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九話
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小走りに街路を渡ってくるショートヘアの少女、年の頃は13・4だろうか。子鹿のようにスレンダーな肢体にビタミンカラーのキャミソール。やたらと瞬きの回数が多いのは己の可愛さを自覚してアピールしているのか相手へ関心を持っている表れか、美人といえないまでも子どもっぽいそばかすが愛嬌を足す風貌は好ましい。
踵を返して去ろうとしたスワローがおぼろな記憶を辿って胡乱に見つめる中、痩身の少女は自分の顔を指さし饒舌にまくしたてる。
「覚えてない?あたしよあたし、角の雑貨屋で店番してた……こないだお店に来たでしょ。キャンディおまけしてあげたの忘れちゃった?」
「あー……」
いたっけこんなの。
言われてみればいたかもしれない。
スワローは他人の顔と名前を覚えるのが不得意だ、関心がない事に対してはとことん淡白で薄情にできている。2・3日前、ピジョンと雑貨屋に仕入れに行った時レジ打ちをしていた赤毛の娘は妙になれなれしく親しげな口調で続ける。
「こんなとこで会うなんてすごい偶然!何か用事?」
「べっつに」
ポケットに手を突っ込んだままぶっきらぼうに言う。弟を背に庇った男の子がいつのまにか階段をおりてきて、少女の服の裾を遠慮がちに引っ張る。
「姉ちゃんコイツと知り合い?」
「お店のお客さんよ。……弟たちが何かした?」
心配そうにやや声をひそめる。
会話から察するに、この赤毛の少女が先程兄弟が言っていた「姉ちゃん」なのだろう。スワローは「あー」と曖昧に言葉を濁す。どうでもよさそうにすっとぼけるスワローをよそに、姉という心強い味方を得た男の子たちは少女にまとわりつき必死に訴える。
「コイツひどいんだ、ジミーの靴を屋根の上にほっぽったんだ!ボクにとってこいって!」
「えっ?」
スワローを指さして糾弾する男の子、その背に隠れて盗み見する弟。
スワローは軽薄に肩を竦める。
「悪かったな坊主、投げ返そうとしたら手元が狂っちまった。こっちのちびが癇癪おこして靴をほっぽったんだ」
弟に顎をしゃくる。際どいところで嘘は言ってない、このチビが癇癪を起こし靴を放り捨てたのは事実だ。何か言いたそうに口をぱくつかせる兄弟に無言の圧をかける。
ぐ、と引き下がる小さな兄弟を勝ち誇った目で見下すピジョンと、双方の様子を見比べ得心する少女。
「なんだ、そうだったの。嘘はだめよジニー」
「う、うそじゃない!コイツ悪い奴だ、姉ちゃんだまされてる!」
「傷付くな。この目を見ろよ、嘘言ってるように見えるか」
「赤錆びて濁ってる!まるでドブだ!」
「こら!ごめんね、口が悪くて」
「いいさ、ガキ受けはいまいちなんだ」
自分も立派にガキである年齢なのは棚に上げて、寛容な演技の微笑を形作る。
初対面の人間に失礼を働く弟を叱り、はにかむような笑みを浮かべる少女。
「この子たちは弟。こっちの小さいのがジニー、もっと小さいのがジミー。ちなみにあたしはジェニー」
「まぎらわしいな。親はなに考えてつけたんだ」
「あはは、よく言われる。あなたの名前は?」
「スワロー」
「燕?面白い名前ね。一緒にいたのはお兄さん?」
「アレは鳩。うじゃうじゃ群れなきゃ生きられねー上に豆鉄砲で心臓発作をおこすビビりの小鳩だ」
「スワローとピジョン……ユニークなネーミング」
