少年プリズン

まさみ

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百八十三話

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 首筋を汗が伝う。
 ボイラー室は暑い。縦横無尽に配管が交差した壁と天井が息苦しい圧迫感を与え、距離感が狂い出して眩暈さえ覚える始末。
 外側から施錠されたこの完璧な密室で、ドア一枚隔てて五十嵐と向き合う。
 何故五十嵐が外にいるんだ?
 暑さで朦朧とした頭で理路整然とした思考を紡ぐのは難しいが、それでも懸命に頭を働かせ状況分析する。僕は今この瞬間まで、ノブに手をかける瞬間まで外にいるのは凱の子分だと思いこんでいた。室内に見張り役一人だけはさすがに不安で、ボイラー室前の廊下にも見張りを残していったに違いないと半ば確信して先入観を抱いていたのに。
 凱が多少なりとも賢明なら室内と室外に最低見張り一人ずつ配置するだろうと警戒してノブを捻ってみたのに、ドアの向こう側から返ってきたのは意外な人物の声。
 五十嵐の声だった。
 「何故あなたがそこにいるんですか?」
 「……」
 詰問に被さるのはばつ悪げな沈黙。気まずげに頬を掻く五十嵐の横顔が脳裏に浮かぶ。重苦しく押し黙った五十嵐の反応に、脳の奥で違和感が膨れ上がってゆく。偶然通りかかったとは思えない。今は試合中、囚人も看守も東京プリズンの殆どの人間が試合会場に殺到した中で、こんな裏寂れた通路をひとりさまよってる理由がそもそも存在しない。
 用を足しにきた?トイレは方向が逆だ。だいたい五十嵐がこんな都合良く、僕が監禁されたボイラー室の前を通りかかるわけがないのだ。
 僕がボイラー室に監禁されてることを知ってるのは凱とその仲間、そしてあの男だけだ。
 それに五十嵐は今この瞬間に廊下を通りかかったというより以前よりそこにいた気配がある。ドア横の壁に凭れ掛かり、不機嫌に押し黙っていた節がある。何より変なのは靴音だ。コンクリートむきだしの通路を歩いていたのなら当然靴音が響くはずだ、しかしそれが聞こえなかったということは五十嵐は以前から変わらず廊下にいたという仮説が成り立つ。

 凱が出ていく以前から。気絶した僕がボイラー室に監禁された直後から。

 五十嵐は僕がボイラー室に監禁されたことを知っていた、知りながら黙認していた。以上の仮定から導き出される結論は……
 「……あなたには失望した」
 ドアに片方のこぶしを預け、苦く吐き捨てる。
 「今まで偽善者のふりで接してたくせに、本性はこれか。このざまか。凱に加担して見張り役までつとめるなんて、看守ともあろう人物が情けない」
 「言うなよ」
 ため息は肯定の証。ドア越しの返事にはうんざり気味の倦怠感が漂っていた。
 「おまえには悪いけど、こっちにもいろいろ事情があるんだよ」
 五十嵐の事情など知りたくもない。興味もない。
 ドアに背中を預け、木刀を膝においてその場に座りこむ。ボイラー室は外側から厳重に施錠され、外には見張り役がいる。室内の見張り役に口移しで睡眠薬を飲ませて眠らせてもドアに鍵がかかってるならどうしようもない、どんなに悪足掻きしても逃走不可能ならもう僕には打つ手がない。
 ドアに背中を預けてうずくまり、天井を仰ぐ。
 「すみやかに質問に答えろ」
