少年プリズン

まさみ

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二百六十二話

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 試合開始のゴングが鳴り響く。
 高らかに澄んだゴングを打ち消すのは常軌を逸した大歓声。地下停留場を隙間なく埋めた空前絶後の大観衆が一斉に足を踏み鳴らしこぶしを突き上げる。
 ペア戦の火蓋が切って落とされるまでは慎ましやかな興奮のさざめき、潮騒のように満ち引きをくりかえす雑音に過ぎなかったそれが今では鼓膜の破壊を目的とした暴力的な騒音と化している。
 熱狂の坩堝と化した地下停留場の中央。
 リングは四囲の高所から注がれる照明に晧晧と輝き、その威容たるや金属の檻に似せた現代のコロシアムと形容しても過言ではない。リングを十重二十重に囲んだ人垣ではすでに肩がぶつかったぶつからないの小競り合いが野次馬十数人を巻き込む乱闘へと発展し、場所を横取りされた報復に囚人同士が流血の殴り合いを繰り広げる。
 僕の記憶が正しければ、現在までに僕たちが倒したペアは45組。順調に勝ち進めばあと5組、残すところ10人を倒せば100人抜きが達成できる計算だ。
 正直、よくここまでこれたなと慨嘆したくもなる。勿論言うまでもなく、僕は何もしていない。リング脇の所定の位置にしてサムライやレイジの試合を見守り、時に声援をとばし時に助言を与え、ただそれだけで自分も参戦して勝利に貢献したという自賛の感慨に浸るのは愚かしい。
 僕たちが100人抜き目前まで到達できたのはすべてレイジとサムライ、そしてロンの戦績に拠る。僕自身はリングに上がり死闘に身を投じることなく、ずっと安全圏にいた無力な卑怯者だ。
 だが、漸くここまで辿り着けた。いわば今日の試合は準決勝、ホセとヨンイル、そしてサーシャらと当たる前の前座めいた意味合いを持つ。レイジが順調に勝ち抜けば今日じゅうに他棟のトップとあたる可能性も否定できない。
 今日のペア戦は僕らにとって重大な意味をもつ、僕らの命運を決する大事な試合だ。医務室のベッドで寝ているサムライとロンも、胸中では今日の試合の行方を憂慮していることだろう。サムライには鎮静剤を打ってきたからまさかありえないとは思うが、有言実行の彼なら自分で口にした通り這ってでも会場にやってきそうでなんとなく落ち着かない。
 焦慮に苛まれた僕の視線の先には、レイジが無防備に立っていた。
 「レイジ、いい加減おっ死ね!」
 「てめえが100人抜きしたら売春班撤廃実現しちまうだろうが、冗談じゃねえぞ畜生俺たち無視してかってに決めやがって!いくら東棟のトップだからってやりたい放題にも限度があるぜ、ちょっとは囚人の意見尊重しやがれこの暴君が!」
 「売春班潰れたら自分の右手でタマの汁抜きするっきゃねえだろ、いやだぜそんな寂しいムショライフ!売春班は俺たち女に飢えた囚人の唯一の娯楽なんだ、女みてえに小綺麗なツラした売春夫の股開かせてケツの穴にアレぶちこんで処女血流させるのが唯一の生き甲斐なんだよ!聞こえてんのか、王様」
 「売春班なくなったらてめえが全部まとめて相手してくれるんだろうな?こっちはそれでもいいぜ、願ったりかなったりだ」
 「知ってんだぜ、お前が北のトップと乳繰りあってたこと。もう東京プリズンじゅうに噂出回ってるよ、北のガキどもがアホみたいに流しまくってるぜ。拷問部屋からひっきりなしに喘ぎ声漏れてたってゆーけど、涼しいツラして下半身はおさかんだったワケか」
 「無視すんじゃねえよ、サーシャに犯られた感想聞かせろよ」
 金網を殴る蹴るしてレイジを挑発するのはリングを取り囲んだ囚人たち。レイジの敗北に大枚賭けて惨敗した連中が情けないことこの上なくも負け犬の遠吠えで憂さを晴らしている。金網を蹴りつけ殴りつけ、空気のように無視されどもめげずにレイジに罵詈雑言を浴びせる連中に辟易する。
 金網に守られていなければレイジを罵倒することさえできない腰抜けの臆病者をこれ以上のさばらせるのは不愉快だ、第一試合の邪魔だ。集中力が殺がれる。
 「おい貴様ら」
 金網によじのぼり、さかんに野次をとばす連中を注意しようと…… 
 「お前ら、しずかにせえ。発情期の猿やなし、お行儀よく見物したらどや?」
