少年プリズン

まさみ

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百九十話

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 俺には勢いだけでデカイこと言っちまう悪い癖がある。
 過去にもさんざん勢いだけで物を言って酷い目にあっちゃ後悔してきたが、今回が極め付けだ。これ以上悪いことはこれから先の人生でも起こりそうもない。
 「煮るなり焼くなり好きにしていいんだな」
 目の前じゃタジマが舌なめずりしてる。煙草くさい息を吐き散らして目を炯炯と輝かせて俺の顔を覗きこんでる。発情期の犬みたいに荒い息を吐くタジマの股間は固くいきり立ってズボンの生地を押し上げている。はちきれんばかりに勃起した股間から目をそらし、首筋にかかる吐息に顔をそむけ、渾身の力をこめて手錠を引っ張る。配管と手錠の金具が擦れあってがちゃがちゃとうるさい音をたてる。駄目だ、抜けない。手首が痛くなるばかりで金属の手錠はびくともしない。このままじゃ本当に煮るなり焼くなり好きにされちまう、ついさっき口からでた言葉を取り消したくても待ったはきかない。
 鍵屋崎助けにきて自分がとっつかまっちゃざまあねえ。
 強いて自嘲の笑みを浮かべようとして虚勢が崩壊したのは、ジッパーを下げる音がすぐ耳元でしたからだ。タジマが何をする気かわかる。わかるすぎるくらいわかるからそっちに目をやれない。ゆっくりと焦らすように、俺の恐怖を煽るようにジッパーがいちばん下まで引き下ろされる。続いて金具が擦れる音、タジマがベルトを緩めてズボンを寛げているのを手の動作で確認。 
 顔を上げられない。
 今顔を上げたら最後、最悪の光景を見てしまう。わかってるわかってる何をされるかわかってる、タジマが俺に何をさせるつもりか十分すぎるほどわかってる。売春班の仕事場、ドアをベッドで封鎖して閉じこもってた三日間来る日も来る日も頭の中で反芻したおぞましい行為。
 通気口から漏れてくる泣き声と怒鳴り声と喘ぎ声を一緒くたに聞きながら、コンクリート剥き出しの部屋の真ん中で膝を抱え、朝がこようが夜になろうがおなじことばかり考えていた。俺もいつかやらされる行為を、避けて通れない行為を、今はまだささやかな抵抗と飲まず食わずの持久戦で先送りにしてる行為を。
 ガキの頃お袋がやるのを見てたし、あれを真似すればいいんだと言い聞かせて平静を保とうと試みたこともある。でも無理だった、男が男のモノくわえるなんて正気の沙汰じゃない、俺は絶対にやりたくない。
 今もその考えは変わってない。どころか、タジマの醜悪なモノを見てますます強固になった。
 「舐めろ」
 「………」
 やっぱりこういう展開か。
 顔筋がひきつり、奇妙に滑稽な半笑いになる。タジマときたらどこまでも予想通りに最低な男だ。自分のモノを俺にしゃぶらせて楽しむつもりか、冗談じゃねえそんな汚いモン口に入れられるかと逆上しかけ、口を開けば最後無理矢理突っ込まれると賢明な判断を下して唇を引き結ぶ。
 どうやら俺の予想は正しかったようで、機嫌を損ねたタジマが仏頂面で手をのばしてくる。
 「どうしたロン、煮るなり焼くなり好きにしろって言ったのはおまえじゃねえか。ちゃんと口開けて舌使って奉仕しろよ」
 「!―っあ、」
 タジマが俺の前髪を掴み、雑草をむしるように引っ張る。頭皮が剥がれる激痛にたまらず苦鳴を漏らしかけ、声をだしたら負けだ、口を開けたら負けだと自分を叱咤して顎が軋むほどに奥歯を食いしばる。痛い、目が眩むほど痛い。あんまり痛すぎて涙が勝手に出てくる。喉を反らして悲鳴をあげかけ、でも口を閉じているから声にはならず、体を二つに折って突っ伏して毛根を纏めて引き抜かれる激痛をやり過ごす。