一瞬微妙な表情で反芻するもすぐに愛想よく上っ面を取り繕い、積極的に距離を詰める。
「靴のことなら気にしないで、ジニーのおさがりがあるから」
「兄ちゃんのおさがりなんてやだ!」
「わがままいわないの」
露骨すぎるほどに露骨な態度、スワローに一目惚れに近い好意を抱いているのは明らかだ。
別に珍しい事じゃない、スワローにとっては日常茶飯事だ。
姉弟はそろいの赤毛で顔の造りがよく似ている。
弟たちの紹介はあくまでもののついで、本題に入る前置き。自分の名前こそ本当に伝えたかったらしいジェニーは、肩から滑り落ちかけたキャミソールの紐を直しつつ窓際に植木鉢を並べた上階を仰ぐ。
「お世話をかけたお礼をしたいんだけど、うちに寄ってお茶飲んでかない?」
「コイツをうちに上げるの姉ちゃん!?」
「断固反対!ゴーホーム!」
「うっさい、用がないならよそで遊んで!」
最前までの不仲はどこへやら、一時停戦を結んでがなりたてる弟たちに怒鳴って、指先で肩紐をいじくりまわす。
「アタシね、あのお店で週三バイトしてるの。母子家庭でうるさいのが二匹もいるから、ちょっとでも家計の足しにしたくて。部屋は狭くて汚いけど、簡単なお菓子位は出せるから。あなたよその人でしょ?外の話聞かせてほしいな、アタシこの街からでたことなくて……興味あるんだ、いろいろ」
無関心な素振りで受け流すスワローが、ろくに聞いてもないのに一方的に囀る。語尾に付け足された「いろいろ」が思わせぶりだ。
男を手玉にとるロリータ気取りか、未熟な媚態をほのめかすジェニーにジニーはわかりやすくむくれ顔をしていたが、不安げなジミーの手を引っ張っておもむろに走り去る。
当然アーチの上のスニーカーは放置プレイだ。
「兄ちゃん、ボクの靴……」
「あとでとってやるからガマンしろ!」
「姉ちゃんのばか!」と大声で捨て台詞を叫び、片足びっこべそっかきで振り返る弟を引っ張って退散していく。
薄汚れたスニーカーを片足にだけ突っかけて、兄と手を繋いでアパートの中へ消えていく弟を何の気なく見送って、ポケットの中をまさぐる。
「ねえ……話聞いてる?」
スワローの態度に疑念を示したジェニーが不満げに頬をふくらます。
スワローはそれを無視しポケットから出した飴玉の包装を解く。ポップな水玉模様が印刷された包みを開き、丸い飴玉をつまんで口に放りこむ。
「ひょっとして迷惑……?用事の途中で引き止めちゃったかな」
甘酸っぱい。レモンか。
口の中で舌を使いあっちこっちへ飴玉を転がす。子供舌の兄と違ってスワローは甘いモノがあんまり好きじゃない、嗜好品なら酒や煙草の方が好きだ。ベッドや枕の下にこっそり隠してるが兄にバレるたび喧嘩になる。
しょげて目を伏せるジェニーと向き合い、おもむろにその細い肩を掴んで壁に押し付ける。
「えっ?」
うろたえて目を見開くジェニーの顎をもう片方の手で掴んで、唇を奪う。
「!んぅっ……」
おしゃべりな女はめんどくさい。
だったら黙らせればいい。
吐息を逃がさないよう唇で唇を塞ぎ、しっかり蓋をする。
無理矢理にこじ開けて、上下の歯の隙に乗じて舌を突っ込む。
舌で飴玉を押し出し相手の口内へ転がす、手垢のついたラブソングでさんざん初恋の味と唄われてきた甘酸っぱいレモンの飴を口移しで与える。
ぎゅっと目を瞑りされるがまま、壁際に追い詰められ無抵抗のジェニーの手首を掴んで縫いとめ、押し被さって口腔を貪るあいだ、ラジオで聞きかじった歌が脳内で自動再生される。
お前は檻に閉じ込められたままこの世界を生きていくのか?
どうして手に入らないものばかり欲しがるんだ?
