少年プリズン

まさみ

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百四十三話

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 「暴れんなって言ってんだろうが」
 すぐ耳元でタジマの声がする。
 抵抗したくても大人と子供じゃ体格差は歴然で押さえ込まれたらひとたまりもない、肉粽で廊下におびきだされて扉が開いたところをまんまと捕獲された恰好の俺は頭が混乱していた。何でタジマが俺の好物を知ってるんだ、卑怯じゃねえかこんなの。俺はてっきりレイジが持参してくれたんだと思ってあいつにしちゃ心憎いことするなってそれで迂闊にも扉を開けて、
 「なんでだ」
 恐怖に席巻された脳裏に唐突に疑問が浮かぶ。卑猥な手つきで俺の尻をまさぐるタジマを見上げて声を荒げる。
 「なんでおまえが俺の好物知ってんだよ、それにおかしいじゃねえか、近付いてきたの全然わからなかった……」
 「隠れてたんだよ」
 愛撫の手は休めず、興奮に息を喘がせたタジマが言う。欲望にぎらついた目が俺の顔から襟刳りから覗いた鎖骨へとすべりおち、上着を透かすようなねちっこさで薄い胸板を舐める。裾をはだけ、上着の背中にもぐりこんだ手のがさついた感触が気持ち悪すぎて喉がひきつるような悲鳴が漏れる。
 「気付かなくって当たり前だ、ずっと隣に隠れてたんだからよ」
 「鍵屋崎の?」
 「馬鹿だな、鍵屋崎んとこには今客がきてるだろう。その反対だよ。廊下に餌おいて飢えた野良がヨダレたらして出てくんの待ち構えてたんだ、まあ俺の作戦勝ちだな。どんなに強情なガキでも飢えには勝てねえよな、はは」
 どうりで、と合点した。タジマの接近に気付かないはずだ、タジマは最初から隣の房に隠れて餌に釣られた俺がのこのこ出てくるその瞬間を襟首引っこ抜いて捕らえようと待ち構えていたのだ。背中に突っこまれた手が肩甲骨を撫で、骨に直接触れられるようなひやりとした感触にぞくりと身が竦む。
 「お前の好物は前に食堂で話してたの聞いたんだよ」
 「いたのか!?」
 全然気付かなかった、あの時タジマが食堂にいたなんて。驚きを隠せない俺の反応を楽しみながらタジマが笑みを広げる。
 「ああいたさ、性懲りもなくお前ら学習能力ゼロな囚人が喧嘩おっぱじめたせいで仲裁に行ったんだよ食堂に。そん時たまたま聞こえてきたんだよ、お前が食堂中に響き渡る大声で今食いたいもん挙げてる声が。これを利用しねえ手はねえだろが」
 嘘だ、そんなでっけえ声あげてねえと抗議して拳を振り上げかけたが普段他人にさわらせることなんてない背中をまさぐられて手が萎える。感度を確かめるように肩甲骨の窪みを撫で擦っていた手が背骨に沿ってすべりおち、ねっとりと尻の肉を揉みほぐされる。
 「!―っ、」
 まずい。
 勢いよくつま先を蹴り上げて鳩尾に食らわせようとしたが本人はそんなことお見通し、黄ばんだ歯を覗かせてせせら笑うや体重をかけた片膝でたちどころに俺の足を押さえこんでしまう。羞恥で顔が火照る、くそ、動けよ足!この体勢じゃどうにもならない、タジマの思うがままにされちまう。冗談じゃねえそんなの男にヤられるのなんか死んでもお断りだ、ましてや相手がタジマなんて最悪だ。はげしく身動ぎして腰に跨ったタジマを振り落としにかかるが俺とタジマじゃ倍の倍近く体重が違う、俺が手も足もでない劣勢に追い込まれたのをいいことに調子に乗ったタジマが舌なめずり、指に圧力を加える。
 「!っ、あ」
 ズボンの上からケツの穴に指を入れられた。
