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売春班の記録1
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「今日はお前のためにいいもん持ってきてやったぜ」
タジマの股間に顔を埋め、赤黒く勃起したペニスに舌を絡めつつ、目を上げる。
タジマのペニスは唾液にまみれていた。
何度見ても慣れることのない醜悪な性器。
僕のそれとは比較にならないグロテスクな性器。腐食した金属をおもわせる赤黒い肉棒は存在を主張するが如くそそり立ち、口の中で膨れ上がる。
タジマに髪を掴まれ、吐き気を堪えて喉の奥深くまでペニスを咥えこむ。
片手で根元を支え、角度と握力を調整する。タジマを射精させてこの行為を終えるためには、根元に添えた手を緩急つけて動かし、口に咥えた先端を舌でねぶるという共同作業を行わなければならない。
タジマを早く射精させて奉仕を終えるためには、手と口の連携が重要だ。
売春班の仕事場。通気口から僕とおなじく、無理矢理男に犯される同僚たちの苦悶のうめきや嗚咽や身を引き裂かれる絶叫が響いてくる。
そのすべてがもはや日常と化してしまった。売春班に配属されて何日が経過したのか記憶が混濁して判然としないが、タジマが僕を買いにきた回数なら正確に覚えている。今日でたしか三回。
タジマは性欲が有り余っていた。タジマの目は精力的にぎらついていた。
売春班の今期メンバーは一通り味見してきたと鼻高々に豪語していたが、あれはおそらく真実だろう。タジマは歩く変態性欲の塊だ。人間の似姿をした化け物だ。
僕がこれまでタジマにどんな目に遭わされてきたのか……思い出したくもない。説明したくもない。最初タジマに犯された時は下肢を引き裂かれる激痛に身も世もなく泣き叫んだ。
隣の部屋にロンがいることも忘れて喉も破けんばかりに絶叫した。想像を絶する激痛だった、たとえるなら麻酔なしで切開手術を施されるようなものだ。
排泄しか用を足したことがない肛門の筋肉を無理矢理押し広げられ、直腸にペニスを挿入された。硬く勃起したペニスが肛門の縁を抉ったせいでシーツに血が滴った。あの時の傷はまだ完全には癒えてない。
当たり前だ、信じ難いことにあれからまだ数日しか経過してないのだ。人体の自然治癒力が追いつくはずがない。
現在僕は、口を利く自由がない。口一杯にペニスを咥えこんでいるのだ、喉が圧迫された状況では声を発することもできない。タジマの言葉に疑問を挟もうとすれば、喉の奥からくぐもったうめきが漏れるばかりだ。
ベッドに膝をつき、タジマの股間へと顔を埋め、犬が水を舐めるようにただひたすら夢中でペニスを舐める。ペニスの粘膜と舌の粘膜とが捏ねあうたびに淫猥な水音が響き渡る。タジマのペニスは塩辛かった。汗の塩分の味だ。
奉仕を始めてもうすぐ五分が経過する。
早く射精してほしい一心で舌を使っていたが、タジマはなかなか絶頂に達しようとはせず、僕の苛立ちと疲労は募る一方だ。僕の髪を掴む握力も増し、快感に息を荒げ始めているのだが、ペニスの体積は膨張しこそすれ少しでも快感を持続させようと絶頂を先延ばしにしてなかなか射精には至らない。
不器用な舌遣いで屹立したペニスに唾液をなすりつけ、舌の先端で太くなった亀頭の部分をつつき、歯を立てないよう用心して三分の一までを口腔に含む。歯を立てたらどんな目に遭うか、ささやかな反抗心から試してみて理解した。
これ以上体に痣が増えるのはこりごりだ。
サムライの目を誤魔化しきれなくなる。
下顎が攣りそうだ。口腔に溜まった唾液が口の端を滴り、シーツに染みを作った。吐きたい。胃袋が引き攣り、ペニスを咥えて何度目かの嘔吐の衝動に襲われる。
今日食べた物を全部吐いてしまいたい。
最も、売春班に配属されてからというもの食事もろくに喉を通らない日々で吐くものといっても胃液しかないのだが、今口の中に入っているペニスごと全部吐き出してしまいたいという狂おしい欲求に駆られる。
こんな姿とてもサムライには見せられない、と朦朧と霞みがかった頭で漠然と考える。今の僕を見たら、サムライはきっと僕を軽蔑する。
殺風景なコンクリ壁に四囲を塞がれた売春班の仕事場で、粗末なパイプベッドの上で、ベルトを緩めてズボンの前を寛げたタジマの股間に首をうなだれて顔を埋め、必死にペニスを舐めている。口腔で分泌された大量の唾液を、舌の表裏を使い、たっぷりとペニスになすりつける。
最初の頃は「ただ咥えてるだけで気持ちよくなるとでも思ってんのか」とどやされたが、今ではだいぶコツが呑みこめてきた。醜悪な性器に対する嫌悪感は薄れるどころか行為を重ねるごとに募るばかりだが、目を閉じさえすればぎりぎりまで我慢できると学習した。
タジマのペニスが喉につかえる。そろそろ絶頂が近いらしく、僕の後頭部を押えこんだタジマが快感に息を荒げ、腰を浮かしている。
「!痛っ、」
「どうした、続けろよ。奉仕をちゃんと終えなきゃ折角のご褒美もやれねえぞ」
そう思うならこの汚い手を離せ、と叫びたかった。僕の後頭部を片手で掴んだタジマが、じかに僕の顔を揺さぶり、ペニスの出し入れを速める。
タジマのご褒美など欲しくない。興味もない。どうせくだらないものだろう。心の底ではタジマに反感を覚えつつ、表向きは従順に奉仕を続ける。後頭部の髪の毛を掴まれ、前後に乱暴に揺さぶられ、顎の間接が外れそうになった。何本か髪の毛が毟れたらしく、頭皮がひりひり疼いた。
口の中でペニスが膨れ上がる。喉を圧迫する異物感……呼吸も満足にできず、口腔に溢れた唾を飲み下すこともできず、単純に苦しかった。口腔に満ちた唾液を弛緩した口の端から垂れ流すにまかせ、びくびくと脈打ち始めた肉棒に舌を絡める。
口の中でペニスが破裂した。
「がはっ、げほごほっ」
射精の瞬間。精液の苦い味が口腔に広がり、唾液と交じり合い、薄められた白濁の残滓が粘つく糸をひいて顎から滴り落ちる。全部呑みこまなければまたタジマに罰せられるとわかっていたから無理にでも飲み下そうとした。
手の甲で顎を拭い、吐きたいのを我慢して、口腔に蟠る精液を嚥下する。
胃袋が痙攣した。
こんな不味くて汚い物呑みたくなかった、今の僕は水一杯さえ受けつけられない体なのだ。
涙目ではげしく咳き込みつつ、喉を庇い、シーツに突っ伏す。漸く終わったという解放感と安堵感、しかしまだ終わりではないという不安感。そうだ、これはまだほんの序の口だ。タジマがこれだけで満足するはずがない、僕のもとを訪ねたからには最後までやるに決まっている。
これまでもそうだったのだから今度も絶対そうだという確信に近い予感を抱き、疲労と絶望に濁った目でタジマを仰ぐ。
眼鏡越しの視界は朦朧と歪んでいた。タジマの顔も歪んでいた。ひょっとしたら、化け物の本性を映しているのかもしれない。
実際は心身ともに衰弱しきった僕の幻覚だろう。
「五分ちょっとってところか。最初のときは十分近くかかったこと考えりゃ大進歩だぜ。俺以外にも何人も男のモン咥えこんで、フェラの仕方がわかってきたんだろう?さすが天才、学習能力にかけちゃ他の追随許さねえってか」
タジマはひどく上機嫌だった。こちらが不安になるほどに。
いつもよりやけに饒舌にまくしたてるタジマをぼんやり見上げ、虚勢を張る。
「……あたりまえだ、僕を誰だと思っている?IQ180の天才こと鍵屋崎直だぞ。たとえどんなにくだらないことでも、将来的には何の役にも立ちそうにない技能でも、僕の優秀なる頭脳はたちまち吸収……」
「よし。じゃあ約束どおりフェラチオがよくできた褒美をやるよ」
最後まで話を聞け。まったくこれだから、人の話を聞かない低脳は手に負えない。得々とした演説を遮られた僕は、タジマの無粋さに辟易し、憮然と黙りこむ。不機嫌を隠しもせず黙りこんだ僕をよそに、タジマが腰を捻り、ズボンの尻ポケットを探る。
耳障りな衣擦れの音。
タジマが僕に褒美をくれる?まさか本気じゃないだろう。どうせまたろくでもないことを企んでるに決まっている。だが、今更何が起きてももう驚かない。最悪なことは既に起こってしまった。
これ以上悪いことはさすがに起こらないだろうという達観を伴う安堵が、僕の精神に一種の小康状態をもたらしていた。
ベッドに上体を起こした僕は、咳がおさまるのを待ち、毒舌を吐く。
「一体どういう心境の変化だ。まさかとは思うがこれまでの悪行の数々を反省して、改心でもしたのか?それで、僕に褒美をくれるのか。まさかな。貴様は反省とも後悔とも無縁の人間だ、社会の倫理規範から逸脱した性的異常者の欠陥人間だ。僕の予想だと、貴様が看守にならなかった場合は80%の高確率で性犯罪者になってたはずだ。僕と貴様の立場は逆だったかもしれない。その点を十分に考慮し……」
喉がひきつり、言葉が不自然に途切れる。
語尾が宙に浮いたのは、タジマがおもむろに取り出した物を目にしてしまったからだ。
制服のズボンに突っ込まれていたそれは、奇妙な物体だった。男性器を模した黒いゴム製の物体で、柄にスイッチらしき物がついている。どうやらあれを押しこんで動かすらしい。
『動かす』?
