少年プリズン

まさみ

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百八話

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 昨夜はよく眠れた。
 ぐっすり寝付いて悪夢も見なかった。東京プリズンに来てからこんな気分爽快な朝を迎えるのは何ヶ月ぶりだろう、ひょっとしたら入所以来初めてのことかもしれない。四肢は心地よい疲労感につつまれて何の憂いもなく心と体を休めることができた、目を閉じて次に目を開けたら朝になっていた。悪夢に苛まれた朝おなじみのいつまでも頭の芯が疼くようなだるい鈍痛とも縁が切れた。
 大の字で毛布をはだけてる寝相の悪いレイジを尻目に一足先に顔を洗う。
 小気味良く捻った蛇口から迸りでた水は相変わらず骨身まで染みるように冷たかったが顔に叩き付ければしゃっきり目と頭が冴えた。蛇口を締めて鏡と向き合う。心なしかいつもより顔色がいい、表情も柔らかい。寝癖も立ってないし幸先いい。
 どうやら常識外れに喧しい起床ベルが鳴る少し前に自然に目が覚めたようで人けのない廊下は閑散と静まり返っている。夜明け前、青く明るんだ闇がたちこめた廊下を格子窓の隙間から覗いてベッドに戻る。ベッドに腰掛け、枕元に転がしたまま寝付いてしまった麻雀牌を手に取り頭上に翳す。
 五十嵐にかけあうならもっといい物を頼めばよかったのに。
 自分でもそう思わないこともない。実際最もなのだ、こんな役にも立たない麻雀牌などねだったところで暇潰しのひとり遊びにしか用立てることができないのだから余り意味がない。それよりはもっと実用的な嗜好品、たとえば煙草やガムや自慰用のエロ本とか東京プリズンの囚人垂涎の品をこっそり耳打ちして要求すればよかったのに「欲しい物は?」と聞かれて真っ先に挙げてしまったのは今手の中にある麻雀牌だった。
 何の変哲もないプラスチックの表面に簡略化された図案や漢字が彫られた四角い牌を指先につまみ、じっくり眺める。
 俺の名前の由来は麻雀の役名。顔も知らない親父が唯一残してくれた物。
 生後二週間の俺とお袋を薄情にも置き去りにして女と蒸発してしまった親父に関して聞かされたことはごく僅かだ。とんでもない女たらしで三度の飯より博打が好きな駄目男で最低の人間、すべてお袋の独断と偏見に基づく評価だがあながち間違ってるとも言えない。否定するだけの根拠がないと言ったほうが正しい。
 俺は賭け事が強い。博打運に恵まれてる。
 博打好きの親父が付けた名前のせいだと断じるのは安直だが、娑婆にいた頃、お袋の留守に訪ねてきて待ち惚けを喰らった客に無理矢理付き合わされて麻雀牌を弾いていたら自然と身に付いてしまったのだ。普段鈍感な俺が他人の顔色をうかがうことにかけてはひどく敏感なのも何割かは客との麻雀で培った観察眼に起因してるのだろう。俺の数少ない特技の一つだが余り誇れるもんじゃないのが残念だ、もうちょっとひとに自慢できることならよかったのに「麻雀じゃ負けなし」「賭け事じゃ負けなし」なんて末は放蕩者になって身を持ち崩すと喧伝してるようなもんじゃないか。
 「何か欲しい物はないか」と五十嵐に問われたときあれこれ考えるよりはやく殆ど条件反射で「麻雀牌」と即答してしまった心理はよくわからない。五十嵐はいい奴だ。憂さ晴らしが目的で好き放題囚人をなぶって挙句殺しちまうような加減のわからない看守ぞろいの東京プリズンの中じゃ珍しく話のわかる大人でどんなにひねくれた奴でも皆五十嵐には一目おいてる。看守仲間からは「囚人贔屓の偽善者気取り」と陰口を叩かれやっかまれてるとも聞くが本人はそんなこと気にせず親身になって囚人に接してくれる。

 『なにか欲しい物ないか?』