 「ヨンイルくんのおっしゃるとおり、君たちのはしゃぎぶりは大変見苦しい。無作法も度を越しています。レイジくんに相手にされなくて逆上し、悪し様に罵り注意をひきつけようだなんていまどき小学生でも赤面する幼稚な発想は慎んでください」
 金網越しにヨンイルとホセを発見する。リングを挟んだ対岸、人垣の最前列にトップの威光で忽然と踊り出たヨンイルとホセが口々に注意すれば、周囲の囚人が嘘のように大人しくなる。「ひっ!」「南と西だ、逃げろ!」と号令を発し、蜘蛛の子散らすように退散した囚人たちを笑顔で見送るホセ。
 こちらを向いたホセと、不可抗力で目が合う。
 「やあお久しぶりです。吾輩とヨンイルくんも準決勝を見に来ました。レイジくんの健闘を祈ってます」
 慇懃に会釈をしたホセの隣では、ヨンイルが「なおちゃんおーい」と両手を振っていたが完全に無視する。無視されても持ち前の図々しさゆえ挫けず、それ以前に僕の態度の硬化に気付いてもないヨンイルが金網にはりつく。
 「なおちゃんこれ見て、この前ナイフで刺されたブラックジャック徹夜で補修したで!表紙とページの破けたとこにちまちまセロテープはりつけて、気ィ遠くなったわーホンマ。ほれ見ィ目え充血しとるやろ?」
 徹夜明けの成果を自慢げに披露するヨンイルに疲労感を覚える。わざわざゴーグルを押し上げてまで充血した目を見せるな、セロテープで補修した単行本をこれ見よがしに頭上に掲げるな恥ずかしいという悪態が喉元まで出かけてぐっと自制する。
 というかヨンイルは、わざわざ僕に自慢するためだけに単行本を持参したのか?処置なしだな。
 「気安く話しかけるな裏切り者。君たちは敵だ、敵なら敵らしくレイジの戦いを分析して勝機を模索したらどうだ?今日の試合を終えれば次は君たちの番だぞ」
 「勿論そのつもりです。レイジくんは強敵ですからね、存分に試合を分析して勝機を掴ませて頂きます」
 しれっとホセが首肯する。僕らを裏切ったことに関してなんら良心の呵責はないらしいあっさりした態度に反感がもたげる。ヨンイルといえば、ブラックジャックの単行本を開いて既に漫画の世界に没入してしまった。「ピノコ生誕の回はなんべん読んでもグロいなーせやけどおもろいなー姉ちゃんの素顔謎のまんまで気になるわあ」と、独り言にしては大きすぎる感想を述べるのが道化の癖だ。傍迷惑だ。
 ホセが視界に入ると気が散る。笑顔の隠者から視線を外し、リング中央を注視する。
 観衆の注目を集めたリングでは、レイジと挑戦者が対峙していた。
 ゴングは鳴ったが、どちらも微動だにせず相手の隙を窺っている。手に汗握る緊迫感。
 「彼は南棟のブルータスくん。吾輩の十二番目の弟子です」
 ホセの声に顔を上げる。
 「十二番目の弟子?使徒か」
 「ロンくんから見れば兄弟子ですね。吾輩がいちからボクシングを仕込んだ優秀な弟子です。こぶしの破壊力それ自体が凶器ですが、彼も準決勝まで勝ち残ったことで欲が出て、本試合ではいつも以上に気合いを入れて」
 ホセが目顔で促すほうに視線を転じ、ぎょっとする。レイジ正面の挑戦者、その両手の甲を飾っていたのはブラスナックル……パンチの破壊力を倍増させる帯状金属で、第一間接から第二間接にかけての部分に巨大な棘が生えていた。あれで殴られたら間違いなく顔に穴が開く。
 ホセが苦笑した。
 「吾輩は感心しませんがね。こぶしに武器を嵌めるなどボクシングのリングでは退場を命じられる反則行為ですが、これはボクシングではない。事実上ルールが存在しない非情なペア戦です。勝つためには手段を選ばない、それもまたひとつの戦いの在り方」
 「レイジがリングに脳味噌ぶちまける羽目になっても自分は一切関知せえへんて、この腹黒は暗にそう匂わせとるんや。脅迫や、おっそろしィ」
 「人聞き悪いことおっしゃらないでくださいヨンイルくん。吾輩は善意からアドバイスをさしあげただけです」 
 気取った手つきで眼鏡のブリッジを押し上げ表情を隠したホセに舌打ちしたくなる。レイジと対峙した少年は、見るからに凶暴そうな面構えをしていた。野心的に輝く双眸と太い造りの鼻、分厚い唇。黒人の血を引く筋骨逞しい体躯は長身のレイジと比べても頭ひとつぶん高い。上着越しでも筋肉の躍動が感じられる胸板は、長い歳月をかけて鍛え上げた成果だ。
 眩い照明を浴びて睨み合う二人の囚人。 
 こぶしを掲げたブルータスが、挑戦的な眼光でレイジを射抜く。

