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二百二十九話
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肩に手をかけられ押し倒され、ベッドで背中が弾む。
隣のベッドに後ろ向きに倒れこめば、ズボンの前を寛げたタジマがのしかかる。
「感謝しろ。特別にサムライのベッドで犯してやるよ」
「!?」
耳元で囁かれた言葉に体が強張る。僕をサムライのベッドに押し倒したタジマが土足で馬乗りになる。
「サムライのベッドでサムライの匂い嗅ぎながらサムライの顔思い浮かべてイケるんだ。どうだ、興奮してきたか」
「ば、かを言うな」
おぞましい提案を固い声で拒絶する。今僕が押し倒されているのはサムライが普段使っているベッドだ。夜ともなれば強制労働で疲労した体を寝相よく横たえ朝には背筋を正して起床するベッドだ。几帳面なサムライは寝乱れたシーツと毛布をきちんと整えてから強制労働に出かけ、枕とて寝れば頭の来る完璧な位置に据え置く。が、囚人には折を見てシーツを取り替える贅沢は許されず、夜寒いからといって毛布を厚めのものへかえることもできず、サムライが日常寝起きするベッドにはその体臭が染み付くことになる。
もし何も知らないサムライが強制労働から帰りベッドを見たらどう思うか。
性行為を終えたあとに毛布を整え枕の位置を直しても洞察力の鋭いサムライは異変に気付く、僕が口に出さなくても必ずや違和感を感じ取るはず。体液の痕跡、汚れ、匂い。それらすべてを隠しきるのは不可能だ。
サムライはどうする。嫌悪に眉をひそめる?僕を軽蔑する?約束を破った僕をはげしく唾棄する?
僕とタジマが淫らな行為におよんだベッドに身を横たえるサムライを想像し、手足の先が急速に冷えてゆく。
「―!ちっ、」
「っ、あく」
仰向けに寝転んだ体勢からタジマの胸を突き飛ばし、反転して逃げようとした。
が、遅い。邪険に舌打ちしたタジマが僕の片手首を掴み容赦なく締め上げる。手首を絞る激痛に口から苦鳴がもれる。
「言うこと聞かねえとどうなるかまだわかってねえみてえだな。よし、もう一回教えてやら」
嗜虐の悦びに目を爛々と輝かせたタジマが舌なめずりをする。
「お前が逃げればそん時はロンを犯すまでだ、医務室で絶対安静を義務付けられて身動きできないロンをな。体じゅう包帯だらけだろうがケツの穴さえ使えりゃ事足りるんだ、余計な心配すんじゃねえ。あいつが壊れようがどうなろうが知ったことか。こっちにとっちゃ好都合だ。はねっかりでさんざ手を焼かせたロンが大人しく寝てるんだ、このチャンスを逃したらもう二度とロンを物にできねえかもしれね。抵抗ひとつできねえガキ犯すのはちょっと物たりねえが贅沢は言わねえさ、ケツの穴が裂けたら綿でもつっこんどきゃいいんだ、医務室にゃくさるほどあるだろが!」
喉を仰け反らせ唾をまきちらし狂ったような哄笑をあげるタジマに組み敷かれた僕は、抵抗の無意味さを知った。僕が逃げればタジマは確実にロンを犯す。僕が抵抗すればロンが苦しむ。
先日、凱との死闘を勝利で締めくくり、担架で会場を運び出されたロンの姿が脳裏に甦る。
顔を別人みたいに腫らし、目の周りに青痣をつくり、切れた唇に血が滲んだ悲惨な顔。全身十三箇所の打撲傷と肋骨の骨折、無数の擦り傷。今も絶対安静を義務付けられ、体中に包帯を巻かれた状態で医務室のベッドで寝ているロンをタジマは欲望の赴くまま犯しに行く。凱に殴られ蹴られ囚人にリンチされ体はぼろぼろで、レイジに見捨てられ見放され心もぼろぼろで、瞼が塞がってるせいで目もろくに見えず、先日僕が訪ねたら夢うつつに一呼吸の間をおき「……レイジか?」と訊ね返された。
すがるように悲痛な声音で、一縷の希望と絶望とを綯い交ぜにした目の色で。
今も心の片隅でレイジを待ち続けるロンの姿を脳裏に思い浮かべ、試合を終えても十字架を握り締めた手を思い浮かべ、胸裏で激情が荒れ狂う。
唇がかってに動き、言葉を紡ぐ。
「ロンには手をだすな。僕が相手すれば十分だろう」
怯むことも揺らぐこともない冷徹な眼光で射竦められ、タジマの表情に一刹那動揺が走る。次の瞬間、高圧的な態度に逆上したタジマに音高く横っ面を張られる。頬で乾いた音が鳴り鋭い激痛が走った。殴られた衝撃で顔が横を向くが、すぐさま正面に戻し強圧の双眸でタジマを睨み続ける。絶対にタジマを行かせてはならない、ここで食いとめなければならない。僕は一週間前ロンと共に参戦表明した、にもかかわらず現状では何の役にも立たずロンとレイジの関係を修復することさえできなかった。
僕は無力だ。サムライばかりか、ロンの役にすら立てない。僕は非力だ。サムライのように剣が強いわけでもなく、ロンのように喧嘩が強いわけでもない。無敵のレイジとは比較にすらならない。
だがしかし、僕にもできることがあるはずなのだ。
何かができるはずだ。今はこんなことしか思いつかないが、僕を犯して満足したタジマがロンを諦めてくれるなら僕でも多少は役に立った証明になる。タジマがロンを諦めるはずはないと本音ではわかっている、でも今の僕にこれ以外なにができる、自分の体を売って時間稼ぎする以外どんな選択肢がある?今この場にいないサムライを頼るのは不可能だ、安田を巻き込むのは卑怯だ。安田は今失職の危機に直面してる、僕らの問題まで背負わせるわけにはいかない、処理能力の過負荷だ。
なら、僕がタジマを相手するしかないじゃないか。
「……いい心がけだな親殺し。感心感心……でも」
「!」