うるせえよ、知ったことか。
しみったれた歌に混ざるノイズのごとき兄の面影に唾液で溶かされた飴の酸味が増す。キスの激しさに反比例して心は冷めきって、小器用な舌遣いに翻弄される相手を優位に立って観察する余裕さえ生じる。
完全に主導権を握った。窄めた舌先で器用に飴玉を弄び、歯列の裏をなぜて柔く潤んだ粘膜をさんざんまぜっかえしてから、透明な唾液の糸引き唇を離す。
肩と呼吸を浅く荒げ、陶酔しきって涙の薄膜を張らせたジェニーを至近距離でのぞきこむ。
「お返し」
ごちそうさん、とふざけて付け加える。
こんな行為には何の意味もない、そう、ピジョンが毛嫌いする悪ふざけの一環でしかない。ビンタの一発もくらうかと様子を見る。ジェニーは熱っぽく潤んだ目で、唾液にまみれた顎を手の甲でくりかえし拭っている。怯えと警戒、それを上回る性的興奮が入り交ざった期待の気配がしめやかな衣擦れから立ち昇る。
「……なんでキスしたの?」
「かわいいから」
「…………」
「やだった?」
「……別に。びっくりしただけ」
いやじゃない。
スワローは知っている、この世界は理不尽も押せば通るようにできている。
子供の頃からそうだった、癇癪起こして暴れれば大抵のわがままは罷り通った。
優しく気弱な兄は愚痴をこぼしながらも甲斐甲斐しくスワローの世話を焼いて、スワローはそんな兄の優しさにつけこんで狡猾に利用してきた。
いつしか自分に好意を持っている人間を見分ける知恵を身につけた。求められる行為について直感が働くようになった。
町ですれ違う女や男、あるいは母を抱きにきた客たちが、自分の一挙手一投足を無意識に追う視線の中にひりつく欲情の芽生えや浅ましい下心を見るにつけ、快楽主義かつ刹那主義のスワローはそれを逆手にとって物事を運んできた。
青空に残像を曳く燕の軌跡をつい目で追ってしまうように、彼が生まれ持つワイルドな美貌としなやかな身ごなしは類まれなる魅力を放って人々を惹きつける。
キスひとつで蕩けきって今にもへたりこみそうなジェニーに顔の横に手をつき、とびきり優しく性悪に囁く。
「場所変えようぜ?」
恥じらい頷くジェニーのおくれ毛を梳けば、物好きな娘を手懐ける残酷な喜びが胸に沸く。
ねんねじゃなくて残念だったなピジョン。
踵を返して去ろうとしたスワローがおぼろな記憶を辿って胡乱に見つめる中、痩身の少女は自分の顔を指さし饒舌にまくしたてる。
「覚えてない?あたしよあたし、角の雑貨屋で店番してた……こないだお店に来たでしょ。キャンディおまけしてあげたの忘れちゃった?」
「あー……」
いたっけこんなの。
言われてみればいたかもしれない。
スワローは他人の顔と名前を覚えるのが不得意だ、関心がない事に対してはとことん淡白で薄情にできている。2・3日前、ピジョンと雑貨屋に仕入れに行った時レジ打ちをしていた赤毛の娘は妙になれなれしく親しげな口調で続ける。
「こんなとこで会うなんてすごい偶然!何か用事?」
「べっつに」
ポケットに手を突っ込んだままぶっきらぼうに言う。弟を背に庇った男の子がいつのまにか階段をおりてきて、少女の服の裾を遠慮がちに引っ張る。
「姉ちゃんコイツと知り合い?」
「お店のお客さんよ。……弟たちが何かした?」
心配そうにやや声をひそめる。
会話から察するに、この赤毛の少女が先程兄弟が言っていた「姉ちゃん」なのだろう。スワローは「あー」と曖昧に言葉を濁す。どうでもよさそうにすっとぼけるスワローをよそに、姉という心強い味方を得た男の子たちは少女にまとわりつき必死に訴える。
「コイツひどいんだ、ジミーの靴を屋根の上にほっぽったんだ!ボクにとってこいって!」
「えっ?」
スワローを指さして糾弾する男の子、その背に隠れて盗み見する弟。
