少年プリズン

まさみ

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百二十三話

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 食堂の二階席からは人間関係がよく見渡せる。
 萎びた野菜屑が累々と散らばった床は粘着質な油汚れでどす黒く染まり、黒ずんだ足跡だらけの床を踏みしめて行き交っているのは空席をもとめてさすらうゾンビもとい囚人の群れ。
 席取り合戦に出遅れたら最後トレイを抱えてあっちへこっちへさすらうしかない流浪の民をよそに優雅に、とはお世辞にも言えない行儀悪さで机に肘をつき胡座をかきフォークでチャンバラし、口から飯粒をとばしてだべってるのは凱の派閥の囚人たち。
 所在なげに行ったり来たりしてる囚人に野次をとばして高見の見物と決めこんでるのはなにも彼らが腕力が物言う席取り合戦に勝利したからじゃない、凱傘下の幹部連中は格下のガキをパシらせて席を取らせている。拳骨怖さに押し合い揉み合い空席を死守するパシリの苦労なんて露知らず、我が物顔で椅子を跨いだ幹部連中が陣取っているのは一階中央部。凱を中心に据えた東棟最大の中国系派閥の外縁、周囲のテーブルに散っているのは凱の傘下に入らず、人種別国別気の合う仲間別に五・六人の小規模群を成した囚人たち。
 だがここにも厳然と序列が存在する。実際刑務所はちょっとした序列社会なのだ、どこでだってそうだけどひとりぼっちの人間には大層肩身が狭くできている。幅を利かせてる連中の目を盗んでテーブルの隅っこに腰掛けようとしたそばから尻を蹴られて追い払われておかずを一品二品、気弱なやつだと全品トレイごと横取りされてしまう。
 ご愁傷サマ。
 さて、東棟の場合は裸の王様・凱を中心に円の外周に行くに従い序列がさがってくわけで、手摺越しに見下ろした食堂一階の光景はそのまんまわかりやすい勢力図になってるんだけど例外はある。凱の傘下に入ることなく、真ん中のテーブルから右に五列ほど隔てた遠くも近くもない微妙な距離に居るのは明るい茶髪が目立つ容姿の男、正面に腰掛けているのは今時珍しく背筋がしゃんとした垢染みた身なりをしていても凛々しい男。
 レイジとサムライだ。
 実力はダントツトップと次点だけど群れるのが好きじゃないサムライとレイジは凱たちから少し離れた場所に席をとる。本来なら向かい合わせに座ってるふたりの隣にもう二名加わるんだけど今日は欠席、正確には一昨日からだけど。
 今日の献立は洋食。
 付け合せに茹でたブロッコリーとアスパラガスの温野菜、妙にぱさぱさと乾いてまずいマッシュポテトに薄味にもほどがあるコンソメスープにパン一切れという栄養状態が著しく偏りそうな内容。どうやらこの刑務所はよっぽど囚人に与える肉を惜しんでるらしくステーキはおろかチキンだってでた試しなし。こんな環境じゃ肉食動物も雑食動物に宗旨替えしなけりゃならない、凱や凱の子分、その他体育会系の囚人はひよわなガキからぶんどったおかずを腕の中に囲いこんでる。
 意地汚さ全開の凱たちをよそに右五列向こうでのんきにあくびなんかしてるのは本家王様レイジ。どうやら食が進まないご様子であくびの合間にやる気なさそうに茹でたブロッコリーをつついてる。フォークの先端でぶすりとブロッコリーを突き刺し、しげしげ眺めてから口に運ぶ。まだ寝ぼけてるのだろうか、瞼が重そうだ。生彩を欠いた顔といい後ろでなげやりにまとめた髪といい惰性でフォークを口に運ぶ動作からも一切の覇気が感じられない。
 今のレイジに相応しい言葉はこれだ。『腑抜け』。
 すっかり腑抜け化したレイジの正面席でサムライは淡々と食事をとっていた。いつもどおり惚れ惚れするほど美しい姿勢、いつもどおり惚れ惚れするほどなめらかな箸さばき、もとい、今日は洋食だからフォークさばき。テーブルに足をのせたり胡座をかいたりはては床に寝転んで取っ組み合ってる連中に爪の垢を煎じて飲ませたい。
