ダイヤと遊園地

まさみ

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ダイヤと遊園地 2

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大学生に遊園地は場違いって意識が頭の片隅に居座ってるせいか、列に並んでると若干の気恥ずかしさは否めない。それでもフジマとじゃれてると思い出話に花が咲いて時間を忘れる。
俺達は過去の記憶を追体験するようにアトラクションを巡り、とうとうおどろおどろしいディスプレイのお化け屋敷の前にきた。
「マジで入んの?」
生唾を呑んで尋ねる。
「某Jホラー映画とコラボしてて怖いって評判だろここ、実際中で消えたヤツもいるとか」
「それが事実なら大騒ぎになってると思うけど」
廃病院がモチーフのお化け屋敷の前には、片目が視神経ごと飛び出した看護婦のリアルな蝋人形が飾られている。
俺は冷や汗がバレないように引き攣り笑いし、不自然な早口で言い募る。
「野郎2人でお化け屋敷ってのもちょっとな~こーゆーの男と女がいちゃ付く口実に使うもんじゃん、きゃー出たー何々くんこわーいよーしよしよし大丈夫だよーって。男が入ってもツマンねーよ、幽霊なんか怖かねーもん」
「怖いならよすか」
「俺の話聞いてた?」
「挙動不審が過ぎて説得力がない」
今しも女子中学生のグループが楽しげに笑いながら入口へ吸い込まれていく。反対側の出口からは仲良く腕を組んだカップルが出てきて、全然そうは思えないあっけらかんとした口調で「怖かったねー」「超びびった」と言い合ってる。
お化け屋敷を満喫して帰ってくカップルを見送り、なんでもないようにフジマが呟く。
「こーゆー遊園地のお化け屋敷って本物が集まりやすいんだよな」
「……そうなのか」
「作り物に紛れて気付きにくいだろ。人の『怖い』って感情に寄ってくるんだよ」
「即ち?」
「『怖くない』って思い込んでふてぶてしく開き直れば安全ってこと。得意じゃないか」
「思い込むの?開き直るの?」
「両方」
フジマが人さし指を立て流暢に説明し、その言葉を脳裏で何べんも反芻し、俺は渋々心を決める。
「……まあ、せっかく来たんだから入んなきゃ損だよな」
「そうそう」
「合コンで話のネタになるしな」
「行くのかよ」
「言葉の綾。とっとと入ってそっこー出るぞ」
脊髄反射でツッコミを入れるフジマを促し、勇を鼓して一歩を踏み出す。数分後……
出口から走り出た俺は両手を広げて深呼吸し、勝ち誇った叫びを上げる。
「全然怖くなかったな!子供だましだな!」
「悲鳴6回あげたろ」
「他人の悲鳴カウントする暇あるなら足元見て歩け、暗くてあぶねーだろ」
「というか巧、殆ど見てないだろ。全速力で駆け抜けただけだろ。渾身の脅かし演出が不発でキャストぽかんとしてたぞ、可哀想に」
「うるせえなクリアしたからいいだろが」
「ろくに見てないくせに何に驚いて悲鳴6回あげたんだ」
「光ゴケみてーにぼんやりした人影とかなんか高周波みてーなブーンて音」
「前者は非常口の表示のピクトさんことピクトグラムで後者は換気中の空調の音。せめて血塗れ看護婦にはリアクションしてやれ、『ニクイ、イタイ』って呪詛してたのがお前が凄い勢いで駆け抜けるせいで『ニククイタイ』って噛んで、ただの焼肉好きな人じゃないか」
「血ィだらだら流してっから鉄分欲しいんだろ。それよかピクトさんは嘘こけ縮尺がおかしい」
「涙目眇めてりゃ遠近感も狂うって」
大股にのし歩く背後で芝居がかったため息が響く。下心満載のフジマのこった、お化け屋敷の暗がりなら俺がびびって抱き付いてくると見越してフラチなオイタを働く魂胆だったんだろうがどっこいそうはいかねえ。

