少年プリズン

まさみ

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下剋上前夜

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その夜、俺は下剋上を企てた。
「で、どういう事」
「こういう事さ」
「いや意味わかんねーんだけど」 
二人分の体重で錆びたスプリングが軋む。胸ぐら掴んでレイジを見下ろす。
「今度はお前が抱かれる番だってこと」
「なに、いつから交代制になったわけ?聞いてねーぞ」
「俺が今決めた。文句あっか」
「とりあえず手え放せ、シャツが伸びきっちまう。言いたいことあんなら座って聞いてやっから」
「大人しくしてろ」
低めた声に精一杯ドスを効かせるが哀しいかな致命的に凄みが足りない。
無理もない、俺はまだ声変わりも終えてないのだ。好きでもねえ酒や煙草をかっくらって喉を潰しときゃよかったとちょっとだけ後悔する。
マウントポジションをとられたレイジはただただ目を丸くしている。
「どういうつもりだ」
「犯すんだよ」
器用に片眉を跳ね上げる王様。意訳、マジで?
そこにあったのは驚愕でも焦燥でも勿論恐怖でもない、飼い猫の反抗を面白がる笑み。
コイツがとことん性悪だって思い知るのはこういう時だ。
俺の決死の抵抗や必死の反抗も無敵の王様にとっちゃ趣向の変わったお遊戯、座興のスパイスでしかない。
俺の言葉をどの程度鵜呑みにしたもんか、ベッドに寝転がっても余裕綽々な態度はいっかな変わらねえ。
しどけなくばらけた前髪の下、悪戯っぽく眇めた目に稚気が閃く。
「そりゃ残念、今夜はいやに積極的だなって期待したんだけど」
「馬鹿言え」
「騎乗位だろ、これ」
「突っ込まれるのはそっちだ。覚悟しとけよ王様、余裕ぶっこいてられんのも今のうちだ」
誤解してほしくないからはっきり言っとくが、東京プリズンの悪徳に染まりきったわけじゃねえのをお忘れなく。俺は今でも同じ突っ込むなら男の尻の穴よか壁の覗き穴を選ぶ。
リンチやレイプが横行する東京プリズンに放り込まれてこの方ケツ狙われながら貞操を守り続けたのはレイジに捧げる為じゃねえ、そのへんをコイツは勘違いしてやがる。
何回か肌を合わせただけですっかり恋人気取り、前にも増してべたべたうざったいったらありゃしねえ。
業を煮やした俺はかねてより懐に温めていた計画を実行に移す事にした。
レイジの寝入りばなを襲って胴に跨り、鼻先に人差し指をつきつける。
「俺は男だ。女役に徹するなんざ冗談じゃねえ、たまにゃてめえも突っ込まれる方の痛みと気持ちを味わってみろってんだ」
「気持ちよくさせてやったろ」
肌が粟を立てる。いつのまにか腰を這いのぼり、裾をはだけて中へ忍び込もうとしていた手を邪険にはたく。
「下になるのはごめんだって言ってんだよ!」
レイジと体を繋げてからというもの一方的に組み敷かれ押し開かれる役割にずっと不満を抱いてきた。断っとくが、俺はホモじゃねえ。が、既成事実のせいで強く出れない。
「俺がよその囚人どもになんて言われてるか知ってるか?レイジの女だとさ」
それが新たに頂戴したあだ名。
半々呼ばわりされなくなったからといって素直に喜べない、前のがまだマシだった位だ。
聞こえよがしに陰口叩く連中のニヤケ面を思い出し、憤りと恥辱で自然と顔が歪む。
最中の声はまわりの房に筒抜けだったんだろう、きっと。
何でそんなに怒ってるのか理解できないといった表情できょとんとしおとぼけレイジがのたまう。
「言わせときゃいいじゃねえか」
「股間に関わる」
「沽券?」
「それだ」
