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二百九十六話
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「……本気かヨンイル」
「本気も本気。冗談言ってる顔に見えるか、これが」
見える。だから確認したのではないか。
脈をはかるように僕の首に手を触れ、ヨンイルは愉快げに笑っていた。額に被さったゴーグルの下、強い輝きを放つ双眸はこれから起きる大惨事に不謹慎な好奇心を覗かせている。ヨンイルは僕を試している。こともあろうにこの僕を挑発し、自分の思惑どおりに動かそうとしている。僕がこれから起きる大惨事を食い止められるか否か、当事者の立場から優越感をもって観察する愉快犯の目つき。
爆弾のありかを知る前提で優位に立っていることを隠そうともせず、僕がこれからどんな行動をとるか、どれほどみっともなく足掻くかをたっぷりと余裕をもって見物しようという意地悪い目つき。
今目の前にいるのは、本当にヨンイルなのか?
ふと脳裏に疑問が根ざす。僕が親しんだヨンイルは図書室のヌシを自称するなれなれしい男で、心の底から漫画を愛し、漫画の神様手塚治虫を崇拝する妄想と現実の区別がつかない男で。
男女問わず生身の人間には興味がないと断言し、二次元の登場人物にしか性的に興奮しないと嘘かまことか吹聴してはばからない人を食った男で。
だれにも警戒心を抱かせないざっくばらんな性格で、だれもが付き合ってくうちに自然と気を許してしまうそんな不思議な魅力がヨンイルにはあった。少々なれなれしいきらいがあるにしても分け隔てなく接し、漫画の貸し借りで親愛を表現し、興が乗れば一時間でも二時間でも三時間でも人の迷惑を顧みず延々手塚治虫の素晴らしさを語り続けるヨンイルを表だって嫌う人間は少ない。レイジでさえホセとヨンイルの裏切りが表面化するまでは彼らのことを信頼しきっていた。
そして僕も。
認めたくはないがこの僕も、ヨンイルに気を許し始めていたことを否定できない。先日残虐兄弟に木刀で切り付けられた時みたいにヨンイルからの接触を許すようになっていたのは、なれなれしく接してくる彼に対する嫌悪感と警戒心が日毎に薄れつつあったからで、先日ヨンイルに背中を舐められた時でさえ僕は心のどこかで「ヨンイルならば仕方ないか」と諦観していた。相手がヨンイルなら蚊に吸われたとでも思えば諦めがつくと、悪びれもせず開き直ったヨンイルに抗議するのをよした。どうやら僕は心を許した人間には無防備になる傾向があるらしいと最近自覚しはじめたが、気付いた時には手遅れだった。
もう逃げられない。
僕は竜の顎にとらわれている。
隙を見せれば食いちぎられる、気を抜けば骨を噛み砕かれる。腰に手をおいて仁王立ちしたヨンイルには年にそぐわない貫禄と迫力があった。道化の二つ名の威光か、囚人服の下にひそむ龍の瘴気か判然としないが、好戦的な眼光と口元の笑みとで隈取られた形相はこの一語に尽きる。
禍禍しい。
禍禍しいとしか表現しようのない形相に変じたヨンイルが、すっと僕の首から指をどける。龍の瘴気にあてられたかのように金縛りにあった僕は、驚愕に目を見張り、手に汗握ってヨンイルを見つめるだけ。嘘だと信じたかった。ヨンイルの言葉は僕の理解を超越していた、想定の埒外だった。
「ヨンイル、君は本当にリングに爆弾を仕掛けたのか?」
「気付かなかったんか」
ヨンイルが小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「まあ気付かなくても無理ないな、直ちゃんはレイジとの口喧嘩に夢中で俺のほうなんかちいとも見とらんかったし。ゴングが鳴るまで俺がどこで何してたかさっぱりわからんでも不思議はない」
「まったく理解しがたい、そんなことをして何になるというんだ?地下停留場で爆発騒ぎを起こして、君に何か利益があるというのか?君の行動は矛盾しているぞヨンイル、狂ったのか道化」
「アホ言うな、俺はマトモや」
自分のこめかみを指さしたヨンイルが、こみあげる笑いを噛み殺して説明する。
「俺が仕掛けた爆弾は時限爆弾。ちゅうても刑務所じゃたいした材料集められんかったから大した威力はない、そうやな……直ちゃんが間に合わずに爆発してもうても周囲の十人程度が巻きこまれる程度」
「大惨事じゃないか!」
怒りが沸騰し、声を荒げてヨンイルに詰め寄る。物騒なことをさらりと口にしたヨンイルは、僕の慌てぶりを楽しげに眺めながら続ける。
「直ちゃん、なんで生かさず殺さず今の今まであんたを嬲り者にしたんやと思う?俺はサーシャみたいなサディストやない、喧嘩の弱い直ちゃん一方的に痛めつけて背徳的な快感にひたる趣味はない」
