少年プリズン

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三百二十四話

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 ペア戦から二週間が経過した。
 今日でやっと二週間なのかもう二週間なのか俺にはどっちともつかない。
 あれから二週間経っても俺にはわからないことだらけ。頭の中はとっちらかって、まるで整理がついてない状態なのだ。だからまあ、わかってることだけを簡潔に単純に話そうと思う。後日談ってやつだ。支離滅裂な個所もあるかもしれないが、勘弁してほしい。前述したが、俺にもわからないことだらけなのだ。
 なんであいつが生き残ったのか、あいつが東京プリズンを去ったのか……
 こっちが聞きたいっつの。
 まあ、良かったこともある。レイジが無事100人抜きを達成したおかげで俺と鍵屋崎は晴れて売春班免除、大手を振って表を歩けるようになった。
 売春班は廃止された。
 安田はちゃんと公約を守った。噂じゃ売春班常連の看守の猛反対や一部囚人の猛反発にあったらしいが、断固これだけは譲らず、副所長権限で売春班撤廃に踏みきった。安田もやるときゃやる男だとちょっと見方を改めた。
 ちなみに、安田の肩の怪我は全治三週間。思ったほど重傷じゃなくて安心した。タジマは全治四ヶ月はかかるらしい。
 もっと延びても良かったのにな。ゴキブリ並のしぶとさだ。
 けど、タジマが主任看守として復帰できる見込みは絶望的に低い。
 一万人の観客が見てる前でずどんと副所長を撃ったのだ、いくらタジマに強力なコネがあってもまるきりお咎めなしってわけにはいかない。クビ確定。自業自得。
 タジマがいなくなってせいせいした。万歳、謝謝、高興!感謝感激雨あられ。タジマとの腐れ縁がすっぱりさっぱり切れて、俺はここ二週間すこぶるつきの上機嫌だった。
 東京プリズン入所以来俺のケツを狙ってしつこく付き纏い続けたタジマ。
 イエローワークの砂漠で生き埋めにされかけたことや目から火花でるまで警棒でぶん殴られたこと、医務室で襲われたことも今ではいい思い出……
 いや、いい思い出じゃねえ全然。生憎まだそこまで割りきれない、達観できねえ。東京プリズンからタジマが消えても俺はまだタジマに追われる悪夢にうなされるし、廊下の曲がり角でタジマの生霊と遭遇してぎょっとした。目をしばたたいてよくよく見てみりゃ壁の染みだった。
 現実のタジマはいなくなった。
 腕と足を骨折した上に照明の直撃を受けて内臓破裂、背骨はへし折れた。辛うじて息してるのが不思議なくらいの大怪我で、タジマは東京プリズンより遥かに医療設備の整った病院に移送された。
 タジマは生涯下半身付随の障害が残るかもしれないらしい。それがどういうことかっていうと、タジマご自慢のペニスが一生使い物にならなくなったワケだ。もし億にひとつの確率で東京プリズンに出戻ったところで、売春班のガキどもを掘って掘って掘りまくった下半身の暴れん坊がしゅんと萎えしぼんだタジマなんか恐るるに足らずだ。
 タジマはもはや完全に跡形もなく東京プリズンを去った。
 俺はもうタジマを恐れずにすむ。それだけは本当に良かった。
 俺にとっても鍵屋崎にとっても、東京プリズンのすべての囚人にとっても。

 夕方、西空が茜色に染まる頃。
 イエローワークに無事復帰した俺は、ちょうどシャワーを浴びて一日の汗と汚れを流してきたところ。売春班のガキどもはそれぞれ元いた部署に戻った。売春班廃止の朗報がもたされた時は売春班の奴ら全員が歓声をあげて、ひしと抱き合って喜んだ。
 感動的な光景だったんだろうが、いい年した野郎どもが涙と鼻水を滂沱と流して抱き合ってるさまが見苦しくて、俺と鍵屋崎は他人のふりで距離をとっていた。
 壁に背中を凭れて腕を組んだ鍵屋崎は、喜びを分かち合う売春班のガキどもを冷めた目で眺め、ただ一言「よかったな」と呟いた。そっけない口ぶりだった。俺は頷いた。なんだか照れ臭くて、鍵屋崎の顔をまともに見れなかった。胸がじんわりと熱かった。多分俺も、ほんのちょっとだけ感動してたんだと思う。
 殆ど役に立たなかったとはいえ、100人抜き達成には微力ながら俺と鍵屋崎も貢献したのだ。 
 俺たちは俺たち自身の手で勝利を掴み、未来を切り開いたのだ。
 一掴みの希望を毟り取ったのだ。
 『おい、お前らなにボサっと突っ立ってんでんだよ!?売春班から抜けれて嬉しくねえのかよ、もっと喜ぼうぜ、ノリ悪いなあ!』  
 ……なんて、鍵屋崎のとなりでしみじみ喜びを噛み締めてたらワンフーに見つかった。隣のガキの肩を叩いて叱咤激励してたルーツァイも、壁際に突っ立ってる俺と鍵屋崎の存在に気付くや否や、こっちを指さして叫ぶ。
 『胴上げだ、胴上げ!見事100人抜きを成し遂げた功労者を俺たちで胴上げだ、やんややんやと東京プリズン中を練り歩くぜ!』
 『は?マジかよ』
 『そんな馬鹿騒ぎに参加する義務もなければ意志もない。中世の凱旋行進では捕虜の引きまわしが恒例の出し物だったというが、胴上げで東京プリズン一周などされては僕らこそいい晒し者だ。いや、この際ロンはどうでもいい、彼は身長155cmに届かない小柄な体躯で体重も軽いから胴上げもしやすいだろう。好きにしろ。一周でも十周でも気が済むまで回って来い。ただ僕を巻き込むのはよしてくれ、眼鏡が落ちて割れでもしたら困る』
 鍵屋崎に売られた。この人でなしめ。
 おかげでさんざんな目に遭った。くそ、思い出したくもねえ。あれから二週間経って俺の怪我はほぼ完治、肋骨も無事くっついたとはいえ、胴上げで傷が開いたらどうしてくれるんだ?俺が手足振りまわして抗議してもワンフーもルーツァイも聞く耳持たず、神輿に担いで東京プリズンをぐるり一周して……

