俺達のこと一番に考えてくれてるし、家の中のことやるのは嫌いじゃないんです」
ごしごしと擦り合わせるまねをするアシュトンに、ピジョンの笑みはますます苦くなる。息が酒臭い。だいぶ呑んでる。母さん、仮病使ったのかな……酔っ払いの相手はいやだもんな。本当に体調不良で寝込んでいるなら早く用を済ませて看病したい。
アシュトンがピジョンの正面に立ち、さりげなく通せんぼする。
「ひとりぽっちで草むしり?友達はいないのかい?」
「どうせすぐいなくなるから作らないだけです。それに遊んでるんじゃなくて……」
「空き瓶拾ってリサイクル?へえ、話には聞いてたけどホントにしてる子いたんだ初めて見たよ!いくらにもならないでしょ、こんなの。えらいえらい、けなげだねえ!お掃除もしてくれて一石二鳥、地元民を代表して労働のご褒美あげちゃお」
スキットルをたぷんと持ち上げ、誘う。
「一杯どう?」
「え……」
「ウィスキー。きくよー、これ」
目の前に突き付けられたスキットルから蒸留酒の匂いが漂いだす。戸惑うピジョンに詰め寄り、さらに押す。
「まさかやったことないとか?」
「その、酒は飲んだことなくて……無理矢理飲まされそうになった時は母さんが止めてくれたし」
「君は十代半ば、もう子どもじゃない。新しいことに挑戦したくはない?好奇心は?いちいちママのご機嫌うかがわなきゃ決められないの?」
矢継ぎ早に畳みかけ、なれなれしくピジョンの肩を抱く。
「酒はいいよ、やなこと全部忘れちまえる。酔うと最高に気持ちよくなる、魔法の薬だ。君くらいの年なら一度は手を出してると思ったんだけどなァ、そんなお堅いんじゃ友達の一人もできず浮くわけだ」
「ほっといてください……いいんですよ俺はそれで、今は将来のためにもお金ためたいから他の子と遊んでる時間なんてない」
働き者だと褒められて嬉しいはずなのに、この人だと不愉快だ。きっと下心があるからだ。
俺に取り入って母さんと仲良くなろうと目論んでる?
娼婦としての母さんは誰にでも平等で、特別扱いや贔屓はしない。母さんの特別オンリーワンになりたがる男は引きも切らず、高価なプレゼントや息子を手懐けるなどして、あの手この手で落としにかかる。
アシュトンが臭い息を吐きかけて、思わず顔を背ける。
「将来への投資?叶えたい夢でもあんの?ウサギ小屋とどっこいの貧乏トレーラー暮らしはうんざり?早く家出たいなら応援するよー男の子はそうこなくっちゃ、少年よ大志を抱けだ」
「お金はいくらあっても困らないから貯金してるだけです」
スワローと二人でなると誓った賞金稼ぎの夢を、アシュトンに話す気にはなれず適当にはぐらかす。
この人に教えると夢が汚れる。
自堕落にしなだれかかってくるアシュトンを辛うじて押し返し、ピジョンが苦言を呈す。
「ちょっと、飲みすぎですって」
「えー付き合ってよー寂しいんだ。遊んでくれないなら車に引き返して彼女と飲む」
「母さんは寝させといてあげてください」
「客をとるのが娼婦の仕事だろ?」
「お願いします、疲れてるんです」
「じゃあ弟クン、彼に付き合ってもらお」
「弟はまだ13です」
「でも呑むんだろ?」
「アイツは安売りしてません」
「閃いた」
アシュトンがしゃっくり一回、おもわせぶりに人さし指を立てる。
「賭けをしようか。一口でいい、俺の酒が飲めたらお金をあげる」
「……何ヘル?」
ニヤリとほくそえみ、ピジョンに耳打ち。
提示された額に心が揺れる。
ピジョンの動揺に付け込むように、ここぞと追い討ちをかける。
