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売春班の記録2
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顎が外れそうだ。
「っ……ふ」
最大限に口を開けて怒張したペニスを咥え込み、舌で先端をねぶる。
もう何分奉仕を続けてるのかわからない。
呼吸ができない。苦しい。喉が詰まる。酸素を欲して喘ぐ。
はやく達してほしいとそればかりを念じ、ペニスの根元に手を添えて角度を調整しつつ舌を使う。
顎を左右に傾げ、蛇口の栓を捻る要領で緩急つけてペニスの根元を擦る。
コツさえ呑みこめればフェラチオは簡単だった。ペニスの根元に手を添えてゆっくりと口に導き、三分の一ほど咥える。あとは機械的な動作のくりかえし。舌で唾液を塗布するように先端をねぶり、つつく。三回に一回は喉の奥深く達するまで呑みこみ、口腔の粘膜に全体を包み込んで愛撫する。射精するまでひたすら冗長にこのくりかえしが続く。
性行為にも順番がある。
最初はフェラチオから。まずはペニスを勃起させ使い物に足る状態に仕上げないことには肛門を性交の用途とする本番に臨めない。フェラチオに時間がかかればかかるほど客の苛立ちは募り、僕ら売春夫が割を食うことになる。
だからこちらも必死だ。
第一段階としてフェラチオで客を満足させないことには次のステップに進めず、へたすれば逆上した客に暴力を振るわれる。
「ふっ……ん」
満足に息が吸えず窒息しそうだ。口の中でペニスの体積が膨張し、喉を圧迫する。徐徐に限界が近付いている。
客の手で後頭部を押えこまれ、裸の股間に顔を埋めながら冷静に考える。口の端から唾液を垂れ流し、ベッドに腹這いになってペニスを舐める時間はもうすぐ終わる。
今は耐えればいい。
耐えることには慣れた。この数日間で僕には耐性ができた。
今では吐き気を堪えて生臭いペニスを咥えることもできるし、肛門にペニスを受け容れても指で十分に慣らされてからなら激痛にのたうちまわらずに済む。最初はただ苦しくて、吐き気を堪えるだけで精一杯だったが、今では目を閉じて現実逃避することもできる。
たとえばペニスの味。かつてある小説家が生魚の味と評した、淡白かつ青臭い風味。先端の孔から迸り出る精液の苦味。口腔に溜まった唾液が粘りけある精液とまじりあい、どろりと喉を滑り落ちてゆく感覚。
そんなどうでもいいことを考えながら舌を動かす間に口に含んだペニスの大きさが増し、絶頂が近付く。
「!!ぐっ、」
射精の瞬間。
ペニスが脈打ち、先端の孔から迸り出た精液がどろりと口腔に満ちる。呑みこみきれない分が口の端から零れたのを手の甲で拭い、軽く咳き込む。
漸く終わった。いや、まだこれで終わりではない。
本番はこれから始まるのだ。
顎を拭いつつ荒い息を零す僕の視線の先、下半身裸でベッドに腰掛けているのは看守の制服を着た男。
タジマではない。僕が売春班に配属されてからというもの頻繁に訪ねてくる常連客。名前は知らない。興味もない。売春班では最低限の礼儀として客と名乗りあう習慣もない為、ベッドに腰掛ける男のことは無名の看守と呼ぶしかない。
誰がこれから自分を犯す人間の名前を知りたいものか。憎悪の対象を命名したいものか。
涙目で噎せ返る僕に向き直り、看守が笑う。
「吐き出さずに全部飲めよ。口一杯にザーメンくれてやったんだ、一滴だって零したら承知しねえぞ」
命令通り、口腔に蟠る精液を顔をしかめて飲み干す。まずかった。口の中をからにして、漸く言葉を発することができるようになった僕は、顎から手をどけて顔を上げる。
「言われたとおり嚥下したぞ。
次は何を所望だ、僕はどんな体位をとればいい?」
自棄気味に吐き捨て、余裕ありげな笑顔の看守を睨みつける。
東京プリズンの看守はあるいは囚人以上の社会不適合者揃いだ。筆頭格はタジマだが、それ以外の看守とてごく一部の例外を除いてはお世辞にも誉められたものではない。
見た目は至って平凡なこの看守も、とても口には出せない変態的な性向の持ち主だった。
「ついてこい」
看守が顎をしゃくり、先に立って歩き出す。看守の行動を不審がりつつも、後を追って歩き出す。一歩足を運ぶごとに腰の鈍痛が再発して顔をしかめることになった。足を引きずるようにして壁際に到達した僕は、隣で立ち止まった看守を仰ぐ。
「よし」
看守が満足げに首肯する。看守の視線につられて顔を上げ、眉をひそめる。視線の先にはシャワーが吊られていた。
「理解不能だな。こんなところに僕を連れてきてどうする、性行為ならベッドで……」
「手を出せ」
ベッド以外での性行為は体に負担がかかる。たとえば床。硬いコンクリ床に仰臥するのは背中が筋肉痛になり一度で懲りた。たとえば洗面台。洗面台に上体を凭せた体勢で後ろから貫かれるのは辛かった。
渋る僕を遮り、看守が命じる。
仕方がない。諦念のため息をつき、両手を揃えてさしだす。売春夫に選択肢はなく、拒否権もない。客の言う通りにするしか生き延びる道がないのなら従うほかない。
両手首をそろえて差し出し、首をうなだれてその時を待つ。
手首を縛られるのは慣れた。もうさほど抵抗も感じなかった。
僕と対峙する看守には、人には言えない秘密の性癖がある。即ち緊縛。拘束。売春夫の手首をロープで縛り、自由を奪ってから犯すことで性的に興奮する倒錯した嗜好の持ち主……つまりは変質者だ。唾棄すべきタジマの同類だ。
無駄だとわかっていながらも、気だるげに口を開く。
「ひとつ忠告しておくが、ロープはできるだけ緩くしてほしい。手首にあとが残ると後々面倒なんだ。同房の男が目敏くて……痛っ!」
手首にかけられたロープがきつく食いこみ、骨を締め上げる激痛を与えてくる。僕の懇願を最後まで聞かず、ポケットから出したロープで器用に手首を縛り、腕を一本に纏める。
これだから低能は困る。人の話を最後まで聞くという最低限の躾もなってないのだから。
憮然と黙りこんだ僕をよそに、看守はすこぶる上機嫌だった。僕の手首を縛った余りのロープを手に持ち、鼻歌まじりに視線をさまよわせる。
「やっぱりあそこだな。あそこが一番だ」
『あそこ』?
嫌な予感がした。ロープの余りを捧げ持った看守の視線を追えば、壁の上方、フックにかけられたシャワーに行き当たる。看守がおもむろに腕をのばし、フックからシャワーを取り上げる。そして、僕の手首と繋がった余分のロープを爪先立ってフックにひっかける。
何をする気だ、なんて馬鹿な質問はしなかった。今更すぎた。
『吊られる』。
「!やめ、」
抗議の声を発するより早く、僕の足裏が浮いた。手首に巻かれたロープの余りがフックにひっかけられ、僕は両腕を揃えて頭上に掲げて吊られる恰好になった。吊られた手首に全体重がかかり、ロープが容赦なく食いこんで鬱血する。
一体これは何の真似だ?僕の身に何が起きている?
こんなこと今だかつてなかった。目の前の男は、僕を縛って犯しさえすればそれで満足なのだと高を括っていた。僕の手首をロープで縛り、ベッドにうつ伏せに寝かすのがこの男が好む体位だったはずだ。
それにそうだ、僕は服を着たままだ。フェラチオの段階では服を脱ぐ必要がなかったから、今もまだ囚人服を身に付けたままだ。
まさかこの体勢で、シャワーフックから吊られたこの体勢で行為を強制されるのか?服を着たまま?