 悪夢だ。一分一秒も早く忘れてえ。思い出しただけで顔から火がでる。

 だから俺はすたすた急ぎ足で廊下を歩いていた。売春班の奴らにとっ捕まったらまた神輿に担がれるかもしれねえ。目指すは医務室。鍵屋崎はいつのまにか消えていた。とばっちりを恐れて退散したんだろう、薄情者め。勝手知ったる東京プリズン、二週間通い詰めた医務室までの道のりは完璧に頭に入ってる。目を閉じてても行ける自信がある。俺の怪我はめでたく完治して気分は絶好調で、なのに何で医務室に用があるかって言うと東棟の王様が特別待遇で入院してるからだ。
 特別待遇、つまり重患。
 中央棟と東棟を繋ぐ廊下を渡りきり、廊下を歩く。やがて前方に白いドアが見えてきた。殺風景な灰色の壁からそこだけ唐突に浮いたドアだ。
 「おーい、レイジいるか。見舞いに来てやったぜ。土産はなしだ」
 ノック代わりにドアを乱暴に蹴りつける。ドンドンドンガンガンガン。白い表面に二重三重と靴跡が穿たれる。七発目で漸くドアが開いた。中から顔を覗かせたのは初老の医者で、これ以上ない渋面を作っていた。   
 「君、ここは医務室なんだがね。親御さんからノックの仕方を習わなかったのかね」
 「ドアは蹴破るもんだろ。入るぜ」
 むっつり黙りこんだ医者を肩で押しのけて中に入る。
 一歩足を踏み入れた途端、消毒液の刺激臭がつんと鼻腔をついた。ほのかに漂うアルコールの匂い。左右の壁際に等間隔に整列したベッドは八割方怪我人か病人で埋まっていた。
 医務室は今日も盛況だ。
 東京プリズンでは暴力沙汰が絶えず、囚人は生傷が絶えない。衝立のカーテンを開けたベッドの上では、骨折した足を吊られた囚人や頭にぐるぐる包帯を巻いた囚人がうんうん唸っている。野戦病院の図だ。
 「レイジの調子はどうだ」
 背後についてくる医者にさりげなく聞く。
 「経過は順調だよ。早ければあと二・三日で退院できそうだ。背中の火傷もだいぶよくなったしね」
 「そっか」
 安堵に頬を緩め、そっと息を吐く。
 「目はどうだ?」
 背後で靴音が止む。肩越しに振り返れば、医者が残念そうにかぶりを振っていた。
 「……そっか」
 聞くまでもなくわかっていたのだ。俺は医務室にくるたび、二週間飽きもせずこのやりとりをくりかえしている。
 今日聞けば結果が違ってるんじゃないか、明日聞けば結果が違ってるんじゃないかと淡い期待と儚い希望を込めて延々と同じ質問をくりかえしている。
 だが、結果は変わらない。医者の診断は覆らない。
 「視神経が傷付いていたからね……へたすれば脳に障害がでていたところだ。左目の失明だけで済んでよかったとプラスに考えなければね。まあ、日常生活に慣れるまでは何かと不便だろうが……距離感が掴めず壁にぶつかったり転んだり生傷が絶えないだろうが、暫くの辛抱だ。大丈夫、人間は常に環境の変化に順応していく生き物だ」
 慰めてくれてるのだろうか。
 この医者は、実は結構やさしい。俺がレイジの怪我のことでしょげてると、こうしてさりげなく元気づけてくれる。俺は人に優しくされるのに慣れてないから居心地悪いけど、たまには素直になってみるのもいいだろうと深呼吸で決心。
 「ヤブ医者」
 「ん?」
 白衣のポケットに手を入れ、医者が振り返る。
 「謝謝」
 ぶっきらぼうに礼を言う。医者がぽかんとする。なんだよその間抜けヅラは、間抜けな反応は。じろじろ見んなっつの。足早に医者の横を通りすぎてレイジのベッドへと向かえば、声が背中を追いかけてくる。
 「君は行儀が悪いんだか良いんだかわからないねえ!」
 「あーうるせえ今のはなしだなしっ、とっとと仕事に戻りやがれヤブ医者!尿瓶もって患者の小便汲んでこい!」
 しっしっと医者を追い払い、レイジのベッドに顔を出す。
 「元気だなあ。入ってきた瞬間からわかったぜ、にゃーにゃーうるさく鳴いてるから」
 「そりゃ猫語か?俺は台湾語と日本語しか喋れねえ、俺が今話してる言葉がマジでそう聞こえるなら耳垢たまりすぎだ。中耳炎になってんじゃねえか」
 「もののたとえだよ、本気で怒るなって。来てくれて嬉しいよ、ロン。毎日こうして顔見せに来てくれておれ愛されてるなって実感してるよ。愛の力で治りも早い……」
 「くたばれ王様」
 行儀悪く足を開いて傍らの椅子に跨る。レイジはベッドに上体を起こしていた。上着を脱いで上半身裸になっていたが、まだ包帯がとれてなくて、背中一面にはべたべたガーゼが貼られていた。気のせいか少し痩せたみたいで、顔の輪郭が鋭くなっていた。
 「調子はどうだ?」
 医者に聞いたのと同じことをぞんざいに聞く。レイジは飄々とうそぶく。
 「絶好調。今すぐ退院できそう。治りかけの火傷がちょっと痒いけど」
 「治りかけって……そんなすぐ治るのか?相当酷い火傷だろ。ちょっと見せてみろ」
 椅子から腰を浮かせてレイジの背後に回る。レイジの肩に手をかけ、背中を覗きこみ、眉をひそめる。
 予想通り、いや予想以上に背中の火傷は酷かった。サーシャのナイフで焼かれたあとが、背中一面を覆う十字の烙印となって無残に穿たれていた。
 「……嘘つくなよ。全然治ってねえじゃん」
 「ちょっとはよくなったんだってこれでも。少し前は背中が痛くて痛くて仰向けに寝れなかったし……仰向けに寝れないって不便だよな。騎乗位ができね、」
 「黙れ。それ以上言うと速攻帰りたくなるから黙れ。俺にそばにいてほしいなら黙れ」
 『I understood it. Please do not leave me.』 
 レイジが両手を挙げて降参のポーズをとる。聞き分けよくて結構。レイジの背後に回りこんだ俺は、ほどけかけた包帯を慣れない手つきで巻きなおす。俺が二週間医務室に通い詰めてるのは王様の世話をするためだ。医者もあれで忙しくて、レイジだけにかかずりあってるわけにはいかない。患者はあとからあとからひっきりなしにやってくる。必然、俺が王様の世話係になった。包帯を取り替えたり水差しの水を飲ましてやったりクスリを塗ってやったり……手とり足とり甲斐甲斐しくレイジに奉仕してやってる。
 不器用な俺がひどく苦労しながら包帯を巻きなおしてる最中も、レイジはぽんぽん質問をぶつけてくる。
 「それでロン、サムライとキーストアはどうしてる?キーストア、ちゃんとイエローワークに戻れた?」
 「ああ、戻れたよ。イエローワークの砂漠で元気に……いや、たまに貧血起こして死にそうにながら何とか働いてるよ。売春班の連中も元いた部署に戻ったよ。これも全部王様のおかげだって大袈裟なくらい感謝してた。俺なんか胴上げで東京プリズン一周されて大恥かいちまった」
 「うわー見たかったな、それ」
 レイジが舌打ちする。くそ、人の気も知らねえで。
 「サムライは、」
 そこで言葉を切り、続けようかどうか迷う。レイジが肩越しに振り向き、「続けろ」と目で促す。
 「……サムライはレッドワークに降格処分。こないだ仕事サボッたのが致命的だったらしい。独居房送りにならなくて済んでよかったけど、気の毒だよな。東京プリズンに来てからコツコツ汗水流して働いてきて、イエローワークからブルーワークへ大出世成し遂げたのに」
 「いいんじゃね?キーストア救えたんだし、ブルーワークに未練ないだろ」
 レイジの口調は拍子抜けするほどからっとしていた。片目を失ったのが信じられないほどに。
 下水道の配水管を点検修理するブルーワークから、危険物を加熱処理するレッドワークへ格下げされたサムライは、それでも恨み言ひとつ漏らさず毎日勤勉に働いてる。
 サムライらしいな、と思う。
 たぶんレイジの言う通り、サムライはブルーワークに未練がないのだろう。太股の傷も今じゃすっかり塞がってぴんしゃんしてる。
 サムライは無欲だ。けして多くを望まない。
 鍵屋崎さえ隣にいればそれでいいと満ち足りた日々を送っている。気のせいか、この頃サムライの顔つきが穏やかになった。猛禽めいた眼光が柔らかになって、時折ひどく優しい笑顔を覗かせるようになった。
 サムライも鍵屋崎も確実に変わってきている。
 いい方向に。
 「タジマは病院送り。全治四ヶ月の重傷で下半身付随の障害が残るかもって」
 「ふーん。自業自得だな。同情の余地なし。今までさんざ売春班のガキどものケツでたのしんだから、去勢されても文句言えねえな」
 「ああ。タジマがいなくなってせいせいする」
 「ロンの処女も守られたし」
 「処女って言うな」
 「だって処女だろ?まだ」
 「…………『まだ』を強調すんな」
 「忘れたわけじゃねえよな、約束」
 憮然として包帯を巻く。もちろん忘れたわけじゃない。100人抜き達成したら抱かせてやるって約束。
 「………………………………………………………………退院したらな」
 ずっと入院しててほしい。
 「そうか。つまりあと二・三日後にはロンを抱けるんだな、いただけるんだな、ロンの処女を俺の物にできるんだな!?サンキュー神様、愛してるぜ!!」
 「うわっ!お前いきなり動くなよ、ベッドに立ち上がんなよ馬鹿っ!?ああほら包帯ほどけちまったこれ以上世話焼かせんなよ、お前ホントは不死身だろ、入院とか必要ねえだろ!?目からビームとか出せるだろ、正直に言えよ!」
 慌ててレイジを取り押さえる。こんなに元気がありあまった怪我人もめずらしい。レイジのベッドに飛び乗り、埃を舞い上げて転げまわる。包帯がもつれて絡んで、めまぐるしく上下逆転する俺とレイジの手足が結ばれる。っとに、手のかかる王様だ!ガキかよこいつ。二週間の入院生活でストレスたまってるのはわかるけど、また傷が開いたらどうするんだ。 
 こうなりゃ実力行使、強硬手段だ。
 「大人しく寝とけレイジ、じっとしてねえとベッドに縛り付けるぞ!」
 レイジの胴に土足で馬乗りになり、これ以上暴れないよう、ベッドパイプに右手首を縛り付ける。お次は左手首。両手首をパイプに縛り付ければさすがのレイジもじっとしてるっきゃない。
 「縛り付けるっていてっ、いててててててっ!?痛いロンいてえよ、もうちょっと優しくしろよ!」
 「優しくしたらつけあがるだろ」 
 とことん往生際の悪いレイジを鼻先で笑い捨て、左手首に包帯を結ぼうとした……
 瞬間だった。
 「!」
 レイジの左目を覆った眼帯がずれて、無残な傷痕が外気に晒された。
 もう二度と開かない瞼、光を映さない眼球、生涯残り続ける傷痕……
 「……………ロン?」
 パイプに右手首を縛り付けられたレイジが不安げに俺を仰ぎ、小声で問いかける。もとは襟足で一本に結わえていた干し藁の茶髪が切断されて、うなじが丸見えになっている。
 劣情を煽る、妙に艶かしい眺め。
 「………………あ、」
 何か言いかけて、むなしく口を閉ざす。何て言おうとしたのか自分でもわからない。気ばかり焦って空回って、レイジにかけるべき言葉が見つからない。なにやってんだ俺?レイジの腹の上に飛び乗って包帯で手首を縛って今まで通りじゃれあって……今まで通りでいられるはずねえのに、そんなの絶対無理なのに、今の今までそのことすっかり忘れて、頭からすっぽり抜け落ちてて。
 間抜けなことに。
 二週間ぶりにレイジの左目を見て、はじめてそれに気付いた。
 レイジは俺を庇ってペア戦に出てサーシャとやりあって左目を失ったのに、もう一生目が見えないのに、背中の火傷は癒えないのに、俺は今まで通りレイジの相棒でいられるとめでたい勘違いをして……
 「ロン、大丈夫か?目え開けながら眠ってんの?」
 無言で包帯をほどき、ベッドパイプに結わえ付けたレイジの手首を外す。
 手首をさすりながら上体を起こしたレイジは妙な顔をしていた。左目の眼帯は相変わらずずれていた。
 左目の傷痕が目立つレイジの顔を正視できず、臆病に顔を背ける。折れた肋骨はとっくにくっついたのに、なぜだかひどく胸が痛んだ。
 「……悪い。俺、調子のって。もう行くから、ゆっくり怪我治せよ。例の約束は気にすんなよ。うん」
 レイジの上から下り、床に立ち、逃げるように踵を返した俺の肘が後ろから掴まれる。
 俺を引き止めたのはベッドから身を乗り出したレイジだった。
 「どうしたんだよ、ころっと態度変えて。なんでそんなびくついてんだよ、俺の顔色窺ってんだよ」
 「窺ってねえよ。俺はただ早く食堂行きてえだけだ、ここには二・三分寄ってすぐ食堂行くつもりだったんだ、じゃないと席とられちまうから」
 「ちゃんと俺の目を見て言えよ。何さっきからずっと顔そむけてんだよ、そんなに俺の顔見たくねえのかよ。らしくねえよお前、全然らしくねえ。お前ときたらとんでもねえはねっかえりの意地っ張りで、俺がちょっとからかっただけでも凄い剣幕で吠えかかってきたくせに、いっぱしの野良が借りてきた猫みてえに大人しくなっちまって……」
 「鍵屋崎とサムライが待ってるんだよ。ああそうだ、知ってるかレイジ?食堂の献立に中華が加わったんだ。副所長の粋なはからいだ。酢豚と炒飯とトリガラスープと」
 「なんだ中華かよ、俺の好物のティラピアは……て、いい加減にしねーと怒るぞロン!」

