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百二十九話
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「は?」
予想外の言葉に面食らって扉にしがみつけばレイジはやや不自然に明後日の方向を向いていたが、その耳朶が真っ赤に染まっていた。
なんだよ、どういう意味だよ、俺と安眠がどう関係あるんだよ。脳裏で際限なく増殖してゆく疑問符とは裏腹に頬が火照るのはレイジの動揺が空気感染したからだ。なんだこの微妙な雰囲気?落ち着きをなくしてベッドに胡座をかき、レイジと背中合わせで押し黙る。
「……わけわかんねえ、なんで俺が関係あるんだよ」
「突っこむなよ」
「突っこまれるような答え方すんなよ」
「うるせえな、あんまりしつけーとデコピンするぞ。ガキの頃から積んだ修行の成果で射撃の腕前は百発百中なんだ」
傍らに置いていたコーラの空き瓶に銃を模した指をむけて自信満々うそぶいたレイジが聞いてもないのに続ける。
「こうやってポップコーラの空き瓶を並べてパチンコで順番に撃ってくんだ。外した試しなし。懐かしいなあ……ロンはガキの頃どんな遊びしてた?」
「麻雀牌でドミノ倒し」
「なんだそれ」
「麻雀牌を並べて倒すんだよ。やってるうちに結構癖になる……なんだよその人を哀れむような目は。ダチいなかったんだから仕方ねえだろ、悪かったなネクラで。部屋中に麻雀牌転がってるような環境で育ったんだからよ」
「いやいや悪いなんて言ってねえよ。最も自分の額撃っちまうような不器用が並べたドミノを途中で倒さずに完成させることができるか怪しいけどな。あ、その仏頂面は図星?」
銃を真似た指を小粋に吹きながらにやにや指摘してきたレイジを不機嫌に睨んで膝に顎を埋める。
「ほっとけ。どうせ俺はなにやっても報われねえよ」
図星を射されて不快感をあらわにした俺。膝を抱えて蹲った頑固な背中に何を思ったか、軽薄な笑みをかき消したレイジが扉に背中を預けて足を投げ出し、ほとほとあきれたようにかぶりを振る。
「お前の口癖は『報われない』だ。報われない報われない報われない何やっても報われねえ。不毛な繰り言で人生浪費するなよ」
「おまえになにがわかんだよ?」
あまりの言い草にカッとして振り向く。拳に固めた手を体の脇で握り締め、三白眼に据わらせた目でレイジを睨みつける。その拳から徐徐に力が抜けてゆき気勢を殺がれたように肩が落ちてゆく。力なくほどいた五指を膝に置き深々とうなだれる。
「……いや、そうだな。『報われない』『報われない』って見返りばっか求めてたから罰があたったんだ。はなから見返りなんか求めず期待なんかしなけりゃよかった、そしたら裏切られることもなかったのに」
悲嘆に暮れながら呟いた俺の言葉を鋭く聞き咎めたレイジががりがりと頭を掻き毟り、奴らしからぬ苛立ちをこめて叫ぶ。
「じゃあ報われない報われない言ってるお前に尽くしてる俺はなんなんだよ?!」
頬をぶたれような気がした。
いつになく焦燥にかられたレイジの言葉。扉に背中を預けたレイジの横顔は歯痒げに歪んでいた、虚空を見据えた目には激情の波紋が苛烈に生じていた。あっけにとられたようにレイジの横顔を見つめるしかない俺の視線の先、形よく尖った顎を上向けて深呼吸したレイジがゆっくりと目を開く。優雅に長い睫毛が震え、肉の薄い瞼が持ち上がり、強靭な意志を宿した瞳が虚空を貫く。
「いいか、よく聞けよ。俺はお前を裏切らない、絶対に哀しませたりしない」
野性的な双眸が眼光の軌跡を描いて虚空を巡り、扉の隙間からまっすぐに俺を射抜く。鼻梁がいちばん映える角度に顔を傾げたレイジが何にも怖じることない強い眼光で俺を射竦めて凶暴に犬歯を剥く。
闘志と矜持に満ち溢れた無敵の自信家の笑顔。
「俺を信じろ、ロン」
「……おまえに賭けたら大損だよ」
「疑り深いな」
「信じる要素がないからな」
「じゃあこうしよう」
扉の隙間から手をさしいれたレイジが俺の腰を指さす。