「何を考えてるんだ貴様は、頭がどうかしてるのか!?」
落ち着け鍵屋崎直、冷静になれ。冷静に。
容赦なく手首を締め付けるロープの痛みに顔をしかめつつ、極力声を抑えて反論する。
「即刻ロープをほどけ、こんな無理な体勢で性行為に及べるわけがない。
常識で考えてわからないのか?縛りたいなら縛ればいい、僕の手首をロープで縛って自由を奪えばいい。だが、こんな体勢で性行為に臨めるわけがない。
立ったまま挿入されるのは一度で懲りた、あんな思いをするのはもうごめんだ!!」
できるだけ冷静であろうと努めたのに、語尾は悲鳴に近くなった。
僕の最初の客。洗面台に僕を寄りかからせて背後から犯したイエローワークの同僚。洗面台の鏡に映った相手の顔と自分の顔が脳裏にまざまざとよみがえり、全身が総毛立つような生理的嫌悪を覚える。
体を動かせばそれだけ手首にロープが食い込み、血が滞る。頭ではわかっているが、本能的に身を捩る動作をやめられない。
何とか自力でロープをほどこうと激しく身をよじる僕の正面、いやらしくにやつきながら看守が言う。
「暴れれば暴れるだけロープが手首に食いこんできつくなるぜ。諦めろよ、もう。一回やってみたかったんだよな、こうやって吊るして犯すの。なあ、なんで俺がおまえを贔屓にしてるか理由がわかるか?」
「タジマの推薦か?」
「それもある」
皮肉のつもりが的を射ていたらしく複雑な気分になる。タジマに推薦されても嬉しくないどころか迷惑だ、非常に。しばらく考え、妥当な結論を下す。
「僕が最も腕力がなく御しやすいからだ。貴様のような腰抜けは大抵獲物の逆襲を恐れているからな、ロープで手首を縛らなければ僕らを犯すこともできないのがその証拠だ」
「近いが、違うな」
おどけたように肩を竦めた看守が、僕の方へと身を乗り出し、シャワーを顔に近付ける。
「正解は……お前がいちばん軽いからだよ、体重が」
たしかに僕は痩せているほうだ。イエローワークの強制労働で太れなかったのもあるが、売春班に配属されてからさらに体重が激減した。
だが、それがどうして……
待てよ。そういうことか。
「そういうことだったのか」
喉の奥から卑屈な笑いが漏れる。そうか、そういうことだったのか。実に単純明解な理由だ。体重が軽ければ、それだけ僕を吊ることが容易になる。
つまりこの看守は、前もって僕に目をつけ、この事態を想定して売春班に通い続けてきたのだ。
僕を指名した動機は「犯す」ことよりも「吊る」ことが主体だったのだ。
なるほど、逆転の発想か。
「真性の変態だな。売春班通いが常習化したタジマの同類にろくな人間はいない、真に唾棄すべき下劣さだ。そうまでして僕を吊りたかったのか、吊りながら犯したかったのか?」
笑い声は嗚咽に似ていた。笑いの発作は止まらなかった。
タジマの同僚はタジマの同類だった、ただ単純にそれだけの話だ。全体重がかかった手首の痛みも、つま先が触れるか触れないかの床までの距離もあるひとつの事実を暗示していた。
逃げられない。
看守が栓を捻り、僕の顔面にシャワーの湯を浴びせたのはその直後だった。
「かはっ、」
目と鼻と口と耳と、孔という孔にシャワーの湯が入りこんでおもいきり噎せ返る。シャワーの湯には味がなかった。いや、かすかに鉄錆びた風味があった。壁に埋め込まれた配管の内部が錆びていたせいだろう。
喉の奥に凝っていた精液の後味がシャワーの湯で洗い流されたのはよかったが、濡れ髪が額にはりつき、湯気で曇る視界を遮るのには辟易した。
それだけではない。僕は服を着たままだった。囚人服の上下を着たままシャワーを浴びせ掛けられたのだ。
たちまち服が濡れて素肌が透け始め、半透明のシャツに胸の突起が浮く。
「乳首の形が浮いてるな。色まではっきりわかる」
「!っあ、」
シャワーを持ったのとは逆の手で乳首をつねられ、声をあげる。
水に濡れたシャツとズボンがぴったり体に密着し、透けた生地越しに色素の沈殿した痣を浮きあがらせていた。
指の腹で執拗に乳首を捏ねながら、シャワーを腋の下に押しあて、体の線に沿って緩慢に滑らせる。
「んっ………は」
変な感じだ。性感帯を探るようにシャワーが腋の下に潜りこみ、乳首に交互に押しあてられ、薄い胸板で円を描く。間接的で性的な愛撫。足元から立ちのぼるシャワーの湯気が生温かく顔を撫で、上せた頭が朦朧とする。
「乳首が勃ってるぜ。シャワーかけられて感じてんのかよ」
顎をしゃくられて目を落とせば、指とシャワーとを交互に用いた執拗な責めで乳首が勃ちはじめていた。
「さわ、るな。シャワーを止めろ、気道に水が入る……溺死させる気か?」
咳をまじえながら反駁する。体が熱かった。はやく解放してほしかった。さもなくば溺れ死んでしまう。
薄れ始めた意識の中、指で捏ねられて硬くしこりはじめた乳首から顔を背ける。
「溺死。drowning.体外より気道を通じて侵入した液体により、気道内腔が閉塞されて起こる死。溺水による窒息。死の機序。溺水の吸引。吐血・喀血の気道内吸引による窒息は溺死と言わない。溺水。浅い水でも溺死可能な……死体所見は……」
「なにぶつぶつ言ってんだよ、うるせえよ」
「!!ひ、あ」
股間にシャワーを押し当てられる。ズボンの股間にじわじわと染みが広がる、反射的に体が仰け反る。
股間が濡れて気持ちが悪い。勢いを強めたシャワーの湯が股間にかかるたびに性器が刺激され、徐徐に勃ちあがりはじめた先端に血が集まる。
「どけろ、ほどけ、シャワーをどけろ!!」
熱い。体が熱い。熱くて熱くて気が狂いそうだ。
シャツを押し上げる乳首を指の腹で揉みしだき、もう片方の手にシャワーを持ち、先端部をズボンの股間に押しつける。
股間を揉みこむように猥褻な動きでシャワーの先端部を押しつけてくる手。
フックに吊られた両腕を揺さぶり、シャワーから逃れようと身をよじる僕の耳朶に揶揄がふれる。
「これが欲しいんだろ?もっと気持ちよくなりたいんだろ?じゃあ、やるよ」
勢い良く湯が迸りでるシャワーの先端部が、無造作に下着の内側に突っ込まれる。
「あ、ああああっああっあ!?」
下着の内側に挿入されたシャワーが性器を直接刺激して、次の瞬間、僕は射精していた。
「なんだよ、下着にシャワー突っ込まれただけでイッちまったのか?あっけねえ」
ズボンの股間に滲みだした白濁の残滓を見下ろし、看守が歯を見せて笑う。勝利の笑み。気が済んだのなら一刻も早くシャワーを抜いてほしかった。
下着の内側では、性器に密着したシャワーが今もまだ湯をかけ続けているのだ。
「……さあ、気が済んだのなら早く抜いてくれ。馬鹿げたお遊びは終わりにしてくれ。念のために言っておくが、貴様はシャワーの用途を間違えてるぞ。 シャワーフックは本来人を吊るすための道具じゃないし、シャワーは悪趣味な性玩具じゃない。大胆かつ独創的な発想にはある種敬意を覚えなくもないが、そもそもシャワーフックにひと一人分の体重を支える耐性などない。想定外の負荷がかかれば壊れてしまうぞ。
十中八九フックが壊れると仮定して看守の安月給で修理費を払えるのか?」
「……吊るされてもへらねえ口だな」
「毒舌が取り柄だからな」
最後の力を振り絞り、虚勢の笑みを浮かべる。
立場を弁えない軽口が気に障ったのか、ふんと鼻を鳴らした看守が僕の股間からシャワーを引き抜き、足元の床に放る。シャワーのホースがうねり、床にぶつかった先端部が蛇のように鎌首をもたげて周囲に水滴を撒き散らす。
「その恰好で俺のモン突っ込まれてもお高くとまってられるかな」
看守が僕のズボンを下げおろし、両足を抱え上げ、強引に左右に割る。尻の柔肉を押し広げて肛門に添えられたのは、赤黒く怒張した男根。
「シャワーでケツの穴ほぐしてもらいたいか?」
僕の腰を抱え上げた看守を睨みつけ、プライドが砕け散る最後の瞬間までせめて虚勢を保とうと挑発的な笑みを吐く。
「シャワーの用途を間違えるな。低能め」
それが、僕の答えだ。
「そうだ、忘れてた」
僕の腰を抱え上げ看守が突然言う。
忘れていた?何を?不審げに眉をひそめた僕の正面、企み顔でほくそ笑んだ看守が名残惜しげに僕の腰をおろす。足元の床に広がる水溜り。
コンクリ床に放置されたシャワーの先端から迸った水が裸足の足裏を浸し、螺旋に渦巻いて隅に穿たれた排水口へと吸いこまれてゆく。
サウナのような湿気と熱気、乳白色の湯気が濛々とたちこめる中、コンクリ床を叩く水音だけがやけに鮮明に響く。
何事か気付いて行為を中断した看守が、口角に卑しい笑みを溜めて僕の上着の裾へと手を伸ばす。たっぷりと水を含み、腹部にへばりついた上着の裾に手をかけ、ゆっくりとめくりあげる。
へそが覗き、下腹が覗き、胸板が覗く。
緩慢な動作で僕の上着の裾をめくりあげながら何度も唇を舐める。
看守は疑いようもなく僕の体に欲情していた。目は爛々と輝いていた。
むきだしの股間は固く勃起していた。赤黒く剥けた醜悪な性器だった。
吐き気がする。
醜悪な性器を視界から追い出そうと無理矢理顔を背けた僕の目に留まったのは、裸の胸の突起。看守の手により胸まで捲られた上着の下から露出した胸板では、乳首が固くしこっていた。
シャワーと手とを交互に用いた執拗な責めで不本意にも反応してしまった胸の突起が、どうしようもなく羞恥心の熾火をかきたてる。
体の突端は敏感だ。快感に貪欲で忠実だ。
僕の意志に反して乳首は痛いほどに尖りきり、空気に触れた瞬間には微電流が走るような刺激があった。
「……っふ、……」
「いやらしい体だな。男のくせにびんびんに乳首勃てて……恥ずかしくねえのかよ」
両腕を一本に纏められてフックに吊られた僕には、体前で腕を交差させ看守の視線から身を守ることもできない。
一糸纏わぬ裸身を欲情した視線に晒した僕は、一刻も早く彼が飽きてこの時間が終わってくれるよう顔を背けて祈るしかない。
目の前の男は明らかに僕の裸体に性的興奮をおぼえていた。
理解できない。こんな貧相な体のどこに性的興奮を覚えるというんだ?不健康に生白い肌も筋肉の発達してない未成熟な胸板も華奢な細腰も棒のように貧弱な太股も僕には劣等感の塊でしかないのに。
東京プリズンに来て半年が経過し、男が男が犯す日常にもすっかり馴染んだつもりでいたが、それが自分の身に起きるとなると根本的な生理的嫌悪を拭えない。同性に向けられる好色の視線など不快でしかない。だが、それなら何故僕の体は反応してる?唾液で湿した指の腹で執拗に捏ねられ、湯を注がれた乳首が勃っているのは?体が敏感に反応してしまうのは何故だ?