 気持ち、悪い。肛門を抉った異物感に吐き気がする、涙が出るほど痛い。胃袋がでんぐり返るような吐き気に襲われた俺が反射的に手を突き上げ、自分に馬乗りになったタジマの腕を掴めば、ねだるようなすがるようなその動作に嗜虐心を煽られたタジマが蛇が地を這うようにいやらしい声で囁く。
 「鍵屋崎と違って感じやすい体だな」
 『鍵屋崎』
 今も隣の部屋で犯されてるだろう鍵屋崎を引き合いにだされた瞬間、萎えかけていた反抗心が活発にもたげてきた。腕力でかなわないならせめて、ベッドに押し倒されたこの体勢でも気迫じゃ負けてないと主張しようと目を据わらせてガンをつける。生意気な目つきが気に入らなかったのか、押し倒されてもなお殊勝とは縁遠い態度が癇に障ったのか、有頂天から一転不機嫌になったタジマが俺の前髪を掴む。
 「なんだよその目は」
 雑草を毟るように前髪を掴まれ、強引に顔を上向けられる。頭皮から髪が剥がれる激痛に視界が歪み目には涙が滲んでるが今こいつから目を逸らしたら負けだ、冗談じゃねえ、このままタジマに剥かれてやられちまったらレイジにあわせる顔がない。唇を噛み締め、敵愾心むきだしの目で一瞬たりとも逸らすことなく睨み付けていればタジマの顔が憤怒で朱に染まっていく。
 反抗的な態度に業を煮やしたタジマが再び服に手を突っ込んでくる、今度は前より乱暴に肌をしごかれて苦鳴がもれそうになるのを必死に唇を噛んで堪える。タワシで擦ったあとみたいに肌が赤くなってるのが見なくても予想できる、痛い、皮膚が剥けそうだ。
 最初は乾いていた手が性急な愛撫を続けるうちに徐徐に汗ばんで湿ってゆき不快指数が上昇する。肉に塩をすりこむように脇腹を揉みほぐしていた手がやがてズボンの内側にもぐりこみ―
 「やめっ、」
 一瞬で虚勢が吹き飛び、悲鳴じみた声が漏れた。
 「どうした?ああそうか、俺にヤラれるより自分でしごくほうが好きなのか」
 焦らすように内腿を撫でながらタジマが笑う、根性の腐った笑顔が目の前にちらついて今まで味わったこともない恥辱に体が火照る。だめだやめろ思い出すな、あの時のことなんか思い出すんじゃねえ、震えるな体、竦むな足。今竦んじまったら腹の上に跨って馬鹿みたいに大口開けて哄笑してるタジマを蹴りどかすこともできねえじゃんか、どうしちまったんだよ、なんで肝心な時に言うこときかねえんだよ俺の足は!
 固く固く目を瞑りタジマの顔を打ち消そうとするが下着の上から先端を掴まれて無駄に終わる。俺の上にのしかかったタジマが耳朶に舌を這わせてくる。くそ、そんなとこ女にだって舐められたことねえのに!
 「ちゃんと声出せよ、ダチの鍵屋崎に聞かせてやるんだ」
 意味ありげに通気口を一瞥したタジマがこの上なく愉快げにほくそえむ、きっと通気口の向こうで繰り広げられてる痴態を想像してるんだ、客に犯されて四つん這いに跪かされてる鍵屋崎の裸体でも想像して勃起してるんだ。この部屋に放りこまれた初日に通気口に反響した鍵屋崎の嗚咽が耳に殷殷とよみがえりタジマの哄笑と重なって悪夢と現実の区別がつかなくなる。
 くそ、今ここでタジマにヤられちまったら俺はこの一週間なんで頑張ってきたんだよ、飲まず食わずで意地張って水止められて他の連中に迷惑かけて、鍵屋崎にもレイジにも迷惑かけまくって何やってきたんだよ。お袋の二の舞になるのだけはいやで今日まで必死に抵抗してきたのにその努力も報われずにこんなとこで終わるのか、とうとう男にヤられちまうのかよ、好きでもねえ男に、いや、好きじゃねえどころか今いちばん憎んでる男に腕づくで股開かされて突っこまれちまうのかよ!?
