少年プリズン

まさみ

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五十四話

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 『めぐみの字が書けないの』
 今にも泣き出しそうに目を潤ませた恵が言った。
 『?どういうことだ』
 それまで読んでいた本を机上に伏せ、回転椅子を傾げて恵に向き直る。遠慮がちに僕の書斎に入室した恵はおどおどした目つきで部屋の隅々に視線を馳せてから、唇を噛んでうつむいてしまう。
 ちょうど父から依頼された論文が一段落し、手が空いた時間に趣味の読書をしていたのだが恵の方が大事だ。服の裾をいじりながらうつむいた恵は切り出すのがためらわれるかのように戸惑いがちな上目遣いで僕を見上げていたが、決心して口を開く。
 『学校でバカにされたの』
 おさげに結った髪を肩に垂らし、目に悲痛な色を浮かべて恵が呟く。
 『今日学校でテストがあったの。国語のテスト。おにいちゃん、テストしたことある?』
 『いや』
 正直、僕にはひとつの教室に机を並べてテストを行うという光景が上手く想像できない。第一、手狭な教室につめこまれた男女二十名から成る生徒をただ一人の教師が相手にして授業を行うなんて効率的にも割があわない、授業の進行速度についていけない子も当然でてくるだろう。これでも少子化による生徒数の減少でずいぶん改善されたというが、フォローが万全とはいえない。教師も負担になるだろう。  
 僕は就学経験がない。物心ついた時、厳密には三歳の後半から父から直接に英才教育を受けてきた。学校には行く必要がないというのが父の持論だ。義務教育で学ぶより遥かに高等な知識と教養を自ら息子に与えることができるのだから、最も前頭葉の発達いちじるしい成長期の九年間をわざわざ学校に通わせて浪費する意義が見出せないというのが彼の言い分だ。
 それならば何故長女の恵は区立の小学校に通わせているのかというのが長年の疑問だったのだが、折を見て訊ねてみたら素っ気ない答えが返ってきた。
 『恵にはそれで十分だからだ』
 『テストをはじめる前に答案用紙がくばられるんだけど、その右上に名前を書く場所があるの』
 物思いから覚めた僕の前では、たどたどしく恵が喋っている。
 左右の指で長方形を作り、答案用紙の右上にあるという名前の記入欄を表現する。
 『でね、クラスのみんながそこに名前を書かなきゃいけない決まりなんだけど……めぐみの名字むずかしいでしょ。カギヤザキなんて珍しい名前、ほかにないでしょう。だからいつもひらがなで書いて先生にテイシュツしてたんだけど』
 舌を噛みそうな早口で言いきり、沈黙をおく。悔しげに唇を噛み締めた恵が、丸い頬を羞恥に染めて顔を背ける。
 『答案を返すとき、先生に言われたの。みんなの前で』
 『なんて?』
 一対一で人の話に耳を傾けるには最適な前傾姿勢をとり、赤面した恵を下から覗きこみ、辛抱強く促してやる。
 『めぐみのお父さんとお母さんは頭がいいのに、立派な人なのに、その子供のめぐみが四年生にもなって、自分の名前も漢字で書けないんじゃおかしいって』
 恵の目に涙が滲む。
 『すごく、恥ずかしかった』
 恵の心境は察するにあまりある。
 もとが内気で引っ込み思案な恵のことだ、クラスメイトの前でとるにたらないささいな失点を指摘されてどれだけ恥ずかしい、身の置き所のない思いをしたことだろう。
 『訴訟を起こすか』
 『え』
 驚きのあまり涙をひっこめ、はじかれたように顔をあげた恵にいちから説明する。