「おまえが持ってる牌で占ってみようぜ。牌の柄を当てられたら俺の勝ち、俺を信頼するだけの価値はある」
「くだらねえ子供騙しだ。牌の柄なんか占ってどうするよ、信用に足る証拠になんかなんねーよ、適当言ってこじつけるな」
「負けるの怖い?」
「バカ言え。俺の数少ない自慢を教えてやろうか?悪運以上に博打運が強いんだよ」
「よし」
レイジが挑戦的に微笑む。奴の口先に乗せられてる自覚はあったが挑発されて博打好きの本領に火がついた。負けず嫌いの性だ。ポケットに手をつっこんで入れっぱなしにしといた麻雀牌を握り締める。麻雀牌を強く強く握り締めてからパッと五指を開いて天井高く投げ上げる、放物線を描いて宙に待った牌をレイジの視線が追う。眼前に落下した牌を発矢と掴み取る。
「がっかりさせんなよ、王様」
火に油を注ぐように挑発的に笑ってやる。レイジの眼光が好戦的に輝く。
「筒子(ピンズ)の1」
あっけらかんと解答したレイジを上目遣いに探りながら慎重に指を広げ……
「……正解」
信じられなかった。
愕然としてレイジを仰げば本人は器用に片眉を跳ね上げて「ほれ見ろ」とでも言いたげな表情を作った。動揺を取り繕ってそそくさと牌をポケットにしまった俺へと身を乗り出したレイジがさらに追い討ちをかける。
「おまえが大事にしてる牌も俺を信じろって言ってる。あとはお前次第だ。ピンチになったら名前を呼べ、速攻助けにきてやるよ」
コーラの空き瓶とアルミ缶を抱いたレイジが「さて」と腰を上げる。てきぱきと帰り支度を始めたレイジに不安が募り、うろたえた声で呼び止める。
「行くのか?」
「そろそろ行かねーとテキーラで酔い潰した看守が起きちまうからな」
レイジが顎をしゃくった方角を見れば見張り役の看守が廊下の壁にもたれてうたたねしていた。顔が紅潮してるのはレイジに貢ぎ物と称してテキーラを飲まされたからだろう。手っ取り早く空き瓶を片付けて立ち去りかけたレイジが「ああそうだ」とまた戻ってくる。
「これヨンイルから差しいれ。暇してるから持ってってやれって」
ブラックジャックだった。
「……もらっとく」
「そんな顔すんなよ、また来てやるよ。今度はポップコーラ1ダース持ってきてやる」
「いらねえ」
「じゃあキャビア」
「いらねえ」
「遠慮すんなよ、もうすぐ賞味期限来ちまうんだよ」
「ちょっと待て、賞味期限切れかけてる奴を俺に食わせたのか?」
「人聞き悪ィことぬかすな、お前がくれくれ言ったんだろ」
「王様になりゃなんでも手に入るんだな」
「俺にも手に入んねえもんあるよ」
「愛とか誠実さとか……わかった、人望だ。大当たりだろう」
歯を覗かせて笑った俺の頬にほんの一瞬、何か、あたたかくてやわらかい物が触れる。扉の隙間に顔をくっつけた俺の目の前にレイジの顔が浮かんでる。どこまで本気か判別つかない笑みを浮かべた悪魔のようにキレイな男の顔が。
「おまえ」
麻薬さながら退廃の香りが付き纏い、人を堕落させる笑顔。
レイジにキスされたのだと気付いたのは奴がでたらめな鼻歌をなぞりながら廊下を去りかけた時だった。レイジが五歩ほど離れてから軽く触れるだけのキスをされたと気付いた俺は真っ赤になって気が動転した、いや、レイジにキスされたからって照れてるわけないバカ言えそんなことあるか、男にキスされて喜んでたら俺は変態だ!まあ奴にとっちゃからかい半分の親愛の情の表現なんだろうが俺は男にキスされるのに慣れてない、いや、慣れててたまるか。唯一の救いはファーストキスじゃなかったことだけだ、メイファを抱く前におそるおそる唇奪っといてよかった、本当によかった。初めてキスされたのが男でしかも場所が刑務所だなんて人生真っ暗で救いがねえ。
『不可能把握、別開弄笑!』
ありえねえだろこんなの、ワリィ冗談も大概にしろ!とレイジを罵倒しようとして興奮しすぎて台湾語になってたことに気付く。ドンドン扉を叩いてレイジの歩みを止めようとした俺のすぐ真横で扉が開く。ベッドに膝立ちした姿勢で電流を通されたように硬直する。たった今鍵屋崎の房から出てきたのはさっぱりした顔の客。鍵屋崎を思う存分犯して犯しまくってタマが軽くなったんだろう、うーんと伸びをして独り言にしちゃでかすぎる暴言を吐く。
