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求めよ、されば与えん
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恵に紙飛行機を渡し終えた後、サムライはバンに向かった。
バンの助手席では直が本を読んでいた。
「終わったぞ」
「ああ」
サムライが短く告げて運転席に乗り込むと、直は静かに本を閉じ、車窓に視線を投げる。五年前より大人びてシャープになった横顔には精悍さが滲んでいた。銀縁眼鏡の奥の眼差しは怜悧な知性を帯びて、実父に面影を寄せている。
サムライは暫く何も言わず沈黙を楽しんだ。直と沈黙を共有するのは悪くない。車窓の下には森閑とした白樺の木立が犇めき、その向こうに精神病院を取り巻く殺風景な塀が見えた。
鍵屋崎恵は明日安田の養子になる。
今もって妹を溺愛している直は、誰より彼女の退院を喜んでいる筈だがおくびにも出さない。冷淡な無表情から心の波紋は汲み取れなかった。
「何を読んでいるんだ?」
サムライが訪ねると表紙だけ傾げて見せる。ミヒャエル・エンデ、『車輪の下』。サムライは読んだことのない外国の文学だ。あらすじのみ辛うじて知っている。
直が眼鏡のブリッジに指をあて、呟く。
「恵は元気にしてたか」
「ああ」
「『ああ』だけじゃわからない、具体的に説明しろ」
「お前が以前見せてくれた写真よりも背が伸びていた。発育もよい」
「恵を猥褻な目で見るんじゃない」
即座に気分を害して抗議を申し立てる。これにはサムライも眉根と口元をひん曲げて反論する。
「心外なことを言うな、具体的な説明を所望したのはお前だ。髪は伸びていたな……健やかに成長していたぞ」
「大きくなったんだな」
「直接会いに行けばいい」
「そんな資格はない」
「頑固者め」
「お互い様だ」
この五年間で変化したのは直だけではない、遠く離れた恵も大きく変わっていた。
今の彼女には他者の心の内を慮る想像力と包容力が備わっている。
兄が何故両親を手にかけたのか、その心情の全部を理解できずとも共感を起点に理解しようとする客観性があった。
五年間、お互いの事を考える時間だけはたっぷりあった。
離れ離れだった五年の歳月の重みが、一度は引き裂かれた兄妹に劇的な変化をもたらしたのだ。
助手席の直は本をグローブボックスにしまい、珍しく後ろめたそうに付け足す。
「今はまだ会えない。僕にも心の準備がいるんだ」
「許されにいくのに心の準備がいるとは奇体だな」
薄く含むサムライを横目でひと睨み、遠回りに探りを入れる。
「他に何か言ってたか?」
「絶対殺しに行くから待っていてくれと」
「ふん。上等だな」
「妹に殺意を向けられるのが心地いいか」
「異常者扱いしたければしろ」
どんなに拗れて歪んでいても、あるいは他人から見て異常でも、これが彼らの繋がりだ。
自分はまだ許される資格に足りてない、憎まれて余りある。
直は口角を不敵に吊り上げて笑った。
「恵が殺しに来てくれるなら、その日まで生き延びる意欲がわく」
バックミラーが切り取る直の眼光の強さに満足し、サムライもまた不敵に応じる。
「俺がいるから簡単には死なんぞ」
「守られるのはぞっとしないな。僕も強くなった」
直は辟易する。
「毎日稽古を付けているからな」
「銃の方が効率的だ。刀は時代遅れだ」
「今のは武士に対する侮辱か」
「面倒くさい男だな……僕は効率の話をしてるんだ。武装警察に刀で無双したいなら止めないが、遠くから銃で威嚇した方が逃げる時間が稼げるだろ」
平行線の議論に嫌気がさし、ダッシュボードから出した地図を広げる。