 焦燥と失望とに苛まれた胸裏とは裏腹に、僕の声は低く落ち着いていた。言葉は淡々としていて、動揺も落胆も抑制した声音の下に塗りこめられてる。僕に質問された五十嵐がドアの向こうで顔を上げる気配がした。姿は見えないが、監禁状態の捕虜に命令口調で訊ねられた五十嵐が戸惑いの表情を浮かべてるのは察しがつく。
 「凱たちを裏であやつってるのはタジマだな?」
 「………」
 「沈黙は肯定と解釈するが」
 容赦なく五十嵐を追い詰める。シャツの背中越しに合板のドアの固い感触を感じる。木刀を懐に抱き、五十嵐の返事をただひたすらに待つ無為な時間。
 「……ばれちゃしかたねえな」
 十秒ほど沈黙を咀嚼した五十嵐がなげやりに言い捨て、僕はすべてのからくりを完全に理解する。
 五十嵐は何かの理由でタジマに脅迫されていた。周囲に知られたくない秘密をタジマに握られ、秘密裏に金を脅し取られていた。しかしそれだけでは済まなかった。弱みを握られた五十嵐が自分の命令に逆らえないのをいいことに、凱の企みに五十嵐を加担させ意に添わぬ見張り役という汚れ仕事を押し付けた黒幕はタジマだった。
 タジマこそが、一連の事件の首謀者だったのだ。
 「おかしいと思ってたんだ。ボイラー室は囚人が自由に出入りできる場所じゃない、鍵は刑務所側で厳重に管理されてるはずだ。ボイラー室の鍵を自由に持ち出せる人間は限られてる、すなわち一部の看守のみだ。タジマは人格に致命的欠陥がある変態性欲者で刑務所の檻の中よりむしろ精神病院の檻の中のほうがふさわしい立派な社会不適合者だが、何故か東京プリズンでは主任看守という高い地位にある。タジマならいつでも好きなときにボイラー室の鍵を持ち出せる。そして極め付けは」
 ちらりと奥の壁を見る。最前まで僕を繋いでいた手錠が、今はむなしく配管にぶらさがっている。
 「あの手錠だ。看守には暴動を起こした囚人を取り押さえるために手錠の携帯が義務付けられてる。凱に手錠を渡した人物は看守しか考えられない。そして、凱の企みを知っていながら快く手錠を貸す看守の有力候補は……売春班撤廃に強硬に反対し、なんとかペア戦100人抜きを阻止しようとしてる主任看守のタジマだ」
 一息に説明し終え、ヤケ気味に付け足す。
 「以上証明終了。異論があるなら聞くが」
 最初から最後まで淡々と言い終え、口調がどんどん戸籍上の父親に似てきたことを自覚して複雑な気分になる。
 僕に何か説明する時も鍵屋崎優は最高学府の教壇に立った時とおなじ、一片たりとも私情を挟まない講義口調を崩さなかった。血のつながりのない父親、それもこの手で殺した故人に似てきた事実を確認し、深刻な自己嫌悪に陥った僕の耳に届いたのは……
 拍手。
 「お見事、名探偵。いや、まったくその通りの名推理だ」
 「馬鹿にしてるのか?不愉快な拍手はやめろ」
 やる気のない拍手が止む。
 両手を体の脇にたらした五十嵐がドアに凭れ掛かったらしく、蝶番が耳障りに軋んだ。背中合わせに五十嵐の気配を感じ、膝の上の木刀を見下ろす。
 「……あなたのことは見損なった。東京プリズンでは珍しくできた看守だと思ってたのに、とんだ誤解だった」
 「きついな」
 五十嵐が乾いた声で笑った。僕は笑わなかった。付き合いで笑えるほど僕は器用じゃない。
 「今までのは全部演技か?僕や他の囚人に何かと良くしてたのは全部嘘か。大した役者だな」
 今の気持ちをどう表現すればいいのだろう。失望、落胆、幻滅。そのどれでもあってどれでもない気がする。言葉に置き換えれば「裏切られた」というのがいちばん近いかもしれない。
