少年プリズン

まさみ

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二百九十八話

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 ビバリーを力づくでどかそうと肩に手をかけたまま、俺はぽかんと口を開け、液晶画面に見入っていた。
 ビバリーいわく地下停留場の金網に超小型カメラと集音機を仕掛けて決勝戦の模様を生中継してるらしく、正方形のリングの中央じゃヨンイルと鍵屋崎が対峙していた。
 最初は鍵屋崎がやられる一方だった。喧嘩の弱い鍵屋崎はサムライに借りた木刀で応戦しようとしたが、西のトップを張るヨンイルにかかりゃ赤子同然で、簡単に背後をとられて足払いをかけられひっくり返されちまった。
 会場の歓声が大きくなり観客が盛り上がる中、コンクリ床に背中から激突した鍵屋崎の顔面にヨンイルの靴裏が被さる。ヨンイルはにやにや笑いながら、木刀を掲げて必死に抵抗する鍵屋崎をいたぶっていた。それを見たサムライが激昂し、普段の冷静さをかなぐり捨て、唾をとばして怒鳴る。
 「直、起て!」
 「ああんサムライさんロザンナを揺さぶっちゃめっす、ロザンナはデリケートなんスから!回線ショートしたら責任とらせますよ!?」
 興奮のあまり膝立ちになったサムライが手荒くパソコンを揺さぶり、画面の向こうの鍵屋崎を叱咤する。こめかみに血管を浮かせてヨンイルを視殺するサムライの剣幕に、ロザンナの貞操危うしと泡を食ったビバリーが慌ててサムライを押さえこむ。
 「はなせ無礼者、俺には直の戦いを最後まで見届ける義務がある!」
 「画面を見るときは部屋を明るくして離れて見てねって教わりませんでしたか!?」
 「教わらなかった!」
 画面の中じゃヨンイルに追い詰められ絶体絶命の鍵屋崎が、両腕を突っ張って必死の抵抗を試みてる。サムライから預かった木刀を頼りに、奥歯を食い縛りヨンイルの足裏を押し返す鍵屋崎の顔は充血していた。
 そろそろ腕も限界なのだろう、体重をかけて徐徐に足を踏み込んでくるヨンイルにこれ以上抗う術もなく、地面に伏せた鍵屋崎の顔が苦渋に歪む。非力ながらも鍵屋崎の健闘を伝える迫真の映像に固唾を飲んだサムライが、強く強く五指を握りしめる。
 「直……!」
 鍵屋崎の無事を心より祈る切実な叫び。
 喉を振り絞るように鍵屋崎の名を呼ぶサムライ、伏せた双眸には己の不甲斐なさを恥じ入る含羞の色。足を負傷して鍵屋崎の窮地に駆けつけられない現状を呪うサムライは、今も身を切られるような焦燥を感じているのだ。
 膝にこぶしを叩きつけ、屈辱に耐え、歯噛みするサムライ。俺にはサムライの気持ちが痛いほどよくわかる、俺もサムライとおなじ気持ちだ。俺は今サムライとおなじ焦燥を味わってる、サムライとおなじ葛藤に悩まされている。大事な相棒が決勝戦にでるという肝心な時に、医務室のベッドでじっとしてなきゃならないなんて冗談じゃない。俺だって今すぐ会場に駆け付けて鍵屋崎を応援したい、レイジについていてやりたい。
 食い入るように画面を覗きこみ、レイジの姿をさがす。いた。レイジはすぐに見つかった。リングを囲む金網にはりついて、鍵屋崎にむかってなにか大声で喚いてる。
 レイジも心配なのだ、鍵屋崎のことが。鍵屋崎が怪我をしちまわないか死んじまわないか心配して、早く帰ってこいと地団駄踏んで催促してるのだ。
 まったく、ガキかよ。
 「あ」
 画面の中で変化があった。俺はサムライと競うように膝を乗り出し、画面を見つめる。