「断るなら別にいい、車に戻って彼女を叩き起こす。セックスお預けならせめて呑みくらい付き合ってくれなきゃ元がとれない。弟クンをまぜるのもいいね、イケる口なんだろ?」
「弟は留守ですよ」
「帰ってくるまで待とう。あの子の噂は知ってるよ、派手に遊んでるみたいじゃないか。悪い連中とも付き合ってるとか……君たちの母親は世界一イイ女、最高の淫売だ。知り合いみんな言ってるよ、娘なら三人セットで商売できたのに損したなって……それでもかまわない、むしろそのほうがいいって物好きも結構いるけど」
アシュトンの手が細腰を滑って臀部に移動、ピジョンの尻をいやらしく撫で回す。
「母親と息子を繋げてケツに入れてみたいんだとさ。ゲスの極みだよねー」
燃え上がる屈辱と怒りに握り締めた拳がわななく。
続きは言わせない、聞きたくない。大事な母と弟を侮辱されたくない一心で、こんな男を金輪際近寄らせたくない一心で、反抗的なまなざしを上げる。
「本当にくれるんですか」
「もちろん」
「受けて立ちます」
顎を引いて力強く宣言、「そうこなくっちゃ!」と乗り気のアシュトンからスキットルをひったくり顔の上で傾ける。
勢いよく迸ったウィスキーが喉を焼き、身体がカッと熱くなる。一口でいい……一口……

俺だって使えるって、証明してやる。

「がほげほがふがふっ!!」
初めて飲むウィスキーのパンチは強烈だ。
盛大に噎せ返るピジョンの手をすかさず押さえ飲酒を強制、数回の嚥下を重ねたのちスキットルがすりぬけ地面にはね転がる。
苦い唾液が糸引く顎を拭い、どうにか不敵に見えるよう願い、弱々しい笑みを拵える。
「俺の勝ち……だ……やったね」
「いい呑みっぷりだね」
身体に力が入らない。
足が縺れて転びかけ、咄嗟にアシュトンに捕まる。
半ばへたりこみかけながら男の裾を片手で掴み、息も絶え絶えに呟く。
「……約束だ……金ください……」
「顔赤いね。大丈夫?」
全身が火照る。
吐息が上擦る。
世界がきらめいて極彩色の渦を巻く。
アシュトンの手が体を這い、せっかちにシャツをたくしあげる。
抵抗の気力がわかない。指一本動かすのも億劫だ。心地よい酩酊と虚脱感にのみこまれ、抗いきれず翻弄される。
足裏の重力が変化し、三半規管が平衡感覚を喪失する。
「身体、すごく熱い。びっしょり汗かいて……その暑苦しいコート、脱ごうか」
アシュトンが耳元で囁く。ふわふわして気持ちいい。なんだかとてもくすぐったくて、ピジョンは喉を仰け反らせて笑いを零す。
「……アシュトンさ……なんかへん……で、カラダ……くすぐった……」
ピンク色の靄が脳裏にかかって思考を曇らせる。
アルコールが血流に乗じて全身に巡り、心臓が愉快に踊りだす。だれかが生唾を呑む音がやけに大きく聞こえ、くすぐったい手がズボンをずらし、痩せた腹をまさぐりだす。
「あッあ」
気持ちいい。何も考えたくない、考えられない。なんだっけ、大事なこと忘れてるような……どうでもいいか。
「すごい、一口でへなへなだ」
「うァっ、あァ」
「もっと欲しい?」
「欲しい……もっと……」
オウム返しに懇願し、熱っぽく潤んだ目で凝視。
アシュトンに引っ張られたコートが肩から落ちて肘にかかり、ピジョンはわけもわからぬまま、ウィスキーの匂いをたどって男の胸にキスをする。
「ん……」
ちゅ、ちゅぱ、と音がする。ピジョンは夢中でアシュトンの胸を吸い立てる。母さんはたしかこうやっていた、上手くできればいいんだけど……
「……ッ……、」
「ウィスキー美味しかった?」
「苦かった……」
「やなこと忘れちゃった?」
「吹っ飛んだ……かも」