 ―「じゃかあしい!!」―

 隣のカーテンがシャッと開け放たれた。
 レイジと同時に振り向けば、ベッドに片膝ついたガキが怒髪天を衝く勢いでこっちを睨んでいた。毛布を跳ねのけてベッドに起き上がったそいつは、怒りに震えるこぶしをぐっと握り固め、一息にまくしたてる。
 「おどれら痴話喧嘩するならちょっとは場所考えんかい、医務室は図書室の次に私語厳禁て決まっとるんや!いや、俺が今決めた!おどれらがどったんばったん騒ぎまくるせいでこちとら集中して漫画も読めんわ、俺から漫画とったらあと何が残るんや、真っ白に燃え尽きた残り滓やろ、道化の絞り滓やろ!?」 
 針のように逆立てた短髪、つり目がちの精悍な双眸。 
 犬歯を剥いて喧々囂々吠えたてるそいつをうんざりと眺めていれば、レイジがベッドから身を乗り出し、銃に見たてた人さし指でそいつの額をちょんと突く。
 「お前、悪運強いよなあ。何回地獄の淵から甦ってくりゃ気が済むんだよ?一回ぐらい素直に死んだってイエスさまはお怒りにならねーぜ」
 そして、意味ありげに笑う。何もかもを見透かした、とんでもなく意地の悪い微笑。
 「まあ、お前が死ぬわけなかったんだけどな。肝心の銃に弾入ってなきゃ人殺せねえもんな。銃を持った瞬間にわかったよ。六発目、最後の一発が込められてねえって。わざわざシリンダー覗いて確認するまでもねえ。『重さ』が違うんだよ」
 「アホぬかせ。鉛弾一個の重さなんてアルミの一円玉五個ぶんとおなじ、シリンダーに込めたら殆どわからん……」
 レイジが皮肉げに笑い、自信を込めて断言する。
 「『わかる』んだよ俺には。銃を構えた瞬間にピンときた。どっかで落っことしたのかだれかが抜き取ったのかはわからない。一度シリンダーに込めた弾丸が落ちることは滅多にないからだれかが抜き取ったって考えたほうが自然だろうな。なんで?知るか。気まぐれだろ、多分。俺たちが生きてる世界じゃ時々そういうことが起こり得るんだよ。運命の悪戯。神様の恩寵。悪魔の気まぐれ。本来ありえない偶然がいくつか積み重なって、ドミノ倒しみたいに連鎖して、誰も予想できない皮肉な結果がでることが。
 俺はあの時、鍵屋崎に伝えようとした。この銃一個弾丸が入ってねえよって、そのへんに落ちてるかもしれねーから注意してよく見てみろって。そうだよ、あの時あそこにいる大勢の人間の中でただひとり俺だけが、いや違う、ただ二人俺と『犯人』だけがわかってたんだよ。鍵屋崎に返した銃で人を殺すのが無理だって……弾が込められてない銃で人を殺すのは物理的に不可能だって」
 額から人さし指をおろし、レイジは言った。
 「だよな、道化?」
 二週間前、ゴーグルの破片で切った額をさすりながらヨンイルは肩を竦めた。 
 「かなわんな、王様には」
[newpage]
 「今だにわからんのや、なんで俺が生き残ったんか」
 枕元に置かれたゴーグルをちらり一瞥、ヨンイルは続ける。
 「あの時はもう駄目やと思った。額に銃つきつけられて、おっかない顔の五十嵐が目の前にいて、ああ、これで俺の人生おしまいやサイナラサイナラって腹括った。でも、そうはならへんかった。音がせんかったんや。匂いもせんかった。ツンと鼻腔を突く独特の匂い、硝煙のきな臭い匂い。あれ、なんか変やなって思うて薄目開けたらみんな阿呆みたいに口開けてぽかんとしとった」
 銃は不発だった。ヨンイルは奇跡的に生き残った。
 至近距離で銃をつきつけられて、もしあのまま弾丸が発射されていればヨンイルは確実に死亡していた。頭蓋骨が割れ砕けてあたり一面に脳漿をぶちまけるはずだった。
 だが、実際にはそうならなかった。
 五十嵐が引き金を引いても弾丸は発射されなかった、ヨンイルはまたも絶体絶命の危機を切り抜けた。一度目はゴーグルに命を救われて、二度目は偶然に命を救われて、あれから二週間が経過した現在は悠悠自適の入院生活を送ってる。
 ベッド周辺には西の囚人が見舞いと称して持ちこんだ漫画本が山積みになって、通行人に蹴り崩された一部が床一面に足の踏み場もなく散らばっていた。 ヨンイルは暇な一日好きな漫画を読み耽って快適に過ごしている。
 西の囚人どもがワンフーを筆頭に毎日通い詰めて経過と体調を心配してるが、風邪が少し悪化した程度で二週間まるまるベッドを占領してるんだから図々しいなとあきれる。
 まあ、四・五日前までは本当に危なかったのだ。
 一時は肺炎の併発も危ぶまれたほどで、痰が絡んだ咳はひどく苦しげだったが、峠を越えた現在はけろりとしてる。
 ベッドに上体を起こしたヨンイルは悪びれず言ってのける。
 「ホンマ、西の連中には悪いことした。反省しとるんやで、これでも。こないだ見舞いにきたワンフーにこっぴどく叱られたわ。
 ワンフーだけやない、あとからあとからひっきりなしに西の奴らが訪ねてきてガミガミお説教たれるんや。なに考えとんじゃいこのボケカスど阿呆腐れ道化トップの自覚もたんかい、俺が死んだら誰が西の奴ら引っ張ってくんやって……涙と鼻水どばどば垂れ流して、ひしっと抱きついて。
 俺、四十度の高熱でうんうんうなされとったけど、不思議とあいつに言われたこと覚えとる。一言一句漏らさず覚えとる。直ちゃんも来た。枕元に立って見下ろして一言、『死んだら絶交だからな』て吐き捨てよった。うんざりした顔しとったな。直ちゃんには迷惑かけ通しで頭が上がらんなあ…」
 漫然とページをめくりつつもヨンイルの目はここではないどこかを見ていた。
 瞼裏に浮かんでいるのはおそらく自分に銃を向けた五十嵐の顔。激しい葛藤に引き裂かれた苦渋の形相。絶体絶命のピンチから奇跡的に生還できたというのにヨンイルの顔色は冴えず、悪運に生かされても手放しで喜べないといった複雑な表情が浮かんでいる。
 当然、生き残れて嬉しくないはずがない。
 でも、何故生き残れたのか腑に落ちない。
 そのへんのもやもやが寝ても覚めても脳裏に纏わりついてヨンイルを一日中苛んでいるのだ。
 道化の腕に繋がれた点滴の管に目をやり、ため息まじりに愚痴る。
 「マジ死んだと思ったよ、あの時は。嫌な予感がしてとっさに引き返そうとしたんだけど、レイジに腕掴んで止められて……」
 二週間前の夜を回想する。
 あの時、理屈ぬきの胸騒ぎに襲われた俺はとっさに引き返そうとした。地下停留場にはまだ鍵屋崎とサムライ、五十嵐とヨンイルが残っていたが、何より俺を不安にさせたのは途中すれ違ったホセの危険な目つき。あんなやばい目つきのホセは見たことがなかった。黒ぶち眼鏡の奥の双眸は怜悧に研ぎ澄まされて、よく切れる剃刀のように攻撃的な眼光を放っていた。
 そして、その直後に聞こえてきた声。
 「五十嵐、俺を殺せ」というヨンイルの叫び。
 危険な匂いを嗅ぎつけた俺は、本能が赴くまま地下停留場に引き返しかけて、担架に仰向けに寝転んだレイジに引きとめられた。
 『はなせレイジ!今の聞いたろ、ヨンイルがイカレたこと口走って……くそ、止めなきゃ!ここでヨンイルが死んだら鍵屋崎の頑張りが全部無駄になっちまう、そんなの絶対許さねえぞ!!』
 『ヨンイルは死なねえよ』 
 後ろから俺の肘を掴み、小さくかぶりを振る。
 『なんでわかるんだよ!?』
 自信を込めて断言したレイジに食って掛かれば、予想外の答えが返ってきた。
 『だって、弾入ってねえから』 
 レイジはしれっとうそぶいた。王様は全部なにもかもお見通しだ。そしてヨンイルは不本意な偶然の結果生き残ってしまった。
 本当ならあの時五十嵐に射殺されて人生を終えるはずだったのに、ヨンイル自身も諦念して死を受け容れたのに。
 行儀悪く足を開いて椅子に跨り、じっとヨンイルを見る。
 やつれた横顔を気まずく眺め、言おうか言うまいか迷い、口の開け閉めをくりかえす。
 「―五十嵐のことだけど」
 意を決して口を開く。ヨンイルの指が一瞬止まり、すぐまた動きだす。表情は殆ど変わらなかったが、ヨンイルが聴覚に全神経を集中してるのがわかった。こほんと咳払いし、喉の調子を整えて続ける。
 「やっぱ、東京プリズンにいられなくなるらしい。一万人の囚人や同僚の看守が見てる前であんなことしたんだからあたりまえっちゃあたりまえだし、クビは間違いねえだろうって思ってたけど……噂じゃ自分で辞表を提出したらしい。責任とって東京プリズンやめるって、安田に辞表渡して頭を下げて……」
 そこで言葉を切り、物思いに沈む。
 正直、心中は複雑だ。俺は五十嵐を嫌いになりきれない。五十嵐は俺によくしてくれた。俺に麻雀牌をくれた、欲しい物があれば気前よく都合してくれた。五十嵐がいなくなるのは寂しい。でも、仕方ないんだろうなという諦めの気持ちもある。
 変な感じだった。今の気持ちを一口で表すのはむずかしい。寂しいような哀しいような、胸にぽっかりと穴が開いたような……そんな月並みな台詞じゃ到底表せない複雑な気持ち。喪失感。寂寥感。無力感。
 なんだかため息ばかりこぼれちまう。
 「五十嵐、まだ東京プリズンにおるんか」
 唐突にヨンイルが聞く。漫画に目を落としたままページを繰る手を再開して、努めてさりげなく。
 「いないんじゃねーの。最近顔見てねえし」
 「他に行き場あるんか」
 「知るかよそんなこと。ま、看守としてやってくのは無理だろうな。大勢が見てる前で囚人に発砲なんて事件起こしちまったんだ、他のムショにも移れねーだろ」
 「五十嵐だって覚悟の上さ。それを承知で安田に辞表だしたんだよ」  
 レイジが首を突っ込んでくる。
 ベッドから身を乗り出し、至近距離でヨンイルの顔を覗きこむ。
 眼帯に覆われてない右目は清冽に澄んでいた。人の心の奥底までも映し出す硝子の瞳。ヨンイルに顔を近付け、至極ゆっくりと一回だけ瞬きする。

