少年プリズン

まさみ

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トリップ・オア・トリート

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娑婆はハロウィンで浮かれ騒いでる。
夜は氷点下まで冷え込み昼は炎天下が続く砂漠のど真ん中、東京プリズンには四季がない。季節感はガバガバでイベントにも無縁だ。
娑婆にいた時はハロウィンは稼ぎ時だった、僕はお客の要望にこたえて様々な仮装をしドラッグパーティーは大盛況、みんな鼻から粉を吸ってハイになってた。
「だからーせめて気分だけでも味わいたいなって」
「ドラッグオアトリートっすか」
「うまいことゆーねビバリー」
パイプベッドの上で寝返りを打ち、テディベアを抱えてにっこり笑えば、今日も今日としてロザンナでハッキングを仕掛けていたビバリーがため息を吐く。
「夢見すぎっすよリョウさん、頭でっかちぞろいの東京プリズンの看守がお菓子なんかくれるわけないじゃねっすか、ケツ穴にクラッカー突っ込まれて糸引かれんのがオチっすよ」
「だってツマんないじゃん、せっかくのハロウィンなのにさー」
「そーゆーのはとっくに卒業したっす、ご近所練り歩いてお菓子ねだるのが許されるのは小学校までっす。ま、娑婆で仮装したって強盗と間違われて撃たれるのが関の山っすよ」
「ビバリーはアレとかいいんじゃない、骸骨のペイントした全身黒タイツ。似合いそうだよ」
「全然嬉しくないっす」
「ふんだ」
ノリが悪いビバリーに拗ねる。
半分イギリス人の僕は毎年ハロウィンになると血が騒ぐ。子供の頃はママがクッキーを焼いてくれた。僕は娼婦の私生児でうちは貧乏な母子家庭だけど、ママのクッキーは世界一おいしい。
「あーあテンションさがる、せっかくのハロウィンなのにさー」
ベッドの後ろ手付いてそっくり返り宙を蹴る。配管剥き出しの殺風景な天井とコンクリ打ち放しの灰色の壁にはハロウィンらしさが微塵もない。飾り付けしたくたって材料は手に入らない。
「そうだ、イエローワークの温室で育てたジャックオランタン持ってこよ。でも人で運べるかな、潰れそうで不安だな。手伝ってよビバリー」
「イエローワークでカボチャ作ってるなんて初耳っすよ」
「くりぬくのはまかせてよ、得意なんだ」
「もし現物手に入るならパンプキンパイにするほうがずっとマシっす」
塩対応のビバリーにめげず話しかける。
「東京プリズン第一回ハロウィンコスプレ選手権は?」
「なんすかそれ」
「実際無理なら頭の中で着せ替えしようよ。ねーねー僕は何が似合うかな」
「は?いきなり振られても」
「いいから考えて!」
わくわくしながら身を乗り出す。ビバリーはお人好しだから基本僕の思い付きを断れない。期待に輝く眼差しにさらされて、ロザンナのキーを打鍵する手は止めずに答える。
「……赤ずきんちゃんっすかね、赤毛だし。かわいいし」
「さっすがビバリー、よくわかってる」
「そ、そっすか?」
軽快に指を弾いて発想を褒めれば、ビバリーがまんざらでもなさそうに照れ笑い。
「下心満載のオオカミを返り討ちにしてありがねがっぽりぶんどる、すっごい僕らしいじゃん」
「そっちっすかー」
ビバリーががっくり苦笑いで脱力。僕は後を引き取って想像をこねまわす。
「サムライは?」
「そのまんまサムライでいいんじゃないすか?それかニンジャとか」
「ニンジャスレイヤーか、いいね。アイエエエって叫んで欲しい」
「リョウさん僕がベッドの下に隠してるパルプ小説読んだでしょ」
「細かいことは気にしない。レイジは?狼男かな」
「あーぽいっすね、ワイルドだし。年中発情期でさかってるし」
「オオカミって一途な動物らしいよ、番を決めたら一生その相手と添い遂げる」
「ロンにぞっこん惚れてる群れの王様らしいっすね」
