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二百三十七話
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なんで安田がここに。
懐中電灯の丸い光に照らされたタジマは驚愕の表情をしていた。俺とおなじ疑問に心とらわれてるらしい。俺もびっくりした、いつ入って来たんだこいつ?
「いつ入ってきたんだ!?」
「最初からいた。君らが気付かなかっただけだ」
懐中電灯を構えた安田があきれ顔をする。
「予想が的中した。最初は扉のそばのベッドで見張ろうと思ったが、それでは埒があかない。但馬看守、執念深い君はロンを諦めない。今日が駄目なら明日、明日が駄目なら明後日と目的を達成するまで足を運ぶだろう。ならばいっそ早晩決着をつけるべきと方針を変更した。奥に潜んで君を油断させ、現場を取り押さえることにした。懇意の医師も快く協力してくれた」
突然のことで何が何やらさっぱりわからない。冷静沈着に落ち着き払った安田の口ぶりから察するに、タジマが襲いにくることを事前に予知していたみたいだ。でも、どうして?何もかもお見通しの安田に脳の奥で疑問が膨らむ。予想外の展開についていけない俺の上、胴に跨ったタジマが凶暴に歯軋りする。
「鍵屋崎の野郎、ちくったな」
合点した。昨日タジマは鍵屋崎を襲いにいった。サムライが強制労働にでかけ、鍵屋崎が図書室通いで留守にした房で鍵屋崎を待ち伏せし、口にするのもおぞましいことをした。その時調子に乗って、入院中で手も足もだせないロンを犯してやると得意満面宣言したんだろう。それが鍵屋崎の口から安田へ伝わり、安田は俺をおとりに罠を仕掛け、タジマをはめた。
「さあ、ベッドをおりて床に跪け但馬看守。君の職務規定違反の現場は副所長の私がこの目で目撃した、もう言い逃れはできないぞ。近日中に会議にかけ厳罰を下す。今度は謹慎処分ではすまない、覚悟しておきたまえ」
懐中電灯を持った安田が淡々と命じ、ベッドを下りるようタジマを促す。安田とタジマの睨み合いが続き、緊迫感が高まる。タジマに組み敷かれた俺は中途半端に肘を起こした姿勢で生唾を嚥下する。懐中電灯の光に浮かび上がる安田は冷徹な無表情、対するタジマは醜悪に引き歪んだ憤怒の形相。タジマが観念したようにベッドを下りる……
と、見せかけて反撃に転じた。
「!!」
安田の体が軽々と吹っ飛んだ。タジマに突撃され、懐中電灯ごと跳ね飛ばされたのだ。華奢で細身の安田は激突の衝撃によろけ、衝立を巻き添えに転倒した。床に倒れた衝立が騒がしい音をたて、安田の手から落下した懐中電灯が床を転がる。床に倒れた安田に馬乗りになったタジマは完全にキレていた。狂気に目を血走らせ興奮に鼻息荒くし、相手が副所長だろうがおかまいなしに背広の胸ぐらを掴み上げる。
「覚悟しろだあ?もう我慢ならねえ、いい気になるなよ若造が。てめえも俺とおなじ中央から左遷された身の上だろうが、なのに囚人の味方する気かよ、ええっ?」
「手を放せ但馬看守、命令だ」
「命令?偉そうに命令できる立場かよ、今の自分の格好よく見下ろしてみろや安田さん」
痛快に笑ったタジマがおもむろにこぶしを振り上げ、安田を殴る。耳にこびりつく鈍い音。俺は目の前の光景にただあ然としていた。タジマが安田を殴っている、一介の看守が副所長に暴力をふるってる。こんなこと許されるのか。タジマは完全にイカレてる、怒りでわけがわからなくなってる。
早く止めなきゃ安田が殴り殺されちまう。
「おいやめろ、自分が殴ってる相手をよく見ろ、相手は副所長だぞ!」
「けっ!どいつもこいつも副所長副所長で気にいらねえ、東京プリズンでいちばん偉いのは副所長じゃねえ、この俺様だ!!」
ベッドに身を横たえて制止の声をあげた俺の方など見向きもせずタジマが吠える。床に倒れた安田に馬乗りになり、相手に反撃の隙を与えず殴り続ける。鈍い音が連続し、安田の顔が仰け反る。安田は暴力とは無縁の世界で生きる線の細いエリートで、体格でまさるタジマに押し倒されたらどうしようもない。頭上で腕を交差させ防御の姿勢をとるが、タジマの猛攻の前には屈服せざるをえない。
暴力の愉悦に目を爛々と輝かせ、弱者を虐げる歓喜に満面の笑みを広げ、タジマが叫ぶ。
「ロン、ここに来て一年かそこらのお前は知らないだろうから教えてやる!安田がくるまで東京プリズンは俺の天下だったんだ、俺はそれこそやりたい放題だった!こいつがきてから何もかも変わっちまった、俺のやることなすこと口うるさく取り締まるようになって東京プリズンが変わっちまった!くそ笑えるぜ、東京プリズンの副所長なんて偉くもなんともねえよ。本人は三つ揃いでめかしこんでエリート気取っちゃいるがコイツはとっくに出世街道外れてんだ、砂漠の最果てにとばされたのがいい証拠じゃねえか。どんな不始末しでかしたんだか知らねえがコイツも俺たちとおなじ左遷組だ。なのに一人だけ格好つけやがって、ずっと気に入らなかったんだよ!」