「!っあ、」
刺激。
びくんと体が仰け反り、背骨が撓る。看守がにやにやと笑いながら、尖りきった乳首を指で弾いたのだ。
「タジマの言うとおり感度がいいな」
タジマの名前を聞くと気分が悪くなる。
「……タジマから何を聞いたのか知らないが、それはでたらめだ。でまかせだ。捏造だ。虚妄だ」
僕は感じてなどいない。僕は不感症なのだから、感じるわけがない。セックスなど不快でしかない。乾燥した手で体の表裏をまさぐられるのは不快でしかない。気持ちよくなどない少しも。僕が感じているなどありえない。心まで売春夫に堕ちるようなことは絶対にあってはならない。
これは何かの間違いだ。
「本当か?」
「本当だ」
不毛な問答。水滴の滴る前髪越しに、顎を引き、まっすぐに看守を睨みつける。挑むような眼差し。
眼鏡をしてないせいで間近にあるはずの看守の顔が曖昧にぼやけていた。頭がのぼせて意識が朦朧としてるせいかもしれない。濛々と視界に被さる湯気のせいかもしれない。腕の感覚がなくなってきた。ロープで縛られて頭上に掲げられた腕から血液が下りてくるのがわかった。
あとどれ位、何分何十分何時間この姿勢でいればいいのだろう。何分何十分何時間僕にこの姿勢をとらせれば看守は満足するのだろう。早く縄をほどいてほしかった。フックからおろしてほしかった。手首だけで全体重を支えるのは辛かった。裸足のつま先が触れるか触れないかの床までの距離がもどかしかった。
宙吊り。
「命令だ。はやく、一刻も早くロープをほどいて僕を下におろせ」
これ以上は体がもたない。手首が鬱血して感覚が麻痺してきた。フックを軋ませて腕を揺さぶり、身をよじるように看守を振り仰ぐ。
だが、看守は僕の必死さを嘲笑うように薄笑いを浮かべるのみ。ささやかな抵抗とフックを軋ませて体を揺さぶる僕の頭の先からつま先までを舐めるように視姦する。
肌が過敏になっている。腕が自由ならば局部を隠すこともできるのにと歯噛みしつつ、紅潮した顔を俯ける。
なんて無様な姿なんだ。無様でみっともない姿なんだ、鍵屋崎直。お前は本当に天才か?かつては鍵屋崎優の後継者として将来を嘱望された、日本の未来を背負って立つと期待された鍵屋崎直なのか?
その僕が何故こんな姿でいる、こんな屈辱的な姿勢をとらされている!?
「命令だ」
こんな現実、認めたくない。
これは何かの間違いだ。
これまで起きたこともこれから起きることも何かの間違いだ。
そうとしか考えられない、そうでなければいけない。
「ロープをほどけ。フックからおろせ。シャワーを止めてくれ。僕を、」
言葉に詰まる。胸裏でせめぎあう葛藤。僕をどうしろというんだ?唇を噛んで顔を伏せれば貧弱な下半身が目にとびこんでくる。
擦り傷と痣とが目立つ痛々しい太股。
下着の中にシャワーを突っ込まれただけで白濁した精液を放ち、萎縮した性器。内腿と下腹には先端の孔から迸った精液の残滓が付着してる。
蛭が這ったあとのように粘ついた感触が気持ち悪い。体に付着した精液の残滓を洗い流したくて、行為の痕跡を消したくて発狂しそうだった。
苦渋に顔を歪め、吐き捨てるように要求する。
「……僕を、ベッドに連れていってくれ」
フックに吊られて立ったまま犯されるよりベッドでうつぶせに寝かされて犯されるほうがずっとマシだ。そのほうが体に負担がかからない。ひどくみじめな気分だった。自分が最低の人間になった気分。屈辱感と敗北感に打ちひしがれて悄然と首をうなだれた僕をよそに、看守が腕組みをほどく。
ロープをほどいてくれるのか?おろしてくれるのか?
一縷の希望に縋るように顔を上げる。体に湯気がまとわりつく。おもむろにその場に屈みこんだ看守が僕の股間へと顔を埋め……
「ひ、ぐ!?」
ペニスを口に含む。
目を疑う卑猥な行為。信じられない。現在僕の身に何が起きている?売春班に配属されてから口で奉仕するのには慣れた、しかし自分がされるのは初めてだ。ひきつけを起こしたように背中を仰け反らせて足を暴れさせても無駄だった。踝でむなしく虚空を蹴り暴れたところで僕の股間に顔を埋めた看守は意地悪い笑みを深めるだけだ。
看守の舌遣いは巧みだった。口腔に包み込んだペニスに熱い舌が絡むたび、腰が蕩けるような感覚に襲われる。未知の感覚、未知の快感。熱い。体が熱い。腰から下がどろどろに溶けてしまいそうだ気が狂いそうだ頭がどうかしてしまいそうだ助けてくれ助けてくれ……
「やめ、てくれ!そこは尿を排泄する器官だぞよくそんな場所に口をつけられるな汚いとは思わないのか理解できない、理解できない!!」
「なに言ってんだ、お前だって俺たちのモンぴちゃぴちゃ音たてて舐めてきたろう。お前はフェラうまいってタジマが誉めてたぜ」
僕の中で何かが爆ぜた。
今まで蓄積されていた物が一挙に膨れ上がり、弾けた。
気付けば僕は叫んでいた。フックに吊られた腕を揺さぶりはげしく身をよじり、手負いの獣のように死に物狂いで暴れていた。懸命に叫んでいた。
「そんなことで誉められても嬉しくない、それに僕はあんな行為上達したくなどなかった仕方なかったんだ最初の頃は吐き気を堪えるのに必死でわけがわからなくて喉が詰まって苦しくて、今だって満足に呼吸できずに喉がつかえて吐き気と戦うのに必死なんだ!本当はあんなもの咥えたくない、あんな汚い物口に含みたくない、あんな汚い物を含んだ口でサムライと会話したくない!!そんなことをしたら彼まで、」
彼まで汚してしまうじゃないか。僕の汚れが伝染ってしまうじゃないか。
僕はサムライを汚したくない。生まれて初めてできた友人だ。大切な存在だ。だからもう彼とは口を利いては駄目だ、これ以上彼に心配かけさせては駄目だ。瞼がじんわりと熱を帯びる。涙腺が焼ききれそうだ。サムライは僕がこんなことをされてるなど夢にも思わないだろう。両腕を縛られフックに吊られてペニスを口に含まれているなんて夢にも思いはしないだろう。それでいいんだ。今僕の身に起きてることを彼に知られるくらいなら死んだほうがマシだ。こんな屈辱的な……
「!ひっ、」
舌が淫猥に蠢く。ペニスの先端に血が集まる。さっき射精したばかりだというのに看守の口の中のペニスが再び勃ちあがりかけている。両腕が自由になるなら性器を切り落としたかった。僕がまだ理性を保っていられるうちに、プライドを手放さないでいられるうちに。
「あっ、あっ、ひ……」
唾液を捏ねる音が淫猥に響く。粘着質に糸引く唾液がペニスに絡みつく。
腰が溶けそうだ。こんな感覚今まで味わったことがない。
これが快感なのか?僕は今快感を感じているのか?
