少年プリズン

まさみ

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二百四話

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 「……どういうことだ?」
 口の中が乾く。
 目に映るのは何の変哲もない医務室の光景。開け放たれたドアの向こうでは椅子から腰を浮かせた医師と安田が驚愕の表情でこちらを凝視。そして、医師の手からすべり落ちた背広からはみでたのは一通の封筒。

 辞表。安田が東京プリズンをやめる?

 「辞表」の意味を理解し、現実として受け止めるのに数秒を要した。深夜、睡眠薬をもらいに医務室を訪ねたついでに医師と話しこんでいたらしい安田が、椅子の背凭れに手をかけて目を見開いている。
 気付けば荒荒しく医務室に踏みこんでいた。ドアも閉め忘れたまま、肌寒い外気が吹き込んでくる中に混乱した頭で歩を進める。視線の先には安田がいた。医師などはなから眼中にない。名伏しがたい衝動に足を繰り出せば心臓の動悸が速まり頭蓋の裏で鼓動が鳴り響く。
 時間がひどく緩慢に静謐に進行する錯覚が安田に至る道のりをはてしないものに思わせる。
 安田を目指し憤然と歩を進め、立ち止まる。安田と対峙する位置で立ち止まった僕は、緊張に汗ばんだ手を体の脇で握り締め、動揺を表にださないよう顔を伏せ呼吸を整え、安田の前でみっともなく取り乱さぬよう冷静になろうと自制する。
 「なんですかこれは」
 ひどく平板な声だった。頂点に達した怒りを理性で冷却して切り出せば、椅子の背凭れからゆっくり手をはなした安田が怪訝そうな顔をする。鈍い反応に苛立ちをこらえ、足元の背広を見下ろす。
 内ポケットからはみでた辞表を。
 「外で立ち聞きしていました」
 それを聞いた安田がわずかに目を見開く。椅子から腰を浮かせた中途半端な体勢の医師が咎めるように眉をひそめる。
 「副所長がここを、東京少年刑務所をやめるとは本当ですか?正気ですか貴方は、いったい何の理由があって……」
 だめだ、冷静であろうと思ったのに言葉の洪水が止まらない、自分の意志で制御できずにあとからあとからあふれだす。理性の箍が外れて頭に血が上り指に力がこもる、力をこめすぎた指が白く強張る。何故安田が辞職する?理由はなんだ?何の理由があったとしても安田が東京プリズンを去る決意を固めていることは間違いない、覆せない事実で動かしがたい現実だ。扉越しの会話からでも安田が既に辞職の決意を固めてることがよくわかった。安田が東京プリズンを去るということは二度と安田と会えなくなるということだ。イエローワークの視察に赴くこともなく医務室で偶然顔を合わすこともなく蛍光灯が冷え冷えと輝く廊下で立ち話することも今日を限りになくなる?
 何故僕はこんなに動揺してるんだ?
 安田が去ることに狼狽し、恐怖に近い感情に囚われているんだ?