意味深にほくそ笑んだタジマが突然僕に襲いかかり、腕づくで上着を脱がしにかかる。あまりに素早く強引で、ろくに抵抗もできず腕から袖が引きぬかれ素肌が外気にふれた。上半身裸になった僕を乱暴に裏返したタジマが、両手を腰の後ろで一本にまとめる。
まさか。
「やめろ、」
タジマが何をしようとしてるかわかってしまい、声がかすれた。甦るのは売春班の記憶。全裸になれと命令され、抵抗する気力も逆らう意志も失い服を脱ぎ、ベッドに腰掛けて待つ看守のもとへ歩み寄る。手首を重ねて突き出せば、卑猥な笑みを浮かべた看守が僕の両手にロープをかけ……
いやだ、思い出したくもない。もう永遠に忘れていたいのに、上着で手首を結ばれしっかり固定されあの時の記憶がまざまざと甦る。さっきまで自分が身に付けていた上着、まだぬくもりが残る上着が拘束具となり手首をきつく縛り完全に抵抗を封じる。
あの時はロープでもっと痛かった、手首に食いこむざらついた縄の感触、擦りきれ鬱血した皮膚の痛み……手首にロープを巻いた僕を後ろから犯してあの看守は笑っていた……
「どうだ喜べよ、縛られるの好きなんだろ?同僚が言ってたぜ、親殺しはロープで縛られるのが大好きな変態野郎だって。売春班が再開したらまたたっぷり遊んでやるって息巻いてたぜ。はは、俺の縛り方もなかなかのもんだろ。お前喜ばせたくて勉強したんだよ」
「ほどけ、この低脳」
荒い息をこぼし、よわよわしく反駁する。耳の横に手をあてたタジマが「あ?」とわざとらしく聞き返す。手首を縛られたせいで動きづらく、肩越しに振り向かなければタジマの顔を見ることすらできない。
上半身裸でベッドに突っ伏せた苦しい体勢から振り向き、余裕を失い怒鳴る。
「即刻手首をほどいて僕を自由にしろ、拘束の必要などない、僕に抵抗の意志はない。だれになにを吹き込まれて誤解してるかは知らないが縛られて興奮する変態的趣味はない、わかったか、わかったなら早くほどけ!」
勝ち誇ったように哄笑が響き渡り、体の先から絶望が染みてくる。僕が抵抗するしないにかかわらず手首をほどく気などないとその瞬間理解した。必死の抗議を無視したタジマが手早くボタンを外しシャツをはだけ、裸の腹を露出し、僕の背中に覆い被さる。ズボンの後ろに勃起した股間を擦りつけ、タジマが言い聞かせる。
「なにか勘違いしてんじゃねえか親殺し。お前ら囚人に拒否権なんて上等なもんはねえ、囚人全員看守にゃ絶対服従が東京プリズンの掟だろ。ほどいてほしかったら命令じゃなくてお願いしてみろや」
冗談じゃない。こんな最低の人間になぜ頭を下げなければならない、懇願しなければならない?反抗的な目つきでタジマを睨めば、僕の背中に腹を密着させたタジマの片手が後頭部を押し、僕の顔をベッドに埋める。強制的に後頭部を押されベッドに顔をすりよせれば、鼻腔にもぐりこむのは毛布に染み付いたサムライの体臭。
改めてここが、今僕が犯されようとしてるベッドがサムライのベッドだと認識し、恥辱で全身が火照る。
「さあ言ってみな。タジマ様おねがいしますほどいてください、なんでもしますから許してください、あなたの言うことならなんでも聞きます犬になります喜んでケツの穴もなめます。心ゆくまで僕をいたぶってください」
耳元でタジマが残酷にくりかえす。ベッドに顔を埋め、唇を噛み締め恥辱に耐える。誰がそんなこと言うかと顔をそむければ、タジマのがさついた手が背中を這い、肩甲骨をなで、体の裏表を無遠慮にまさぐる。
「っ、ふ」
こらえきれず湿った吐息が漏れた。表側に回った手が円を描くように薄い胸板をなでまわし、突起をつねる。
「男でも乳首いじられりゃ感じるだろ。不感症なんて大嘘じゃねえか、この淫乱」
違う、と否定したかった。しかし言葉にならなかった。芋虫めいた指が体中を這い性感帯をさぐりねちっこい愛撫をし、呼吸が上擦りうっすらと体が上気しはじめる。タジマの手で感じてるなんて嘘だ、タジマの指で感じてるなんて嘘だと心が否定する脳が拒否する。が、売春班で敏感に慣らされた体はたとえそれが殺意を抱く男の手でも快楽を汲み取ってしまう。僕は不感症のはずなのに何故タジマの手にさわられて喘ぎ声を噛み殺している、相手はタジマなのに、ここはサムライのベッドなのに……駄目だ、今サムライを思い出すんじゃない、今サムライの顔を思い出したら耐えきれなくなる、僕は一生自分が許せなくなる。タジマの手に体をなでまわされ足の指でシーツを蹴り、固く固く目を閉じサムライを忘れ去ろうと自己暗示をかける。サムライのことなんか思い出すな、顔など思い出すな。
我が身の危険をかえりみず罠だと承知で下水道に僕を助けに来た、僕が洪水に流されかけても決して手を離さず引きあげてくれた、売春班に僕を訪ね「頼むから俺を頼れ」と涙をこぼした、僕に木刀の握り方を教えてくれた友人など思い出すな。タジマに犯されながらサムライとの思い出を回想するのはサムライを汚す行為だ、僕は取り返しようもなく汚れてしまった、この上サムライまで汚したくない……
本能と理性の葛藤で心が引き裂かれる。
サムライのことを思い出せばサムライを汚してしまう、でもタジマにさわられてるあいだ回想するのはサムライのことばかりで、記憶の洪水に歯止めがきかない。
生まれて初めてできた友人、恵の次に大切な存在。
生まれて初めて対等になりたいと望んだ人間。
『他の男に体をふれさせるな。約束だ』
『直にふれていいのは俺だけだ』
すまないサムライ、約束は守れそうにない。
今ここに彼がいないから、心の中では素直に謝罪が言える。今ここにいない人間に謝罪するのは無意味だと頭ではわかっていた、でもどうしても謝罪せずにはいられなかった。サムライ以外の人間にふれられるのはいやだ、不愉快だ、生理的嫌悪で吐きそうだ。その心に偽りはないのに、僕は現在進行形で約束を破っている。サムライにさわらせたことのない場所までタジマにまさぐられ暴かれている。