暗闇に響く鈍い音、無抵抗の安田を一方的に殴りつける音。安田の顔面にこぶしを打ちこみながらタジマは狂喜していた。
俺が来る前の東京プリズンのことなんか何も知らない、俺と出会う前のレイジのことを何も知らないのと同様に。でもひとつだけ断言できる、俺と出会う前のレイジは今よりずっと危ないヤツで、安田が来る前の東京プリズンは今よりもっとひどい場所だった。
安田のおかげで、東京プリズンは改善されたのだ。
安田を助けなければ。このまま放っとけば殺されちまう。
タジマの凶行を阻止せんと焦燥にかられて視線をめぐらせる。視界にとびこんできたのは、ベッド横の戸棚。ベッドから乗りだしガラス戸を開け放ち、手近の瓶を掴み取る。
「どけ!!」
絶叫。
タジマめがけおもいきり瓶を投擲する。虚空に放物線を描いた瓶がタジマの肩に命中、タジマが悲鳴をあげて安田から飛び退く。今だ。だがせっかく逃走のチャンスをつくってやったのに安田は逃げようとしない、あの野郎なにもたついてるんだと苛立てば、タジマが肩を庇いつつ立ち上がる。
「怪我人は怪我人らしく寝てろや……それとも一生寝たきりになりてえか」
やばい。
タジマが怒号を発しベッドに突進、激突の震動にベッドが揺さぶられる。毛布が膝からずり落ち、ズボンの裾がめくれ、包帯を巻いた足首があらわになる。その足首を、タジマの手にむんずと掴まれる。
「!!!―ああああっ、」
骨が軋む激痛にたまらず仰け反る。俺の足首を掴んだタジマがそのまま引きずり落としにかかる、タジマの手に引かれて体が傾ぐ。天井がはげしく揺れる。いや、揺れているのは俺の視界だ。激痛に暴れる俺の視線の先、醜悪な笑みを広げたタジマの背後に何者かが接近。
安田だ。
「!?なっ、」
タジマのうろたえた声。背後から安田にしがみつかれ、そのまま引きずり倒される。タジマの手から足首が抜ける。タジマの悪足掻き、引き離される間際に五指で掻き毟った包帯はだらりと緩んでいた。
安田を救おうとして逆に救われた。体当たりでタジマを引きずり倒し俺の窮地を救った安田が濛々と埃を舞い上げて床に倒れる。上下逆転しながら床を転げまわるタジマと安田、奇声を発し手足を振り乱し顔といわず腹といわず安田をめちゃくちゃに殴り付けるタジマの剣幕は凄まじい。仰向けに寝転がった安田がタジマのこぶしを防御しようと手探りでもがく、タジマの肩や腰が壁やベッドにぶつかり戸棚が震動し、消毒液の瓶が上下する騒々しい音が暗がりに響く。
「君の横暴は目に余る!」
タジマに殴られ、眼鏡に亀裂が入った安田が叫ぶ。几帳面に撫で付けたオールバックが乱れ、秀でた額に一房二房とたれ、まるで別人のようだ。
「勘違いも甚だしい、ここは君の城ではないし囚人は君の奴隷じゃない!ここは刑務所だ、罪を犯した少年たちのために設けられた更正施設だ!」
「政府の建前だろうがそんなの、ここはただのゴミ捨て場だ!外国人が増えて犯罪増えて日本がめちゃくちゃになって、キレた政府が砂漠の真ん中におったてたゴミ捨て場だ!黄色い肌だろうか黒い肌だろうが白い肌だろうが関係ねえ、東京プリズン送りになるってことは戸籍を抹消されたも同然、社会から抹殺されたも同然だ!」
「違う!」
「違わねえよ、現に鍵屋崎がいい例じゃねえか!」
タジマの下敷きになった安田の顔にひどく人間らしい葛藤の色が浮かぶ。顔の前で腕を交差させこぶしを受け止め、必死に抵抗する安田の胸ぐらを掴み、無理矢理上体を起こさせる。眼鏡のレンズに亀裂が入り、オールバックが乱れた安田の顔は擦り傷だらけで唇には血が滲んでいた。疲労と苦痛とが入り混じった安田の顔をたっぷり堪能し、嗜虐心が疼いたタジマが舌なめずりをする。
お高くとまった副所長を完膚なきまでに叩きのめし、下克上の快感に酔い痴れたゲスの笑顔。
「そうだ、あの親殺しだ、てめえの両親ナイフでぐさっと殺っちまったIQ180の爆弾のことだ。政府もとんでもないお荷物抱えこんだもんだよなあ、同情するぜ。末は博士か大臣か、日本の将来しょって立つ優秀な人材として期待してたガキが両親刺殺だなんてスキャンダル起こしたせいで信用ガタ落ち。これがそんじょそこらのガキなら大した罪には問われなかったんだろうさ。だがIQ180の天才児なら話がちがう。無駄に高い知能の持ち主であると同時に親殺しの危険因子の持ち主、そんなガキが十年かそこらの懲役で放り出されたら将来どんな大それた犯罪しでかすかわからねえ。なんたってIQ180だ、どんな完全犯罪だってやってやろうと思えば不可能じゃねえ。だから鍵屋崎は東京プリズンに送られた、懲役八十年とか無茶な判決下されてな!」
