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二百九十九話
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足にぶつかった衝立が騒々しく床に倒れ、自重に耐えかねた金網が濛々と埃を舞い上げコンクリ床を直撃。凄まじい轟音、画面のブレ。金網に仕掛けられた小型カメラが、転倒の衝撃で故障したらしく、画面に送られてくる映像には砂嵐が混ざっていた。
「鍵屋崎は、レイジはどうなったんだよビバリー!?」
「わ、わかりませんよそんなの!ナンセンスなこと聞かないくださいっス!」
粒子が粗い映像に目を凝らして鍵屋崎とレイジをさがすが、気が急いて見つからない。雑音まじりの音声が臨場感たっぷりに伝えてくるのは罵声と悲鳴が交錯する地下停留場の混乱のみ。鍵屋崎はどうなったんだ、無事なのか?まさか金網の下敷きになって圧死……最悪の想像が脳裏を過ぎり、暗澹たる不安を煽る。
重苦しい沈黙を破ったのは、サムライの一言。
「俺が征く」
有無を言わせない決断。俺が我に返ったときにはサムライは既に立ちあがっていて、負傷した片足をひきずるようにドアへと急いでいた。動転した俺はサムライの背中にむなしく手を伸ばし、叫ぶ。
「待てよ忘れたのか、お前怪我してんだろ!?医務室でじっとして鍵屋崎の帰りを待つって約束したんだろが、舌の根も乾かねえうちに約束破るつもりかよ、武士として最低だ!」
「友を窮地を捨て置けん」
きっぱりと言いきるサムライの背中は潔い。もう俺が何を言っても無駄だろうと思わせる揺るぎない決意をこめ、奥歯を食い縛り太股の激痛をこらえ、サムライが一歩を踏み出す。無理をして傷口が開いたのか、サムライのズボンにじわりと鮮血が滲みだす。それでもサムライは立ち止まらない、歩調を緩めもしない。
肩を喘がせて荒い息をこぼし、確実に一歩ずつドアとの距離を狭め、言う。
「直は俺の相棒だ。レイジは俺の仲間だ。仲間が必死で戦っているときにおのれの不甲斐なさを呪うしかないのは、卑劣な臆病者のすることだ。俺は戦う、たとえこの足が腐って爛れ落ちようが最後の最後まで戦いぬく、おのれの身をひと振りの刃にかえて友を守り抜く」
「格好つけすぎだよ、なんでそこまでできんだよ!」
鼻の奥がつんとする。本当に、サムライときたら格好つけすぎだ。自分だって十分しんどいくせに無理してるくせに、それでも虚勢を張って鍵屋崎を助けにいこうとしてる。太股の激痛をこらえ、必死に平気なふりして、俺たちに心配かけないよう気丈に振る舞ってる。強情すぎて手におえねえ。
ドアの手前で立ち止まったサムライが、ノブに手をかけ、顔を伏せる。
追憶に沈むように首をうなだれたサムライの表情は読めないが、たぶん、昔の恋人の面影を反芻してるんだろう。サムライとの仲を無理矢理引き裂かれて自殺した、愛しい女の面影を。
そして、サムライが口を開く。
迷いを振りきり、毅然と顔を上げ、自分の信念をどこまでも一途に貫き。
「俺は直を愛しく思う。
愛しい者を欲するのは男として当然ではないか」
サムライが苦く笑った。
鋼の強靭さに隠れた弱く脆い一面を覗かせる、自嘲的な笑み。ドアが開き、サムライが廊下に出る。バタンとドアが閉じ、サムライの姿が視界から消える。俺は何も言えなかった、言葉を発することさえできなかった。ベッドに膝立ちになりむなしく虚空を掴んだまま、呆然とサムライを見送り、自分の心に問いかける。俺は本当にこのままでいいのか、ここでじっとしてていいのか?サムライは行っちまった。太股に怪我して一歩進むごとに失神しそうな激痛に襲われるありさまなのに、鍵屋崎を助けたい一心で前だけ見て行っちまった。
俺はどうなんだ?