「やめ………、もう……」
やめてくれと叫びたかった。心の底から。犯したければ犯せばいい。だからもう解放してくれ、体を拘束するなら心を解放してくれ。プライドを蹂躙しないでくれ。
声が抑えきれない。甘く濡れた喘ぎ声。湿った嗚咽。これが本当に僕の声だろうか?情けない。サムライが聞いたらどう思うだろう。体を揺するたびにフックが耳障りな軋り音をたてた。
自分の体が自分の体じゃないみたいに意志を裏切って反応していた。自制が利かなかった。
淫蕩な熱に溺れて堕ちてゆく。
どこまでもどこまでも堕ちてゆく。
僕の股間に顔を埋めて巧みに舌を動かしながら床に片手をのばし、放水したシャワーを拾い上げる看守。何をする気だ?朦朧と霞んだ目を看守の手元に凝らして動向を探る。頭は弛緩していた。熱に浮かされたようにぼんやりとして正常に思考が働かなかった。圧倒的な快感に理性が押し流され、思考力を根こそぎ奪い去られた頭ではまともに物が考えられなかった。目に映る光景が脳裏に浸透するまで時間がかかったのはそのせいだ。
看守が片手でシャワーを引き寄せ、放水した先端部をもたげ、僕の股間へと近づける。
看守が僕の睾丸をまさぐり、裏返し、そして……
「!!!!ああああっあっ、あああっ」
睾丸の裏側にシャワーを押し当てる。腰を駆け抜けて直接脳髄へと響くような強烈な刺激。快感。もう声を噛み殺すこともできなかった。意志の力で下肢の痙攣を止めることもなかった。下肢の痙攣は生理現象だった。卑猥な動きで睾丸を揉みこみシャワーで刺激する傍ら、口に含んだペニスに舌を絡める。同時進行する愛撫。たまらなかった。理性など瞬時に蒸発してしまった。全身が淫蕩に火照っていた。
もっと刺激が欲しかった。はやく達してしまいたかった。射精したかった。
これ以上焦らされたら気が変になる、本格的におかしくなってしまう。こんな快感がずっと続くのは拷問だ、生殺しの責め苦以外の何物でもない。シャワーの湯をかけながら睾丸を揉みほぐし、僕のペニスに舌を絡めつつ、上目遣いに表情を探る看守。僕は今どんな顔をしてるだろう?想像したくもない、自分が感じている顔など。男に無理矢理感じさせられている顔など。
「あっ、ああっ、ふっ、ひっ……」
「あんまりよすぎてもう喘ぐしかねえってか」
ペニスから口をはなした看守が勝ち誇ったように言う。達する直前に口腔から抜かれたペニスが外気に晒され、ひやりとする。口を塞ぎたい。声を殺したい。駄目なら舌を抜いてしまいたい。次第に浅く速くなる呼吸とともに肩を上下させ、薄い胸板を喘がせる。射精したくて気が狂いそうだ。ペニスはもう限界まではりつめて透明な雫を滲ませている。
看守が立ちあがり、水に濡れそぼった僕の上着を一気にまくりあげて首から抜き、両腕に絡める。手首をロープで束縛された上に水を吸って重たくなった上着が腕に纏わりつく。二重の拘束感。
体を覆う物はなにもなかった。硬くしこった乳首も薄い胸板も痣だらけの腹部も勃起した股間も貧弱な太股もすべてを曝け出していた。シャワーの水音がどこか遠くで聞こえる。現実には僕の足元に放置されているのに。
「らくにしてやるよ」
看守が僕の腰を抱え上げ、ペニスの先端を肛門に添える。挿入の瞬間には痛みを感じた。
「!ひぐっ」
内臓を抉る灼熱感。一塊の海綿のように膨張した体積が体内へと押し入ってくる感覚。何度体験しても慣れない感覚。垂直に屹立したペニスが臀部の筋肉を押し分けて肛門を穿ち、充血した直腸内をかきまわす。
立ったまま挿入すると結合が深くなり、先端が奥へと届く。
「……痛っ……、」
涙で視界が曇る。立ったまま行為に及ぶのはこれが二度目だ。腰を抱えられ揺さぶられ、玩具のように体を弄ばれて、それでも僕は勃起していた。認めたくなかったがそれが事実だ。看守が下から叩きつけるようにペニスを挿入するたび律動的に腰が弾み、呼吸が浅く荒くなる。
「あっ、あっ、あっ、ああっ……」
発情期の雌犬みたいな喘ぎ声が口から漏れた。どうすることもできなかった。看守のペニスはもはや完全に根元まで埋まっていた。きつかった。腸壁を突き破ったペニスが喉元まで達しそうな圧迫感。
「お前だってずっとこうしてほしかったんだろ。本当は縛られて吊るされて犯されるのが好きなんだろう。タジマがそう言ってたぜ」
「タ、ジマの言うことは嘘だ。彼は虚言症、だから……ひっあ!」
言葉が続かない。看守が僕の尻を持ち上げ、落とす。その度ペニスに貫かれる。焼けた鉄串で貫かれるようなものだった。だが、僕のペニスは一向に力を失わなかった。急角度にそそりたったまま透明な雫を滲ませて脈打っていた。
はやくはやく終わってくれはやくはやく終わってくれこれは悪い夢だ現実じゃない現実であるものか…
「奥まで届いてるのがわかるだろ。お前の中ぐちゃぐちゃだぜ」
僕の耳元で看守が卑猥に囁き、自分の言葉に興奮したかのようにペニスの硬さ太さが増し……
凄まじい快感が下肢から脳天を貫いた。
「あああっああああああああっああああっ!!!」
ペニスが爆ぜた。
直腸内に生温かい粘液が広がり、肛門から溢れ、内腿に沿い滴り落ちる。
自分を犯す男と同時に射精してしまったという事実に打ちのめされ、力尽きて首をうなだれる。僕が放った白濁の残滓は下腹にまで飛散していた。ただ、みじめだった。射精すると同時に体から熱が去り、手首に感覚が戻ってきた。痛かった。僕の位置からでは見えないが、ロープが食いこんだ手首は青黒く鬱血して痣になっていることだろう。
手首の痣は当分消えない。
僕の体に沈殿した汚れは、一生消えない。
どれだけシャワーで洗い流しても永遠に。
「俺の太くて硬いもんでごりごり抉られた気分はどうだよ」
僕の肛門からペニスを引きぬいた看守が得意げに反り返る。頭上に両腕を吊られた僕は抜け殻めいた放心状態で看守を見返す。目には膜が張っていた。シャワーはまだ止まずに僕の足元に水をかけ続けている。
「…………だ」
「ああ?」
手首が軋む。全身の間接が軋む。明日は筋肉痛になるだろう、とどうでもいいことを漠然と考える。手首の痣をサムライに見咎められなければいいが。僕はもう汚れてしまったが、彼には汚れてほしくない。
どうせ一回で満足するはずはない。
それこそ、フックが過負荷に壊れるまで行為はくりかえされるだろう。
僕の地獄は終わらずに拷問は継続される。
胸郭に息を吸いこみ、気だるくかぶりを振って水滴を撒き散らし、顔を上げる。
ズボンを引き上げて股間をしまいもせず、腕を吊られた僕を満足げに眺める看守をまっすぐに見返し、はっきりと言う。
「最悪だ。それ以外の回答を期待してたというなら自信過剰ぶりが笑えるな」
看守の表情が強張る。
これでいいんだ。後悔はない。どうせ僕はもう、どれだけ足掻いても這いあがれない底のそこまで堕ちてしまったのだから。さらに泥濘にはまるくらいのことがなんだ、少しも怖くはない。これからどんなことが起ころうが僕はこれから先も僕であり続ける、突き詰めればそれだけのことだ。
自分が汚されることなど、他人を汚すことに比べれば少しも怖くない。
自然と笑みが浮かんだ。どんな種類の笑みかは自分でも判断つきかねた。諦観の笑みか、はたまた嘲りか。濡れ髪から水滴を滴らせつつ微笑んだ僕の正面、看守の双眸が怒気を孕み、床に落ちたシャワーをひったくる。
何をされるのか薄々予期していた。覚悟もできていた。今更驚きはしなかった。