 『I wanted to meet you.I am honored to be able to meet you』
 会えて光栄だぜ。
 『Thank you. I am glad.By the way, there is a question』
 ありがとう、嬉しいよ。ところでひとつ質問があるんだけど。
 レイジの口をついてでたのは美しい音楽のような英語。普段は違和感なく日本語をしゃべっているレイジが、米軍侵略後のフィリピンで生まれ育ったことを思い出す。
 そしてレイジは言った。
 友好の演技をかなぐり捨て、獲物の喉笛に食らいつく獰猛な笑顔に豹変して。
 『Who are you? A weak person does not know it than oneself.Please teach a name』
 お前だれ?俺より弱いヤツは知らないんだ、名前教えてくんない。
 
 ブルータスが吠えた。
 獣じみた咆哮を発したブルータスがリングを蹴り跳躍、強靭な足腰のバネを駆使して一気にレイジとの距離を詰める。ブルータスの右腕が風切る唸りをあげてレイジの顔面を急襲する。
 『I kill you!!』 
 準決勝まで勝ち残っただけあり、今までの挑戦者とは桁違いのスピードでレイジに肉薄したブルータスが凶悪な笑みを浮かべる。黒い肌と鮮烈な対照を成す白い歯が照明を反射してきらめき、大気を穿った右拳が砲弾の威力でレイジの顔面に―……
 『Is it possible for you?』
 お前にできるのか?
 レイジは一歩もそこを移動しなかった。リング中央に無防備に突っ立ったまま、敵の攻撃を甘んじて受けると見せかけて首の動きだけで軽く回避してみせた。肉眼では捉えられぬ速さで顔面に打ち込まれようとしたこぶしをかわせば、実力差を見せつけるパフォーマンスに場外の客がどよめく。
 『Shit!』 
 逆上したブルータスが口汚く悪態をつく。気のせいか視界の端のホセも残念そうな顔をした。ブルータスのこぶしを余裕で回避したレイジだが、安堵する余裕もない。大観衆の眼前で恥をかかされたブルータスが憎悪にぎらついた双眸でレイジを睥睨、息継ぐ間もなく猛攻を開始する。
 「レイジ!」
 金網を握り締め身を乗り出す。
動体視力の限界に迫る速度でブルータスが腕を振るい、両腕が交差する残像が網膜に転写される。凄まじい迫力だ。ホセがいちから鍛え上げた自慢の弟子なのだ、南棟ではホセに次ぐ実力者として認知されているらしいブルータスを後押しするように囚人たちが声援をとばす。レイジの横顔を掠めるように拳が大気を穿ち、余波で前髪が舞いあがる。
こぶしの摩擦熱で産毛も焦げそうだ。レイジは防戦一方、いや無抵抗で逃避に徹していた。序盤は様子見を決めこむつもりだろうか?
 口元に薄く笑みを浮かべ、目には嘲弄の光を宿し、軽快な舞踏を踊るように跳躍を繋ぐ。
 遊んでいるのか?からかっているのか?