欲しい、もっと欲しい、もっともっともっと……火照りを冷ましたい。冷ましたくない。
アシュトンがピジョンにのしかかり、首筋を貪る。ピジョンはそれに進んで応じる。目の前の男の顔がスワローにすりかわり、混濁し、同化する。
「かわいいね、君。骨まで溶けちゃったみたいに体中ぐにゃぐにゃだよ」
「……体……おかし……さわられたとこむずむずして……あッあァ」
じれったい。切ない。心臓がばくばく言ってる。アルコールで理性が蒸発、アシュトンの性急な愛撫に淫らな反応を返す。
ボンヤリした快楽の渦の中心から本能的な恐怖がこみあげて、ピジョンは甘ったるく啜り泣く。
「母さ……怖い……」
どうしちゃったんだ、俺は。感情の波をコントロールできない、喜怒哀楽の毀誉褒貶が激しすぎる。
嗚咽するピジョンに劣情を催し、アシュトンがさらに行為にのめりこむ。
「やさしくするよ。はじめてだろ」
腕に力が入らない。
「かわいいね……ホント、すごいかわいい。前から目を付けてたんだ……そのおどおどした顔……近寄るとビクッてする。涙目で誘ってたのかい、いけない子だ」
「ちが……」
「男の子とヤるのは初めてだけど大丈夫、痛くしないよ。ウィスキーが麻酔薬になってくれるから」
「うぁ、ぁうくッ、あぁあ」
「君は娼婦の子だろ?お母さんができない時は代わりに客をよろこばせるんだ」
シャツ越しに乳首を吸われてビクンとはねる。濡れたシャツが一際淫靡にピンクの突起を透かす。
アシュトンの唇がへその窪みに移り、ピジョンは男の頭を両手でおさえ、ねだるように腰を揺する。
ピチャピチャ……尖らせた舌で孔をほじられ、むず痒い感覚が沸き起こる。
ピジョンはだらしなく蕩けきった顔で、アシュトンの首ったまに齧り付き、腕の力をギュッと強める。
「……かわいい」
「え?」
「アシュトンさん、夢中でへそほじくって……俺のこと食べたいの?」
見開かれた目に動揺の波紋が広がる。
「俺のへそ、おいしい?」
当惑するアシュトンにふしだらに微笑みかけ、首筋をなめる。
「酒……ちょうだい」
アルコールの成分を含む発汗に酔いしれて、自分からキスを返す。
これがあの、ウブで潔癖なピジョンだろうか。
男の手にまさぐられて小さく笑いをたて、かと思えばくぐもった喘ぎをもらし、快楽に溺れきった恍惚の表情で、男を誘う淫蕩なまなざしで、鳩の血色の瞳をさざなみだてる。
「!!あぅぐッ」
シャツの下にもぐった手が、親指と人指し指に挟んだ乳首をくりかえし搾り立てる。
しどけなく乱れた前髪を額に散りばめ、体に渦巻く厄介な熱に鳩の血色を濁らせる。
「エッチな子だね……もう勃ってるじゃないか」
「はあ……あは……」
「俺の前に、だれかにされたの」
「ぅあぁッ!」
爪の先端でひっかかれ、甘美な痛みに仰け反る。
乳首を責められる気持ちよさに腰が煮え立ち、上擦る吐息にまぎれて口走る。
「そこ……好き……」
「クリ乳首をいじめられるのが好きなんだ」
「うん……」
上気した顔で頷けば、アシュトンがおもむろにピジョンの股間を押す。
「うあッ、あ」
「ズボンの上から押しただけで染みでてくる。具合のいい体だね、だれに調教されたの?」
誰に?……誰だっけ。
「毛、ちゃんと生えてるんだね。薄いけど……髪とおそろいの綺麗なピンクゴールドだ」
アシュトンの手が下着をずらし股間に伸び、透明な雫が膨らむ鈴口をかわいがりだす「ぅあッ、や、あぁあ」気持ちいい、好きだこれ、勝手に腰が踊りだす。アシュトンは意地悪く幼いペニスをもてあそぶ。