 味覚が欠落してるんじゃないかと疑わしくなるほど無表情にブロッコリーを噛んでるサムライの隣にはぽっかりと空席が。待ちぼうけをくらって寂しげな椅子は一瞥もせず、ブロッコリーをよく噛んでいたサムライにレイジが声をかける。
 「なあサムライ」
 「なんだ」
 「本名ミツグってほんと?」
 フォークが止まる。お椀を片手に抱えたサムライがうろんげに眉をひそめる。
 「なぜ知ってる」
 「リョウが吹いてまわってる」
 半眼になったサムライにも怖気づくことなく飄々とレイジがうそぶく。そうさ、発信源はこの僕。「帯刀貢」なんてあんまりまんまな名前だったもんだからツボに嵌まって来る客来る客に吹き込んだせいで二ヶ月経った今じゃだいぶ噂が広まってるらしい、王様の耳にも届くぐらいだし。
 「本当だ」
 何事もなかったように食事再開。無表情にパンをむしってるサムライの正面、怠惰に頬杖しながらレイジが言う。
 「なあサムライ」
 「なんだ」
 「みっちゃんて呼んでいい?」
 口の中の物を吹き出しそうになった。
 「わっ、きったないなリョウさん!」
 というか、吹き出した。
 トレイを抱えて仰け反るビバリーに「ごめんごめん」と片手を挙げて適当に謝罪、ごほごほと咳き込こんで笑いの発作がしずまるのを待っていたらサムライがぴくりと手を止める。
 「レイジ」
 「なに」
 「斬るぞ」
 「冗談だよ」
 サムライの目は本気だった。おどけたように両手を挙げて降参したレイジがテーブルに片足投げ出し行儀悪く椅子に反り返る。頭の後ろで手を組み、あくびを噛み殺した表情で虚空を仰ぎぽつりと一言。
 「張り合いねーの」
 そりゃ張り合いないだろう、寡黙なサムライ相手の口喧嘩は。早くも話の種が尽きて居心地悪い沈黙が落ちたテーブル。なにげなくサムライの隣に目をやったレイジが今初めて空席に気付いた、という自然体の演技をよそおって尋ねる。
 「キーストアは?姿見えないけど」
 「食欲がないそうだ」
 椅子を揺らしながらたずねたレイジに口の中のパンを飲み下して簡潔に答える。その先を目で乞われ、仕方なく口を開く。
 「……歩くのが辛いらしい」
 「だろうな」
 納得したように頷きレイジがため息をつく。そんなふたりのやりとりを文字通り高見の見物、手摺越しの特等席から見下ろしながらフォークの先端でブロッコリーをつついて転がす。
 「これきらいなんだよなあ、苦いし。ビバリー食べてよ」
 「好き嫌いはいけませんよリョウさん。おおきくなれません」
 「僕のママ気取らないでよ、なんかすごくむかつく」
 「ハイハイ。ママでも似非ママでもいいっスから好き嫌いせずちゃあんと食べましょうね、脱140cm台目指して」
 小さい子をあやすような甘ったるい口調で馬鹿にされて腹が立つ。ブロッコリーをつついていたフォークを反転、ビバリーの鼻先につきつける。
 「僕の背がのびないのは好き嫌いしてるからじゃないよ、ヤク中だからだよ」
 「いばれることじゃないっス」
 言えてる。不毛すぎる会話がむなしくなってひとりさびしくブロッコリーをつつく。ふてくされた態度で頬杖つき、フォークの先端でブロッコリーに孔を開けながらちらりと階下に目をやればレイジはすっかり退屈した様子で椅子を揺らしていた。レイジの隣にはぽっかり空席ができてる、いつもならロンが座ってるはずの席。後頭部で手を組んだレイジは意識して注意をむけないようにしてるが心に逆らって無視しようと意識してる時点で無理が生じてる、ロンの不在には極力ふれずに当り障りない会話を試みようと懲りずにサムライに話しかけてはとりつくしまもなくつれなくされて少し拗ねてるらしい。
 「張り合いないなあ」
 「どうしたんスかリョウさん」