続く言葉を喪失し、驚愕に目を見開き、タジマの手の中の物体を詳細に観察する。
確かに男性器を模しているが、通常のそれとは明らかに異なり、随分グロテスクな形状をしている。
大きく誇張された亀頭といい、十分過ぎるほどの太さを兼ねた見た目といい、いかにも人工物めいた奇妙な光沢のあるゴム製の表面といい、通常のそれより明らかに大袈裟に作られている。
「これ、は、なんだ」
喉が干上がった。緊張で手のひらが汗ばんだ。
わざわざ訊くまでもなく、タジマが持参した物の用途は知っていた。知っていたが、信じたくなかった。認めたくなかった。
シーツを蹴り、無意識にあとじさりながら問えば、下劣な笑みを満面に湛えてタジマが口を開く。
「カマトトぶんなよ親殺し。黴菌から隔離された温室育ちの坊やはバイブも見たことねえってか」
膝這いに僕へとにじり寄りながら、タジマは嬉嬉として畳みかける。
「俺様秘蔵のSM七つ道具のひとつだよ。売春班のガキどもにも何回か使ってみたがお前で試すのは今日が初めてだな。お前もそろそろ普通のセックスじゃ物足りなくなってきた頃だと思ってな……どうだ、ちょっとさわってみろよ。高価かったんぜ、これ」
「さわるな!!」
拒絶しようとした、振り払おうとした。だが間に合わなかった。タジマが僕の手を掴み、自分の方へと引き寄せ、強引に五指を開かせてバイブレーターを握らせる。
タジマにこじ開けられた五指でバイブレーターを包めば、のっぺりしたゴムの質感に肌が粟立った。盲目の人間が手探りで物の輪郭を辿るように、どれほどきつく目を瞑っても、暗闇で尖鋭化した指先の感覚からバイブの形状が伝わってしまう。
タジマがわざわざ持参したバイブには、通常の性器にはない疣に似た突起があった。女性相手の場合は膣を刺激するため、男性に使用する場合は前立腺を刺激するためのおぞましい付属物……
しかし、このバイブレーターが後者を想定して作られた保証はない。
「ほら、手のひらにぴったり吸いつくだろう?」
僕の手を掴み、無理矢理バイブを握らせ、タジマが説明する。
「この突起、わかるな。撫でてみりゃわかるだろ、疣みたいな突起がぐるりと一周してんのが。こいつを今からお前のケツに入れる。どうした、そんな青白い顔して。バイブ初体験で柄にもなく怯えてんのかよ。大丈夫だ、まあ最初はケツが切れてちょっと痛えかもしれねえが慣れちまえば普通の何倍も良くなる。スイッチいれりゃあ勝手に中で動いてくれるんだ、俺が何もしなくてもお前の中をぐちゃぐちゃにかきまわしてくれるんだ。まったく便利な玩具だ、こちとら何もせずに見てるだけでお前のケツをこなして使いやすくしてくれるんだからよ」
「馬鹿を言え、そんな物が入るわけがない。第一肛門は排泄を目的とした身体器官で本来それ以外の用途はない、そんな物を無理矢理入れたら出血してしまう、内臓が傷付いてしまう!」
「うるせえガキだな、すぐ馴染むって言ってんだろうが。大丈夫だよ、指で慣らしてから入れてやるから。このままぶちこんでも俺は一向にかまわねえが、お前のケツが切れて石榴みたいになっちゃあ次から萎えるからな」
タジマは本気だ。僕がどれだけ説得したところで退く気はないらしい。
逃げよう。
恐怖が頂点に達し、脳裏で閃光が弾けた。
早く逃げなければ僕はこれから想像を絶する酷い目に遭う、最悪の上をいく最悪なことが起きてしまう!逃げようそれしかない死ぬ気で逃げるしかない早くベッドを飛び下りて鉄扉へ急げ早く早く……
走れ。
「!っ、」
思考時間は一秒にも満たず、行動は迅速だった。ベッドから飛び下りた僕はスニーカーを履く暇も惜しみ裸足で床を蹴り一直線に鉄扉を目指す。
逃げなければ、一刻も早く少しでも遠くタジマから逃げなければ!嫌だもう、恵、恵に会わせてくれ。サムライのもとに帰してくれ。発狂せんばかりの恐怖。半狂乱に駆りたてられた僕は、虚空にむなしく腕をのばし、目前に迫ったノブを掴もうとし……
「逃げるなよ」
後ろ襟を掴まれ、タジマに引き戻される。タジマの腕力は凄まじく、片腕一本で僕をベッドまでひきずってゆくのは造作もないことだった。
背中に衝撃。
タジマにおもいきり突き飛ばされ、背中からベッドに倒れこんだ衝撃で肺が圧迫され、空気の塊が喉につかえた。
腹を抱えてはげしく咳き込む僕の耳の裏側で、鎖と鎖が擦れ合う金属音。
膝に体重をかけ、スプリングを撓ませたタジマが、いつのまにか僕の背後に回りこんでいた。
「客をほうったらかして性懲りなく逃走はかるたあ身のほど知らずの売春夫だなおい。前言撤回だ、天才だかなんだか知らねえがお前に学習能力なんてもんは欠片もねえ。まだ自分がおかれた立場がわかってねえみたいだな親殺し。なら教えてやるよ、たっぷりと」
不潔に黄ばんだ歯を剥いてせせら笑うタジマ。
口臭くさい吐息に顔をしかめた僕の片手首に、タジマが手錠をかける。
手錠。東京プリズンでは日常茶飯事の乱闘騒ぎを起こした囚人を拘束するために看守が常に携帯してる道具。
主任看守のタジマが手錠を持ち歩いてること自体は別段不思議じゃないが、乱闘騒ぎの主犯でもない僕が手錠をかけられるのはおかしい。
「即刻手錠を外せ、こんな物は必要ない!僕はもう檻の中だ、この上手錠なんか必要ない、この上どこにも逃げられないのに今更こんな物無意味だ!!」
「そうでもねえぜ。少なくとも、お前を大人しくさせる役には立つ」
声を荒げ、必死の形相でタジマに抗議するも本人は耳を貸さない。僕の手首には銀の光沢の手錠が嵌まっている、自力で外そうと身を捩っても決して手首から抜けない金属の拘束具が。
何故こんな物をはめなければいけない、こんな屈辱的な仕打ちを受けなければいけない?僕はたしかに犯罪者だ、両親を殺したそれは事実だ。
だからって刑務所に来てまでこんな扱い……
「!くっ、」
おもいきり手錠を引かれ、みじめにベッドに突っ伏す。鎖と鎖が擦れ合う耳障りな金属音に顔を上げれば、楕円の輪が連なる鎖を鼻歌まじりにパイプに通すタジマがいた。
パイプに通された鎖が再び隙間を通りぬけ、手錠の片方が、僕のもう一方の手首を咥える。
ガチリ、といやな音が響いた。手錠の輪が噛み合う音。
「いい恰好だな、親殺し」
完全に抵抗を封じられた。絶望に視界が翳る。どれほど手首を揺さぶっても皮膚に金属の輪が食いこむだけで、手錠はびくともしない。どれほど暴れたところで鎖はちぎれそうにない。
タジマはにやにやと優越感をこめて笑いながら、しきりと身をよじり、無駄な抵抗を続ける僕を眺めていた。
「離せ、頼む外してくれ手錠なんか必要ない拘束の必要などない!僕を家畜のように繋いでおく意味などない、そうだろう、僕はどんな性行為だって無抵抗に徹して従順に受け容れる覚悟はできている今更抵抗を封じる必要などどこにもない!だから外してくれ、自由にしてくれ、手首を開放して両手を使えるようにしてくれ、こんな屈辱的な恰好で犯されるのはいやだ、いやだ、恵……」
語尾が萎えた。嗚咽を噛み砕くように下顎に力をこめ、シーツに顔を埋める。恵。恵に会いたい。もう嫌だこんな毎日うんざりだ、身も心も生きながらに切り刻まれる地獄の毎日だ。
早く解放されたい、らくになりたい。
もう限界だと心が軋んで悲鳴をあげる。精神崩壊の前兆。
僕はもう限界だ、これ以上耐えられそうにない。これ以上悪いことが起きる前にだれか……
ぎしり、とベッドが軋む。タジマが僕の腰に跨り、背中に覆い被さる。
ズボンが剥がされ、臀部が外気にふれる。恥辱に唇を噛み、全身の震えを押えこもうと努力する。やがて訪れる最後の瞬間まで、僕の理性が蒸発するその瞬間まで、せめて虚勢を保っていたい。
タジマなど怯えるにも値しない下等な人間だ、こんな俗悪で下劣で愚鈍な人間にこの僕が怯えているなど絶対に認めない。
僕は天才なんだ。鍵屋崎直なんだ。鍵屋崎恵の兄なんだ。恐怖に負けて、みっともなく取り乱したりなどするものか。自身が悪くもないのに助かりたい一心で許しを乞うたりするものか。
僕は最後の瞬間が訪れるまで恵の兄でいたい、恵に誇れる兄でありたい。
サムライに誇れる友人でありたい。
悲鳴などあげるものか、怖くない、タジマなど怖くない……
「お待ちかねの指が入るぜ」
「う、あああっ!?」
肛門に圧迫感。芋虫めいた指が襞をかきわけ、窄まり始めた狭間の奥へと無遠慮に押し入っていく。気持ちが悪い。本来物がでてゆくはずの場所に異物が侵入してくるという吐き気を禁じえないおぞましい感覚。
唾液で湿されてはいても、挿入の瞬間は痛かった。直腸に突き立てられた指が閉塞した内部をまさぐり、丹念に揉みほぐし、幾重もの襞をかきわけて奥へ奥へと進んでゆく。
容赦なく内臓を穿つ灼熱感。
醜悪に節くれだった指が、僕の体内を蹂躙する。
胃袋が反転しそうに気持ちが悪い。排泄器官に指を突っ込まれた違和感が急激に膨れ上がり、重いしこりとなって胃を圧迫しているのだ。
「っ、うん」
指が二本に増えた。タジマの哄笑が大きくなる。
腰から下に鈍い痛みを感じる。指を挿入された瞬間の激痛とはまた違う、溶けた内臓が溶岩流と化して体内でうねっているかのような感覚。
気持ち悪いが、それだけじゃない。タジマの指遣いは巧みだった。肛門の入り口付近で円を描くようにねっとりと襞を捏ねたかと思えば、奥へ奥へとじれったく緩慢な動きで這い進み、律動的な指さばきで前立腺を刺激する。
全身にびっしょりと汗をかく。濡れた前髪が額にはりついて視界を塞ぐ。腰から下が熱い。タジマの指さばきが速さと激しさを増せば、僕の意に反して腰が跳ねあがり呼吸が浅くなる。
僕は不感症のはずだ。だからこんな行為には何も感じないはずだ、快感も苦痛も感じないはずだ。だからこれは何かの間違いなんだ間違いのはずなんだ、こんなこと現実にあるはずがないんだ。
まかり間違っても、僕が感じているなんて。
タジマなんかに、感じさせられしまうなんて。
「あぐ、ああっ」
指が三本に増えた。
「すげえ、物欲しげにぐいぐい締めつけてきやがる。そんなに俺のモンが欲しいのかよ。そうだよなあ、さっきはガキが飴玉しゃぶるみたいに夢中でくわえてたもんな。今日までさんざ男のモン咥えてきたが俺のペニスがいちばん美味かったって正直に白状しろよ」
「はっ……ば、かを言う、な……うっ、あ!」
タジマが戯れに尻を叩く。三本の指が腸内で蠢く。両手を戒められてるため、シーツを掻き毟り、身を苛む熱に耐えることもできない。体が熱い。体内が熱く火照り、肛門が収縮し、タジマの指を締めつけているのがわかる。
淫蕩な熱から逃れたくて身をよじるたび、手錠とパイプとが触れ合いうるさい音を奏でた。
額に浮いた脂汗が目尻にすべりこみ、視界が朦朧とぼやける。そういえば僕は、眼鏡をかけたままだ。
急にタジマが訪ねてきて、眼鏡を外す暇がなかったのだ。今度からはちゃんとはず……
「あ、あ、あ!」
巧みな愛撫で思考が散らされる。限界だった。僕は勃起していた。タジマの指で感じるなんて信じたくなかった、タジマに犯されて勃起するなんて認めたくなかった。でも現実に、僕は反応していた。不感症なのに、不感症のくせに、前立腺を執拗に刺激されれば反応してしまう生理現象が恨めしい。
僕の耳の裏側に口を近付けたタジマが、くぐもった笑いをまじえ、低く囁く。
「手錠で家畜みたいに繋がれて、ケツに指三本突っ込まれてやらしい喘ぎ声あげて、お前ってやつはどこまで淫乱なんだよ。隣にゃロンもいるのに、腹空かせて塞ぎこんでるダチのことも忘れてひとりで気持ちよくなりやがって……ああ悪い、気付かなかったぜ、お前はロンに声聞かせたいんだな、ひとりで退屈してるロンのために今晩のオカズを提供してやろうって親切心で喘ぎ声はりあげてんだな。じゃあ俺も協力してやるよ」
唐突に指が引きぬかれる。
拡張された直腸に隙間が生まれ、射精を寸前で塞き止められる。息を切らしつつ、肩越しに振り向く。
タジマがいた。僕の肛門にバイブレーターの先端を添えて、黄ばんだ歯を剥いたタジマが。
「やめてくれ」
みっともなく声が震えた。肛門に添えられたバイブレーターの先端は太く硬く、こんな物を無理矢理挿入されたらどうなるか想像しただけでも恐怖で全身が強張る。僕の肛門からの出血でシーツが赤く染まるところなど見たくない。手錠の鎖が許すかぎり腕を折り曲げ、肘をついて腰を上げ、情けない声をだす。
「手錠を外せとは言わない、このままでいい、このまま犯してくれてかまわない。コンドームも装着しなくてかまわない、気が済むまで僕を犯せばいい射精すればいい!でもそれだけは、」
怖い怖いあんな物入るわけがない肛門は排泄器官で物を入れる場所じゃない出血するに決まってるあんな物いやだ怖い逃げたい助けてくれ……
父さん。母さん。ごめんなさい。助けて。
「壁突きぬけてロンに喘ぎ声が届くよう、おもいっきりよがりまくれよ」
下肢を激痛が襲った。
[newpage]
「うあっ………」
肛門にバイブを捻じ込まれる。
片手で僕の腰を支え目の位置にまで裸の尻を掲げさせたタジマが舌なめずり、弛緩した笑顔でバイブの先端に圧力をかけ、肛門に挿入する。
芋虫めいた指で入念に揉みほぐされ、襞一枚一枚に唾液を練りこまれた腸壁が熱く脈打ち、バイブの先端を受け容れる。
呼吸が満足にできず、生理的な涙が目に膜を張る。喉が詰まる。息が詰まる。肛門に挿入されたバイブを体内の臓器が拒絶したものか、胃袋が締めつけられ、嘔吐の衝動を覚える。
体内に侵入した異物を体が拒絶している、体内に侵入した異物を排出しようと全身の筋肉が緊張する。快感なんて少しもない、あるのは激痛だけ、下肢を引き裂かれるような激痛だけだ。