「ならば何故」
「時間稼ぎや」
けろりと白状したヨンイルが、大仰な素振りで会場中を見渡す。つられ、四囲の金網に沿うように視線を一巡させる。地下停留場を埋めた満場の観衆が僕らのやりとりに興味津々、先を競うように金網に群がっている。東京プリズンの運命を左右する分岐点、数週間にわたり開催されたペア戦の終幕を飾る最終試合だということもあり普段より人出が多く会場がこみあってるのは一目瞭然。正確な人数はわからないが、少なくとも一万は下らない囚人が現在地下停留場にいる。
人口過密状態の地下停留場で爆弾を爆発させればどうなるかわからないほどヨンイルは浅慮ではない。そう信じたい気持ちがまだ心のどこかにあったが、続く言葉は僕の期待を裏切るものだった。
「ぎょうさん客が見にきとるんや、派手にやらな損やろ損。男なら一生にいっぺんどでかい花火を打ち上げてみたいって、これ死んだじっちゃんの口癖や」
祖父の口癖を真似してはにかむように笑う。亡き祖父への追憶に沈んだ双眸は寂しげに伏せられていた。 僕はヨンイルの祖父を知らないが、ヨンイルが心から祖父を慕っていたことは彼の言動の端々や普段の態度から如実に伝わってくる。祖父の人となりを語るさばさばした口調には、気丈なヨンイルらしくもない感傷が隠されていて、その度僕は祖父がどれだけヨンイルの人生に影響を及ぼしたか痛感する。
ヨンイルは物心ついた頃から、ずっと祖父と二人支え合ってきた。
亡き祖父がヨンイルに与えた影響は計り知れない。
祖父が他界した今でもヨンイルはその影響を受け続け、今まさに祖父の口癖を実現させようとしている。
おそらく、亡き祖父が思ってもみない最悪の形で。
「できるだけ直ちゃんが爆弾に気付く時間遅らせたかった。タネ明かしを焦らしたかった」
「御託はいい、爆弾が爆発するまであと何時間だ?」
ヨンイルが一本指を立てる。
「一時間!?そんな無茶な」
「はは、直ちゃん冗談きついわ」
顔の前に立てた人さし指を小気味よく振りながら、ヨンイルが訂正する。
「十分や」
………正気の沙汰じゃない。
東京プリズンのトップは狂人ぞろいだ。レイジに異常な執着をみせる北の皇帝、最愛の妻を侮辱した人間は容赦なく撲殺する南の隠者、暴君の狂気に侵された東の王様。
西の道化とて例外ではなかった。身の内に宿した龍の狂気に侵されて、ヨンイルはこれから恐ろしいことをしようとしている。会場中を大混乱に陥れる惨劇を演出せんとしている。
「十分以内に爆弾見つけて解除したらそっちの勝ちやけど、迷探偵にわかるかな?」
「……宣戦布告を受けて立とうじゃないか」
ヨンイルがその気なら、相手に不足はない。
単純な体力勝負なら僕が勝てる見こみはないが、合理的な推理の手順を踏んだ失せもの捜しならどうにかなるはず。必ず時間内に爆弾を見つけだし死傷者を一名もだすことなく解除できるはずだ。ヨンイルは前もってこの展開を予想していたのか、僕の返答を聞くと満足げに首肯して、満場の注目を集めるように天にむかって片腕を突き上げる。
地獄の底と直結してるかのように地下停留場の上方は闇の帳に閉ざされていた。
闇が蟠る天井へと腕を突き上げたヨンイルが、朗々と響く声で宣言する。
「今この場におる連中におしらせや。今からたのしいたのしい催しがはじまるで、道化VS天才の究極推理対決。金田一少年も驚いて腰抜かすわ。ええか、よお聞けよ。このリングのどっかに今から十分後に爆発する時限爆弾仕掛けられとる。俺の目の前にいるこの名探偵は、なんとか時間内にその爆弾見つけ出して解除するつもりや。万一こいつが爆弾を見つけ出せたら俺は道化の名を返上して勝ちを譲ったってええ。でも、時間内に爆弾の隠し場所に辿り着けんかったら……」
虚空を毟り取るように五指を閉じたヨンイルが、腹黒くほくそ笑み、ぱっと五指を解き放つ。
「ぼん、や」
その一言が、会場中を大混乱に陥れた。
「ヨンイル、お前なに勝手なことやってんだ!決勝戦で目立ちたいからって独断先行も大概にしやがれ」
「だいたい時限爆弾なんて物騒なもんいつのまに、」
衝撃の事実が発覚し、血相変えた看守がヨンイルを罵倒する。囚人主導のペア戦ではできるだけ口をださず手をださず傍観を決めこむ体制の看守勢も、これにはさすがに我慢の限界が訪れたらしい。あたりまえだ、囚人の自由裁量で武器の持ちこみが認可されるペア戦では少量の火薬を用いた戦いは許容範囲だが、ことが爆弾となると無差別に周囲の人間を巻き込み被害を拡散させる恐れがある。檻の中での殺し合いは過激な見世物として囚人看守ともに賭けの対象になりえるが、見物人が巻きこまれるとあっては見過ごすわけにもいかない。
「ぎゃあっ!?」
激昂した看守が数人、ヨンイルを取り押さえようとリングに踏みこみかけ、折り重なるように転倒する。