 僕にもレイジの鬱が伝染ってしまったようだ。洒落じゃなくて。ブロッコリーをいじくりまわすのにも飽きてフォークを投げ出し、退屈を極めたレイジを真似て後頭部で手を組む。
 「メガネくんとロン。アイツらいないと面白くない、からかえる奴いないんだもん。レイジもサムライも冴えない顔してるし雰囲気湿っぽくなって仕方ないよ。梅雨でもないのに黴生えちゃいそう」 
 「んな無茶苦茶な。いじめっ子の理屈ッスよ」
 あきれ顔で異を唱えたビバリーにヒヨコのように口をすぼめて反論する。
 「いじめっ子で結構。いじめられっ子がいてこそのいじめっ子ってね」
 ブラックワーク二班、通称売春班の営業開始から今日で三日。半年前の一件でタジマの怒りを買った鍵屋崎とロンが売春班にまわされたってのは噂で聞いたけど本人に会って直接確かめる機会がない。実際この目でたしかめてみれば早いんだけど中央棟地下一階、売春通りに足を運ぶのはちょっと気が引ける。売春通りといえば悪名高き東京プリズンでも忌避される地獄の最深部、個人の意志とか性的嗜好とか全く無視して売春班に送り込まれた囚人が一昼夜軟禁されてる区域で強制労働終了後は手っ取り早く性欲処理しに来た囚人でごったがえし囚人が強制労働に出払ってる時間帯は看守がいそいそやってくることで有名だ。僕も趣味と実益を兼ねて売春してるけどあくまで非公式の非公認、客以外の看守にばれたらこっぴどくとっちめられる。対して売春班は公認も公認、足繁く通ってる客の中には看守も含まれるんだから誰も文句なんか言えない。ずるいね。
 早い話、売春班は商売敵。商売敵の本拠地にのこのこ足を運ぶのは娼夫のプライドが許さない、なんてね。じゃあ直接房に行けよと思ってるひともいるだろうけどサムライが爪楊枝くわえた用心棒よろしく目を光らせてるんじゃ無理、絶対無理。
 「メガネくん最近見てないけど食事はどうしてるんだろね」
 「サムライさんが運んであげてるみたいっスよ」
 「へえ、デリバリーサービスだ。やさしいねサムライは」
 「食事どうしてるのか気になるのはロンさんっスよ、今日で篭城三日目でしょう。そろそろ限界なんじゃ」
 「水がありゃ人間一週間は生きてけるよ。水道は生きてるんでしょ」
 心配そうに顔を曇らせたビバリーを鼻で笑う。売春班に配属されたロンがタジマに喧嘩売って立てこもってから今日で三日目、内心よく保つもんだと感心してるけど顔には出さない。マッシュポテトをもぐもぐ食べながら階下を覗きこんだビバリーが首を振る。
 「レイジさんも冷たいっすね、同房の相方が三日間ハンストしてるのに一度も見舞いに行かないなんて」 
 「そう思う?」
 「思いますよ、今だってあんなのほほんとしたツラして全然心配なんかしてないじゃないスか」 
 イタズラっぽく問いかけてビバリーの視線を追う。なるほど、たしかにビバリーが言う通りレイジは能天気なツラをしてる。少なくとも表面的には。でも僕は気付いてた、ここ最近レイジが元気ないことに。顔の表面には殆ど皮膚と同化した笑みを浮かべていてもちっとも生気が感じられないのだ、ロンが隣にいたときは太陽みたいな快活さを振りまいてたのに。
 「つまんないの」
 フォークをくわえ声に出してもう一度。沈んでるレイジなんかレイジらしくない、ちっとも王様らしくない。ちょっと見いつも通り気丈に振る舞ってるサムライも全然らしくない、むしりとったパンを口に運びながらも房に残してきた鍵屋崎の様子が気になるらしくどこか痛ましげに隣の空席を見下ろしてる。
 やだやだ、こういう湿っぽい雰囲気大嫌いだ。
 「で、どうだった売春班新メンバーのケツの具合は。全員とヤッてきたんだろう」
 うんざり気味にフォークを舐めていたら突拍子もない奇声があがる。なんだなんだとビバリーと顔を見合わせて手摺から身を乗り出せば音源は中央やや左寄りのテーブル。椅子に股おっぴろげて腰掛けた囚人が七・八人、興奮に鼻息荒くしてツラ突き合わせてる。中のひとり、くちゃくちゃ下品にパンを咀嚼していた茶髪の囚人が野卑に笑う。