排泄器官に性交の用途があるのは知識として知っていた。男性同士が性交に及ぶ場合は肛門にペニスを挿入すると勿論知っていた。常識だ。しかし、まさか僕が実際に体験することになるとは思わなかった。外にいた頃は想像だにしなかった。
売春班に配属されてから毎日毎日男に犯され、通常排泄にしか用を足さない肛門にペニスを受け容れるのにも慣れた。
だが、玩具を入れられるのはこれがはじめてだ。
「ひぎっ……」
奥歯を食い縛り苦鳴を殺そうとしたが、無駄だった。
臀部の筋肉が強張り、肛門に侵入した異物を外に排出しようとするが、タジマはその程度では諦めない。手首に抵抗を覚えようが僕が苦鳴を漏らそうが一切を無視して、奥へ奥へとバイブを押しこむ。
「かはっ……」
いくらタジマの指でならされていたとはいっても、平均的成人男性のそれを遥かに上回る大きさのバイブを容易に呑みこめるわけがない。胃袋がひきつり、吐き気が食道をせりあがる。体の中で異物が蠢く。
男性器を精巧に模したゴム製の巨大なペニスが直腸内を蹂躙する。苦しい、死ぬほど苦しい。涙の膜が張った視界が朦朧と歪み、熱に溺れそうになる。
五指を折り曲げてシーツを掻き毟れば、まだしも耐えることができたのだろう淫蕩な熱が体じゅうを責め苛む。
弾力ある筋肉の抵抗をものともせず、圧力を加えたバイブが奥へ奥へと侵入してゆく。襞を掻き分けて腸壁を摩擦し、内臓を抉るように奥へと捻じ込まれてゆく。
咳き込みたい。吐きたい。
しかし、今咳き込めばさらなる激痛を味わうことになる。動きは最小限に、これ以上激痛を味あわずに済むように、汗でびっしょり濡れたシーツに顔を埋める。
「力を抜けよ、全部入んねえだろうが」
「!ひっ、」
喉が鳴り、情けない悲鳴が漏れる。タジマが平手で僕の尻を叩き、乱暴に腰を掴んで引き起こしたのだ。尻を跳ね上げた反動で肛門にさしこまれたままのバイブが腸壁に擦れ、内臓を抉る激痛にのたうちまわる。
これ以上腰を動かされてはたまらない、それこそ肛門が切れて出血してしまう。冗談じゃない、肛門が傷付いたら次から排泄に支障をきたすではないか。いやそれだけじゃない、タジマの次にもまだ大勢の客が控えている。
タジマが性欲処理の目的を果たして満足して帰った後でも、僕の生き地獄は終わらない。
明日も明後日も延々と半年後の部署替えまで続くのだ。
酷くされたら、次に客をとる時に困る。
「ふっ、く……ぅ」
瞼が涙で濡れる。鼻腔の奥に塩辛い味が広がる。
鼻から抜けるように漏れた声は、甘えるような嗚咽。違う、こんな情けない声僕の声じゃない。全否定だ。僕は現実にこんな声で泣いたりしない、嗚咽を漏らしたりしない。
忘れたのか鍵屋崎直。お前は天才だ、天才なんだ。
遺伝子工学の世界的権威たる鍵屋崎夫妻の長男にして有望な後継者、かつては将来を嘱望された選ばれた存在。選良。エリート。プライドを持て、最後まで。嗚咽など漏らすんじゃない。
心を麻痺させろ、思考を鈍化させろ。
何も見るな感じるな、現実から全力で逃避しろ。僕は苦しくない、痛くない、こんなこと大したことじゃない。東京プリズンに来た時からいつかはこうなると覚悟があった、諦観していた。
東京プリズンはリンチやレイプが横行する最悪の場所だ。
ここではどんな最悪なことが起こったところでおかしくない。それが日常なのだから。
僕の腰を抱え上げ、充血した肛門を視姦しつつ、手首に捻りを加えて容赦なくバイブを押しこむタジマ。
喉元まで膨れ上がる異物感、圧迫感。
前立腺を刺激する突起の付いた先端が、緩急つけて腸壁を擦り、未知の性感帯を発掘する。
「はっ……」
体が変だ。意識が朦朧として痛みが薄れてきたせいかもしれない。
肛門の入り口を強引に押し広げて侵入した異物が蠢くたび、腰が痺れるような、疼くような、鈍い快感が押し寄せる。
苦悶のうめきか快楽の喘ぎか、自分の口から漏れる声がどちらか既にわからない。
疲労と倦怠とが思考力を奪い去る。
こんな姿サムライにはとても見せられない、とぼんやりと考える。彼に軽蔑されるのはいやだ。生まれて初めてできた友人をこんな最悪の形で失うのはいやだ。
恵を失った僕にはもう彼しかいないのに……
「あ、ああっ」
「声が濡れてきたじゃねえかよ」
うなじを舐められて理性が散らされる。僕の背中に肥満した腹を密着させたタジマが、手首を捻り、バイブを根元まで埋め込む。
喉が仰け反り、獣じみたうめきが迸る。
前髪から滴った汗がシーツに点々と染みを作る。
信じられないことに、バイブは殆ど全部僕の中に入ってしまっていた。
「俺に犯られるまえにも何人も男にヤられて緩んでたんだな。物欲しげにひくついて男誘って、淫乱な穴だぜ。バイブ一本じゃ物足りねえってか?」
「ふっ………痛う」
きつい。苦しい。バイブの先端が奥まで届いてるのがわかる、奥まで達しているのが伝わってくる。満足したなら早く抜いて欲しい、僕を解放してほしい。太股を伝い、膝裏をぬらす生温かい液体。血の滴り。バイブを強引に挿入されたせいで肛門の縁が切れて出血していた。排泄の際には当分痛みを感じることになるだろう。少しでも動けば、体内に挿入されたバイブが新たな刺激を生み出すことになる。
頼む抜いてくれ、これ以上は無理だ、限界だ。
体も心も壊れてしまう。
「……っ、く……抜け……」
手錠の鎖を鳴らし、表情を読まれるのを避けて顔を伏せ、よわよわしく呟く。
「ああん?なにを抜いてほしいんだ、主語が欠けてちゃわかんねえだろうが」
耳の横に手をあて、わざとらしく大声で聞き返すタジマに殺意が湧く。タジマはどうしても僕に淫語を言わせたいらしい。その手には乗るかと唇を噛み、鼻梁にずり落ちた眼鏡越しに、反抗的な目つきでタジマを睨みつける。
「……とぼけ、るんじゃないこの低能。貴様が僕の肛門に挿入した……その……、」
「なんだよ。ちゃんと最後まで言わなきゃわかんねえだろ」
タジマはにやにやと笑っている。僕の葛藤を見透かすゲスの笑顔。口を開きかけ、目を伏せて躊躇する。タジマの言葉に従うのは癪だ。プライドを挫いてまで、へりくだってまで、タジマの要求を飲む意味などあるのか?
恥辱で頬が熱くなる。羞恥心を煽られ、全身を巡る血が煮え滾り、肌が火照りだす。タジマはどうしても僕に卑猥な言葉を言わせたいらしい。頬肉の弛緩した醜悪な笑顔は脂でぎとつき、狂気を孕んだ双眸は精力的にぎらついていた。
タジマは性欲を持て余していた。嗜虐と変態性欲の塊。
裸に剥いた僕の尻を撫でさすり、肛門に挿入したバイブを奥を突くように動かし、耳の裏側に吐息を吹きかける。
「さあ言ってみろよ、今お前のケツに突っ込まれてるのはなんだよ。お前の中をぐちゃぐちゃにかきまわしてよがらせてるコレの名前は?当然知ってるよな、さっき教えてやったばかりだもんな。ちゃんと言わなきゃ永遠に入ったまんまだぜ。ケツにこれぶちこんだままサムライの房に帰りてえのかよ」
嘲笑。陰険な目つきでほくそ笑むタジマに怒りが沸騰する。
タジマは恍惚としていた。熱に浮かされたようにうっとりとした口調で僕を嬲りつつ、バイブを乱暴に抜き差しする。
内臓を抉り穿つ異物感。
先端に突起の付いたグロテスクな形状の異物が僕の体内で縦横無尽に暴れ回り、奥深く達して前立腺を刺激する。
「あ、うぐあっ……ひっ、」
手錠の鳴る音が耳障りだ。手首がちぎれんばかりに鎖を引っ張り暴れても、ベッドパイプに繋がれた手錠はびくともしない。抵抗の代償として手首が傷付いただけだ。皮膚が裂けて薄らと血が滲んだ手首を見下ろす余裕もなく、奥歯を食い縛り必死に声を噛み殺す。直腸内で蠢く異物の先端が律動的に前立腺を刺激するたび、どろりとした熱塊が腰を溶かし、激しすぎる快感を生む。
限界だ、もう声をおさえられない。
「………………だ」
「ああん?」
耳の横に手をあてたタジマがバイブを抜き差しする手を緩めず聞き返す。タジマの指で入念に揉み解され、幾重もの襞に唾液を練りこまれ、体積と質量を兼ねた異物を受け容れる準備を整えていた直腸内は、最も狭い場所を通過する際の抵抗を抜きにすればあっけなくバイブを呑みこんでしまった。
僕はタジマが憎い。殺意さえ抱いている。
両親を殺害した時とは比べ物にならない明確で激烈な殺意。両親を殺害した時はただただ夢中だった、恵を守りたい一心だった。しかし今は違う、僕はただ純粋にタジマが憎い。殺したいほどに憎い。この手でタジマの息の根を止められるなら他の何を売り払っても惜しくはなかった、他の何を犠牲にしても惜しくはなかった。
憎い。殺してやる。絶対に殺してやる。
心の中でくりかえし呪詛を吐く。自己暗示をかけるように。しかし現実には、僕はタジマに掴みかかることさえできやしない。頭に血が上り、憎悪で視界が赤く染まる。肛門に挿入されたバイブが卑猥に蠢いて激しい快感を伝えてくる。心はタジマを拒絶しているのに、勝手に反応してしまう体が恨めしい。
「……僕の肛門に入ってるバイブを、抜いてくれ」
漸くそれだけ言った。消え入りそうな呟きだった。敗北感。肩を上下させ、不規則に呼吸をしながら、僕はもう何も見たくなくて固く目を閉じる。
「バイブだけじゃわかんねえなあ、もっと具体的に説明してもらわねえと。こちとらお前のような天才と違ってただの凡人で頭が悪いから具体的に説明してもらわねえとさっぱりだ」
優越感をこめたタジマの哄笑。バイブを抜き差しする手は止まらず、よりいっそう速さと激しさを増して僕を容赦なく責め立てる。
先端の突起が前立腺を執拗に刺激するせいで、前が反応し始めている。早く抜いてもらわなければ射精してしまう、限界を迎えてしまう。
溺れるものが藁にも縋るように必死に、自暴自棄に喚き散らす。
「バイブレーターだ、貴様が持ってきた悪趣味な性玩具だ、今僕の肛門に挿入されてるグロテスクな形状のペニスの模造品だ!さあどうだこれで満足だろう、貴様のような低脳にもわかるよう具体的に説明してやった!頼む早く抜いてくれ、もう……」
絶叫。
哀願を続けることはできなかった。振動。タジマが柄のスイッチを押しこみ、バイブを自動的に動かす。強すぎる快感。男に犯されるのは慣れた、排泄器官を性交に使うのも慣れた。でも、玩具を使われるのは初めてだ。こんな感覚は初めてだ。僕の体内を容赦なく蹂躙し、充血した直腸内をかきまぜるように卑猥に蠢くバイブ。
機械に犯されているというおぞましい感覚。圧倒的な快感。
「あああっああっひっ、い!?」
一瞬で理性が蒸発する。
タジマの手で抜き差しされるだけでも凶悪な突起が腸壁を摩擦して前立腺を刺激して倒錯的な快感を生み出すというのに、それに激しい振動が加わったのではたまらない。ゴム製の巨大なペニスはもはや完全に根元まで埋まっている。
肛門の筋肉が収縮し、もっともっととねだるように物欲しげにバイブを締めつけているのがわかる。
機械に後ろを犯されるという背徳的な感覚。排泄しか用を足してなかった器官にバイブを挿入され、圧倒的な快感に苛まれてるという矛盾。
手錠を鳴らし、嗚咽を堪えるように肩を痙攣させる僕を満足げに見下ろしてタジマが嘯く。
「本当に抜いてほしいのかよ?お前だって悦んでるくせに。ケツにバイブ突っ込まれてひいひいよがってるくせに。ケツにバイブ突っ込まれてぐちゃぐちゃにかきまわされて、もう我慢できねえって前勃たせて、透明な雫を滴らせてるくせによ」
「!やめ、」
タジマの手が前に回り、僕の股間をまさぐる。拒絶しようがなかった。
タジマの手でまさぐられたペニスは確かに勃起し、先端に透明な雫を滲ませていた。
僕は不感症だったはずだ。
東京プリズンに来る前は自慰行為もしたことがなかった。だから射精の快感も知らなかった、鍵屋崎優の研究助手だった女性と興味本位に性交を試した時を除いて僕は射精したことすらなかった。
東京プリズンに来てすべてが変わってしまった。
僕は不感症ではなくなってしまった。
そんなこと、少しも望んでいなかったのに。体が敏感になることなんて、少しも望んでいなかったのに。
「あ、うぐ………っう」
「いかせてやろうか」
僕のペニスを手荒く扱きながら勝ち誇ったようにタジマが笑う。剥き出しの快感。前と後ろから同時に押し寄せる熱湯の奔流が腰で衝突し、下肢から脳天を貫く。ここで素直に頷けばラクになれるのだろうか、という考えが脳裏を過ぎる。
手錠をかけられて両手の自由を奪われた僕は、タジマの手で扱かれないかぎり射精することができず生殺しの責め苦を味わうことになる。
タジマに従えばらくになれるのだろうか。
……嫌だ。
「……即刻その汚い手を放せ、低能。だれの許可を得て僕に触れている?」
声がかすれた。タジマの顔が強張る。この期に及んで僕が反抗するなど思ってもなかったのだろう。
ざまあみろ。
そうか。ざまあみろとはこういう時に使う悪態なのか。
なるほど勉強になった。
「何故僕が貴様に哀願しなければならない、貴様に懇願しなければならない?貴様のように愚劣で醜悪な人間に頭を下げて許しを乞わねばならない?おかしいだろうどう考えても、僕が貴様に頭を下げる理由などない、この地上には存在し得ない!理解したか、理解したなら即刻僕の視界から消え失せろ品性下劣な俗物が!!」
腹の底から咆哮をあげる。僕に罵声を浴びせられたタジマは呆然としている。次の瞬間、タジマの顔が怒りで充血する。野卑な笑顔から一変憤怒の形相に様変わりしたタジマが、僕の尻に手をあて屈みこみ、バイブのスイッチを「強」に―……
「そうか。そうかよ」
タジマが満面に笑みを湛える。これから起こることを予期し、優越感に酔い痴れた笑顔。
「じゃあ、俺に死に物狂いで懇願したくなるまでお望みどおり放置してやる」
『放置』?