「次の目的地は鳥取だな」
「釜山行きの船なら大阪からも出ているぞ」
「日本海側に沿って行く方が速いし安全だ、東京付近には検問が敷かれている可能性がある」
直の声が弾んでいるのを聞き咎め、サムライの口元がへの字になる。
「久しぶりに道化に会えるのが嬉しいか?」
「理解不能な質問だな。韓国を経由してフィリピンに逃げるルートが一番確実だから選んだまでで他意はない、ヨンイルに会いに行きたいから釜山に寄るなんて妄想を逞しくするな」
「あちらはあちらで大変そうだが」
「例外はない。東京プリズンから散った囚人は万単位、その回収に政府は躍起になってる。ひとまず海外に出てしまえば追ってこれない」
「皆祖国へ帰ってしまったな」
王様はフィリピンに、道化は韓国に、皇帝はロシアに、ホセはブラジルにに。他、祖国へ帰る手立てや資金のない連中は日本各地のスラム街に潜伏している。
東京プリズン崩壊後の五年間、直とサムライは車で旅をして回っていた。逃亡を続ける中で何度も危険な目に遭遇したが、サムライの剣の腕と直の機転でどうにか切り抜けてきた。
しかし包囲網は着実に狭まってきて、恵への心残りを片付けた直は、海外の友人を頼って国外に脱出する事にした。
「逃亡生活も長いな。僕が成人してしまった」
「俺もな」
「君は以前から成人済みの風貌だったじゃないか」
「実年齢の話だ」
直が地図を畳んでサムライに向き直り、真剣な目をして告げる。
「……おりてもいいんだぞ」
「何だと?」
「仙台は君の故郷。漸く帰ってこれたんだ……無理に付き合わせる気はない」
本当はすぐにでも恵に会いに来たかったが、鍵屋崎直の唯一の身内ということで監視が緩まず、警備が手薄になるのを待っているうちに五年が経ってしまった。
いわんやサムライにとっては生まれ故郷、念願叶って仙台の地を踏んだのだからすぐに去るのは惜しまれる。
「……そうだな。苗の墓参りをしたい」
「わかった。車で待っている」
「お前も来い」
サムライにきっぱり断言され、直の顔に動揺が走る。
「正気か?恋人の墓に僕を連れていくのか、不謹慎だぞ」
「苗にお前を目合わせたい。アイツは最後まで俺の幸せを願っていた、俺の幸せだけを願いながら逝った。故にこそ今、お前と共にここに在る俺を見せたい」
苗は最期に姉として死んだ。伴侶として子を成し添い遂げる道を選ばず、姉として弟を見守る決断をした。
五年の歳月が流れ、嘗て一人の女として愛した苗への気持ちは凪いだものに変わっていった。
「俺のエゴだとわかっている。それでもお前と二人で行きたい、苗を安心させてやりたい」
「サムライ」
「実家は取り潰された。帯刀家は皆死に廃された。ここは俺の故郷だがもはや何もない、苗の墓以外に心を残すものがない」
溶鉱炉で死んだ静流は骨も灰も残っていない。もはや仙台にサムライを留め置く未練は、苗の墓しかない。
直には恵がいる。しかし苗は、サムライの心の中にしかいない。彼女は死んだのだ。
苦悩を吐きだすサムライの顔を両手で包み、額を合わす。
「……君は弱いな」
「お前が弱くした」
苗を失って一人になり、もはや何も失うものはないと達観していたのに、また失ったら怖いものができてしまった。直の手を掴み、縋り付き、唇を重ねる。
「いいか」
直が注意しないと気付かない程小さく頷き、二人でバックシートに移動する。直を下に寝かせて押し倒し、片手で頬を包み、ゆっくりと唇を啄む。
「眼鏡は外してくれ」
「わかっている」
愛おしげな手付きで眼鏡を外し、弦を畳んでダッシュボードに置く。直と手を組み合わせる。血も滞るほど、強く強く締め上げる。