 『その教師がしたことは刑法第231条侮辱罪に該当する立派な犯罪だ、訴訟を起こせば確実に勝てる、いや、どんな手を使っても勝たせる。その他大勢のクラスメイトの前で恵を侮辱するなんて許せない、教師失格どころか人間失格、今まで教育委員会の監査が入らなかったのが信じられない。校長はこの事実を知らないのか?教頭は?侮辱罪の場合、事実を摘示しなくても公然と人を侮辱した者は拘留又は科料に処されるから答案返却時の録音テープや記録画像はなくてもいいが、もしその教師に前科があって以前にも恵を貶めるような発言をしたのなら文部科学省の上層部に直接』
 『おにちゃ、』
 『恵、安心しろ。もうそんな学校に行かなくていい、僕が手を打つ。恵にも自宅で授業を受けさせるよう父さんに頼んでみる、恵を不当に扱うような程度の低い学校はこちらから願い下げだ。円周率を三桁しか覚えてないような低脳教師より五千桁覚えてる僕のほうがよっぽど頭がいい、国語も算数も理科も社会も恵に必要な知識は全部僕が教える』
 恵を侮辱するなんて許せない、教え子に自信喪失させるような問題教師には法的措置をとってしかるべきだろう。
 本気で腹を立てた僕は早速椅子を戻して机に向き直り、パソコンの蓋を開いて初期画面を起動、文部科学省にメールを打とうとしたがキーに指をすべらせた時点でうろたえきった恵に介入される。
 『ちがうの、おにいちゃん、そうじゃないの!恵のためにそんなことしてくれなくていいの、恵がしてほしいのは……』
 ひしと僕の腕にしがみついた恵を見下ろして眉根を寄せる。僕の片腕に顔を埋める格好になった恵はしばらく唇を噛んで逡巡していたが、やがて、何か決心したようにつぶらな目に意志の光を宿して顔を上げる。
 『めぐみを漢字でなんて書くか教えてほしいの。名字はむずかしくて無理だけど、下の名前くらい漢字で書けなきゃ恥ずかしいなって、先生に言われて、そう思ったから……』
 だんだんと語尾が萎んでゆくにしたがい、恵の顔も俯きがちになる。まるで、なにか申し訳ないことでもしてるかのように所在なげに身を竦めた恵に背中を向けて机の引き出しをあさる。あった。シャープペンシル二本と新品のノートが一冊。シャープペンシルの片方をきょとんとした恵に手渡し、もう片方を手にとりノートを開く。
 『めぐみの名前はこう書くんだ』
 白紙の1ページ目にさらさらとペンを走らせ、一文字の漢字を記入する。「恵」。椅子を半回転させ、ノートのページを恵に向ける。中腰の姿勢でノートをのぞきこんだ恵は、小動物めいて庇護欲をくすぐる黒目がちの瞳を好奇心旺盛に輝かしていたが、まっさらなノートに記入された字と僕の顔とを見比べて無邪気に聞いてくる。
 『「恵」ってどういう意味?』 
 辞書をひくまでもない。答えはすらすらと口をついてでた。
 『恵。めぐまれる。必要なものが十分にあって不平不満を感じない状態にある。幸いに巡りあわせる、よい状態を与えられる。恵の雨と言うだろう?あれは日照りや不作に苦しんでいた農民が田を潤して稲を育ててくれる雨に感謝を捧げて名付けた言葉だ』
 恵はじっとノートを見つめていた。正確にはノートの冒頭に記入された「恵」の文字を。
 『いい意味?』
 『ああ』
 『いい名前?』
 『ああ』
 どこまでも一途に、見ている方が微笑ましくなるほど熱心にノートを凝視し、口の中で「めぐみ」の三文字を反芻する。小さく唇を動かし、自分で納得するまで「恵」の意味と語感を噛み締めた恵がくすぐったそうにほほえむ。
 『お父さんとお母さんはめぐみのことが好きだから、めぐみにしあわせになってほしいからこの名前をつけたんだね』