僕は最後の瞬間まで目を閉じなかった。顔を背けたりもしなかった。しっかりと目を見開いて看守を睨みつけたまま、顔面にシャワーを浴びせられて咽ることになっても後悔はなかった。
どれだけシャワーをかけても洗い流せない汚れが僕の体に沈殿してる。
ならばとことんまで堕ちてやるまでだ。
「っ……ふ」
最大限に口を開けて怒張したペニスを咥え込み、舌で先端をねぶる。
もう何分奉仕を続けてるのかわからない。
呼吸ができない。苦しい。喉が詰まる。酸素を欲して喘ぐ。
はやく達してほしいとそればかりを念じ、ペニスの根元に手を添えて角度を調整しつつ舌を使う。
顎を左右に傾げ、蛇口の栓を捻る要領で緩急つけてペニスの根元を擦る。
コツさえ呑みこめればフェラチオは簡単だった。ペニスの根元に手を添えてゆっくりと口に導き、三分の一ほど咥える。あとは機械的な動作のくりかえし。舌で唾液を塗布するように先端をねぶり、つつく。三回に一回は喉の奥深く達するまで呑みこみ、口腔の粘膜に全体を包み込んで愛撫する。射精するまでひたすら冗長にこのくりかえしが続く。
性行為にも順番がある。
最初はフェラチオから。まずはペニスを勃起させ使い物に足る状態に仕上げないことには肛門を性交の用途とする本番に臨めない。フェラチオに時間がかかればかかるほど客の苛立ちは募り、僕ら売春夫が割を食うことになる。
だからこちらも必死だ。
第一段階としてフェラチオで客を満足させないことには次のステップに進めず、へたすれば逆上した客に暴力を振るわれる。
「ふっ……ん」
満足に息が吸えず窒息しそうだ。口の中でペニスの体積が膨張し、喉を圧迫する。徐徐に限界が近付いている。
客の手で後頭部を押えこまれ、裸の股間に顔を埋めながら冷静に考える。口の端から唾液を垂れ流し、ベッドに腹這いになってペニスを舐める時間はもうすぐ終わる。
今は耐えればいい。
耐えることには慣れた。この数日間で僕には耐性ができた。
今では吐き気を堪えて生臭いペニスを咥えることもできるし、肛門にペニスを受け容れても指で十分に慣らされてからなら激痛にのたうちまわらずに済む。最初はただ苦しくて、吐き気を堪えるだけで精一杯だったが、今では目を閉じて現実逃避することもできる。
たとえばペニスの味。かつてある小説家が生魚の味と評した、淡白かつ青臭い風味。先端の孔から迸り出る精液の苦味。口腔に溜まった唾液が粘りけある精液とまじりあい、どろりと喉を滑り落ちてゆく感覚。
そんなどうでもいいことを考えながら舌を動かす間に口に含んだペニスの大きさが増し、絶頂が近付く。
「!!ぐっ、」
射精の瞬間。
ペニスが脈打ち、先端の孔から迸り出た精液がどろりと口腔に満ちる。呑みこみきれない分が口の端から零れたのを手の甲で拭い、軽く咳き込む。
漸く終わった。いや、まだこれで終わりではない。
本番はこれから始まるのだ。
顎を拭いつつ荒い息を零す僕の視線の先、下半身裸でベッドに腰掛けているのは看守の制服を着た男。
タジマではない。僕が売春班に配属されてからというもの頻繁に訪ねてくる常連客。名前は知らない。興味もない。売春班では最低限の礼儀として客と名乗りあう習慣もない為、ベッドに腰掛ける男のことは無名の看守と呼ぶしかない。
誰がこれから自分を犯す人間の名前を知りたいものか。憎悪の対象を命名したいものか。
涙目で噎せ返る僕に向き直り、看守が笑う。
「吐き出さずに全部飲めよ。口一杯にザーメンくれてやったんだ、一滴だって零したら承知しねえぞ」
命令通り、口腔に蟠る精液を顔をしかめて飲み干す。まずかった。口の中をからにして、漸く言葉を発することができるようになった僕は、顎から手をどけて顔を上げる。
「言われたとおり嚥下したぞ。
次は何を所望だ、僕はどんな体位をとればいい?」
自棄気味に吐き捨て、余裕ありげな笑顔の看守を睨みつける。
東京プリズンの看守はあるいは囚人以上の社会不適合者揃いだ。筆頭格はタジマだが、それ以外の看守とてごく一部の例外を除いてはお世辞にも誉められたものではない。
見た目は至って平凡なこの看守も、とても口には出せない変態的な性向の持ち主だった。
「ついてこい」
看守が顎をしゃくり、先に立って歩き出す。看守の行動を不審がりつつも、後を追って歩き出す。一歩足を運ぶごとに腰の鈍痛が再発して顔をしかめることになった。足を引きずるようにして壁際に到達した僕は、隣で立ち止まった看守を仰ぐ。
「よし」
看守が満足げに首肯する。看守の視線につられて顔を上げ、眉をひそめる。視線の先にはシャワーが吊られていた。
「理解不能だな。こんなところに僕を連れてきてどうする、性行為ならベッドで……」
「手を出せ」
ベッド以外での性行為は体に負担がかかる。たとえば床。硬いコンクリ床に仰臥するのは背中が筋肉痛になり一度で懲りた。たとえば洗面台。洗面台に上体を凭せた体勢で後ろから貫かれるのは辛かった。
渋る僕を遮り、看守が命じる。
仕方がない。諦念のため息をつき、両手を揃えてさしだす。売春夫に選択肢はなく、拒否権もない。客の言う通りにするしか生き延びる道がないのなら従うほかない。
両手首をそろえて差し出し、首をうなだれてその時を待つ。
手首を縛られるのは慣れた。もうさほど抵抗も感じなかった。
僕と対峙する看守には、人には言えない秘密の性癖がある。即ち緊縛。拘束。売春夫の手首をロープで縛り、自由を奪ってから犯すことで性的に興奮する倒錯した嗜好の持ち主……つまりは変質者だ。唾棄すべきタジマの同類だ。
無駄だとわかっていながらも、気だるげに口を開く。
「ひとつ忠告しておくが、ロープはできるだけ緩くしてほしい。手首にあとが残ると後々面倒なんだ。同房の男が目敏くて……痛っ!」
手首にかけられたロープがきつく食いこみ、骨を締め上げる激痛を与えてくる。僕の懇願を最後まで聞かず、ポケットから出したロープで器用に手首を縛り、腕を一本に纏める。
これだから低能は困る。人の話を最後まで聞くという最低限の躾もなってないのだから。
憮然と黙りこんだ僕をよそに、看守はすこぶる上機嫌だった。僕の手首を縛った余りのロープを手に持ち、鼻歌まじりに視線をさまよわせる。
「やっぱりあそこだな。あそこが一番だ」
『あそこ』?
嫌な予感がした。ロープの余りを捧げ持った看守の視線を追えば、壁の上方、フックにかけられたシャワーに行き当たる。看守がおもむろに腕をのばし、フックからシャワーを取り上げる。そして、僕の手首と繋がった余分のロープを爪先立ってフックにひっかける。
何をする気だ、なんて馬鹿な質問はしなかった。今更すぎた。
『吊られる』。
「!やめ、」
抗議の声を発するより早く、僕の足裏が浮いた。手首に巻かれたロープの余りがフックにひっかけられ、僕は両腕を揃えて頭上に掲げて吊られる恰好になった。吊られた手首に全体重がかかり、ロープが容赦なく食いこんで鬱血する。
一体これは何の真似だ?僕の身に何が起きている?
こんなこと今だかつてなかった。目の前の男は、僕を縛って犯しさえすればそれで満足なのだと高を括っていた。僕の手首をロープで縛り、ベッドにうつ伏せに寝かすのがこの男が好む体位だったはずだ。
それにそうだ、僕は服を着たままだ。フェラチオの段階では服を脱ぐ必要がなかったから、今もまだ囚人服を身に付けたままだ。
まさかこの体勢で、シャワーフックから吊られたこの体勢で行為を強制されるのか?服を着たまま?
