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無人駅にて③
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トロッコ問題に正解はない。
「ホンマに来るんかい」
「わかんねー。時刻表サビだらけで読めねえもん」
「線路沿いに行ったほうが早いんちゃうか」
「葉純はそれで失敗したんだぜ、同じ轍踏む気かよ」
「異界駅は都市伝説やろただの」
「俺たちが今いる場所は?」
理一がむくれる。
待合所のトタン屋根を支える柱には看板が掛かり、表面に駅名が書かれているものの、夥しい赤錆に蝕まれ「駅」しか読めない。
「血の跡っぽい」
「言わんとけ」
「元祖きさらぎ駅かも。やすり持ってくりゃよかった」
「隣は本家きさらぎ駅か」
小手を翳して線路の彼方を仰ぎ見る。
「遅えなあ」
ここがどこかはわからない。トンネルの中か外なのかも。
「板尾たち無事かな」
「大丈夫やろ」
「わかんの?」
「知らんがな」
「テキトーだなー」
「鳥葬の巫女の祟りで死なんかった奴がこの程度でくたばらへんやろ」
「それはそうだな」
理一が納得した。単純で助かる。
ここがトンネルの中か外かはわからないが、頭上には爽やかな青空が広がり、真っ白な入道雲が聳えていた。線路を隔てた対岸は静まり返り、幽かに陽炎が揺らめいている。
「来た!」
隣で歓声が弾ける。釣られて顔を上げ、線路の向こうから近付く影を捉える。鋭い警笛が耳を劈き、生温かい風が吹き付ける。
『次は――-駅、――駅。お待ちの方は列車が止まってからお乗りください』
「言ったとおりだろ。待っててよかった」
「ドヤんな」
「歩きで行ったら熱中症で倒れちまったって」
軋む車輪がレールを削り、ガタンゴトンと規則正しい振動を伝える。理一が待ちきれず走り出し、先頭車両に飛び込む。
「いえーい一番乗り!」
「駆け込み乗車は行儀悪いで」
操縦室は無人。周囲を仔細に観察し、危険が潜んでないのを確めたのち座席に腰掛ける。
理一が対面席にぼふんと尻を落として跳ね、背中の木刀がお辞儀した。
「いてっ」
「アホ」
木刀で脳天を打った理一が涙目で呻く。車輪がレールを噛み、列車が滑り出す。
「車内販売こねーかな。冷凍みかん食いてえ」
「ええ年してはしゃぐな」
「知ってっか茶倉、新幹線で売ってるアイスってかっちこちなんだぜ。人呼んでシンカンセンスゴイカタイアイス」
「だまされへん」
「本当なのに」
「ンなけったいな名前のアイス存在してたまるかい、ホンマやったらタピオカ数珠にしたる」
「言ったな?絶対だぞ?忘れんなよ?ゆびきりげんまん」
「せんわ」
ガタンゴトン列車が揺れる。理一はべったり窓に張り付き、子供っぽく目を輝かせ、景色に夢中になっていた。
「何さがしとるん」
「おもしれーもの」
「自分の顔でも見とれ」
「毒舌め」
会話が途切れる。理一がポツリと呟く。
「……さっきの電車、どこ行っちまったのかな」
「あの世やろ」
「やっぱりか」
横顔がしょげる。茶倉は鼻白んで腕を組み、向かいの席を蹴る。
「引き止めたくせに浮かん顔すな」
「そりゃ止めんだろ、目の前でダチが」
反論を企てるもすぐ口を噤み、窓ガラスに指で「の」の字を書く。茶倉は大袈裟にため息を吐き、足を組み替える。
「下手くそ。前歯ガツガツ当たった」
「見られたかな」
「いちびりがいちいちビビりちびんな」
「いちび……?」
「お調子者。目立ちたがり屋」
「訳せ」
「お調子もんがいちいちビビってちびるな」
「漏らしてねェよ。早口言葉で罵倒やめろ」
窓の外には明るい野原が続く。理一が素っ頓狂な声を発する。
「俺の馬鹿!!」
「どないしたん」
「カメラ!家族写真!あーばかばかなんで今思い出すんだよ、親父さんに借りて撮りゃよかったじゃん!」
「……」
「待って、どのみち持ってかれちまうならスマホで撮った方が確実?機能生きてるよな。も~やだなんで気ィ利かねえかな、最悪」
頭を抱え込む理一に対し、茶倉がフォローを入れる。
「おとんはハッスルしとったし問題ない」
「せっかく会えたのに」
「形見はいらん」
お人好しな理一に呆れ、瞼を伏せて追憶に沈む。
「……あのさ、聞いていい?」
「何や」
「ニセモノに手話でなんか言ったろ。意味は」
「地獄に落ちろ」
左手人さし指で足元の床をさし、即答する。