電子音が大きくなる。
「あ、あああっあっあああああああっ!!!?」
凄まじい振動。先ほどまでとは比べ物にならない激しさでバイブが体内で暴れ回る。内臓を突き破り喉まで達しそうな勢い。そんな僕を眺めながら、タジマがポケットから何かを取り出し、素早く前に持ってくる。
タジマの手が握っていたのは、紐。何の変哲もないただの紐。
「……なに、をする、気だ」
恐怖で顔が強張り、喉がひきつる。僕にはタジマの考えがわかってしまった。わかってしまったのだ。
「『お仕置き』だよ」
「痛っ!?」
タジマの手が器用に動き、僕の性器を紐で縛りつける。根元に栓をされたペニスは限界まではりつめ、赤黒く充血している。苦痛。激痛。快感を駆逐するほどの。後ろにはバイブが挿入されたまま、間断なく振動を伝えてくる。
しかし、紐で戒められ射精を禁じられては達することができない。
せめて手が自由になれば紐をほどくことができるのに、栓を抜くことができるのに!
ベッドの上でのたうちまわる僕に含み笑いを残し、タジマが唐突に腰を上げる。
凄まじくいやな予感がした。「放置」。その言葉が意味する恐ろしい罰。
「ど、こへ……」
「俺に扱かれるのはプライドが許さねえんだろ?ならひとりで楽しめよ。イケるもんならイッてみろってんだ」
「!?まて、」
鉄扉が閉じる。タジマの哄笑が廊下を遠ざかる。完全に放置された。こんな姿で、こんな状況で?タジマが帰ってくるまで何分何時間待てばいい?後ろにはバイブを挿入されて射精を塞き止められて手錠に繋がれて、こんな生殺しの状態であと何時間耐えたらタジマは戻ってくる?
「あ、うっ……く」
紐が食いこんで痛い。射精したくて気が狂いそうだ。
どれだけ圧倒的な快感を与えられても出口がなければそれは地獄だ、終わりのない拷問だ。助けて。だれか助けてくれ、僕の体内から異物を抜いて前を戒める紐をほどいてくれ!
これ以上続けば頭がどうかしてしまう、発狂してしまう!だれに助けを求めれば聞き入れられる、この地獄から救い出してくれる、僕の呼ぶ声に答えてくれる?
父さん母さん、恵、サムライ!だれかだれでもいいから助けてくれ助け出してくれ!
いっそ気を失ってしまいたい。早くこの生き地獄から解放されたい。
しかし、膨張した先端に紐が食い込み容赦なく締めつけてくるせいで、気を失うことすらできやしない。紐で束縛された先端に血が集まり、脈打ち、狂おしく疼く。自分の手で擦ることもできやしない。
後ろに挿入されたバイブの振動は激しく、腰全体に痺れが広がり、陸揚げされた魚のように下肢が痙攣し始める。不規則に痙攣する腰を持ち上げ、膝と肘を折り曲げた四つん這いの姿勢でひたすら快感に耐える。出口を塞がれて逃げ場を失った熱が小爆発を起こして全身に散り咲いてゆく。
全身が熱い。生きながら溶鉱炉で溶かされているかのようだ。骨も内臓もどろどろに融けていくかのようだ。体の奥底でうねる熱塊。最強に設定されたバイブの振動が前立腺に伝わり、紐で縛られた先端が熱をもって疼きだす。
「ふっ………く、」
額に脂汗が滲む。意識が朦朧として視界が歪む。
肘が挫けそうだ。膝が挫けそうだ。四つん這いの姿勢で体を支えるのもそろそろ限界だ。極限まで張りつめた先端に紐が食い込んで、痛い。紐で束縛されたペニスの表面に夥しい毛細血管が浮かんでいる。
射精を塞き止められ、絶頂に達することもできず、肛門に突きたてられたバイブから激しすぎる快感だけを強制的に送りこまれる拷問。
射精を妨げられる苦しみは想像を絶した。もう何も考えられない、思考が纏まらない。誰でもいい、早くほどいてくれ。射精させてくれ。プライドをかなぐり捨て、死に物狂いで懇願する。自分でさわれないなら他人にさわってもらうしかない、だが今ここには僕しかいない、だれにも頼ることはおろか縋ることもできない。
「とうさ……かあさ……」
結局僕は、自分が殺した鍵屋崎夫妻に縋るしかないのか?最終的には、それしかないのか?鍵屋崎優も由佳利ももうこの世にはいないのに。この手で殺してしまったのに。
今更懺悔しても遅い。後悔しても遅い。手遅れだ。僕を救ってくれる人間など誰もいない。
サムライには迷惑をかけられない。彼とは対等な友人でいたい。弱みを見せたくない、知られたくない。
「っ……あ、あ!」
助けてくれ。このままでは熱に溺れ死んでしまう。射精できなくて気が狂ってしまう。この地獄から抜け出すためなら手段は選ばない、タジマの命令に何でも従う、もう決して反抗したりなどしない。だから頼む戻ってきてくれ紐をほどいてバイブを抜いて僕を助けてくれ、もう決して歯向かったりしないから!
タジマが出ていってから何分が経過したろう。
ベッドパイプと手錠が擦れ合う音とバイブのモーター音だけが、僕の耳に届く。助けてくれ。許してくれ。解放してくれ。前がはりつめて痛い。ぎりぎりと紐が食いこんで痛い。限界値を超えた快感は苦痛でしかない。このまま放置されたら本当に死んでしまう、煮殺されてしまう。
軋り音をあげ、鉄扉が開く。
衣擦れの音、足音。コンクリ床を叩く硬質な靴音。だれかが房に入って来た。誰?決まっている、一人しかいない。タジマだ。漸くタジマが戻ってきたのだ。ベッドが弾む。僕からは見えない位置にタジマが腰掛けたのだ。
とめどなく涙が溢れた。
「……射精させてくれ……」
タジマが戻ってきた安心感より何より、紐を解いてもらいたい一心で、率直な願望を口にする。
「それが人に物を頼む態度かよ。まだ五分しか経ってねえってのに口ほどにもねえ根性なしだな」
腕時計をちらりと一瞥したタジマがせせら笑う。タジマはまだ五分しか経過してないと言うが、僕には五時間が経過したように思えた。体感時間では半日にも等しい錯覚に襲われた。タジマは実に五分もの間、僕をベッドパイプに手錠で繋いで放置したのだ。最強に設定したバイブを肛門に挿入し、先端を紐できつく縛った状態で。
家畜同然の、家畜以下の扱いだ。
タジマにとって僕は、性欲処理の道具でしかないのだ。
「射精、させてください」
「『お願いします、イカせてください』だ。物欲しげにケツ振ってねだってみろや。淫乱な穴に太いバイブ突っ込んで汗みずくでよがりまくってたんだ。お前だってまんざらじゃねえんだろ?」
言いたくない。絶対に言いたくない。
「!!あっああああっあ、」
ごりっ、と音がした。バイブが腸壁を削り取る音。タジマがバイブの柄を掴み、手首に捻りを加え、襞を巻きこむように半回転させたのだ。前立腺に振動が伝わり、紐で束縛された先端に血が溜まる。
はやくはやく抜いてほしい解いてほしい射精させてほしいそれ以外のことは考えられない!
「……お、ねがいします……い、かせてくだ、さ……い」
嗚咽が堪えられない。敗北感。屈辱感。とうとう口にしてしまった。自分が助かりたいあまりに、らくになりたいばかりに、プライドを放棄してしまった。勃起した先端に紐が食い込んで夥しい毛細血管が脈打って、射精したくて気が狂いそうだった。
「よし」
タジマが溜飲をさげる。僕の前に手を回し、素早く紐を緩める。紐がほどけるまでの時間がひどくじれったかった。僕のペニスを戒めていた紐が外れ、根元に巻かれていた部分が緩み、ベッドに落ちる。
脳裏で閃光が爆ぜた。
「あっああああっ、あ!?」
射精の瞬間。ペニスの先端から迸った精液が勢い良く虚空に弧を描く。今まで射精を塞き止められていた分、ペニスの先端から放出された精液は大量だった。射精は一回では済まず、二回三回と連続した。下肢が痙攣した。自分の意志ではどうにもならなかった。先端の孔から迸り出てシーツを汚した白濁した液体、股間を粘つかせて下腹部にまで飛び散った精液の残滓。
剥き出しの太股に付着した糸引く粘液の感触がひどく気持ち悪かった。
「沢山でたな。よっぽど溜まってたんだな」
僕の太股に付着した精液を指になすりつけ、指の腹で捏ねながらタジマが揶揄する。ひどくみじめだった。死んだほうがマシだった。体内ではまだバイブが獰猛に唸っていた。射精したばかりだというのに、直腸の最奥に達したバイブの先端が前立腺を刺激するせいで、ペニスがまた勃ちあがりかけている。
「!っぐ、ん」
タジマが乱暴にバイブを引きぬく。それまで僕の直腸内を蹂躙していたバイブが腸壁を擦り、体外へと出る。肛門の入り口が収縮し、臀部の筋肉が緊張する、排泄にも似た感覚。浅く肩を上下させ、息を切らし、肩越しに振り向く。シーツの上で卑猥に蠢くバイブ。あんな巨大な物が僕の体内に入っていたなんて信じられない。
バイブが抜けた後の穴が窄まるには時間がかかる。バイブで拡張された僕の肛門をたっぷりと視姦しつつ、タジマが言う。
「がばがばに緩んでやがる。淫乱な孔だな。俺に放っとかれて寂しかったのか?物欲しげにひくついて、ぐちゃぐちゃに潤んで、俺様のモン受け容れる準備万端じゃねえか」
「な……」
タジマの言葉に耳を疑う。まさか、まだやる気なのか?これで終わりじゃないのか?タジマはまだ飽き足らず、僕の地獄はこれから先も永遠に終わらないというのか?
「どうしたんだよ、この世の終わり見てえな悲惨なツラして。悦べよもっと。お待ちかねのもんが漸く入ってくるんだぜ、涙流してよがり狂えよ、俺の腹の下に敷かれてな!!」
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だもう嫌だこんなの嫌だどうして僕がこんな目に!!もう嫌だ、男に犯されるの嫌だ、タジマに犯されるのは嫌だ、こんな毎日にはうんざりだ、こんな毎日が続けば本当に体が壊れてしまう!!