 声はだすな、絶対にだすな、口を開けるな、油断して口を開けたその瞬間に突っ込まれるねじこまれるしゃぶらされる。タジマのモンをしゃぶらされるのに比べたらこれくらいの痛みがなんだ。
 「ちっ、強情なガキだな」
 降参したタジマが舌打ちして手を放し、激痛が和らぐ。タジマが手を放した瞬間、何か黒いものが膝の上に落ちて涙でかすんだ目を凝らしたら俺の髪の毛だった。
 タジマがこれで諦めるとは思えない。
 タジマは入所当初からしつこく俺のケツを追いかけまわしてた。素直でおとなしい囚人が他に腐るほどいるだろうに何故素直でもおとなしくもない俺にかまうんだ、よそに行ってくれと何度口にださず願ったかしれない。ボイラー室で二人きりになった今、俺は手錠をかけられ逃げられない状態で、タジマはジッパーを下ろして準備万端だ。
 俺が身代わりになって鍵屋崎を逃がしたことは後悔してない。
 ……と言えたら格好いいんだろうが、俺の虚勢は長続きしない。鍵屋崎を助けにきたのは俺の意志で、鍵屋崎の身代わりに拘束されてるのも自業自得なんだがこれからタジマにされることを想像しただけで恐怖に身が竦み生理的嫌悪に肌が粟立つ。いやだいやだ、よりにもよってタジマにヤられちまうのかよ手も足もでずにヤられちまうのかよ。仕方ないだろ鍵屋崎逃がすためにはこれしか方法がなかったんだ、往生際悪く足掻いてねえでいい加減覚悟決めちまえと頭の裏側でもうひとりの俺が囁く。でもそれに抗う俺がいる。タジマにヤられるのは絶対にいやだお断りだ、売春班で目隠しされて煙草押し付けられても最後の最後まで暴れて抗ったのに今ここで何もできずにヤられちまうんじゃ今日までの頑張りは何だったんだ、全部無駄じゃねえか。
 俺は何の為に、売春班のガキどもが泣き叫ぶ声を無視して飲まず食わずで閉じこもってたんだ?
 それもこれも全部男に抱かれたくないから、タジマに抱かれたくないからだ。レイジとサムライは今も戦ってる、俺と鍵屋崎に売春班を止めさせるために、売春班の廃止を条件にペア戦100人抜きなんて無茶な目標を立ち上げて傷だらけで戦ってる。
 なのに、今ここで俺が抵抗しなくてどうするんだ?
 レイジとサムライの頑張りも、鍵屋崎を見殺しにした日々も全部水の泡になっちまうじゃねえか。
 「口開けろよ」
 タジマが俺の強情さをあざ笑うように顎に手をかけ、強引に口をこじ開けようとしてくる。顎を掴んだ手に万力めいた力がこめられ、奥歯から力が抜けそうになる。苦痛に歪む俺の顔が最高のご馳走だとでもいうように唇を舐めたタジマが耳元でささやく。
 「ちゃんと舐めて勃たせてくんなきゃ使い物にならねえだろうが。唇切れて顎外れるほどしゃぶらせるから覚悟しとけよ、出したもんも一滴残らずちゃんと飲めよ。こぼしたら裸で四つん這いにさせて舌で舐め取らせるからな」
 キレた。
 「へ、んたい野郎が」
 口を開けちゃいけないと頭じゃわかていたがもう我慢の限界だった。タジマにふれられてることが我慢ならない、タジマに言われ放題の現状が腹に据えかねて口汚く罵倒しないと気が済まない、こめかみの血管がぶちぎれてそれこそ失血死しちまいそうだ。これ以上変態の戯言を聞かされたら気が狂っちまう。
 好色な笑顔のタジマをまっすぐ睨みつけ、犬歯をむきだした笑みを浮かべる。
 「突っ込めるもんなら突っ込んでみろ。噛み千切ってやる」 
 本気だった。