「手話にも悪口ってあるんだな」
「おかんは教えるの渋ったけど」
「教えて教えて」
興味津々身を乗り出す理一に対し、こちらも前のめりに手を広げ、覚えてる限りの悪口を披露する。
「人さし指は上ちゃうで、下」
「こうか」
「そこでくるくるって回すねん」
「意味は?」
「僕は勉強ができません」
「張っ倒すぞ」
しばらく結んで開いて熱中し、息を吐いた瞬間に溌剌とした声が届いた。
「忘れてねえじゃん全然」
理一が朗らかに笑っていた。
「カマかけたんか」
「知りたかったのは本当。なんでさっき使わなかったんだよ、俺がいたからか」
「……」
「恥ずかしかったの」
険しい顔で念を押され、どうにもバツが悪くなる。
「なんかごめん」
「どうして謝んねん」
「後ろ向いてりゃもっと話せたろ。邪魔しちまったよな」
「変な気回すな」
ガタンゴトンガタンゴトン。
「……悪口覚えとんのは、こっそりババアに言うとるからや」
祖母が後ろを向いた時やよそ見した時、手話で素早く悪態を吐くのが茶倉のストレス発散法だった。
「いい性格してんな茶倉くん」
「やかまし」
「お袋さんはばあちゃんからトンネルの謂れ聞いたって言ったけど、お前はなんで」
「貸し作りたないねん」
祖母に聞けば早いと心得た上で避けたのは、弱味を握られるのが怖いから。
「せやから遠回りして、守屋のじいさんや野崎に当たったんや」
「強情っぱり」
理一が苦笑いで頬杖付く。茶倉は弱々しく手を下ろす。
「人殺しでも引かへんの」
「親は数にいれねー」
打てば響く返事に目を瞠り、まじまじ見返す。
「お袋さん親父さんはお前のせいで死んだんじゃねえ、ましてや殺してもいねえ」
コイツはどうして。
「ババアの呪詛や呪殺手伝っとっても?」
「ばあちゃんはお前の後見人で保護者、親代わりも同然の人。命令に背くのは難しい」
「せやけど」
「直接刺しに行ったり絞めに行ったんじゃねーだろ。せいぜい必要な道具揃えた位だ、違うか」
図星だった。
茶倉はまだ呪殺に携わってない。雑用係として使われているだけ。
「時間の問題。正式に家を継いだら、汚れ仕事は避けて通れん」
憎くもない、恨みもない人間を対価と引き換えに殺す。それを生業にする位なら、あの家を出る方がマシだと心が吠える。
「ウチはそうやって栄えてきた。要人の呪殺を代行して、権力者の後ろ盾を得るんや。おかんは修行に耐えられんで逃げ出したんやない、人殺しが嫌で追ん出たんや」
おばあちゃんは優しい人よと説いた母の目は節穴だと、心の底で軽蔑していた。
だが違った。
母はただ、自分が信じたいことを伝えただけ。
「おかんは俺の親でババアの娘。茶倉世司の子供でいた時間の方が長いさかい、産みの親を庇い立てた」
我と我が子に語り聞かせることで、切実な嘘が真実に裏返ると信じ。
ガタンゴトンガタンゴトン、電車が鳴る。理一がまたもや俯き、のろくさ口を開く。
「やっぱり親父さんお袋さんを」
「トロッコ問題」
理一の顔に疑問が浮かぶ。茶倉が右手の指を一本、左手の指を五本突き付ける。
「誰かを助けるために別の誰かを犠牲にするんは許されるかっちゅー倫理問題。線路のかたっぽは悪党五人、もうかたっぽは子供が一人。さて、どっちをとる?」
「急に言われても」
「俺は選んだ」
トロッコ問題に正解はない。二者択一どちらを選んでも、選ばなくても後悔する。
仮に両親を助け、事故をなかったことにしてしまえば。
茶倉は大阪に残り、理一は篠塚高に進み、一年の一学期に霊姦体質に目覚めて命を落とす。
理一が日毎夜毎嬲りものにされ、鳥葬の丘でカラスに食い散らかされていても、遠く離れた茶倉は一切関与を許されない。
コイツが一番苦しい時何もしてやれず、どん底にいる時何もできず、まだ見ぬ友人や優しい両親と過ごす日々が嘗て掴み損ね再び掴み取ろうとしてる幸せの正体なら。
「お前とおらな、大事な奴が死んでまうねんよ」
分岐の先にいるのがどうでもいい他人なら、心おきなく轢き殺すのに。
「雅子さんを助けたいってのも、俺のわがままかな」
「せやで」
「雅子さんはお姑さん殺しちゃねえ、そうおもいこんでるだけだ。誰だってうっかり口滑らすことあるだろ」
「取り返し付かん過ちも」
「八神は戻ってほしがってる。お前は?報酬パアになるんだぜ」
「無理に戻したかて同じ事の繰り返しや」
「血が繋がった家族だろ。とことん憎しみ合ってりゃ手遅れだけど運悪くすれ違っちまっただけなんだ、話せばやり直せる」