「何を考えてるんだ貴様は、頭がどうかしてるのか!?」
落ち着け鍵屋崎直、冷静になれ。冷静に。
容赦なく手首を締め付けるロープの痛みに顔をしかめつつ、極力声を抑えて反論する。
「即刻ロープをほどけ、こんな無理な体勢で性行為に及べるわけがない。
常識で考えてわからないのか?縛りたいなら縛ればいい、僕の手首をロープで縛って自由を奪えばいい。だが、こんな体勢で性行為に臨めるわけがない。
立ったまま挿入されるのは一度で懲りた、あんな思いをするのはもうごめんだ!!」
できるだけ冷静であろうと努めたのに、語尾は悲鳴に近くなった。
僕の最初の客。洗面台に僕を寄りかからせて背後から犯したイエローワークの同僚。洗面台の鏡に映った相手の顔と自分の顔が脳裏にまざまざとよみがえり、全身が総毛立つような生理的嫌悪を覚える。
体を動かせばそれだけ手首にロープが食い込み、血が滞る。頭ではわかっているが、本能的に身を捩る動作をやめられない。
何とか自力でロープをほどこうと激しく身をよじる僕の正面、いやらしくにやつきながら看守が言う。
「暴れれば暴れるだけロープが手首に食いこんできつくなるぜ。諦めろよ、もう。一回やってみたかったんだよな、こうやって吊るして犯すの。なあ、なんで俺がおまえを贔屓にしてるか理由がわかるか?」
「タジマの推薦か?」
「それもある」
皮肉のつもりが的を射ていたらしく複雑な気分になる。タジマに推薦されても嬉しくないどころか迷惑だ、非常に。しばらく考え、妥当な結論を下す。
「僕が最も腕力がなく御しやすいからだ。貴様のような腰抜けは大抵獲物の逆襲を恐れているからな、ロープで手首を縛らなければ僕らを犯すこともできないのがその証拠だ」
「近いが、違うな」
おどけたように肩を竦めた看守が、僕の方へと身を乗り出し、シャワーを顔に近付ける。
「正解は……お前がいちばん軽いからだよ、体重が」
たしかに僕は痩せているほうだ。イエローワークの強制労働で太れなかったのもあるが、売春班に配属されてからさらに体重が激減した。
だが、それがどうして……
待てよ。そういうことか。
「そういうことだったのか」
喉の奥から卑屈な笑いが漏れる。そうか、そういうことだったのか。実に単純明解な理由だ。体重が軽ければ、それだけ僕を吊ることが容易になる。
つまりこの看守は、前もって僕に目をつけ、この事態を想定して売春班に通い続けてきたのだ。
僕を指名した動機は「犯す」ことよりも「吊る」ことが主体だったのだ。
なるほど、逆転の発想か。
「真性の変態だな。売春班通いが常習化したタジマの同類にろくな人間はいない、真に唾棄すべき下劣さだ。そうまでして僕を吊りたかったのか、吊りながら犯したかったのか?」
笑い声は嗚咽に似ていた。笑いの発作は止まらなかった。
タジマの同僚はタジマの同類だった、ただ単純にそれだけの話だ。全体重がかかった手首の痛みも、つま先が触れるか触れないかの床までの距離もあるひとつの事実を暗示していた。
逃げられない。
看守が栓を捻り、僕の顔面にシャワーの湯を浴びせたのはその直後だった。
「かはっ、」
目と鼻と口と耳と、孔という孔にシャワーの湯が入りこんでおもいきり噎せ返る。シャワーの湯には味がなかった。いや、かすかに鉄錆びた風味があった。壁に埋め込まれた配管の内部が錆びていたせいだろう。
喉の奥に凝っていた精液の後味がシャワーの湯で洗い流されたのはよかったが、濡れ髪が額にはりつき、湯気で曇る視界を遮るのには辟易した。
それだけではない。僕は服を着たままだった。囚人服の上下を着たままシャワーを浴びせ掛けられたのだ。
たちまち服が濡れて素肌が透け始め、半透明のシャツに胸の突起が浮く。
「乳首の形が浮いてるな。色まではっきりわかる」
「!っあ、」
シャワーを持ったのとは逆の手で乳首をつねられ、声をあげる。
水に濡れたシャツとズボンがぴったり体に密着し、透けた生地越しに色素の沈殿した痣を浮きあがらせていた。
指の腹で執拗に乳首を捏ねながら、シャワーを腋の下に押しあて、体の線に沿って緩慢に滑らせる。
「んっ………は」
変な感じだ。性感帯を探るようにシャワーが腋の下に潜りこみ、乳首に交互に押しあてられ、薄い胸板で円を描く。間接的で性的な愛撫。足元から立ちのぼるシャワーの湯気が生温かく顔を撫で、上せた頭が朦朧とする。
「乳首が勃ってるぜ。シャワーかけられて感じてんのかよ」
顎をしゃくられて目を落とせば、指とシャワーとを交互に用いた執拗な責めで乳首が勃ちはじめていた。
「さわ、るな。シャワーを止めろ、気道に水が入る……溺死させる気か?」
咳をまじえながら反駁する。体が熱かった。はやく解放してほしかった。さもなくば溺れ死んでしまう。
薄れ始めた意識の中、指で捏ねられて硬くしこりはじめた乳首から顔を背ける。
「溺死。drowning.体外より気道を通じて侵入した液体により、気道内腔が閉塞されて起こる死。溺水による窒息。死の機序。溺水の吸引。吐血・喀血の気道内吸引による窒息は溺死と言わない。溺水。浅い水でも溺死可能な……死体所見は……」
「なにぶつぶつ言ってんだよ、うるせえよ」
「!!ひ、あ」
股間にシャワーを押し当てられる。ズボンの股間にじわじわと染みが広がる、反射的に体が仰け反る。
股間が濡れて気持ちが悪い。勢いを強めたシャワーの湯が股間にかかるたびに性器が刺激され、徐徐に勃ちあがりはじめた先端に血が集まる。
「どけろ、ほどけ、シャワーをどけろ!!」
熱い。体が熱い。熱くて熱くて気が狂いそうだ。
シャツを押し上げる乳首を指の腹で揉みしだき、もう片方の手にシャワーを持ち、先端部をズボンの股間に押しつける。
股間を揉みこむように猥褻な動きでシャワーの先端部を押しつけてくる手。
フックに吊られた両腕を揺さぶり、シャワーから逃れようと身をよじる僕の耳朶に揶揄がふれる。
「これが欲しいんだろ?もっと気持ちよくなりたいんだろ?じゃあ、やるよ」
勢い良く湯が迸りでるシャワーの先端部が、無造作に下着の内側に突っ込まれる。
「あ、ああああっああっあ!?」
下着の内側に挿入されたシャワーが性器を直接刺激して、次の瞬間、僕は射精していた。
「なんだよ、下着にシャワー突っ込まれただけでイッちまったのか?あっけねえ」
ズボンの股間に滲みだした白濁の残滓を見下ろし、看守が歯を見せて笑う。勝利の笑み。気が済んだのなら一刻も早くシャワーを抜いてほしかった。
下着の内側では、性器に密着したシャワーが今もまだ湯をかけ続けているのだ。
「……さあ、気が済んだのなら早く抜いてくれ。馬鹿げたお遊びは終わりにしてくれ。念のために言っておくが、貴様はシャワーの用途を間違えてるぞ。 シャワーフックは本来人を吊るすための道具じゃないし、シャワーは悪趣味な性玩具じゃない。大胆かつ独創的な発想にはある種敬意を覚えなくもないが、そもそもシャワーフックにひと一人分の体重を支える耐性などない。想定外の負荷がかかれば壊れてしまうぞ。
十中八九フックが壊れると仮定して看守の安月給で修理費を払えるのか?」
「……吊るされてもへらねえ口だな」
「毒舌が取り柄だからな」
最後の力を振り絞り、虚勢の笑みを浮かべる。
立場を弁えない軽口が気に障ったのか、ふんと鼻を鳴らした看守が僕の股間からシャワーを引き抜き、足元の床に放る。シャワーのホースがうねり、床にぶつかった先端部が蛇のように鎌首をもたげて周囲に水滴を撒き散らす。
「その恰好で俺のモン突っ込まれてもお高くとまってられるかな」
看守が僕のズボンを下げおろし、両足を抱え上げ、強引に左右に割る。尻の柔肉を押し広げて肛門に添えられたのは、赤黒く怒張した男根。
「シャワーでケツの穴ほぐしてもらいたいか?」
僕の腰を抱え上げた看守を睨みつけ、プライドが砕け散る最後の瞬間までせめて虚勢を保とうと挑発的な笑みを吐く。
「シャワーの用途を間違えるな。低能め」
それが、僕の答えだ。
「そうだ、忘れてた」
僕の腰を抱え上げ看守が突然言う。
忘れていた?何を?不審げに眉をひそめた僕の正面、企み顔でほくそ笑んだ看守が名残惜しげに僕の腰をおろす。足元の床に広がる水溜り。
コンクリ床に放置されたシャワーの先端から迸った水が裸足の足裏を浸し、螺旋に渦巻いて隅に穿たれた排水口へと吸いこまれてゆく。
サウナのような湿気と熱気、乳白色の湯気が濛々とたちこめる中、コンクリ床を叩く水音だけがやけに鮮明に響く。
何事か気付いて行為を中断した看守が、口角に卑しい笑みを溜めて僕の上着の裾へと手を伸ばす。たっぷりと水を含み、腹部にへばりついた上着の裾に手をかけ、ゆっくりとめくりあげる。
へそが覗き、下腹が覗き、胸板が覗く。
緩慢な動作で僕の上着の裾をめくりあげながら何度も唇を舐める。
看守は疑いようもなく僕の体に欲情していた。目は爛々と輝いていた。
むきだしの股間は固く勃起していた。赤黒く剥けた醜悪な性器だった。
吐き気がする。
醜悪な性器を視界から追い出そうと無理矢理顔を背けた僕の目に留まったのは、裸の胸の突起。看守の手により胸まで捲られた上着の下から露出した胸板では、乳首が固くしこっていた。
シャワーと手とを交互に用いた執拗な責めで不本意にも反応してしまった胸の突起が、どうしようもなく羞恥心の熾火をかきたてる。
体の突端は敏感だ。快感に貪欲で忠実だ。
僕の意志に反して乳首は痛いほどに尖りきり、空気に触れた瞬間には微電流が走るような刺激があった。
「……っふ、……」
「いやらしい体だな。男のくせにびんびんに乳首勃てて……恥ずかしくねえのかよ」
両腕を一本に纏められてフックに吊られた僕には、体前で腕を交差させ看守の視線から身を守ることもできない。
一糸纏わぬ裸身を欲情した視線に晒した僕は、一刻も早く彼が飽きてこの時間が終わってくれるよう顔を背けて祈るしかない。
目の前の男は明らかに僕の裸体に性的興奮をおぼえていた。
理解できない。こんな貧相な体のどこに性的興奮を覚えるというんだ?不健康に生白い肌も筋肉の発達してない未成熟な胸板も華奢な細腰も棒のように貧弱な太股も僕には劣等感の塊でしかないのに。
東京プリズンに来て半年が経過し、男が男が犯す日常にもすっかり馴染んだつもりでいたが、それが自分の身に起きるとなると根本的な生理的嫌悪を拭えない。同性に向けられる好色の視線など不快でしかない。だが、それなら何故僕の体は反応してる?唾液で湿した指の腹で執拗に捏ねられ、湯を注がれた乳首が勃っているのは?体が敏感に反応してしまうのは何故だ?