「サムライの匂い嗅いで興奮してきたのかよ、変態が」
タジマの手がズボンにもぐりこみ、下肢を這い、前へとのびる。敏感な場所をじかに揉まれ、シーツを噛んだ。絶対に声はだしたくない、声をだせばタジマが調子に乗る。自分がこの世で最も憎悪する人間の手にさわられて声をだすなど僕のプライドが許さない。口にシーツをくわえ、おもいきり歯で食い縛る。シーツに唾液が染み、乾いた布の味が口内に広がる。それを見たタジマが下劣に哄笑し、手の動きをはげしくする。
「っ、うく……」
苦しい、唾液が喉に逆流して咽そうだ。下肢を責め苛む熱と快感に裸の上半身をシーツにすりつけて抗う。早く終わってくれとただそれだけを念じていつ終わるとも知れない拷問に耐えていれば、耳の裏に吐息がかかる。
「鍵屋崎。おまえ、裏でなにこそこそやってんだ」
サムライとロン以外の人間に本名を呼ばれるのはひさしぶりだ。タジマは僕のことを「親殺し」と呼び、滅多に本名では呼ばないのと不審がり薄目を開ける。口にタジマの顔がある。股間を揉む手はとめず、もう片方の手で胸板をまさぐり執拗な愛撫を続けながら再度くりかえす。
「わかってんだよ、おまえと安田がこそこそやってんのは。安田の媚売ってんのか?安田にケツ貸して取り入ろうって腹か?囚人と副所長にしちゃお前らの関係変だし囚人使って調べてみたんだよ。そしたら案の定……」
「!あっ、」
口からシーツがこぼれ、とうとう声が漏れた。勝ち誇ったように笑ったタジマが続ける。
「お前と安田が医務室で深刻に話してるとこ立ち聞きしたヤツがいるんだ。この頃ちょくちょく安田と会ってるみてえじゃねえか。夜中にこっそり房抜け出して医務室行って安田となにやってんだ、ナニやってんのか」
「ちが、う。誤解だ、僕と安田は副所長と囚人の関係でそれ以上でも以下でも……っあ、ぐ」
反論しようとしたが、タジマがそれを許さない。片手は股間を揉みしだき、もう片方の手を顔にまわし口に指を突っ込む。シーツでは口寂しいだろうから指をくれてやる、というふうに。口腔で指が蠢く。最初は二本、そして三本。口をいっぱいに開けさせられ舌をつねられ歯列の表も裏もなぞられ蹂躙され、口の端から唾液が滴りシーツに染みをつくる。サムライが寝起きするシーツが唾液にぬれるさまに自己嫌悪が嵩む。
耳の裏でタジマの哄笑が響く。片手で口腔を犯され、片手でいちばん敏感な場所を犯され、生理的嫌悪と淫蕩な熱と純粋な苦痛で目に涙の膜が張り視界が滲む。
「安田とふたりなに企んでんだよ?吐けよ」
そんなこと知ってどうするんだ、という単純な疑問が脳裏に浮かぶ。僕の目を見て察したのか、タジマが嘲弄の笑みを浮かべる。
「安田を引きずり落とすエサにするに決まってんだろうが」
「!」
僕の背中に裸の腹を密着させたタジマが息を弾ませながら説明する、言葉で僕をいたぶり手で僕を追い上げ指で巧みに快楽を注ぎこみながら。
「あの若造め、前から気に入らなかったがこのまえの一件で完全にキレたぜ。謹慎処分だあ?調子のりやがって……東京プリズンでいちばん偉いのはお飾りの所長でも副所長でもねえ、俺たち看守だ!いいか、看守の言うことは絶対だ。看守のやることに間違いなんてあるはずねえ。安田がいたら東京プリズンが駄目になっちまう、どんな手使っても副所長の座から引きずりおろしてやる。てはじめに……」
タジマの目が陰湿な光をおび、炯炯と輝く。
嗜虐的に底光りするけだものの瞳。
「安田お気に入りの親殺しに弱みを聞き出してやるってタジマ様自ら出向いてきてやったんだ。はは、なんだよそのツラ。まさかロンの脅し本気にしたのか?いくら俺様でも怪我人に手え出すかよ……ってのは建前で、顔の腫れが引くまで我慢するさ。顔が崩れたまんまじゃ萎えるからな……」
脳が目に映るすべての現実を拒絶し、タジマの声が遠のく。
タジマは安田と僕の関係を嗅ぎつけた。このぶんではタジマが銃を紛失した事実を暴き出すのは時間の問題だ。それまでに銃を見つけなければタジマによって安田の失態が暴露され、安田は東京プリズンにおける居場所を失う。
僕がこれまでしてきたことは、全部無駄になる。
僕は安田が東京プリズンからいなくなるのがいやで、安田を引きとめようと銃の捜索に手を貸した。が、タジマに知られたら全部おしまいだ。タジマが真実を知ったら最後、安田の失職は避けられない。
安田が東京プリズンからいなくなる。
いなくなってしまう。
「どうだ?素直にしゃべる気になったか」
唾液の糸を引いて口から指が引きぬかれ、はげしく咳き込む。苦しい。口腔を指で圧迫され満足に呼吸できなかったせいで目には生理的な涙が滲んでいる。背後のタジマを振りかえり、よわよわしく言い返す。
「安田の弱みなど知らない、仮に知っていたとしても貴様に話す義務などない」
「なんだと?」
タジマの顔がひきつる。手首を縛られてるせいで手をついて上体を起こすこともできない。唾液まみれのシーツに顎を沈め腰を上げた犬の格好で、ひどく苦労して虚勢の笑みを浮かべてみる。
呼吸を整え、心もち顎を持ち上げ、肩越しにタジマを見据える。手首を縛られていては、たったそれだけの動作もひどい苦痛を伴う重労働だ。
気色ばんだタジマの目をまっすぐ覗きこみ、静かな、だが強い声で包み隠さず本音を述べる。
「はっきり言うが、僕は貴様を軽蔑する。存在自体が猥褻物陳列罪に抵触する自覚はあるか?ゲス野郎とは貴様のためにある言葉だと断言する、自分の存在を反省して呼吸を自粛しろ。安田は貴様より余程上等な人間だ、公平で公正で囚人に暴力を振るうことも囚人を言葉で虐待することもない、売春班に男を買いに来たことなどもちろん一度もない。その意味では僕は、」