先走りを絡めて塗り広げ、わざと音をたて捏ね回し、じらしにじらして寸止めて、半開きの口から涎たらしっぱなしで、すっかりおかしくなったピジョンを追い上げる。
「続けて、やめない、で」
「おねだり?」
アシュトンにしがみ付いたまま、こくんと頷く。
男が勝ち誇って含み笑い、地面からスキットルを拾い上げる。
「?何す」
ピジョンの下着の中へ、スキットルを突っ込む。傾いた口から一気に迸ったウィスキーが、ペニスをびしょびしょに濡れそぼらす。
「――――――――――――――――ッああああああああ!」
「ほら、たんと呑みなよ。下の口にも注ごうか」
ぬるくなったウィスキーをぶっかけられ、濡れ光るペニスがひく付く。
「ぅあッ、やぁ、ああ、やめ、ふあ」
アシュトンはご満悦の表情で舌なめずりし、亀頭から根元まで、飴色の雫が伝うペニスをさも美味そうに咥える。
ピジョンはアシュトンに縋り付き、両手でその頭を抱え込んで抜き差しに堪える。
ペニスの体皮から酒を吸収したせいか、体温が急上昇して頭が沸騰する。
「あはっ、すご……腹、ジンジンする」
ピジョンは泣き笑いに似て溶け崩れた顔で、嫌な男のフェラチオを心底悦ぶ。
背徳感に嫌悪感に罪悪感、彼の人格を形作る要素が一切合切剥げ落ちて、快楽を追い求める動物的本能だけが限りなく増幅される。
少年の喉から出るにはあまりに艶っぽく濡れた声で、喘ぐ。
「そこ……あぁ、ッは、いい……」
頭は甘く痺れて奇妙に現実感がない。
思考が正常に働かず空回り、絶頂の予感に萎えた足が小刻みに震え、フェラチオを行っているのが誰かも曖昧な状態で放埓に笑ってみせる。
「口ん中熱い……ぐちゃぐちゃされるの好き……も、イきそ……」
ピジョンに堕ちていく自覚はない。自分がどれほど淫らなことをしてどれほど浅ましく媚びているか、それすらわからない状態だ。

酒が入ると、ピジョンはものすごく淫らになる。

「ッーーーーーーーー!!」
射精の瞬間、瞼の裏で光が爆ぜる。
アシュトンを掴んだ手が強張り、ぐったりと力が抜ける。
「たくさんでたね……もう少し、あと少しだよ」
ピジョンはすっかりできあがってる。これなら大丈夫だ。痩せた身体を裏返し、会陰に滴る精液を肛門に塗し、一気に……
「!?あがッ、」
後頭部に凄まじい衝撃が炸裂。何者かに固い物で殴打された。
「ご機嫌だなアシュトン」
聞き覚えある声……地面に倒れて振り返れば、鉄パイプを構えた少年がにっこり笑ってる。
「人の兄貴のケツ剥いて、これからナニしようっての?」
「す、スワロー君……これは違、合意で……俺たちはそう、賭けをして。この子が酒を飲めるかどうか……誤解しないで、ただの遊びさ」
「へえ。で、どっちが勝ったの?」
「お、俺の勝ち……」
「兄貴、酔ってるみてえだけど」
「むせた時にほとんど吐き出したから俺の勝ちだよ」
鉄パイプの先端は赤く塗られている。
反射的に頭をさわり、初めて出血に気付く。殴打された際に頭皮が切れたのだ。額を伝ってながれこんだ血が視界を真っ赤に染めるのを瞬きで追い出し、尻で這いずってあとじされば、鉄パイプをひっさげて無造作に間合いを詰めたスワローが、おもむろにアシュトンの上に屈みこむ。
「ひいっ!?」
無言で手を伸ばし、アシュトンの財布を没収。抜き取った紙幣を己の懐にねじこんでから、からっぽになった財布を捨てる。
「毎度ありっと」
「か、返せ!」
「兄貴にやる金だろ?」
「証拠を持ってこい、さもないと訴えるぞうぐぼっ!?」
鉄パイプが顔のすぐ横の地面を穿ち土くれが飛散、耳たぶが切れて出血。
顔面蒼白で怯えきったアシュトンが、負け惜しみを吠える。