よりにもよってレイジに言い間違いを訂正されるとは俺もだいぶヤキが回ってる。
「ロンさ……俺に欲情してんの?」
しなやかな手が頬をなでる。
「なっ」
思わず素っ頓狂な声を上げちまう。
「ロンがヤりてえなら一回くらい代わってやってもいいけど、そのポークビッツで俺を満足させる自信あんのかよ?」
「ーっ!」
頬にまとわりつくおくれ毛が淫蕩な笑みにどぎつい艶を添える。
「……後悔したって知らねえからな。ひんひん言わせてやる」
「そいつあ楽しみだ」
「謝ったって許してやんねーぞ」
憎らしくせせら笑う顔に拳を叩きこみたい衝動をかろうじてこらえ、躊躇いを振り切ってせっかちな愛撫を始める。
裾を毟って引き締まった腹筋を暴き、骨格と筋肉の隆起に沿って金鎖がうねるなめらかな胸板にくちづけ、夢中で吸いつく。いつもレイジがどうやってるか、順序を一つずつ反芻しその通りに真似てみる。
間違っても前戯なんてご大層なもんじゃない、レイジなら鼻で嗤うだろうお粗末な児戯。
テクで劣るのはわかってる。経験の浅さは先走りがちな情熱で埋め合わせるしかなくて、つい相手を気持ちよくさせる事よりがっつくことに耽っちまう。
若く張りのある肌を火照りを帯びた唇で辿り、舌を窄め尖らせ鎖骨の窪みを舐めまくり、オリーブオイルを塗ったような褐色肌に引き立つ黄金の鎖をついばむ。冷たい金属の味に舌がひりつく。
ロザリオの珠を一粒ずつ舌で転がし、奔放に仰け反る首筋に濡れ光る唾液の筋をつける。
「ははっ、くすぐってえ」
この野郎、ちょっとは感じろ。俺ばっか必死で馬鹿みてえじゃんか。
攻めてるのはこっちのはずなのに、どうして俺ばっか切なくこみ上げる熱と疼きを持て余さなきゃいけないんだ?
不公平だ。どうして俺ばっか恥をかかなきゃいけない、白い目で見られて後ろ指さされなきゃならない、ほらあいつが噂の半々だ東棟の王様の飼い猫だと意味深な笑みで揶揄されなきゃいけない。
悪い事したわけでもねえのにこそこそ逃げ隠れするのはまっぴらごめん、攻めて攻めて攻め抜いて喘ぎ声の一つでも上げさせりゃ俺の勝ち、オカズ恋しさに毎晩聞き耳たててるデバガメ野郎どもを見返してやれる。
俺がレイジを抱いたと知ったら連中もちょっとは見直すだろう。
「………ふっ………くふ」
そんな不純な動機が裏目に出た。
皮膚と皮膚が触れ合うじれったさに自然と臀部が上擦り、粘膜と粘膜で結びつきたいと火がついた腰がくねりだす。
性感帯を知り尽くした手が後ろに回り、波打つような動きでびくつき撓う背筋を逆撫でする。
「うあ、ひ」
寄せては返す快楽のさざ波に抗いつつ行為を継続するも、蕩けつつある腰を熱い掌でねちっこくまさぐられ、とうとう抗いきれなくなる。
腰を浮かせたはずみに移動した手がズボンの上から尻の割れ目をなぞり、かと思えば人差し指の先端を浅くねじこんで意地悪く集中を妨げる。
「てめ……ずるいぞ、死角から」
「前戯で息が上がってちゃ世話ねえな」
余裕の王様。舌なめずりがよく似合う不敵な笑みに野生のフェロモンが匂い立ち、こめかみを伝う汗が一筋乱れた頭髪に吸い込まれる。俺の尻を両手で支え双丘を揉みしだき、尻たぶを掴んで広げ一際敏感な会陰をじんわり刺激する。
「んあ、-ちょ、よせ」
「続けるんだろ?どうぞお好きに。できるもんならな」
浅く深く、浅く深く、荒く弾む呼吸に合わせ悪戯に突き立て捻じ込まれる指。
やばい。ぞくぞくする。尻をほじくる指が腰の奥の官能を掻きたてる。ズボンの前がきつく突っ張り、体から次第に力が抜けていく。このままじゃいけねえ、下剋上だの逆襲だの威勢よく息巻いてたはずが結局やられっぱなしじゃねえか。
「どうした?まだイッてねえんだけど……そっちは勃ちまったみてえだな、ズボンの前が膨らんでるぜ」