続けるのを少しためらう。口にしたら最後、取り消せない気がした。口にしたらそれを真実だと認めることになるのが怖かった。目を瞑り、瞼の裏の暗闇に安田を思い浮かべる。深夜の廊下で立ち話をした、医務室で話をした。僕にとって安田はなんだ?副所長と囚人、それ以上でも以下でもないと自分に言い聞かせてきたのはサムライ以外の人間を認めるのにまだ抵抗があったからだ。
……が、もう言うしかない。
もう認めてしまうしかない、はっきり言葉にして自認してそれが現実だと直視するしかない。僕は安田に共感を抱いてる、東京プリズンのどの大人よりも、いや、これまで僕の周囲にいたどの大人よりも共感を抱いて身近に感じているのだ。
この感情を名付けるなら、きっと。
そして僕は叫んだ。
しっかりと目を見開き、タジマを睨みつけ、声振り絞るように本音を吐露した。
「僕は安田を尊敬している、貴様の十倍億倍尊敬している!!安田ともっと話したい、安田のことを知りたい、安田に友人を紹介したい!僕と彼は囚人と副所長で、立場が違いすぎて、でもそれでも同じ人間だ!安田と貴様は違う、安田はストレス解消で暴力を振るったりしない、僕ら囚人を取り替えのきく玩具なんて思ってない、ちゃんと感情を持った人間として対等に扱ってくる!それだけでもすごいことだ、一体そんな人間が安田のほかに東京プリズンに何人いる!?安田は僕に言った、ここで生き延びたければ友人をつくれと……だから僕はサムライと友人になれた、安田は貴様の十倍も億倍も大切な人なんだ!!」
そうだ。
安田はいつでも大切なことを教えてくれた。
サムライに怪我をさせた僕が自責の念にとらわれたとき、恵の描いた絵に僕がいなかったとき、隣に立って話を聞いてくれた。やさしい笑顔をむけてくれた。
それだけで僕がどれほど救われたか、わかりもしないくせに。
全身に敵愾心を漲らせてタジマを睨めば、逆上したタジマが僕のズボンを下着ごと太股まで引き下げ、手に力をこめ前を強く握り―
「!!!!――っあ、あ」
頭が真っ白になった。
強すぎる快感が理性を吹き散らし、下肢が断続的に痙攣した。自分の身に何が起こったのか、頭が理解を拒んでいた。下半身の熱が急激に冷めてゆくにつれ、徐徐に頭に現実が染み、失意のどん底に突き落とされる。上半身は裸で、下半身は膝までズボンをさげられた格好でベッドに突っ伏した僕は、現実逃避の延長に芒洋と虚空を見つめるしかない。
そっと肩に手がかかり、耳朶を噛まれた。
「サムライのベッドで無理矢理イかされた気分はどうだよ」
「サムライのベッド」をわざわざ強調され、体が強張る。
おぞましい現実を突き付けられ、体の芯から凍えてゆく。
ここはサムライのベッドで、僕は手首を縛られて犬みたいに上体を突っ伏して、タジマの手で無理矢理快感を注ぎ込まれて……
瞼の裏側にサムライの顔が浮かぶ。僕のことを心配して、いつも僕を守ってくれた男の顔。今僕がこんな目に遭ってるとは知らず、下水道に潜ってる大事な友人。
何故今彼のことを思い出すんだ?自分がますますみじめになるだけだというのに。
涙はでなかった。眼球は乾いていた。涙腺も枯れたみたいだ。無防備に素肌を晒し、空白の頭をシーツに預け、呼吸が鎮まるのを待つ僕の背後でタジマが動く。
まだ終わりではない。
本番はこれからだ。
タジマはこれから僕を犯す。安田の弱みについて口を割らせるために何より有効な手段を使って僕の体と心を痛めつけるつもりだ、容赦なく徹底的に。僕の両足を手で割って開かせたタジマが音たてて生唾を嚥下する。
「サムライが帰ってきたら教えてやれよ、お前のベッドでタジマさんに犯されましたって。まあ言わなくてもわかるだろうがな、ご無沙汰で多少は出血するだろうし……ああ、でも」
タジマが低く、低く笑う。
「毎晩サムライとよろしくやって慣らしてるんじゃ大丈夫か。剣の腕はたしかでも下半身のカタナはどうだかな、見かけ倒しのナマクラガタナで物足りなかったんじゃね……」
『他の男に体をふれさせるな。約束だ』
『直にふれていいのは俺だけだ』
サムライを侮辱され、理性の堰が決壊した。
隣のベッドに後ろ向きに倒れこめば、ズボンの前を寛げたタジマがのしかかる。
「感謝しろ。特別にサムライのベッドで犯してやるよ」
「!?」
耳元で囁かれた言葉に体が強張る。僕をサムライのベッドに押し倒したタジマが土足で馬乗りになる。
「サムライのベッドでサムライの匂い嗅ぎながらサムライの顔思い浮かべてイケるんだ。どうだ、興奮してきたか」
「ば、かを言うな」
おぞましい提案を固い声で拒絶する。今僕が押し倒されているのはサムライが普段使っているベッドだ。夜ともなれば強制労働で疲労した体を寝相よく横たえ朝には背筋を正して起床するベッドだ。几帳面なサムライは寝乱れたシーツと毛布をきちんと整えてから強制労働に出かけ、枕とて寝れば頭の来る完璧な位置に据え置く。が、囚人には折を見てシーツを取り替える贅沢は許されず、夜寒いからといって毛布を厚めのものへかえることもできず、サムライが日常寝起きするベッドにはその体臭が染み付くことになる。
もし何も知らないサムライが強制労働から帰りベッドを見たらどう思うか。
性行為を終えたあとに毛布を整え枕の位置を直しても洞察力の鋭いサムライは異変に気付く、僕が口に出さなくても必ずや違和感を感じ取るはず。体液の痕跡、汚れ、匂い。それらすべてを隠しきるのは不可能だ。
サムライはどうする。嫌悪に眉をひそめる?僕を軽蔑する?約束を破った僕をはげしく唾棄する?