スワローは軽薄に肩を竦める。
「悪かったな坊主、投げ返そうとしたら手元が狂っちまった。こっちのちびが癇癪おこして靴をほっぽったんだ」
弟に顎をしゃくる。際どいところで嘘は言ってない、このチビが癇癪を起こし靴を放り捨てたのは事実だ。何か言いたそうに口をぱくつかせる兄弟に無言の圧をかける。
ぐ、と引き下がる小さな兄弟を勝ち誇った目で見下すピジョンと、双方の様子を見比べ得心する少女。
「なんだ、そうだったの。嘘はだめよジニー」
「う、うそじゃない!コイツ悪い奴だ、姉ちゃんだまされてる!」
「傷付くな。この目を見ろよ、嘘言ってるように見えるか」
「赤錆びて濁ってる!まるでドブだ!」
「こら!ごめんね、口が悪くて」
「いいさ、ガキ受けはいまいちなんだ」
自分も立派にガキである年齢なのは棚に上げて、寛容な演技の微笑を形作る。
初対面の人間に失礼を働く弟を叱り、はにかむような笑みを浮かべる少女。
「この子たちは弟。こっちの小さいのがジニー、もっと小さいのがジミー。ちなみにあたしはジェニー」
「まぎらわしいな。親はなに考えてつけたんだ」
「あはは、よく言われる。あなたの名前は?」
「スワロー」
「燕?面白い名前ね。一緒にいたのはお兄さん?」
「アレは鳩。うじゃうじゃ群れなきゃ生きられねー上に豆鉄砲で心臓発作をおこすビビりの小鳩だ」
「スワローとピジョン……ユニークなネーミング」
一瞬微妙な表情で反芻するもすぐに愛想よく上っ面を取り繕い、積極的に距離を詰める。
「靴のことなら気にしないで、ジニーのおさがりがあるから」
「兄ちゃんのおさがりなんてやだ!」
「わがままいわないの」
露骨すぎるほどに露骨な態度、スワローに一目惚れに近い好意を抱いているのは明らかだ。
別に珍しい事じゃない、スワローにとっては日常茶飯事だ。
姉弟はそろいの赤毛で顔の造りがよく似ている。
弟たちの紹介はあくまでもののついで、本題に入る前置き。自分の名前こそ本当に伝えたかったらしいジェニーは、肩から滑り落ちかけたキャミソールの紐を直しつつ窓際に植木鉢を並べた上階を仰ぐ。
「お世話をかけたお礼をしたいんだけど、うちに寄ってお茶飲んでかない?」
「コイツをうちに上げるの姉ちゃん!?」
「断固反対!ゴーホーム!」
「うっさい、用がないならよそで遊んで!」
最前までの不仲はどこへやら、一時停戦を結んでがなりたてる弟たちに怒鳴って、指先で肩紐をいじくりまわす。
「アタシね、あのお店で週三バイトしてるの。母子家庭でうるさいのが二匹もいるから、ちょっとでも家計の足しにしたくて。部屋は狭くて汚いけど、簡単なお菓子位は出せるから。あなたよその人でしょ?外の話聞かせてほしいな、アタシこの街からでたことなくて……興味あるんだ、いろいろ」
無関心な素振りで受け流すスワローが、ろくに聞いてもないのに一方的に囀る。語尾に付け足された「いろいろ」が思わせぶりだ。
男を手玉にとるロリータ気取りか、未熟な媚態をほのめかすジェニーにジニーはわかりやすくむくれ顔をしていたが、不安げなジミーの手を引っ張っておもむろに走り去る。
当然アーチの上のスニーカーは放置プレイだ。
「兄ちゃん、ボクの靴……」
「あとでとってやるからガマンしろ!」
「姉ちゃんのばか!」と大声で捨て台詞を叫び、片足びっこべそっかきで振り返る弟を引っ張って退散していく。
薄汚れたスニーカーを片足にだけ突っかけて、兄と手を繋いでアパートの中へ消えていく弟を何の気なく見送って、ポケットの中をまさぐる。
「ねえ……話聞いてる?」
スワローの態度に疑念を示したジェニーが不満げに頬をふくらます。