そうか。そうだったのか。
タジマが暴露した東京プリズンのからくりが、すとんと腑に落ちた。いまどき親を殺したくらいで懲役八十年なんて判決は下されたりしない、犯人が生粋の日本人ならなおさらだ。でも鍵屋崎は懲役八十年の判決を下されてここに来た。
IQ180の天才的頭脳と倫理観が欠落した犯罪者の因子が結びつけば出所後の将来どんなおそろしいことをしでかすかわからないと危惧した政府の決定で。
最初からすべて仕組まれていたのだ。
法律上未成年者への死刑が適用されない日本で、懲役八十年は死刑判決にひとしい。鍵屋崎が生きてここを出られる見込みはない。鍵屋崎をここに送りこんだ人間はすべて見越していたのだ。東京プリズンに収容されてる囚人の殆どはスラム育ちの外国人かその混血で、鍵屋崎みたいに育ちのよい日本人の坊やがそんな環境に放りこまれたら一ヶ月ともたずリンチで殺されるか自殺するはずだと予想して、事実そうなってほしくてこの砂漠のど真ん中の刑務所にあいつを送りこんだ。鍵屋崎に外にでられちゃまずいから、自分たちが手を汚すのはいやだから、最初から手が汚れてるここの囚人に殺してもらおうと……
ふざけやがって。
そんなの、間接的な死刑じゃないか。
鍵屋崎はまだ外にでることを諦めてない、妹に再会することを諦めてない。なのに鍵屋崎を送りこんだ奴らにとっちゃ鍵屋崎はもうとっくに死んでる人間で……
だから、どうなってもいいのか?
タジマにどんなむごい仕打ちをされても、売春班で毎日男に犯されても、もうとっくにこの世にいないはずの人間で戸籍も破棄されてるんだからかまわないとそういうわけかよ。
ちくしょう。
「ちくしょう!!」
やり場のない怒りにかられ、絶叫する。なんだよそれ、そんなのありかよ。そんなのあんまりじゃねえかよ。鍵屋崎が死んだ人間だってことは、俺やレイジも死んだ人間だってことだ。東京プリズンの囚人は外じゃ誰も彼も死んだことにされてるんだ。凱が自暴自棄になる気持ちもわかる、どんなに血を分けたガキに会いたくても死んだ人間にゃ無理な相談だ。
鍵屋崎も俺も生き残ろうと必死なのに、生き延びようと必死なのに、そんな俺たちを馬鹿めと嘲笑ってる奴らがどっかにいるってのかよ。
「鍵屋崎はもう死んだも同然の人間だ、お前だってそうだぜロン、生きてここを出られる望みなんか万に一つもねえんだ。潔く腹くくっちまえよ。ここは地獄だ。まわりにいるのは世間に用済みの烙印おされた死人ばかりだ。一度死んだ人間が二度死のうが三度死のうがどうでもいいじゃねえか、生きてここを出るのが不可能ならせめて地獄で楽しくやろうや。毎日毎日セックス漬けにして外のこと全部忘れさせてやら」
ここが地獄ならタジマは鬼だ。
金棒のかわりに警棒を持った暴悪な獄吏、東京プリズンの狂気の象徴。
安田の首を絞めながらタジマが哄笑する、大量の唾を撒き散らし仰け反り笑う。タジマに首を締められた安田の顔が蒼白になり、窒息の苦しみに喘鳴を漏らす。タジマの手を掻き毟り瀕死の抵抗をするがタジマが慈悲をたれる様子はなく握力をゆるめる気配もない。タジマのやつ本気で安田を殺すつもりか?完璧いかれてやがる、あいつは東京プリズンの狂気に取り憑かれてる。
安田を助けられるのは、俺しかいない。
「!」
迅速に決断し、行動にでる。
パイプを掴み、慎重に床に足をおろす。床に足裏をおろした途端、肋骨に激痛が走りその場に蹲る。胸を庇い、呼吸を整える。へこたれてる暇なんかない、早く安田を助けなければ……膝で床を這い、徐徐にゆっくりとタジマの背中に近寄る。俺に背中を向けたタジマは安田の首を絞めるのに夢中で気付いてない。肋骨の激痛をこらえ、苦痛にかすむ目を凝らしてタジマに這い寄る途中、足首の包帯を手にとる。包帯の端と端を両手に掴み、ぴんと伸ばす。眼前でまっすぐはりつめる純白の包帯。タジマの背中はすぐそこだ。
今だ。
「!?ぐぎいっ、」
手応え。
背後からタジマに擦りより、両手に持った包帯を体前にくぐらせ、絞める。容赦なく、渾身の力で。タジマの喉が絞まり包帯が首に食いこむ。包帯が食いこんだ周囲の皮膚が白く変色し静脈が浮き立つ。首を絞められたことはあるが首を絞めるのは初めての体験だ、加減がわからない俺はただただ必死で、安田の上からタジマをどかしたい一心でタジマの首を絞めつける。タジマの首を絞める途中、さまざまな断片が脳裏を過ぎる。