 裏切られた?ということは、僕は五十嵐を信用してたのか。
 そうだ、認めざるをえない。僕は五十嵐を信用してた。信じて頼れはしないまでも、信じて用いることには徐徐に抵抗を感じなくなっていた。五十嵐はなにより心待ちにしていた恵の手紙を僕に届けてくれた、手紙の内容は僕の淡い期待すら打ち砕くものだったがそれに関しては五十嵐を責められない。
 五十嵐は手紙の内容を知らなかった。
 他の多くの看守がそうするように、「検閲」と称して囚人のプライバシーを侵害する行為は慎んで他の囚人より少しだけ早く僕に手紙を渡してくれたのだ。
 僕も心の底で少しだけ、五十嵐に対する警戒を解き始めていた。
 東京プリズンにもまともな人間はいると、囚人を人間扱いしてくれる看守がいると、五十嵐と接するうちに考えを改めたのだ。
 その五十嵐が、タジマの言うなりに僕の見張り役につかされてるなんて。
 「……この状況で言い訳するだけみじめになるのはわかってるけど、べつに偽善者ぶってたわけじゃねえよ。いい人ぶりたくてお前に手紙を届けたわけじゃない」
 「同情か?」
 「……まあな」
 僕も頭ではわかってる、五十嵐がしたこと全部が演技ではないと、五十嵐は善意で動いたのだと。僕に手紙を届けたのも僕の手紙を届けてくれたのも全部五十嵐で、自分には何の利益もないにも関わらず労を惜しまず働いてくれた。
 五十嵐は根は善人だが、弱い人間だ。
 だからタジマの命令に逆らえなかった、弱みをばらすぞと脅されて自分を殺して従わざるを得なかった。
 なんて弱く卑劣な、唾棄すべき人間だろう。
 「おまえにはすまないことしたよ」
 「『した』?過去形は間違ってる、この場合は現在進行形で表現すべきだ。事実に即してな」
 「……閉じ込められても毒舌は健在だな」
 「ごく単純な文法の誤謬を指摘しただけで人格を疑われては不本意だな」
 「ああ、やっぱり」
 「?やっぱりとはなんだ」
 「タメ口のほうが話しやすい。囚人に敬語使われるの慣れてねえから、お前にですます調で応対されるとこそばゆくてよ」 
 「……そんなふうに思ってたのか」
 心外だ。これでも一応表面上は気を遣って、目上の人物に対する最低限の礼儀として敬語を使ってたのに。以前安田に僕は敬語のほうがより人を馬鹿にしてるように聞こえると言われたが、やはり心の底で全然まったくこれっぽっちも尊敬の念を抱いてないのが口調に表れるのだろうか。
 どうも鍵屋崎優との会話の癖が抜けきらない。
 僕は鍵屋崎優を心の底で軽蔑していて、その本心を装うために戸籍上の父親に敬語を使っていた。
 だから今もってわからない、普通の親子間の会話が、普通の親子間のやりとりが。
 「……退屈だ」
 手錠を外してから何分経ったのだろう。ちらりと部屋の奥に目をやれば、睡眠薬がよく効いてるらしく見張り役の少年はあくびをかいていた。よくこんな蒸し暑く寝苦しい環境で寝られるな、と神経の図太さに感心する。
 凱が戻ってくるまであと何十分、何時間だろう。その頃にはもう試合が終わってる、結果がでる。
 サムライは今どうしてる?無事だろうか。怪我はしてないだろうか。
 木刀なしでどこまで戦えるか―
 駄目だ、ひとりでじっとしてるととどんどん思考が深みに嵌まってしまう。最悪の結末に至るネガティブな可能性ばかり考慮してしまう。

 最悪の結末。死。サムライが死ぬ―?