「っ……」
身体を重ねるのは初めてじゃないが、毎回初めてのように緊張する直が愛おしい。震える睫毛の先まで自分の物にしたくなる衝動と欲望が止まらず、全身をまさぐりだす。
「ふぁっ、あ、サムライ」
五年前と比べ少し逞しくなった身体、しなやかな筋肉が躍動する。シャツをまくりあげて腹筋をなで、ズボンを引きずり下ろす。
形の良いペニスを片手で包み、カリ首に指をひっかけ捏ね回すと、切なく微痙攣する鈴口から透明な雫が迸る。
「俺と来て悔やんでないか?」
「こっちの、台詞だ、ッァぁ」
股間に血が集まって熱く疼く。どんどんいきりたって固さを増すペニスを内腿に擦り付ければ、喉を仰け反らして喘ぐ。
どんなに抱いても抱き足りずどんなに愛せど愛し足りず夢中で唇を吸い、唾液で潤んだ粘膜を蹂躙する。
車のバックシートで身体を重ねるのは何度目か。本当はもっと負担のかからない場所でしたいが、逃亡者の身の上ではそうもいかない。
この先もまだ苦難は待っている、困難は数えきれない。
海外に逃げても安全とは限らず、追っ手を差し向けられる可能性は否定できない。
鍵屋崎直と帯刀貢は人殺しだ。犯罪者だ。自由にしてはいけない人間だ。
だからこそ今、刹那的に互いを求める。
「あっ、ぁっあ、そこっ、ぁっ」
どこまでもひたむきに貪り合って、いずれ失われてしまうかもしれない、絶対失いたくない互いの体温と感触を確かめる。
「感じやすいな」
「僕のっ、海綿体にっ、言え!」
鈴口からとぷとぷ溢れてくる先走りの粘度が増す。片手でペニスを弄び、反対の手で乳首を揉み転がす。
「快楽中枢と直結してるからっ……ドーパミンの過剰分泌、コントロールできないのは仕方ないだろ」
「意地っ張りだな」
「やめろ」
「もっとよく顔を見せろ」
赤く染まった顔がそっぽを向く。前髪をかきあげ、暴かれた額に接吻する。その間も片手の動きは止めず、直が自ら腰を浮かせて擦り付けてくる。
「っあ……じらすな……」
「入れていいか」
「いいに決まってる」
今度は直の手が伸び、サムライの股間を性急にまさぐって育てていく。
自分に比べて太く立派なペニス、その裏筋をくすぐって後孔へ導き、挿入の痛みに備えて目を瞑る。
「来い、サムライ」
できるだけ痛みを与えないように先走りを塗し、丁寧にほぐす。息を止め、アナルにあてがったペニスを押し込んでいく。
「!ぅン、ぁっぐ」
直の額に大粒の汗が浮く。苦痛と快楽に歪む顔が愛しくてたまらず、深く深く口付ける。
「いいか直」
「行為中に、ンぁっ、口数が多いのは、っは、興ざめ、だぞ」
直が腰を揺すってサムライを求める。前立腺を急角度で突くたび身体が跳ね上がり汗が飛ぶ。
恵がすぐそこにいるのに身体を繋ぐ罪悪感を快楽が上回り、抽送に伴って飛びかける意識を必死にかき集める。
すまない恵、まだ会えない。心の中で謝罪し、自分の上で腰を振るサムライを見詰める。
「悔やんでなんか、いない、ッあっ、ふぁ、僕が、ぁッあっぁあっ、君をッ、選んだんだ」
地獄のような東京プリズンでの日々に耐えられたのは、彼がいたからだ。
仲間がいたからだ。
だからこそ、東京プリズンを出てからもずっと一緒にいたいと望んでしまった。離れがたいと思ってしまった。
レイジ、ロン、ヨンイル、サーシャ、ホセ……懐かしい仲間の顔が脳裏を巡る。サムライの背に腕を回し、強く強く抱き付いて叫ぶ。
「君はこの僕が選んだ男だ。自信をもて」
直腸を滑走するペニスがくり返し粘膜を巻き上げ、前立腺から脊髄へ、脊髄から脳髄へと快楽の濁流が送り込まれる。
「ぁっあ、サムラっ、もっィく、ィきたい」
「直。好きだ」
「こっちの、台詞だ、低能め」