 大きな弧を描き、蹴り飛ばされた木刀が宙に舞う。鍵屋崎の手から逃れた木刀が照明を反射して輝き、乾いた音をたてコンクリ床に落下する。鍵屋崎の手の届かぬ遠方へと蹴り飛ばされた木刀にサムライが息をのむ。万事休す、鍵屋崎は唯一身を守る武器を失った。木刀を持っていてもかなわなかったのに素手でヨンイルに勝てるわけがない。
 ヨンイルが鍵屋崎の胸ぐらを掴み、強引に引きずり起こす。
 上着の胸を掴まれ、無理矢理立たされた鍵屋崎は体力の消耗がはげしく肩で息をしていた。相変わらず持久力のないやつだ。
 「親殺し絶体絶命危機一髪断崖絶壁、相手はあの西の道化、過去二千人を殺した凶悪極まりないテロリストにして爆弾作りの天才ヨンイル!さあ、親殺しに逆転のチャンスは!?」
 興がのりはじめたか、手を振りまわして実況するビバリーがうるさい。「うるせえよビバリーヒルズ、酔っ払ってんじゃねえよ」と片手で顔を押しのけ、上気した顔でパソコンの正面に陣取る。
 無防備に突っ立っていた鍵屋崎の上腕に、ヨンイルの回し蹴りが炸裂。華奢な鍵屋崎はひとたまりもなく、蹴りの衝撃に吹っ飛ばされて金網に激突する。子供に弄ばれたボロ人形のように背中からずり落ちた鍵屋崎にサムライ息をのむ。
 意識を失ってるのだろうか、ぐったりと四肢を弛緩させた鍵屋崎のもとへ両手を広げたヨンイルが近付いてくる。威圧するような大股で鍵屋崎に歩み寄ったヨンイルが、鍵屋崎の正面に屈みこみ何事か囁く。
 何を言ってるんだかこの距離からじゃ聞こえないのが歯痒くて、ビバリーをせっつく。
 「もっと音でっかくできねえのかよ!?」 
 「これ以上は無理っスよ!」
 ビバリーが情けない声で弁解する。俺たちが喧々囂々言い争ってるあいだに鍵屋崎が金網に凭れて立ちあがり、きっとヨンイルを睨みつける。実力差は圧倒的であるにも拘わらず鍵屋崎の瞳は負けてない。
 鍵屋崎はまだ勝負を捨ててない。
 「直、お前はどうして自ら傷付きに行く!?」
 サムライがこぶしで膝を打つ。鍵屋崎の窮地に何もできない自分が歯痒くてたまらないのだろう。いたたまれない心境のサムライをよそに、ヨンイルが鍵屋崎へとびかかる。勢い良く床を蹴り跳躍、上着の裾をはためかせて鍵屋崎へと肉薄。高々と宙に弧を描いた足が、鍵屋崎の右側頭部を急襲……
 切れ味鋭い蹴りに、だれもが鍵屋崎の敗北を予感した。
 『!危湿、』 
 しかし、そうはならなかった。
 ヨンイルの蹴りを間一髪防いだのは、こめかみに掲げられた一冊の本。鍵屋崎がズボンの後ろに手を回して抜き取った本が、盾代わりにヨンイルの蹴りを防御したのだ。
 あの本は。
 「あいつ、ひとに断りもなくいつのまに!?」
 鍵屋崎がこめかみに翳したあれは、ヨンイルが俺のベッドに持ちこんだ漫画本じゃねえか!今もベッド周辺の床にはヨンイルが持参した漫画本が大量に散乱して足の踏み場もないが、鍵屋崎が本をパクったなんて今の今まで気付かなかった。まあ、こんだけあるんだから一冊くらいなくなってても気付きゃしないが。
 にしても、サムライの木刀より漫画本のが役に立つなんて皮肉な話だ。
 「残念っスねサムライさん、気合い空回って親殺しの役に立てなくて。親殺し絶体絶命のピンチを救ったのはサムライさんが愛と友情をこめた木刀ではなく漫画の神様・手塚治虫の霊験あらたかな漫画本でした。サムライ魂の敗北、つまりは愛の力が足りなかったというこういうわけっスね!」
 「斬るぞ」
 会場の熱狂が伝染したか、ハイテンションにまくしたてるビバリーにサムライが吐き捨てる。心中複雑そうに黙りこむサムライをよそに、前かがみに画面に集中する。鍵屋崎が頭上高く腕を掲げ、漫画本に釣られたヨンイルがふらふらと間合いに踏みこみ……