答えはすぐにでた。今すぐレイジを助けにいきたい、レイジのそばについててやりたい。レイジの相棒として恥ずかしくないよう胸を張りたい。レイジには俺がいなきゃ駄目なんだ、俺にはレイジがいなきゃ駄目なんだ。
『愛しい者を欲するのは男として当然ではないか』
サムライの言葉で、ようやく決心がついた。
上着の胸にこぶしをあて、迷いを振り捨て、スニーカーに足をもぐらせようとして……
『Unbelievable!!』
ビバリーのすっとんきょうな叫びにずっこかけかける。
「あーもう、気分台無しだ!変な声だしやがってなんだってんだよいったい、俺にもサムライみたいに格好つけさせてくれよ!」
片足にスニーカーをつっかけたままベッドにとびのり、腹立ちまぎれにビバリーの肩を掴む。だがビバリーは無反応、画面に映し出される光景を凝視したまま、酸欠の金魚よろしくぱくぱく口を開閉してる。ビバリーが震えながら指さす先をうろんげに一瞥した俺は、愕然とする。
『……不可能把……』
信じられない。
横転したカメラから送られてくる粒子の粗い映像。地下停留場を逃げ惑う人間の足、足、足。金網を踏み倒しカメラを蹴飛ばして逃げ惑う囚人たちの悲鳴がノイズまじりに響き渡る中、俺の目に映ったのは……
一丁の拳銃だ。
傾いだカメラに映し出されたそれは、黒光りする拳銃。ズボンの尻ポケットから半分ほど覗いたそれをばっちり目撃したビバリーが、ごくりと生唾を嚥下する。銃を持ってるのはだれだ?紺色のズボンは、看守の制服の特徴。じゃあ、看守のだれかが銃を持ってるのか?まさか。東京プリズンで銃を持ってるのは安田だけだ、一介の看守が銃なんて物騒なもん持ってるはずがない。でもそれじゃ、現に今起きてることが説明つかない。くそっ、カメラがもうちょっと上に移動すれば銃を持ってるやつの正体が一発でわかるのに!
「五十嵐さん、まだ返してなかったんスか!?」
「え?」
脳天から間抜けな声を発し、ビバリーに向き直る。
「ビバリー、今五十嵐って言ったのか?間違いないのか、銃を持ってるのは五十嵐なのか!?」
ビバリーの肩を乱暴に揺さぶり、唾のかかる距離で詰問する。ビバリーは一瞬「まずい」という顔で失言を悔いたが、もう遅い。俺の剣幕に恐れをなしたビバリーがしゅんとうなだれて白状する。
「はい、間違いありません。銃を持ってるのは看守の五十嵐っス、僕がこないだ手渡したんだから間違いないっス」
「だって東京プリズンで銃を持ってんのは安田だけ……」
「ご存知ないんスかロンさん?親殺しから聞いてないんスか」
ビバリーが意外そうに目を見張る。くそ、なんだか癪にさわる。
「数週間前のペア戦で地下停留場に乗りこんだ安田さんが銃をなくしたんスよ。で、それを偶然見つけたのが何を隠そうこのビバリー・ヒルズ!こんな物騒なもん放置しとけないと拾ったはいいものの、始末に困った挙句に五十嵐さんを介して副所長に返そうとしたんス」
「ホラ吹くなよ、返ってねえじゃん!」
「返したんスって、ホラ吹いたのは僕じゃなくて五十嵐っス!」
ビバリーが首をふりふり反論する。五十嵐がホラを吹いた?囚人に分け隔てなく親切に接して絶大な人望を勝ち得てるあの五十嵐が?なんで?五十嵐ならビバリーが口止めすりゃ、銃を拾った囚人の名前は伏せてきちんと安田に返してくれるはず。今の今まで隠しとおして、銃を持ち歩く意味がどこにある?