僕とタジマが淫らな行為におよんだベッドに身を横たえるサムライを想像し、手足の先が急速に冷えてゆく。
「―!ちっ、」
「っ、あく」
仰向けに寝転んだ体勢からタジマの胸を突き飛ばし、反転して逃げようとした。
が、遅い。邪険に舌打ちしたタジマが僕の片手首を掴み容赦なく締め上げる。手首を絞る激痛に口から苦鳴がもれる。
「言うこと聞かねえとどうなるかまだわかってねえみてえだな。よし、もう一回教えてやら」
嗜虐の悦びに目を爛々と輝かせたタジマが舌なめずりをする。
「お前が逃げればそん時はロンを犯すまでだ、医務室で絶対安静を義務付けられて身動きできないロンをな。体じゅう包帯だらけだろうがケツの穴さえ使えりゃ事足りるんだ、余計な心配すんじゃねえ。あいつが壊れようがどうなろうが知ったことか。こっちにとっちゃ好都合だ。はねっかりでさんざ手を焼かせたロンが大人しく寝てるんだ、このチャンスを逃したらもう二度とロンを物にできねえかもしれね。抵抗ひとつできねえガキ犯すのはちょっと物たりねえが贅沢は言わねえさ、ケツの穴が裂けたら綿でもつっこんどきゃいいんだ、医務室にゃくさるほどあるだろが!」
喉を仰け反らせ唾をまきちらし狂ったような哄笑をあげるタジマに組み敷かれた僕は、抵抗の無意味さを知った。僕が逃げればタジマは確実にロンを犯す。僕が抵抗すればロンが苦しむ。
先日、凱との死闘を勝利で締めくくり、担架で会場を運び出されたロンの姿が脳裏に甦る。
顔を別人みたいに腫らし、目の周りに青痣をつくり、切れた唇に血が滲んだ悲惨な顔。全身十三箇所の打撲傷と肋骨の骨折、無数の擦り傷。今も絶対安静を義務付けられ、体中に包帯を巻かれた状態で医務室のベッドで寝ているロンをタジマは欲望の赴くまま犯しに行く。凱に殴られ蹴られ囚人にリンチされ体はぼろぼろで、レイジに見捨てられ見放され心もぼろぼろで、瞼が塞がってるせいで目もろくに見えず、先日僕が訪ねたら夢うつつに一呼吸の間をおき「……レイジか?」と訊ね返された。
すがるように悲痛な声音で、一縷の希望と絶望とを綯い交ぜにした目の色で。
今も心の片隅でレイジを待ち続けるロンの姿を脳裏に思い浮かべ、試合を終えても十字架を握り締めた手を思い浮かべ、胸裏で激情が荒れ狂う。
唇がかってに動き、言葉を紡ぐ。
「ロンには手をだすな。僕が相手すれば十分だろう」
怯むことも揺らぐこともない冷徹な眼光で射竦められ、タジマの表情に一刹那動揺が走る。次の瞬間、高圧的な態度に逆上したタジマに音高く横っ面を張られる。頬で乾いた音が鳴り鋭い激痛が走った。殴られた衝撃で顔が横を向くが、すぐさま正面に戻し強圧の双眸でタジマを睨み続ける。絶対にタジマを行かせてはならない、ここで食いとめなければならない。僕は一週間前ロンと共に参戦表明した、にもかかわらず現状では何の役にも立たずロンとレイジの関係を修復することさえできなかった。
僕は無力だ。サムライばかりか、ロンの役にすら立てない。僕は非力だ。サムライのように剣が強いわけでもなく、ロンのように喧嘩が強いわけでもない。無敵のレイジとは比較にすらならない。
だがしかし、僕にもできることがあるはずなのだ。
何かができるはずだ。今はこんなことしか思いつかないが、僕を犯して満足したタジマがロンを諦めてくれるなら僕でも多少は役に立った証明になる。タジマがロンを諦めるはずはないと本音ではわかっている、でも今の僕にこれ以外なにができる、自分の体を売って時間稼ぎする以外どんな選択肢がある?今この場にいないサムライを頼るのは不可能だ、安田を巻き込むのは卑怯だ。安田は今失職の危機に直面してる、僕らの問題まで背負わせるわけにはいかない、処理能力の過負荷だ。
なら、僕がタジマを相手するしかないじゃないか。
「……いい心がけだな親殺し。感心感心……でも」
「!」
意味深にほくそ笑んだタジマが突然僕に襲いかかり、腕づくで上着を脱がしにかかる。あまりに素早く強引で、ろくに抵抗もできず腕から袖が引きぬかれ素肌が外気にふれた。上半身裸になった僕を乱暴に裏返したタジマが、両手を腰の後ろで一本にまとめる。
まさか。
「やめろ、」
タジマが何をしようとしてるかわかってしまい、声がかすれた。甦るのは売春班の記憶。全裸になれと命令され、抵抗する気力も逆らう意志も失い服を脱ぎ、ベッドに腰掛けて待つ看守のもとへ歩み寄る。手首を重ねて突き出せば、卑猥な笑みを浮かべた看守が僕の両手にロープをかけ……
いやだ、思い出したくもない。もう永遠に忘れていたいのに、上着で手首を結ばれしっかり固定されあの時の記憶がまざまざと甦る。さっきまで自分が身に付けていた上着、まだぬくもりが残る上着が拘束具となり手首をきつく縛り完全に抵抗を封じる。
あの時はロープでもっと痛かった、手首に食いこむざらついた縄の感触、擦りきれ鬱血した皮膚の痛み……手首にロープを巻いた僕を後ろから犯してあの看守は笑っていた……