人ごみが逆流する。
「正気かよ西の道化、リングに爆弾仕掛けるなんて……俺たち巻き添えにする気かよ!?」
「逃げろ逃げろはやく逃げろ、ペア戦どころじゃねえ早く逃げろ!!」
「くそっ、四トップの中じゃいちばんまともに見えたからころっと騙されたぜ!このままここにいたら細切れのミンチにされちまう、いやだぜこんなところで死ねるかよ、外に女待たせてんだ!」
「死ぬのは道化と親殺しと逃げ遅れた間抜けだけで十分だ、俺たちゃ先上がらせてもらうぜ!」
「おいチャン、俺のこと見捨てる気か!?待てよおいてくなよ畜生っ、俺も連れてってくれよおおお!」
絶叫、罵声、怒声、悲鳴。
リングに爆弾が仕掛けられたと知った囚人たちが、互いに足を引っ張り合い罵り合い我先に会場を逃げ出そうとする。友人を犠牲にして自分だけは助かろうと薄情に背中を向けるもの、足蹴にされてもなお諦めきれず執念深く足首にしがみつき地面をひきずられてゆくもの……
阿鼻叫喚の惨状を小手をかざして見晴るかし、ヨンイルが呟く。
「直ちゃん、はよしたほうがええで」
「黙れ低能、推理に集中させろ」
「さっきのアレ、訂正や。正確にはこのリングの半径50メートル内に爆弾仕掛けたんや」
は?
推理を中断し、ヨンイルを見上げる。虚を衝かれた僕を気の毒げに一瞥し、ヨンイルが肩を竦める。
「つまりな、このリングの中だけとは限らん。リングに上がる前に接触したヤツのポケットにぽいと爆弾放りこんだ可能性もあるっちゅーこと。ええの?容疑者逃がして。ついでに言うなら、爆弾がちょいと早めに爆発する可能性もなくはない」
それを早く言え。
駆け出そうとして一瞬迷い、ヨンイルに手塚治虫の本を預ける。よし。床を蹴り加速して金網の手前に駆け付け、最前列の人垣へと腕をのばす。駄目だ、届かない!金網に阻まれてそれ以上は接近できず手も届かない僕の眼前で、人垣は原形を留めず崩れて、囚人が混沌と入り乱れる。
口惜しさに歯噛みし、汗をかいた左手で金網をしっかり掴み、右手を精一杯虚空へ伸ばす。悪足掻きだとわかっている、だが足掻かずにはいられない。
所詮悪足掻きにすぎなくても最後まで諦めるわけにはいかない。僕にはヨンイルを挑発しその気にさせた責任がある、ならば責任をとらなければならない。時間内に爆弾の在り処を突き止め爆発を未然に防ぎ、一人も犠牲者をだすことなく試合に勝たねば僕はサムライの相棒として失格だ。
サムライ、力を貸してくれ。
腕が攣りそうだ。しかし諦めない、諦めたらそこでおしまいだ。諦めたらヨンイルに敗北を認めることになる、試合放棄してヨンイルに敗北を認めるのは僕のプライドが許さない。単純な体力勝負ではなく頭脳の優劣を競う推理対決なら僕にも勝利の可能性がある、満身創痍のレイジのため医務室で僕らの無事を祈り続けるサムライとロンのためにも僕は絶対に勝たねばならないのだ。
そう心に決め、執拗に自分に言い聞かせ、肩から腕が外れそうなほど必死に虚空を掻き毟る。金網にはりつき、針金を変形させ無理矢理網目に腕をもぐりこませ、手近の囚人をつかまえようとみっともなく足掻き続ける僕の体が大きく前傾する。
轟音と埃を舞い上げ、金網の柵が倒れる。
「!?っ、」
濛々と舞い上がる埃の煙幕が視界を覆い、何も見えなくなる。正方形のリングを囲んでいた金網の一面が、周囲で渦巻く人ごみに圧迫され、自重を支えきれずに倒れたのだ。
「愚図が!さっさとそこどけよ、あとつかえてんだよ!」
「どういうことだよ、何があったか説明しろよ!なんでリング近くのやつ逃げてんだよ、決勝戦は始まったばかりじゃねえか!」
「説明なんかしてたらあっというまにミンチだぜ、そんなに死にてえのかこの死にたがりが!」
会場から逃げ出す囚人と何が起こったのか今だに呑みこめず当惑する囚人とが衝突し、逆流した波が金網を圧迫し、リングと会場とを隔てる金網が正方形の展開図のように次々と開かれていく。
埃と轟音を舞い上げ次々と倒れる金網の柵に折り重なるように押し潰された囚人が数十人、地面に這いつくばってもがいている。金網に体を押しつけていた僕はとっさに対応できず、体が前のめりに倒れるまま、重力の法則に身を委ねた。固いコンクリ床に顔面衝突を予期し、反射的に目を瞑った僕の体がだれかに抱きとめられる。力強い腕、細身だがしなやかな筋肉を感じさせる体つき。
僕が女性ならさぞかし寝心地よく感じる広さの胸板に顔を埋めれば、汗の匂いが鼻腔をつく。
「おかえりキーストア。ロンも羨む熱い抱擁で歓迎してやる」
「さっさとこの汚い手を放せ」
顔を上げればレイジがいた。金網越しにずっと僕とヨンイルのやりとりを見守っていたレイジは、僕を抱きしめたままうそぶく。
「話は全部聞かせてもらった」