 「君、何の用かね。消灯時間はもうとっくに過ぎたはずだ、用があるなら明日出直して……」
 「ヤブ医者は黙ってろ、診療偽証罪で医師免許を剥奪するぞ!」
 横から口を出した医師を感情に任せて一喝すれば、僕の剣幕に気圧された医師がびくりと首を竦める。消灯時間を過ぎて僕が医務室を訪ねた目的は混雑を避けて睡眠薬をもらいにきたからだが今やそんなことどうでもいい、些末な問題だ。今第一に優先すべきは安田の真意を確かめることだ。
 「話してください。何故突然辞表を?つい先日までは僕と普通に会話してたじゃないか、」
 安田にむかって一歩を踏み出す。痛ましい眼差しの安田は何も言わない。叱責にも耐え、罵倒にも耐え、殊勝な態度で立ち尽くす安田に胸を衝かれる。何だこの感情は、この感情の名前は?裏切られたような見捨てられたような、誰かの手を掴もうとしてその手が眼前から消失したような喪失感。
 「廊下で立ち話したついこないだ、貴方は僕に偉そうに説教したじゃないか。僕のことなど何も知りもしないくせにまるで父親のように偉そうに、年の離れた兄のように賢しげに。冗談じゃない、僕の家族は恵だけだ。年の離れた兄など存在しない、いや、両親だって僕には最初から存在しなかったも同然だ。それなのに何もかも見通したような口ぶりで人を心理解剖して適当な助言を与えて、」
 最初の出会いからつい先日までの記憶が鮮明に脳裏によみがえる。東京プリズンに到着した最初の日、僕を所長室に案内したのは安田だった。それから色々なことがあった、本当に色々なことがあって僕を取り巻く環境はめまぐるしく変化した。僕がイエローワークに配属されてからしばらくして、砂丘の頂上で安田と話をした。安田は「生き残るために友人をつくれ」と僕にアドバイスした。その時は反感しか持たなかった、友人など僕には必要ないと、この天才的頭脳があれば一人でも生きていけると過信して。
 「貴方はいつもそうだ。突然人の前に現れてはでたらめを言って僕を惑わせる神出鬼没の愉快犯だ、覚えているか、イエローワークの砂漠で僕に『友人をつくれ』と言ったな?東京プリズンで生き残る秘訣は信頼できる友人をつくることだ、信用ではなく信頼できる人間をつくることだと」
 「そうだ」
 「それからもたびたび僕の前に現れてはいい加減なことを言った。何様のつもりだ本当に、僕はIQ180の天才、遺伝子工学の権威たる鍵屋崎優に後継者と期待された鍵屋崎 直だぞ!?他人に心配されるほど落ちぶれてない、知能指数で劣る凡人に上から見下ろされて不愉快きわまりない!」
 何を言ってるんだ本当に、意味不明だ。僕は頭がおかしいんじゃないか、これじゃまるで自暴自棄の八つ当たりじゃないか。安田が辞職すると聞いた時から、衝動的にドアを開けて背広から落ちた辞表を目撃してから頭が混乱して考えを整理できなくて、今まで鬱積した安田に対するさまざまな感情が沸騰して。
 酷暑の砂丘で、深夜の廊下でふたりきりになれば安田は意外なほどよくしゃべり時折は親愛の笑顔さえ見せたのに。
 『元気でいてくれ』
 「こんな突然、」
 胸が苦しくなり、言葉に詰まる。喉に空気の塊がつっかえたみたいに呼吸が荒くなる。なにを取り乱してるんだ僕は?安田がいなくなる。それがどうした、どうでもいいじゃないか。僕は安田のことを刑務所の不正に目を瞑り自己保身を最優先する中間管理職だと軽蔑していた、決して好感情を抱いてなかったはずだ。当たり前だ、安田はこの東京プリズンの副所長なのだ。砂漠のど真ん中に隔離された劣悪な環境の刑務所で、売春班の存在を必要悪と認知して看守の横暴を見逃し、僕たち囚人を苦しめる権威の象徴なのだから。
 安田が東京プリズンを去る。結構なことじゃないか。
 「こんな突然、何も知らせず、逃げるみたいに辞めることはないだろう」
 なにを僕に知らせる必要がある?僕と安田は何でもなかったのだから、副所長とただの囚人の関係でそれ以上でも以下でもなかったのだから。