「人まかせで知らんぷり決め込んで後出しで心配しとったは虫よすぎやろ」
「捜しに来たじゃん」
「孫だけな」
「親に言っても信じてくんねえって八神が」
「キチガイ扱いが嫌なんか。ウソツキ呼ばわりは心外か。風評気にして説得断念した腰抜けが、本気で連れ戻したいなら他人なんぞ当てにせず死ぬ気で捜せ、トンネルの壁ぶち壊して地面掘って名前呼べ、どんだけ大事か体でわからせたれ、俺はそうするしそうしたわ」
列車が減速する。次の駅に着いた。
「雅子さん!」
ガラスの向こうに腰の曲がった老婆がいた。飛び出しかけた理一を押さえ、よく見るように促す。
「ごめんなさいお義母さん」
窓の外の景色が歪み、柿の木に縄が揺れる庭が出現した。向き合ってるのは二人の老婆。
雅子の白髪が色艶を取り戻す。老年から中年へ、中年から壮年へ、どんどん若返っていく。
「あんなこと言ってごめんなさい、恩知らずな嫁でごめんなさい。貴女には沢山教えてもらったのに」
「もういいよ。よく頑張ったね」
鬢に生え残った白髪を乱し、所帯窶れした面差しで嘆く嫁を、古めかしい割烹着を羽織った姑が労わる。
「息子を看取ってくれただけで十分さ。アタシもわがままだった」
「お義母さんは悪くない、私が酷いこと言ったせいで」
「雅子さんはよく尽くしてくれた。下の世話まで」
「嫁の仕事だもの」
「癇癪にも耐えた」
「イライラして追い詰めた……」
「ひ孫の面倒を見てくれた。アンタに懐いてたじゃないか」
「償いたいんです」
「辛いのかい?」
「だって不公平じゃない、お義母さんを殺しといて自分だけぬくぬく長生きなんて」
理一ががたぴしゃ窓を上げ、口の横に手を当て叫ぶ。
「ずるくなんてねえよ、雅子さんまだ家族のこと忘れてねえじゃん、膝の上にちっせえ八神抱っこして可愛がってんの見たぞ、やせ我慢やめてるいちゃんにただいま言ってやれよ!」
されど雅子の決意は固く、引き止める声に振り向かず、割烹着を掴んで跪く。
「……好きだから、大切だから、一緒に暮らすのが辛いの。嫁を姑と間違えて、孫を姉と思い込んで、しまいには家族さえ他人になって、自分が消えちゃうのが怖いのよ」
「頑張んのおやめよ」
「やめていいんですか。許してくれますか」
「アタシもアンタと同じだからねェ」
姑が哀しげに微笑んで雅子を起こす。傍らにモンペ姿の幼女が現れる。
「お迎えきたよ、まさこちゃん」
「ふみちゃん」
雅子さんが息を飲む。ふみちゃんがにっこりする。理一が驚愕する。
「成仏したはずじゃ」
「お兄ちゃんが連れて来てくれたの」
守屋の記憶が回帰して大人びた耕作が頷き、達観した双眸に感謝の色を宿す。
「話はふみから聞いた。随分よくしてもらったんだってな。おかげさんで仲直りできた」
老成した顔と口調で笑い、雅子を挟んで連れていく。理一が窓から身を乗り出す。
「待って、雅子さんは」
「生きる意欲を失った人間を無理矢理生かし続けるのは酷だ」
守屋が少年の姿に見えるのは、妹を失った終戦の年に心が時を止めたから。
雅子がふみと同い年まで若返ったのは、既にして彼岸を選んだから。
「私は幸せだった。家族は優しかった。これは自分で決めたこと。まっすぐ顔上げて、胸張って歩いて行きましょ」
四人が頷き合い、微笑み交わす。
「耕にいあれやって」
耕作が竹とんぼを回して飛ばし、幼女の姿に戻った雅子が、腕の中に現れた赤頭巾の人形とふみの人形を交換する。
遠ざかる背中を眺め、茶倉は思い出す。
姥捨て山は老いた親をおぶって行く場所だが、遠野の蓮台野には還暦をこえた老人たちが自ら歩いて行く。
そこで同じ境遇の仲間たちと身を寄せ合い、拓いた田畑を耕し、残り寿命が尽きるまで静かに過ごす。
働けるものは里に下り、畑仕事に手を貸す見返りに糧を貰い、働けぬものは同胞に看取られて。
「待たせちゃった」
「気にしないで。いっぱい遊ぼ」
流行病や天災で滅ぶ危険もあった。
獣に襲われる恐れもあった。
それを全て受け入れた上で、老人たちは己の尊厳と家族を守るべく、死者の霊が行き着くところ……蓮の台の名を戴く、デンデラ野に赴く。
耕作が振り返る。
「若えのには先がある。迎えにいく奴間違えんじゃないぞ、お前さんたち」
電車が出発する。窓に映る景色が刻々と変化を遂げ、白い砂浜の向こうに燦燦と輝く海原が現れた。
『次は‐――駅、――---駅』