「ああ、気持ちよかったあ。あれが噂の不感症か、声あげねえし反応はパッとしなかったが味はまずまずだったな。ケツもこなれて大分使いやすくなってたしダチに宣伝してやるよ、感謝しろ」
客が大声張り上げてる理由が判明した、固く閉ざされた扉の向こう側で立ち上がる気力もなく床に蹲ってる鍵屋崎に聞かせてるのだ。恩着せがましくうそぶいた客が「また来るからな」と脅し付けるように扉を蹴り上げ、先行するレイジとすれ違いかけた……
まさにその瞬間だった。
「ぶぎゃっ!!」
レイジに足をひっかけられた客がはでにすっ転ぶ。顔面から廊下に突っ伏した客が鼻血を垂れ流しがら怒号を発する。
「な、なにすんだよ!?」
「わっりー。手癖だけじゃなくて足癖も悪いんだ、俺」
反省の色などかけらもないへらへらした口調でレイジが謝罪し、鼻血で顔面朱に染めた客が怒り狂って突っかかっていき、レイジの眼光に気圧されて手前で踏みとどまる。
「次は間違えて大事なとこ踏み潰しちまうかもな」
警告、ではなく脅迫。
廊下に仁王立ちしたレイジが呆然と立ち竦んだ客の股間を一瞥し、タマが縮み上がるような戦慄に襲われた客が内股で逃げ去ってく。廊下を遠ざかってゆく後ろ姿を醒めた目で見送っていたレイジがふと俺の視線に気付いて振り向き、一転して明るい笑顔を浮かべる。
「鍵屋崎のことは心配すんな。アイツにはサムライがいる、ロンには俺がいる」
『ロンには俺がいる』
何でもないことのようにさらりと、まるでそれが当たり前のことのように述べたレイジが肩越しに片手を振って遠ざかってゆく。軽快な大股で廊下を去ったレイジを見送って房に戻れば、背中を扉に預けてずり落ちた拍子にポケットからぽろりと麻雀牌がこぼれおちた。
膝におちた牌を握り締め、拳を作って顎の下に挟む。
レイジが言ったように、俺の博打運もまんざら捨てたもんじゃない。
そしてまた性懲りもなく、淡い期待を持ち始めていることを否定できない。
予想外の言葉に面食らって扉にしがみつけばレイジはやや不自然に明後日の方向を向いていたが、その耳朶が真っ赤に染まっていた。
なんだよ、どういう意味だよ、俺と安眠がどう関係あるんだよ。脳裏で際限なく増殖してゆく疑問符とは裏腹に頬が火照るのはレイジの動揺が空気感染したからだ。なんだこの微妙な雰囲気?落ち着きをなくしてベッドに胡座をかき、レイジと背中合わせで押し黙る。
「……わけわかんねえ、なんで俺が関係あるんだよ」
「突っこむなよ」
「突っこまれるような答え方すんなよ」
「うるせえな、あんまりしつけーとデコピンするぞ。ガキの頃から積んだ修行の成果で射撃の腕前は百発百中なんだ」
傍らに置いていたコーラの空き瓶に銃を模した指をむけて自信満々うそぶいたレイジが聞いてもないのに続ける。
「こうやってポップコーラの空き瓶を並べてパチンコで順番に撃ってくんだ。外した試しなし。懐かしいなあ……ロンはガキの頃どんな遊びしてた?」
「麻雀牌でドミノ倒し」
「なんだそれ」
「麻雀牌を並べて倒すんだよ。やってるうちに結構癖になる……なんだよその人を哀れむような目は。ダチいなかったんだから仕方ねえだろ、悪かったなネクラで。部屋中に麻雀牌転がってるような環境で育ったんだからよ」
「いやいや悪いなんて言ってねえよ。最も自分の額撃っちまうような不器用が並べたドミノを途中で倒さずに完成させることができるか怪しいけどな。あ、その仏頂面は図星?」
銃を真似た指を小粋に吹きながらにやにや指摘してきたレイジを不機嫌に睨んで膝に顎を埋める。
「ほっとけ。どうせ俺はなにやっても報われねえよ」
図星を射されて不快感をあらわにした俺。膝を抱えて蹲った頑固な背中に何を思ったか、軽薄な笑みをかき消したレイジが扉に背中を預けて足を投げ出し、ほとほとあきれたようにかぶりを振る。