 「!っ、」
 思考の悪循環だ。馬鹿な、サムライが死ぬわけない、彼に限ってそんなことあるわけないとくりかえし自己暗示をかけて自分を落ち着かせようと試みたが無駄だった。現に今僕の手の中には木刀があり、サムライは素手で戦ってる。レイジと交代できず、まわりは敵ばかりで決して退くことができない状況下で肉体的にも精神的にも追い詰められているのだ。
 ぐずぐずしてる暇はない、手錠が外れたのなら早く、今すぐにサムライのもとへ行かなければ。
 ボイラー室で蒸し殺されるまえに。
 「暇だな」
 背中越しに五十嵐が呟く。
 「……昔話でもするか」
 なにを考えてるんだこの男は。
 タジマに命令されるがまま僕を閉じ込めておいてのんきに昔話するつもりなら人格を疑う、あまりに非常識だ。そう抗議しかけ、ふと思いなおす。ひょっとしたら、僕の退屈を紛らわせようとの五十嵐なりの配慮か。べつに五十嵐の昔話に付き合う義理はないが、木刀を抱いてじっと座りこんでても状況は変化しない。
 今の僕にできることが何もないなら、五十嵐の昔話とやらに耳を傾けてやろうではないか。
 実際、くだらない昔話でも一時的に焦燥を紛らわすことができるなら有難い心境だった。
 「覚えてるか?まえに見せた写真のこと」
 唐突に聞かれ、記憶の襞をさぐる。
 脳裏に甦ったのは偶然見てしまった免許証入れの写真、活発そうな女の子。
 「リカって言うんだ。肌が色黒なのはカミさんがフィリピン人だからだ」
 混血が進んだ今の日本じゃ珍しくもない。事実東京プリズンにもロンを始めとする多くの混血児がいる。ロンの場合は両親ともアジア系黄色人種だから見た目じゃわからないが、中には外見ですぐハーフとわかる者もいる。
 「カミさんは第二次ベトナム戦争の戦火から日本に逃げてきた難民で、フィリピンパブで働いてた。俺と出会ったのもそのパブで、まだ俺は二十歳そこそこの若造で生まれて初めて同僚に連れられてったパブに舞い上がっちまって……とんだポカしちまった。女の子にいいとこ見せようと強くもねえ酒がぶ飲みしてぐだぐだに酔っ払っちまったのさ。同僚に笑われながら店の裏口でげえげえやってた時、背中を撫でてくれた女の子がいてな。ダイジョウブ、ダイジョウブ?って片言の日本語で聞いてきて、その優しさが身に染みた」
 五十嵐がはにかんだ気配がした。
 「それがリカのお袋。俺とおなじまだ二十歳そこそこで、日本に来たばっかで右も左もわからなくて不安でしょうがないってかんじで、でも優しくてよく気がついて。いつのまにかその子目当てに店に通い詰めて、いつのまにか恋仲になって。俺以外の男に太股さわらせるのがいやで、ある日店の裏口に呼び出して言ったんだ」
 『Mahal kita 』……マハル・キタ。
 フィリピン語で「愛してる」を意味する言葉を、五十嵐は呟いた。 
 「彼女は泣いた。日本の男から祖国の言葉を聞くなんて思わなかった、すごく嬉しいって。でもな、彼女が泣き出したことよりもっとびっくりしたのはその時もう腹ん中に子供がいて。俺は全然知らなくて、プロポーズと同時に初めて聞かされて。嫁さんとガキが一緒にできちまうなんて最高の気分だった。世の中に俺ほど幸せな男はいないって舞いあがっちまった。若かったな」
 五十嵐は本当に女性を愛してたのだろう。
 プロポーズと同時に一児の父親となったことに不安や戸惑いよりも喜びを強く感じ、フィリピン人女性を妻に、まだ見ぬ子供をまじえた幸福な家庭を夢見たに違いない。
 「結婚して、しばらくして子供が産まれた。女の子だった。カミさん似で、目がくりっとした可愛い子で……病院で初めて対面したとき、赤ん坊の抱き方わかんなくてまごついてたらカミさんと看護婦に笑われて。おそるおそる抱いてみたら本当に柔らかくて、ふんにゃりしてて。試しに人さし指だしてみたらさ、こう、きゅって握ってきたんだよ。俺の人さし指を五本の指で、きゅって」
 「それは反射的生理反応で父親を認識したからじゃない、前頭葉が未発達な赤ん坊は個人識別ができない」
 医学的見地からの指摘を無視し、五十嵐は続けた。