「相変わらずの地獄耳だな。加えて問うが、プライバシー侵害という概念はないのか?」
「プライバシーより命を優先する生き物だ、人間は。しかしヨンイルもなに考えてんだか……地下停留場に爆弾なんか仕掛けたら大惨事になるってわかりそうなものなのによ。いよいよイカレちまったのか?」
レイジの笑顔も苦い。
そんなこと僕が聞きたい。僕がヨンイルを挑発したのはこんな展開を望んだからではない、事態の混乱などもとより望んでない。僕はただ体力勝負を避けたい一心でヨンイルに翻意を求め、戦い方の変更を促したのだ。ヨンイルの本領は爆弾をばらまいて文字通り相手を煙に巻くやり方で、それは売春班のボヤ騒ぎで身をもって痛感した。
ならばヨンイルが懐から爆弾を抜き取る隙にとどめをさせばいいではないかと僕は楽観的に考えていたのだ。
自らの甘さを思い知り、苦渋に顔を歪める僕を覗きこみ、レイジが提案する。
「金網は倒れちまったけど手と手を合わせて交替はまだ有効だよな」
「なに?」
不審げにレイジを見上げる。周囲の人ごみから庇うように背中に腕を回し、僕を懐に抱え込んだレイジが耳元で囁く。
「キーストア、俺と交替しろ。今ならまだ間に合う、気狂いピエロをお仕置きして力づくで仕掛け花火のありか吐かせてやる」
レイジの口元は笑っていたが目は本気だった。ぞっとした。囚人が恐慌をきたして逃げ惑う地下停留場の喧騒とも無縁に、凶暴極まりない暴君の本性を垣間見せ、レイジは殺気を放ちはじめる。
「断る」
即答した。
「は!?お前馬鹿かよ、こんな時まで意地張ってんじゃねーよ!見栄っ張りもほどほどにしねえと命落とすぜ天才、正気かよお前わかってんのかよ、残り時間は十分切ってるんだぜ?この短時間でリングの半径50メートル以内に仕掛けられた爆弾さがすなんて無理無茶無謀もいいところだ、よくまわり見回してみろ、自己中な囚人どもが大人げなく足の引っ張り合いくりひろげて我先にと逃げ出す大混乱のさなかでどうやって爆弾のありか突き止めるんだよ!?」
「君の知ったことではない、外野はひっこんでいろ。天才には天才にしかなしえない画期的な勝利法があることを忘れるな、なんでも力づくで解決しようとする王様がリングに上がれば事態がますますもって収拾つかなくなる」
「金網倒れてリングと会場の境目なくなったのに外野もクソもあるかよ!」
癇癪を起こしたレイジが叫ぶ。僕の強情さにしびれを切らし、片手で頭を掻き毟り、地団駄踏みながら吠えるレイジを冷めた目で眺める。レイジが大仰な身振り手振りで説得を試みても僕は頑として首を縦に振らず、荒れる王様と対峙する。
「よく聞けよレイジ、これは僕の試合だ」
不敵に落ち着き払った物腰でレイジを諭す。
「僕が僕であるために避けて通れない大事な試合なんだ。僕のプライドを守るために、僕がサムライの相棒として君の仲間として自分に誇りを持つために絶対勝たねばならない試合なんだ」
「つまんねえことにこだわってんじゃねえよ、目的はきちがえてんだよお前は!いいか、なんで俺とサムライのペアが100人抜きなんて無茶に挑んだと思ってる?全部お前とロンを売春班から救い出すため」
「わかりきったことを説明する愚を犯すな」
両手を広げて訴えるレイジを眼鏡越しに睨みつける。レイジの言い分は最もだ、僕がしてることは本末転倒だとわかっている。わかっているが、いまさら引き返せない。ヨンイルに勝たねば僕は一生自分を軽蔑し続けることになる、サムライの相棒としてレイジの仲間としての自信を持てなくなる。
恵に誇れる兄ではいられなくなる。
レイジの目をまっすぐ見据え、周囲の喧騒とは裏腹にしずかに口を開く。
「君が自分の身を犠牲にしてまでもロンを守りたいように、僕にも守りたいものがある。譲れないものがある」
「教えてもらおうじゃんか」
僕の肩に手をかけ、至近距離で顔を突き合わせたレイジが凄む。眼鏡のブリッジに人さし指をあてありもしない余裕を演出した僕は、毅然と正面を向き、答えを口にする。
「プライドだ」
「本気も本気。冗談言ってる顔に見えるか、これが」
見える。だから確認したのではないか。
脈をはかるように僕の首に手を触れ、ヨンイルは愉快げに笑っていた。額に被さったゴーグルの下、強い輝きを放つ双眸はこれから起きる大惨事に不謹慎な好奇心を覗かせている。ヨンイルは僕を試している。こともあろうにこの僕を挑発し、自分の思惑どおりに動かそうとしている。僕がこれから起きる大惨事を食い止められるか否か、当事者の立場から優越感をもって観察する愉快犯の目つき。
爆弾のありかを知る前提で優位に立っていることを隠そうともせず、僕がこれからどんな行動をとるか、どれほどみっともなく足掻くかをたっぷりと余裕をもって見物しようという意地悪い目つき。
今目の前にいるのは、本当にヨンイルなのか?