息を荒げた直が笑顔で罵倒を放ち、この上ない至福の笑みを浮かべたサムライが最奥に打ち付ける。
「ぁっああ―――――――――――――――……」
不規則な痙攣が襲い、ペニスから大量の白濁が飛び散る。
同時に果てたサムライがぐったり突っ伏し、余韻に浸るように直を抱き締める。
「重い。どけ」
「暫し待て」
「窒息させる気か」
憎まれ口を叩く顔には疲労と愛情の色。汗で湿ったサムライの髪を一筋かきあげ、力強く断言する。
「行けるとこまで行くぞ」
「心得た」
日本でも韓国でもフィリピンでも、君さえ隣にいればいい。隣にいれば強くなれる。
バックシートを片付けた後、シャツの皺を神経質に伸ばし、身嗜みを整えてから直が言った。
「次は僕が運転する」
「ならん」
「何故だ?免許がないのはお互い様だろ、運転し通しじゃ疲れるし」
「させん」
「だから何故と聞いている」
「死期を早めたくないからだ」
「失礼な」
助手席と運転席で押し問答するサムライと直。ダッシュボードには紙飛行機がさしてある。東京プリズン脱獄前、王様が聖書の1ページを折って飛ばした紙飛行機。
渋々助手席に落ち着いた直は、なにげなくその紙飛行機を広げ、懐かしい友人の筆跡を見返す。
『Hope to see you around!』
新約聖書マタイ伝第七章の一節、「求めよ、されば与えん」のページに綴られた、またどこかで会おうのメッセージ。
サムライが仏頂面のままアクセルを踏んで車を出す。
直は車窓の木立を一瞥し、ガラスに添えた指を軽く滑らせて、妹に別れを告げた。
妹が生きている。
隣に彼がいる。
友達と会える。
それだけで、生きる意味はある。
「ここは地獄じゃない。生きてさえいればまた会える」
下ろした窓から吹き込む風に黒髪を靡かせ、受難が鍛え上げた横顔で独りごちる直に、ハンドルを握るサムライは笑った。
「同感だ」
恵に紙飛行機を渡し終えた後、サムライはバンに向かった。
バンの助手席では直が本を読んでいた。
「終わったぞ」
「ああ」
サムライが短く告げて運転席に乗り込むと、直は静かに本を閉じ、車窓に視線を投げる。五年前より大人びてシャープになった横顔には精悍さが滲んでいた。銀縁眼鏡の奥の眼差しは怜悧な知性を帯びて、実父に面影を寄せている。
サムライは暫く何も言わず沈黙を楽しんだ。直と沈黙を共有するのは悪くない。車窓の下には森閑とした白樺の木立が犇めき、その向こうに精神病院を取り巻く殺風景な塀が見えた。
鍵屋崎恵は明日安田の養子になる。
今もって妹を溺愛している直は、誰より彼女の退院を喜んでいる筈だがおくびにも出さない。冷淡な無表情から心の波紋は汲み取れなかった。
「何を読んでいるんだ?」
サムライが訪ねると表紙だけ傾げて見せる。ミヒャエル・エンデ、『車輪の下』。サムライは読んだことのない外国の文学だ。あらすじのみ辛うじて知っている。
直が眼鏡のブリッジに指をあて、呟く。
「恵は元気にしてたか」
「ああ」
「『ああ』だけじゃわからない、具体的に説明しろ」
「お前が以前見せてくれた写真よりも背が伸びていた。発育もよい」
「恵を猥褻な目で見るんじゃない」
即座に気分を害して抗議を申し立てる。これにはサムライも眉根と口元をひん曲げて反論する。
「心外なことを言うな、具体的な説明を所望したのはお前だ。髪は伸びていたな……健やかに成長していたぞ」
「大きくなったんだな」
「直接会いに行けばいい」
「そんな資格はない」
「頑固者め」
「お互い様だ」
この五年間で変化したのは直だけではない、遠く離れた恵も大きく変わっていた。
今の彼女には他者の心の内を慮る想像力と包容力が備わっている。