 五十嵐にそう聞かれたのはついこの前、正確には二週間ほど前、いつものように俺を目の敵にしてるガキどもに絡まれて小突かれ、遂に堪忍袋の緒が切れた俺がはでに暴れ、右目に痣を作って房に帰る途中だった。
 自慢じゃないが、俺は滅多なことで切れたりしない。
 昨日の食堂の一件も想像の中で俺にぶつかってきたガキを殴り倒すだけで何とかおさめたし事実おさまった、半年前はイエローワークの作業中に鍵屋崎も巻き込んで凱の取り巻き連中とはでにやり合ったりもしたがあんなのは例外中の例外だ。東京プリズンに来てまず最初に驚いたのが「俺には意外と忍耐力がある」という単純な事実だった。娑婆でも同年代の中国人か台湾人にむちゃくちゃな因縁をつけられて頭に来て殴り飛ばしてやったことがあったが、東京プリズンでそれをやったら倍が倍倍になって返ってくるのは目に見えてる。凱が仕切る東棟最大規模の中国系グループを敵に回したら最後、俺が東京プリズンにいる限りあの手この手を使って陰険きわまりない嫌がらせを仕掛けてくるに決まってる。いや、本気で凱の逆鱗にふれたら最後、嫌がらせなんて悠長でまわりくどい過程はすっとばして入所一週間以内に死に至るリンチの洗礼にあっていた。
 俺はこれまで大人しくしてた。東京プリズンで生きていくために何より必要なのは忍耐だ。幼稚ないやがらせにいちいち過敏に反応してたらきりがない、どんなに腹に据えかねても頭に来ても殴り飛ばしたくても体の脇でぐっと拳を握り締めてこらえてなければ明日の命の保証はないのだ。
 でも、あの日は違った。 
 廊下ですれちがいざまに俺に絡んできたのは台湾系のガキが三人、俺みたいな雑種とちがって両親とも台湾人の純血種が三匹だ。俺の顔を見た瞬間に目配せで示し合わせて輪を作り、進路を塞ぐように扇形に展開。進路妨害には慣れている、迂回すれば済むことだと踵を返しかけた背中に浴びせられたのは罵声。『半半の雑種のくせにいっちょまえに無視すんのか』『何様のつもりだ』『こっち向けよ』とか何とかそんな芸のない悪態だった気がするがよく覚えてない。
 それ位なら無視できた。馬耳東風の態度で、何食わぬ顔でやり過ごすこともできたのだ。
 『おい、淫売』 
 俺を立ち止まらせたのはその台詞。勝ち誇ったような声にふりむけば、ガキのひとりがにやにや笑っていた。
 『淫売のガキなんだろ、おまえ。知ってるんだぜ。俺の従兄な、豊島区のスラムに住んでるんだよ。お前のお袋地元じゃ有名みたいじゃんか、金払いがよけりゃ日本人でも台湾人でも中国人でもおかまいなしのとんでもないアバズレだって。そりゃそうだよな、自分の身内を殺した憎い中国人ともヘイキで寝ちまうような節操なしの雌犬だもんな。俺の従兄娼婦遊びにハマってて十代のガキから三十路年増のババアまで手当たり次第に買ってんだけど、』
 おもわせぶりに言葉を切ったガキが両隣のダチを振り仰ぎ、言う。
 『今度お前のお袋買ってくれるよう頼んでやろうか。自分が腹痛めたガキがひと殺した悪評立ったせいで客足遠のいて困ってるんじゃねえか?安心しろ、お前のお袋なら高く買ってやるよ』
 気付いたらそいつの頬げたを殴り飛ばしてた。
 べつにお袋を悪く言われて腹が立ったんじゃない、あの女がだれになんと言われようが俺は腹を立てたりしない。
 そう思っていたのに、反射的に体が動いてしまった。
 目に青痣を作ってとぼとぼ廊下を歩いてる俺と偶然行き当たった五十嵐は一目でなにがあったか察したんだろう、その時の俺の風体があんまり悲惨だったもんだから同情して、「何か欲しい物はないか」と気を利かせてくれたのだ。
 そして俺は「麻雀牌をくれ」と言った。
 自分でもなんだってそんなもん頼んだのか理解に苦しむ。麻雀牌なんて後生大事に持ってても何の役にも立たないじゃないかと自嘲して手の中の牌を高く放り上げる。ひょっとしたら何か、何かひとつでもいいから胸を張って他人に誇れる物を持っていたかったのかもしれない。何の取り得もない、生きてる価値がない人間でも「形」としての価値が信じられる何か。 