 『痛!』
 「アウチっ!」
 ビバリーと同時に叫び、股間をおさえこむ。
 鍵屋崎が、ヨンイルの股間におもいきり膝蹴りを食らわす。まったく容赦がない力加減だった。ヨンイルの絶叫がびりびりと鼓膜を震わせ、全身からざざっと血の気が引く。
 「か、鍵屋崎ってキレると怖いんだな……」
 「……そのようだな」
 サムライも一見落ち着き払っていたが、心なしか顔色が青褪めていた。マジで金玉が縮んだ。おそるおそる股間から手をどかし、ビバリーと肩を並べ、あらためて画面を見る。金網に囲われた正方形のリングでは、ヨンイルが股間の激痛に悶絶していた。両手で股間を庇ってのたうちまわるヨンイルのもとへ歩み寄る鍵屋崎、眼鏡のレンズが片方割れてるのがちょっと間抜けだ。
 おもむろに手をのばし、ヨンイルの胸ぐらを掴み、無造作に引きずり起こす鍵屋崎。鍵屋崎によって強引に立たされたヨンイルが目にうっすら涙を浮かべて何かを言う。鍵屋崎がそれに答える。小声で交わされる二人の会話……ちくしょう、注意して唇の動きに目を凝らしても何を言ってるんだかわからねえ! 
 やきもきする俺とサムライの眼前で、ヨンイルと鍵屋崎の距離が縮まる。
 ヨンイルが鍵屋崎の耳元で、なにかを囁く。
 「俺、お前のこと好きやねん」
 はじかれたようにビバリーを振り向けば、俺たちへのサービスのつもりか、ヨンイルと鍵屋崎の会話の内容を勝手に捏造していた。
 ヨンイルの手が、そっと鍵屋崎の首元に添えられる。
 二人の間にほとんど距離がないせいか、ヨンイルが鍵屋崎の首に指を触れてるせいか、リングを俯瞰するカメラから送られてくるのはひどく扇情的な映像だ。それに妄想の産物としか思えないビバリーの解説がつくと、本当にそんな会話がされてるんじゃないかと錯覚に襲われるから不思議だ。
 艶っぽい目つきのヨンイルが、すっと指を動かし、鍵屋崎の首筋を撫でる。
 「ホンマ綺麗な首やなあ。蚊になった気分でちゅーて吸いつきたいわ。あんさん血も綺麗そうやしさぞかし鉄分多くて美味なんやろなあ。ああ、なんちゅー手触りよい肌や。つやつやのすべすべで上質の絹のさわりごこちや。失礼してちょいと味見を……」
 ヨンイルの顔がどんどん鍵屋崎に近付いてく。
 画面越しに顔と顔が接近するさまを見せつけられたサムライは平静を装おうにもうまくいかず、ヨンイルと鍵屋崎を引き裂こうにも手が出せずに憤死寸前。画面の中には手を伸ばせど届かず、おのれの無力を噛み締めながらヨンイルを睨めつけるしかない。火に油を注ぐビバリーの解説は続く。鍵屋崎の首に手をかけたヨンイルが睦言を囁くように耳朶へと顔を近付け、囁く。
 「ああ、怖がらんでえ。痛くはせえへん。なんや、そんな色っぽい顔して。目え潤ませてやらしく頬上気させて、さわられただけで感じとるんか?涼しい顔して淫乱やな……」
 ヨンイルの口真似をしながら、上着の胸に手をあて、自己陶酔にひたりながら熱演するビバリー。サムライのこめかみで血管が脈打ち始め、膝の上においたこぶしが震え始める。危険な兆候だ。ビバリーの口を塞がなけりゃ、と危機感に駆られた俺が行動を起こすより早くビバリーが地雷を踏む。
 ヨンイルの指が怪しく動き、鍵屋崎の喉仏が官能的に嚥下する。
 「敏感肌やな」
 「けしからん!!」
 サムライが怒髪天を衝いた。
 普段の冷静沈着さをかなぐり捨て、憤怒の形相で立ちあがるサムライ。太股の激痛も吹っ飛んだのか、ビバリーの胸ぐらを掴んで力づくで解説を中断する。至近距離でサムライに檄をとばされたビバリーは目を白黒させ、窒息の苦しみに手足をばたつかせて暴れる。自業自得だ。