売店で昼食をとったあと、午後もアトラクションを巡ってあっというまに時間が経過した。気付けばあたりは茜色に染まり閉演時間が迫っている。
園内に取り付けられたスピーカーからノスタルジックな音楽が流れる中、俺はずっと苦手だった絶叫マシーンを克服した達成感と爽快感に酔いしれ大手を振って闊歩する。

「久しぶりに乗ると気持ちいいな、ジェットコースター」
「昔は苦手だったのに……」
「おもいきってリベンジしてみるもんだな」
大いに勝ち誇り、夕焼けを背に赤々と聳えるジェットコースターの幾何学的な骨組みを仰ぐ。
ぱっと見怪獣の骨格っぽく蛇行して山成す複雑な曲線を、フジマが横に立って惚れ惚れ見上げる。
「子供の頃は怖いしダメって思い込んでたけど、今になって再挑戦してみるとそんなでもないってよくあるな」
「お前にもあんの?」
「あるよ」
「たとえば?」
「巧を遊園地に誘うとか」
思いがけぬ発言に虚を衝かれ、まじまじと残照に染まる横顔を見詰める。
フジマはあえて俺と目を合わせず、眩げに双眸を細めてジェットコースターの骨組みを見上げている。
「……誘えばいいじゃん?」
「2人きりでだよ」
「フツーに遊んでたろ、別に」
「女の子ならともかく男同士で?映画に行くのとはわけがちがうしOKくれるかわからなかった」
自嘲気味なフジマの言葉で、俺はあらためて自分の鈍感さと無神経さを思い知らされる。
遊園地と言えば定番のデートスポット。
小中学生のフジマがそれを意識してたかは知る由もないが、映画になら気軽に誘えても遊園地のチケットを手配して誘うってのは結構ハードル高い。秘めたる下心がありゃなおさらだ。
「……遊園地にこだわらねーでもいくらでも選択肢あんじゃん」
「遊園地がよかったんだ」
「なんで」
「ここの観覧車に恋人同士で乗ると一生一緒にいられるジンクスがある」
そういえばそんなのあった。まるで興味がなかったからド忘れしていたが、遠足に行ったとき女子が騒いでいたのをぼんやりと思い出す。
この奥手な男は、絶叫マシーンやお化け屋敷をさしおいて人目を最優先する俺の拒絶にこそびびっていたのだ。
中学生になっても高校生になっても大学生になっても、さらにその先の社会人になっても俺と一緒にいたいと、フジマはほんのガキの頃からそう願っていたんだ。子供だましのジンクスに頼りたくなるほどひたむきに、一途に。
俺はコイツの気持ちを全然わかってやれてなかった、男2人で遊園地なんて恥ずかしいとギリギリまで渋っていた。
「フジマあのさ……」
「巧とこれてよかった」
俺の詫びを遮るようにフジマが微笑み、童心の最後のひとかけらを宿したはにかみがちな表情でおねだりする。
「最後に乗りたいのがあるんだ。いいか」

フジマに導かれてやってきたのは、閉演間近で客が殆どいない回転ブランコのアトラクションだ。
「観覧車じゃねーの?」
肩透かしの展開にあっけにとられる。俺のツッコミにフジマは幸せそうに笑ってこう言いやがる。
「そっちはもう叶ったから」
「だろ?」といたずらっぽく目配せされちまったら黙って頷くしかない。
「巧は好物を後回しにするタイプだって知ってる。ラーメンのチャーシューも締めに食べるもんな」
「リクエストにしちゃ無欲だな、回転ブランコはどっちみち乗る気満々だったぞ」
不審がる俺にフジマが歩み寄り、耳元であることを囁く。俺は口を開けっ放しにしてフジマを見上げ、フジマは気まずげに目を伏せて呟く。
「……いいかな」
「本日最後の運転となります、お乗りの方は早くゲートにお並びください~」
従業員が間延びした声で案内し、乗り遅れちゃなるまいと俺とフジマは大急ぎで列に並ぶ。従業員にチケットを切ってもらってからゲートをくぐり、フジマと前後してブランコに掛ける。
やがて軽快な音楽をスピーカーが奏で、回転ブランコがゆっくりと上昇していく。
心地よい浮遊感に包まれ足が宙ぶらりんになるスリルを味わい、次第に径を広げていく遠心力に身を任せる。
約束は約束だ。
「フジマ!」
晴れて恋人になった幼馴染の名前を呼び、見返ると同時に手を振る。
「巧!」
吹き付ける風に髪を遊ばれながらフジマが声を張り、すぐ前の俺へ手を振り返す。
本来はメリーゴーランドで恋人同士がやるような茶番を、折衷案として回転ブランコで実演すれば、中空で目が合ったフジマがとろけるように笑み崩れていく。
たったこれっぽっちで満足だなんて、コイツどこまで欲がないんだ。
フジマが風に吹き流されまいと口パクで何かを伝えようとし、やや身を乗り出しがちに耳を傾けた俺は特大の不意打ちをくらってたじろぐ。
「好きだよ」
何故かその四文字はクリアに耳に届いた。
回転ブランコが失速し動きが徐徐に緩やかになっていく。ブランコの揺れがおさまり、固定具が上がるのを待って地面に降り立った俺は、同じようにブランコを離れたフジマと向き合って強がる。
「三半規管のトレー二ングになったな」
「まあね」