死んでしまう。
確実な死。
「せめて手錠を外してくれ、両手が使えないのはいやだ、自由になりたい!」
心からの叫び。僕は半分気が狂っていた。誰に縋ればいい、誰に頼ればいい?僕はあまりに非力で無力で、自力で手錠を外すこともできやしない。タジマから逃れることもできやしない。
天才なもんか。
僕はなんて無力な、売春夫なんだ。
鍵屋崎直は、ただの売春夫じゃないか。
「手錠を外したら、お前、手で口を塞ぐだろ?そしたら折角の喘ぎ声が聞こえねえじゃねえか」
その通りだ。他人に喘ぎ声を聞かれるのはプライドが許さない。第一、ロンにも届いてしまうかもしれないじゃないか。僕の腰を掴んだタジマが、怒張したペニスを肛門に添え、絶望的な宣告を下す。
「手錠を外したところでお前が自由になる日なんか一生くるもんか。
お前は死ぬまで一生東京プリズンの売春夫で、俺の腹の下で喘ぎ続ける運命なんだから」
今ここで手錠を外したところで、僕が自由になる日は永遠に来ない。
僕は永遠にタジマに犯され続ける運命なのだ。
身も心も束縛されて。
タジマの股間に顔を埋め、赤黒く勃起したペニスに舌を絡めつつ、目を上げる。
タジマのペニスは唾液にまみれていた。
何度見ても慣れることのない醜悪な性器。
僕のそれとは比較にならないグロテスクな性器。腐食した金属をおもわせる赤黒い肉棒は存在を主張するが如くそそり立ち、口の中で膨れ上がる。
タジマに髪を掴まれ、吐き気を堪えて喉の奥深くまでペニスを咥えこむ。
片手で根元を支え、角度と握力を調整する。タジマを射精させてこの行為を終えるためには、根元に添えた手を緩急つけて動かし、口に咥えた先端を舌でねぶるという共同作業を行わなければならない。
タジマを早く射精させて奉仕を終えるためには、手と口の連携が重要だ。
売春班の仕事場。通気口から僕とおなじく、無理矢理男に犯される同僚たちの苦悶のうめきや嗚咽や身を引き裂かれる絶叫が響いてくる。
そのすべてがもはや日常と化してしまった。売春班に配属されて何日が経過したのか記憶が混濁して判然としないが、タジマが僕を買いにきた回数なら正確に覚えている。今日でたしか三回。
タジマは性欲が有り余っていた。タジマの目は精力的にぎらついていた。
売春班の今期メンバーは一通り味見してきたと鼻高々に豪語していたが、あれはおそらく真実だろう。タジマは歩く変態性欲の塊だ。人間の似姿をした化け物だ。
僕がこれまでタジマにどんな目に遭わされてきたのか……思い出したくもない。説明したくもない。最初タジマに犯された時は下肢を引き裂かれる激痛に身も世もなく泣き叫んだ。
隣の部屋にロンがいることも忘れて喉も破けんばかりに絶叫した。想像を絶する激痛だった、たとえるなら麻酔なしで切開手術を施されるようなものだ。
排泄しか用を足したことがない肛門の筋肉を無理矢理押し広げられ、直腸にペニスを挿入された。硬く勃起したペニスが肛門の縁を抉ったせいでシーツに血が滴った。あの時の傷はまだ完全には癒えてない。
当たり前だ、信じ難いことにあれからまだ数日しか経過してないのだ。人体の自然治癒力が追いつくはずがない。
現在僕は、口を利く自由がない。口一杯にペニスを咥えこんでいるのだ、喉が圧迫された状況では声を発することもできない。タジマの言葉に疑問を挟もうとすれば、喉の奥からくぐもったうめきが漏れるばかりだ。
ベッドに膝をつき、タジマの股間へと顔を埋め、犬が水を舐めるようにただひたすら夢中でペニスを舐める。ペニスの粘膜と舌の粘膜とが捏ねあうたびに淫猥な水音が響き渡る。タジマのペニスは塩辛かった。汗の塩分の味だ。
奉仕を始めてもうすぐ五分が経過する。
早く射精してほしい一心で舌を使っていたが、タジマはなかなか絶頂に達しようとはせず、僕の苛立ちと疲労は募る一方だ。僕の髪を掴む握力も増し、快感に息を荒げ始めているのだが、ペニスの体積は膨張しこそすれ少しでも快感を持続させようと絶頂を先延ばしにしてなかなか射精には至らない。
不器用な舌遣いで屹立したペニスに唾液をなすりつけ、舌の先端で太くなった亀頭の部分をつつき、歯を立てないよう用心して三分の一までを口腔に含む。歯を立てたらどんな目に遭うか、ささやかな反抗心から試してみて理解した。
これ以上体に痣が増えるのはこりごりだ。
サムライの目を誤魔化しきれなくなる。
下顎が攣りそうだ。口腔に溜まった唾液が口の端を滴り、シーツに染みを作った。吐きたい。胃袋が引き攣り、ペニスを咥えて何度目かの嘔吐の衝動に襲われる。
今日食べた物を全部吐いてしまいたい。
最も、売春班に配属されてからというもの食事もろくに喉を通らない日々で吐くものといっても胃液しかないのだが、今口の中に入っているペニスごと全部吐き出してしまいたいという狂おしい欲求に駆られる。
こんな姿とてもサムライには見せられない、と朦朧と霞みがかった頭で漠然と考える。今の僕を見たら、サムライはきっと僕を軽蔑する。
殺風景なコンクリ壁に四囲を塞がれた売春班の仕事場で、粗末なパイプベッドの上で、ベルトを緩めてズボンの前を寛げたタジマの股間に首をうなだれて顔を埋め、必死にペニスを舐めている。口腔で分泌された大量の唾液を、舌の表裏を使い、たっぷりとペニスになすりつける。
最初の頃は「ただ咥えてるだけで気持ちよくなるとでも思ってんのか」とどやされたが、今ではだいぶコツが呑みこめてきた。醜悪な性器に対する嫌悪感は薄れるどころか行為を重ねるごとに募るばかりだが、目を閉じさえすればぎりぎりまで我慢できると学習した。
タジマのペニスが喉につかえる。そろそろ絶頂が近いらしく、僕の後頭部を押えこんだタジマが快感に息を荒げ、腰を浮かしている。
「!痛っ、」
「どうした、続けろよ。奉仕をちゃんと終えなきゃ折角のご褒美もやれねえぞ」
そう思うならこの汚い手を離せ、と叫びたかった。僕の後頭部を片手で掴んだタジマが、じかに僕の顔を揺さぶり、ペニスの出し入れを速める。
タジマのご褒美など欲しくない。興味もない。どうせくだらないものだろう。心の底ではタジマに反感を覚えつつ、表向きは従順に奉仕を続ける。後頭部の髪の毛を掴まれ、前後に乱暴に揺さぶられ、顎の間接が外れそうになった。何本か髪の毛が毟れたらしく、頭皮がひりひり疼いた。
口の中でペニスが膨れ上がる。喉を圧迫する異物感……呼吸も満足にできず、口腔に溢れた唾を飲み下すこともできず、単純に苦しかった。口腔に満ちた唾液を弛緩した口の端から垂れ流すにまかせ、びくびくと脈打ち始めた肉棒に舌を絡める。
口の中でペニスが破裂した。
「がはっ、げほごほっ」
射精の瞬間。精液の苦い味が口腔に広がり、唾液と交じり合い、薄められた白濁の残滓が粘つく糸をひいて顎から滴り落ちる。全部呑みこまなければまたタジマに罰せられるとわかっていたから無理にでも飲み下そうとした。
手の甲で顎を拭い、吐きたいのを我慢して、口腔に蟠る精液を嚥下する。
胃袋が痙攣した。
こんな不味くて汚い物呑みたくなかった、今の僕は水一杯さえ受けつけられない体なのだ。
涙目ではげしく咳き込みつつ、喉を庇い、シーツに突っ伏す。漸く終わったという解放感と安堵感、しかしまだ終わりではないという不安感。そうだ、これはまだほんの序の口だ。タジマがこれだけで満足するはずがない、僕のもとを訪ねたからには最後までやるに決まっている。
これまでもそうだったのだから今度も絶対そうだという確信に近い予感を抱き、疲労と絶望に濁った目でタジマを仰ぐ。
眼鏡越しの視界は朦朧と歪んでいた。タジマの顔も歪んでいた。ひょっとしたら、化け物の本性を映しているのかもしれない。
実際は心身ともに衰弱しきった僕の幻覚だろう。
「五分ちょっとってところか。最初のときは十分近くかかったこと考えりゃ大進歩だぜ。俺以外にも何人も男のモン咥えこんで、フェラの仕方がわかってきたんだろう?さすが天才、学習能力にかけちゃ他の追随許さねえってか」
タジマはひどく上機嫌だった。こちらが不安になるほどに。
いつもよりやけに饒舌にまくしたてるタジマをぼんやり見上げ、虚勢を張る。
「……あたりまえだ、僕を誰だと思っている?IQ180の天才こと鍵屋崎直だぞ。たとえどんなにくだらないことでも、将来的には何の役にも立ちそうにない技能でも、僕の優秀なる頭脳はたちまち吸収……」
「よし。じゃあ約束どおりフェラチオがよくできた褒美をやるよ」
最後まで話を聞け。まったくこれだから、人の話を聞かない低脳は手に負えない。得々とした演説を遮られた僕は、タジマの無粋さに辟易し、憮然と黙りこむ。不機嫌を隠しもせず黙りこんだ僕をよそに、タジマが腰を捻り、ズボンの尻ポケットを探る。
耳障りな衣擦れの音。
タジマが僕に褒美をくれる?まさか本気じゃないだろう。どうせまたろくでもないことを企んでるに決まっている。だが、今更何が起きてももう驚かない。最悪なことは既に起こってしまった。
これ以上悪いことはさすがに起こらないだろうという達観を伴う安堵が、僕の精神に一種の小康状態をもたらしていた。
ベッドに上体を起こした僕は、咳がおさまるのを待ち、毒舌を吐く。
「一体どういう心境の変化だ。まさかとは思うがこれまでの悪行の数々を反省して、改心でもしたのか?それで、僕に褒美をくれるのか。まさかな。貴様は反省とも後悔とも無縁の人間だ、社会の倫理規範から逸脱した性的異常者の欠陥人間だ。僕の予想だと、貴様が看守にならなかった場合は80%の高確率で性犯罪者になってたはずだ。僕と貴様の立場は逆だったかもしれない。その点を十分に考慮し……」
喉がひきつり、言葉が不自然に途切れる。
語尾が宙に浮いたのは、タジマがおもむろに取り出した物を目にしてしまったからだ。
制服のズボンに突っ込まれていたそれは、奇妙な物体だった。男性器を模した黒いゴム製の物体で、柄にスイッチらしき物がついている。どうやらあれを押しこんで動かすらしい。
『動かす』?