「んでさ、ロンは?」
「僕あっちのモンスターにくわしくないんすよね……キョンシーとかいいんじゃないっすか、両手前に突き出してぴょんぴょん跳ねるんすよ、頭のお札が邪魔っすけど」
「サーシャは吸血鬼かなー色白いし銀髪だし。ゴシックなお城に住んでる」
「凱は見た目まんまフランケンシュタインっすね」
「けっこー酷いねビバリー」
「親殺しは?」
「もやし」
「それ仮装じゃねっすよ悪口っすよ」
「あんなヤツ全身白タイツで等身大もやしのコスプレすればいいのさ、タジマはオーク一択」
「リョウさんのほうがひどいっす!じゃあ親殺しは姫騎士でいいんじゃねっすかくっ殺せとか言いそうだし」
「何それ」
「ヨンイルさんに教えてもらったんすけど、昔の漫画じゃオークにとらわれた姫騎士がくっころって言うのが様式美だったんすよ」
「意味わかんない……」
空想を交えて配役を考えていくとビバリーも乗り気になって案外話が弾む。僕たちは顔見知りの囚人を次々モンスターにあてはめていく。
「ヨンイルは漫画のキャラクターの仮装しそうだよね、黒マントに顔に継ぎシールでブラックジャックとか」
「すげーわかるっす、ホセさんは……巨人とか?」
「進撃の巨根だ」
なんて馬鹿話をしてたら用事を思い出す。ベッドから飛び下りた僕はビバリーに片手をふって、足取り歩く鉄扉へ赴く。
「僕ちょっとぬけるね」
「どこ行くんすかリョウさん」
「いいものもらいにいくの」
娑婆から一緒のテディベアを抱っこして房を後にする。今は自由時間、強制労働を終えた囚人たちが三々五々に寛いでいる。
車座になって賭博に興じる連中、互いの胸ぐら掴んで喧嘩をおっぱじめる連中、そんなとんでもなく刺激的だけど慣れちゃえば退屈なだけの東京プリズンの日常が飽きもせず繰り広げられている。
僕の行き先は決まってる。
「こんにちはー」
スキップするように歩いて待ち合わせの路地を覗きこめば、既に看守が待機していた。彼は僕のお得意様、利益提供者だ。
「遅かったなリョウ」
「ごめんごめん、ビバリーと話が弾んじゃって。約束のブツはちゃんと持ってきてくれた?」
「ああ……そっちは?」
「もっちのろん!」
東京プリズンは私物持ち込み厳禁、禁制品の娯楽を手に入れたければ物々交換に頼るしかない。対象は囚人ごとにさまざまで、スナック菓子やチョコレートを欲しがる甘党から各種性癖に対応したポルノ本をご消耗のムッツリスケベ、トランシーバーや盗聴器をリクエストする無線機マニアまでいる。ここじゃ煙草一本手に入れるのだって駆け引きと人脈がものを言うのだ。
最初から持ってる人間はわからないだろうけど、ドロップ缶一個と引き換えに身体を売るヤツは大勢いる。
僕には娑婆で培ったコネとテクがある。副業のおかげで看守に顔と名前が売れてるし、ネコをかぶって彼らに媚びてる限りいろいろと融通してもらえる。強いものには諂いおだて、上手く利用するのが僕の流儀だ。
看守は不安げに目を泳がせて周囲をうかがい、声を低めて念を押す。
「例のモノはきちんと持ってきてやった。くれぐれもあの事は内密に」
「言わないよ、渋谷で可愛い男の子買いあさってたなんてむがっ」
分厚い掌が咄嗟に口を塞ぐ。爪の不潔さに気が滅入る。僕はその手に手をかけて、目だけでしたたかに笑ってみせる。
「……僕とあなたのヒ・ミ・ツ。まだ皮も剥けてないよーな子が好みなんだよね」
「お前……!」
「隠さなくたっていいじゃない、性的嗜好はそれぞれなんだから。けどペドは肩身狭いよね、予備軍どころか殆ど犯罪者と同一視じゃない?きちんとお金払ってるんだから後ろめたく思うことなんか何もないって」
一呼吸おき、さもわざとらしくテディベアをなでまわす。