 まさか。手の中の牌が娑婆と俺とを繋ぐ唯一の形あるものなんて思ってるわけじゃないよな。
 もしそうだとしたら反吐が出るほどつまらないくだらない感傷だ。自問自答して苦笑を刻み、宙に手を突き出して落下してきた牌をキャッチ。拳を開いて牌を確かめていると隣のベッドで起き上がる気配、衣擦れの音。しなやかな豹のように両腕を屈伸させて上体を起こしたレイジが半覚醒の頭を振り、模糊と霞がかった半眼で俺を見る。
 「昨日も今日も早起きだな」
 「おまえが寝すぎなんだよ」
 麻雀牌をじゃらじゃらかき集めてマットレスの下に押し込み、腰を上げる。そろそろだ。
 ほら来た。
 俺の予想は当たっていた、レイジの起床から間をおかずに廊下に響き渡ったのは鼓膜が割れそうにけたたましいベルの音。思いやりのない起床の合図、そうして今日も東京プリズンの一日が始まる。食堂でまずい飯をかっこみ鮨詰めのバスにのせられ炎天下の砂漠で脱水症状と戦いながら穴掘って満員状態のバスにつめこまれて帰ってくる、延延その繰り返しが三百六十五日続く単調な一日の始まり。
 でもきっと、今日は昨日よりマシな日になるはずだ。
 昨日がそうだったように。
 明るく前向きに鼻歌をかなでながらレイジに先んじて鉄扉を開ければ早くも食堂をめざす囚人大移動が始まっていた。声高に談笑しながら食堂へとむかう囚人の大群にまぎれ、まだベッドの上でぐずぐずしてるレイジを呼ぶ。
 「行くぞ、飯だ」
 「勘弁してくれよ、フィリピン育ちなのに……」
 「おなじネタ飽きた」
 「フィリピン育ちだから十二月の寒さはこたえるんだよ」とこぼし、寝ぼけ面で毛布にくるまったレイジをばっさり斬り捨てる。まだベッドの上でぐずぐずしてるらしいレイジを扉の前で待つこと数十秒、もともと短気な俺がしびれを切らして癇癪を起こす一秒前にレイジがひょっこりと廊下に顔をだす。
 「やってくれたな?」
 恨めしげな目で睨まれても少しも動じない。廊下の壁にもたれたまま「惜しい」と舌打ち。馬鹿を装ってる東棟の王様もそれほど馬鹿じゃない、同じ手は二度と食わないってわけか。頭の斜め上で二房髪を結わえたレイジが苛立たしげにゴムを抜き取る。
 「今日はちゃんと顔洗ったんだな。どうりで」
 「男前が上がった?」
 「そういうことにしといてやるよ」
 辛辣な皮肉を期待していたらしきレイジが拍子抜けしたように目を丸くする。今日は素晴らしく気分がよかった、普段なら憎まれ口を叩いてレイジを挑発してるはずが奴の戯言を鼻で笑って聞き流す余裕まである。肩透かしを食らったレイジが襟足で髪を結びながら心なし物足りなさげにため息をつく。
 「朝イチの口喧嘩は前戯なのに張り合いねえの」
 「安心しろ、本番は無い。永遠に無い」
 鏡も見ずに器用に髪を結いつつ呟くレイジを廊下に捨て置きさっさと食堂に行けば先にサムライと鍵屋崎が座っていた。ちょうど食堂の真ん中らへんのテーブルに陣取って飯を食べている。カウンターの列に並んでトレイを受け取りアルミの食器を並べる。今日の献立は洋食、苔むして黴が生えた見るからにまずそうなマッシュポテトのかたまりがアルミ皿にこそぎおとされおそろしく味が薄いコンソメスープが深皿に注がれる。歯が立たないほど固い食パンが一枚としなびたレタスと褪せたにんじんのサラダ、あとはハム五切れの貧しいメニューだ。
 ちなみに本当にマッシュポテトに黴が生えてるわけじゃない。すりつぶした枝豆が混ぜてあるからそう見えるだけだ。
 トレイを抱えてサムライの席に接近、無言で正面の席に腰掛ける。乱暴に椅子を引いて尻を投げ出せば、他の連中とは一味も二味も違った育ちのよさが窺える品良い動作でハムを均等に切り分けていた鍵屋崎が非難がましい目をむけてくる。
 「静かに座れ。きみは行儀がいいんだか悪いんだかわからないな」