続く言葉を喪失し、驚愕に目を見開き、タジマの手の中の物体を詳細に観察する。
確かに男性器を模しているが、通常のそれとは明らかに異なり、随分グロテスクな形状をしている。
大きく誇張された亀頭といい、十分過ぎるほどの太さを兼ねた見た目といい、いかにも人工物めいた奇妙な光沢のあるゴム製の表面といい、通常のそれより明らかに大袈裟に作られている。
「これ、は、なんだ」
喉が干上がった。緊張で手のひらが汗ばんだ。
わざわざ訊くまでもなく、タジマが持参した物の用途は知っていた。知っていたが、信じたくなかった。認めたくなかった。
シーツを蹴り、無意識にあとじさりながら問えば、下劣な笑みを満面に湛えてタジマが口を開く。
「カマトトぶんなよ親殺し。黴菌から隔離された温室育ちの坊やはバイブも見たことねえってか」
膝這いに僕へとにじり寄りながら、タジマは嬉嬉として畳みかける。
「俺様秘蔵のSM七つ道具のひとつだよ。売春班のガキどもにも何回か使ってみたがお前で試すのは今日が初めてだな。お前もそろそろ普通のセックスじゃ物足りなくなってきた頃だと思ってな……どうだ、ちょっとさわってみろよ。高価かったんぜ、これ」
「さわるな!!」
拒絶しようとした、振り払おうとした。だが間に合わなかった。タジマが僕の手を掴み、自分の方へと引き寄せ、強引に五指を開かせてバイブレーターを握らせる。
タジマにこじ開けられた五指でバイブレーターを包めば、のっぺりしたゴムの質感に肌が粟立った。盲目の人間が手探りで物の輪郭を辿るように、どれほどきつく目を瞑っても、暗闇で尖鋭化した指先の感覚からバイブの形状が伝わってしまう。
タジマがわざわざ持参したバイブには、通常の性器にはない疣に似た突起があった。女性相手の場合は膣を刺激するため、男性に使用する場合は前立腺を刺激するためのおぞましい付属物……
しかし、このバイブレーターが後者を想定して作られた保証はない。
「ほら、手のひらにぴったり吸いつくだろう?」
僕の手を掴み、無理矢理バイブを握らせ、タジマが説明する。
「この突起、わかるな。撫でてみりゃわかるだろ、疣みたいな突起がぐるりと一周してんのが。こいつを今からお前のケツに入れる。どうした、そんな青白い顔して。バイブ初体験で柄にもなく怯えてんのかよ。大丈夫だ、まあ最初はケツが切れてちょっと痛えかもしれねえが慣れちまえば普通の何倍も良くなる。スイッチいれりゃあ勝手に中で動いてくれるんだ、俺が何もしなくてもお前の中をぐちゃぐちゃにかきまわしてくれるんだ。まったく便利な玩具だ、こちとら何もせずに見てるだけでお前のケツをこなして使いやすくしてくれるんだからよ」
「馬鹿を言え、そんな物が入るわけがない。第一肛門は排泄を目的とした身体器官で本来それ以外の用途はない、そんな物を無理矢理入れたら出血してしまう、内臓が傷付いてしまう!」
「うるせえガキだな、すぐ馴染むって言ってんだろうが。大丈夫だよ、指で慣らしてから入れてやるから。このままぶちこんでも俺は一向にかまわねえが、お前のケツが切れて石榴みたいになっちゃあ次から萎えるからな」
タジマは本気だ。僕がどれだけ説得したところで退く気はないらしい。
逃げよう。
恐怖が頂点に達し、脳裏で閃光が弾けた。
早く逃げなければ僕はこれから想像を絶する酷い目に遭う、最悪の上をいく最悪なことが起きてしまう!逃げようそれしかない死ぬ気で逃げるしかない早くベッドを飛び下りて鉄扉へ急げ早く早く……
走れ。
「!っ、」
思考時間は一秒にも満たず、行動は迅速だった。ベッドから飛び下りた僕はスニーカーを履く暇も惜しみ裸足で床を蹴り一直線に鉄扉を目指す。
逃げなければ、一刻も早く少しでも遠くタジマから逃げなければ!嫌だもう、恵、恵に会わせてくれ。サムライのもとに帰してくれ。発狂せんばかりの恐怖。半狂乱に駆りたてられた僕は、虚空にむなしく腕をのばし、目前に迫ったノブを掴もうとし……
「逃げるなよ」
後ろ襟を掴まれ、タジマに引き戻される。タジマの腕力は凄まじく、片腕一本で僕をベッドまでひきずってゆくのは造作もないことだった。
背中に衝撃。
タジマにおもいきり突き飛ばされ、背中からベッドに倒れこんだ衝撃で肺が圧迫され、空気の塊が喉につかえた。
腹を抱えてはげしく咳き込む僕の耳の裏側で、鎖と鎖が擦れ合う金属音。
膝に体重をかけ、スプリングを撓ませたタジマが、いつのまにか僕の背後に回りこんでいた。
「客をほうったらかして性懲りなく逃走はかるたあ身のほど知らずの売春夫だなおい。前言撤回だ、天才だかなんだか知らねえがお前に学習能力なんてもんは欠片もねえ。まだ自分がおかれた立場がわかってねえみたいだな親殺し。なら教えてやるよ、たっぷりと」
不潔に黄ばんだ歯を剥いてせせら笑うタジマ。
口臭くさい吐息に顔をしかめた僕の片手首に、タジマが手錠をかける。
手錠。東京プリズンでは日常茶飯事の乱闘騒ぎを起こした囚人を拘束するために看守が常に携帯してる道具。
主任看守のタジマが手錠を持ち歩いてること自体は別段不思議じゃないが、乱闘騒ぎの主犯でもない僕が手錠をかけられるのはおかしい。
「即刻手錠を外せ、こんな物は必要ない!僕はもう檻の中だ、この上手錠なんか必要ない、この上どこにも逃げられないのに今更こんな物無意味だ!!」
「そうでもねえぜ。少なくとも、お前を大人しくさせる役には立つ」
声を荒げ、必死の形相でタジマに抗議するも本人は耳を貸さない。僕の手首には銀の光沢の手錠が嵌まっている、自力で外そうと身を捩っても決して手首から抜けない金属の拘束具が。
何故こんな物をはめなければいけない、こんな屈辱的な仕打ちを受けなければいけない?僕はたしかに犯罪者だ、両親を殺したそれは事実だ。
だからって刑務所に来てまでこんな扱い……
「!くっ、」
おもいきり手錠を引かれ、みじめにベッドに突っ伏す。鎖と鎖が擦れ合う耳障りな金属音に顔を上げれば、楕円の輪が連なる鎖を鼻歌まじりにパイプに通すタジマがいた。
パイプに通された鎖が再び隙間を通りぬけ、手錠の片方が、僕のもう一方の手首を咥える。
ガチリ、といやな音が響いた。手錠の輪が噛み合う音。
「いい恰好だな、親殺し」
完全に抵抗を封じられた。絶望に視界が翳る。どれほど手首を揺さぶっても皮膚に金属の輪が食いこむだけで、手錠はびくともしない。どれほど暴れたところで鎖はちぎれそうにない。
タジマはにやにやと優越感をこめて笑いながら、しきりと身をよじり、無駄な抵抗を続ける僕を眺めていた。
「離せ、頼む外してくれ手錠なんか必要ない拘束の必要などない!僕を家畜のように繋いでおく意味などない、そうだろう、僕はどんな性行為だって無抵抗に徹して従順に受け容れる覚悟はできている今更抵抗を封じる必要などどこにもない!だから外してくれ、自由にしてくれ、手首を開放して両手を使えるようにしてくれ、こんな屈辱的な恰好で犯されるのはいやだ、いやだ、恵……」
語尾が萎えた。嗚咽を噛み砕くように下顎に力をこめ、シーツに顔を埋める。恵。恵に会いたい。もう嫌だこんな毎日うんざりだ、身も心も生きながらに切り刻まれる地獄の毎日だ。
早く解放されたい、らくになりたい。
もう限界だと心が軋んで悲鳴をあげる。精神崩壊の前兆。
僕はもう限界だ、これ以上耐えられそうにない。これ以上悪いことが起きる前にだれか……
ぎしり、とベッドが軋む。タジマが僕の腰に跨り、背中に覆い被さる。
ズボンが剥がされ、臀部が外気にふれる。恥辱に唇を噛み、全身の震えを押えこもうと努力する。やがて訪れる最後の瞬間まで、僕の理性が蒸発するその瞬間まで、せめて虚勢を保っていたい。
タジマなど怯えるにも値しない下等な人間だ、こんな俗悪で下劣で愚鈍な人間にこの僕が怯えているなど絶対に認めない。
僕は天才なんだ。鍵屋崎直なんだ。鍵屋崎恵の兄なんだ。恐怖に負けて、みっともなく取り乱したりなどするものか。自身が悪くもないのに助かりたい一心で許しを乞うたりするものか。
僕は最後の瞬間が訪れるまで恵の兄でいたい、恵に誇れる兄でありたい。
サムライに誇れる友人でありたい。
悲鳴などあげるものか、怖くない、タジマなど怖くない……
「お待ちかねの指が入るぜ」
「う、あああっ!?」
肛門に圧迫感。芋虫めいた指が襞をかきわけ、窄まり始めた狭間の奥へと無遠慮に押し入っていく。気持ちが悪い。本来物がでてゆくはずの場所に異物が侵入してくるという吐き気を禁じえないおぞましい感覚。
唾液で湿されてはいても、挿入の瞬間は痛かった。直腸に突き立てられた指が閉塞した内部をまさぐり、丹念に揉みほぐし、幾重もの襞をかきわけて奥へ奥へと進んでゆく。
容赦なく内臓を穿つ灼熱感。
醜悪に節くれだった指が、僕の体内を蹂躙する。
胃袋が反転しそうに気持ちが悪い。排泄器官に指を突っ込まれた違和感が急激に膨れ上がり、重いしこりとなって胃を圧迫しているのだ。
「っ、うん」
指が二本に増えた。タジマの哄笑が大きくなる。
腰から下に鈍い痛みを感じる。指を挿入された瞬間の激痛とはまた違う、溶けた内臓が溶岩流と化して体内でうねっているかのような感覚。
気持ち悪いが、それだけじゃない。タジマの指遣いは巧みだった。肛門の入り口付近で円を描くようにねっとりと襞を捏ねたかと思えば、奥へ奥へとじれったく緩慢な動きで這い進み、律動的な指さばきで前立腺を刺激する。
全身にびっしょりと汗をかく。濡れた前髪が額にはりついて視界を塞ぐ。腰から下が熱い。タジマの指さばきが速さと激しさを増せば、僕の意に反して腰が跳ねあがり呼吸が浅くなる。
僕は不感症のはずだ。だからこんな行為には何も感じないはずだ、快感も苦痛も感じないはずだ。だからこれは何かの間違いなんだ間違いのはずなんだ、こんなこと現実にあるはずがないんだ。
まかり間違っても、僕が感じているなんて。
タジマなんかに、感じさせられしまうなんて。
「あぐ、ああっ」
指が三本に増えた。
「すげえ、物欲しげにぐいぐい締めつけてきやがる。そんなに俺のモンが欲しいのかよ。そうだよなあ、さっきはガキが飴玉しゃぶるみたいに夢中でくわえてたもんな。今日までさんざ男のモン咥えてきたが俺のペニスがいちばん美味かったって正直に白状しろよ」
「はっ……ば、かを言う、な……うっ、あ!」
タジマが戯れに尻を叩く。三本の指が腸内で蠢く。両手を戒められてるため、シーツを掻き毟り、身を苛む熱に耐えることもできない。体が熱い。体内が熱く火照り、肛門が収縮し、タジマの指を締めつけているのがわかる。
淫蕩な熱から逃れたくて身をよじるたび、手錠とパイプとが触れ合いうるさい音を奏でた。
額に浮いた脂汗が目尻にすべりこみ、視界が朦朧とぼやける。そういえば僕は、眼鏡をかけたままだ。
急にタジマが訪ねてきて、眼鏡を外す暇がなかったのだ。今度からはちゃんとはず……
「あ、あ、あ!」
巧みな愛撫で思考が散らされる。限界だった。僕は勃起していた。タジマの指で感じるなんて信じたくなかった、タジマに犯されて勃起するなんて認めたくなかった。でも現実に、僕は反応していた。不感症なのに、不感症のくせに、前立腺を執拗に刺激されれば反応してしまう生理現象が恨めしい。
僕の耳の裏側に口を近付けたタジマが、くぐもった笑いをまじえ、低く囁く。
「手錠で家畜みたいに繋がれて、ケツに指三本突っ込まれてやらしい喘ぎ声あげて、お前ってやつはどこまで淫乱なんだよ。隣にゃロンもいるのに、腹空かせて塞ぎこんでるダチのことも忘れてひとりで気持ちよくなりやがって……ああ悪い、気付かなかったぜ、お前はロンに声聞かせたいんだな、ひとりで退屈してるロンのために今晩のオカズを提供してやろうって親切心で喘ぎ声はりあげてんだな。じゃあ俺も協力してやるよ」
唐突に指が引きぬかれる。
拡張された直腸に隙間が生まれ、射精を寸前で塞き止められる。息を切らしつつ、肩越しに振り向く。
タジマがいた。僕の肛門にバイブレーターの先端を添えて、黄ばんだ歯を剥いたタジマが。
「やめてくれ」
みっともなく声が震えた。肛門に添えられたバイブレーターの先端は太く硬く、こんな物を無理矢理挿入されたらどうなるか想像しただけでも恐怖で全身が強張る。僕の肛門からの出血でシーツが赤く染まるところなど見たくない。手錠の鎖が許すかぎり腕を折り曲げ、肘をついて腰を上げ、情けない声をだす。
「手錠を外せとは言わない、このままでいい、このまま犯してくれてかまわない。コンドームも装着しなくてかまわない、気が済むまで僕を犯せばいい射精すればいい!でもそれだけは、」
怖い怖いあんな物入るわけがない肛門は排泄器官で物を入れる場所じゃない出血するに決まってるあんな物いやだ怖い逃げたい助けてくれ……
父さん。母さん。ごめんなさい。助けて。
「壁突きぬけてロンに喘ぎ声が届くよう、おもいっきりよがりまくれよ」
下肢を激痛が襲った。
[newpage]
「うあっ………」
肛門にバイブを捻じ込まれる。
片手で僕の腰を支え目の位置にまで裸の尻を掲げさせたタジマが舌なめずり、弛緩した笑顔でバイブの先端に圧力をかけ、肛門に挿入する。
芋虫めいた指で入念に揉みほぐされ、襞一枚一枚に唾液を練りこまれた腸壁が熱く脈打ち、バイブの先端を受け容れる。
呼吸が満足にできず、生理的な涙が目に膜を張る。喉が詰まる。息が詰まる。肛門に挿入されたバイブを体内の臓器が拒絶したものか、胃袋が締めつけられ、嘔吐の衝動を覚える。
体内に侵入した異物を体が拒絶している、体内に侵入した異物を排出しようと全身の筋肉が緊張する。快感なんて少しもない、あるのは激痛だけ、下肢を引き裂かれるような激痛だけだ。