 脅しなもんか、俺にはそれくらいの覚悟がある。タジマにフェラチオさせられるくらいならイチモツ噛み千切って失血死させてやる、いや、この場合はショック死だろうか?医学知識豊富な鍵屋崎がこの場にいりゃ解説してくれるんだろうが、別段知りたくもないしできることなら永遠に知らないままにしときたい。
 挑戦的な笑顔が気に食わなかったのか、身の程わきまえない生意気な物言いに腹を立てたのか。
 タジマの雰囲気が豹変し、顎を掴む手に凶悪な力がこもる。
 顎が軋んで、痛い。下顎が砕けそうだ。苦痛に顔を歪める俺の頬に指を食い込ませたタジマがもう片方の手でポケットを探り、何かを取り出す。
 タジマの指先で剣呑に光るのは、留め金から外れた安全ピンの針。
 「よく回る舌だな。二度と減らず口きけねえように留めてやろうか」
 ぞっとした。
 体の芯から凍えるような恐怖に身が竦む。つま先で床を蹴り尻をずらし、できるだけタジマから距離をとろうとしたが手錠されたままじゃろくに動けやしない。目は安全ピンからはなせない。鈍い銀色に輝く鋭利な先端。舌に刺されたらどれだけ痛いか―
 「知ってるか?舌にピアスするとフェラチオんときいい感じに当たって最高に気持ちいいんだぜ」
 俺の目の前に安全ピンをちらつかせながらタジマが笑う。タジマの指が揺れるたび、指にぶらさがった安全ピンの針先が瞼すれすれを撫でて生きた心地がしない。そのまま瞼の上から眼球を刺されそうで、体が硬直して指一本動かせない。大人しくなった俺に溜飲をさげたか、安全ピンを懐にしまいこんだタジマが猫なで声をだす。
 「舌にピアスされたくなきゃ口を開けろ」  
 「いや、だ」
 声が震えた。
 情けない、しっかりしろ俺、タジマごときにびびってどうする。マジでキレたレイジのほうが何倍も何十倍も怖い。舌にピアスされるくらいどうだってんだ、ちょっと味噌汁飲むのが不便になるだけじゃねえか。
 目を閉じ、瞼の裏の暗闇に俺が一番怖い人間を思い描く。
 瞼の裏の暗闇におぼろげな輪郭を結んだのは美しく酷薄な女の顔、気紛れに俺を殴り気晴らしに俺を蹴り気慰みに俺を罵倒し気休めに俺をなぶった女の顔。
 そうだ。お袋の折檻に比べたら、タジマの脅しなんて屁でもねえ。 
 目を閉じてゆっくり深呼吸する。再び目を開き、強い意志をこめてタジマを凝視する。
 今度はしっかりと、芯の通った声が出た。
 「なあタジマさん、こんな噂聞いたんだけど。新宿のSMクラブに通い詰めてるってマジ?東京プリズンで囚人なぶるだけじゃ飽き足らずにSMにまで手えだしたのか、それともそのサドな性癖はもとからか?刑務所でガキいじめて股間固くしてる真性の変態野郎が、あんた病気だ、病院行けよ。心のほうの病院にな」
 息継ぎもせず、何かに憑かれたように一気にまくしたてる。今度は自然に笑みを浮かべることもできた、タジマの神経を逆撫でする皮肉な笑み。
 タジマの表情が変わったのを見過ごさなかった。何故こいつがSMクラブ通いのこと知ってるんだ、だれが漏らしたんだという驚愕の表情はすぐに赤黒く充血した憤怒の形相へと変貌する。
 「―そうか。そんなに俺にいじめられるのが好きなのか、俺にいじめられたくて挑発してんのか」  
 お袋に比べたらタジマなんて怖くも何ともねえ。そう自分に言い聞かせて恐怖心をねじ伏せようとしても、現に今目の前にはタジマがいてよからぬことを企んでいる。俺の服の下まで見透かして腰から脇腹から臍から胸板から鎖骨から視線で犯してる感じがする。
 「!??なっ、」
 ぎょっと下を向く。
 突然、タジマが俺のズボンに手を突っ込んできた。
 いや、ズボンじゃない……下着の中だ。この野郎なに考えてやがる!?