 でも、僕の口から迸りでた言葉は違った。心の奥底、自覚ないままに埋もれていた本心が音を与えられ、喉振り絞る悲痛な叫びとなる。

 「僕はまだ、貴方に友人を紹介してない!」
 
 『生き残るために友人をつくれ』
 あの時、イエローワークの砂漠で安田は僕に指針を与えてくれた。東京プリズンで生き残るための指針を。リュウホウに先立たされ、精神的に追い詰められた極限状況で、食べ物さえろくに喉を通らなくて寝れば悪夢に責め苛まれ、本当にどうしようもなくて。
 そんな時に、安田は言った。友人をつくれと。
 僕は最初鼻で笑った。友人など必要ないと、足手まといになるだけだと。僕にはこの素晴らしい頭脳がある、鍵屋崎優と由香利夫妻が知能の優れた何百何千万何億人の中から厳選した精子と卵子を試験管でかけあわせ、遺伝子の設計段階から手を加えて作り上げた頭脳が。この頭脳さえあれば僕はここで生き残れると、誰にも頼らずとも一人で生き抜けると確信していたのだ。
 その確信が揺らいだのは、サムライが僕の中に入ってきたからだ。いつのまにかサムライがかけがえのない大事な存在になっていたからだ。
 安田に「友人をつくれ」と言われ、僕は友人をつくった。僕にはもったいない友人だ。優しくて寡黙で少し不器用で、おそらくは僕が生まれて初めて信頼した人間だ。
 僕は彼を誇りに思う。安田に自慢したいと思う。
 「僕はまだ友人を紹介してない。僕に友人を紹介する機会も与えずひとりで勝手に東京プリズンを去るつもりか?自分の言動がもたらした結果も見届けずに逃亡する気か?いつからそんな臆病者の腰抜けに成り果てたんだ、僕に人を信頼させた責任をとらずに逃げるなんて許さないぞ」
 ドアを背中にし、両足で床を踏み、安田の前に立ち塞がる。納得いく説明を聞くまでここから帰さないぞという意思表示。安田をどこにも行かせない。今行かせたら僕は残り一生檻の中で後悔する、僕はまだ安田に話したいことがたくさんある。
 今安田を行かせてしまったら、もう二度と会えないじゃないか。
 ドアを背に庇い、毅然と安田を睨みつける。安田は唖然と立ち竦み、医師は当惑していた。先に正気を取り戻したのは医師で、ドアの前に立ち塞がる僕をあきれ顔でなだめる。
 「いい加減にしたまえ、ほら、睡眠薬をあげるから大人しく帰りたまえ」
 「そんな子供だましの手が通用するか、飴でも握らせるみたいに睡眠薬を手にねじこむな!」
 「手におえんな。睡眠薬をもらいにきたと思って渡そうとすれば逆上するし、一体なにが目的なんだね」
 肩から医師の手を払い落とし、安田の目をまっすぐ見つめ、言う。
 「副所長とふたりきりで話し合いたい」
 沈黙はずいぶんと長かった。
 「……いいだろう。悪いが席を外してくれ」
 「君がそう言うならいいがね……念の為鎮静剤の場所を教えておこうか」
 「余計な気遣いをしてる暇があるなら老後の人生設計でも考えておけ」
 ちらりと僕の方を窺った医師に皮肉を浴びせ、医務室から追い出す。ドアが閉まり、完全に安田とふたりきりになった。腰を屈め、床から拾い上げた背広に袖を通し、安田がため息をつく。
 「……医師が気の毒だな。老人に廊下の寒さはこたえるだろう」
 「手短に済ませます」
 一呼吸おき、口を開く。
 「僕には正直に言ってください、東京プリズンを辞めるわけを」
 「………」
 安田はまだ迷っていた。彼の立場を考えれば無理もないが、優柔不断な男だと今度は僕がため息をつく。
 「……僕になら言ってもかまわないでしょう。どうせ一生ここから出られないんだ。だからこの前も東京プリズンの極秘機密を明かすことができた。懲役八十年の僕がここを生きて出られる望みがなく、世間に口外されるおそれがないと楽観し」
 安田の顔色が変わる。そこまで見ぬいていたのか、という風な驚嘆の表情に馬鹿にするなと気を悪くする。僕を誰だと思っているんだ?鍵屋崎直だぞ。
 「さあ、話してください。貴方と僕ふたりきりの秘密だ。口外しないと約束する」