「どうだ喜べよ、縛られるの好きなんだろ?同僚が言ってたぜ、親殺しはロープで縛られるのが大好きな変態野郎だって。売春班が再開したらまたたっぷり遊んでやるって息巻いてたぜ。はは、俺の縛り方もなかなかのもんだろ。お前喜ばせたくて勉強したんだよ」
「ほどけ、この低脳」
荒い息をこぼし、よわよわしく反駁する。耳の横に手をあてたタジマが「あ?」とわざとらしく聞き返す。手首を縛られたせいで動きづらく、肩越しに振り向かなければタジマの顔を見ることすらできない。
上半身裸でベッドに突っ伏せた苦しい体勢から振り向き、余裕を失い怒鳴る。
「即刻手首をほどいて僕を自由にしろ、拘束の必要などない、僕に抵抗の意志はない。だれになにを吹き込まれて誤解してるかは知らないが縛られて興奮する変態的趣味はない、わかったか、わかったなら早くほどけ!」
勝ち誇ったように哄笑が響き渡り、体の先から絶望が染みてくる。僕が抵抗するしないにかかわらず手首をほどく気などないとその瞬間理解した。必死の抗議を無視したタジマが手早くボタンを外しシャツをはだけ、裸の腹を露出し、僕の背中に覆い被さる。ズボンの後ろに勃起した股間を擦りつけ、タジマが言い聞かせる。
「なにか勘違いしてんじゃねえか親殺し。お前ら囚人に拒否権なんて上等なもんはねえ、囚人全員看守にゃ絶対服従が東京プリズンの掟だろ。ほどいてほしかったら命令じゃなくてお願いしてみろや」
冗談じゃない。こんな最低の人間になぜ頭を下げなければならない、懇願しなければならない?反抗的な目つきでタジマを睨めば、僕の背中に腹を密着させたタジマの片手が後頭部を押し、僕の顔をベッドに埋める。強制的に後頭部を押されベッドに顔をすりよせれば、鼻腔にもぐりこむのは毛布に染み付いたサムライの体臭。
改めてここが、今僕が犯されようとしてるベッドがサムライのベッドだと認識し、恥辱で全身が火照る。
「さあ言ってみな。タジマ様おねがいしますほどいてください、なんでもしますから許してください、あなたの言うことならなんでも聞きます犬になります喜んでケツの穴もなめます。心ゆくまで僕をいたぶってください」
耳元でタジマが残酷にくりかえす。ベッドに顔を埋め、唇を噛み締め恥辱に耐える。誰がそんなこと言うかと顔をそむければ、タジマのがさついた手が背中を這い、肩甲骨をなで、体の裏表を無遠慮にまさぐる。
「っ、ふ」
こらえきれず湿った吐息が漏れた。表側に回った手が円を描くように薄い胸板をなでまわし、突起をつねる。
「男でも乳首いじられりゃ感じるだろ。不感症なんて大嘘じゃねえか、この淫乱」
違う、と否定したかった。しかし言葉にならなかった。芋虫めいた指が体中を這い性感帯をさぐりねちっこい愛撫をし、呼吸が上擦りうっすらと体が上気しはじめる。タジマの手で感じてるなんて嘘だ、タジマの指で感じてるなんて嘘だと心が否定する脳が拒否する。が、売春班で敏感に慣らされた体はたとえそれが殺意を抱く男の手でも快楽を汲み取ってしまう。僕は不感症のはずなのに何故タジマの手にさわられて喘ぎ声を噛み殺している、相手はタジマなのに、ここはサムライのベッドなのに……駄目だ、今サムライを思い出すんじゃない、今サムライの顔を思い出したら耐えきれなくなる、僕は一生自分が許せなくなる。タジマの手に体をなでまわされ足の指でシーツを蹴り、固く固く目を閉じサムライを忘れ去ろうと自己暗示をかける。サムライのことなんか思い出すな、顔など思い出すな。
我が身の危険をかえりみず罠だと承知で下水道に僕を助けに来た、僕が洪水に流されかけても決して手を離さず引きあげてくれた、売春班に僕を訪ね「頼むから俺を頼れ」と涙をこぼした、僕に木刀の握り方を教えてくれた友人など思い出すな。タジマに犯されながらサムライとの思い出を回想するのはサムライを汚す行為だ、僕は取り返しようもなく汚れてしまった、この上サムライまで汚したくない……
本能と理性の葛藤で心が引き裂かれる。
サムライのことを思い出せばサムライを汚してしまう、でもタジマにさわられてるあいだ回想するのはサムライのことばかりで、記憶の洪水に歯止めがきかない。
生まれて初めてできた友人、恵の次に大切な存在。
生まれて初めて対等になりたいと望んだ人間。
『他の男に体をふれさせるな。約束だ』
『直にふれていいのは俺だけだ』
すまないサムライ、約束は守れそうにない。
今ここに彼がいないから、心の中では素直に謝罪が言える。今ここにいない人間に謝罪するのは無意味だと頭ではわかっていた、でもどうしても謝罪せずにはいられなかった。サムライ以外の人間にふれられるのはいやだ、不愉快だ、生理的嫌悪で吐きそうだ。その心に偽りはないのに、僕は現在進行形で約束を破っている。サムライにさわらせたことのない場所までタジマにまさぐられ暴かれている。
「サムライの匂い嗅いで興奮してきたのかよ、変態が」