 これならまだレイジの方が、いや違う、何言ってんだ俺。恐怖と混乱で頭がおかしくなってる、レイジのほうがマシなんてあるもんか、男にヤられるならどっちでもおんなじだ、最悪なことに変わりない。 
 『おまえでいいぜ』
 俺はよくねえ。
 『そうなの、じゃあさっさとヤッちゃえばよかったのに』
 ヤられてたまるか。
 『お前ら売春班の連中はそろいもそろって腰抜けのタマなしぞろいだ、女抱くよか男に抱かれるほうがお似合いだ』
 そんなことあってたまるか、俺は外に出て女を抱くんだ、絶対に。
 『ロンさ、いつでもいいけどできればなるべく早く、本音言うと今すぐ抱かせてくれない?」』
 「討厭(やなこった)!!」
 タジマの手が図々しくも下着の内側に滑り込んだとき、俺の中の何かが切れた。
 もっと早く気付きゃよかった、手が使えねえなら足がある、足が使えねえなら頭がある。仰向けに寝た姿勢から跳ね起き、タジマの額に頭突きを食らわす。おもいきり。無防備な額に一発喰らったタジマが「ぎゃっ」と悲鳴を発して大きく仰け反る。はは、ざまあみろ豚が!ヤりやすいよう、俺のトランクスに手をひっかけて引きずりおろそうとしてる最中で注意が疎かになってたのが仇になった。
 タジマの額を穿った頭がじんじん疼く、一矢報いてやった結果の爽快な痛みだ。俺は狂ったように哄笑していた、こんな時だってのに、絶体絶命の劣勢は変わってないってのに愉快で愉快でたまらなくて腹の底から笑いが湧いてきた。俺の頭突きを喰らって傷口が開いたらしく額のガーゼにはじわじわと血が滲み出してる。ああ本当にいい気味だ、いいツラだ。最高に愉快な気分で体を二つに折って爆笑してたら、恥辱と憎悪をごった煮にした燃え滾る双眸でタジマが呟く。
 「いいこと思いついた」
 いいこと?
 言葉とは裏腹に壮絶に嫌な予感がする。笑いの余韻で口角を痙攣させながら涙に潤んだ目でタジマを仰ぐ。俺に馬乗りになったタジマがズボンのポケットから取り出したのは一枚のハンカチ、アイロンもかかってない皺だらけのハンカチがどんどんこっちに近付いてくる。
 「なに、する気だよ」
 まだ笑いの発作が納まってないらしく、喉が不自然にひきつれた。いや、ひょっとしたら恐怖のせいかもしれない。仰向けに寝転んで手も足も出ない状態の俺の視界をどんどんハンカチが覆ってゆく、ハンカチに翳った視界の向こうからタジマの企み声が降ってくる。
 「『賭け』をしようや」
 ハンカチが顔に触れた瞬間、何をされるかようやくわかった。まったく俺は鈍感だ。つま先でシーツを蹴り、死に物狂いに顔を振りかぶって抵抗するがこの体勢じゃ何の役にも立たない。ハンカチで目隠しされ視界が真っ暗になる、タジマの顔も見えなくなる。暗闇に聞こえるのは自身の荒い息遣いと衣擦れの音、不吉な予感に高鳴る一方の心臓の鼓動。後頭部でハンカチを結び終えたタジマがゆっくり離れてゆくのが遠ざかる衣擦れの音でおぼろげにわかる、何だ賭けって、これから何をする気だ、俺をどうする気だ?