ふと脳裏に疑問が根ざす。僕が親しんだヨンイルは図書室のヌシを自称するなれなれしい男で、心の底から漫画を愛し、漫画の神様手塚治虫を崇拝する妄想と現実の区別がつかない男で。
男女問わず生身の人間には興味がないと断言し、二次元の登場人物にしか性的に興奮しないと嘘かまことか吹聴してはばからない人を食った男で。
だれにも警戒心を抱かせないざっくばらんな性格で、だれもが付き合ってくうちに自然と気を許してしまうそんな不思議な魅力がヨンイルにはあった。少々なれなれしいきらいがあるにしても分け隔てなく接し、漫画の貸し借りで親愛を表現し、興が乗れば一時間でも二時間でも三時間でも人の迷惑を顧みず延々手塚治虫の素晴らしさを語り続けるヨンイルを表だって嫌う人間は少ない。レイジでさえホセとヨンイルの裏切りが表面化するまでは彼らのことを信頼しきっていた。
そして僕も。
認めたくはないがこの僕も、ヨンイルに気を許し始めていたことを否定できない。先日残虐兄弟に木刀で切り付けられた時みたいにヨンイルからの接触を許すようになっていたのは、なれなれしく接してくる彼に対する嫌悪感と警戒心が日毎に薄れつつあったからで、先日ヨンイルに背中を舐められた時でさえ僕は心のどこかで「ヨンイルならば仕方ないか」と諦観していた。相手がヨンイルなら蚊に吸われたとでも思えば諦めがつくと、悪びれもせず開き直ったヨンイルに抗議するのをよした。どうやら僕は心を許した人間には無防備になる傾向があるらしいと最近自覚しはじめたが、気付いた時には手遅れだった。
もう逃げられない。
僕は竜の顎にとらわれている。
隙を見せれば食いちぎられる、気を抜けば骨を噛み砕かれる。腰に手をおいて仁王立ちしたヨンイルには年にそぐわない貫禄と迫力があった。道化の二つ名の威光か、囚人服の下にひそむ龍の瘴気か判然としないが、好戦的な眼光と口元の笑みとで隈取られた形相はこの一語に尽きる。
禍禍しい。
禍禍しいとしか表現しようのない形相に変じたヨンイルが、すっと僕の首から指をどける。龍の瘴気にあてられたかのように金縛りにあった僕は、驚愕に目を見張り、手に汗握ってヨンイルを見つめるだけ。嘘だと信じたかった。ヨンイルの言葉は僕の理解を超越していた、想定の埒外だった。
「ヨンイル、君は本当にリングに爆弾を仕掛けたのか?」
「気付かなかったんか」
ヨンイルが小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「まあ気付かなくても無理ないな、直ちゃんはレイジとの口喧嘩に夢中で俺のほうなんかちいとも見とらんかったし。ゴングが鳴るまで俺がどこで何してたかさっぱりわからんでも不思議はない」
「まったく理解しがたい、そんなことをして何になるというんだ?地下停留場で爆発騒ぎを起こして、君に何か利益があるというのか?君の行動は矛盾しているぞヨンイル、狂ったのか道化」
「アホ言うな、俺はマトモや」
自分のこめかみを指さしたヨンイルが、こみあげる笑いを噛み殺して説明する。
「俺が仕掛けた爆弾は時限爆弾。ちゅうても刑務所じゃたいした材料集められんかったから大した威力はない、そうやな……直ちゃんが間に合わずに爆発してもうても周囲の十人程度が巻きこまれる程度」
「大惨事じゃないか!」
怒りが沸騰し、声を荒げてヨンイルに詰め寄る。物騒なことをさらりと口にしたヨンイルは、僕の慌てぶりを楽しげに眺めながら続ける。
「直ちゃん、なんで生かさず殺さず今の今まであんたを嬲り者にしたんやと思う?俺はサーシャみたいなサディストやない、喧嘩の弱い直ちゃん一方的に痛めつけて背徳的な快感にひたる趣味はない」
「ならば何故」
「時間稼ぎや」
けろりと白状したヨンイルが、大仰な素振りで会場中を見渡す。つられ、四囲の金網に沿うように視線を一巡させる。地下停留場を埋めた満場の観衆が僕らのやりとりに興味津々、先を競うように金網に群がっている。東京プリズンの運命を左右する分岐点、数週間にわたり開催されたペア戦の終幕を飾る最終試合だということもあり普段より人出が多く会場がこみあってるのは一目瞭然。正確な人数はわからないが、少なくとも一万は下らない囚人が現在地下停留場にいる。