示し合わせて腰を浮かす。開いたドアから駆け出し、潮風を浴びる。
対岸のホームに高校生の板尾がいた。上はハイビスカス柄のアロハシャツ、下は短パン。裸足にサンダルを突っかけ、右手に畳んだパラソルを持ち、肩にクーラーボックスを下げている。
「お前も持てよ~」
「スマホより重たいもの持てませーん」
「都合いい時ばっか女ぶって」
「女子ですけど何か」
「水着楽シミダナー」
「大人めビキニ期待しといて」
「紐パン?」
「蹴るよ」
そばには麦わら帽子を被った魚住が寄り添い、サンダルの厚底で彼氏の脛を狙っていた。ホームの後ろには水平線が光る海が控え、カモメの群れが旋回する。
「花火持ってきた?」
「忘れるもんか」
「褒めてツカワス」
魚住がよしよしするまねをする。理一がホーム際に立ち、大声で呼ぶ。
「板尾!」
顔を上げる。視線が絡む。
「烏丸。茶倉」
交互に行き来した視線が魚住に立ち戻り、曇る。
「また夢か」
「本物よ」
魚住が麦わら帽子を押さえ、眩げに彼氏を仰ぐ。カモメの鳴き声と潮騒が膨らむ。
板尾の瞳が潤む。
「まだ好きなんだ。忘れられねえんだ」
「一年たったのに」
「あっちこっち合コンに顔出すたびお前よりイイ女なんかいねえって思い知らされる。カラオケ行くたびお前と唄った曲さがす。クレーンゲームの前で足止まる。去年の夏にやれなかった花火、押し入れでしけってる」
「だっさ。未練たらたらじゃん」
板尾が嵩張る荷物を投げ捨て、ビニールの巾着トートを下げた魚住を力一杯抱き締める。
「ここで下りるよ」
寂しげな翳りを秘めた笑顔のまま、板尾の胸を押す。
「ばーか」
線路に突き落とされた板尾に理一が駆け寄り、ずるずる引き戻す。折からの風が麦わら帽子をさらい、髪の毛が広がる。
「後追いしてくれとか頼んでねえし。約束約束振りかざすけどさ、賞味期限切れてんだよ。吹っ切りたいのに押し付けられて、迷惑だってわかれっての」
対岸に列車が来る。
「茶倉くんと烏丸にお願い、コイツが押し入れに放り込んだ花火処分しといて。重いんだよね」
「わかった」
「まかしとき」
理一と茶倉がしっかり頷くのを見届け、指を組んだ手を思いきり伸ばす。
「線香花火好きなんだよね~私。みんなは夏の終わりの蛍みたいで切ないとかいうけどさ、マジな話蛍なんか見たことないし、暗闇でぴかぴかする豆電みたいでホッとしない?オレンジの小さい明かりが可愛くて」
「なんでだよリカ。俺はお前の」
「正孝はアタシの元カレで二人の今トモ。ステージ退場したヤツがしゃしゃっちゃ駄目っしょ」
『間もなく列車が出発します、お乗りの方はお忘れ物などないようお気を付けてお乗りください』
無機質なアナウンスが響き渡り、連鎖的にドアが開く。理一がじたばた暴れる板尾を放り込み、魚住に向かって親指立てる。
「ちゃんと送り届けっから」
「信じる」
扉が閉じる。走り出す。勢いよく開けた窓から顔を突き出し、板尾が声を限りに叫ぶ。
「リカ――――――――――――!」
視界が暗む。轟音が響く。二人がかりで板尾の下半身を押さえ込む。
「やっと会えたのにまたあっちに」
「それでいいんだよ!!」
理一が板尾を叱って引きずり下ろし、両手で顔を挟んで窘める。
「死んだヤツと生きてるヤツが一緒にいちゃだめだ、俺たちは俺たちでトンネル抜けなきゃいけねえんだ、転んで擦り剥いた膝にゃツバ塗って起き上がれ、出口なんかねえ気がしたって歯ァ食い縛って走り続けろ、リアル桃鉄にあっぷあっぷしてる俺たちさしおいてしれっと途中下車とかナメたまね許さねーぞ、人生各停終点で上がってみせろ!」
この世の終わりみたいなトンネルの中、ある者はオレンジの豆電頼りに、ある者は線香花火を道しるべに朽ちた枕木踏み締めて。
「魚住は死んだ!生き返んねえ!お前は生きてる!あちこち走り回りゃ腹すくだろ、ひっぱたかれりゃ痛てえよな、火花が飛んだらあっちっちだよな、お前がまだ魚住好きなのはよくわかった、俺だって魚住に生き返ってほしい、もっと仲良くなれたんじゃねえかって死んだ後に思ってる!」
「じゃあほっとけよ、リカに会わせてくれよ!」
「抜け駆け許さねえぞ、俺と茶倉が爺ちゃんになって肩組んで会いに行けるまで待て!」
板尾の顔が歪む。理一の顔も歪む。真剣極まりない睨めっこ。茶倉が床に蹲る二人を見下ろす。
「花火使いきらなもったいないで」
「……点くかわかんねえ」
「手伝ったる」