「ああ、でもプリズンでバレるとヤバそうだね。看守からも囚人からも目を付けられて大変だ、ここの連中マイノリティに理解がないから。お友達の柿沼さんも白い目で見られていじめられてるし……えーと、結婚3年目、だっけ?子供はまだ?奥さんに知られたくないよね、本当は男の子でしかイケないなんて。子供ができたらその子にまで手を出しちゃったりして……あたり?」
憤激で顔を染めた看守が僕の胸ぐらを掴んで壁に押し付ける。予想通りの短気な行動だ。悔しさと怒りで歯切りし、極端に顔を寄せてくる。
「リョウてめぇ……淫売の分際で脅す気か?娑婆じゃさんざんぼったくりやがって、こっちでもまだ付き纏うのか」
「人聞き悪いなー、そっちだっていい思いしてるでしょ?僕たちは対等な取引相手だって」
看守が馬鹿にしたように鼻を鳴らす。コイツは僕が仕切ってた渋谷の売春グループの上客だった。ご指名に預かるのはもっぱら十代前半かそれ以下の男の子で、僕も気が向いたときは何回か寝てやった。早漏で威張ってるから仲間内じゃ不評だったけど。
「家庭が壊れるのも見下されるのもやだよね?」
胸ぐら掴む手首をそっと掴んで言い聞かす。
東京プリズンは看守も囚人もクズぞろい、強姦やリンチをなんとも思ってない連中だが、親殺しの禁忌を犯したもの、子どもを犯して嬲り殺す変態だけは別格だ。
コイツは後者にあてはまる。
東京プリズンには十代にしてすでに子持ちが多く、まかり間違って変態が世に放たれたら他人事とばかり構えちゃられない。実際ペドが入った柿沼は同僚から一段も二段も下として扱われている。
「求めよされば与えん、ギブアンドテイクが信条なんだ。あなたが僕に欲しいものくれる限り裏切らないって誓うよ、だってメリットないでしょ」
東京プリズンでコイツと巡り会えたのは幸運だった。コイツはすぐ僕の正体に気付き、僕もすぐ思い出した。もともと一度寝た客の顔は絶対忘れないのだ、それ位観察力と記憶力に優れてなくちゃ渋谷最大の売春グループの元締めは務まらない。摘発されちゃったのはホント惜しかった、もっとデカく稼げたのに。
「いい性格してやがるぜ、ほらよ」
看守が舌打ちと共に胸ぐら突き放し、僕は大袈裟に首まわりをさすって痛がる。続いて看守が突き付けたのは、セロハンの透明な袋に入った、カラフルなロリポップだ。全部で六本一束、オレンジと黒のリボンでまとめられている。
「わーいありがとー!」
「ンなもん欲しがるなんてガキくせえな」
「いいじゃんハロウィン近いし、甘いお菓子ほしがったってばちあたらないでしょ?」
東京プリズンじゃ飴は貴重品だ。早速袋を破き一本選んで口に持ってく。僕の髪の毛とおそろい、澄んだ赤色のロリポップ。口の中で含み転がし唾液をまぶすと、甘ったるい味が広がっていく。
「ん~~これこれ、トべるー」
「混ぜ物もしてねーただの飴玉で?末期のジャンキーは想像トリップも余裕かよ」
「育ち盛りだからね、身体が糖分を欲してるんだ」
看守の揶揄を冗談で受け流してロリポップに舌を絡める。紙を巻いた芯で出来たスティックを持ち、丸い飴玉を挑発的になめあげれば、看守が物欲しそうに生唾を呑む。
「シたい?いいよ、あげる」
ロリポップを薄い舌でぺろぺろして計算ずくの媚態を演じる。即座に看守が本性を剥き出し、性急な手付きでベルトを外し、壁際の僕へとのしかかってくる。下着ごとズボンをずらせば赤黒く屹立したペニスが跳ねて、僕は舌なめずりしてしゃがみこむ。
「ん、ぁむ」
看守のペニスは小便の味がした。おしっこの切れが悪いのかな。吐きたくなるのをロリポップに浮気してやり過ごし、フェラチオをはじめる。大人の醜悪なペニスを唇で愛撫し、先走りが滲む先端を尖らせた舌先でくすぐり、睾丸を手でもみほぐして同時に快楽を送りこむ。
「んっ、ふ、そこ……喉の奥までずっぽりくわえこんでエグいフェラチオ、さすが渋谷でトップの男娼だ」
「はぁ……おいしい、ほんのりいちごの味がする。んっふ、むぐ」
息継ぎを挟んで奉仕をする。