 耳朶にねっとりと囁き声。
 「これからお前の体に煙草を三回押し付ける。それに声ださずに耐えられたら今回は見逃しやるよ」
 体の先から冷えてゆく感覚。
 煙草―煙草の火。鼻腔に充満する肉が焦げてく異臭。まだ煙草の火を押し付けられてもないのに嗅覚が匂いを先取りしてる。心臓が爆発しそうに高鳴り全開の毛穴から汗が噴き出す、熱、煙草の先端を抉るように皮膚にねじこまれる灼熱感を体はまだ鮮明に覚えている。覚えてるはずだ、つい昨日のことだ、右手の甲にはまだ生々しく灰がこびりついてるってのに。いや、昨日だけじゃない。ずっと昔、ガキの頃にも同じことをされた。お袋の客に、柄の悪い客に。
 そしてお袋は笑いながらそれを見てた―……
 「いや、だ」
 みっともなく、声が震えた。哀願するような声だった。ハンカチに塞がれた視界の中、にやにやしながら俺を見下ろしてるだろうタジマの気配を探りながら声を張り上げる。
 「頼むから、それだけはやめてくれ」
 何言ってるんだ、なんで頼むんだよ、なんでこんな情けない声だしてんだよ。止まれ舌、止まらないと切り落とすぞ。
 「ほかは、他はなんでもするから。なんでも言うことを聞くから、」
 違う、こんなこと言いたくない、本当は言いたくないと心が絶叫してる。でも舌が止まらない、言うことを聞かない。体の細胞ひとつひとつに染み付いた恐怖と激痛が煙草を押し付けられるのはいやだと訴えてる、あんな激痛を味わうのはもうこりごりだと、あんなことは思い出したくないと強硬に主張してる。自分の肉が溶けて焦げてく匂いなんかもう嗅ぎたくない、煙草の先端がジジジと爆ぜて鼓膜を炙る音なんか聞きたくない。怖い怖い怖い、理性の制御がきかなくなって恐怖が暴走する。 
 暗闇で爆ぜる赤い先端、扉の隙間から見たタジマの笑顔。
 暗闇で爆ぜる赤い先端、俺のシャツをめくりあげて薄気味悪くにやつく客の顔。
 いやだ、あんな痛くて熱くて怖い思いをするのはもういやだ、痛くて苦しいのはもういやだ、だれも助けてくれないのはいやだ泣いても叫んでも無視されてひとりぼっちにされるのはいやだ、いやだ、いやだ―……
 「なんでも言うことを聞く?本当だな」
 勝ち誇った声でタジマが念を押し、俺は頷く。本当は頷きたくなかった、でもそうするより仕方ないじゃんか。煙草で皮膚を炙られる痛みは、恐怖は、味わった奴にしかわからない。熱くて苦しくて痛覚を呪いたくなるような一瞬、いや、現実に体験した人間にしてみりゃ一瞬じゃ引き合わない。体感時間じゃ永遠にも釣り合う拷問だ。暗闇に視界を閉ざされたまま何度も何度も顎を上下させれば耳元でタジマの声がする。
 「『俺は薄汚い裏切り者の半半です』」
 「………」
 「どうした。くりかえせよ」
 生唾を飲み下し、口を開く。
 「俺は、薄汚い裏切り者の半半です」
 棒読み。悦に入ったタジマが陰湿に囁く。
 「『ダチを見殺しにして自分だけ助かろうとした最低のクズです。仲間の喘ぎ声にさかってヌきまくった変態です』」
 「ダチを見殺しにして、……」
 「聞こえねえな」
 喉に何か、塊が詰まったような異物感に塞き止められて声が出ない。出てこない。言いたくねえこんなこと、タジマの命令になんか従いたくない。でも、煙草の火を押し付けられるのはもっといやだ。矛盾を包括した葛藤が胸中ではげしくせめぎあってる。タジマの言う通り仲間を見殺しにしたのは事実だ、売春を拒否して一週間も閉じこもってたのは動かし難い事実だ。何もむずかしいことはない、事実を事実と認めればいいだけだ、俺は薄汚い裏切り者だと、ダチを見殺しにして逃げようとした最低のクズだと誰もが知ってることを白状すりゃいいだけだ。そうすりゃ俺は救われる、この窮地を切り抜けることができる。