兄が何故両親を手にかけたのか、その心情の全部を理解できずとも共感を起点に理解しようとする客観性があった。
五年間、お互いの事を考える時間だけはたっぷりあった。
離れ離れだった五年の歳月の重みが、一度は引き裂かれた兄妹に劇的な変化をもたらしたのだ。
助手席の直は本をグローブボックスにしまい、珍しく後ろめたそうに付け足す。
「今はまだ会えない。僕にも心の準備がいるんだ」
「許されにいくのに心の準備がいるとは奇体だな」
薄く含むサムライを横目でひと睨み、遠回りに探りを入れる。
「他に何か言ってたか?」
「絶対殺しに行くから待っていてくれと」
「ふん。上等だな」
「妹に殺意を向けられるのが心地いいか」
「異常者扱いしたければしろ」
どんなに拗れて歪んでいても、あるいは他人から見て異常でも、これが彼らの繋がりだ。
自分はまだ許される資格に足りてない、憎まれて余りある。
直は口角を不敵に吊り上げて笑った。
「恵が殺しに来てくれるなら、その日まで生き延びる意欲がわく」
バックミラーが切り取る直の眼光の強さに満足し、サムライもまた不敵に応じる。
「俺がいるから簡単には死なんぞ」
「守られるのはぞっとしないな。僕も強くなった」
直は辟易する。
「毎日稽古を付けているからな」
「銃の方が効率的だ。刀は時代遅れだ」
「今のは武士に対する侮辱か」
「面倒くさい男だな……僕は効率の話をしてるんだ。武装警察に刀で無双したいなら止めないが、遠くから銃で威嚇した方が逃げる時間が稼げるだろ」
平行線の議論に嫌気がさし、ダッシュボードから出した地図を広げる。
「次の目的地は鳥取だな」
「釜山行きの船なら大阪からも出ているぞ」
「日本海側に沿って行く方が速いし安全だ、東京付近には検問が敷かれている可能性がある」
直の声が弾んでいるのを聞き咎め、サムライの口元がへの字になる。
「久しぶりに道化に会えるのが嬉しいか?」
「理解不能な質問だな。韓国を経由してフィリピンに逃げるルートが一番確実だから選んだまでで他意はない、ヨンイルに会いに行きたいから釜山に寄るなんて妄想を逞しくするな」
「あちらはあちらで大変そうだが」
「例外はない。東京プリズンから散った囚人は万単位、その回収に政府は躍起になってる。ひとまず海外に出てしまえば追ってこれない」
「皆祖国へ帰ってしまったな」
王様はフィリピンに、道化は韓国に、皇帝はロシアに、ホセはブラジルにに。他、祖国へ帰る手立てや資金のない連中は日本各地のスラム街に潜伏している。
東京プリズン崩壊後の五年間、直とサムライは車で旅をして回っていた。逃亡を続ける中で何度も危険な目に遭遇したが、サムライの剣の腕と直の機転でどうにか切り抜けてきた。
しかし包囲網は着実に狭まってきて、恵への心残りを片付けた直は、海外の友人を頼って国外に脱出する事にした。
「逃亡生活も長いな。僕が成人してしまった」
「俺もな」
「君は以前から成人済みの風貌だったじゃないか」
「実年齢の話だ」
直が地図を畳んでサムライに向き直り、真剣な目をして告げる。
「……おりてもいいんだぞ」
「何だと?」
「仙台は君の故郷。漸く帰ってこれたんだ……無理に付き合わせる気はない」
本当はすぐにでも恵に会いに来たかったが、鍵屋崎直の唯一の身内ということで監視が緩まず、警備が手薄になるのを待っているうちに五年が経ってしまった。
いわんやサムライにとっては生まれ故郷、念願叶って仙台の地を踏んだのだからすぐに去るのは惜しまれる。
「……そうだな。苗の墓参りをしたい」
「わかった。車で待っている」
「お前も来い」