ペニスに添えた片手をやわやわ動かし、もう片方の手で睾丸を揉みこみ、唇と舌と口を使って陰茎を太く育てる。
「ねえ……このロリポップ混ぜ物してないって言ってたけどホント?」
「疑うのかよ」
「だってほら、もうこんなカラダ熱い……媚薬とか入れてない?」
ズボンの内股をもぞ付かせ、潤んだ上目遣いで訴えかける。
育ち切ったペニスを一旦口から抜き、裾に手を入れて胸が見えるまで巻き上げれば、欲望が煮え滾った看守が僕を軽々と抱え上げて突き入れてくる。
「んん゛―――――――――――――――――ッ!!」
ろくにならしもせず挿入されて、激痛に背中が撓う。
「あっやンっ、あんっふぁっァあっ、んぅっんァあ――――――」
こなれた尻は大の男の物をあっさり受け入れて、うねる襞でもって締め付ける。咽喉仰け反らせ派手に喘げば、さらに興奮した看守が乱暴に腰を使い、夢中で抽送を開始する。
「あんっひあっ、もっすごっ、ああっイイっイくっィっちゃ、ぁっあ」
「さっきまでの威勢はどうしたよ、赤ん坊みてーにアヘってケツ振っていいザマだな!」
ふやけきった口から涎を垂れ流し、看守が与えてくれる快楽に溺れる。看守が僕のズボンを剥ぎ、皮こそ剥けてるもののまだ幼いペニスが外気に晒す。
「あんっやっ前いじくんないでえ、気持ちよすぎておかしくなっちゃ、あァん」
ゴツく不潔な手がぐちゃぐちゃ前をかきまわす、唾液と汗と先走りが混ざった潤滑油がペニスをしとどに滑らす。
嗜虐心が滴るようなゲスな笑顔で、僕の耳朶に生ぬるい吐息を絡める。
「そんなにハロウィンしてーならトリックオアトリートしてやる、犯してくれなきゃイタズラするぜ!!」
「はァあああんっ、ぁああァあああああんッ!!」
看守が甲高く腰を打ち付け、前と後孔を同時に攻められる快楽に仰け反って絶頂する。
「おかしっ、おかしほしい、僕のケツ穴におかしちょーだい」
呂律の回らない舌で、とろんと濁りきった目で乞えば、看守が不気味に笑んでロリポップの一歩を拾い、ペニスが根元まで埋まった僕の肛門に持っていく。
「あ、ゃだ」
何をされるか悟って怯えが走る。しかし看守は容赦せず、僕が嫌がれば嫌がる程調子付いて、抜けたペニスの代わりにロリポップをねじこんでくる。
「そらよ、お待ちかねのお菓子だ」
「ァあっあァふあァあぁ!!」
すっかり敏感になったケツ穴をロリポップが出入りし、前立腺をくちゃくちゃ刺激する。別にこんなのどうってことない、現役時代はSMだって対応してた。コイツは東京プリズンの他の看守にもれずサドっけあるから、今後の円滑な取引を踏まえ、ちょっと位サービスしてやってもいいかと計算したのだ。
「んッああァ、あふっやっきもちいっ、僕のお尻っ飴にぐちゃぐちゃ犯されてるアハッ、もっ、ドロドロ……」
直腸の熱で溶けたロリポップが粘付いて気持ち悪いけど我慢し、びゅくびゅく吐精する前を自分で擦りたてる。

「じゃあなリョウ」
「またご贔屓に」
事が済んだあと、僕はそそくさ去る看守を見送ってハロウィン行脚に赴く。まず最初に訪ねたのは王様の房だ。
無愛想な鉄扉を軽くノックし、いい子で出てくるのを待っていると、寝る準備に入ってたのか物凄く不機嫌そうなロンがでてくる。
「んだよリョウ、ヤクなら間に合って」
「トリックオアトリート」
「あン?」
怪訝そうなその口に問答無用でオレンジのロリポップを突っ込む。
「むぐ!?」
急なことで喉に詰まらせ、目を白黒させるロンの肩に手をかけレイジが乗り出す。
「おーリョウじゃん、手に持ってるそれ何」
「看守にもらったロリポップ。ハロウィン近いからおすそ分けしてるんだ」
「トリックオアトリートってか。順番逆じゃね?お前がもらうほうじゃねーのか」
「あるんならもらうけど」
「スナック菓子ならたんまりと」
「じゃーそれでいいや」
両手を出して可愛く催促すれば、レイジが「ちゃっかりしてやがる」と能天気に笑ってベッドの下からポテチを一袋引っ張り出してくる。