 「カミさんは日本に来てから日が浅くて慣れないことだらけで、スーパーでトイレットペーパー買うのも手こずるような有様で、俺が手伝ってやんなきゃ駄目で。おしめ代えたりミルクやったりなんでもした。リカがむずがったときはフィリピンの子守唄を歌った。カミさんから教えてもらった歌で、フィリピン語の歌詞とかわかんなくてデタラメに唄ってたけど、不思議とそれ聞くとリカの機嫌よくなって。ああ、やっぱりカミさんの血が流れてるんだなあってしみじみ感じた」
 「リカはすくすく大きくなった。大きな病気もせず、ちょっとおてんばすぎるんじゃねえかってこっちが心配になるくらいで、こんなんじゃ嫁の貰い手がねえなってからかったらふくれっ面で『婿養子とるからいいもん』だとさ。婿養子とか、小学校低学年の女の子がどこで覚えてきたんだかな」
 「思春期になるともっとマセた口きくようになって、ヒゲはちゃんと剃れとかシャツにはちゃんとアイロンがけしろとか毎日口うるさく注意された。カミさんは不器用でアイロンがけがへたで、皺だらけのシャツとかそのへんに放りっぱなしにしてたからな。親を反面教師に育ったリカがアイロンがけが得意のしっかり者になっちまうのも無理からぬ話で、うちにカミさんが二人いるみたいだった」
 真摯な愛情がこもった口調で五十嵐は語る。
 もう二度と戻らない日々を、近しく語ることによって引き戻そうとするかのように。
 「小学校五年のときだ」
 五十嵐の口調が妙によそよそしく改まり、微妙に雰囲気が変わる。
 「リカは修学旅行で韓国に行った。修学旅行で韓国なんて俺のガキの頃は考えられねえ贅沢だ。少子化で一学年完全一クラス制になって、修学旅行やら何やら金かけられるようになったからだろうな。まあいくら贅沢つっても金持ちの私立じゃねえから小学生の分際でオーストラリアとか無理だけど、日本出るのが初めてなリカはそりゃもう喜んで出発の日を楽しみにしてた。友達との思い出作りに、観光に、キムチ食べ歩きに……修学旅行の計画とやらを目を輝かせて話してくれて、俺とカミさんはにこにこしながら相槌打ってたよ。その時はまさか、リカが帰ってこれなくなるなんて思いもよらずに」
 「え?」
 「帰ってこなかったんだ」
 どういうことだ?
 僕の疑問をすくいあげるように、五十嵐が重い口を開く。
 「お前も覚えてるだろ。五年前に起きた韓国大統領爆弾テロ事件」
 「もちろん覚えている。今から五年前、韓国・朝鮮併合三十周年を記念するパレードの最中、沿道の群集に混ざってたKIAの党員が大統領の車の前にとびだしてきて……」
 「爆弾を投げ付けた」
 KIA、Korea Independent Alliance。
 韓国独立同盟と呼び習わされる反政府組織であり、韓国では過去に何十件もの爆弾テロを起こして政府に危険視されてる過激派である。その主義主張は一貫して韓国の独立を唱え、テロの弾圧に力をいれる現大統領とは水と油のように相容れない思想で国内外に知られてる。
 韓国・朝鮮併合三十周年を祝うパレードの最中に起きた爆弾テロ事件は、一般人を含む数多くの犠牲者をだした。大統領本人は一命をとりとめたが、沿道でパレードを見物していた一般人の中にKIUの党員が混じり、同時に爆弾を投擲した点が被害を無差別に拡散させる大きな要因となった。現場を混乱させ仲間の逃亡を助けるためか、彼らは野次馬でごった返した沿道で爆弾を破裂させる暴挙に及び、爆発に巻きこまれた民間人が五百四名死亡、重軽傷者は千二名にのぼる大惨事となった。
 「修学旅行とパレードの日が重なってたのが仇になった」
 思いもかけぬ五十嵐の述懐に虚を衝かれる。
 いやな予感がする。五十嵐の口調が奇妙に淡々としたものへと変化し、言い知れぬ不安が増す。
 「自由行動中のリカも現場にいた。友達と一緒にパレードを観に来てた。パレードの日と修学旅行が重なるように調整したのは学校側だとあとで聞かされた。生徒たちに韓国・朝鮮併合三十周年を記念して行われる盛大なパレードを見せてやろうと、長いあいだ分断されていたふたつの国が手に手に取り合って併合を祝うさまを見せてやろうと、教育関係者はそう考えたらしいな。全部あとになって聞かされた。もうとり返しがつかなくなってから」
 「じゃあ……」
 「そうだ」
 瞬間。 
 五十嵐の声が憎悪に軋り、ドア越しに強烈な殺意の波動が伝わってきた。 
 「リカは気違いどもの爆弾テロに巻き込まれて殺されたんだ」
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