 あやしく艶めいた睫毛が震える。
 瞼を上げた隻眼が湛えているのは、清濁併せ呑む憐憫の情。 

 「『主の憎むものが六つある。いや、主ご自身の忌みきらうものが七つある。高ぶる目、偽りの舌、罪のない者の血を流す手、邪悪な計画を細工する心、悪へ走るに速い足、まやかしを吹聴する偽りの証人、兄弟の間に争いを引き起こす者』……
 ヨンイル、お前は罪のない者の血を流した。五十嵐は邪悪な計画を細工した。お前ら二人とも悪へと走るに速い足を持っていた。要するにだ、お前ら二人とも神様に嫌われたんだよ。それが証拠にサイコロの目は常に逆だった。五十嵐はお前を殺したくて殺したかったけど一度目の弾は外れて二度目は出なかった、一度は死を受け容れたお前も何故だか生き残っちまった。
 今ごろ手え叩いて大笑いしてるだろうぜ、神様は。お前も五十嵐もイエス・キリストの手のひらで踊らされてたんだよ、オーマイゴッドの暇つぶしのサイコロ遊びさ。
 だから気にすんな、ヨンイル。
 お前が生き残ったのはたんなる偶然、それでいいじゃねえか。喜べよ。はしゃげよ。唄えよ。お前が生き残ったのは……きっといいことなんだからさ」

 最後の台詞は少し面映げだった。
 がらにもなく照れてやがる、こいつ。おもしれえ。
 枕元に無造作に転がるゴーグルを一瞥、ヨンイルは吹っ切れたように笑う。
 「―せやな。五十嵐に殺されなくてすんでよかったて感謝せなバチあたるわな。おおきに、王様」  
 「ところでそれ、手塚治虫の?」
 レイジを押しのけてヨンイルの手元を覗きこむ。
 さっきから気になっていたのだ、ヨンイルが膝に広げてる漫画が。絵柄は手塚治虫によく似ているが、図書室で見かけたことない漫画だ。
 「朝起きたら枕元にあったんや。だれかがこっそり置いてったらしい」
 その誰かがわかってるらしい口ぶりだった。
 漫画のページをぱらぱらめくりながら、ヨンイルは心ここにあらずといった口調でぼんやり呟く。  
 「憎い真似すんなあ、あいつ」
 タイトルは「ガムガムパンチ」だった。

 東京プリズンに夜が訪れた。
 鍵屋崎サムライと一緒に賑やかな食事を終えて房へと戻る。
 夕食の献立は中華だった。味付けが薄すぎると不評の酢豚だが俺は美味しくいただいた。なにせイエローワークの強制労働後で空腹だったのだ。
 東京プリズンの献立に中華が加わっていちばん喜んだのは東棟最大派閥の中国勢で、凱なんか周囲の連中のトレイをぶんどって十人前だかぺろりとたいらげちまった。どんな胃袋してるんだ。
 売春班がなくなったことを除けば俺の生活は二週間前とそんなに変わらなかった。朝六時起床、点呼をとって食堂で飯かっこんでバスに乗って強制労働に出かけて帰還後に夕飯、それから自由時間。窮屈で変わり映えしない毎日のありがたみをじっくり噛み締めながら俺は一日一日を大事に過ごしてる。
 また日常に帰ってこれた。
 それが、たまらなく嬉しい。レイジがいて鍵屋崎がいてサムライがいて、四人一緒に過ごす日常がずっと続くなら東京プリズンでの生活もそう悪くない。レイジもじきに退院する。
 怪我の経過は良好だ、早けりゃ今週中には……

 『ロン、大丈夫か?目え開けながら眠ってんの?』

 「!」
 虚を衝かれた。
 脳裏によみがえる医務室の光景、レイジの胴に跨って腕をパイプに縛りつけようとして偶然見ちまった。
 顔にずり落ちた眼帯、外気に晒された左目の傷痕。
 「………忘れてた」
 何がこれまで通りだ、これまで通りでいられるわけがないのに。俺が日常に帰って来れたのはレイジのおかげで、つまり俺の日常はレイジの犠牲に成り立っていて、その代償はあまりに大きすぎて。
 房の扉を開け、すぐに閉じる。
 扉に背中を預けてそのままずり落ちる。
 豆電球も点けず、薄暗い房にひとりしゃがみこみ、医者の言葉を反芻する。
 『視神経が傷付いていたからね……へたすれば脳に障害がでていたところだ。左目の失明だけで済んでよかったとプラスに考えなければね。まあ、日常生活に慣れるまでは何かと不便だろうが……距離感が掴めず壁にぶつかったり転んだり生傷が絶えないだろうが、暫くの辛抱だ。大丈夫、人間は常に環境の変化に順応していく生き物だ』
 医者の言葉通りいつかは、いつかは慣れるんだろう。
 徐徐に慣れていくんだろう。
 でも現実にレイジは左目を失って、これからの長い人生片目だけで過ごさなきゃいけなくなった。背中には一生消えない火傷を負った。東京プリズンの医療水準じゃ皮膚移植で火傷を治すのは不可能で、同じ理由で義眼も入れられないと宣告された。

 レイジの目は見えない。火傷は治らない。
 もう一生。

 「…………畜生」
 固めたこぶしで膝を打つ。脳裏にちらつく左目の傷痕、もうけして開かない瞼、光を映さない眼球。俺のせいだ。あの時止めに入ってればレイジは左目を失わずに済んだかもしれない。今さらこんなこと言っても意味ないってわかってる、でも悔しい、どうしようもねえ。
 廊下のざわめきが次第に遠のいていく。消灯時間が迫っているのだ。俺もベッドに行かなきゃ。でも、立ち上がる気力が湧かない。鉄扉に背中を凭せ掛け、放心状態で床に蹲ったまま、時折思い出したように膝を殴る。殴る、殴る、殴り付ける。膝が腫れてもこぶしが腫れてもかまうもんかとヤケになっていた。レイジが味わった痛みに比べたらこんなもの屁でもねえ。
 これからどうしたらいいんだ。どうレイジと付き合ってけばいいんだ。
 レイジがここに戻ってきたら俺はまた毎日レイジと顔つきあわせて、二人一緒に行動することになる。俺はレイジと一緒に歩く。レイジは笑う。俺は怒る。何も変わらず今まで通りに……できるのか?
 左目に眼帯かけたレイジをまともに見ることができるのかよ?俺は。
 背中越しのざわめきが途絶えて廊下が静寂に包まれる。囚人どもはそれぞれ房に寝に帰ったらしい。じきに看守が見まわりにくる、それまでにベッドに入ってないと大目玉を食らう。
 鉄扉に手をつき、のろのろと腰を上げる。薄暗い房を歩き、いつも使ってるベッドに向かう。片方のベッドはからっぽだ。
 踵の潰れたスニーカーを脱ぎ捨て、毛布をはねのけてベッドに潜りこむ。
 久しぶりの強制労働で体はぐったり疲れてるのに頭が妙に冴えてぐっすり眠れそうにない。
 ベッドに横たわり、頭からすっぽり毛布を被る。固く目を瞑る……
 