 「おまえは馬鹿なんだか頭がいいんだかわからないな」
 鍵屋崎が凄まじく嫌な顔をする。不機嫌そうに黙りこんでフォークを口に運ぶ鍵屋崎から隣のサムライへと目を転じれば無言でスープを啜っていた。俺が席に着いて遅れること数分、レイジがやってきた。食器をのせたトレイを抱え、そこが指定席であるといわんばかりの堂に入った動作で俺の隣に腰掛ける。
 図々しい奴め。
 「なあ聞いてよサムライ、ロンってばひどいんだぜ。朝起きたらまた髪が結わえてあった。しかも二本」
 二本指を突き立てたレイジがそう言って嘆くのを興味なさそうに眺め、サムライが呟く。
 「それは結構なことだな」
 「待て、結構なことって何だ?」
 「お前は不愉快かもしれないが他の連中は愉快だ」
 器に口を付けてコンソメスープを飲もうとしていた俺はその言葉におもわず吹き出す。サムライに一本とられたレイジはこの上なく情けない顔をしていたが、右手でもてあそんでいたフォークの先端でおもむろに鍵屋崎を指す。
 「そうだキーストア、ヨンイルから伝言。ブラックジャック十巻まで取り置きしてあるって言ったけど昨日書架見てみたら九巻が紛失してたらしい、ヨンイルはだれかが無断で持ってったにちがいない、そいつ見つけ出して絶対殺したる!ってキレてたけどもし今日八巻返すつもりなら」
 「きみは頭がおかしいのか?」
 鍵屋崎が荒々しくフォークを叩き付け、周囲のテーブルで談笑していた囚人が一斉にこちらに注目する。
 「昨日も言ったが僕が漫画なんか借りるはずないだろう、僕はきみたち凡人とはちがうんだ、そんな低俗な書物に熱中するはずがない。漫画なんかに耽溺して貴重な時間を浪費する位ならカール・マルクスの『資本論』を再読したほうがマシだ。そうやって自分の物差しでひとを計るのはやめてくれないか、いい迷惑だ」
 眼鏡越しにレイジの顔を突き刺した視線にはどこまでも拒絶的な非難の色があった。一息に抗議した鍵屋崎を行儀悪く頬杖ついて見つめ、レイジが首を傾げる。
 「あれ?でも図書カードに名前あったぜ」
 鍵屋崎が「しまった」と言う顔をする。鍵屋崎が怯んだ一瞬の隙をついてテーブルに身を乗り出したレイジが話の山場で犯人を追い詰める名探偵か刑事気取りでひとさし指を立てる。
 「おかしいじゃんか、なんでブラックジャックなんか借りてないって頑固に言い張るお前の名前が一巻から七巻までずらっと図書カードに記入されてんだよ?証拠はあるんだぜ、素直に吐いちまえ」
 「食事中に吐くとか吐けとか下品な言葉を使わないでくれるか?食欲が減退する」
 「ごまかすなよ」
 「ごまかしてない」
 「本当は借りたくせに。夜中人目を盗んで読み耽ってブラックジャックと恵の別れのシーンで感動して泣いてるせに」
 突然、鍵屋崎が席を蹴立てて立ち上がる。
 「感動はしたが泣いてない!!」
 平手でテーブルを叩いてレイジに噛み付いた鍵屋崎だが食堂の注視を一身に浴びていることに気付き、わざとらしく咳払いして席に戻る。動揺を露呈した事実を上塗りするように妙に落ち着きなくトレイに散ったパン屑を一箇所に集め、袖に付着した粉まで神経質に払い落とす。
 「……それに、気安く『恵』と呼び捨てにしないでくれないか?僕の妹と同じ名だ」
 「ああ、そうだっけ。キーストアの最愛の妹と同じ名か」
 「きみに呼び捨てられると恵が汚れる」
 口にフォークをくわえ、椅子の背もたれに仰け反って天井を仰いだレイジに叩き付けるように鍵屋崎が言う。気持ちはわかる、就寝中レイジの口に上った女は数知れないがおそらくその全員と体の関係があるのだろう。しかし鍵屋崎も鍵屋崎だ、たった一人の身内だか大事な妹だか知らないがいつもつんと取り澄ましてるコイツが人目があるのも忘れて激情をあらわにするなんて珍しい。
 いや、珍しいどころじゃない一大事だ。妹関連でまたなにかあったのだろうか?