「……思い出した、たしかに鍵屋崎とサムライがそんなこと話してた。途中まで寝ぼけててよく聞いてなかったけど、たしかに『銃』って単語がでてきた。消えた銃がどうとかって、このことか……でも待てよ、おかしいじゃねえか。わからねーことだらけだぜ。安田がなくした銃さがしを鍵屋崎が請け負った、お前は偶然銃を拾って五十嵐のツテを頼りに副所長に返してくれるよう頼んだ。そこまではいい。問題はそっからさきだ、五十嵐のやつなんで肝心な銃を返してねーんだよ!?万一暴発しちまったらどうする、確実に死人がでるぜ!!」
「僕に言われて知りませんて、ビバリー・ヒルズは裁判にかけて無実っス!」
「裁判にかけて無実のやつが刑務所にくるかよ、洗いざらい吐きやがれ!」
ビバリーの肩をがくがく揺さぶりながら食い下がるが、ビバリーときたら知らぬ存ぜぬの一点張りで首を振るばかり。俺たちが怒鳴りあってるあいだもカメラからは映像が送られてきて、囚人に蹴り飛ばされたカメラがひっくり返る。
「!!リョウさんっ、」
ビバリーが目をひん剥き、パソコンに掴みかかる。
反転したカメラに映し出された赤毛は、見間違えようもないリョウの髪の色。あんだけあざやかな、燃えるような赤毛の囚人は東京プリズンでも珍しいから一発でわかる。リョウの隣にいるのは……五十嵐。ズボンの腰に手をかけた不恰好な体勢で凝然と立ち竦み、リングの方向を見つめている。
銃を隠し持った人物の正体が暴かれた。今にもポケットから銃を抜き取り、リングに銃口を向けようとしてる五十嵐の様子に鬼気迫るものを感じたビバリーがベッドを飛び下りる。
「ちょ、待てよビバリー!怪我人はじっとしてろってさんざん俺に説教したくせに今度はてめえが、」
ビバリーの襟首掴んで引き戻そうとした俺の五指が、すかっと空を切る。
目と鼻の先にビバリーの顔がある。
すさまじい剣幕で振り向いたビバリーが、俺の額に額をぶつけ、上着の胸ぐらを掴む。
「見てわかんないんスかロンさん、五十嵐の様子がマトモじゃないって!」
こんなマジなビバリー、見たことない。
焦燥に目を血走らせ、鼻息荒く俺と額を突き合わせるビバリーの表情は真剣そのものだ。ビバリーに言われて画面を見た俺は、絶望的に暗い五十嵐の表情に息を飲む。
これは、極限まで追い詰められた人間の顔。今から最悪の選択肢を選ぼうとしてる人間の顔だ。
五十嵐はもう、到底ひき返せないところまできちまってる。
「……くそっ、リョウさんてば世話ばっかり焼かせて!人騒がせなトモダチもつと苦労します!」
ビバリーが苦渋に満ちて吐き捨てる。
そうか。ビバリーにとっては、リョウは今でもダチなんだ。危険に巻きこまれるのが承知で放っとけない大事なダチなんだ。リョウの隣には正気を失った五十嵐がいる、いつ銃を発砲してもおかしくない五十嵐がいる。ビバリーが冷静でいられるはずがない、金網が倒れた瞬間のサムライとおなじくその心中は察するにあまりある。
「……トモダチ思いだな」
「ロンさんとおなじくお節介なだけっス」
俺が苦笑すれば、ビバリーも苦笑する。
そうだ、俺たち二人とも苦境のダチを放っとけないお節介同士だ。はは、意外と相性よさそうじゃんか。 胸ぐらからビバリーの指をもぎはなし、俺はきっぱりと言いきる。
「俺も行く」
「!ロンさんっ、あんた怪我を」
「怪我がどうしたんだよ?それがダチを見捨てる言い訳になんのか」
レイジを真似て不敵に笑ってやる。ビバリーがリョウを助けたい一心で危険にとびこんでくなら、俺が立ちあがらないわけにはいかない。医務室のベッドでじっとして自分の無力を呪うのはもううんざりだ。俺が今やるべきことは、ベッドの上でじっとしてレイジの無事を祈り続けることじゃない。レイジの勝利を信じて寝返りを打つことじゃない。