 コン。

 暗闇にかすかな音が響く。
 「?」
 なんだ?反射的に毛布を蹴りどけ、上体を起こす。闇に顔を巡らせて音源をさぐる。
 コン。まただ。鉄扉に何か、固くて小さな物がぶつかる音。何の音だか見当つかずに不審感が募る。誰かがノックしてる?違う、何かを投げつけてるんだ。誰だよ人騒がせな、消灯時間も過ぎたってのに……
 「用があんならはっきり口に出して言えよ、イライラすんなあ」
 くそ、だんだん腹が立ってきた。スニーカーに踵を潜らせ、足音荒く鉄扉に歩み寄り、廊下の光射す格子窓に顔を近付ける。レイジの留守中に凱が襲いに来たのかと警戒心を強めつつ格子窓を覗き、廊下を見回してあ然とする。
 鉄扉の表面に麻雀牌が跳ね返り、放物線を描く。
 コン。
 コン。
 一定の間隔をおいてくりかえされるのはプラスチックの牌が鉄扉にぶつかる音。音たてて生唾を飲み込み、興奮のあまり鉄格子を掴む。鉄格子で仕切られた矩形の窓に顔をくっつけ、蛍光灯が輝く廊下に目を凝らす。そいつは鉄扉の正面に位置する壁際にだらしなく座りこんでいた。
 軽く手首を振り、牌を投げる。鉄扉に跳ね返った牌が安定した放物線を描いて手元に戻ってくる。
 「安眠妨害だっつの。寝不足で明日ぶっ倒れたらどうしてくれるんだよ、砂漠に埋められるのはごめんだぜ」
 「今夜は寝不足も覚悟しろよ。念願成就の夜なんだから」
 鉄扉に牌を投げていたのはレイジだった。
 「歩いて来たのかよ、重傷のくせに……消灯時間過ぎてうろついてるのバレたらやばいだろ」
 「医者には内緒な」
 唇の前にひとさし指を持ってくるレイジに肩を落とす。どうやら医者が居眠りしてる隙にこっそり抜け出してきたらしい。「医者に見つかる前にとっとと帰れ」とどやそうとした俺の手の中に鉄格子をすり抜けて牌がとびこんでくる。
 「おっと、」
 手を前に突き出し、危なっかしく牌を受け取る。胸の前で牌を握りしめてホッと息を吐けば、足元の床に影がさす。はじかれたように顔を上げれば、いつのまにかレイジが鉄扉に接近して、鉄格子の隙間から俺を見下ろしていた。
 「開けてよ」
 「帰れ怪我人」
 自堕落な姿勢で鉄扉によりかかり、芝居がかった動作で首を振るレイジ。
 「おいおいそりゃないだろ、こちとら命がけで医務室脱出してきたのにさ。看守と医者の目欺いた深夜の決死行だぜ?煉獄の試練にも等しかったよ」
 「ケルベロスはいなかったか?食われりゃよかったのに」
 「いれてよ」
 「ヤンキーゴーホーム」
 「フィリピ―ナだっつの。ま、半分はアメリカ人だけどさ……どうでもいいやそんなこと。いい加減にしろよロン、扉挟んで押し問答やってる暇ねーんだよこっちは。看守が見まわりにくる前にコレ開けて中に入れろ。独居房送りはこりごりだ」
 「はっ、その手にのるか。うまいこと丸めこもうとしやがって」
 「『入れろ』。蹴破ってもいいんだぜ」
 声に威圧感が込もり、腰が引ける。レイジならマジで鉄扉を蹴破って殴りこみかねない。ためらいがちに頭上を仰ぐ。
 しなやかな動作で鉄格子に摺り寄り、残る右目に酷薄な光を湛えて口角を吊り上げるレイジ。
 腹ごなしに猫をいたぶる豹のごとく嗜虐の愉悦に酔った笑み。
 剣呑に隻眼を細めたレイジと鉄扉を挟んで対峙、ノブに手をかけてどうしたものかと逡巡する。今ここでレイジを迎え入れて匿ってそれで、それからどうする?今夜のレイジは様子が変だ。どこか切羽詰っていつもの余裕が感じられない。扉を開けるのは危険だ、という考えがちらりと脳裏を過ぎる。
 まさか。相手はレイジだ。俺の相棒……、
 「!?やばっ、」
 「!」
 レイジが急に焦りだす。
 鉄格子を掴んでレイジが振り返った方角を爪先立って仰ぎ見れば、廊下の奥から規則的な靴音が響いてきた。看守が見まわりにきたのだ。規則正しい靴音とともに徐徐に人の気配が近付いてくる。腰に警棒ひっさげて片手に懐中電灯をもった看守が廊下の角を曲がり姿を見せるまであと五秒、四秒、三秒……
 頭が真っ白になる。背中を冷や汗が伝う。
 レイジが出歩いてるのが見つかればまた面倒なことになる。くそ、仕方ねえ!汗ですべる手でノブを捻り、勢い良く扉を開け放つ。
 「入れレ、」
 看守が通過するまでレイジを匿おうと決心、扉を開け放った視界に長身の人影が覆い被さる。レイジ。お前何のつもりだ、と抗議する暇もなく手のひらで口を塞がれ押し倒される。鉄扉が閉じる音が暗闇に響く。鉄格子の隙間から一瞬だけ射した懐中電灯の光は、手前の床に折り重なって倒れてる俺たちを照らすことなくあっというまに通過しちまった。
 間延びしたあくびが聞こえた。
 看守も寝ぼけてるらしく、暗闇に沈んだ房の全貌を確かめることなく行っちまった。
 次第に靴音が遠ざかり、静けさがいや増す。
 耳に痛いくらいの静寂を乱すのは俺とレイジの息遣い、赤裸な衣擦れの音。重い。早くどけ、と怒鳴りたかったが手で口を塞がれたままで声が出ない。レイジは相変わらず俺の上にのしかかって退く気配がまるでない。
 頭が混乱する。心臓が騒ぎだす。俺の上でレイジが動く。腰で這いずるように慎重に移動して、仰向けに寝転がった俺の耳元で囁く。
 「約束」 
 「………………」
 胸が強く鼓動を打つ。約束……100人抜きを達成したら抱かせてやるっていう例の約束。
 俺にも漸くわかった、レイジが房を訪ねた目的が。動機が。
 熱く湿った吐息が耳朶に絡む。格子窓から射す廊下の光を背に、影になった顔がどんな表情を浮かべてるかはよくよく目を凝らしても判別しがたいが、なんとなく笑みを浮かべてる気がした。
 口元に薄く笑みを湛えて、俺を見下ろしてる気がした。
 互いの顔が見えないのがいっそう不安をかきたてる暗闇の中、口を覆っていた五指がゆっくりと外され、そして……
 「抱かせろよ。ロン」
 「!レ、んっく」
 名を呼ぶことすら許さない強引さで唇を割り、舌が潜りこんできた。 
[newpage]
 「!レ、んっく」
 唇をこじ開けて潜りこんできたのは熱い舌。
 体の一器官でありながらそこだけ独立した生き物のように卑猥に蠢く舌が唇の隙間に割りこみ、容赦なく口腔を犯す。
 一体全体今俺は何されてるんだ。
 レイジに舌突っ込まれて息ができずに苦しがってるのか?
 レイジが医務室を訪ねた夜のことを思い出す。
 カーテンの影に隠れて立ち尽くしたレイジ、叱られたガキみたくばつ悪げな表情……そして、突然俺に襲いかかった。豹変。あの夜と同じ、いや、それ以上の激しさでレイジは俺の口腔を犯している。もう辛抱きかないと切迫した様子で、体の奥底から込み上げる衝動に突き動かされて……
 扉を開けるんじゃなかった、と快感に痺れ始めた頭で後悔する。
 無防備に扉を開けてレイジを迎え入れるんじゃなかった。
 俺は心を鬼にしてレイジを追い返すべきだったのだ。
 なんたって相手は怪我人だ、今もってベッドでいい子にしてなきゃいけない重傷患者だ。勝手に医務室抜け出してほっつき歩いていい立場じゃない。扉を開ける前にしっしっと追い返してたらきっと俺はこんな目に遭わず、レイジはぶちぶち愚痴をこぼしつつも医務室に取って返したはずだ。俺は油断してた。相手がレイジだから無意識に隙が生まれていた。レイジは俺の相棒だ。相棒のレイジがまさかこんな蛮行に及ぶはずないと、夜這いをかけてくるはずないと高を括っていたのだ。