 「冗談っスよ!怪我で入院中で決勝戦にでれないサムライさんの退屈をまぎらわしてあげようという生まれながらのエンターティナー、ビバリー・ヒルズのお茶目なジョーク、リップサービスっスよ!」
 「根も葉もない戯言をほざくな下郎め、直が俺との約束を破るはずがない!直はけして下心のある男におのれの体を気安くさわらせたりは……」
 「さわられまくりじゃねーか」
 画面を指さす俺を前に、サムライがぐっと言葉に詰まる。鍵屋崎が「他の男に体をさわらせない」なんて、独占欲まるだしのサムライとの約束を気にかけてるんなら画面で進行中の出来事が説明つかない。それとも鍵屋崎は亭主関白に振る舞う嫉妬深いサムライにうんざりして、サムライへの反抗も兼ねて公衆の面前でヨンイルといちゃついてるんだろうか?だとしたら鍵屋崎のヤツ、見かけによらず駆け引き上手だなと妙なところに感心する。
 ふと場外に視線をとばせば、レイジが金網にしがみつき、神妙に聞き耳を立てていた。
 耳の横に手をやってヨンイルと鍵屋崎の内緒話をふむふむと拝聴するレイジに、肩の力が抜ける。
 「デバガメかよ!レイジめ、色ボケもそこまでくると重症だぜ」
 さっきまで本気でレイジを心配して損した。リングじゃヨンイルと鍵屋崎が仲睦まじく乳繰り合ってるし、場外じゃレイジが耳の横に手をあて二人の会話を盗み聞きしてるし、おまえらまとめて東棟の恥さらしだと罵りたくなる。はっきり言って、レイジも鍵屋崎も見損なった。明日を悲観して頭を抱え込みたくなった俺の隣じゃ、サムライがじりじりしながら鍵屋崎とヨンイルとを見比べている。視線に熱量があるならヨンイルなんかひと睨みされただけで残り滓もださず蒸発しちまいそうだ。
 「待って、様子がおかしいっスよ?」
 ビバリーが眉をひそめる。鈍感な俺には睦言を交し合ってるようにしか見えないが、鍵屋崎の表情は真剣そのもので、はげしい口ぶりでヨンイルに食ってかかる様子はひどく切迫してる。
 「マジでなに話してんだよ、大の男がキスしそうに顔くっつけて内緒話はやめろってんだよ気色悪ィ!」 「破廉恥な喩えを言うな!」
 苛立ちをこめてベッドを殴り付けた思いが通じたのか、キスの一言に狼狽したサムライの心中を汲んだのか、画面の中で動きがあった。 
 すっと鍵屋崎から体をはなしたヨンイルに、サムライが安堵に胸撫で下ろすのも束の間。
 脚光を浴びてリング中央に踊り出たヨンイルが、芝居がかった動作で会場を見渡す。
 『今この場におる連中におしらせや。今からたのしいたのしい催しがはじまるで、道化VS天才の究極推理対決。金田一少年も驚いて腰抜かすわ。ええか、よお聞けよ。このリングのどっかに今から十分後に爆発する時限爆弾仕掛けられとる。俺の目の前にいるこの名探偵は、なんとか時間内にその爆弾見つけ出して解除するつもりや。万一こいつが爆弾を見つけ出せたら俺は道化の名を返上して勝ちを譲ったってええ。でも、時間内に爆弾の隠し場所に辿り着けんかったら……』
 ヨンイルが虚空を毟りとるように指を閉じ、ぱっと解き放つ。
 『ぼん、や』
 「な……」
 絶句したのは俺だけじゃない。一緒に画面を見てたビバリーもサムライも、驚きを通り越してあきれてる。これが本当の爆弾発言?いや、駄洒落で現実逃避してる場合じゃねえ!衝撃冷め遣らぬ俺が手をつかねて見守る眼前、パニック起こした囚人どもが我先にと地下停留場から脱出を図る。大惨事を予感した囚人が一斉に逃げ出したせいで怒涛のごとく波と波が衝突し、地下停留場は阿鼻叫喚の地獄となる。