 さあ言え、言うんだ。言っちまえ。
 「ダチを見殺しにして自分だけ助かろうとした最低のクズです、仲間の喘ぎ声にさかってヌきまくった変態です」
 鼻腔の奥がつんとする。胸が苦しい、痛い、張り裂けそうだ。何でこんなことを言わされてるんだよ俺は、腹話術の人形みたいにタジマの命令どおりに口動かしてんだよ。情けない、かっこ悪い、なんで俺はこんな弱くてカッコ悪くて自分じゃ何もできないんだよ、煙草の火にびびってタジマの言うこと聞くしかなくて、これじゃ一生かっこわりぃまんまじゃねえかよ。
 「泣いてんのか」
 「………………」
 首を振る。それだけは違うと頑固に否定すれば、引っこ抜かれる勢いで強く前髪を掴まれる。
 「なさけねえガキだな、本当にタマついてんのかよ。俺の言う通りに舌動かして媚売りやがって。本当はお前こうされるのが好きなんだろ、俺に命令されてやらしいことするのが好きなんだろ?」
 暗闇の向こうでタジマが笑ってる、醜く顔を歪めて嘲笑ってる。ズボンの上から股間を揉みしだかれて声が漏れそうになるのを奥歯を噛んで殺す。目隠しされてるせいで次にどこを触られるか揉まれるかまったく予測できずに恐怖が増幅される、心構えができずに体が過剰反応してしまう。ねちっこい愛撫に吐息が上擦りそうになるのをシーツに顔を埋めてごまかしてればタジマがゲスな詮索をしてくる。
 「どうせ毎晩のようにレイジと楽しんで開発されてんだろうが、一週間ももったいぶってんじゃねえよ」
 『レイジ』 
 今いちばん聞きたくない名前に目を見開く。
 「レイジも物好きだよな、お前みたいな生意気なガキに尽くして貢いでよ。王様の気まぐれだか同情だか知らねえがお前みてえな可愛げねえガキを相手にしてつれなくされてそれでも懲りずに面倒見てよ、笑っちまうくらい報われねえ男だ」

 『じゃあ報われない報われない言ってるお前に尽くしてる俺はなんなんだよ!?』

 「ま、どうせ体目当てに決まってるがな。はは、このかわいいケツを何回貸してやったんだ?ケツで王様たらしこんだ気分はどうだ、愉快痛快きわまりねえか。お前みたいなクソガキにぞっこん熱あげてるレイジは王様どころかとんだ道化だ、笑いが止まらねえぜ」
 タジマの手がズボンにすべりこみ、下着の内側にもぐりこんだのにも気付かなかった。俺の頭の中ではタジマの言葉がぐるぐる回ってた、物好き、気まぐれ、報われない男……道化。

 違う。

 レイジはそんな奴じゃない、お前に何がわかる。あいつはいい奴なんだ、俺に『頑張ったな』って言ってくれたんだ。そう言って笑いかけてくれたんだ、裏表のない笑顔で。あの笑顔は嘘じゃない、あの言葉は嘘じゃない。それにそれだけじゃない、俺はいつだったかあいつに酷い言葉をぶつけたのに、『大嫌いだ死んじまえ』なんてガキっぽく八つ当たりして一晩中閉めだしたってのにあいつは責めるどころか食料持ってやってきてくれたんだ、俺のことを心配して顔を見に来てくれたんだ。
 俺はレイジのことが大嫌いだ、いっつもへらへらしててどこまで冗談か本気かわからなくて人のこと遊び半分にからかって、でたらめに強いからいっつも余裕かましてて。
 でも、
