冥界隧道

まさみ

文字の大きさ
上 下
18 / 27

幽霊列車⑨

しおりを挟む
「……八神が哀しむ」
「知ってる」
「寂しがる」
「わかってるわ」
「死ぬ以外の方法ねえのかよ。たとえばそうだ、老人ホームに入るとか」
「人様の世話になりたくない。きっとまた姑を殺した時みたいな暴言を吐いてしまうわ」
「……っ、」
「お金もないの。わかって頂戴」
板尾が悄然と俯き、茶倉がため息に暮れる。
「無駄足やった」
「テメエ!」
「帰るで。ここにおったかて仕方ない」
「ばあちゃんはほったらかしか」
「本人の望みや」
「ンなの見殺しにするのと一緒じゃねえか、諦めんなよ」
「幽霊列車に長居しすぎた」
「まだ一週間じゃねえか、なんとかなるよ!」
「冥界トンネルん中はとびきり瘴気が濃い、あの世とこの世の狭間で次元が歪んどる。その上幽霊列車と来て、飲まず食わずの年寄りが長生きできるわけあらへんやん」
「お前さ、世界一の拝み屋の孫なんだろ。めちゃくちゃ強くて賢いんだろ。列車に乗り込んだ人間をこっち側に引き戻す方法だって」
「死にたがりを生かすんは無理や」

諭す声が冷え込む。

「連れ戻してどないすんねん。通いで世話するか、老人ホームの費用出すか、暴れたら押さえ込むんか、看取るまで付き合うんか。雅子さんは自分でここに来た。片道しか切符もらえんでも上等いうて、真っ暗なトンネルくぐった。右も左もわからんハナタレちゃうぞ、分別ある大の大人が決めたこっちゃ」

茶倉は俺より余っ程大人だ。
パジャマ姿で列車に乗った老婆を、一度たりとて「八神のばあちゃん」とは呼ばず、「雅子さん」って下の名前で呼んだ。

「俺たちは所詮ケツの青いクソガキ。カネもコネもない。誰も救えん」
「後悔したくねえ」
「もういいい烏丸、俺が悪かった」
「謝んな」
「リカが死んだのはお前のせいじゃねえ、ういの祟りのせいだ。お前は悪くねえ。茶倉も悪くねえ。よくやってくれた」
絶対にそんなキャラじゃねえ、悪友の不器用な慰めがしみる。
「足が動けば救えたんだ」

また見殺しにすんのか。
どうにもなんねえのか。
心ん中で自問し、熱を持った瞼を乱暴にこする。

「どんだけ頑張ったかて、助けてほしがっとるヤツしか救えへんねん」

悟ったフリして語る茶倉をぶん殴りたい衝動がこみ上げ、痛いほど拳を握りこむ。
「八神になんて報告する?」
「お代返上するわ」
「ビンタですむかな」
「俺も付き合うぜ」
しまらねえ掛け合いを眺めた雅子さんが、小学生の孫娘にそうしてたみたいに俺たちの頭をなで、真心こめた感謝を述べる。
「ありがとね」

だって仕方ねえじゃん。
俺はガキで茶倉もガキ、結局俺たちみんなガキで、よそんちの事情に首突っ込んで引っかき回したって責任とれねえし、どんだけ頑張ったところで雅子さんを説き伏せる言葉なんか出てこねえ。
それが死ぬほど悔しくやりきれず、従容と死を受け入れちまった雅子さんを背凭れから引っぺがし、飛び下りたくなるのを辛うじて堪える。

「こんなこと言える立場じゃないのは百も承知だけど、るいちゃんと仲良くしてあげて」
ババババ、ババババ。ババババ、ババババ。
「あの子は優しい子で」
ババババババババ、ババババババババ。

「何や、近付いてくる」
空気を攪拌する音に反応し、窓辺に歩み寄った茶倉の鼻先に、真っ赤な手形が咲く。
「ひいっ!?」
板尾が悲鳴を上げる。べたべたべたべた、外から叩き付けられた大小無数の手形がガラスを埋め尽くす。
夥しい手形が重なり合い窓を覆った矢先、列車を追撃する戦闘機のエンジンが猛然と唸り、両側のガラスが破裂した。
「きゃあっ!」
「また来た!」
冥賀トンネルの脱線事故は、入口と出口を爆撃機が挟み撃ちしたことで引き起こされた。俺が叩っ斬ったのは一機だけ、まだ片割れが残ってる。
『出口はない。終着駅もない。真っ暗いトンネルの中を永遠に走り続けるの』
「いい加減にしろよ葉月さん、関係ねえヤツ巻き込むな!死体を弔ってほしいなら場所言え、警察に通報すっから」
『熱い』
俺の非難を遮り、車両中に声が響き渡る。
『熱い熱い熱い熱い。アンタのせいで火傷した、どうしてくれんの』
「ッ!?」
天井に壁に床に座席に至る所に手形が生じる。通路の端から端まで血糊が埋め尽くし、真っ赤な絨毯が敷かれていく。窓の外じゃ戦闘機の幽霊が吠え猛り、威圧的に機銃の照準を絞る。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

水泳部合宿

RIKUTO
BL
とある田舎の高校にかよう目立たない男子高校生は、快活な水泳部員に半ば強引に合宿に参加する。

聖也と千尋の深い事情

フロイライン
BL
中学二年の奥田聖也と一条千尋はクラス替えで同じ組になる。 取り柄もなく凡庸な聖也と、イケメンで勉強もスポーツも出来て女子にモテモテの千尋という、まさに対照的な二人だったが、何故か気が合い、あっという間に仲良しになるが…

処理中です...