「お、親父に言い付けてやる……この街にいられなくさせてやるぞうげばっ!?」
鉄パイプが鳩尾を突き、胃袋を圧迫された男が白目を剥く。
「どーぞ?こんなシケた街どーせ追ん出っから、前倒しになったって気にしねえさ」
激痛に泣き喚くアシュトンの股間をスニーカーの靴裏で踏み付け、じわりと体重をのっけていく。
「二度と女を抱けねー身体になるか、とっとと失せるか、選べよ」
「い゛ッ……」
「今ひらめいたぜ、第三の選択肢。鉄パイプでケツ掘ってから、目ん玉とびでるほど度数のたけえウィスキーを直腸にぶっこんでやる。急性アルコール中毒でお陀仏だ、酒呑みにゃ理想の死に方だろ」
「や、やめ……」
鉄パイプを下へずらし、アシュトンの尻を突付く。
固く冷たい先端をズボンの上からめりこませれば、まんざら脅しとは言い切れない肛門への圧に、発狂寸前の男が跳ね起きてちんたら逃げていく。
「次きたら殺す」
死んでもいいと思ってぶん殴ったが死ななかった。激烈な殺意をこめた一撃が未遂に終わり、腹立ちがおさまらない。
ちょっとでかけて帰ってみればコレだ、ピジョンは酔い潰れて草っぱらに倒れてる。スワローは兄の頬を叩いて起こす。
「下半身まるだしで寝てんじゃねーよ、バカ兄貴」
「スワロー……免許皆伝したの?」
「はあ?」
「二人、四人……分身の術?エエニンジャナンデニンジャ……俺の弟増えた……」
「お約束だなオイ、飛んでるんじゃねーよ」
「どこ行ってたんだ」
「いちいちテメエに断る義理はねェ」
「アシュトンさんは……」
「もういねえよ」
「そっか……」
ピジョンの様子がおかしい。顔は真っ赤で全身が熱い。
しけった前髪をかきあげて額に手をあてれば、アルコールへの拒絶反応で発熱している。
「どんだけ飲まされたんだ」
「一口……より多いかも」
「無茶すんなよ、飲んだことねェくせに」
「ちょっとなら大丈夫だとおもって……そうだ、金……勝ったらくれるって言った……」
「口約束鵜呑みにすんじゃねー」
「ごめん」
「かわりにかっぱいどいた」
苦しげに息をしていたピジョンの顔が安堵に緩み、「よかった」とひとりごちる。いいわけあるか畜生。
ピジョンが辛そうに顔を歪め、震える手でスワローに縋り付く。
「喉かわいた……酒ほしい」
「もうねえよ」
地面に視線を落とす。
アシュトンが忘れてったスキットルはからっぽだ。
諦めきれないピジョンはスキットルを両手で持ち、顔の上で何度も振る。
物欲しげに口を開けて乞うも一滴たりとも落ちてこず、遂にはスキットルの口から舌を入れ、犬みたいになめまわす。
そんな兄を見るに堪えかね頬を張る。弾かれたスキットルを四つん這って追う兄に先んじて、さらに蹴飛ばす。
スタジャンのポケットに一本、呑みかけのペットボトルが入ってる。中身はぬるくなったただの水。飲用水としても使えるが、返り血を洗い流すのに便利なので携帯してる。
「頼むよスワロー……かわいてたまらないんだ……」
ピジョンがスワローの腰を掴んでせがみ、スワローは鉄パイプを捨て、代わりに兄をひきずりスキットルを拾いに行く。
草むらに横たわるスキットルを発見。
軽く泥汚れを払ってから真っ直ぐ立て、ペットボトルの中身を注ぐ。
「9対1の水割りで我慢しな」
「それ殆ど水……」
「つべこべゆうな」
蓋を締めシェイク後ふたたび開栓、ウィスキーがかすかに香る水を含む。
「!んぅッ、んく」
くいと顎を摘まんで固定、アルコールの残滓を含んだ水を直に口移す。
喉が不規則に起伏し、嚥下。