感情の堰が決壊した板尾の背中を叩き、身軽に起き上がった理一が目を眇める。
「光だ」
「ホンマに来るんかい」
「わかんねー。時刻表サビだらけで読めねえもん」
「線路沿いに行ったほうが早いんちゃうか」
「葉純はそれで失敗したんだぜ、同じ轍踏む気かよ」
「異界駅は都市伝説やろただの」
「俺たちが今いる場所は?」
理一がむくれる。
待合所のトタン屋根を支える柱には看板が掛かり、表面に駅名が書かれているものの、夥しい赤錆に蝕まれ「駅」しか読めない。
「血の跡っぽい」
「言わんとけ」
「元祖きさらぎ駅かも。やすり持ってくりゃよかった」
「隣は本家きさらぎ駅か」
小手を翳して線路の彼方を仰ぎ見る。
「遅えなあ」
ここがどこかはわからない。トンネルの中か外なのかも。
「板尾たち無事かな」
「大丈夫やろ」
「わかんの?」
「知らんがな」
「テキトーだなー」
「鳥葬の巫女の祟りで死なんかった奴がこの程度でくたばらへんやろ」
「それはそうだな」
理一が納得した。単純で助かる。
ここがトンネルの中か外かはわからないが、頭上には爽やかな青空が広がり、真っ白な入道雲が聳えていた。線路を隔てた対岸は静まり返り、幽かに陽炎が揺らめいている。
「来た!」
隣で歓声が弾ける。釣られて顔を上げ、線路の向こうから近付く影を捉える。鋭い警笛が耳を劈き、生温かい風が吹き付ける。
『次は――-駅、――駅。お待ちの方は列車が止まってからお乗りください』
「言ったとおりだろ。待っててよかった」
「ドヤんな」
「歩きで行ったら熱中症で倒れちまったって」
軋む車輪がレールを削り、ガタンゴトンと規則正しい振動を伝える。理一が待ちきれず走り出し、先頭車両に飛び込む。
「いえーい一番乗り!」
「駆け込み乗車は行儀悪いで」
操縦室は無人。周囲を仔細に観察し、危険が潜んでないのを確めたのち座席に腰掛ける。
理一が対面席にぼふんと尻を落として跳ね、背中の木刀がお辞儀した。
「いてっ」
「アホ」
木刀で脳天を打った理一が涙目で呻く。車輪がレールを噛み、列車が滑り出す。
「車内販売こねーかな。冷凍みかん食いてえ」
「ええ年してはしゃぐな」
「知ってっか茶倉、新幹線で売ってるアイスってかっちこちなんだぜ。人呼んでシンカンセンスゴイカタイアイス」
「だまされへん」
「本当なのに」
「ンなけったいな名前のアイス存在してたまるかい、ホンマやったらタピオカ数珠にしたる」
「言ったな?絶対だぞ?忘れんなよ?ゆびきりげんまん」
「せんわ」
ガタンゴトン列車が揺れる。理一はべったり窓に張り付き、子供っぽく目を輝かせ、景色に夢中になっていた。
「何さがしとるん」
「おもしれーもの」
「自分の顔でも見とれ」
「毒舌め」
会話が途切れる。理一がポツリと呟く。
「……さっきの電車、どこ行っちまったのかな」
「あの世やろ」
「やっぱりか」
横顔がしょげる。茶倉は鼻白んで腕を組み、向かいの席を蹴る。
「引き止めたくせに浮かん顔すな」
「そりゃ止めんだろ、目の前でダチが」
反論を企てるもすぐ口を噤み、窓ガラスに指で「の」の字を書く。茶倉は大袈裟にため息を吐き、足を組み替える。
「下手くそ。前歯ガツガツ当たった」
「見られたかな」
「いちびりがいちいちビビりちびんな」
「いちび……?」
「お調子者。目立ちたがり屋」
「訳せ」
「お調子もんがいちいちビビってちびるな」
「漏らしてねェよ。早口言葉で罵倒やめろ」
窓の外には明るい野原が続く。理一が素っ頓狂な声を発する。
「俺の馬鹿!!」
「どないしたん」
「カメラ!家族写真!あーばかばかなんで今思い出すんだよ、親父さんに借りて撮りゃよかったじゃん!」
「……」
「待って、どのみち持ってかれちまうならスマホで撮った方が確実?機能生きてるよな。も~やだなんで気ィ利かねえかな、最悪」
頭を抱え込む理一に対し、茶倉がフォローを入れる。
「おとんはハッスルしとったし問題ない」
「せっかく会えたのに」
「形見はいらん」
お人好しな理一に呆れ、瞼を伏せて追憶に沈む。
「……あのさ、聞いていい?」
「何や」
「ニセモノに手話でなんか言ったろ。意味は」
「地獄に落ちろ」
左手人さし指で足元の床をさし、即答する。
「手話にも悪口ってあるんだな」
「おかんは教えるの渋ったけど」
「教えて教えて」
興味津々身を乗り出す理一に対し、こちらも前のめりに手を広げ、覚えてる限りの悪口を披露する。