お袋の顔、鍵屋崎の顔、サムライの顔……レイジの顔。今まで出会ったいろんなヤツのいろんな表情。
俺はタジマに殺意を抱いていた、殺しやりたいほど憎かった。タジマが俺にしたいろんなこと、もう二度と思い出したくもないおぞましいことがあとからあとから浮上する。タジマに自慰を強要された、煙草の火を体の三箇所に押しつけられた、酷暑の砂漠に裸で立たされた、安全ピンで嬲られた、手錠に繋がれた、あとは……あとは……たくさんありすぎて数えきれない。こんなヤツ死んで当然だ、死んだほうがいいに決まってる。こいつが死ねば俺も鍵屋崎も泣かずにすむ、タジマの脅威に怯えることなく東京プリズンで暮らせる。
だから、いっそ、殺しちまおう。
どうせ初めてじゃない、俺はもう立派な人殺しだ。手榴弾を投げ、敵チームのガキどもを細切れの肉片にしてフッ飛ばした。いまさら一人くらい殺したってどうってことない……
そして俺は、指の力を強め。
『おまえはずっとまともでいてくれ』
耳の奥に声が響く。
試合終了後、医務室のベッドで夢うつつに聞いた独白。
『楽しくもないのに笑えるかって、そう言い続けてくれ。俺はずっと楽しくもないのに笑ってたからこれ以外の表情できないけど、おまえはちゃんと笑えるし泣けるし怒れるんだから。俺が抱きたかったロンは、そういうヤツだから』
まともってなんだよレイジ。教えてくれよ。
俺はまともじゃねえよ、まともならこんなとこ来てねえよ。こんなことしねえよ。お前が言うまともの基準ってなんだよ、俺のどこがまともなんだよ。
俺はまともなんかじゃない。だって、人殺しだ。もう人を殺してるんだ。取り返しのつかないことしちまったんだ。俺が殺したヤツらにも家族がいて、人生があって、将来があったのに。
俺がみんな台無しにしちまった。
頼むから、お願いだから俺がまともだなんて言うな。まともな俺が抱きたいとか言うな。自分の意志でタジマを殺したらきっと俺はまともでいられなくなる、お前が言う意味のまともな人間じゃいられなくなる。自分の手でタジマを殺したら俺はきっとこれから先、楽しいことがあっても笑えなくなる。怒りたいときに怒れなくなる。人を殺すってそういうことだろ?自分の手で人を殺すってそういうことなんだろ?
レイジもそうだったんだろ?
タジマを殺したい、それは本音だ。こいつが鍵屋崎にしたことや俺にしてきたことを振り返れば、こんなやつ死んで当然だと思う。タジマに自慰を強要された夜、俺は泣きながら誓った。いつか絶対タジマを殺してやると、復讐してやると。
それが今だ。さあ、殺れ。
『おまえはずっとまともでいてくれ』
腕の力が抜け、包帯が落ちた。
「…………っ、」
あと少し、あと少し力をこめればよかったんだ。そうしたらタジマを殺せたんだ、息の根止められたんだ。でもできなかった、どうしてもできなかった。
手に力をこめようとしたらレイジの声が甦って、脳裏にレイジの笑顔が浮かんで。
レイジが今の俺を見たらどんな顔をするだろう、タジマを殺そうとしてる俺を見たらどんな顔をするだろう。そう思ったらもう駄目だった、それ以上力を加えることができなかった。
こんなのレイジが好きな俺じゃない、まともな俺じゃない。
俺はずっと、レイジに好きでいてほしい。だから、タジマを殺せない。
レイジの言うまともの基準はきっと狂ってて、きっとどうしようもなく狂ってて、本物の笑顔と偽物の笑顔でレイジはまともかそうじゃないか区別してるけどそんな単純な話のわけがない。でもタジマを殺したら、俺はもう笑えなくなる。味方が全滅して追い詰められて、無我夢中で手榴弾を投げた時とはわけが違う。
今度は自分の手で首を絞めて人を殺すんだ。
人を殺そうと思って人を殺すんだ。
まともじゃねえよ。
レイジに嫌われるのは、いやだ。
「!!」
衝撃。
呼吸が止まった。息を吹き返したタジマに突き飛ばされた。ベッドの脚に背中から激突し、肋骨に想像を絶する負荷がかかる。痛い……目が眩む。息ができない。全身の毛穴が開いて脂汗が滲んで、俺は酸欠の金魚みたいにぱくぱく口を開閉するしかない。ベッドの脚に背中を預け、体を二つに折って悶絶する俺のもとへゆっくりとタジマが近付いてくる。
鬱血した首をさすり、腰の警棒を引きぬき、目には殺意の業火を宿して。
「俺の首絞めるなんざ十年早いんだよ…絞まりがいいのはケツの穴だけで十分なんだよおおォおおお!」
おしまいだ。
風切る唸りをあげて警棒が振り上げられ、頭上を急襲する。
ああ―……殺される。
最後にもう一回レイジに会いた
懐中電灯の丸い光に照らされたタジマは驚愕の表情をしていた。俺とおなじ疑問に心とらわれてるらしい。俺もびっくりした、いつ入って来たんだこいつ?