スワローは兄の顎先を掴み、嫌というまで、否、満足するまでスキットルの中身を呷っては飲ましをくりかえす。
「んっ、うぅ、うぅーっ」
口の端を伝って零れた水がシャツにしみ、スワローの胸板を拳で叩いてもういいと訴える。
次の瞬間、兄を邪険に突き飛ばしたスワローが地面に唾を吐く。
「こんなのキスの勘定にも入らねえ、ただの酔っ払いの介抱だ」
本気で腹を立てながら矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「いいか、たらふく水飲んで全部外に出しちまえ。吐きたくなったら我慢すんな、小便したくなったらそこでやれ。アルコールが出てけばちったァらくになる」
「……世話かけてごめん……」
水を飲まされて漸く火照りがおさまったのか、しおらしく詫びる兄へまた苛立ち、剥き出しの太腿を蹴る。
「他の男に色目使ってんじゃねえよ」
「金くれるっていうから」
「一発ヤらせる見返りに?」
「一杯付き合う見返りに。ホントは母さんを訪ねてきたんだけど寝てるから代わりに俺が……一口でも飲めたら勝ちだって、賭けをしたんだ」
「挙句このザマかよ、笑える。なあ知ってたかピジョン、アル中アシュトンの噂。何年か前もガキを酔わせてイタズラしたとかで勘当されかかってんだ、親が地元の有力者だから揉み消したけどな」
「知らなかった」
「知ってたら母さんが門前払いしてるさ、俺も今日聞いたんだ。てめえは狙われたんだよピジョン、よそもんは訴えでれねえもんな」
ピジョンが恥じ入って俯き、急いでズボンを引き上げる。隙あり。
「あっ!」
ピジョンの身体を蹴飛ばしてあっさり裏返し、両手を縫いとめて覆い被さる。
「さっきはノリノリだったじゃん、欲しい、もっとちょうだいっておねだりしてさ……アイツのフェラ、そんなよかった?俺のは泣いて嫌がんのに」
「離せよスワロー」
「めっちゃ気分出してたじゃん、ベッドの上の母さんそっくりのエロい顔でさ。自分から欲しがってねだって、手の付けられねー淫乱だ。なあ吐けよ、ぶっちゃけちまえ。俺にされるよかよかった?他の男にいじくられてコーフンした?乳首抓られてよがってた、股ぐらにウィスキー注がれて笑ってた、クソアル中野郎に好き勝手されてんのにサービス精神旺盛だなえェ?ホントはケツも疼いてしょうがなかったんじゃねえの、空気を読まずに邪魔に入って最後までイケずに残念だな」
「馬鹿言うな、嬉しいはずないだろ!あの人にいじくられてる時のことなんか殆ど覚えてない、頭ボンヤリでへんなこと口走ったかもしれないけどそんなの本気じゃない、全部酒のせいだって!」
「どうだかな」
「信じろよ……」
「気持ちよくなれんならだれでもいいんじゃねーの?」
セックスでも酒でも、気持ちよくしてくれんならなんでも。
「ちが……」
違うと伝えたい、わかってほしい、アレは浮気じゃない俺は淫乱じゃない、あの人がお前と母さんに手を出すのを防ぎたくてそれで……
抗議の声を押しのけて喉元で膨れ上がる嘔吐感。
「すわ、ろ、おりて」
「逃げんのかよ」
「吐きそうなんだ……」
「先に言えよ!」
慌ててとびのくスワローをよそに、地面に手足を付いて激しくえずく。
胃袋がでんぐり返るような猛烈な吐き気が食道をせりあがり、酸っぱい唾液と胃液が分泌されるが、いざ吐こうとすると上手くいかず苦しみが長引く。
「……ったく手がかかる」
スワローがピジョンの肩を支えて抱き起こし、人さし指と中指をそろえ喉奥に突っ込む。
「!?んぐっ、ぅー!」
「一人じゃ吐けねーだろ」