タジマの手がズボンにもぐりこみ、下肢を這い、前へとのびる。敏感な場所をじかに揉まれ、シーツを噛んだ。絶対に声はだしたくない、声をだせばタジマが調子に乗る。自分がこの世で最も憎悪する人間の手にさわられて声をだすなど僕のプライドが許さない。口にシーツをくわえ、おもいきり歯で食い縛る。シーツに唾液が染み、乾いた布の味が口内に広がる。それを見たタジマが下劣に哄笑し、手の動きをはげしくする。
「っ、うく……」
苦しい、唾液が喉に逆流して咽そうだ。下肢を責め苛む熱と快感に裸の上半身をシーツにすりつけて抗う。早く終わってくれとただそれだけを念じていつ終わるとも知れない拷問に耐えていれば、耳の裏に吐息がかかる。
「鍵屋崎。おまえ、裏でなにこそこそやってんだ」
サムライとロン以外の人間に本名を呼ばれるのはひさしぶりだ。タジマは僕のことを「親殺し」と呼び、滅多に本名では呼ばないのと不審がり薄目を開ける。口にタジマの顔がある。股間を揉む手はとめず、もう片方の手で胸板をまさぐり執拗な愛撫を続けながら再度くりかえす。
「わかってんだよ、おまえと安田がこそこそやってんのは。安田の媚売ってんのか?安田にケツ貸して取り入ろうって腹か?囚人と副所長にしちゃお前らの関係変だし囚人使って調べてみたんだよ。そしたら案の定……」
「!あっ、」
口からシーツがこぼれ、とうとう声が漏れた。勝ち誇ったように笑ったタジマが続ける。
「お前と安田が医務室で深刻に話してるとこ立ち聞きしたヤツがいるんだ。この頃ちょくちょく安田と会ってるみてえじゃねえか。夜中にこっそり房抜け出して医務室行って安田となにやってんだ、ナニやってんのか」
「ちが、う。誤解だ、僕と安田は副所長と囚人の関係でそれ以上でも以下でも……っあ、ぐ」
反論しようとしたが、タジマがそれを許さない。片手は股間を揉みしだき、もう片方の手を顔にまわし口に指を突っ込む。シーツでは口寂しいだろうから指をくれてやる、というふうに。口腔で指が蠢く。最初は二本、そして三本。口をいっぱいに開けさせられ舌をつねられ歯列の表も裏もなぞられ蹂躙され、口の端から唾液が滴りシーツに染みをつくる。サムライが寝起きするシーツが唾液にぬれるさまに自己嫌悪が嵩む。
耳の裏でタジマの哄笑が響く。片手で口腔を犯され、片手でいちばん敏感な場所を犯され、生理的嫌悪と淫蕩な熱と純粋な苦痛で目に涙の膜が張り視界が滲む。
「安田とふたりなに企んでんだよ?吐けよ」
そんなこと知ってどうするんだ、という単純な疑問が脳裏に浮かぶ。僕の目を見て察したのか、タジマが嘲弄の笑みを浮かべる。
「安田を引きずり落とすエサにするに決まってんだろうが」
「!」
僕の背中に裸の腹を密着させたタジマが息を弾ませながら説明する、言葉で僕をいたぶり手で僕を追い上げ指で巧みに快楽を注ぎこみながら。
「あの若造め、前から気に入らなかったがこのまえの一件で完全にキレたぜ。謹慎処分だあ?調子のりやがって……東京プリズンでいちばん偉いのはお飾りの所長でも副所長でもねえ、俺たち看守だ!いいか、看守の言うことは絶対だ。看守のやることに間違いなんてあるはずねえ。安田がいたら東京プリズンが駄目になっちまう、どんな手使っても副所長の座から引きずりおろしてやる。てはじめに……」
タジマの目が陰湿な光をおび、炯炯と輝く。
嗜虐的に底光りするけだものの瞳。
「安田お気に入りの親殺しに弱みを聞き出してやるってタジマ様自ら出向いてきてやったんだ。はは、なんだよそのツラ。まさかロンの脅し本気にしたのか?いくら俺様でも怪我人に手え出すかよ……ってのは建前で、顔の腫れが引くまで我慢するさ。顔が崩れたまんまじゃ萎えるからな……」
脳が目に映るすべての現実を拒絶し、タジマの声が遠のく。
タジマは安田と僕の関係を嗅ぎつけた。このぶんではタジマが銃を紛失した事実を暴き出すのは時間の問題だ。それまでに銃を見つけなければタジマによって安田の失態が暴露され、安田は東京プリズンにおける居場所を失う。
僕がこれまでしてきたことは、全部無駄になる。
僕は安田が東京プリズンからいなくなるのがいやで、安田を引きとめようと銃の捜索に手を貸した。が、タジマに知られたら全部おしまいだ。タジマが真実を知ったら最後、安田の失職は避けられない。
安田が東京プリズンからいなくなる。
いなくなってしまう。
「どうだ?素直にしゃべる気になったか」
唾液の糸を引いて口から指が引きぬかれ、はげしく咳き込む。苦しい。口腔を指で圧迫され満足に呼吸できなかったせいで目には生理的な涙が滲んでいる。背後のタジマを振りかえり、よわよわしく言い返す。
「安田の弱みなど知らない、仮に知っていたとしても貴様に話す義務などない」
「なんだと?」
タジマの顔がひきつる。手首を縛られてるせいで手をついて上体を起こすこともできない。唾液まみれのシーツに顎を沈め腰を上げた犬の格好で、ひどく苦労して虚勢の笑みを浮かべてみる。