「お前の口癖は『報われない』だ。報われない報われない報われない何やっても報われねえ。不毛な繰り言で人生浪費するなよ」
「おまえになにがわかんだよ?」
あまりの言い草にカッとして振り向く。拳に固めた手を体の脇で握り締め、三白眼に据わらせた目でレイジを睨みつける。その拳から徐徐に力が抜けてゆき気勢を殺がれたように肩が落ちてゆく。力なくほどいた五指を膝に置き深々とうなだれる。
「……いや、そうだな。『報われない』『報われない』って見返りばっか求めてたから罰があたったんだ。はなから見返りなんか求めず期待なんかしなけりゃよかった、そしたら裏切られることもなかったのに」
悲嘆に暮れながら呟いた俺の言葉を鋭く聞き咎めたレイジががりがりと頭を掻き毟り、奴らしからぬ苛立ちをこめて叫ぶ。
「じゃあ報われない報われない言ってるお前に尽くしてる俺はなんなんだよ?!」
頬をぶたれような気がした。
いつになく焦燥にかられたレイジの言葉。扉に背中を預けたレイジの横顔は歯痒げに歪んでいた、虚空を見据えた目には激情の波紋が苛烈に生じていた。あっけにとられたようにレイジの横顔を見つめるしかない俺の視線の先、形よく尖った顎を上向けて深呼吸したレイジがゆっくりと目を開く。優雅に長い睫毛が震え、肉の薄い瞼が持ち上がり、強靭な意志を宿した瞳が虚空を貫く。
「いいか、よく聞けよ。俺はお前を裏切らない、絶対に哀しませたりしない」
野性的な双眸が眼光の軌跡を描いて虚空を巡り、扉の隙間からまっすぐに俺を射抜く。鼻梁がいちばん映える角度に顔を傾げたレイジが何にも怖じることない強い眼光で俺を射竦めて凶暴に犬歯を剥く。
闘志と矜持に満ち溢れた無敵の自信家の笑顔。
「俺を信じろ、ロン」
「……おまえに賭けたら大損だよ」
「疑り深いな」
「信じる要素がないからな」
「じゃあこうしよう」
扉の隙間から手をさしいれたレイジが俺の腰を指さす。
「おまえが持ってる牌で占ってみようぜ。牌の柄を当てられたら俺の勝ち、俺を信頼するだけの価値はある」
「くだらねえ子供騙しだ。牌の柄なんか占ってどうするよ、信用に足る証拠になんかなんねーよ、適当言ってこじつけるな」
「負けるの怖い?」
「バカ言え。俺の数少ない自慢を教えてやろうか?悪運以上に博打運が強いんだよ」
「よし」
レイジが挑戦的に微笑む。奴の口先に乗せられてる自覚はあったが挑発されて博打好きの本領に火がついた。負けず嫌いの性だ。ポケットに手をつっこんで入れっぱなしにしといた麻雀牌を握り締める。麻雀牌を強く強く握り締めてからパッと五指を開いて天井高く投げ上げる、放物線を描いて宙に待った牌をレイジの視線が追う。眼前に落下した牌を発矢と掴み取る。
「がっかりさせんなよ、王様」
火に油を注ぐように挑発的に笑ってやる。レイジの眼光が好戦的に輝く。
「筒子(ピンズ)の1」
あっけらかんと解答したレイジを上目遣いに探りながら慎重に指を広げ……
「……正解」
信じられなかった。
愕然としてレイジを仰げば本人は器用に片眉を跳ね上げて「ほれ見ろ」とでも言いたげな表情を作った。動揺を取り繕ってそそくさと牌をポケットにしまった俺へと身を乗り出したレイジがさらに追い討ちをかける。
「おまえが大事にしてる牌も俺を信じろって言ってる。あとはお前次第だ。ピンチになったら名前を呼べ、速攻助けにきてやるよ」
コーラの空き瓶とアルミ缶を抱いたレイジが「さて」と腰を上げる。てきぱきと帰り支度を始めたレイジに不安が募り、うろたえた声で呼び止める。
「行くのか?」
「そろそろ行かねーとテキーラで酔い潰した看守が起きちまうからな」
レイジが顎をしゃくった方角を見れば見張り役の看守が廊下の壁にもたれてうたたねしていた。顔が紅潮してるのはレイジに貢ぎ物と称してテキーラを飲まされたからだろう。手っ取り早く空き瓶を片付けて立ち去りかけたレイジが「ああそうだ」とまた戻ってくる。
「これヨンイルから差しいれ。暇してるから持ってってやれって」
ブラックジャックだった。
「……もらっとく」
「そんな顔すんなよ、また来てやるよ。今度はポップコーラ1ダース持ってきてやる」