 「クソ野郎なにやってんだよ、早く抜けよ、気持ち悪いんだよ!」
 「早く抜け?俺にヌイて欲しいのか」
 タジマはわかってて言ってる。わかってて哄笑する、楽しそうに嬉しそうに侮蔑するように。
 歯軋りしてタジマを睨みつけるその間もズボンから手が抜かれる気配はなく、下着の中でなまめかしく手が動いてる。気持ち悪い、気持ち悪いだけだ。男の手でそんなとこ握られても気持ち悪いだけで興奮しようがない、勃ちようがない。女の手にだって数えるくらいしかさわられたことないのに何だって今俺はこんな変態野郎に大事なとこ揉まれてんだよ、メイファ、せめてメイファのやり方を思い出そう。メイファの手を思い出そう、綺麗に磨かれた爪と綺麗な白い指―
 「びびって縮こまってる。ただでさえちっこいもんが、これじゃ使い物にならねえな」
 小さくねえ、と言い返したかった。でも口をあけた途端に意志に反して心を裏切って変な声が漏れそうで、待てよ、変な声がでそうってことは俺はまさか感じてるのか?こともあろうにタジマの手で擦られてちょっとでも感じてるのか?嘘だ、認めたくない。そりゃ俺も男だ、刺激されりゃ体が反応するのはあたりまえの生理現象だけど嘘だこんなのは嘘だ絶対に嘘だ、だってタジマの手で感じたりしたら俺は誰でもいいってことになる。
 誰でもいいわけあるか。
 ズボンの中じゃタジマの手がうごめいてる。タジマの腕を掴んで引きぬこうとするが全然かなわない、本当にもうやめろ、やめてくれ、勘弁してくれ。頼むから抜いてくれ許してくれ。
 「なんだよ、俺にヤられるより自分でヤりたいってか。自分でイくとこ見てて欲しいってか、あのときみたいに」
 「馬鹿言うな、」
 あの時?思い出したくもない。自分でイくのも他人にイかせられるのもお断りだ。恥ずかしい、死ぬほど恥ずかしい。なんで俺がこんな目に?いくらなんでもあんまりだ、なんで世界でいちばん憎んでる相手に、世界でいちばん殺したい相手にしごかれて息を荒げなきゃいけない?性急に追い上げられて、熱と快感と羞恥に火照った顔を至近距離で覗きこまれなきゃいけない?
 「―っあ、ふ」
 タジマの手で強く擦られ、嗚咽みたいな喘ぎ声が漏れた。
 喘ぎ声―……あえぎ声?これが、女みたいに甘く濡れたこれが俺の声だってのか?