スワローはそれを無視しポケットから出した飴玉の包装を解く。ポップな水玉模様が印刷された包みを開き、丸い飴玉をつまんで口に放りこむ。
「ひょっとして迷惑……?用事の途中で引き止めちゃったかな」
甘酸っぱい。レモンか。
口の中で舌を使いあっちこっちへ飴玉を転がす。子供舌の兄と違ってスワローは甘いモノがあんまり好きじゃない、嗜好品なら酒や煙草の方が好きだ。ベッドや枕の下にこっそり隠してるが兄にバレるたび喧嘩になる。
しょげて目を伏せるジェニーと向き合い、おもむろにその細い肩を掴んで壁に押し付ける。
「えっ?」
うろたえて目を見開くジェニーの顎をもう片方の手で掴んで、唇を奪う。
「!んぅっ……」
おしゃべりな女はめんどくさい。
だったら黙らせればいい。
吐息を逃がさないよう唇で唇を塞ぎ、しっかり蓋をする。
無理矢理にこじ開けて、上下の歯の隙に乗じて舌を突っ込む。
舌で飴玉を押し出し相手の口内へ転がす、手垢のついたラブソングでさんざん初恋の味と唄われてきた甘酸っぱいレモンの飴を口移しで与える。
ぎゅっと目を瞑りされるがまま、壁際に追い詰められ無抵抗のジェニーの手首を掴んで縫いとめ、押し被さって口腔を貪るあいだ、ラジオで聞きかじった歌が脳内で自動再生される。
お前は檻に閉じ込められたままこの世界を生きていくのか?
どうして手に入らないものばかり欲しがるんだ?
うるせえよ、知ったことか。
しみったれた歌に混ざるノイズのごとき兄の面影に唾液で溶かされた飴の酸味が増す。キスの激しさに反比例して心は冷めきって、小器用な舌遣いに翻弄される相手を優位に立って観察する余裕さえ生じる。
完全に主導権を握った。窄めた舌先で器用に飴玉を弄び、歯列の裏をなぜて柔く潤んだ粘膜をさんざんまぜっかえしてから、透明な唾液の糸引き唇を離す。
肩と呼吸を浅く荒げ、陶酔しきって涙の薄膜を張らせたジェニーを至近距離でのぞきこむ。
「お返し」
ごちそうさん、とふざけて付け加える。
こんな行為には何の意味もない、そう、ピジョンが毛嫌いする悪ふざけの一環でしかない。ビンタの一発もくらうかと様子を見る。ジェニーは熱っぽく潤んだ目で、唾液にまみれた顎を手の甲でくりかえし拭っている。怯えと警戒、それを上回る性的興奮が入り交ざった期待の気配がしめやかな衣擦れから立ち昇る。
「……なんでキスしたの?」
「かわいいから」
「…………」
「やだった?」
「……別に。びっくりしただけ」
いやじゃない。
スワローは知っている、この世界は理不尽も押せば通るようにできている。
子供の頃からそうだった、癇癪起こして暴れれば大抵のわがままは罷り通った。
優しく気弱な兄は愚痴をこぼしながらも甲斐甲斐しくスワローの世話を焼いて、スワローはそんな兄の優しさにつけこんで狡猾に利用してきた。
いつしか自分に好意を持っている人間を見分ける知恵を身につけた。求められる行為について直感が働くようになった。
町ですれ違う女や男、あるいは母を抱きにきた客たちが、自分の一挙手一投足を無意識に追う視線の中にひりつく欲情の芽生えや浅ましい下心を見るにつけ、快楽主義かつ刹那主義のスワローはそれを逆手にとって物事を運んできた。
青空に残像を曳く燕の軌跡をつい目で追ってしまうように、彼が生まれ持つワイルドな美貌としなやかな身ごなしは類まれなる魅力を放って人々を惹きつける。
キスひとつで蕩けきって今にもへたりこみそうなジェニーに顔の横に手をつき、とびきり優しく性悪に囁く。
「場所変えようぜ?」
恥じらい頷くジェニーのおくれ毛を梳けば、物好きな娘を手懐ける残酷な喜びが胸に沸く。
ねんねじゃなくて残念だったなピジョン。
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