呼吸を整え、心もち顎を持ち上げ、肩越しにタジマを見据える。手首を縛られていては、たったそれだけの動作もひどい苦痛を伴う重労働だ。
気色ばんだタジマの目をまっすぐ覗きこみ、静かな、だが強い声で包み隠さず本音を述べる。
「はっきり言うが、僕は貴様を軽蔑する。存在自体が猥褻物陳列罪に抵触する自覚はあるか?ゲス野郎とは貴様のためにある言葉だと断言する、自分の存在を反省して呼吸を自粛しろ。安田は貴様より余程上等な人間だ、公平で公正で囚人に暴力を振るうことも囚人を言葉で虐待することもない、売春班に男を買いに来たことなどもちろん一度もない。その意味では僕は、」
続けるのを少しためらう。口にしたら最後、取り消せない気がした。口にしたらそれを真実だと認めることになるのが怖かった。目を瞑り、瞼の裏の暗闇に安田を思い浮かべる。深夜の廊下で立ち話をした、医務室で話をした。僕にとって安田はなんだ?副所長と囚人、それ以上でも以下でもないと自分に言い聞かせてきたのはサムライ以外の人間を認めるのにまだ抵抗があったからだ。
……が、もう言うしかない。
もう認めてしまうしかない、はっきり言葉にして自認してそれが現実だと直視するしかない。僕は安田に共感を抱いてる、東京プリズンのどの大人よりも、いや、これまで僕の周囲にいたどの大人よりも共感を抱いて身近に感じているのだ。
この感情を名付けるなら、きっと。
そして僕は叫んだ。
しっかりと目を見開き、タジマを睨みつけ、声振り絞るように本音を吐露した。
「僕は安田を尊敬している、貴様の十倍億倍尊敬している!!安田ともっと話したい、安田のことを知りたい、安田に友人を紹介したい!僕と彼は囚人と副所長で、立場が違いすぎて、でもそれでも同じ人間だ!安田と貴様は違う、安田はストレス解消で暴力を振るったりしない、僕ら囚人を取り替えのきく玩具なんて思ってない、ちゃんと感情を持った人間として対等に扱ってくる!それだけでもすごいことだ、一体そんな人間が安田のほかに東京プリズンに何人いる!?安田は僕に言った、ここで生き延びたければ友人をつくれと……だから僕はサムライと友人になれた、安田は貴様の十倍も億倍も大切な人なんだ!!」
そうだ。
安田はいつでも大切なことを教えてくれた。
サムライに怪我をさせた僕が自責の念にとらわれたとき、恵の描いた絵に僕がいなかったとき、隣に立って話を聞いてくれた。やさしい笑顔をむけてくれた。
それだけで僕がどれほど救われたか、わかりもしないくせに。
全身に敵愾心を漲らせてタジマを睨めば、逆上したタジマが僕のズボンを下着ごと太股まで引き下げ、手に力をこめ前を強く握り―
「!!!!――っあ、あ」
頭が真っ白になった。
強すぎる快感が理性を吹き散らし、下肢が断続的に痙攣した。自分の身に何が起こったのか、頭が理解を拒んでいた。下半身の熱が急激に冷めてゆくにつれ、徐徐に頭に現実が染み、失意のどん底に突き落とされる。上半身は裸で、下半身は膝までズボンをさげられた格好でベッドに突っ伏した僕は、現実逃避の延長に芒洋と虚空を見つめるしかない。
そっと肩に手がかかり、耳朶を噛まれた。
「サムライのベッドで無理矢理イかされた気分はどうだよ」
「サムライのベッド」をわざわざ強調され、体が強張る。
おぞましい現実を突き付けられ、体の芯から凍えてゆく。
ここはサムライのベッドで、僕は手首を縛られて犬みたいに上体を突っ伏して、タジマの手で無理矢理快感を注ぎ込まれて……
瞼の裏側にサムライの顔が浮かぶ。僕のことを心配して、いつも僕を守ってくれた男の顔。今僕がこんな目に遭ってるとは知らず、下水道に潜ってる大事な友人。
何故今彼のことを思い出すんだ?自分がますますみじめになるだけだというのに。
涙はでなかった。眼球は乾いていた。涙腺も枯れたみたいだ。無防備に素肌を晒し、空白の頭をシーツに預け、呼吸が鎮まるのを待つ僕の背後でタジマが動く。
まだ終わりではない。
本番はこれからだ。
タジマはこれから僕を犯す。安田の弱みについて口を割らせるために何より有効な手段を使って僕の体と心を痛めつけるつもりだ、容赦なく徹底的に。僕の両足を手で割って開かせたタジマが音たてて生唾を嚥下する。
「サムライが帰ってきたら教えてやれよ、お前のベッドでタジマさんに犯されましたって。まあ言わなくてもわかるだろうがな、ご無沙汰で多少は出血するだろうし……ああ、でも」
タジマが低く、低く笑う。
「毎晩サムライとよろしくやって慣らしてるんじゃ大丈夫か。剣の腕はたしかでも下半身のカタナはどうだかな、見かけ倒しのナマクラガタナで物足りなかったんじゃね……」
『他の男に体をふれさせるな。約束だ』
『直にふれていいのは俺だけだ』
サムライを侮辱され、理性の堰が決壊した。
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