排泄器官に性交の用途があるのは知識として知っていた。男性同士が性交に及ぶ場合は肛門にペニスを挿入すると勿論知っていた。常識だ。しかし、まさか僕が実際に体験することになるとは思わなかった。外にいた頃は想像だにしなかった。
売春班に配属されてから毎日毎日男に犯され、通常排泄にしか用を足さない肛門にペニスを受け容れるのにも慣れた。
だが、玩具を入れられるのはこれがはじめてだ。
「ひぎっ……」
奥歯を食い縛り苦鳴を殺そうとしたが、無駄だった。
臀部の筋肉が強張り、肛門に侵入した異物を外に排出しようとするが、タジマはその程度では諦めない。手首に抵抗を覚えようが僕が苦鳴を漏らそうが一切を無視して、奥へ奥へとバイブを押しこむ。
「かはっ……」
いくらタジマの指でならされていたとはいっても、平均的成人男性のそれを遥かに上回る大きさのバイブを容易に呑みこめるわけがない。胃袋がひきつり、吐き気が食道をせりあがる。体の中で異物が蠢く。
男性器を精巧に模したゴム製の巨大なペニスが直腸内を蹂躙する。苦しい、死ぬほど苦しい。涙の膜が張った視界が朦朧と歪み、熱に溺れそうになる。
五指を折り曲げてシーツを掻き毟れば、まだしも耐えることができたのだろう淫蕩な熱が体じゅうを責め苛む。
弾力ある筋肉の抵抗をものともせず、圧力を加えたバイブが奥へ奥へと侵入してゆく。襞を掻き分けて腸壁を摩擦し、内臓を抉るように奥へと捻じ込まれてゆく。
咳き込みたい。吐きたい。
しかし、今咳き込めばさらなる激痛を味わうことになる。動きは最小限に、これ以上激痛を味あわずに済むように、汗でびっしょり濡れたシーツに顔を埋める。
「力を抜けよ、全部入んねえだろうが」
「!ひっ、」
喉が鳴り、情けない悲鳴が漏れる。タジマが平手で僕の尻を叩き、乱暴に腰を掴んで引き起こしたのだ。尻を跳ね上げた反動で肛門にさしこまれたままのバイブが腸壁に擦れ、内臓を抉る激痛にのたうちまわる。
これ以上腰を動かされてはたまらない、それこそ肛門が切れて出血してしまう。冗談じゃない、肛門が傷付いたら次から排泄に支障をきたすではないか。いやそれだけじゃない、タジマの次にもまだ大勢の客が控えている。
タジマが性欲処理の目的を果たして満足して帰った後でも、僕の生き地獄は終わらない。
明日も明後日も延々と半年後の部署替えまで続くのだ。
酷くされたら、次に客をとる時に困る。
「ふっ、く……ぅ」
瞼が涙で濡れる。鼻腔の奥に塩辛い味が広がる。
鼻から抜けるように漏れた声は、甘えるような嗚咽。違う、こんな情けない声僕の声じゃない。全否定だ。僕は現実にこんな声で泣いたりしない、嗚咽を漏らしたりしない。
忘れたのか鍵屋崎直。お前は天才だ、天才なんだ。
遺伝子工学の世界的権威たる鍵屋崎夫妻の長男にして有望な後継者、かつては将来を嘱望された選ばれた存在。選良。エリート。プライドを持て、最後まで。嗚咽など漏らすんじゃない。
心を麻痺させろ、思考を鈍化させろ。
何も見るな感じるな、現実から全力で逃避しろ。僕は苦しくない、痛くない、こんなこと大したことじゃない。東京プリズンに来た時からいつかはこうなると覚悟があった、諦観していた。
東京プリズンはリンチやレイプが横行する最悪の場所だ。
ここではどんな最悪なことが起こったところでおかしくない。それが日常なのだから。
僕の腰を抱え上げ、充血した肛門を視姦しつつ、手首に捻りを加えて容赦なくバイブを押しこむタジマ。
喉元まで膨れ上がる異物感、圧迫感。
前立腺を刺激する突起の付いた先端が、緩急つけて腸壁を擦り、未知の性感帯を発掘する。
「はっ……」
体が変だ。意識が朦朧として痛みが薄れてきたせいかもしれない。
肛門の入り口を強引に押し広げて侵入した異物が蠢くたび、腰が痺れるような、疼くような、鈍い快感が押し寄せる。
苦悶のうめきか快楽の喘ぎか、自分の口から漏れる声がどちらか既にわからない。
疲労と倦怠とが思考力を奪い去る。
こんな姿サムライにはとても見せられない、とぼんやりと考える。彼に軽蔑されるのはいやだ。生まれて初めてできた友人をこんな最悪の形で失うのはいやだ。
恵を失った僕にはもう彼しかいないのに……
「あ、ああっ」
「声が濡れてきたじゃねえかよ」
うなじを舐められて理性が散らされる。僕の背中に肥満した腹を密着させたタジマが、手首を捻り、バイブを根元まで埋め込む。
喉が仰け反り、獣じみたうめきが迸る。
前髪から滴った汗がシーツに点々と染みを作る。
信じられないことに、バイブは殆ど全部僕の中に入ってしまっていた。
「俺に犯られるまえにも何人も男にヤられて緩んでたんだな。物欲しげにひくついて男誘って、淫乱な穴だぜ。バイブ一本じゃ物足りねえってか?」
「ふっ………痛う」
きつい。苦しい。バイブの先端が奥まで届いてるのがわかる、奥まで達しているのが伝わってくる。満足したなら早く抜いて欲しい、僕を解放してほしい。太股を伝い、膝裏をぬらす生温かい液体。血の滴り。バイブを強引に挿入されたせいで肛門の縁が切れて出血していた。排泄の際には当分痛みを感じることになるだろう。少しでも動けば、体内に挿入されたバイブが新たな刺激を生み出すことになる。
頼む抜いてくれ、これ以上は無理だ、限界だ。
体も心も壊れてしまう。
「……っ、く……抜け……」
手錠の鎖を鳴らし、表情を読まれるのを避けて顔を伏せ、よわよわしく呟く。
「ああん?なにを抜いてほしいんだ、主語が欠けてちゃわかんねえだろうが」
耳の横に手をあて、わざとらしく大声で聞き返すタジマに殺意が湧く。タジマはどうしても僕に淫語を言わせたいらしい。その手には乗るかと唇を噛み、鼻梁にずり落ちた眼鏡越しに、反抗的な目つきでタジマを睨みつける。
「……とぼけ、るんじゃないこの低能。貴様が僕の肛門に挿入した……その……、」
「なんだよ。ちゃんと最後まで言わなきゃわかんねえだろ」
タジマはにやにやと笑っている。僕の葛藤を見透かすゲスの笑顔。口を開きかけ、目を伏せて躊躇する。タジマの言葉に従うのは癪だ。プライドを挫いてまで、へりくだってまで、タジマの要求を飲む意味などあるのか?
恥辱で頬が熱くなる。羞恥心を煽られ、全身を巡る血が煮え滾り、肌が火照りだす。タジマはどうしても僕に卑猥な言葉を言わせたいらしい。頬肉の弛緩した醜悪な笑顔は脂でぎとつき、狂気を孕んだ双眸は精力的にぎらついていた。
タジマは性欲を持て余していた。嗜虐と変態性欲の塊。
裸に剥いた僕の尻を撫でさすり、肛門に挿入したバイブを奥を突くように動かし、耳の裏側に吐息を吹きかける。
「さあ言ってみろよ、今お前のケツに突っ込まれてるのはなんだよ。お前の中をぐちゃぐちゃにかきまわしてよがらせてるコレの名前は?当然知ってるよな、さっき教えてやったばかりだもんな。ちゃんと言わなきゃ永遠に入ったまんまだぜ。ケツにこれぶちこんだままサムライの房に帰りてえのかよ」
嘲笑。陰険な目つきでほくそ笑むタジマに怒りが沸騰する。
タジマは恍惚としていた。熱に浮かされたようにうっとりとした口調で僕を嬲りつつ、バイブを乱暴に抜き差しする。
内臓を抉り穿つ異物感。
先端に突起の付いたグロテスクな形状の異物が僕の体内で縦横無尽に暴れ回り、奥深く達して前立腺を刺激する。
「あ、うぐあっ……ひっ、」
手錠の鳴る音が耳障りだ。手首がちぎれんばかりに鎖を引っ張り暴れても、ベッドパイプに繋がれた手錠はびくともしない。抵抗の代償として手首が傷付いただけだ。皮膚が裂けて薄らと血が滲んだ手首を見下ろす余裕もなく、奥歯を食い縛り必死に声を噛み殺す。直腸内で蠢く異物の先端が律動的に前立腺を刺激するたび、どろりとした熱塊が腰を溶かし、激しすぎる快感を生む。
限界だ、もう声をおさえられない。
「………………だ」
「ああん?」
耳の横に手をあてたタジマがバイブを抜き差しする手を緩めず聞き返す。タジマの指で入念に揉み解され、幾重もの襞に唾液を練りこまれ、体積と質量を兼ねた異物を受け容れる準備を整えていた直腸内は、最も狭い場所を通過する際の抵抗を抜きにすればあっけなくバイブを呑みこんでしまった。
僕はタジマが憎い。殺意さえ抱いている。
両親を殺害した時とは比べ物にならない明確で激烈な殺意。両親を殺害した時はただただ夢中だった、恵を守りたい一心だった。しかし今は違う、僕はただ純粋にタジマが憎い。殺したいほどに憎い。この手でタジマの息の根を止められるなら他の何を売り払っても惜しくはなかった、他の何を犠牲にしても惜しくはなかった。
憎い。殺してやる。絶対に殺してやる。
心の中でくりかえし呪詛を吐く。自己暗示をかけるように。しかし現実には、僕はタジマに掴みかかることさえできやしない。頭に血が上り、憎悪で視界が赤く染まる。肛門に挿入されたバイブが卑猥に蠢いて激しい快感を伝えてくる。心はタジマを拒絶しているのに、勝手に反応してしまう体が恨めしい。
「……僕の肛門に入ってるバイブを、抜いてくれ」
漸くそれだけ言った。消え入りそうな呟きだった。敗北感。肩を上下させ、不規則に呼吸をしながら、僕はもう何も見たくなくて固く目を閉じる。
「バイブだけじゃわかんねえなあ、もっと具体的に説明してもらわねえと。こちとらお前のような天才と違ってただの凡人で頭が悪いから具体的に説明してもらわねえとさっぱりだ」
優越感をこめたタジマの哄笑。バイブを抜き差しする手は止まらず、よりいっそう速さと激しさを増して僕を容赦なく責め立てる。
先端の突起が前立腺を執拗に刺激するせいで、前が反応し始めている。早く抜いてもらわなければ射精してしまう、限界を迎えてしまう。
溺れるものが藁にも縋るように必死に、自暴自棄に喚き散らす。
「バイブレーターだ、貴様が持ってきた悪趣味な性玩具だ、今僕の肛門に挿入されてるグロテスクな形状のペニスの模造品だ!さあどうだこれで満足だろう、貴様のような低脳にもわかるよう具体的に説明してやった!頼む早く抜いてくれ、もう……」
絶叫。
哀願を続けることはできなかった。振動。タジマが柄のスイッチを押しこみ、バイブを自動的に動かす。強すぎる快感。男に犯されるのは慣れた、排泄器官を性交に使うのも慣れた。でも、玩具を使われるのは初めてだ。こんな感覚は初めてだ。僕の体内を容赦なく蹂躙し、充血した直腸内をかきまぜるように卑猥に蠢くバイブ。
機械に犯されているというおぞましい感覚。圧倒的な快感。
「あああっああっひっ、い!?」
一瞬で理性が蒸発する。
タジマの手で抜き差しされるだけでも凶悪な突起が腸壁を摩擦して前立腺を刺激して倒錯的な快感を生み出すというのに、それに激しい振動が加わったのではたまらない。ゴム製の巨大なペニスはもはや完全に根元まで埋まっている。
肛門の筋肉が収縮し、もっともっととねだるように物欲しげにバイブを締めつけているのがわかる。
機械に後ろを犯されるという背徳的な感覚。排泄しか用を足してなかった器官にバイブを挿入され、圧倒的な快感に苛まれてるという矛盾。
手錠を鳴らし、嗚咽を堪えるように肩を痙攣させる僕を満足げに見下ろしてタジマが嘯く。
「本当に抜いてほしいのかよ?お前だって悦んでるくせに。ケツにバイブ突っ込まれてひいひいよがってるくせに。ケツにバイブ突っ込まれてぐちゃぐちゃにかきまわされて、もう我慢できねえって前勃たせて、透明な雫を滴らせてるくせによ」
「!やめ、」
タジマの手が前に回り、僕の股間をまさぐる。拒絶しようがなかった。
タジマの手でまさぐられたペニスは確かに勃起し、先端に透明な雫を滲ませていた。
僕は不感症だったはずだ。
東京プリズンに来る前は自慰行為もしたことがなかった。だから射精の快感も知らなかった、鍵屋崎優の研究助手だった女性と興味本位に性交を試した時を除いて僕は射精したことすらなかった。
東京プリズンに来てすべてが変わってしまった。
僕は不感症ではなくなってしまった。
そんなこと、少しも望んでいなかったのに。体が敏感になることなんて、少しも望んでいなかったのに。
「あ、うぐ………っう」
「いかせてやろうか」
僕のペニスを手荒く扱きながら勝ち誇ったようにタジマが笑う。剥き出しの快感。前と後ろから同時に押し寄せる熱湯の奔流が腰で衝突し、下肢から脳天を貫く。ここで素直に頷けばラクになれるのだろうか、という考えが脳裏を過ぎる。
手錠をかけられて両手の自由を奪われた僕は、タジマの手で扱かれないかぎり射精することができず生殺しの責め苦を味わうことになる。
タジマに従えばらくになれるのだろうか。
……嫌だ。
「……即刻その汚い手を放せ、低能。だれの許可を得て僕に触れている?」
声がかすれた。タジマの顔が強張る。この期に及んで僕が反抗するなど思ってもなかったのだろう。
ざまあみろ。
そうか。ざまあみろとはこういう時に使う悪態なのか。
なるほど勉強になった。
「何故僕が貴様に哀願しなければならない、貴様に懇願しなければならない?貴様のように愚劣で醜悪な人間に頭を下げて許しを乞わねばならない?おかしいだろうどう考えても、僕が貴様に頭を下げる理由などない、この地上には存在し得ない!理解したか、理解したなら即刻僕の視界から消え失せろ品性下劣な俗物が!!」
腹の底から咆哮をあげる。僕に罵声を浴びせられたタジマは呆然としている。次の瞬間、タジマの顔が怒りで充血する。野卑な笑顔から一変憤怒の形相に様変わりしたタジマが、僕の尻に手をあて屈みこみ、バイブのスイッチを「強」に―……
「そうか。そうかよ」
タジマが満面に笑みを湛える。これから起こることを予期し、優越感に酔い痴れた笑顔。
「じゃあ、俺に死に物狂いで懇願したくなるまでお望みどおり放置してやる」
『放置』?