 暴君を侮った俺の失態。俺の甘さが敗因。
 レイジを甘く見たら火傷すると、とっくの昔にわかってたはずなのに。

 「っは、あっ……レイジおりろ、息ができねえよ」
 よわよわしく手足を振って暴れながら、窒息の苦しみをレイジに訴える。
 鉄格子の隙間から射した蛍光灯の光が殺風景なコンクリ床に縦縞の影を映す。鉄格子の隙間から落ちた光の筋の中で微塵の埃が循環してる。綺麗だった、この世のものとは思えないほどに。ただの埃がなんであんなに綺麗なんだろう、と霞み始めた意識の彼方で朦朧と考える。レイジは相変わらず俺の上からどかず腰に尻を据えたまま、房に立ち込める暗闇に表情を隠してる。
 沈黙が不気味だ。空気の重苦しさで胸が押し潰されそうだ。
 今夜のレイジは変だ。
 壁際にぽつんと蹲ったレイジを一目見た瞬間から漠然とした胸騒ぎを感じていた。本音と建前が噛み合ってないアンバランスな笑顔が違和感の原因。
 今夜のレイジには笑顔を浮かべる余裕なんかない、野生の本性を剥き出して扉を開けた途端に襲いかかったのがいい証拠じゃねえか。
 レイジは執拗に俺の唇を舐めていた。獲物を味見してるみたいに濃厚なキス。
 「看守はもう行ったぜ、いい加減医務室に戻れよ。俺に麻雀牌返しにきたんならもう用は済んだろ、今なら医者も気付かない、お咎めもない。なんにもなかったふりでベッドに潜りこんでわざとらしく寝息立ててりゃまるくおさまる」
 この期に及んでもまだ俺はレイジが別の用件で訪ねてきたと信じたかった、嘘でもいいからそう信じこみたかった。
 勿論、レイジが今夜房を訪ねた目的は牌を返すためじゃない。本当の動機は別にあるといくら鈍い俺でも察しがついていた。
 だが、俺は尻込みしていた。いつかはこの時がくるんだろうなと諦めと不安が入り混じった気持ちを抱いてはいたが、こんなふうにその瞬間が訪れるなんて予想だにしなかった。なにもかも突然すぎて性急すぎてついていけねえ。
 思い立ったら即行動なんてレイジらしいなと思うけど俺はまだ心の準備ができてねえ、体のほうだってちっとも準備できてねえ。
 体の準備……って、具体的に何をどうすりゃいいんだ?見当もつかねえ。とりあえずシャワーは浴びた。強制労働のあとで一日の汗と汚れを落として気分爽快……だったのに、レイジと縺れ合って床転がってるうちにびっしょり汗かいて台無しだ。
 「レイジ、扉開けてやるからさっさと帰れよ。お前怪我人なんだから無茶すんなよ。ベッドに寝たきりで退屈だってさんざんぼやいてたのに、勝手に出歩いたのがバレてまた退院延びたら……っ、ぐ!?」
 「くだらないおしゃべりに舌使う余裕あるならキスに応えてくれよ」
 低い囁き声。
 そこらの女なら一発で腰砕けにまいっちまうだろう甘い囁き。
 暗闇に沈んだ表情は見えないが、今夜のレイジはひどく切羽詰って王様を王様足らしめるいつもの余裕を失っていた。
 レイジは本気だ。本気で俺を抱きにきた。ただそれだけの為に医務室を抜けて長い時間と道のりかけてはるばる房にやってきた。まだ包帯もとれてねえくせに、背中の火傷も治ってねえくせに、無茶しやがって。  
 レイジの下から脱け出て、豆電球を点けに行けるかちらっと考えた。答えは不可能。豆電球を点ければちょっとは視界が明るくなるのに、レイジに対する得体の知れない恐怖と不安も薄れるのに、互いの顔が見えない暗闇じゃあ声を頼りに本心を探るっきゃない。
 「……お前、どうかしてるよ」
 レイジが怖い。ただ、純粋に怖い。今夜のレイジはなにをしでかすかわからない、なにをしでかしても不思議じゃない。
 背中を寝かせた床が俺の体温で徐徐にぬくもり始めている。
 レイジに両手を掴まれて顔の横に固定された仰向けの体勢から、緩慢に視線を上げる。
 「どうかしてる?どうかさせたのはお前だろ、さんざんじらしやがって」
 心外なといわんばかりに自嘲の笑いをまじえて吐き捨てる。目が暗闇に慣れてきた。闇からおぼろげに浮かび上がるレイジの顔にはうっすらと笑みが浮かんでいた。
 「お前言ったよな、ペア戦始まる前の夜に。100人抜き達成したら抱かしてやるって」
 「………ああ」
 「守れよ」
 「守るよ。お前の怪我が治ったら、」
 「またそれかよ。そうやってずるずる引き延ばして、しまいに忘れたふりすんじゃねえだろうな」
 ぎくりとした。レイジの指摘は的を射ていた。視力がいいレイジは暗闇の中で俺の表情を見て取ったらしく、鼻を鳴らす。
 「そんなこったろうと思ってたよ。今日、お前の様子がおかしかったから気になってたんだ。いや、今日だけじゃねえ。ペア戦終わってから二週間というものずっとだ。お前ときたら俺とまともに目えあわせようとしねえし俺が約束のこと振れば妙によそよそしくなるし、マジで約束守る気あるのか疑ってたんだよ。ロン、耳の穴かっぽじってよく聞けよ。俺は一年半も前からこの日を待ってたんだ。お前を抱きたくて抱きたくて俺だけの物にしたくて気が狂いそうだった。正直、お前が抱けるなら片目くらいくれてやるって思ってた」
 「冗談でも言うな、そんなこと」
 「冗談なもんか。マリアに誓って真実だ」
 レイジを追い詰めたのは、俺だ。俺の優柔不断な態度がレイジを怒らせた。レイジが今夜房に来たのは俺の本心を確かめる為、俺に約束守る気があるかどうか体に聞くためだ。暗闇に慣れた目がレイジの顔を映し出す。
 焦燥に歪む顔、理性と本能の間で激しく揺れる葛藤の表情。
 「いいだろ?抱かせろ。最高に気持ちよくしてやるから」
 「!まっ、」
 待て、と叫ぶ暇もなく再び口を塞がれた。
 熱くて柔らかいレイジの唇の感触、優しく舌を啄ばむ繊細な愛撫が徐徐に熱を帯び激しさを増して口腔を蕩かせる。洗練された舌の動き。唾液を捏ねる音が淫猥に響き、羞恥心を焚き付ける。
 レイジから逃れたい一心で狂おしく身をよじってはみるが、体重かけて四肢を組み敷かれていては無駄な抵抗でしかない。レイジは俺の気持ちいいところを完璧に知り尽くしていた、口の中の性感帯を知り尽くしていた。
 頬の内側の敏感な粘膜、普段外気に晒すこともない舌の裏側、そして……数え上げればきりがない。こんなの、はじめてだ。メイファとキスした時はもっとおそるおそる遠慮がちに……

 ぼんやり霞みがかった脳裏にメイファの顔が浮かぶ。
 俺の初恋の女。

 「……………ふっ、んっ………」
 熱い。体じゅうが火照ってる。
 キスひとつで自分の体がこんなになるなんて、と信じられない気持ちでいっぱいだ。悔しいけど、本当に上手い。一体何人何百人の女とキスしたらこんな絶妙な舌遣いができるようになるんだ?レイジの経験値は半端じゃない。10歳かそこらのガキの頃から半端じゃない数の男や女と寝てきたんだ、ノーマルアブノーマル問わずさまざまなセックスを体験してきたんだ。そりゃ必然上手くもなるだろう。なんだか頭が朦朧としてきた。
 体の芯がふやけて蕩けて、心地よい浮遊感に包まれる。
 「息、できねえ……」
 こぶしでよわよわしくレイジの胸を叩く。
 「息なんかすんなよ」
 「無茶言うな、死ぬよ」
 「死なせねえよ」
 俺の抗議を鼻で一蹴して、レイジはキスを続ける。
 呑みきれない唾液が口の端から零れて透明な糸を引く。
 本当に、このまま死んじまうんじゃないだろうか。レイジの腕の中で窒息死しちまうんじゃないか、と本能的な危惧を抱いて体が強張る。
 レイジは骨の髄まで俺を貪り食うつもりだ。
 レイジの胸を叩き、何とかして俺の上からどかそうと試みる。苦しい、本当に苦しい、息が続かねえ。唾液に溺れちまう。いい加減に唇を離せレイジ、舌を抜け。だが、レイジは一向にどかない。俺の胴に跨ったまま、キスの世界最長記録に挑むように時間をかけて口腔を貪り尽くす。
 「ふっ、ん、うく……う!」
 「キスだけでイッちまいそうってか」
 レイジが皮肉げにせせら笑う。悔しいが、本当にそうなりそうだ。体じゅうが火照って疼いてもうたまらない。自分の口の中がこんなに敏感にできてるなんて知らなかった、知りたくもなかった。俺は巧みな舌遣いに翻弄されるばかりで、どんなに腕を突っ張ってもレイジをはねのけることさえできない。どうすればいい?このままされたい放題レイジに犯されてそれでいいのか?