人口過密状態の地下停留場で爆弾を爆発させればどうなるかわからないほどヨンイルは浅慮ではない。そう信じたい気持ちがまだ心のどこかにあったが、続く言葉は僕の期待を裏切るものだった。
「ぎょうさん客が見にきとるんや、派手にやらな損やろ損。男なら一生にいっぺんどでかい花火を打ち上げてみたいって、これ死んだじっちゃんの口癖や」
祖父の口癖を真似してはにかむように笑う。亡き祖父への追憶に沈んだ双眸は寂しげに伏せられていた。 僕はヨンイルの祖父を知らないが、ヨンイルが心から祖父を慕っていたことは彼の言動の端々や普段の態度から如実に伝わってくる。祖父の人となりを語るさばさばした口調には、気丈なヨンイルらしくもない感傷が隠されていて、その度僕は祖父がどれだけヨンイルの人生に影響を及ぼしたか痛感する。
ヨンイルは物心ついた頃から、ずっと祖父と二人支え合ってきた。
亡き祖父がヨンイルに与えた影響は計り知れない。
祖父が他界した今でもヨンイルはその影響を受け続け、今まさに祖父の口癖を実現させようとしている。
おそらく、亡き祖父が思ってもみない最悪の形で。
「できるだけ直ちゃんが爆弾に気付く時間遅らせたかった。タネ明かしを焦らしたかった」
「御託はいい、爆弾が爆発するまであと何時間だ?」
ヨンイルが一本指を立てる。
「一時間!?そんな無茶な」
「はは、直ちゃん冗談きついわ」
顔の前に立てた人さし指を小気味よく振りながら、ヨンイルが訂正する。
「十分や」
………正気の沙汰じゃない。
東京プリズンのトップは狂人ぞろいだ。レイジに異常な執着をみせる北の皇帝、最愛の妻を侮辱した人間は容赦なく撲殺する南の隠者、暴君の狂気に侵された東の王様。
西の道化とて例外ではなかった。身の内に宿した龍の狂気に侵されて、ヨンイルはこれから恐ろしいことをしようとしている。会場中を大混乱に陥れる惨劇を演出せんとしている。
「十分以内に爆弾見つけて解除したらそっちの勝ちやけど、迷探偵にわかるかな?」
「……宣戦布告を受けて立とうじゃないか」
ヨンイルがその気なら、相手に不足はない。
単純な体力勝負なら僕が勝てる見こみはないが、合理的な推理の手順を踏んだ失せもの捜しならどうにかなるはず。必ず時間内に爆弾を見つけだし死傷者を一名もだすことなく解除できるはずだ。ヨンイルは前もってこの展開を予想していたのか、僕の返答を聞くと満足げに首肯して、満場の注目を集めるように天にむかって片腕を突き上げる。
地獄の底と直結してるかのように地下停留場の上方は闇の帳に閉ざされていた。
闇が蟠る天井へと腕を突き上げたヨンイルが、朗々と響く声で宣言する。
「今この場におる連中におしらせや。今からたのしいたのしい催しがはじまるで、道化VS天才の究極推理対決。金田一少年も驚いて腰抜かすわ。ええか、よお聞けよ。このリングのどっかに今から十分後に爆発する時限爆弾仕掛けられとる。俺の目の前にいるこの名探偵は、なんとか時間内にその爆弾見つけ出して解除するつもりや。万一こいつが爆弾を見つけ出せたら俺は道化の名を返上して勝ちを譲ったってええ。でも、時間内に爆弾の隠し場所に辿り着けんかったら……」
虚空を毟り取るように五指を閉じたヨンイルが、腹黒くほくそ笑み、ぱっと五指を解き放つ。
「ぼん、や」
その一言が、会場中を大混乱に陥れた。
「ヨンイル、お前なに勝手なことやってんだ!決勝戦で目立ちたいからって独断先行も大概にしやがれ」
「だいたい時限爆弾なんて物騒なもんいつのまに、」
衝撃の事実が発覚し、血相変えた看守がヨンイルを罵倒する。囚人主導のペア戦ではできるだけ口をださず手をださず傍観を決めこむ体制の看守勢も、これにはさすがに我慢の限界が訪れたらしい。あたりまえだ、囚人の自由裁量で武器の持ちこみが認可されるペア戦では少量の火薬を用いた戦いは許容範囲だが、ことが爆弾となると無差別に周囲の人間を巻き込み被害を拡散させる恐れがある。檻の中での殺し合いは過激な見世物として囚人看守ともに賭けの対象になりえるが、見物人が巻きこまれるとあっては見過ごすわけにもいかない。
「ぎゃあっ!?」
激昂した看守が数人、ヨンイルを取り押さえようとリングに踏みこみかけ、折り重なるように転倒する。
人ごみが逆流する。
「正気かよ西の道化、リングに爆弾仕掛けるなんて……俺たち巻き添えにする気かよ!?」
「逃げろ逃げろはやく逃げろ、ペア戦どころじゃねえ早く逃げろ!!」