「!っあ、」
刺激。
びくんと体が仰け反り、背骨が撓る。看守がにやにやと笑いながら、尖りきった乳首を指で弾いたのだ。
「タジマの言うとおり感度がいいな」
タジマの名前を聞くと気分が悪くなる。
「……タジマから何を聞いたのか知らないが、それはでたらめだ。でまかせだ。捏造だ。虚妄だ」
僕は感じてなどいない。僕は不感症なのだから、感じるわけがない。セックスなど不快でしかない。乾燥した手で体の表裏をまさぐられるのは不快でしかない。気持ちよくなどない少しも。僕が感じているなどありえない。心まで売春夫に堕ちるようなことは絶対にあってはならない。
これは何かの間違いだ。
「本当か?」
「本当だ」
不毛な問答。水滴の滴る前髪越しに、顎を引き、まっすぐに看守を睨みつける。挑むような眼差し。
眼鏡をしてないせいで間近にあるはずの看守の顔が曖昧にぼやけていた。頭がのぼせて意識が朦朧としてるせいかもしれない。濛々と視界に被さる湯気のせいかもしれない。腕の感覚がなくなってきた。ロープで縛られて頭上に掲げられた腕から血液が下りてくるのがわかった。
あとどれ位、何分何十分何時間この姿勢でいればいいのだろう。何分何十分何時間僕にこの姿勢をとらせれば看守は満足するのだろう。早く縄をほどいてほしかった。フックからおろしてほしかった。手首だけで全体重を支えるのは辛かった。裸足のつま先が触れるか触れないかの床までの距離がもどかしかった。
宙吊り。
「命令だ。はやく、一刻も早くロープをほどいて僕を下におろせ」
これ以上は体がもたない。手首が鬱血して感覚が麻痺してきた。フックを軋ませて腕を揺さぶり、身をよじるように看守を振り仰ぐ。
だが、看守は僕の必死さを嘲笑うように薄笑いを浮かべるのみ。ささやかな抵抗とフックを軋ませて体を揺さぶる僕の頭の先からつま先までを舐めるように視姦する。
肌が過敏になっている。腕が自由ならば局部を隠すこともできるのにと歯噛みしつつ、紅潮した顔を俯ける。
なんて無様な姿なんだ。無様でみっともない姿なんだ、鍵屋崎直。お前は本当に天才か?かつては鍵屋崎優の後継者として将来を嘱望された、日本の未来を背負って立つと期待された鍵屋崎直なのか?
その僕が何故こんな姿でいる、こんな屈辱的な姿勢をとらされている!?
「命令だ」
こんな現実、認めたくない。
これは何かの間違いだ。
これまで起きたこともこれから起きることも何かの間違いだ。
そうとしか考えられない、そうでなければいけない。
「ロープをほどけ。フックからおろせ。シャワーを止めてくれ。僕を、」
言葉に詰まる。胸裏でせめぎあう葛藤。僕をどうしろというんだ?唇を噛んで顔を伏せれば貧弱な下半身が目にとびこんでくる。
擦り傷と痣とが目立つ痛々しい太股。
下着の中にシャワーを突っ込まれただけで白濁した精液を放ち、萎縮した性器。内腿と下腹には先端の孔から迸った精液の残滓が付着してる。
蛭が這ったあとのように粘ついた感触が気持ち悪い。体に付着した精液の残滓を洗い流したくて、行為の痕跡を消したくて発狂しそうだった。
苦渋に顔を歪め、吐き捨てるように要求する。
「……僕を、ベッドに連れていってくれ」
フックに吊られて立ったまま犯されるよりベッドでうつぶせに寝かされて犯されるほうがずっとマシだ。そのほうが体に負担がかからない。ひどくみじめな気分だった。自分が最低の人間になった気分。屈辱感と敗北感に打ちひしがれて悄然と首をうなだれた僕をよそに、看守が腕組みをほどく。
ロープをほどいてくれるのか?おろしてくれるのか?
一縷の希望に縋るように顔を上げる。体に湯気がまとわりつく。おもむろにその場に屈みこんだ看守が僕の股間へと顔を埋め……
「ひ、ぐ!?」
ペニスを口に含む。
目を疑う卑猥な行為。信じられない。現在僕の身に何が起きている?売春班に配属されてから口で奉仕するのには慣れた、しかし自分がされるのは初めてだ。ひきつけを起こしたように背中を仰け反らせて足を暴れさせても無駄だった。踝でむなしく虚空を蹴り暴れたところで僕の股間に顔を埋めた看守は意地悪い笑みを深めるだけだ。
看守の舌遣いは巧みだった。口腔に包み込んだペニスに熱い舌が絡むたび、腰が蕩けるような感覚に襲われる。未知の感覚、未知の快感。熱い。体が熱い。腰から下がどろどろに溶けてしまいそうだ気が狂いそうだ頭がどうかしてしまいそうだ助けてくれ助けてくれ……
「やめ、てくれ!そこは尿を排泄する器官だぞよくそんな場所に口をつけられるな汚いとは思わないのか理解できない、理解できない!!」
「なに言ってんだ、お前だって俺たちのモンぴちゃぴちゃ音たてて舐めてきたろう。お前はフェラうまいってタジマが誉めてたぜ」
僕の中で何かが爆ぜた。
今まで蓄積されていた物が一挙に膨れ上がり、弾けた。
気付けば僕は叫んでいた。フックに吊られた腕を揺さぶりはげしく身をよじり、手負いの獣のように死に物狂いで暴れていた。懸命に叫んでいた。
「そんなことで誉められても嬉しくない、それに僕はあんな行為上達したくなどなかった仕方なかったんだ最初の頃は吐き気を堪えるのに必死でわけがわからなくて喉が詰まって苦しくて、今だって満足に呼吸できずに喉がつかえて吐き気と戦うのに必死なんだ!本当はあんなもの咥えたくない、あんな汚い物口に含みたくない、あんな汚い物を含んだ口でサムライと会話したくない!!そんなことをしたら彼まで、」
彼まで汚してしまうじゃないか。僕の汚れが伝染ってしまうじゃないか。
僕はサムライを汚したくない。生まれて初めてできた友人だ。大切な存在だ。だからもう彼とは口を利いては駄目だ、これ以上彼に心配かけさせては駄目だ。瞼がじんわりと熱を帯びる。涙腺が焼ききれそうだ。サムライは僕がこんなことをされてるなど夢にも思わないだろう。両腕を縛られフックに吊られてペニスを口に含まれているなんて夢にも思いはしないだろう。それでいいんだ。今僕の身に起きてることを彼に知られるくらいなら死んだほうがマシだ。こんな屈辱的な……
「!ひっ、」
舌が淫猥に蠢く。ペニスの先端に血が集まる。さっき射精したばかりだというのに看守の口の中のペニスが再び勃ちあがりかけている。両腕が自由になるなら性器を切り落としたかった。僕がまだ理性を保っていられるうちに、プライドを手放さないでいられるうちに。
「あっ、あっ、ひ……」
唾液を捏ねる音が淫猥に響く。粘着質に糸引く唾液がペニスに絡みつく。
腰が溶けそうだ。こんな感覚今まで味わったことがない。
これが快感なのか?僕は今快感を感じているのか?