 「………いつもとは立場が逆だな。私が君に気圧される日がくるとは」
 安田が苦笑して、医師が座っていた椅子に腰掛ける。つられ、僕もその正面の椅子に腰掛ける。沈痛な面差しで黙りこんだ安田が自分から口を開くまで無言で待つ。
 「私はとんでもない失態を犯した」
 おもむろに安田が言った。  
 「なんですか、その失態とは」
 いまさら何を聞いても驚かない。日常と非日常が逆転した東京プリズンでは何が起きても不思議じゃない。看守が囚人を脅迫したり囚人に暴行を加えるのがあたりまえの環境で副所長の安田がどんな大それた失態を犯しても顔色ひとつ変えず受け止める自信がある。
 椅子に腰掛け、身を乗り出して安田の顔を覗きこむ。 
 おもむろに安田が背広をめくり、内側をさらし、違和感を感じる。
 そこにいつも入ってる物がない。いつ誰に襲われてもおかしくない東京プリズンで、安田がいつも肌身離さず持ち歩いてる―
 「拳銃を盗まれた」 
 ……大失態じゃないか。
 「……待て。待て待て待て、今『拳銃を盗まれた』とそう言ったのか」
 「ああ」 
 安田が首肯する。安田が肌身離さず拳銃を持ち歩いてることは当然知ってる。のみならず、この目ではっきりと目撃した。半年前イエローワークの砂漠で囚人入り乱れての大乱闘が生じたとき、たった一発の銃声で暴動をしずめたのが安田だった。護身のため、暴動鎮圧の威嚇のため、安田が拳銃を持ち歩いてるのは囚人のだれもが知る事実だ。
 「盗まれたのは東京プリズンで間違いないのか」
 「間違いない」
 固い声で確認をとる。安田が面目なさそうに顔を伏せる。
 「いつ盗まれたか心当たりはありますか」
 「ある。昨夜、ペア戦が催された地下停留場に赴いたときだ」  
 昨夜の光景を思い出す。僕はリング脇にいたから余程近くにくるまで安田の接近に気付かなかったが、何百何千の囚人でごった返した地下停留場を抜けてきたのだから、それはもう数えきれないほど多くの囚人と接触する機会があっただろう。つまり、あの時あの場にいたすべての囚人に犯行が可能だということだ。
 「……まったく迂闊だった。ボイラー室の惨状に憤り、但馬看守を問い詰めようとその足で試合会場に向かった時に盗まれたとしか考えられない。リングに辿り着くまで、人ごみをかきわけ途中何人もにぶつかりかなり時間がかかった。盗まれたとすればその時しか考えられない」
 「……たしかに、昨夜の地下停留場には人があふれていた。囚人だけじゃない、看守もだ。あの時あの場所なら本人に気づかれずに銃を盗むのも不可能じゃない。故意にぶつかったとて不審には思われない」
 「盗まれてすぐ気付かない私もどうかしてた。あの時は頭に血がのぼり冷静さを失っていた。但馬看守があまりに、」
 「あまりに下劣で最低な人間の屑で?」
 「……そこまでは言ってないが、それに近いな」
 安田が何度目かわからぬため息をつく。顔には色濃い疲労が滲んでいた。
 「……拳銃がなくなっているのに気付いたのは人が刷けてからだ。閑散とした地下停留場で自分の愚かさを呪ったよ。何故すぐに気付かなかったのか、何故こんな場所に拳銃を持ってきたのかと。習慣とは恐ろしい、いつのまにかどこへでも拳銃を持ち歩くのが癖になっていた。……以前囚人に襲われたことがあって、以来拳銃が手放せなくなったんだ。臆病者と笑ってくれてかまわない」
 背広の胸ポケットからライターと煙草をとりだし、口にくわえて火をつける。
 いつもの余裕を失い、焦りと苛立ちをあらわに安田が煙草を吸う。追い詰められた男の顔で。
 「落としたとは考えられませんか」
 「まさか。拳銃だぞ、落としたら気付かないはずがない。念の為一晩かけて地下停留場を捜してみたがどこにもなかった。……どのみち見つからないということは、既にだれかの手に渡ってるにちがいない」
 「弾は入っていましたか」
 「入っていた」
 「何発」
 「六発」
 安田の返答に舌打ち。
 「最高六人の人間が殺せるな」