「いつ入ってきたんだ!?」
「最初からいた。君らが気付かなかっただけだ」
懐中電灯を構えた安田があきれ顔をする。
「予想が的中した。最初は扉のそばのベッドで見張ろうと思ったが、それでは埒があかない。但馬看守、執念深い君はロンを諦めない。今日が駄目なら明日、明日が駄目なら明後日と目的を達成するまで足を運ぶだろう。ならばいっそ早晩決着をつけるべきと方針を変更した。奥に潜んで君を油断させ、現場を取り押さえることにした。懇意の医師も快く協力してくれた」
突然のことで何が何やらさっぱりわからない。冷静沈着に落ち着き払った安田の口ぶりから察するに、タジマが襲いにくることを事前に予知していたみたいだ。でも、どうして?何もかもお見通しの安田に脳の奥で疑問が膨らむ。予想外の展開についていけない俺の上、胴に跨ったタジマが凶暴に歯軋りする。
「鍵屋崎の野郎、ちくったな」
合点した。昨日タジマは鍵屋崎を襲いにいった。サムライが強制労働にでかけ、鍵屋崎が図書室通いで留守にした房で鍵屋崎を待ち伏せし、口にするのもおぞましいことをした。その時調子に乗って、入院中で手も足もだせないロンを犯してやると得意満面宣言したんだろう。それが鍵屋崎の口から安田へ伝わり、安田は俺をおとりに罠を仕掛け、タジマをはめた。
「さあ、ベッドをおりて床に跪け但馬看守。君の職務規定違反の現場は副所長の私がこの目で目撃した、もう言い逃れはできないぞ。近日中に会議にかけ厳罰を下す。今度は謹慎処分ではすまない、覚悟しておきたまえ」
懐中電灯を持った安田が淡々と命じ、ベッドを下りるようタジマを促す。安田とタジマの睨み合いが続き、緊迫感が高まる。タジマに組み敷かれた俺は中途半端に肘を起こした姿勢で生唾を嚥下する。懐中電灯の光に浮かび上がる安田は冷徹な無表情、対するタジマは醜悪に引き歪んだ憤怒の形相。タジマが観念したようにベッドを下りる……
と、見せかけて反撃に転じた。
「!!」
安田の体が軽々と吹っ飛んだ。タジマに突撃され、懐中電灯ごと跳ね飛ばされたのだ。華奢で細身の安田は激突の衝撃によろけ、衝立を巻き添えに転倒した。床に倒れた衝立が騒がしい音をたて、安田の手から落下した懐中電灯が床を転がる。床に倒れた安田に馬乗りになったタジマは完全にキレていた。狂気に目を血走らせ興奮に鼻息荒くし、相手が副所長だろうがおかまいなしに背広の胸ぐらを掴み上げる。
「覚悟しろだあ?もう我慢ならねえ、いい気になるなよ若造が。てめえも俺とおなじ中央から左遷された身の上だろうが、なのに囚人の味方する気かよ、ええっ?」
「手を放せ但馬看守、命令だ」
「命令?偉そうに命令できる立場かよ、今の自分の格好よく見下ろしてみろや安田さん」
痛快に笑ったタジマがおもむろにこぶしを振り上げ、安田を殴る。耳にこびりつく鈍い音。俺は目の前の光景にただあ然としていた。タジマが安田を殴っている、一介の看守が副所長に暴力をふるってる。こんなこと許されるのか。タジマは完全にイカレてる、怒りでわけがわからなくなってる。
早く止めなきゃ安田が殴り殺されちまう。
「おいやめろ、自分が殴ってる相手をよく見ろ、相手は副所長だぞ!」
「けっ!どいつもこいつも副所長副所長で気にいらねえ、東京プリズンでいちばん偉いのは副所長じゃねえ、この俺様だ!!」
ベッドに身を横たえて制止の声をあげた俺の方など見向きもせずタジマが吠える。床に倒れた安田に馬乗りになり、相手に反撃の隙を与えず殴り続ける。鈍い音が連続し、安田の顔が仰け反る。安田は暴力とは無縁の世界で生きる線の細いエリートで、体格でまさるタジマに押し倒されたらどうしようもない。頭上で腕を交差させ防御の姿勢をとるが、タジマの猛攻の前には屈服せざるをえない。
暴力の愉悦に目を爛々と輝かせ、弱者を虐げる歓喜に満面の笑みを広げ、タジマが叫ぶ。
「ロン、ここに来て一年かそこらのお前は知らないだろうから教えてやる!安田がくるまで東京プリズンは俺の天下だったんだ、俺はそれこそやりたい放題だった!こいつがきてから何もかも変わっちまった、俺のやることなすこと口うるさく取り締まるようになって東京プリズンが変わっちまった!くそ笑えるぜ、東京プリズンの副所長なんて偉くもなんともねえよ。本人は三つ揃いでめかしこんでエリート気取っちゃいるがコイツはとっくに出世街道外れてんだ、砂漠の最果てにとばされたのがいい証拠じゃねえか。どんな不始末しでかしたんだか知らねえがコイツも俺たちとおなじ左遷組だ。なのに一人だけ格好つけやがって、ずっと気に入らなかったんだよ!」