ただ、レイジの隣にいてやること。
レイジをひとりぼっちにさせないことだ。
「説得しようったって無駄だぜビバリー、俺は一度言い出したら聞かねえんだ。もちろん、お人よしのビバリー・ヒルズはひとりじゃ歩けねえ怪我人に肩を貸してくれるよな?」
降参したようにため息をついたビバリーが、俺の片腕を首の後ろに回し、肩に担ぐ。
「いくら僕がお人よしでもロンさんには負けますよ」
ああ。
ビバリーはいいヤツだ。リョウがいちごを半分こしたくなる気持ちがよくわかる。
「鍵屋崎は、レイジはどうなったんだよビバリー!?」
「わ、わかりませんよそんなの!ナンセンスなこと聞かないくださいっス!」
粒子が粗い映像に目を凝らして鍵屋崎とレイジをさがすが、気が急いて見つからない。雑音まじりの音声が臨場感たっぷりに伝えてくるのは罵声と悲鳴が交錯する地下停留場の混乱のみ。鍵屋崎はどうなったんだ、無事なのか?まさか金網の下敷きになって圧死……最悪の想像が脳裏を過ぎり、暗澹たる不安を煽る。
重苦しい沈黙を破ったのは、サムライの一言。
「俺が征く」
有無を言わせない決断。俺が我に返ったときにはサムライは既に立ちあがっていて、負傷した片足をひきずるようにドアへと急いでいた。動転した俺はサムライの背中にむなしく手を伸ばし、叫ぶ。
「待てよ忘れたのか、お前怪我してんだろ!?医務室でじっとして鍵屋崎の帰りを待つって約束したんだろが、舌の根も乾かねえうちに約束破るつもりかよ、武士として最低だ!」
「友を窮地を捨て置けん」
きっぱりと言いきるサムライの背中は潔い。もう俺が何を言っても無駄だろうと思わせる揺るぎない決意をこめ、奥歯を食い縛り太股の激痛をこらえ、サムライが一歩を踏み出す。無理をして傷口が開いたのか、サムライのズボンにじわりと鮮血が滲みだす。それでもサムライは立ち止まらない、歩調を緩めもしない。
肩を喘がせて荒い息をこぼし、確実に一歩ずつドアとの距離を狭め、言う。
「直は俺の相棒だ。レイジは俺の仲間だ。仲間が必死で戦っているときにおのれの不甲斐なさを呪うしかないのは、卑劣な臆病者のすることだ。俺は戦う、たとえこの足が腐って爛れ落ちようが最後の最後まで戦いぬく、おのれの身をひと振りの刃にかえて友を守り抜く」
「格好つけすぎだよ、なんでそこまでできんだよ!」
鼻の奥がつんとする。本当に、サムライときたら格好つけすぎだ。自分だって十分しんどいくせに無理してるくせに、それでも虚勢を張って鍵屋崎を助けにいこうとしてる。太股の激痛をこらえ、必死に平気なふりして、俺たちに心配かけないよう気丈に振る舞ってる。強情すぎて手におえねえ。
ドアの手前で立ち止まったサムライが、ノブに手をかけ、顔を伏せる。
追憶に沈むように首をうなだれたサムライの表情は読めないが、たぶん、昔の恋人の面影を反芻してるんだろう。サムライとの仲を無理矢理引き裂かれて自殺した、愛しい女の面影を。
そして、サムライが口を開く。
迷いを振りきり、毅然と顔を上げ、自分の信念をどこまでも一途に貫き。
「俺は直を愛しく思う。
愛しい者を欲するのは男として当然ではないか」
サムライが苦く笑った。
鋼の強靭さに隠れた弱く脆い一面を覗かせる、自嘲的な笑み。ドアが開き、サムライが廊下に出る。バタンとドアが閉じ、サムライの姿が視界から消える。俺は何も言えなかった、言葉を発することさえできなかった。ベッドに膝立ちになりむなしく虚空を掴んだまま、呆然とサムライを見送り、自分の心に問いかける。俺は本当にこのままでいいのか、ここでじっとしてていいのか?サムライは行っちまった。太股に怪我して一歩進むごとに失神しそうな激痛に襲われるありさまなのに、鍵屋崎を助けたい一心で前だけ見て行っちまった。
俺はどうなんだ?