 「正気かヨンイルのやつ、イカレてんじゃねえのか!?地下停留場で爆弾爆発したらどうなるかわかってんのかよ、死人と怪我人でるに決まってんだろ!場外の連中も巻き込むつもりかよ、レイジよかタチ悪いぜっ」
 先に爆弾見つけた方が勝ち?そんなのありかよ、ヨンイルが勝手に決めた試合ルールじゃねえのか?だいたい十分以内に爆弾見つけて解除するなんて無茶だ、不可能だ、天才にだってできることとできないことがある。俺にだってそれくらいわかる、鍵屋崎は全能の天才じゃない、俺たちとどこも変わらない脆弱な人間だ。万一鍵屋崎が間に合わず、爆発に巻きこまれて死んじまったら……
 「大丈夫っスかロンさん、顔色悪いっスよ?」
 「……なんでもねえ、ちょっとむかしのこと思い出しただけだ」
 無口になった俺を気遣い、ビバリーが背中をさする。くそ、ヨンイルが変なこと言うから思い出しちまったじゃねえか。むかし、俺が投げた手榴弾でひとが死んだ。敵チームのガキどもめがけて投げつけた手榴弾が爆発して、ガキどもが細切れの肉片になった。
 臓物ぶちまけて肉片撒き散らして絶命したガキども、その体から流れ出た大量の血だまりにうずくまった俺は、警察が駆けつけるまで何度も何度も吐いた。しまいにゃ吐くものがなくなって酸っぱい胃液しかでてこなくなってもしつこく吐き続けた。
 あの時のことを思い出し、不吉な予感が現実味を帯び、どうしようもなく体が震え出す。いやだ、俺はもう二度と人間が破裂する光景なんか見たくない。
 あんな凄惨な光景、目の当たりにしたくねえ。
 さっきまで元気に笑ったり怒ったり精一杯生きてたやつらが、原形留めない肉塊と化すさまは見たくねえ。
 想像しただけで胃袋が縮んで吐き気がこみあげてくる。
 もし鍵屋崎が爆発に巻きこまれでもしたら?サムライでも見分けがつかねえ肉片になっちまったら?いやだ、絶対にいやだ!鍵屋崎だけじゃない、レイジだって危ない。レイジは今地下停留場にいる、金網にはりついて鍵屋崎の試合を見守ってる。
 放っとけない。
 「!?ちょっとロンさん、あんた怪我人のくせにどこ行くんだよ!」
 「地下停留場に決まってんだろ、ヨンイルの馬鹿とっつかまえて張り倒してやら!」
 「ロンさん肋骨折ってるくせに、ひとりで歩けないくせに何言ってんすか!?無茶したら入院長引くだけっスよ、仲間のピンチをただじっと見てるだけで辛いのはわかりますがここはぐっとこらえて」
 「仲間を見殺しにできるかよ!!」
 気付けば、さっきの鍵屋崎とそっくりおなじことを言っていた。
 俺は吠えた、ビバリーに噛みつくように。そうだ、俺が行かなきゃだれが行く?だれがレイジについててやれる、鍵屋崎を応援してやれる?あいつらには味方が少ない、だから俺が応援してやらなきゃ、あいつらの勝利を信じて試合を見届けてやんなきゃ駄目なんだ!
 「もうっ、言うこと聞かない悪い子にはお注射打ちますよ!?」
 「ああ打てよ好きなだけ、ケツにでもどこにでも痛いお注射プレゼントしてくれ!注射器刺さったまま根性だして這いずってくからな!」
 うしろから俺を羽交い絞めにするビバリーを振りほどこうと、はげしくかぶりを振って暴れまくる。めちゃくちゃに虚空を蹴り、体をさかんに揺さぶり、覚せい剤の禁断症状がでた患者のように全身で抗う俺の目に驚くべき光景が映る。
 「!あっ、」
 俺が衝立を蹴り倒すのと、画面の中で金網が倒れるのは同時だった。
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