「人さし指は上ちゃうで、下」
「こうか」
「そこでくるくるって回すねん」
「意味は?」
「僕は勉強ができません」
「張っ倒すぞ」
しばらく結んで開いて熱中し、息を吐いた瞬間に溌剌とした声が届いた。
「忘れてねえじゃん全然」
理一が朗らかに笑っていた。
「カマかけたんか」
「知りたかったのは本当。なんでさっき使わなかったんだよ、俺がいたからか」
「……」
「恥ずかしかったの」
険しい顔で念を押され、どうにもバツが悪くなる。
「なんかごめん」
「どうして謝んねん」
「後ろ向いてりゃもっと話せたろ。邪魔しちまったよな」
「変な気回すな」
ガタンゴトンガタンゴトン。
「……悪口覚えとんのは、こっそりババアに言うとるからや」
祖母が後ろを向いた時やよそ見した時、手話で素早く悪態を吐くのが茶倉のストレス発散法だった。
「いい性格してんな茶倉くん」
「やかまし」
「お袋さんはばあちゃんからトンネルの謂れ聞いたって言ったけど、お前はなんで」
「貸し作りたないねん」
祖母に聞けば早いと心得た上で避けたのは、弱味を握られるのが怖いから。
「せやから遠回りして、守屋のじいさんや野崎に当たったんや」
「強情っぱり」
理一が苦笑いで頬杖付く。茶倉は弱々しく手を下ろす。
「人殺しでも引かへんの」
「親は数にいれねー」
打てば響く返事に目を瞠り、まじまじ見返す。
「お袋さん親父さんはお前のせいで死んだんじゃねえ、ましてや殺してもいねえ」
コイツはどうして。
「ババアの呪詛や呪殺手伝っとっても?」
「ばあちゃんはお前の後見人で保護者、親代わりも同然の人。命令に背くのは難しい」
「せやけど」
「直接刺しに行ったり絞めに行ったんじゃねーだろ。せいぜい必要な道具揃えた位だ、違うか」
図星だった。
茶倉はまだ呪殺に携わってない。雑用係として使われているだけ。
「時間の問題。正式に家を継いだら、汚れ仕事は避けて通れん」
憎くもない、恨みもない人間を対価と引き換えに殺す。それを生業にする位なら、あの家を出る方がマシだと心が吠える。
「ウチはそうやって栄えてきた。要人の呪殺を代行して、権力者の後ろ盾を得るんや。おかんは修行に耐えられんで逃げ出したんやない、人殺しが嫌で追ん出たんや」
おばあちゃんは優しい人よと説いた母の目は節穴だと、心の底で軽蔑していた。
だが違った。
母はただ、自分が信じたいことを伝えただけ。
「おかんは俺の親でババアの娘。茶倉世司の子供でいた時間の方が長いさかい、産みの親を庇い立てた」
我と我が子に語り聞かせることで、切実な嘘が真実に裏返ると信じ。
ガタンゴトンガタンゴトン、電車が鳴る。理一がまたもや俯き、のろくさ口を開く。
「やっぱり親父さんお袋さんを」
「トロッコ問題」
理一の顔に疑問が浮かぶ。茶倉が右手の指を一本、左手の指を五本突き付ける。
「誰かを助けるために別の誰かを犠牲にするんは許されるかっちゅー倫理問題。線路のかたっぽは悪党五人、もうかたっぽは子供が一人。さて、どっちをとる?」
「急に言われても」
「俺は選んだ」
トロッコ問題に正解はない。二者択一どちらを選んでも、選ばなくても後悔する。
仮に両親を助け、事故をなかったことにしてしまえば。
茶倉は大阪に残り、理一は篠塚高に進み、一年の一学期に霊姦体質に目覚めて命を落とす。
理一が日毎夜毎嬲りものにされ、鳥葬の丘でカラスに食い散らかされていても、遠く離れた茶倉は一切関与を許されない。
コイツが一番苦しい時何もしてやれず、どん底にいる時何もできず、まだ見ぬ友人や優しい両親と過ごす日々が嘗て掴み損ね再び掴み取ろうとしてる幸せの正体なら。
「お前とおらな、大事な奴が死んでまうねんよ」
分岐の先にいるのがどうでもいい他人なら、心おきなく轢き殺すのに。
「雅子さんを助けたいってのも、俺のわがままかな」
「せやで」
「雅子さんはお姑さん殺しちゃねえ、そうおもいこんでるだけだ。誰だってうっかり口滑らすことあるだろ」
「取り返し付かん過ちも」
「八神は戻ってほしがってる。お前は?報酬パアになるんだぜ」
「無理に戻したかて同じ事の繰り返しや」
「血が繋がった家族だろ。とことん憎しみ合ってりゃ手遅れだけど運悪くすれ違っちまっただけなんだ、話せばやり直せる」
「人まかせで知らんぷり決め込んで後出しで心配しとったは虫よすぎやろ」
「捜しに来たじゃん」
「孫だけな」
「親に言っても信じてくんねえって八神が」