 医務室の天井に紫煙がたちのぼる。
 「……全責任は私にある。ボイラー室の鍵を持ち出した但馬を責められない。私が危機管理を怠ったせいで拳銃は盗まれんだ」
 「そのとおりだ。反省しろ」
 敬語を使うのを忘れるほど僕はイラついていた。
 事態は僕の予想以上に深刻だった。状況を整理しよう。安田は昨夜、地下停留場の試合会場で拳銃を盗まれた。盗んだ囚人は特定できない。あの時あの場所にいた囚人に限定しても東京プリズンの八割にあたる。
 拳銃には弾が六発。上手くすれば六人の人間が殺せる。
 東京プリズンに送られる囚人は外で凶悪犯罪を犯し、更正不可能の烙印をおされた少年たちに限定される。罪を反省するどころか、常に暴れたりない欲求不満を抱え込み、日常的に暴力沙汰を起こす囚人ばかりが集まった東京プリズンで拳銃が盗まれたということは。
 盗まれたということは。
 「確実に人が死ぬ」 
 「誰かが殺される」
 僕の結論を安田が肯定する。盗難された銃が喧嘩に使われたら?囚人が囚人に、囚人が看守に発砲したら?副所長の不注意で銃が盗まれ、刑務所内で殺人事件が発生したら……
 「明日、辞表を提出する。それしかない。このことがマスコミに漏れ公になれば東京プリズンは破滅、刑務所の存続も危うくなる。事は私ひとりの問題では済まない。刑務所の危機管理を担当する副所長の地位にありながら銃をなくすなどあってはならない事態だ、所長に辞表を提出したらその足で何としても銃を見つけに…」
 「馬鹿を言うな。副所長でなくなった人間が出歩いてたらどんな目に遭うのかもわからないのか、犯されて殺されるぞ」 
 冷静になれ、冷静に。
 膝の上で指を組替え心を落ち着けようと自己暗示をかける。深呼吸し顔を上げる。一晩で心労が募り、顔色を悪くした安田に向き直る。
 「辞表を提出するのはしばらく待て、貴方が辞めたところで何も解決しない。副所長の責務を果たしたければ銃を盗んだ犯人を見つけ出すのが先決だ。もう一度聞くが、銃を盗んだ人間に心当たりはないか」 
 「心当たり……」
 心ここにあらずといった口調でくりかえし、煙草を灰にする安田。降り積もる静謐。
 再び安田が口を開いたのは、煙草の穂先が半ば以上燃え尽きた時。
 「……参考になるかわからないが、私がリングへ向かう途中君の棟の赤毛の少年を見かけた。たしかリョウといったか……売春と薬物の不正所持で逮捕された少年だ。近くにいた彼なら何かを目撃してるかもしれない」
 「不審な人物を目撃してるかもしれない?」
 「そうだ」
 安田から事情を聞き終え、椅子から腰を上げながら付け加える。
 「僕も手伝います」
 「え?」
 虚を衝かれたような安田を見下ろし、こめかみを指さす。
 「犯人捜しには驚異的推理力をもつ天才的頭脳、名探偵が必要不可欠でしょう。推理小説の常識です」
 何故安田に協力を名乗り出たのか、自分でもよくわからない。
 ただ、このまま放っておけば安田は確実に明日辞表を提出するだろう。銃を紛失した責任をとって東京プリズンを去ってしまうだろう。
 それは嫌だ、絶対に。今だから言うが、僕は安田と立ち話する時間がそれほど嫌いではないのだ。
 椅子の背凭れに手を添えて立ち上がった僕を見上げ、安田は少し驚いた顔をした。今まで一方的に何かをしてやっていたのに、いつのまにか立場が逆転し自分が助けてもらっている。その事実を噛み締めるように俯いた安田が、膝の上で指を組み、深く頭を下げる。
 「……すまない」
 そうして安田は、心の底から謝罪した。 
 「大人が子供に謝るんじゃない、みっともない」
 頭を下げたままの安田を気恥ずかしく叱責し、急遽変更した明日の予定を復習する。
 明日はリョウに会いにいこう。男娼兼情報屋のリョウなら、安田の手を放れた拳銃について何か知ってるかもしれない。 
 しらをきるなら吐かせるまでだ。 
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