 「今日は新規部署発表かあ」
 間延びした声にフォークを持ったまま顔を向ければ、口にくわえたフォークを上下させながらレイジが椅子を揺らしていた。
 「強制労働一日休みで結構だけどそうなると午前中から図書室が混みそうだな。読みたい本あるんだけどさきに借りられちまわないか心配」
 「なんだよ読みたい本って」
 たいして興味もなかったが無視するのも大人げないからおざなりに聞いてやる。
 「『初心者でもわかる麻雀のススメ』」
 ハムを突き刺したフォークが止まる。目に疑念を宿してまじまじとレイジを見れば頭の後ろで手を交差させた姿勢で人を食ったように笑いやがった。
 「俺が麻雀のルール覚えたらひとり遊びに耽らなくてもいいだろ?」
 「……麻雀は最低四人いねえとかっこつかねえよ」
 「ちょうどいいじゃん」
 背もたれから上体を起こしたレイジが「ひい、ふう、みい」と人さし指をめぐらして俺、自分、サムライ、鍵屋崎と順番に指してゆく。
 「四人」
 答えに詰まった。
 「……この面子で麻雀やってる光景想像できねえ」
 「それ以前にルールを知らない」
 突飛な提案にあっけにとられた俺と気乗りしない鍵屋崎とを交互に見比べ、背凭れが床と接触しそうに反り返ったレイジが両手を広げる。  
 「いいじゃん、王様の暇潰しに付き合ってくれよ。ひとりで牌投げてるより皆で遊んだほうがたのしくないか?」
 「あれはあれで面白いんだよ」
 嘘じゃない、あれはあれでなかなか癖になるのだ。今度はもっと高く投げ上げようとかてのひらに掴んで拳を開くまでの一瞬に手の中で軽く転がしてイカサマのコツを習得するとか……自分で言っててちょっとむなしいが。
 早々に食事を終えた囚人が三々五々席を立ち始める。トレイを抱えてカウンターへと歩いてく囚人を一瞥、フォークを口にくわえたり椅子を転倒寸前まで傾けたり怠けて遊んでいたくせに気付けば速攻で食事を終えていたレイジが一番最初に席を立つ。
 「先行くぜ。図書室に一番ノリして目的のブツゲットしなきゃ」
 音痴な鼻歌をかなでながら嬉々として歩み去ってゆくレイジの背中を見送り、二番手に席を立つ。今日は強制労働がないからゆっくり落ち着いて飯を食べてもバチは当たらないはずだが東京プリズンに来てからの癖というか習慣で早々と飯を食べ終えてしまった。よく噛んで味わいたいような朝飯でもないしな。椅子の背もたれに手をかけ、ちんたら飯を食ってるサムライと鍵屋崎を振り返る。
 「サムライはどうする?」
 「修行を終えたら行く」
 新規部署発表の掲示が張り出されるのは中央棟の視聴覚室だ。東京プリズンの囚人がひとりももれることなく自分の部署を確認できるよう一日中掲示が張り出されてるからどの時間帯に見に行っても個人の自由らしい。まあやなことは早めに済ませちまうにかぎる、タジマに目を付けられてる俺がイエローワークから足を洗える望みはなきにひとしいのだからこの目で確認する前に潔く腹を括る。
 「鍵屋崎は……」
 「食事を終えたら行く。さきに用事を済ませたいのが本音だが部署を確認してからじゃないと落ち着かないしな」
 「なんだよ用事って?」
 トレイを抱えて目を細めれば鍵屋崎が狼狽、何か隠してることが丸分かりのよそよそしい素振りで眼鏡のブリッジを押し上げる。
 「黙秘権を行使する」
 なんなんだ一体。わけがわからねえ。
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