 「三日で全員と?時間たりねえよ」
 「でもまあ、半分くらいはヤッてきたんだろう」
 「連日行列待ちでまだ三人しかヤれてねえ」
 「どうだった感想は」
 「今後の参考に聞かせてくれ」
 「聞き取り調査しとけばハズレ引かずにすむしな」
 この時期恒例、メンバー総入れ替え後の売春班の実状に皆興味津々らしい。いくら東京プリズンの囚人が飢えてるといっても手当たり構わず腕力で劣るやつを襲ってるわけじゃない、もちろんそういう見境ないやつもいるけど囚人にも最低限好みはある。ロングヘアが好きな奴がいればショートヘアが好きな奴もいるしロリ入った貧乳童顔が好きな奴もいればスタイル抜群のクール系美人が好きな奴もいる。女の好みが千差万別なら男の好みだって容姿から好きな体位に至るまで細分化されてる、見わたすかぎり男っきゃいない特異な環境でハズレくじを引かないための情報交換には余念がない。
 「ま、どうせ俺らに回ってくるのは看守の食い残しだあ。昼間は看守にヤられて夜は囚人にヤられておちおち眠ってる暇もねえな、売春班は」
 「いいんだよ、それが仕事だから」
 「そうそう、ヤられてたのしんでんだから」
 そう主張した囚人の声が食堂上空に響き渡る、と同時にサムライの肩が強張る。テーブルに片足を投げ出して椅子を揺らしていたレイジの目が酷薄に細まる。
 「看守にゃ変態が多いから大変だ。知ってるか、古池って。ガキに女装させるのが趣味の変態でさ、ちょっとかわいいツラした売春夫にわざわざ外からカツラとセーラー服持ちこんで女装させていざ突っこもうとした時に何が目に入ったと思う?」
 「なに?」
 「脛毛だよ。剃り残しの脛毛が目に入って興醒めしてぶん殴っちまったらしい」
 「「ひっさーん!」」
 全然悲惨とは思ってない口調でげらげらと笑う。涙を流して笑い転げていた囚人のひとりがぴんと人さし指を立てる。
 「そういやさ、あいつ知ってる?メガネの」
 「ああ、メガネの……面白い名前のやつ、かぎなんとかって」
 「かぎナントカ」にサムライが反応、反射的に顔を上げる。目が合った者ひとり残らず石にするような、射竦めるような眼光でサムライが振り返ったのにも気付かず話は盛り上がる一方。最初にメガネと口にした囚人が下世話な好奇心むきだしでぐるりを見回す。
 「だれかアイツで試した奴いる?ツラは品よさげでそそられるけど自分の親ぐさってヤっちまうようなキレたガキ相手にすんの怖くて」
 「ヤったぜ」
 悪びれたふうもなく挙手した囚人には見覚えがある。たしかイエローワークで鍵屋崎と同じ班だったやつだ、一緒のバスに乗り込んだことがあるから自信もって断言できる。そいつが口にした一言でサムライの背中が強張り不穏な気配が周囲に漂いだす。
 「なにを隠そう一番乗りだ。美味しくいただいてきた」
 「くわしく」
 鍵屋崎の処女を奪ったと暴露したガキに満座の視線が集中、通路を挟んだ近隣テーブルからも好奇のまなざしが注がれる。固唾を呑んで聞き耳たてた連中をにやにやにたつきながら見回し、一躍脚光を浴びたガキが調子に乗って腕を組む。
 「前から気に入らなかったんだよな、あいつ。イエローワークで同じ班になってからずっと。メガネなんかかけてえらそうにすかしやがって、お前らとは住んでる次元がちがうんだぜって感じでむかつくったらありゃしねえ」
 深い共感をこめて頷く仲間たち、「そうだそうだ」「そのとおりだ」と矢継ぎ早にあがる賛同の声に満足し、満座の注目を浴びた優越感に酔いしれながらガキが続ける。舌なめずりしそうな表情で。