サムライにきっぱり断言され、直の顔に動揺が走る。
「正気か?恋人の墓に僕を連れていくのか、不謹慎だぞ」
「苗にお前を目合わせたい。アイツは最後まで俺の幸せを願っていた、俺の幸せだけを願いながら逝った。故にこそ今、お前と共にここに在る俺を見せたい」
苗は最期に姉として死んだ。伴侶として子を成し添い遂げる道を選ばず、姉として弟を見守る決断をした。
五年の歳月が流れ、嘗て一人の女として愛した苗への気持ちは凪いだものに変わっていった。
「俺のエゴだとわかっている。それでもお前と二人で行きたい、苗を安心させてやりたい」
「サムライ」
「実家は取り潰された。帯刀家は皆死に廃された。ここは俺の故郷だがもはや何もない、苗の墓以外に心を残すものがない」
溶鉱炉で死んだ静流は骨も灰も残っていない。もはや仙台にサムライを留め置く未練は、苗の墓しかない。
直には恵がいる。しかし苗は、サムライの心の中にしかいない。彼女は死んだのだ。
苦悩を吐きだすサムライの顔を両手で包み、額を合わす。
「……君は弱いな」
「お前が弱くした」
苗を失って一人になり、もはや何も失うものはないと達観していたのに、また失ったら怖いものができてしまった。直の手を掴み、縋り付き、唇を重ねる。
「いいか」
直が注意しないと気付かない程小さく頷き、二人でバックシートに移動する。直を下に寝かせて押し倒し、片手で頬を包み、ゆっくりと唇を啄む。
「眼鏡は外してくれ」
「わかっている」
愛おしげな手付きで眼鏡を外し、弦を畳んでダッシュボードに置く。直と手を組み合わせる。血も滞るほど、強く強く締め上げる。
「っ……」
身体を重ねるのは初めてじゃないが、毎回初めてのように緊張する直が愛おしい。震える睫毛の先まで自分の物にしたくなる衝動と欲望が止まらず、全身をまさぐりだす。
「ふぁっ、あ、サムライ」
五年前と比べ少し逞しくなった身体、しなやかな筋肉が躍動する。シャツをまくりあげて腹筋をなで、ズボンを引きずり下ろす。
形の良いペニスを片手で包み、カリ首に指をひっかけ捏ね回すと、切なく微痙攣する鈴口から透明な雫が迸る。
「俺と来て悔やんでないか?」
「こっちの、台詞だ、ッァぁ」
股間に血が集まって熱く疼く。どんどんいきりたって固さを増すペニスを内腿に擦り付ければ、喉を仰け反らして喘ぐ。
どんなに抱いても抱き足りずどんなに愛せど愛し足りず夢中で唇を吸い、唾液で潤んだ粘膜を蹂躙する。
車のバックシートで身体を重ねるのは何度目か。本当はもっと負担のかからない場所でしたいが、逃亡者の身の上ではそうもいかない。
この先もまだ苦難は待っている、困難は数えきれない。
海外に逃げても安全とは限らず、追っ手を差し向けられる可能性は否定できない。
鍵屋崎直と帯刀貢は人殺しだ。犯罪者だ。自由にしてはいけない人間だ。
だからこそ今、刹那的に互いを求める。
「あっ、ぁっあ、そこっ、ぁっ」
どこまでもひたむきに貪り合って、いずれ失われてしまうかもしれない、絶対失いたくない互いの体温と感触を確かめる。
「感じやすいな」
「僕のっ、海綿体にっ、言え!」
鈴口からとぷとぷ溢れてくる先走りの粘度が増す。片手でペニスを弄び、反対の手で乳首を揉み転がす。
「快楽中枢と直結してるからっ……ドーパミンの過剰分泌、コントロールできないのは仕方ないだろ」
「意地っ張りだな」
「やめろ」
「もっとよく顔を見せろ」
赤く染まった顔がそっぽを向く。前髪をかきあげ、暴かれた額に接吻する。その間も片手の動きは止めず、直が自ら腰を浮かせて擦り付けてくる。
「っあ……じらすな……」
「入れていいか」
「いいに決まってる」