 「固くなってきた」 
 その瞬間。
 勝ち誇ったようにタジマが笑い、ズボンにもぐりこんだ手で先端を撫でられた瞬間、下半身の熱に比例して最高潮に高められた殺意が爆ぜた。 
 このままじゃだめだ、このままじゃ強制的にイかせられて俺のプライドはずたずたにされる。俺は確実にタジマにヤられる、手も足もでない状態でヤられちまう。
 恐怖。頭が真っ白になるような恐怖。
 「離れろ、それ以上俺にさわったら殺す、絶対に殺してやる!!どんな手使っても殺してやる、八つ裂きにして肉片にしてやる、腹かっさばいて臓物ひきずりだして犬に食わせてやる、おまえがこれまで俺にしてきたこと千倍万倍億倍にしてたっぷり味あわせて血の小便でるくらい痛めつけてやる!!」
 タジマに蹴りを入れようとつま先を跳ね上げ獣じみた奇声を発し全身で抵抗する俺は完全に理性を失っていた。狂ったように手足を動かし身を捩りかぶりを振り手錠をひきちぎろうとめちゃくちゃに暴れる、獣じみた奇声を発して狂気に目をぎらつかせて全身で抵抗する。
 それでもまだ俺をあざ笑うようにズボンの中で動いてたタジマの腕に容赦なく爪を立て、皮膚を抉り、深く深く食い込ませる。売春班就労前の身体検査でタジマに切られた爪はもうすっかり伸びていた。タジマは豚みたいな悲鳴をあげて俺から飛び退き、俺は絶頂を迎える寸前で解放された。
 下半身が熱い。股間が疼く。情けない、恥ずかしい。自由な片手でズボンを押さえ、盛り上がりを隠す。
 早くおさまってくれと必死に祈ってズボンを押さえ付ければ、風切る音がして頭上に警棒が迫る。
 「『血の小便でるくらい痛めつけてやる?』こっちの台詞だ!」
 俺をイかせられずに逆上したタジマが警棒を振り上げる。頭上で両腕を交差させ庇おうとして、片手が封じられてることを再認する。片腕じゃとても防ぎきれない、骨が折れちまうかもしれない。
 最悪脳挫傷で死亡かよくて脳震盪か。いや、後者なら気絶したあとでタジマにヤられるか―
 顔面を風圧が叩き、反射的に目を閉じれば。
 「そのへんにしとけよ」 
 目を開ける。
 タジマの背後に五十嵐がいた。警棒を振り上げたタジマの腕を掴んでいる。
 「は、またまた正義の味方ご登場ってか?邪魔する気なら……わかってんだろうな」
 五十嵐の手を邪険に振り払ったタジマが陰険な笑顔で言い、五十嵐がため息をつく。
 「タジマ、今の自分の格好見下ろしてみろ」
 五十嵐に顎をしゃくられたタジマが改めて自分の格好を見下ろす。水浸しのボイラー室で転倒したせいか全身びしょぬれで髪の毛も制服もぬれそぼった姿。
 間合いよくタジマがくしゃみをした。
 「早く着替えてくるか乾かしてくるかしねえと風邪ひくぞ」
 「……親切ごかした忠告くれやがって。俺がいねえ間にこいつ逃がすつもりじゃねえだろうな」
 疑念を捨てきれないタジマの念押しに、五十嵐はおどけて肩を竦めてみせる。
 「信用できねえならそれでもかまわねえが、独身にゃ風邪はきついぜ。看病してくれる女がいねえんじゃなおさらだ」
 「―ちっ。わかってんだろうな五十嵐、俺がいねえあいだに勝手なことしてみろ。おまえの秘密全部ばらして東京プリズンにいられなくしてやるからな」 
 弱みを握ってる強みからか、脅迫者の優越に酔ったタジマが最後に俺を振り返り、「お楽しみはちょっとだけお預けだ」といわんばかりに満面の笑みを湛える。水浸しの床に足をとられつつボイラー室を出ていくタジマを見送り、五十嵐がこっちを向く。
 ボイラー室のドアが閉じ、俺と五十嵐だけが中に残される。
 顔を上げられない。 
 ドアの外で五十嵐に全部聞かれていた。知られてしまった。どんな顔すりゃいいかわからない。
 股間の盛り上がりはまだおさまらなくて、気遣わしげな五十嵐の視線がいたたまれなくて、もうこれ以上五十嵐の視線に耐えられそうになくて深く深く顔を伏せる。
 今すぐ消え入りたいと顔を伏せる。
 「……なに見てんだ。殺すぞ」
 俺の声じゃないみたいに乾いてかすれた声だった。 
 五十嵐がため息をつき、何も言わずにボイラー室を出ていく。ドアが閉まる音が決然と響き、俺は今度こそほかに誰もいないボイラー室に取り残された。
 俺以外だれもいなくなったのを確かめ、懐に抱き寄せた膝の上に顔を埋める。
 タジマも五十嵐も最低最悪のクソ野郎だ。
 東京プリズンの看守は、全員そろいもそろって囚人以上のクソ野郎だ。
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