「くそっ、四トップの中じゃいちばんまともに見えたからころっと騙されたぜ!このままここにいたら細切れのミンチにされちまう、いやだぜこんなところで死ねるかよ、外に女待たせてんだ!」
「死ぬのは道化と親殺しと逃げ遅れた間抜けだけで十分だ、俺たちゃ先上がらせてもらうぜ!」
「おいチャン、俺のこと見捨てる気か!?待てよおいてくなよ畜生っ、俺も連れてってくれよおおお!」
絶叫、罵声、怒声、悲鳴。
リングに爆弾が仕掛けられたと知った囚人たちが、互いに足を引っ張り合い罵り合い我先に会場を逃げ出そうとする。友人を犠牲にして自分だけは助かろうと薄情に背中を向けるもの、足蹴にされてもなお諦めきれず執念深く足首にしがみつき地面をひきずられてゆくもの……
阿鼻叫喚の惨状を小手をかざして見晴るかし、ヨンイルが呟く。
「直ちゃん、はよしたほうがええで」
「黙れ低能、推理に集中させろ」
「さっきのアレ、訂正や。正確にはこのリングの半径50メートル内に爆弾仕掛けたんや」
は?
推理を中断し、ヨンイルを見上げる。虚を衝かれた僕を気の毒げに一瞥し、ヨンイルが肩を竦める。
「つまりな、このリングの中だけとは限らん。リングに上がる前に接触したヤツのポケットにぽいと爆弾放りこんだ可能性もあるっちゅーこと。ええの?容疑者逃がして。ついでに言うなら、爆弾がちょいと早めに爆発する可能性もなくはない」
それを早く言え。
駆け出そうとして一瞬迷い、ヨンイルに手塚治虫の本を預ける。よし。床を蹴り加速して金網の手前に駆け付け、最前列の人垣へと腕をのばす。駄目だ、届かない!金網に阻まれてそれ以上は接近できず手も届かない僕の眼前で、人垣は原形を留めず崩れて、囚人が混沌と入り乱れる。
口惜しさに歯噛みし、汗をかいた左手で金網をしっかり掴み、右手を精一杯虚空へ伸ばす。悪足掻きだとわかっている、だが足掻かずにはいられない。
所詮悪足掻きにすぎなくても最後まで諦めるわけにはいかない。僕にはヨンイルを挑発しその気にさせた責任がある、ならば責任をとらなければならない。時間内に爆弾の在り処を突き止め爆発を未然に防ぎ、一人も犠牲者をだすことなく試合に勝たねば僕はサムライの相棒として失格だ。
サムライ、力を貸してくれ。
腕が攣りそうだ。しかし諦めない、諦めたらそこでおしまいだ。諦めたらヨンイルに敗北を認めることになる、試合放棄してヨンイルに敗北を認めるのは僕のプライドが許さない。単純な体力勝負ではなく頭脳の優劣を競う推理対決なら僕にも勝利の可能性がある、満身創痍のレイジのため医務室で僕らの無事を祈り続けるサムライとロンのためにも僕は絶対に勝たねばならないのだ。
そう心に決め、執拗に自分に言い聞かせ、肩から腕が外れそうなほど必死に虚空を掻き毟る。金網にはりつき、針金を変形させ無理矢理網目に腕をもぐりこませ、手近の囚人をつかまえようとみっともなく足掻き続ける僕の体が大きく前傾する。
轟音と埃を舞い上げ、金網の柵が倒れる。
「!?っ、」
濛々と舞い上がる埃の煙幕が視界を覆い、何も見えなくなる。正方形のリングを囲んでいた金網の一面が、周囲で渦巻く人ごみに圧迫され、自重を支えきれずに倒れたのだ。
「愚図が!さっさとそこどけよ、あとつかえてんだよ!」
「どういうことだよ、何があったか説明しろよ!なんでリング近くのやつ逃げてんだよ、決勝戦は始まったばかりじゃねえか!」
「説明なんかしてたらあっというまにミンチだぜ、そんなに死にてえのかこの死にたがりが!」
会場から逃げ出す囚人と何が起こったのか今だに呑みこめず当惑する囚人とが衝突し、逆流した波が金網を圧迫し、リングと会場とを隔てる金網が正方形の展開図のように次々と開かれていく。
埃と轟音を舞い上げ次々と倒れる金網の柵に折り重なるように押し潰された囚人が数十人、地面に這いつくばってもがいている。金網に体を押しつけていた僕はとっさに対応できず、体が前のめりに倒れるまま、重力の法則に身を委ねた。固いコンクリ床に顔面衝突を予期し、反射的に目を瞑った僕の体がだれかに抱きとめられる。力強い腕、細身だがしなやかな筋肉を感じさせる体つき。
僕が女性ならさぞかし寝心地よく感じる広さの胸板に顔を埋めれば、汗の匂いが鼻腔をつく。
「おかえりキーストア。ロンも羨む熱い抱擁で歓迎してやる」
「さっさとこの汚い手を放せ」