「ほらよ」
「サンキュー」
「大丈夫かロン」
「かふっ!」
レイジに背中を叩かれて息を吹き返したロンが、眉を吊り上げてブチギレる。
「やぶらかぼうになにすんだ、死ぬかと思った!お前の気まぐれにうんざりだぜ、ハロウィンだかなんだか知らねーけど中国人にゃ関係ねーよ一昨日きやがれ。ってかこれ変なの入ってねーだろな」
「ドラッグとか媚薬とか?安心してよ、ただの砂糖のかたまりだから」
「王様への献上分はねーのかよ」
「残念、本数が足りない。これからまだ回らなくちゃいけないとこがあるんだ、ロンとぺろぺろ半分この間接キッスでおぎなってよ」
「OK、っで!?んだよー踏むなよロン」
自分の顔を指さしてせがむレイジを笑顔で封じ、ロリポップを咥えたまんま仏頂面のロンに向き直る。
「甘いの嫌い?」
「嫌いじゃねーけど」
「じゃー返して」
「口に入れたんだから俺のもんだ」
やっぱ育ちが悪いヤツは意地汚い。
ロリポップを引っこ抜いて断言するロンに「だよねー」と相槌打って扉から離れれば、レイジが躾のなってない野良猫にもたれかかり、甘えて大口開ける。
「あーん」
「うぜえ離れろ」
レイジの顔を両手で押しのけようと頑張るロン、ロンの飴玉を執拗に付け狙うレイジ、賑やかな痴話喧嘩をおっぱじめた二人の房をあとにして向かった先はサムライの房。
無愛想な鉄扉をノックして暫く経過、中からとても十代とは思えない渋い声が響く。
「何奴」
「東棟の赤ずきんちゃんだよ」
まあ、赤毛以外に赤ずきんらしさはないけど。
危険はないと判断して鉄扉が開き、念のため木刀を腰だめに構えたサムライが現れる。
「リョウか。何用」
「トリックオアトリート!」
誰何する暇を与えず、その口に青いロリポップを突っ込む。気配を読むのは得意なサムライなら余裕で避けるかと思ったけど、僕の行動が意外すぎて呆然と突っ立ってるだけ。
サムライが眉間に皺の峡谷を刻み、緩慢な動作でちゅぽんと飴を抜く。
「……何の真似だ」
「ハロウィンだよハロウィン、頭の中身が江戸時代で止まってないならさすがに知ってるよね?欧米人がクリスマスと並んで大好きな、お菓子をくばって練り歩く行事だよ。ホントは赤いフードでばっちりコスプレ決めたかったけど、虫食いだらけの防災頭巾しか手に入らなくてさー。ばっちいから素のまんまで来た」
横槍を入れさせないようにまくしたてれば、サムライが理解不能といった難しい表情で聞き返す。
「飴を馳走してくれるのか。お前はそれで満足なのか」
「お菓子もらえればゆーことなし。なんかある?」
「生憎だが、娑婆にいた頃から甘い物に疎くてな。そもそも武家の男子が甘味に現を抜かすなど軟弱だ」
「はいはい出ましたサムライの異常な家訓その1。やっぱいいや忘れて、そのぶんじゃ出るにしても麩菓子とかかりんとうとかでしょ。見た目カワイイし金平糖ならもらったげてもいいけど」
「すまんが持ち合わせがない」
「だろーと思った」
ま、さすがに無茶振りだったか。おどけて肩を竦める僕の背後で憎たらしい声がする。
「なにをしている」
「キーストアじゃん、今お帰り?また図書室行ってたの」
一瞬しかめた顔を無邪気な笑顔で取り繕って振り向けば、小脇に本を抱えた鍵屋崎が不審感たらたらで、僕とサムライを見比べている。
「君が手にもってるのはなんだ」
「リョウにもらった飴玉だ。ハロウィンという茶番らしい」
「茶番て。たしかにそうだけどさ」
これだからノリが悪い日本人て大嫌い。ちょっとだけ興ざめし、心の中で舌打ちをする。鍵屋崎は眼鏡の弦を上げて僕の顔を凝視し、上から目線で命令しやがる。
「くだらない。そこは僕の房だ、入れないからどけ」
「いいじゃんかー半分イギリス人の僕にとっちゃハロウィンってすごいあがるの」
「君が配布する菓子には故意の異物混入が疑われる」