 冗談じゃねえ。

 男に犯されるなんざごめんだ、強姦されるなんざ恥だ。
 男の意地にかけて抵抗してやる。手足が使えなくてもいくらでも反撃のしようはある、たとえば……
 「!っ、」
 レイジが顔をしかめ、とびのく。
 積極的に舌を絡めてきたレイジに応じるふりで舌を噛めば、俺の口の中にも鉄錆びた血の味が広がる。
 唾液に溶けて口腔に満ちるレイジの血の味。
 胸焼けして吐きそうだ。不味かった。それを我慢して唾液を嚥下、床を横転してレイジの下からぬけだす。腰が抜けたように床にへたりこみ、尻で這いずって距離をとる。背中に鈍い衝撃、物音。後退してるうちにベッドにぶつかったらしい。
 暗闇に響く衣擦れの音、性急に弾む呼吸、早鐘を打つ心臓。
 俺にはレイジがわからない。なんでレイジがこんなに焦ってるのか、突然こんな真似をしたのか、理解に苦しむことばかりだ。こんなの全然レイジらしくねえ。座高の低いベッドに背中を預け、虚空に顔を向ける。
 シャツの胸を掴んで深呼吸をくりかえし、かすれた声を絞り出す。
 「ふざけんな。こんなのレイプとおなじじゃねえか」
 手の甲で顎を拭いてたレイジがぴくりと反応する。
 「力づくで無理矢理なんて、凱やタジマとおんなじじゃねえか。レイジ、お前は俺を抱きに来たんじゃない、犯しにきたんだ。こんなやり方ずるいよ、俺が何回嫌だって言っても関係なく舌突っ込んできやがって、今のお前タジマや凱とどこも変わんねーよ」
 「違う」
 「違わねーよ。お前が望んでたのってこんなことかよ、俺が泣こうが叫ぼうがてんで無視して、さかった犬みてえにはあはあヨダレ垂らして息荒げてのしかかって……ああくそっ、滅茶苦茶びびったぜ!まだ心臓がばくばくしてる。勘弁してくれよレイジ、こんな夜中に……明日も早いのに」
 ゆっくり深呼吸をくりかえしてるうちにいつもの調子が戻ってきた。暗闇に目が慣れたせいか、レイジに対する得体の知れない不安と恐怖も多少は薄らいだ。目の前にいるのはやっぱり相棒のレイジで、なんだか浮かない顔して、無造作に足を投げ出してる。
 俺と絡み合った際に上着の袖がめくれたのか、白い包帯が巻かれた手首が覗いていた。 
 微妙な沈黙が落ちる。レイジは拗ねて黙りこんでる。長く伸びた前髪が両目にかかって表情を読みにくくしてるが、眼帯で覆われた左目の隣、右の隻眼を過ぎるのは……一抹の疑念。
 「お前、ずるいよ」
 ぎくりとした。
 「ずるいって、なにがだよ」 
 語気強く問い返す。本当はわかっていた。レイジが何を言おうとしてるのか俺は薄々勘付いていた。でも、知らないふりをした。俺とレイジが一年半かけて築いてきた何かが壊れちまうのが怖くて、一線越えて後戻りできなくなるのが怖くて、卑怯だとわかっていながら聞き流そうとした。
 レイジが深々とため息吐いてかぶりを振る。
 「約束したじゃんか、前に。ペア戦始まる前の夜に。だから俺、頑張ったんだぜ。勿論それだけが目当てじゃねえけど、下心あったのは事実だ。思い出せよロン。お前、サーシャとの試合の時何回も顔真っ赤にして叫んでたろ。勝ったら抱かせてやるって、約束守れよって、まわりの連中のことド忘れしておもいっきり恥ずかしいこと叫んでたろ」
 「こっぱずかしいこと思い出させんなよ」
 「だから俺、死にかけながら頑張ったんだよ。今ここで死んだらロンが抱けねえ、ロンの喘ぎ声聞けねえって自分に言い聞かせて汗と血ですべる手でナイフを取ったんだ。左目刺されても背中焼かれても俺が最後まで戦いぬけたのはロン、お前がいたからだ。お前との約束がなけりゃ正直あそこで死んでもいいかなって、妙に吹っ切れた気分だった」
 「馬鹿、言うなよ。お前、命捨てるつもりだったのか?」 
 思わず声が上擦る。レイジは笑ってる。どこか寂しげに微笑んでいる。
 「俺、どうせここ出れねえし。ここに居てもここ出てもどのみち長生きできねえだろうし」
 「殺しても死なねえタマのくせに何言ってんだ」
 レイジに掴みかかりたいのをこぶしを握りこんで我慢して、そんなはなずはないと食ってかかる。
 暗闇に呑まれた笑顔は儚げで不吉だった。
 手を伸ばして掴もうとしたそばから闇に吸いこまれちまいそうな、漠然とした不安感を抱かせる笑顔。俺も本当はわかっていた。レイジには少なからずそういうところがある。こうして笑っていても、刹那的で破滅的な生き方しかできない危うさが闇に溶けて漂っている。
 「報われないのは慣れてるけど、それだったら最初から期待なんかさせんなよ。思わせぶりなふりすんなよ。お預け食うのはつらいぜ。お前ときたら肝心な場面になるたび適当言って逃げまくって、俺がどんだけイラついてるか考えもしねえ。ごまかすなよ。逃げるなよ。これ以上期待させんなよ。俺に抱かれたくないなら怒らねえからそう言えよ。俺のツラまともに見て、俺の目をまっすぐ見て、『お前なんか大嫌いだレイジ消えちまえ』っていつかみたいに言ってくれよ」
 ひどく思い詰めた目で俺を見据える。一途に縋るような、救いを乞うような眼差し。俺は、知らなかった。一日でも約束の期限を引き延ばそうと適当言ってごまかしてた俺の態度が、レイジをここまで苛立たせてたなんて思いもしなかった。レイジは最初からわかっていた。俺の怯えや恐れや不安、一線越えて後戻りできなくなることに対する躊躇を的確に見ぬいて究極の選択を迫っているのだ。
 俺の本気を試してるのだ。
 耳朶にさわる衣擦れの音。レイジがおもむろに身を乗り出して俺の肩を掴む。
 「俺のこと嫌い?」
 『不是』
 「じゃあ好きか」
 『……不了解』
 「どっちだよ」
 逃げを許さない力で俺の肩を掴み、苛立たしげに吐き捨てる。
 俺は迷っていた。目の前にはレイジがいて、暗闇にぼんやりと顔の輪郭が浮かんでる。左目は純白の眼帯に覆われていた。眼帯の下には瞼を斜めに跨いで縫い付けた無残な傷痕が残る。
 レイジの左目はもうけして開かない、俺の顔を映すこともない。
 レイジが光を失ったのは俺のせい、視界の半分を失ったのは俺のせいだ。
 なら、レイジの期待にこたえてやるべきじゃないか?レイジは十分すぎるほど頑張った、頑張ってくれた。報われたっていいはずだ。俺を抱きたいって言うんなら抱かせてやれよ、減るもんじゃなしと頭の片隅でだれかが囁く。
 いや、ケツだってすりへるだろ実際?そんな簡単に決めていいのかよ。そりゃ前もって約束はしてたけど、こんないきなり……
 隻眼が漣立つ。
 業を煮やしたレイジが肩に五指を食いこませ、手荒く揺さぶる。
 「俺に抱かれたくないなら嫌いだって言っちまえ、遠慮なく突っぱねろよ。顔見ただけで反吐がでる、むこういけってヒステリックに叫べよ。どっちなんだよロン、はっきりしろよ。俺に抱かれるのが嫌なら最初から約束なんかすんじゃねえよ、無駄な期待させんじゃねえよ!報われない願いと叶わない祈りを積み重ねたところで救いに届くわけねえってわかってるよ、でも懲りずにもしかしたらって期待しちまうんだよ!ああ畜生かっこわりィ最悪、情けねえ、みっともねえ、こんな恥ずかしいこと言わせんじゃねーよ!?」
 「勝手に言ってるんじゃねーかよ!」
 レイジは聞く耳持たない。思い詰めた光を隻眼に宿して力任せに俺を揺さぶってる。
 目が回る。体がぐらつく。
 レイジが手を動かすたびに首からぶら下げた鎖が跳ねて清涼な音が鳴る。
 格子窓の隙間から射した光を浴びて十字架は神秘的に輝き、耳朶のピアスも光を弾いて綺麗にきらめく。そんな、どうでもとこにばかり目がいく。
 俺はレイジに揺さぶられるがまま顔を俯け、唇を噛んで黙りこくっていた。 レイジの気持ちは痛いほどわかる。でも、どうしたらいいかわからない。
 正直、俺は怖い。レイジに抱かれるのが怖い。
 サーシャとの試合の時はただただ夢中で、レイジに勝って欲しい一心で、いや、レイジに死んで欲しくない一念で約束を持ち出した。あれから二週間が経って俺の頭も冷えて、最近ではそんな約束をしたこと自体忘れはじめていた。 違う、忘れたかったのだ。
 俺たちの関係が変わっちまうのが怖くて、決定的に壊れちまうのが怖くて、レイジに聞かれるたびすっとぼけて姑息に逃げ続けていたのだ。 