顔を上げればレイジがいた。金網越しにずっと僕とヨンイルのやりとりを見守っていたレイジは、僕を抱きしめたままうそぶく。
「話は全部聞かせてもらった」
「相変わらずの地獄耳だな。加えて問うが、プライバシー侵害という概念はないのか?」
「プライバシーより命を優先する生き物だ、人間は。しかしヨンイルもなに考えてんだか……地下停留場に爆弾なんか仕掛けたら大惨事になるってわかりそうなものなのによ。いよいよイカレちまったのか?」
レイジの笑顔も苦い。
そんなこと僕が聞きたい。僕がヨンイルを挑発したのはこんな展開を望んだからではない、事態の混乱などもとより望んでない。僕はただ体力勝負を避けたい一心でヨンイルに翻意を求め、戦い方の変更を促したのだ。ヨンイルの本領は爆弾をばらまいて文字通り相手を煙に巻くやり方で、それは売春班のボヤ騒ぎで身をもって痛感した。
ならばヨンイルが懐から爆弾を抜き取る隙にとどめをさせばいいではないかと僕は楽観的に考えていたのだ。
自らの甘さを思い知り、苦渋に顔を歪める僕を覗きこみ、レイジが提案する。
「金網は倒れちまったけど手と手を合わせて交替はまだ有効だよな」
「なに?」
不審げにレイジを見上げる。周囲の人ごみから庇うように背中に腕を回し、僕を懐に抱え込んだレイジが耳元で囁く。
「キーストア、俺と交替しろ。今ならまだ間に合う、気狂いピエロをお仕置きして力づくで仕掛け花火のありか吐かせてやる」
レイジの口元は笑っていたが目は本気だった。ぞっとした。囚人が恐慌をきたして逃げ惑う地下停留場の喧騒とも無縁に、凶暴極まりない暴君の本性を垣間見せ、レイジは殺気を放ちはじめる。
「断る」
即答した。
「は!?お前馬鹿かよ、こんな時まで意地張ってんじゃねーよ!見栄っ張りもほどほどにしねえと命落とすぜ天才、正気かよお前わかってんのかよ、残り時間は十分切ってるんだぜ?この短時間でリングの半径50メートル以内に仕掛けられた爆弾さがすなんて無理無茶無謀もいいところだ、よくまわり見回してみろ、自己中な囚人どもが大人げなく足の引っ張り合いくりひろげて我先にと逃げ出す大混乱のさなかでどうやって爆弾のありか突き止めるんだよ!?」
「君の知ったことではない、外野はひっこんでいろ。天才には天才にしかなしえない画期的な勝利法があることを忘れるな、なんでも力づくで解決しようとする王様がリングに上がれば事態がますますもって収拾つかなくなる」
「金網倒れてリングと会場の境目なくなったのに外野もクソもあるかよ!」
癇癪を起こしたレイジが叫ぶ。僕の強情さにしびれを切らし、片手で頭を掻き毟り、地団駄踏みながら吠えるレイジを冷めた目で眺める。レイジが大仰な身振り手振りで説得を試みても僕は頑として首を縦に振らず、荒れる王様と対峙する。
「よく聞けよレイジ、これは僕の試合だ」
不敵に落ち着き払った物腰でレイジを諭す。
「僕が僕であるために避けて通れない大事な試合なんだ。僕のプライドを守るために、僕がサムライの相棒として君の仲間として自分に誇りを持つために絶対勝たねばならない試合なんだ」
「つまんねえことにこだわってんじゃねえよ、目的はきちがえてんだよお前は!いいか、なんで俺とサムライのペアが100人抜きなんて無茶に挑んだと思ってる?全部お前とロンを売春班から救い出すため」
「わかりきったことを説明する愚を犯すな」
両手を広げて訴えるレイジを眼鏡越しに睨みつける。レイジの言い分は最もだ、僕がしてることは本末転倒だとわかっている。わかっているが、いまさら引き返せない。ヨンイルに勝たねば僕は一生自分を軽蔑し続けることになる、サムライの相棒としてレイジの仲間としての自信を持てなくなる。
恵に誇れる兄ではいられなくなる。
レイジの目をまっすぐ見据え、周囲の喧騒とは裏腹にしずかに口を開く。
「君が自分の身を犠牲にしてまでもロンを守りたいように、僕にも守りたいものがある。譲れないものがある」
「教えてもらおうじゃんか」
僕の肩に手をかけ、至近距離で顔を突き合わせたレイジが凄む。眼鏡のブリッジに人さし指をあてありもしない余裕を演出した僕は、毅然と正面を向き、答えを口にする。
「プライドだ」
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