暗闇に響く鈍い音、無抵抗の安田を一方的に殴りつける音。安田の顔面にこぶしを打ちこみながらタジマは狂喜していた。
俺が来る前の東京プリズンのことなんか何も知らない、俺と出会う前のレイジのことを何も知らないのと同様に。でもひとつだけ断言できる、俺と出会う前のレイジは今よりずっと危ないヤツで、安田が来る前の東京プリズンは今よりもっとひどい場所だった。
安田のおかげで、東京プリズンは改善されたのだ。
安田を助けなければ。このまま放っとけば殺されちまう。
タジマの凶行を阻止せんと焦燥にかられて視線をめぐらせる。視界にとびこんできたのは、ベッド横の戸棚。ベッドから乗りだしガラス戸を開け放ち、手近の瓶を掴み取る。
「どけ!!」
絶叫。
タジマめがけおもいきり瓶を投擲する。虚空に放物線を描いた瓶がタジマの肩に命中、タジマが悲鳴をあげて安田から飛び退く。今だ。だがせっかく逃走のチャンスをつくってやったのに安田は逃げようとしない、あの野郎なにもたついてるんだと苛立てば、タジマが肩を庇いつつ立ち上がる。
「怪我人は怪我人らしく寝てろや……それとも一生寝たきりになりてえか」
やばい。
タジマが怒号を発しベッドに突進、激突の震動にベッドが揺さぶられる。毛布が膝からずり落ち、ズボンの裾がめくれ、包帯を巻いた足首があらわになる。その足首を、タジマの手にむんずと掴まれる。
「!!!―ああああっ、」
骨が軋む激痛にたまらず仰け反る。俺の足首を掴んだタジマがそのまま引きずり落としにかかる、タジマの手に引かれて体が傾ぐ。天井がはげしく揺れる。いや、揺れているのは俺の視界だ。激痛に暴れる俺の視線の先、醜悪な笑みを広げたタジマの背後に何者かが接近。
安田だ。
「!?なっ、」
タジマのうろたえた声。背後から安田にしがみつかれ、そのまま引きずり倒される。タジマの手から足首が抜ける。タジマの悪足掻き、引き離される間際に五指で掻き毟った包帯はだらりと緩んでいた。
安田を救おうとして逆に救われた。体当たりでタジマを引きずり倒し俺の窮地を救った安田が濛々と埃を舞い上げて床に倒れる。上下逆転しながら床を転げまわるタジマと安田、奇声を発し手足を振り乱し顔といわず腹といわず安田をめちゃくちゃに殴り付けるタジマの剣幕は凄まじい。仰向けに寝転がった安田がタジマのこぶしを防御しようと手探りでもがく、タジマの肩や腰が壁やベッドにぶつかり戸棚が震動し、消毒液の瓶が上下する騒々しい音が暗がりに響く。
「君の横暴は目に余る!」
タジマに殴られ、眼鏡に亀裂が入った安田が叫ぶ。几帳面に撫で付けたオールバックが乱れ、秀でた額に一房二房とたれ、まるで別人のようだ。
「勘違いも甚だしい、ここは君の城ではないし囚人は君の奴隷じゃない!ここは刑務所だ、罪を犯した少年たちのために設けられた更正施設だ!」
「政府の建前だろうがそんなの、ここはただのゴミ捨て場だ!外国人が増えて犯罪増えて日本がめちゃくちゃになって、キレた政府が砂漠の真ん中におったてたゴミ捨て場だ!黄色い肌だろうか黒い肌だろうが白い肌だろうが関係ねえ、東京プリズン送りになるってことは戸籍を抹消されたも同然、社会から抹殺されたも同然だ!」
「違う!」
「違わねえよ、現に鍵屋崎がいい例じゃねえか!」
タジマの下敷きになった安田の顔にひどく人間らしい葛藤の色が浮かぶ。顔の前で腕を交差させこぶしを受け止め、必死に抵抗する安田の胸ぐらを掴み、無理矢理上体を起こさせる。眼鏡のレンズに亀裂が入り、オールバックが乱れた安田の顔は擦り傷だらけで唇には血が滲んでいた。疲労と苦痛とが入り混じった安田の顔をたっぷり堪能し、嗜虐心が疼いたタジマが舌なめずりをする。
お高くとまった副所長を完膚なきまでに叩きのめし、下克上の快感に酔い痴れたゲスの笑顔。
「そうだ、あの親殺しだ、てめえの両親ナイフでぐさっと殺っちまったIQ180の爆弾のことだ。政府もとんでもないお荷物抱えこんだもんだよなあ、同情するぜ。末は博士か大臣か、日本の将来しょって立つ優秀な人材として期待してたガキが両親刺殺だなんてスキャンダル起こしたせいで信用ガタ落ち。これがそんじょそこらのガキなら大した罪には問われなかったんだろうさ。だがIQ180の天才児なら話がちがう。無駄に高い知能の持ち主であると同時に親殺しの危険因子の持ち主、そんなガキが十年かそこらの懲役で放り出されたら将来どんな大それた犯罪しでかすかわからねえ。なんたってIQ180だ、どんな完全犯罪だってやってやろうと思えば不可能じゃねえ。だから鍵屋崎は東京プリズンに送られた、懲役八十年とか無茶な判決下されてな!」