 卑怯だ、俺は。レイジの言う通り、ずるいやつだ。
 最低だ。

 「……そうか、わかった。お前、最初からそのつもりだったんだな」
 「え?」
 おもわず顔を上げる。俺の肩を掴んで首をうなだれたレイジが暗い笑みを吐く。
 「美味しい餌で俺を釣って、ペア戦に出させるつもりだったんだな。そうやって餌で引っ張って戦わせるつもりだったんだな、自分の為に。はっ、一本とられたぜ。ころりと騙されちまった。俺に抱かれる気なんかこれっぽっちもなかったくせにそれらしいこと言ってけしかけて……飴と鞭だ。お前の約束は豹の牙も溶かす甘い飴だ。俺を飼い馴らすには体で釣るのがイチバンだろうって考えたんだろ。末恐ろしいぜ」
 「なっ……レイジてめえ、言っていいことと悪いことがあんだろが!?」
 「キレたってことは図星かよ。やっぱり、お前が俺に体許すはずねえって思ってたんだよ。お前、まともだもんな。男にヤられるのなんか冗談じゃねえって口癖みたく言ってたもんな。ある意味キーストア以上の潔癖症だ。野郎に突っ込むのも突っ込まれるのもお断りだって意地張って東京プリズンで生きてきた野良猫だ。懐かない野良にはいい加減愛想が尽きたぜ、お前なんか……」
 頭に血が上り、胸が煮えくり返る。
 渾身の力で突き飛ばせば、バランスを崩したレイジが派手な音をたてて床に転がる。悲鳴があがる。転倒した時に先の試合で痛めた個所でも打ったんだろう。レイジが片手で頭を支え起こして何か言いかけ、硬直。
 「いいぜ。抱けよ」
 上着の裾に手をかけ、勢いよく脱ぎ捨てる。
 床に肘をついて上体を起こしたレイジの眼前に上半身裸で仁王立ち、宣言。
 「守ってやろうじゃんか、約束。いいぜ、来いよ王様」
 「………いいんだな?本当に、いいんだな」
 レイジが慎重に確認。
 体の脇でこぶしを握りこみ、頷く。いまさら引き下がれねえ。レイジの挑発で決心がついた。抱かれてやろうじゃんか畜生と半ばヤケになっていた。
 闇を縫い伝わる衣擦れの音、コンクリ床を叩く足音。肉食獣めいてしなやかな動作で摺り寄り、優しく肩に手をおき、レイジが耳元で囁く。
 「後悔するなよ」
 ぞくりとした。
 本音を言えば、今すぐここから逃げたくて逃げたくてたまらなかった。でも、レイジから逃げたい心とは裏腹に俺の足は床に根ざしたようにその場から一歩も動かなかった。
 腋の下にいやな汗が滲みだす。恐怖と緊張で手足の先が震えてきた。
 どうした、さっきの威勢はどこにやった?しっかりしろ、顔を上げろ、目を見開け。逃げるな俺。心臓の鼓動が高鳴り、異常に喉が乾き、全身の毛穴が開いてドッと汗が噴き出す。
 レイジが不意に動く。
 さりげなく肩に添えた手に力を込め、ベッドの方に押し倒す。
 スプリングが軋み、背中が軽く弾み、薄暗い天井が視界に映る。
 「体の力抜けよ」
 「……無茶、言うなよ」
 眉間に皺を刻んで固く目を瞑る。
 ベッドのスプリングが錆びた軋り音を鳴らす。二人分の体重に音を上げるスプリングにも躊躇せず、俺の腰に跨り、前戯を再開するレイジ。赤裸な衣擦れの音が耳に響く。しっかり目を閉じていても、首筋を這う舌の感触や体をまさぐる手の感触まで意識から閉め出せるわけもない。変な、感じだ。体が熱い。微熱を帯びたように体の間接が気だるくて、勝手に息が上がっちまう。
 「はっ………、っう」
 恥ずかしい。死ぬほど恥ずかしい。目なんか絶対開けられねえ。目を開けたらまず間違いなくとんでもねえ光景がとびこんでくるに決まってる。
 頼む、はやく終わってくれとそればかり念じながらシーツを掻き毟り快感に抗う。レイジの舌と手を感じる。淫猥に濡れ光る唾液の筋を付けて、鎖骨の起伏を舐める舌。俺の腹筋を揉みしだいて、体の輪郭に沿って緩慢によじのぼっていく手。
 「!!あっ、」
 鋭い性感が芽生える。
 驚き、目を見開いた俺の視界に映ったのは信じられない光景。俺の胸板に顔を埋めたレイジが乳首を口に含んで舌で転がしてる。こいつなにやってるんだ、母猫の乳にしゃぶりつく子猫か?違う、そんな可愛いもんじゃねえ。大体男の乳首なんかしゃぶって何が楽しいんだ?
 「ちょ、待て待て待て待て!!お前なにやってんだ、そんなとこ舐めて……」
 一瞬で正気に戻った。レイジを押しのけようと躍起になって手足を振りまわすが、無駄だった。
 「男でも気持ちいいだろ?」
 「………っあ、よく、ねえ……っ!」
 勝ち誇ったように微笑み、胸の突起をついばむ。
 口に含み、舌で転がす。軽く前歯を立てて痛みを与えたあとは前にも増して優しく舐める。最初は何も感じなかったのに、少しずつ体に変化が起き始めた。熱い口腔に含まれた乳首が痛いくらい尖りきって、頭がどうかしちまいそうだった。むず痒いような、くすぐったいような……じれったい快感。
 病みつきになる快感。
 「感じてるのか」
 レイジが悪戯っぽく問いかける。
 感じてる?男同士でヤるのはこれが初めてなのにそんなのわかるわけねえだろ、と反発が込み上げる。俺は乳首舐められただけで感じるような淫乱じゃない、そりゃ体の半分には淫売のお袋の血が流れてるけど……
 お袋。
 ガキの頃こっそり覗き見たお袋の濡れ場を思い出す。
 俺はまだガキで、男と女のことなんかちっともわかんなくて、偶然濡れ場に立ち会ってもお袋と客が何してるのかさっぱりわかんなかった。素っ裸で絡み合う男と女。床の上でベッドの上で椅子の上で、お袋の膝を掴んで股を広げて……

 『淫売の子は淫売になるって産まれた時から決まってるんだ』
 タジマのせせら笑う声がする。
 『女の子ならよかったのに。お客とらせることもできたのに』
 お袋が冷たく吐き捨てる。

 「……ロン?」
 レイジの心配げな声音が俺を現実に引き戻す。
 片腕を目の上に置き、表情を隠す。違う。俺は淫乱じゃない、淫売じゃない。お袋と同じ生き物じゃない。あの時、お袋の身代わりに男に襲われた時から心に決めていた。スラムの路地裏で膝を抱えて、寒空を見上げながら心に誓った。これからの人生何があっても体だけは売らないと、お袋と同じ道だけは歩まないと。
 なのに。
 「………嫌だったのに」
 ぽろりと本音が口を突いて出た。
 「お袋みたいにだけはなるもんかって思ってたのに、男に体売るのなんざ冗談じゃねえって思ってたのに、情けねえ。これじゃお袋と一緒だ、タジマが言った通りの淫売だ。こういう時、どうやって喘げばいいんだ?どうやって喘げば男は、お前は悦んでくれるんだよ。わかんねえよ。上手くヤれる自信ねえよ。お前、きっとがっかりするよ。こんなもんだったのかって拍子抜けして、俺に愛想尽かすよ。こういう時のためにお袋に色々教わっときゃよかったのかな。小遣い稼ぎに体売ってればよかったのかな」
 何も見たくない、聞きたくない。
 ベッドに仰向けに寝転がり、顔に片腕を置き、途切れ途切れに呟く。
 「恥ずかしい、死ぬほど恥ずかしいよ畜生。ヤってらんねえよ。さっきからなんか、体が疼いて変な感じで、唇噛んでも声が漏れそうで……乳首舐められただけであんな声上げて、これじゃまるっきりお袋と一緒じゃねえか」
 レイジを落胆させるのは嫌だ、幻滅させるのは嫌だ。
 けど、どうしたらいいか肝心な所がわからねえ。自慢じゃないが俺はこう見えてとことん奥手で、メイファとヤる時だって酒の勢いを借りなきゃとても無理だった。どうすりゃいい?お袋みたいに擬声を張り上げて大袈裟なくらい感じてるふりすりゃ男は悦ぶのか、レイジは満足するのか?
 できねえよ、床上手の芝居なんて。
 俺はひとりしか女知らなくて、抱かれる側に回るのは今回初めてだってのに……
 「大丈夫だから」
 額に柔らかい感触。俺の額に唇を落とし、レイジが優しく微笑む。
 「お前はそのままでいいんだよ。我慢も無理もしなくていい、気持ちよくなけりゃよくないで俺に気を遣う必要なんかねえ」
 「………痛くすんなよ」
 疑り深く念を押せば、微笑を苦笑に切り替えてレイジが首を傾げる。
 「それはちょっと無理。一度は通る道だって諦めろよ」
 「皮剥けた時とどっちが痛え?」
 「処女失ったとき」
 やっぱり。くだらない質問しちまった。
 自己嫌悪で押し黙った俺をよそに、俺の腰に沿って手を滑らすレイジ。
 「なに、するんだよ」
 喉が詰まる。レイジは微笑んだまま答えない。意味ありげな微笑を口元にたくわえたまま俺のズボンを掴み、下着ごと膝までさげおろす。ひやりとした外気が下肢に触れて肌が粟立つ。これで俺は上も下も素っ裸、全裸になっちまった。上半身はともかく、下半身に何も身につけてないと足の間を風が通りぬけて落ち着かない。
 視線を下げれば自然、貧相な太股と萎縮した股間が目に入る。
 びびって縮み上がったペニス。反射的に股間を手で隠そうとしたが、間に合わなかった。レイジが俺の手首を掴んで頭上で一本に纏め、壁際に吊り上げる。キメ粗くざらついたコンクリ壁が裸の背中にあたり、否が応にも恐怖をかきたてる。
 至近距離にレイジの顔がある。
 俺の顔をまっすぐ捉えて、片方の目だけで笑っている。 
 「このままじゃ使い物になんねーだろ?使い物になるよう一人前に仕立て上げなきゃ」
 『使い物』にならない物を『使い物』に足る状態に仕上げる。何を意味するか一発でわかった。
 『梢等一下!有問題、台湾華語聴有無?別開玩笑、我不要了!』
 ちょっと待て、とみっともなく震える声で制止する。唾をとばして喚き散らす俺に一瞥くれて微笑を深めたレイジが、おもむろに股間に顔を埋め、そして……
 舌を使い始めた。 
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