答えはすぐにでた。今すぐレイジを助けにいきたい、レイジのそばについててやりたい。レイジの相棒として恥ずかしくないよう胸を張りたい。レイジには俺がいなきゃ駄目なんだ、俺にはレイジがいなきゃ駄目なんだ。
『愛しい者を欲するのは男として当然ではないか』
サムライの言葉で、ようやく決心がついた。
上着の胸にこぶしをあて、迷いを振り捨て、スニーカーに足をもぐらせようとして……
『Unbelievable!!』
ビバリーのすっとんきょうな叫びにずっこかけかける。
「あーもう、気分台無しだ!変な声だしやがってなんだってんだよいったい、俺にもサムライみたいに格好つけさせてくれよ!」
片足にスニーカーをつっかけたままベッドにとびのり、腹立ちまぎれにビバリーの肩を掴む。だがビバリーは無反応、画面に映し出される光景を凝視したまま、酸欠の金魚よろしくぱくぱく口を開閉してる。ビバリーが震えながら指さす先をうろんげに一瞥した俺は、愕然とする。
『……不可能把……』
信じられない。
横転したカメラから送られてくる粒子の粗い映像。地下停留場を逃げ惑う人間の足、足、足。金網を踏み倒しカメラを蹴飛ばして逃げ惑う囚人たちの悲鳴がノイズまじりに響き渡る中、俺の目に映ったのは……
一丁の拳銃だ。
傾いだカメラに映し出されたそれは、黒光りする拳銃。ズボンの尻ポケットから半分ほど覗いたそれをばっちり目撃したビバリーが、ごくりと生唾を嚥下する。銃を持ってるのはだれだ?紺色のズボンは、看守の制服の特徴。じゃあ、看守のだれかが銃を持ってるのか?まさか。東京プリズンで銃を持ってるのは安田だけだ、一介の看守が銃なんて物騒なもん持ってるはずがない。でもそれじゃ、現に今起きてることが説明つかない。くそっ、カメラがもうちょっと上に移動すれば銃を持ってるやつの正体が一発でわかるのに!
「五十嵐さん、まだ返してなかったんスか!?」
「え?」
脳天から間抜けな声を発し、ビバリーに向き直る。
「ビバリー、今五十嵐って言ったのか?間違いないのか、銃を持ってるのは五十嵐なのか!?」
ビバリーの肩を乱暴に揺さぶり、唾のかかる距離で詰問する。ビバリーは一瞬「まずい」という顔で失言を悔いたが、もう遅い。俺の剣幕に恐れをなしたビバリーがしゅんとうなだれて白状する。
「はい、間違いありません。銃を持ってるのは看守の五十嵐っス、僕がこないだ手渡したんだから間違いないっス」
「だって東京プリズンで銃を持ってんのは安田だけ……」
「ご存知ないんスかロンさん?親殺しから聞いてないんスか」
ビバリーが意外そうに目を見張る。くそ、なんだか癪にさわる。
「数週間前のペア戦で地下停留場に乗りこんだ安田さんが銃をなくしたんスよ。で、それを偶然見つけたのが何を隠そうこのビバリー・ヒルズ!こんな物騒なもん放置しとけないと拾ったはいいものの、始末に困った挙句に五十嵐さんを介して副所長に返そうとしたんス」
「ホラ吹くなよ、返ってねえじゃん!」
「返したんスって、ホラ吹いたのは僕じゃなくて五十嵐っス!」
ビバリーが首をふりふり反論する。五十嵐がホラを吹いた?囚人に分け隔てなく親切に接して絶大な人望を勝ち得てるあの五十嵐が?なんで?五十嵐ならビバリーが口止めすりゃ、銃を拾った囚人の名前は伏せてきちんと安田に返してくれるはず。今の今まで隠しとおして、銃を持ち歩く意味がどこにある?