「いらねえ」
「じゃあキャビア」
「いらねえ」
「遠慮すんなよ、もうすぐ賞味期限来ちまうんだよ」
「ちょっと待て、賞味期限切れかけてる奴を俺に食わせたのか?」
「人聞き悪ィことぬかすな、お前がくれくれ言ったんだろ」
「王様になりゃなんでも手に入るんだな」
「俺にも手に入んねえもんあるよ」
「愛とか誠実さとか……わかった、人望だ。大当たりだろう」
歯を覗かせて笑った俺の頬にほんの一瞬、何か、あたたかくてやわらかい物が触れる。扉の隙間に顔をくっつけた俺の目の前にレイジの顔が浮かんでる。どこまで本気か判別つかない笑みを浮かべた悪魔のようにキレイな男の顔が。
「おまえ」
麻薬さながら退廃の香りが付き纏い、人を堕落させる笑顔。
レイジにキスされたのだと気付いたのは奴がでたらめな鼻歌をなぞりながら廊下を去りかけた時だった。レイジが五歩ほど離れてから軽く触れるだけのキスをされたと気付いた俺は真っ赤になって気が動転した、いや、レイジにキスされたからって照れてるわけないバカ言えそんなことあるか、男にキスされて喜んでたら俺は変態だ!まあ奴にとっちゃからかい半分の親愛の情の表現なんだろうが俺は男にキスされるのに慣れてない、いや、慣れててたまるか。唯一の救いはファーストキスじゃなかったことだけだ、メイファを抱く前におそるおそる唇奪っといてよかった、本当によかった。初めてキスされたのが男でしかも場所が刑務所だなんて人生真っ暗で救いがねえ。
『不可能把握、別開弄笑!』
ありえねえだろこんなの、ワリィ冗談も大概にしろ!とレイジを罵倒しようとして興奮しすぎて台湾語になってたことに気付く。ドンドン扉を叩いてレイジの歩みを止めようとした俺のすぐ真横で扉が開く。ベッドに膝立ちした姿勢で電流を通されたように硬直する。たった今鍵屋崎の房から出てきたのはさっぱりした顔の客。鍵屋崎を思う存分犯して犯しまくってタマが軽くなったんだろう、うーんと伸びをして独り言にしちゃでかすぎる暴言を吐く。
「ああ、気持ちよかったあ。あれが噂の不感症か、声あげねえし反応はパッとしなかったが味はまずまずだったな。ケツもこなれて大分使いやすくなってたしダチに宣伝してやるよ、感謝しろ」
客が大声張り上げてる理由が判明した、固く閉ざされた扉の向こう側で立ち上がる気力もなく床に蹲ってる鍵屋崎に聞かせてるのだ。恩着せがましくうそぶいた客が「また来るからな」と脅し付けるように扉を蹴り上げ、先行するレイジとすれ違いかけた……
まさにその瞬間だった。
「ぶぎゃっ!!」
レイジに足をひっかけられた客がはでにすっ転ぶ。顔面から廊下に突っ伏した客が鼻血を垂れ流しがら怒号を発する。
「な、なにすんだよ!?」
「わっりー。手癖だけじゃなくて足癖も悪いんだ、俺」
反省の色などかけらもないへらへらした口調でレイジが謝罪し、鼻血で顔面朱に染めた客が怒り狂って突っかかっていき、レイジの眼光に気圧されて手前で踏みとどまる。
「次は間違えて大事なとこ踏み潰しちまうかもな」
警告、ではなく脅迫。
廊下に仁王立ちしたレイジが呆然と立ち竦んだ客の股間を一瞥し、タマが縮み上がるような戦慄に襲われた客が内股で逃げ去ってく。廊下を遠ざかってゆく後ろ姿を醒めた目で見送っていたレイジがふと俺の視線に気付いて振り向き、一転して明るい笑顔を浮かべる。
「鍵屋崎のことは心配すんな。アイツにはサムライがいる、ロンには俺がいる」
『ロンには俺がいる』
何でもないことのようにさらりと、まるでそれが当たり前のことのように述べたレイジが肩越しに片手を振って遠ざかってゆく。軽快な大股で廊下を去ったレイジを見送って房に戻れば、背中を扉に預けてずり落ちた拍子にポケットからぽろりと麻雀牌がこぼれおちた。
膝におちた牌を握り締め、拳を作って顎の下に挟む。
レイジが言ったように、俺の博打運もまんざら捨てたもんじゃない。
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