そうか。そうだったのか。
タジマが暴露した東京プリズンのからくりが、すとんと腑に落ちた。いまどき親を殺したくらいで懲役八十年なんて判決は下されたりしない、犯人が生粋の日本人ならなおさらだ。でも鍵屋崎は懲役八十年の判決を下されてここに来た。
IQ180の天才的頭脳と倫理観が欠落した犯罪者の因子が結びつけば出所後の将来どんなおそろしいことをしでかすかわからないと危惧した政府の決定で。
最初からすべて仕組まれていたのだ。
法律上未成年者への死刑が適用されない日本で、懲役八十年は死刑判決にひとしい。鍵屋崎が生きてここを出られる見込みはない。鍵屋崎をここに送りこんだ人間はすべて見越していたのだ。東京プリズンに収容されてる囚人の殆どはスラム育ちの外国人かその混血で、鍵屋崎みたいに育ちのよい日本人の坊やがそんな環境に放りこまれたら一ヶ月ともたずリンチで殺されるか自殺するはずだと予想して、事実そうなってほしくてこの砂漠のど真ん中の刑務所にあいつを送りこんだ。鍵屋崎に外にでられちゃまずいから、自分たちが手を汚すのはいやだから、最初から手が汚れてるここの囚人に殺してもらおうと……
ふざけやがって。
そんなの、間接的な死刑じゃないか。
鍵屋崎はまだ外にでることを諦めてない、妹に再会することを諦めてない。なのに鍵屋崎を送りこんだ奴らにとっちゃ鍵屋崎はもうとっくに死んでる人間で……
だから、どうなってもいいのか?
タジマにどんなむごい仕打ちをされても、売春班で毎日男に犯されても、もうとっくにこの世にいないはずの人間で戸籍も破棄されてるんだからかまわないとそういうわけかよ。
ちくしょう。
「ちくしょう!!」
やり場のない怒りにかられ、絶叫する。なんだよそれ、そんなのありかよ。そんなのあんまりじゃねえかよ。鍵屋崎が死んだ人間だってことは、俺やレイジも死んだ人間だってことだ。東京プリズンの囚人は外じゃ誰も彼も死んだことにされてるんだ。凱が自暴自棄になる気持ちもわかる、どんなに血を分けたガキに会いたくても死んだ人間にゃ無理な相談だ。
鍵屋崎も俺も生き残ろうと必死なのに、生き延びようと必死なのに、そんな俺たちを馬鹿めと嘲笑ってる奴らがどっかにいるってのかよ。
「鍵屋崎はもう死んだも同然の人間だ、お前だってそうだぜロン、生きてここを出られる望みなんか万に一つもねえんだ。潔く腹くくっちまえよ。ここは地獄だ。まわりにいるのは世間に用済みの烙印おされた死人ばかりだ。一度死んだ人間が二度死のうが三度死のうがどうでもいいじゃねえか、生きてここを出るのが不可能ならせめて地獄で楽しくやろうや。毎日毎日セックス漬けにして外のこと全部忘れさせてやら」
ここが地獄ならタジマは鬼だ。
金棒のかわりに警棒を持った暴悪な獄吏、東京プリズンの狂気の象徴。
安田の首を絞めながらタジマが哄笑する、大量の唾を撒き散らし仰け反り笑う。タジマに首を締められた安田の顔が蒼白になり、窒息の苦しみに喘鳴を漏らす。タジマの手を掻き毟り瀕死の抵抗をするがタジマが慈悲をたれる様子はなく握力をゆるめる気配もない。タジマのやつ本気で安田を殺すつもりか?完璧いかれてやがる、あいつは東京プリズンの狂気に取り憑かれてる。
安田を助けられるのは、俺しかいない。
「!」
迅速に決断し、行動にでる。
パイプを掴み、慎重に床に足をおろす。床に足裏をおろした途端、肋骨に激痛が走りその場に蹲る。胸を庇い、呼吸を整える。へこたれてる暇なんかない、早く安田を助けなければ……膝で床を這い、徐徐にゆっくりとタジマの背中に近寄る。俺に背中を向けたタジマは安田の首を絞めるのに夢中で気付いてない。肋骨の激痛をこらえ、苦痛にかすむ目を凝らしてタジマに這い寄る途中、足首の包帯を手にとる。包帯の端と端を両手に掴み、ぴんと伸ばす。眼前でまっすぐはりつめる純白の包帯。タジマの背中はすぐそこだ。
今だ。
「!?ぐぎいっ、」
手応え。
背後からタジマに擦りより、両手に持った包帯を体前にくぐらせ、絞める。容赦なく、渾身の力で。タジマの喉が絞まり包帯が首に食いこむ。包帯が食いこんだ周囲の皮膚が白く変色し静脈が浮き立つ。首を絞められたことはあるが首を絞めるのは初めての体験だ、加減がわからない俺はただただ必死で、安田の上からタジマをどかしたい一心でタジマの首を絞めつける。タジマの首を絞める途中、さまざまな断片が脳裏を過ぎる。
お袋の顔、鍵屋崎の顔、サムライの顔……レイジの顔。今まで出会ったいろんなヤツのいろんな表情。