「やめ………、もう……」
やめてくれと叫びたかった。心の底から。犯したければ犯せばいい。だからもう解放してくれ、体を拘束するなら心を解放してくれ。プライドを蹂躙しないでくれ。
声が抑えきれない。甘く濡れた喘ぎ声。湿った嗚咽。これが本当に僕の声だろうか?情けない。サムライが聞いたらどう思うだろう。体を揺するたびにフックが耳障りな軋り音をたてた。
自分の体が自分の体じゃないみたいに意志を裏切って反応していた。自制が利かなかった。
淫蕩な熱に溺れて堕ちてゆく。
どこまでもどこまでも堕ちてゆく。
僕の股間に顔を埋めて巧みに舌を動かしながら床に片手をのばし、放水したシャワーを拾い上げる看守。何をする気だ?朦朧と霞んだ目を看守の手元に凝らして動向を探る。頭は弛緩していた。熱に浮かされたようにぼんやりとして正常に思考が働かなかった。圧倒的な快感に理性が押し流され、思考力を根こそぎ奪い去られた頭ではまともに物が考えられなかった。目に映る光景が脳裏に浸透するまで時間がかかったのはそのせいだ。
看守が片手でシャワーを引き寄せ、放水した先端部をもたげ、僕の股間へと近づける。
看守が僕の睾丸をまさぐり、裏返し、そして……
「!!!!ああああっあっ、あああっ」
睾丸の裏側にシャワーを押し当てる。腰を駆け抜けて直接脳髄へと響くような強烈な刺激。快感。もう声を噛み殺すこともできなかった。意志の力で下肢の痙攣を止めることもなかった。下肢の痙攣は生理現象だった。卑猥な動きで睾丸を揉みこみシャワーで刺激する傍ら、口に含んだペニスに舌を絡める。同時進行する愛撫。たまらなかった。理性など瞬時に蒸発してしまった。全身が淫蕩に火照っていた。
もっと刺激が欲しかった。はやく達してしまいたかった。射精したかった。
これ以上焦らされたら気が変になる、本格的におかしくなってしまう。こんな快感がずっと続くのは拷問だ、生殺しの責め苦以外の何物でもない。シャワーの湯をかけながら睾丸を揉みほぐし、僕のペニスに舌を絡めつつ、上目遣いに表情を探る看守。僕は今どんな顔をしてるだろう?想像したくもない、自分が感じている顔など。男に無理矢理感じさせられている顔など。
「あっ、ああっ、ふっ、ひっ……」
「あんまりよすぎてもう喘ぐしかねえってか」
ペニスから口をはなした看守が勝ち誇ったように言う。達する直前に口腔から抜かれたペニスが外気に晒され、ひやりとする。口を塞ぎたい。声を殺したい。駄目なら舌を抜いてしまいたい。次第に浅く速くなる呼吸とともに肩を上下させ、薄い胸板を喘がせる。射精したくて気が狂いそうだ。ペニスはもう限界まではりつめて透明な雫を滲ませている。
看守が立ちあがり、水に濡れそぼった僕の上着を一気にまくりあげて首から抜き、両腕に絡める。手首をロープで束縛された上に水を吸って重たくなった上着が腕に纏わりつく。二重の拘束感。
体を覆う物はなにもなかった。硬くしこった乳首も薄い胸板も痣だらけの腹部も勃起した股間も貧弱な太股もすべてを曝け出していた。シャワーの水音がどこか遠くで聞こえる。現実には僕の足元に放置されているのに。
「らくにしてやるよ」
看守が僕の腰を抱え上げ、ペニスの先端を肛門に添える。挿入の瞬間には痛みを感じた。
「!ひぐっ」
内臓を抉る灼熱感。一塊の海綿のように膨張した体積が体内へと押し入ってくる感覚。何度体験しても慣れない感覚。垂直に屹立したペニスが臀部の筋肉を押し分けて肛門を穿ち、充血した直腸内をかきまわす。
立ったまま挿入すると結合が深くなり、先端が奥へと届く。
「……痛っ……、」
涙で視界が曇る。立ったまま行為に及ぶのはこれが二度目だ。腰を抱えられ揺さぶられ、玩具のように体を弄ばれて、それでも僕は勃起していた。認めたくなかったがそれが事実だ。看守が下から叩きつけるようにペニスを挿入するたび律動的に腰が弾み、呼吸が浅く荒くなる。
「あっ、あっ、あっ、ああっ……」
発情期の雌犬みたいな喘ぎ声が口から漏れた。どうすることもできなかった。看守のペニスはもはや完全に根元まで埋まっていた。きつかった。腸壁を突き破ったペニスが喉元まで達しそうな圧迫感。
「お前だってずっとこうしてほしかったんだろ。本当は縛られて吊るされて犯されるのが好きなんだろう。タジマがそう言ってたぜ」
「タ、ジマの言うことは嘘だ。彼は虚言症、だから……ひっあ!」
言葉が続かない。看守が僕の尻を持ち上げ、落とす。その度ペニスに貫かれる。焼けた鉄串で貫かれるようなものだった。だが、僕のペニスは一向に力を失わなかった。急角度にそそりたったまま透明な雫を滲ませて脈打っていた。
はやくはやく終わってくれはやくはやく終わってくれこれは悪い夢だ現実じゃない現実であるものか…
「奥まで届いてるのがわかるだろ。お前の中ぐちゃぐちゃだぜ」
僕の耳元で看守が卑猥に囁き、自分の言葉に興奮したかのようにペニスの硬さ太さが増し……
凄まじい快感が下肢から脳天を貫いた。
「あああっああああああああっああああっ!!!」
ペニスが爆ぜた。
直腸内に生温かい粘液が広がり、肛門から溢れ、内腿に沿い滴り落ちる。
自分を犯す男と同時に射精してしまったという事実に打ちのめされ、力尽きて首をうなだれる。僕が放った白濁の残滓は下腹にまで飛散していた。ただ、みじめだった。射精すると同時に体から熱が去り、手首に感覚が戻ってきた。痛かった。僕の位置からでは見えないが、ロープが食いこんだ手首は青黒く鬱血して痣になっていることだろう。
手首の痣は当分消えない。
僕の体に沈殿した汚れは、一生消えない。
どれだけシャワーで洗い流しても永遠に。
「俺の太くて硬いもんでごりごり抉られた気分はどうだよ」
僕の肛門からペニスを引きぬいた看守が得意げに反り返る。頭上に両腕を吊られた僕は抜け殻めいた放心状態で看守を見返す。目には膜が張っていた。シャワーはまだ止まずに僕の足元に水をかけ続けている。
「…………だ」
「ああ?」
手首が軋む。全身の間接が軋む。明日は筋肉痛になるだろう、とどうでもいいことを漠然と考える。手首の痣をサムライに見咎められなければいいが。僕はもう汚れてしまったが、彼には汚れてほしくない。
どうせ一回で満足するはずはない。
それこそ、フックが過負荷に壊れるまで行為はくりかえされるだろう。
僕の地獄は終わらずに拷問は継続される。
胸郭に息を吸いこみ、気だるくかぶりを振って水滴を撒き散らし、顔を上げる。
ズボンを引き上げて股間をしまいもせず、腕を吊られた僕を満足げに眺める看守をまっすぐに見返し、はっきりと言う。
「最悪だ。それ以外の回答を期待してたというなら自信過剰ぶりが笑えるな」
看守の表情が強張る。
これでいいんだ。後悔はない。どうせ僕はもう、どれだけ足掻いても這いあがれない底のそこまで堕ちてしまったのだから。さらに泥濘にはまるくらいのことがなんだ、少しも怖くはない。これからどんなことが起ころうが僕はこれから先も僕であり続ける、突き詰めればそれだけのことだ。
自分が汚されることなど、他人を汚すことに比べれば少しも怖くない。
自然と笑みが浮かんだ。どんな種類の笑みかは自分でも判断つきかねた。諦観の笑みか、はたまた嘲りか。濡れ髪から水滴を滴らせつつ微笑んだ僕の正面、看守の双眸が怒気を孕み、床に落ちたシャワーをひったくる。
何をされるのか薄々予期していた。覚悟もできていた。今更驚きはしなかった。
僕は最後の瞬間まで目を閉じなかった。顔を背けたりもしなかった。しっかりと目を見開いて看守を睨みつけたまま、顔面にシャワーを浴びせられて咽ることになっても後悔はなかった。
どれだけシャワーをかけても洗い流せない汚れが僕の体に沈殿してる。
ならばとことんまで堕ちてやるまでだ。
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