「黙ってろ」
「マグロみてえに寝転がってるのがお好みか?屍姦趣味はいただけねえぜ」
「萎える事言うな」
「あーあ、退屈すぎて寝ちまいそう」
わざとらしく大あくび、腹の上で跳ねる俺の反応を薄目で窺いつつにやつく。
「まさかそのまま突っ込むんじゃねーだろな。手抜きな前戯じゃ勃たねえし濡れねえよ。まさかロン、お前女が相手でもお構いなしに突っ込むのか?相手が感じてようが痛がってようがどうでもいいって無理矢理こじ開けて抉りこむのか、それじゃレイプと変わんねえよ」
嘲笑にカッとし、下着ごとズボンを引きずりおろし股間をひん剥く。
剥き出しの象徴に若干たじろぐが、意を決し顔を突っ込む。フェラチオの真似事。手本となるのはレイジの舌遣いだ。萎えたペニスを口に含んで愛撫し、括れに舌を絡ませ、根元を手で捧げ持ってしごく。毛細血管が通った裏側が性感帯だと知り、次第に頭をもたげ始めたそれを唾液を捏ねる音も淫猥に繰り返し舐める。
「ふあ……ぅぐ、はぐ……」
悔しいが、やっぱりでかい。それにカタチもいい。
他人のと比較対照できるほどまじまじ観察してるわけじゃねえが、レイジのペニスは生ける彫刻みたいに綺麗に整っていて不潔感があんまりない。頭髪とお揃いの陰毛は薄い方だ。
口に含む抵抗感を乗り越えちまえば後はただひたすらのめりこむだけ、時折喉の奥に突かええずきそうになりながら鈴口に滲み始めた先走りの汁を啜り、脈打つ竿の先端に強弱つけ吸いつき、熱く潤んだ粘膜で包みこむ。
「んッく、ふ」
俺の唾液と先走りの濁流とでぬるぬるになったペニスを持つ手が滑る。べとつく顎をぞんざいに拭うが間に合わない。俺の鈴口にも露が膨らみ始めている。
「ひんひん」
無我夢中でペニスを頬張る俺の頭上でレイジが嘶く。
「満足したか?」
ひんひん言わせてやるって宣言を覚えてたのか。
「~っ、性悪め……!」
「美味いか?」
「笑うな」
「感じねえようがんばってるロンが可愛くて。いわゆる天使って奴?」
「俺の背中に羽が見えンのか?」
「俺の女って呼ばれるのイヤ?」
「あたりまえだ」
俺はレイジの相棒と呼ばれたい、対等な相棒として認められたい。誰々の女だの所有格は願い下げだ。
「じゃあ、俺の天使ってのもNG?」
「頭どうかしたんじゃねえの」
硬くなり始めたペニスを口から抜いて生意気に嘲笑えば、その隙を衝かれ糸もたやすく体を裏返される。
形勢逆転。交尾に挑む獣の体勢で俺の手足を組み敷き、ベッドに磔にする。
「!レッ、」
「しーっ。聞こえちまうぞ」
唇の前で人さし指をたて壁の方へと顎をしゃくる。慌てて口を閉ざす。
仰向けになった俺にのしかかり、じゃれつくように唇を奪う。
ああ、結局こうなっちまうのか。王様の方が一枚も二枚も上手だ。レイジのキスは恐ろしく巧みで、唇の上下を軽くはまれ、窄めた舌先を差し入れられただけで脆くも理性が陥落する。
「………くそ、………」
なんでコイツだったんだ。
なんでコイツなんか好きになっちまったんだ。
自らの胸に問うまでもなく理由はわかりきってるが、認めるのは癪なので知らんぷりをしておく。
下剋上を諦めた俺の服をてっとり早く剥ぎ繰り返し首筋にキスしながら、スケベな王様は最高に卑猥な笑顔を見せる。
「早くおっきくなれよロン。俺をエクスタシーの絶頂に導ける位にさ」
「……じき追い越してやるさ」
鎖骨の突起を滑り落ちた鎖が涼やかな旋律を奏でた。

その夜、俺は下剋上に失敗した。
まあいつものことだ。いつかは成功するだろう、きっと。
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