俺はタジマに殺意を抱いていた、殺しやりたいほど憎かった。タジマが俺にしたいろんなこと、もう二度と思い出したくもないおぞましいことがあとからあとから浮上する。タジマに自慰を強要された、煙草の火を体の三箇所に押しつけられた、酷暑の砂漠に裸で立たされた、安全ピンで嬲られた、手錠に繋がれた、あとは……あとは……たくさんありすぎて数えきれない。こんなヤツ死んで当然だ、死んだほうがいいに決まってる。こいつが死ねば俺も鍵屋崎も泣かずにすむ、タジマの脅威に怯えることなく東京プリズンで暮らせる。
だから、いっそ、殺しちまおう。
どうせ初めてじゃない、俺はもう立派な人殺しだ。手榴弾を投げ、敵チームのガキどもを細切れの肉片にしてフッ飛ばした。いまさら一人くらい殺したってどうってことない……
そして俺は、指の力を強め。
『おまえはずっとまともでいてくれ』
耳の奥に声が響く。
試合終了後、医務室のベッドで夢うつつに聞いた独白。
『楽しくもないのに笑えるかって、そう言い続けてくれ。俺はずっと楽しくもないのに笑ってたからこれ以外の表情できないけど、おまえはちゃんと笑えるし泣けるし怒れるんだから。俺が抱きたかったロンは、そういうヤツだから』
まともってなんだよレイジ。教えてくれよ。
俺はまともじゃねえよ、まともならこんなとこ来てねえよ。こんなことしねえよ。お前が言うまともの基準ってなんだよ、俺のどこがまともなんだよ。
俺はまともなんかじゃない。だって、人殺しだ。もう人を殺してるんだ。取り返しのつかないことしちまったんだ。俺が殺したヤツらにも家族がいて、人生があって、将来があったのに。
俺がみんな台無しにしちまった。
頼むから、お願いだから俺がまともだなんて言うな。まともな俺が抱きたいとか言うな。自分の意志でタジマを殺したらきっと俺はまともでいられなくなる、お前が言う意味のまともな人間じゃいられなくなる。自分の手でタジマを殺したら俺はきっとこれから先、楽しいことがあっても笑えなくなる。怒りたいときに怒れなくなる。人を殺すってそういうことだろ?自分の手で人を殺すってそういうことなんだろ?
レイジもそうだったんだろ?
タジマを殺したい、それは本音だ。こいつが鍵屋崎にしたことや俺にしてきたことを振り返れば、こんなやつ死んで当然だと思う。タジマに自慰を強要された夜、俺は泣きながら誓った。いつか絶対タジマを殺してやると、復讐してやると。
それが今だ。さあ、殺れ。
『おまえはずっとまともでいてくれ』
腕の力が抜け、包帯が落ちた。
「…………っ、」
あと少し、あと少し力をこめればよかったんだ。そうしたらタジマを殺せたんだ、息の根止められたんだ。でもできなかった、どうしてもできなかった。
手に力をこめようとしたらレイジの声が甦って、脳裏にレイジの笑顔が浮かんで。
レイジが今の俺を見たらどんな顔をするだろう、タジマを殺そうとしてる俺を見たらどんな顔をするだろう。そう思ったらもう駄目だった、それ以上力を加えることができなかった。
こんなのレイジが好きな俺じゃない、まともな俺じゃない。
俺はずっと、レイジに好きでいてほしい。だから、タジマを殺せない。
レイジの言うまともの基準はきっと狂ってて、きっとどうしようもなく狂ってて、本物の笑顔と偽物の笑顔でレイジはまともかそうじゃないか区別してるけどそんな単純な話のわけがない。でもタジマを殺したら、俺はもう笑えなくなる。味方が全滅して追い詰められて、無我夢中で手榴弾を投げた時とはわけが違う。
今度は自分の手で首を絞めて人を殺すんだ。
人を殺そうと思って人を殺すんだ。
まともじゃねえよ。
レイジに嫌われるのは、いやだ。
「!!」
衝撃。
呼吸が止まった。息を吹き返したタジマに突き飛ばされた。ベッドの脚に背中から激突し、肋骨に想像を絶する負荷がかかる。痛い……目が眩む。息ができない。全身の毛穴が開いて脂汗が滲んで、俺は酸欠の金魚みたいにぱくぱく口を開閉するしかない。ベッドの脚に背中を預け、体を二つに折って悶絶する俺のもとへゆっくりとタジマが近付いてくる。
鬱血した首をさすり、腰の警棒を引きぬき、目には殺意の業火を宿して。
「俺の首絞めるなんざ十年早いんだよ…絞まりがいいのはケツの穴だけで十分なんだよおおォおおお!」
おしまいだ。
風切る唸りをあげて警棒が振り上げられ、頭上を急襲する。
ああ―……殺される。
最後にもう一回レイジに会いた
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