 「とんだ色ボケの王様だな、レイジは。あんだけキレイなツラしてりゃ売春班でも十分需要あるのに変に腕っ節強いせいで引き込むこともできやしねえ。ああそうだ、お前とレイジどっちが『上』なんだ?レイジが『下』になってる姿も想像できねえがアイツ来る者拒まずの淫乱だしな、ここ来る前だって男も女も関係なくさんざん楽しんできたんだろう。じゃあ『上』でも『下』でもイケそうだな、そうだ、今度レイジが訪ねてきたら俺の前でヤッて……」
 タジマが絶叫した。
 手が使えなきゃ足、足が使えなきゃ頭。そして、頭が使えなきゃ口で反撃するのが喧嘩の鉄則だ。仰向けに寝転がされ、目隠しされて視界が利かない状況でも口が自由に動けば噛み付くことできる。俺はおもいきりタジマの腕に噛み付いた、それこそ顎が外れるんじゃないかって危ぶむくらい力をこめて犬歯を突き立てた。股間を揉みほぐしていた手が下着から引き抜かれ、濁声の絶叫をまきちらしながらタジマが俺の頭を掴んで引きはがしにかかる。頭を押され髪を掴まれ、横っ面からベッドに叩き落される。
 「ふざけんなこのガキっ、なにしやが」
 「レイジはそんな奴じゃねえ!!」
 タジマの怒声をさえぎり叫ぶ。ハンカチに覆われた暗闇に浮かぶのはレイジの顔、扉の隙間越しに俺にキスしやがったときの笑顔。あの時レイジは約束してくれた、絶対に俺を裏切らないと、哀しませたりしないと、呼べば助けにきてくれると。
 『俺を信じろ、ロン』
 「レイジは、」
 『おまえが大事にしてる牌も俺を信じろって言ってる。あとはお前次第だ。ピンチになったら名前を呼べ、速攻助けにきてやるよ』
 「口が軽くて手が早くていっつもへらへらしててわけわかんなくて無茶苦茶で、ひとのことからかっちゃあ楽しんでる根性悪で食料つったら缶詰しか持ってこねえ馬鹿で口を開けば下ネタとびだしてくる最低な奴で、」
 『鍵屋崎のことは心配すんな。アイツにはサムライがいる、ロンには俺がいる』
 そうだ、レイジはタジマが言うような奴じゃない、俺が一年と半年付き合ってきたレイジはそんな奴じゃない。俺がどんな憎まれ口叩いても愛想尽かさずに面倒見てくれた、お袋やお袋の客みたいに癇癪起こして手を上げたりしなかった。 
 「でも、いい奴なんだよ!!!」
 そうだ、レイジはいい奴だ。畜生そんなことわかってたよ、ずっとまえからわかってたよ。じゃなきゃ俺の為にあれこれしてくれるわけない、レイジはむかつくけどいい奴で、すげえいい奴で、キレたら何するかわかんなくて滅茶苦茶怖いけどでも俺にはいつだって「いい奴」でいてくれて。
 だから勘違いしちまったんだ。
 「調子に乗るなよタジマ、お前にレイジを悪く言う資格なんかこれっぽっちもねえ。いや、そんな台詞俺が言わせねえ」
 ひょっとしたらこれが、こういうのが、「ダチ」って言うんじゃないかって。
 こともあろうにレイジが、誰よりも強くて何でもできるレイジが俺の「ダチ」なんじゃないかって思い上がってたんだ。でも俺にはダチなんかいたことねえし、ダチなんかいらねえって、そんなもんに頼らずに独りで生きてくって決意した手前素直になれなくて、どうしても認めるのが癪で反発してばっかで。
 だけど、今更だけど、タジマに悪く言われたら俺のこと以上に猛烈に腹が立って頭に血が昇って。

 ―「レイジは俺なんかにゃもったいねえくらいのいいダチなんだよ!!」―
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