電子音が大きくなる。
「あ、あああっあっあああああああっ!!!?」
凄まじい振動。先ほどまでとは比べ物にならない激しさでバイブが体内で暴れ回る。内臓を突き破り喉まで達しそうな勢い。そんな僕を眺めながら、タジマがポケットから何かを取り出し、素早く前に持ってくる。
タジマの手が握っていたのは、紐。何の変哲もないただの紐。
「……なに、をする、気だ」
恐怖で顔が強張り、喉がひきつる。僕にはタジマの考えがわかってしまった。わかってしまったのだ。
「『お仕置き』だよ」
「痛っ!?」
タジマの手が器用に動き、僕の性器を紐で縛りつける。根元に栓をされたペニスは限界まではりつめ、赤黒く充血している。苦痛。激痛。快感を駆逐するほどの。後ろにはバイブが挿入されたまま、間断なく振動を伝えてくる。
しかし、紐で戒められ射精を禁じられては達することができない。
せめて手が自由になれば紐をほどくことができるのに、栓を抜くことができるのに!
ベッドの上でのたうちまわる僕に含み笑いを残し、タジマが唐突に腰を上げる。
凄まじくいやな予感がした。「放置」。その言葉が意味する恐ろしい罰。
「ど、こへ……」
「俺に扱かれるのはプライドが許さねえんだろ?ならひとりで楽しめよ。イケるもんならイッてみろってんだ」
「!?まて、」
鉄扉が閉じる。タジマの哄笑が廊下を遠ざかる。完全に放置された。こんな姿で、こんな状況で?タジマが帰ってくるまで何分何時間待てばいい?後ろにはバイブを挿入されて射精を塞き止められて手錠に繋がれて、こんな生殺しの状態であと何時間耐えたらタジマは戻ってくる?
「あ、うっ……く」
紐が食いこんで痛い。射精したくて気が狂いそうだ。
どれだけ圧倒的な快感を与えられても出口がなければそれは地獄だ、終わりのない拷問だ。助けて。だれか助けてくれ、僕の体内から異物を抜いて前を戒める紐をほどいてくれ!
これ以上続けば頭がどうかしてしまう、発狂してしまう!だれに助けを求めれば聞き入れられる、この地獄から救い出してくれる、僕の呼ぶ声に答えてくれる?
父さん母さん、恵、サムライ!だれかだれでもいいから助けてくれ助け出してくれ!
いっそ気を失ってしまいたい。早くこの生き地獄から解放されたい。
しかし、膨張した先端に紐が食い込み容赦なく締めつけてくるせいで、気を失うことすらできやしない。紐で束縛された先端に血が集まり、脈打ち、狂おしく疼く。自分の手で擦ることもできやしない。
後ろに挿入されたバイブの振動は激しく、腰全体に痺れが広がり、陸揚げされた魚のように下肢が痙攣し始める。不規則に痙攣する腰を持ち上げ、膝と肘を折り曲げた四つん這いの姿勢でひたすら快感に耐える。出口を塞がれて逃げ場を失った熱が小爆発を起こして全身に散り咲いてゆく。
全身が熱い。生きながら溶鉱炉で溶かされているかのようだ。骨も内臓もどろどろに融けていくかのようだ。体の奥底でうねる熱塊。最強に設定されたバイブの振動が前立腺に伝わり、紐で縛られた先端が熱をもって疼きだす。
「ふっ………く、」
額に脂汗が滲む。意識が朦朧として視界が歪む。
肘が挫けそうだ。膝が挫けそうだ。四つん這いの姿勢で体を支えるのもそろそろ限界だ。極限まで張りつめた先端に紐が食い込んで、痛い。紐で束縛されたペニスの表面に夥しい毛細血管が浮かんでいる。
射精を塞き止められ、絶頂に達することもできず、肛門に突きたてられたバイブから激しすぎる快感だけを強制的に送りこまれる拷問。
射精を妨げられる苦しみは想像を絶した。もう何も考えられない、思考が纏まらない。誰でもいい、早くほどいてくれ。射精させてくれ。プライドをかなぐり捨て、死に物狂いで懇願する。自分でさわれないなら他人にさわってもらうしかない、だが今ここには僕しかいない、だれにも頼ることはおろか縋ることもできない。
「とうさ……かあさ……」
結局僕は、自分が殺した鍵屋崎夫妻に縋るしかないのか?最終的には、それしかないのか?鍵屋崎優も由佳利ももうこの世にはいないのに。この手で殺してしまったのに。
今更懺悔しても遅い。後悔しても遅い。手遅れだ。僕を救ってくれる人間など誰もいない。
サムライには迷惑をかけられない。彼とは対等な友人でいたい。弱みを見せたくない、知られたくない。
「っ……あ、あ!」
助けてくれ。このままでは熱に溺れ死んでしまう。射精できなくて気が狂ってしまう。この地獄から抜け出すためなら手段は選ばない、タジマの命令に何でも従う、もう決して反抗したりなどしない。だから頼む戻ってきてくれ紐をほどいてバイブを抜いて僕を助けてくれ、もう決して歯向かったりしないから!
タジマが出ていってから何分が経過したろう。
ベッドパイプと手錠が擦れ合う音とバイブのモーター音だけが、僕の耳に届く。助けてくれ。許してくれ。解放してくれ。前がはりつめて痛い。ぎりぎりと紐が食いこんで痛い。限界値を超えた快感は苦痛でしかない。このまま放置されたら本当に死んでしまう、煮殺されてしまう。
軋り音をあげ、鉄扉が開く。
衣擦れの音、足音。コンクリ床を叩く硬質な靴音。だれかが房に入って来た。誰?決まっている、一人しかいない。タジマだ。漸くタジマが戻ってきたのだ。ベッドが弾む。僕からは見えない位置にタジマが腰掛けたのだ。
とめどなく涙が溢れた。
「……射精させてくれ……」
タジマが戻ってきた安心感より何より、紐を解いてもらいたい一心で、率直な願望を口にする。
「それが人に物を頼む態度かよ。まだ五分しか経ってねえってのに口ほどにもねえ根性なしだな」
腕時計をちらりと一瞥したタジマがせせら笑う。タジマはまだ五分しか経過してないと言うが、僕には五時間が経過したように思えた。体感時間では半日にも等しい錯覚に襲われた。タジマは実に五分もの間、僕をベッドパイプに手錠で繋いで放置したのだ。最強に設定したバイブを肛門に挿入し、先端を紐できつく縛った状態で。
家畜同然の、家畜以下の扱いだ。
タジマにとって僕は、性欲処理の道具でしかないのだ。
「射精、させてください」
「『お願いします、イカせてください』だ。物欲しげにケツ振ってねだってみろや。淫乱な穴に太いバイブ突っ込んで汗みずくでよがりまくってたんだ。お前だってまんざらじゃねえんだろ?」
言いたくない。絶対に言いたくない。
「!!あっああああっあ、」
ごりっ、と音がした。バイブが腸壁を削り取る音。タジマがバイブの柄を掴み、手首に捻りを加え、襞を巻きこむように半回転させたのだ。前立腺に振動が伝わり、紐で束縛された先端に血が溜まる。
はやくはやく抜いてほしい解いてほしい射精させてほしいそれ以外のことは考えられない!
「……お、ねがいします……い、かせてくだ、さ……い」
嗚咽が堪えられない。敗北感。屈辱感。とうとう口にしてしまった。自分が助かりたいあまりに、らくになりたいばかりに、プライドを放棄してしまった。勃起した先端に紐が食い込んで夥しい毛細血管が脈打って、射精したくて気が狂いそうだった。
「よし」
タジマが溜飲をさげる。僕の前に手を回し、素早く紐を緩める。紐がほどけるまでの時間がひどくじれったかった。僕のペニスを戒めていた紐が外れ、根元に巻かれていた部分が緩み、ベッドに落ちる。
脳裏で閃光が爆ぜた。
「あっああああっ、あ!?」
射精の瞬間。ペニスの先端から迸った精液が勢い良く虚空に弧を描く。今まで射精を塞き止められていた分、ペニスの先端から放出された精液は大量だった。射精は一回では済まず、二回三回と連続した。下肢が痙攣した。自分の意志ではどうにもならなかった。先端の孔から迸り出てシーツを汚した白濁した液体、股間を粘つかせて下腹部にまで飛び散った精液の残滓。
剥き出しの太股に付着した糸引く粘液の感触がひどく気持ち悪かった。
「沢山でたな。よっぽど溜まってたんだな」
僕の太股に付着した精液を指になすりつけ、指の腹で捏ねながらタジマが揶揄する。ひどくみじめだった。死んだほうがマシだった。体内ではまだバイブが獰猛に唸っていた。射精したばかりだというのに、直腸の最奥に達したバイブの先端が前立腺を刺激するせいで、ペニスがまた勃ちあがりかけている。
「!っぐ、ん」
タジマが乱暴にバイブを引きぬく。それまで僕の直腸内を蹂躙していたバイブが腸壁を擦り、体外へと出る。肛門の入り口が収縮し、臀部の筋肉が緊張する、排泄にも似た感覚。浅く肩を上下させ、息を切らし、肩越しに振り向く。シーツの上で卑猥に蠢くバイブ。あんな巨大な物が僕の体内に入っていたなんて信じられない。
バイブが抜けた後の穴が窄まるには時間がかかる。バイブで拡張された僕の肛門をたっぷりと視姦しつつ、タジマが言う。
「がばがばに緩んでやがる。淫乱な孔だな。俺に放っとかれて寂しかったのか?物欲しげにひくついて、ぐちゃぐちゃに潤んで、俺様のモン受け容れる準備万端じゃねえか」
「な……」
タジマの言葉に耳を疑う。まさか、まだやる気なのか?これで終わりじゃないのか?タジマはまだ飽き足らず、僕の地獄はこれから先も永遠に終わらないというのか?
「どうしたんだよ、この世の終わり見てえな悲惨なツラして。悦べよもっと。お待ちかねのもんが漸く入ってくるんだぜ、涙流してよがり狂えよ、俺の腹の下に敷かれてな!!」
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だもう嫌だこんなの嫌だどうして僕がこんな目に!!もう嫌だ、男に犯されるの嫌だ、タジマに犯されるのは嫌だ、こんな毎日にはうんざりだ、こんな毎日が続けば本当に体が壊れてしまう!!
死んでしまう。
確実な死。
「せめて手錠を外してくれ、両手が使えないのはいやだ、自由になりたい!」
心からの叫び。僕は半分気が狂っていた。誰に縋ればいい、誰に頼ればいい?僕はあまりに非力で無力で、自力で手錠を外すこともできやしない。タジマから逃れることもできやしない。
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「手錠を外したところでお前が自由になる日なんか一生くるもんか。
お前は死ぬまで一生東京プリズンの売春夫で、俺の腹の下で喘ぎ続ける運命なんだから」
今ここで手錠を外したところで、僕が自由になる日は永遠に来ない。
僕は永遠にタジマに犯され続ける運命なのだ。
身も心も束縛されて。
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