 安堵と焦慮が綯い交ぜとなった複雑な葛藤に苛まれる。矛盾する感情が僕の中でせめぎあい交じり合いどちらか一方を駆逐しようとする。安堵。レイジが本気をださないなら相手が死ぬことはない。焦慮。手加減して、逆襲されたらどうする?相手を舐めてかかってレイジ本人が死ぬ可能性もあるじゃないか。
 「レイジ遊ぶんじゃない、できるだけ早急に決着をつけろ。君は体調が万全じゃない、持久戦は不利…」
 金網を揺すってこちらに注意を向けようとして、ハッとする。
 不安定な笑みを浮かべたレイジが、低く、なにかを口ずさむ。
 『イエスがまだ話をしておられるとき、群集がやってきた。十二弟子のひとりで、ユダという者が、先頭に立っていた。ユダはイエスに口付けしようとして、みもとに近付いた』 
 イエスの十二弟子。ホセの十二人の弟子。
 今漸く気付いた、僕は大きな誤解をしていた。レイジは眼前の挑戦者など見ていなかった、最初からホセだけを見ていた。
 自分を裏切った南の隠者、ユダだけを。
 レイジが跳躍するたびに上着の裾がはためき、首元の金鎖が泳ぐ。金鎖が涼やかな音をたてて宙に靡き、きらめく。上着の内側に十字架をぶらさげて狂気を抑えているが、もはやそれも限界だ。十字架があろうがなかろうがレイジの狂気は抑制できず暴走は阻止できない、それが残酷な現実だ。
 レイジはもう、取り返しのつかないところまで来ている。
 『だが、イエスは彼に「ユダ。口付けで人の子を裏切ろうとするのか」と言われた。イエスのまわりにいた者たちは事の成り行きを見て「主よ。剣で撃ちましょうか」と言った。そしてそのうちある者が大祭司のしもべに撃ってかかり、その右の耳を切り落とした』
 レイジの呟きに鮮明に記憶が甦る。僕が連想したのはつい先日渡り廊下で目撃した惨劇の現場、サーシャに右腕を切り裂かれ血の海に没したレイジの姿。そうだ、あの時切り落とされそうになったのは右耳ではなく右腕だった。
 レイジはうっすらと微笑んだまま、額へ鼻へ脇腹へ鳩尾へ下腹部へと連続で打ちこまれるこぶしをかわしきる。レイジには凡人に目視できないこぶしを避けきることなど造作ない芸当だった。試合開始からかなりの時間が経過しても一発もレイジにあてることができず、体力を消耗したブルータスが咆哮する。
 『I crush you!!』
 汗を飛び散らせて急接近するブルータス、その声が大気を媒介にびりびりと鼓膜を震わせる。鉄の凶器を嵌めたこぶしをレイジの顔の中心に打ちこむ、と見せかけてその足が捻られる。
 「!!っ、」
 迂闊だった。それまでブルータスはボクシングの作法に則っていた為、足元への注意が疎かになっていた。レイジに一発も当てられず業を煮やしたブルータスがボクサーとしてあるまじき行為に走ったのだ。レイジの片足を思いきり踏みつけ、容赦なく踏み躙る。全体重をかけて足を踏み躙られる激痛にさすがのレイジも顔を歪める、その一瞬の隙に……
 「危ない!」