「キチガイ扱いが嫌なんか。ウソツキ呼ばわりは心外か。風評気にして説得断念した腰抜けが、本気で連れ戻したいなら他人なんぞ当てにせず死ぬ気で捜せ、トンネルの壁ぶち壊して地面掘って名前呼べ、どんだけ大事か体でわからせたれ、俺はそうするしそうしたわ」
列車が減速する。次の駅に着いた。
「雅子さん!」
ガラスの向こうに腰の曲がった老婆がいた。飛び出しかけた理一を押さえ、よく見るように促す。
「ごめんなさいお義母さん」
窓の外の景色が歪み、柿の木に縄が揺れる庭が出現した。向き合ってるのは二人の老婆。
雅子の白髪が色艶を取り戻す。老年から中年へ、中年から壮年へ、どんどん若返っていく。
「あんなこと言ってごめんなさい、恩知らずな嫁でごめんなさい。貴女には沢山教えてもらったのに」
「もういいよ。よく頑張ったね」
鬢に生え残った白髪を乱し、所帯窶れした面差しで嘆く嫁を、古めかしい割烹着を羽織った姑が労わる。
「息子を看取ってくれただけで十分さ。アタシもわがままだった」
「お義母さんは悪くない、私が酷いこと言ったせいで」
「雅子さんはよく尽くしてくれた。下の世話まで」
「嫁の仕事だもの」
「癇癪にも耐えた」
「イライラして追い詰めた……」
「ひ孫の面倒を見てくれた。アンタに懐いてたじゃないか」
「償いたいんです」
「辛いのかい?」
「だって不公平じゃない、お義母さんを殺しといて自分だけぬくぬく長生きなんて」
理一ががたぴしゃ窓を上げ、口の横に手を当て叫ぶ。
「ずるくなんてねえよ、雅子さんまだ家族のこと忘れてねえじゃん、膝の上にちっせえ八神抱っこして可愛がってんの見たぞ、やせ我慢やめてるいちゃんにただいま言ってやれよ!」
されど雅子の決意は固く、引き止める声に振り向かず、割烹着を掴んで跪く。
「……好きだから、大切だから、一緒に暮らすのが辛いの。嫁を姑と間違えて、孫を姉と思い込んで、しまいには家族さえ他人になって、自分が消えちゃうのが怖いのよ」
「頑張んのおやめよ」
「やめていいんですか。許してくれますか」
「アタシもアンタと同じだからねェ」
姑が哀しげに微笑んで雅子を起こす。傍らにモンペ姿の幼女が現れる。
「お迎えきたよ、まさこちゃん」
「ふみちゃん」
雅子さんが息を飲む。ふみちゃんがにっこりする。理一が驚愕する。
「成仏したはずじゃ」
「お兄ちゃんが連れて来てくれたの」
守屋の記憶が回帰して大人びた耕作が頷き、達観した双眸に感謝の色を宿す。
「話はふみから聞いた。随分よくしてもらったんだってな。おかげさんで仲直りできた」
老成した顔と口調で笑い、雅子を挟んで連れていく。理一が窓から身を乗り出す。
「待って、雅子さんは」
「生きる意欲を失った人間を無理矢理生かし続けるのは酷だ」
守屋が少年の姿に見えるのは、妹を失った終戦の年に心が時を止めたから。
雅子がふみと同い年まで若返ったのは、既にして彼岸を選んだから。
「私は幸せだった。家族は優しかった。これは自分で決めたこと。まっすぐ顔上げて、胸張って歩いて行きましょ」
四人が頷き合い、微笑み交わす。
「耕にいあれやって」
耕作が竹とんぼを回して飛ばし、幼女の姿に戻った雅子が、腕の中に現れた赤頭巾の人形とふみの人形を交換する。
遠ざかる背中を眺め、茶倉は思い出す。
姥捨て山は老いた親をおぶって行く場所だが、遠野の蓮台野には還暦をこえた老人たちが自ら歩いて行く。
そこで同じ境遇の仲間たちと身を寄せ合い、拓いた田畑を耕し、残り寿命が尽きるまで静かに過ごす。
働けるものは里に下り、畑仕事に手を貸す見返りに糧を貰い、働けぬものは同胞に看取られて。
「待たせちゃった」
「気にしないで。いっぱい遊ぼ」
流行病や天災で滅ぶ危険もあった。
獣に襲われる恐れもあった。
それを全て受け入れた上で、老人たちは己の尊厳と家族を守るべく、死者の霊が行き着くところ……蓮の台の名を戴く、デンデラ野に赴く。
耕作が振り返る。
「若えのには先がある。迎えにいく奴間違えんじゃないぞ、お前さんたち」
電車が出発する。窓に映る景色が刻々と変化を遂げ、白い砂浜の向こうに燦燦と輝く海原が現れた。
『次は‐――駅、――---駅』
示し合わせて腰を浮かす。開いたドアから駆け出し、潮風を浴びる。
対岸のホームに高校生の板尾がいた。上はハイビスカス柄のアロハシャツ、下は短パン。裸足にサンダルを突っかけ、右手に畳んだパラソルを持ち、肩にクーラーボックスを下げている。