「……思い出した、たしかに鍵屋崎とサムライがそんなこと話してた。途中まで寝ぼけててよく聞いてなかったけど、たしかに『銃』って単語がでてきた。消えた銃がどうとかって、このことか……でも待てよ、おかしいじゃねえか。わからねーことだらけだぜ。安田がなくした銃さがしを鍵屋崎が請け負った、お前は偶然銃を拾って五十嵐のツテを頼りに副所長に返してくれるよう頼んだ。そこまではいい。問題はそっからさきだ、五十嵐のやつなんで肝心な銃を返してねーんだよ!?万一暴発しちまったらどうする、確実に死人がでるぜ!!」
「僕に言われて知りませんて、ビバリー・ヒルズは裁判にかけて無実っス!」
「裁判にかけて無実のやつが刑務所にくるかよ、洗いざらい吐きやがれ!」
ビバリーの肩をがくがく揺さぶりながら食い下がるが、ビバリーときたら知らぬ存ぜぬの一点張りで首を振るばかり。俺たちが怒鳴りあってるあいだもカメラからは映像が送られてきて、囚人に蹴り飛ばされたカメラがひっくり返る。
「!!リョウさんっ、」
ビバリーが目をひん剥き、パソコンに掴みかかる。
反転したカメラに映し出された赤毛は、見間違えようもないリョウの髪の色。あんだけあざやかな、燃えるような赤毛の囚人は東京プリズンでも珍しいから一発でわかる。リョウの隣にいるのは……五十嵐。ズボンの腰に手をかけた不恰好な体勢で凝然と立ち竦み、リングの方向を見つめている。
銃を隠し持った人物の正体が暴かれた。今にもポケットから銃を抜き取り、リングに銃口を向けようとしてる五十嵐の様子に鬼気迫るものを感じたビバリーがベッドを飛び下りる。
「ちょ、待てよビバリー!怪我人はじっとしてろってさんざん俺に説教したくせに今度はてめえが、」
ビバリーの襟首掴んで引き戻そうとした俺の五指が、すかっと空を切る。
目と鼻の先にビバリーの顔がある。
すさまじい剣幕で振り向いたビバリーが、俺の額に額をぶつけ、上着の胸ぐらを掴む。
「見てわかんないんスかロンさん、五十嵐の様子がマトモじゃないって!」
こんなマジなビバリー、見たことない。
焦燥に目を血走らせ、鼻息荒く俺と額を突き合わせるビバリーの表情は真剣そのものだ。ビバリーに言われて画面を見た俺は、絶望的に暗い五十嵐の表情に息を飲む。
これは、極限まで追い詰められた人間の顔。今から最悪の選択肢を選ぼうとしてる人間の顔だ。
五十嵐はもう、到底ひき返せないところまできちまってる。
「……くそっ、リョウさんてば世話ばっかり焼かせて!人騒がせなトモダチもつと苦労します!」
ビバリーが苦渋に満ちて吐き捨てる。
そうか。ビバリーにとっては、リョウは今でもダチなんだ。危険に巻きこまれるのが承知で放っとけない大事なダチなんだ。リョウの隣には正気を失った五十嵐がいる、いつ銃を発砲してもおかしくない五十嵐がいる。ビバリーが冷静でいられるはずがない、金網が倒れた瞬間のサムライとおなじくその心中は察するにあまりある。
「……トモダチ思いだな」
「ロンさんとおなじくお節介なだけっス」
俺が苦笑すれば、ビバリーも苦笑する。
そうだ、俺たち二人とも苦境のダチを放っとけないお節介同士だ。はは、意外と相性よさそうじゃんか。 胸ぐらからビバリーの指をもぎはなし、俺はきっぱりと言いきる。
「俺も行く」
「!ロンさんっ、あんた怪我を」
「怪我がどうしたんだよ?それがダチを見捨てる言い訳になんのか」
レイジを真似て不敵に笑ってやる。ビバリーがリョウを助けたい一心で危険にとびこんでくなら、俺が立ちあがらないわけにはいかない。医務室のベッドでじっとして自分の無力を呪うのはもううんざりだ。俺が今やるべきことは、ベッドの上でじっとしてレイジの無事を祈り続けることじゃない。レイジの勝利を信じて寝返りを打つことじゃない。
ただ、レイジの隣にいてやること。
レイジをひとりぼっちにさせないことだ。
「説得しようったって無駄だぜビバリー、俺は一度言い出したら聞かねえんだ。もちろん、お人よしのビバリー・ヒルズはひとりじゃ歩けねえ怪我人に肩を貸してくれるよな?」
降参したようにため息をついたビバリーが、俺の片腕を首の後ろに回し、肩に担ぐ。
「いくら僕がお人よしでもロンさんには負けますよ」
ああ。
ビバリーはいいヤツだ。リョウがいちごを半分こしたくなる気持ちがよくわかる。
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