今度は直の手が伸び、サムライの股間を性急にまさぐって育てていく。
自分に比べて太く立派なペニス、その裏筋をくすぐって後孔へ導き、挿入の痛みに備えて目を瞑る。
「来い、サムライ」
できるだけ痛みを与えないように先走りを塗し、丁寧にほぐす。息を止め、アナルにあてがったペニスを押し込んでいく。
「!ぅン、ぁっぐ」
直の額に大粒の汗が浮く。苦痛と快楽に歪む顔が愛しくてたまらず、深く深く口付ける。
「いいか直」
「行為中に、ンぁっ、口数が多いのは、っは、興ざめ、だぞ」
直が腰を揺すってサムライを求める。前立腺を急角度で突くたび身体が跳ね上がり汗が飛ぶ。
恵がすぐそこにいるのに身体を繋ぐ罪悪感を快楽が上回り、抽送に伴って飛びかける意識を必死にかき集める。
すまない恵、まだ会えない。心の中で謝罪し、自分の上で腰を振るサムライを見詰める。
「悔やんでなんか、いない、ッあっ、ふぁ、僕が、ぁッあっぁあっ、君をッ、選んだんだ」
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だからこそ、東京プリズンを出てからもずっと一緒にいたいと望んでしまった。離れがたいと思ってしまった。
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「君はこの僕が選んだ男だ。自信をもて」
直腸を滑走するペニスがくり返し粘膜を巻き上げ、前立腺から脊髄へ、脊髄から脳髄へと快楽の濁流が送り込まれる。
「ぁっあ、サムラっ、もっィく、ィきたい」
「直。好きだ」
「こっちの、台詞だ、低能め」
息を荒げた直が笑顔で罵倒を放ち、この上ない至福の笑みを浮かべたサムライが最奥に打ち付ける。
「ぁっああ―――――――――――――――……」
不規則な痙攣が襲い、ペニスから大量の白濁が飛び散る。
同時に果てたサムライがぐったり突っ伏し、余韻に浸るように直を抱き締める。
「重い。どけ」
「暫し待て」
「窒息させる気か」
憎まれ口を叩く顔には疲労と愛情の色。汗で湿ったサムライの髪を一筋かきあげ、力強く断言する。
「行けるとこまで行くぞ」
「心得た」
日本でも韓国でもフィリピンでも、君さえ隣にいればいい。隣にいれば強くなれる。
バックシートを片付けた後、シャツの皺を神経質に伸ばし、身嗜みを整えてから直が言った。
「次は僕が運転する」
「ならん」
「何故だ?免許がないのはお互い様だろ、運転し通しじゃ疲れるし」
「させん」
「だから何故と聞いている」
「死期を早めたくないからだ」
「失礼な」
助手席と運転席で押し問答するサムライと直。ダッシュボードには紙飛行機がさしてある。東京プリズン脱獄前、王様が聖書の1ページを折って飛ばした紙飛行機。
渋々助手席に落ち着いた直は、なにげなくその紙飛行機を広げ、懐かしい友人の筆跡を見返す。
『Hope to see you around!』
新約聖書マタイ伝第七章の一節、「求めよ、されば与えん」のページに綴られた、またどこかで会おうのメッセージ。
サムライが仏頂面のままアクセルを踏んで車を出す。
直は車窓の木立を一瞥し、ガラスに添えた指を軽く滑らせて、妹に別れを告げた。
妹が生きている。
隣に彼がいる。
友達と会える。
それだけで、生きる意味はある。
「ここは地獄じゃない。生きてさえいればまた会える」
下ろした窓から吹き込む風に黒髪を靡かせ、受難が鍛え上げた横顔で独りごちる直に、ハンドルを握るサムライは笑った。
「同感だ」
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