妙に優しい声が怖い。スワローの指が奥へと進み、口の中いっぱいに詰め物された感覚に涙ぐむ。ピジョンは必死の形相で弟に縋り付き、口の中を掻きまわす指の不快さに耐え抜く。
苦しいのに、いやなのに、口の粘膜を蹂躙する指遣いにほんの少しの優しさを感じてしまうのは何故なのか。アシュトンはピジョンのペニスを弄んだが、口には挿入しなかった。
無意識に舌が起き、スワローの指に絡み付く。
「吐く手伝いしてんのに指フェラでご機嫌とり?やっぱ淫乱じゃん」
そうじゃない。
お前が来て、嬉しいんだ。
口の中の指遣いが激しさを増し、喉奥に出し入れされる。
「んあっ、んぐゥ、う゛う゛ーーッ」
「よく聞けピジョン、一回目は特別に許してやる。お前は馬鹿で間抜けでお人好しだから、アイツの言う賭けとやらを真に受けちまったんだろ?で、初めてウィスキーかっくらってぐでんぐでんになった。そこまではいい、でもアレはナシだ、他の男に媚びんのはナシだろ常套?あんなエロいカオしてさ……誘ってんの?俺じゃ不満なの?喉マンコじゅぽじゅぽのお仕置きじゃまだ足りねー?」
口の中を犯される。喉奥まで犯される。粘着の唾液の糸引く指がひきぬかれ、特大の吐き気がせりあがる。
ピジョンは盛大に吐く。吐瀉物がはね、キツいアルコール臭が鼻を刺す。スワローが一旦離れ、スキットルをピジョンの口にあてがって濯がせる。
「目鼻口から汁たらして、きったねェカオ」
「る、さい……」
「今日のことは飲んで吐いて忘れちまえ、俺も浴びるほど酒かっくらって忘れる、口移しはノーカンだ。でも一個だけ忘れんな、お前は俺のもんだ。次に他のヤツに媚び売ったら……」
「俺のことめちゃくちゃにしていいよ」
スワローが口を閉ざす。
苦しげに薄目を開けたピジョンが、顎を伝う唾液を拭い、苦痛と快楽がごた混ぜになった末に快楽が押し勝った官能的な表情で、さっきまで自分の口に入ってた人さし指の第一関節を甘噛み。
「お前にめちゃくちゃされるのが、いちばん気持ちいい」
「……まだ酒残ってんの?」
「かもね」
今ならヤれると悪魔の誘惑が掠めるが、酔い潰れたピジョンを犯しても何の意味もないと達観に至る程度にはスワローも賢明だ。それでピジョンの身体は手に入るかもしれないが、スワローが本当に欲しいものは永遠に失われる。
調子が狂ったスワローはがりがりと頭を掻き、ピジョンに肩を貸して立ち上がらせる。
「もーお前飲むな、あとがめんどくせェ」
「スワロー」
「何」
「あげる」
ポケットをあさって掴んだガラスの欠片を、得意げに空に翳すピジョン。赤茶に澄んだ影が、似てない兄弟の上で揺れる。
「……ゴミ?」
「さっき拾った瓶のかけら、きらきらしてきれいだろ。俺達の瞳とおそろい」
「わかったわかった、あぶねーからしまえ。それか捨てろ」
既に呂律が回らないピジョンの戯言を雑にあしらえば、まじまじと至近距離の弟の横顔を見詰め、あどけなく笑み崩れる。
「お前の目、きれいだね」
「てめえの目もな」
節穴だけど。
「きれいだから……一緒に見たくて……」
コイツの純粋さは毒だ。
「俺……役立たずじゃないだろ……賭け、勝った……」
スワローに夕焼けのかけらを握らせてから、それだけ呟いて舟をこぎ始めるピジョン。
長々とため息を吐いて寂れた空き地を見渡す。瓶を詰めた袋はあとで回収にくればいい、今はピジョンを運ぶのが先決だ。
贈られたかけらを捨てようとして、思い直してポケットに突っ込んだのはただの気まぐれだ。
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