「ひとを無差別毒殺魔みたいに言わないでよ」
「前科があるからな」
「僕だったらもっと確実な手をとるよ。口移しとかね」
無害アピールで微笑めば鍵屋崎が最高に嫌な顔をし、僕を押しのけて中に入ろうとするものだから慌てて呼び止める。
「ちょっとー眼鏡くん、無視はひどくない?トリックオアトリートの合言葉知らないの、そこ通るなら通行料のお菓子を」
「悪戯でもいいんだろう」
愚痴を遮って鍵屋崎が急接近、たじろぐ僕の耳朶に気色悪く息を吹きかける。
「ひっ!?」
耳を覆ってとびのけば相手は冷めた無表情のまま、しゃあしゃあと開き直る。
「額を弾くのと迷ったが、もう一回手を洗うのは面倒だ」
「ぐ……ずるい、卑怯者!」
地団駄踏んで喚き散らす僕はもはや完全にシカトし、勝ち誇った笑みを薄く浮かべて鉄扉を閉ざす。腹立ちまぎれに扉を蹴り付けても応答なく、中指を立てて絶叫する。
「お前なんかサムライのスティックでほじくられて尿道炎おこしちゃえばいいんだ!!」
聞いているのかいないのか。ていうか、売春犯で尿道責めの体験あるのか?アイツは僕以上のド淫乱だからあっても驚かないけど。
「……ちぇー」
無反応だとちょっとへこむ。諦めて他の房を回ることにする。
「トリックオアトリート」
「んむぶ!?リョウてめぇ、いきなり上の口に突っこんでくるたァいい度胸じゃねえか!!」
「怒んないでよ凱、ほんの気持ちだって。おいしい飴玉嬉しいでしょ?」
「おいリョウ、お前なにして」
「トリックオアトリート」
「んぶふ!?」
「ラッシーにもおすそ分け、レモン味だよー」
本当の赤ずきんちゃんになった気分で東棟の房を回り、応対にでた囚人屋すれ違った看守たちにロリポップを押し付け、じゃない配っていく。
一部例外はいたけど、皆喜んでくれて気分がいい。
残る最後の1本をあげる相手は決まってる。消灯時間ギリギリに房に滑りこむと、既にビバリーは寝る準備をしていた。豆電球をひねって消そうとする間際に帰ってきた僕を一瞥、「もー遅いっすよリョウさん、迷子になったんじゃないか心配したんすよ」とお小言をたれる。
「で、おめあてのものはまんまと手に入れたんすか?」
一応気にしてくれていたらしいビバリーにスキップで歩み寄り、ちょっとビターなコーヒー味のロリポップを摘まんで味見。
「あげる」
ちゃっかりひとなめしたロリポップを、サムライの居合をまねた腕の振り抜きでビバリーの口に押し込む。
「んぶぼ!?これなっ、キャンディっすか?」
「そだよー甘いお菓子はハロウィンに欠かせないっしょ?」
「リョウさんてば……」
僕と間接キスしたビバリーがあきれはて、ロリポップを一旦ぬく。
「甘い物食べたあとはちゃんと歯ぁ磨かないと虫歯になるっすよ」
「うるさいなービバリーは僕のママなの?」
「保護者みてーなもんスけどね……とまれサンクスっす」
押し切られて苦笑いし、茶褐色のロリポップをよく味わってなめはじめる。
「キャンディなんて久しぶりっす、有り難くいただくっす。コーヒー味好きなんすよ、ほろ苦大人風味でグッドテイストっす」
「ビバリーの好みはお見通しだもん、君に似合うの選んだんだ」
「肌の色にあわせて?」
「そんなとこ」
「ん?」
「どうしたの」
「これコーヒー味っすよね……なんかいちごの味もするんスけど」
「あーそれは」
僕がなめたから。
ドン引くするだろう真実を伏せ、ビバリーに言われた通り歯磨きに立った瞬間固まる。
上向けた両掌を覗き込んだ僕は、ロンにサムライに凱に五十嵐、みんなにロリポップを直に手渡ししてた時はド忘れしていたあることに気付く。
「あちゃー、手ェ洗うの忘れてた……」
まあいいか、東京プリズンの囚人ならだれもそんなの気にしないもんね。潔癖症の親殺し以外は。
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