 「あいつがタジマに目えつけられて売春班にまわされたって聞いて『やった!』と思ったね。シャベルでぶん殴っても足ひっかけてもすずしいツラしてたけど男に犯されちゃあさすがにこたえるだろ?しかも相手は俺、ワラジムシかアメーバ程度にしか思ってなかった下賎な低脳の俺様と来た!まあ、俺がアイツだったら二度と立ち上がれねえショックだな。うん」
 「前置き長えんだよ、さっさと次いけよ」
 焦れたように催促されて一瞬鼻白んだガキだけどすぐに表情を改め目を炯炯と輝かせはじめる。テーブルに両手を突いて身を乗り出したガキにつられて額を突き合わせた囚人の輪を近隣テーブルの野次馬が精一杯首をのばして覗きこんでいる。
 「アイツびびってたぜえ。壁を背中にしてこう、じりじりあとじさってな。あん時のツラときたら傑作だった。俺もタマ重くて限界だったんで洗面台に追い詰めて手っ取り早く服剥いだよ。たぶんタジマあたりにやられたんだろうな、色白の肌に青い痣が映えて妙に色っぽくて……興奮したよ」
 おそらくは上着をはだけられて色白の素肌をさらした鍵屋崎を想像したんだろう、ひどく劣情を刺激されたらしい紅潮した面持ちをぐるりに並べたダチの反応を手にとるように楽しみながらくぐもった声でガキが笑う。嘲弄の響きをおびた陰湿な笑い声が低く低く流れ食堂のあちこちであぶくのような笑い声が派生する。ただ一人サムライだけが周囲と断絶された温度差と溝を保っていた、ふかく顔を伏せているためその表情は窺い知ることができないけどフォークを握り締めた手は固く固く強張っている。
 「体毛薄くてキレイな背中だった。洗面台に手えつかせて立たせて突っ込んだんだけどうっすらと汗浮かべた肌が赤く上気して……」
 「処女で立ちっぱなしはきっついな」
 痛そうに顔をしかめたダチを冷然と一瞥し、嘲笑に頬を歪めたガキが主張する。
 「最初は痛いほうがいいんだよ、回数重ねる毎によくなってくるからな。いいか?最初は思い知らせてやったほうがいいんだ、二度と逆らう気なんか起こさないように。メガネも最初こそ意地張ってたけど途中でザセツ、洗面台にしがみついて泣いてたぜ。痛すぎて泣いてたんだか良すぎて泣いてたんだかわかんねーけどな、俺にヤられながら息も絶え絶えに女の名前読んでたよ。めぐみーめぐみーってな」
 「それ妹だよ」
 「マジ?」
 「親殺しがやばいくらい妹溺愛してるの有名な話じゃんか」
 「ヤられながら妹の名前呼ぶとはなっさけねえ。すかしたツラしたメガネも意外と根性なしだな」
 喧喧轟々てんでかってなことを言い合ってた囚人の一人が何事か思い付き、もったいぶって顎をなでながら身勝手な憶測を述べる。
 「あやしいな。メガネがぐさっと両親殺っちまったのって妹との近親相姦バレたからじゃね?」
 「そりゃあ傑作だ!!」
 手を叩き唾をとばして爆笑する囚人の集団の遥か背後でサムライがおもむろに席を立つ。天板を平手で叩いて立ち上がったサムライの背中からは瘴気じみた気炎が噴き上っている。陽炎を身にまとったサムライをちらりと見上げ、それまで白けきった目で何列か隔てた集団を眺めていたレイジがゆったりと言う。
 「サムライ」
 「止めるな」
 叩き付けるように返したサムライへと後頭部の手を解いて身を乗り出す。
 本来人間よりは肉食獣に備わってる方が相応しい発達した犬歯を剥き、硬質なガラスめいた薄茶の目に先鋭化した殺気を迸らせた凶暴な笑顔。今まさに獲物の喉笛を噛みちぎらんとする飼いならすことなど到底不可能な野生の豹の獰猛さ、その片鱗をちらりと覗かせて。
 「殺って来い」 
 驚いたように目を見張ったサムライの顔が次の瞬間厳しく引き締まり、レイジの意を汲んで重厚に頷く。
 「言われずとも心得ている」
 そうしてサムライは歩き出す。大袈裟な身振り手振りを交え、微に入り細を穿ち当時の状況を克明に物語るガキのもとへと。
 ……ご愁傷サマ。
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