「お前も持てよ~」
「スマホより重たいもの持てませーん」
「都合いい時ばっか女ぶって」
「女子ですけど何か」
「水着楽シミダナー」
「大人めビキニ期待しといて」
「紐パン?」
「蹴るよ」
そばには麦わら帽子を被った魚住が寄り添い、サンダルの厚底で彼氏の脛を狙っていた。ホームの後ろには水平線が光る海が控え、カモメの群れが旋回する。
「花火持ってきた?」
「忘れるもんか」
「褒めてツカワス」
魚住がよしよしするまねをする。理一がホーム際に立ち、大声で呼ぶ。
「板尾!」
顔を上げる。視線が絡む。
「烏丸。茶倉」
交互に行き来した視線が魚住に立ち戻り、曇る。
「また夢か」
「本物よ」
魚住が麦わら帽子を押さえ、眩げに彼氏を仰ぐ。カモメの鳴き声と潮騒が膨らむ。
板尾の瞳が潤む。
「まだ好きなんだ。忘れられねえんだ」
「一年たったのに」
「あっちこっち合コンに顔出すたびお前よりイイ女なんかいねえって思い知らされる。カラオケ行くたびお前と唄った曲さがす。クレーンゲームの前で足止まる。去年の夏にやれなかった花火、押し入れでしけってる」
「だっさ。未練たらたらじゃん」
板尾が嵩張る荷物を投げ捨て、ビニールの巾着トートを下げた魚住を力一杯抱き締める。
「ここで下りるよ」
寂しげな翳りを秘めた笑顔のまま、板尾の胸を押す。
「ばーか」
線路に突き落とされた板尾に理一が駆け寄り、ずるずる引き戻す。折からの風が麦わら帽子をさらい、髪の毛が広がる。
「後追いしてくれとか頼んでねえし。約束約束振りかざすけどさ、賞味期限切れてんだよ。吹っ切りたいのに押し付けられて、迷惑だってわかれっての」
対岸に列車が来る。
「茶倉くんと烏丸にお願い、コイツが押し入れに放り込んだ花火処分しといて。重いんだよね」
「わかった」
「まかしとき」
理一と茶倉がしっかり頷くのを見届け、指を組んだ手を思いきり伸ばす。
「線香花火好きなんだよね~私。みんなは夏の終わりの蛍みたいで切ないとかいうけどさ、マジな話蛍なんか見たことないし、暗闇でぴかぴかする豆電みたいでホッとしない?オレンジの小さい明かりが可愛くて」
「なんでだよリカ。俺はお前の」
「正孝はアタシの元カレで二人の今トモ。ステージ退場したヤツがしゃしゃっちゃ駄目っしょ」
『間もなく列車が出発します、お乗りの方はお忘れ物などないようお気を付けてお乗りください』
無機質なアナウンスが響き渡り、連鎖的にドアが開く。理一がじたばた暴れる板尾を放り込み、魚住に向かって親指立てる。
「ちゃんと送り届けっから」
「信じる」
扉が閉じる。走り出す。勢いよく開けた窓から顔を突き出し、板尾が声を限りに叫ぶ。
「リカ――――――――――――!」
視界が暗む。轟音が響く。二人がかりで板尾の下半身を押さえ込む。
「やっと会えたのにまたあっちに」
「それでいいんだよ!!」
理一が板尾を叱って引きずり下ろし、両手で顔を挟んで窘める。
「死んだヤツと生きてるヤツが一緒にいちゃだめだ、俺たちは俺たちでトンネル抜けなきゃいけねえんだ、転んで擦り剥いた膝にゃツバ塗って起き上がれ、出口なんかねえ気がしたって歯ァ食い縛って走り続けろ、リアル桃鉄にあっぷあっぷしてる俺たちさしおいてしれっと途中下車とかナメたまね許さねーぞ、人生各停終点で上がってみせろ!」
この世の終わりみたいなトンネルの中、ある者はオレンジの豆電頼りに、ある者は線香花火を道しるべに朽ちた枕木踏み締めて。
「魚住は死んだ!生き返んねえ!お前は生きてる!あちこち走り回りゃ腹すくだろ、ひっぱたかれりゃ痛てえよな、火花が飛んだらあっちっちだよな、お前がまだ魚住好きなのはよくわかった、俺だって魚住に生き返ってほしい、もっと仲良くなれたんじゃねえかって死んだ後に思ってる!」
「じゃあほっとけよ、リカに会わせてくれよ!」
「抜け駆け許さねえぞ、俺と茶倉が爺ちゃんになって肩組んで会いに行けるまで待て!」
板尾の顔が歪む。理一の顔も歪む。真剣極まりない睨めっこ。茶倉が床に蹲る二人を見下ろす。
「花火使いきらなもったいないで」
「……点くかわかんねえ」
「手伝ったる」
感情の堰が決壊した板尾の背中を叩き、身軽に起き上がった理一が目を眇める。
「光だ」
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