 苦悶に顔を歪めたレイジが僕の声に迅速に反応、間一髪首を仰け反らせる。横顔を掠めたこぶしが摩擦熱を生み、ガーゼが吹っ飛び、傷口が外気にふれる。頬の傷口はまだ塞がっていなかった。傷口に外気が染みるのか、苦痛の皺を眉間に刻んだレイジを見下ろし勝利の笑みを湛えるブルータス。そのままレイジにとどめを刺そうと腕を振りかぶる……
 リングに立ち尽くしたレイジが、深沈とした目でブルータスを見据える。
 虚無そのもののような、底知れない瞳。
 『するとイエスは「やめなさい、それまで」と言われた』
 いや、違う。これは、今のレイジは、虚無そのものというよりむしろ……
 レイジの手中でナイフが光る。銀の軌跡が跳ね上がり、ブラスナックルを弾いて火花を散らす。間一髪、ブラスナックルの表面にナイフを衝突させて軌道を逸らしたレイジが即座に体勢を立て直し攻勢に転じる。
 さっきの台詞は、聖書から抜粋したレイジなりの終結宣言だった。
 無知で無教養なブルータスにはそれがわからなかった、だから最後まで引かなかった。もしこの時点で引けば、本気になったレイジの恐ろしさを痛感することなく、五体満足で南棟に帰れたはずだった。だがそうはならなかった。
 『The winner is me!!』
 狂ったように首を振り、ブルータスが目にもとまらぬ高速で腕を振りかぶる。駄目だ、いけない、やめるんだ!金網にしがみついた僕は、声にならない声で愚かな挑戦者へと叫ぶ。惨劇を予期し、戦慄に強張った喉では意味ある言葉を発することもできない。
 ナイフが宙に銀孤を描く。
 誰もが息を呑んだ。勝敗は刹那で決した。ブルータスの鉄拳が穿った位置に既にレイジの姿はなく、いつのまにか懐へともぐりこんでいた。敵に肉薄したレイジが斜め左上からナイフを振り下ろせば、一呼吸遅れてブルータスの喉から血が迸る。血。鮮血。朱に染まった顔に酷薄な笑みをはりつけ、鉄錆びた血臭に恍惚と酔いながらレイジが呟く。
 『Good-bye, fool』
 あばよ、愚か者。
 一抹の憐憫と嘲弄とが囁きに宿る。ブルータスの喉を容赦なく掻き切ったレイジだが、それだけでは終わらない。一度解き放たれた狂気は簡単にはおさまらない。ナイフの刃を返り血に濡らし、髪と顔と上着に鮮血を浴びたレイジが、喉を両手でおさえて悶絶するブルータスを見下ろす。
 リングに蹲ったブルータスの顔が絶望に翳るのをよそに、淡々とナイフを振り下ろす―

 違う。これは、こんなのは試合じゃない。
 相手はすでに戦意喪失して敗北が決定してるのに、とどめをさす意味も理由も見つからない。 
 リングで人を殺したら、レイジはもうロンのもとには戻れなくなる。
 血で汚れた手では、ロンに触れることさえできなくなる。

 気付けば僕は叫んでいた。
 会場の歓声を圧する大声で、喉を振り絞り、今度こそレイジに届けと。

 ―『Do not kill him!!』―  

 渾身の力をこめて金網を打った僕の視線の先で、無情にもナイフが振り下ろされる。
 惨たらしい断末魔が大気を引き裂いた。
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