『手を振るから振り返してくれ』。
そんなのおねだりでもなんでもねえ、ダチ同士でもフツーにやるしと疑問を呈す俺に対し、フジマはほんのり頬を染めて『今やりたいんだ。ダメかな』と言いやがった。
友達同士改め、恋人同士として。

フジマの願いを汲んで手を振り返した俺は、コイツもまた同じ熱量で振り返してくれた喜びをじんわり噛み締め、夕まぐれにたたずむフジマの手を初めて自分から握り締める。
驚きに目を瞠るフジマへしてやったりと笑いかけ、指と指を噛ませる恋人繋ぎにわざわざ変える。
「閉園間際で人けねーし、別にいいだろ」
人目なんかどうでもいい。今隣にいるコイツのほうがずっと大事だ。
フジマと手を握り合って回転ブランコを後にし、目一杯楽しんだ遊園地をそぞろ歩き、世話んなったアトラクションの数々に別れを告げて回る。
ジェットコースターの骨組みにひっかかった赤い風船も不思議の国の忘れ物じみた空っぽのコーヒーカップも船底を地面に付けて静止した帆船も、引退を控えて郷愁誘うすべてに気さくすぎる労わりの言葉をかけていく。
「お疲れさん。ゆっくり休めよ」
大方見終えてから振り向き、フジマがジーンズの尻ポケットに突っこんだスマホを指す。
「そーいやフジマ、写真撮んなくていいの」
「巧こそ、あんまりパシャパシャやってないな」
「そりゃお前……ぶっちゃけ忘れてた」
楽しすぎてスマホをいじってる暇なんてなかった。一応Twitterはやってるがフジマとの遊園地デート写真はアップし辛い。
俺の本音を聞いたフジマは尻ポケットにしまったスマホを平手で軽く叩き、来月には取り壊されて跡形もなくなる遊園地を隅々まで目に焼き付ける。
「シャッター押してる時間がもったいなほど目の前のものに夢中だった」
カメラのレンズを通して見るより実際自分の目に焼き付けたい。機械に記録するより五感を開いて記憶に定着させたい。
「シェアするだけがすべてじゃない。独り占めしたいものも沢山ある」
今日一日の余韻を反芻するが如く目を閉じるフジマの横で、こっそり自分のスマホを出して遊園地名のハッシュタグを検索してみる。
『ダチと何年かぶりに。楽しかった。お疲れさん』とハッシュタグを付けてツイートしかけてから先頭に戻り、『彼氏』、『恋人』と書き直すが結局どれもしっくりこず全消ししてポケットに滑りこませる。
「……だな」
思いがけずあっさりスマホを手放した理由は、ただただこの瞬間を、いままさに分かち難い何かを分かち合ったフジマを独り占めしたいからに尽きる。

なんてかっこつけてみたものの、最後に一枚夕焼けの遊園地を引きでとらえた写真をアップしといた。
俺にしちゃなかなか悪くない出来だ。
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