 この上もなく大事なことを確認するように、一途な同意をもとめて僕を仰いだ恵に「ああ」と力強く頷き返す。頷き返した僕自身、恵の名前の由来は知らない。戸籍上の両親がなにを思って自分たちの長女に「恵」と命名したのかは本人たちしかわからないが、決して悪い意味じゃないだろう。なにより恵が笑ってくれるならそれにこしたことはない。
 恵が笑えば僕も嬉しい。恵が幸せなら僕も幸せだ。
 微笑ましい気分に浸っていた僕を現実に戻したのは、恵のささやかな疑問だった。
 『おにいちゃんの名前、へんだよね』
 僕から奪い取ったノートにくりかえし「恵」の漢字を書き込みながら、ふと思い出したように恵が呟く。
 『「直」って壊れたものを元に戻すとか修理するとか、そういう意味の漢字でしょう。先生が言ってたよ。なんでスグルって読むの?』
 『さあな』 
 自分の名前の由来なんて気にしたことがなかった。
 恵にとっての僕は「おにいちゃん」で、そう呼ばれるときがいちばん心地よかった。両親が僕を呼ぶときは「スグル」だが、後者には別段思い入れがない。何かの機会に書類に記入された自分の名前を見たときは「おかしな名前だな」とひっかかりを覚えたこともある。「直」、振り仮名がなければ「ナオ」と読むのが普通だろう。「直」と書いて「スグル」と読ませるなんて当て字もいいところだ、ひねくれているにも程がある。
 まあ、あの男らしい屈折したネーミングだと評せなくもないが。
 『おにいちゃんの名前にもなにか意味があるのかな』
 返事に詰まった僕をシャープペンシル片手に仰いだ恵の顔には、彼女を最も好ましく見せるはにかむような笑みが浮かんでいた。
 『もしそうなら、恵とおそろいだね』
 恵とおそろい。真実はどうあれ、その響きだけは悪くなかった。 
 扉が控えめにノックされた。
 『どうぞ』
 『失礼します』
 椅子に腰掛けたまま入室を許可する。扉を開けたのは通いの家政婦だった。恰幅のよい体格と人の良さそうな目鼻だちのその家政婦は真っ先に僕を見て、ついで椅子の脇に突っ立っている恵から机上へと視線を移す。
 『旦那さまが来月提出する論文を書いてらっしゃるんですが、書斎にお探しの本が見つからないそうで、ひょっとしたらこちらに…』
 皆まで言わせずに本を手に取り、椅子から腰を上げる。
 『いい、僕が持っていく』 
 廊下と書斎との境界線を越えて僕の個人空間を侵犯しようとした家政婦を鋭く制し、エプロンを腰に巻いた肥満体をおしのけるように廊下にでる。無人の椅子の傍ら、胸にノートを抱きしめて所在なげにとり残された恵を振り返る。
 『すぐに戻るから座って練習してていいぞ』
 恵が心細げに頷くのを確認し、静かにドアを閉ざす。台所に洗い物を残してるらしい家政婦に引き下がるよう命じ、隅々まで雑巾がけが行き届いた綺麗な廊下を歩く。飴色の光沢の表面をスリッパの裏で踏みながら角を曲がり、父の書斎へと通じるドアの前に立つ。
 無意識に息を吸い、吐く。もはや日常の習慣となった儀式。
 『失礼します』
 慇懃にドアをノックし、応答を待つ。
 『入れ』
 張りのあるバリトンが響く。ノブを捻り、ドアを開ける。正面の窓を除き、三面の壁を巨大な本棚で塞がれた書斎が目の前に広がる。三面の壁を占めた本棚には一分の隙なく蔵書がつめこまれ、病的なまでの整理整頓ぶりに息苦しい圧迫感さえおぼえる。重厚な造りの樫の机には分厚い本が何冊も広げられ、本の谷間に埋もれるように青白く発光するパソコンが存在していた。
 パソコンの手前に重ねて敷かれているのは、消しゴムのカスを散りばめた原稿用紙だ。
 執筆に煮詰まっているらしく、原稿用紙の三分の一ほど升目を埋めた時点で愛用の万年筆が放置されている。机上にむなしく転がった万年筆から革張りの椅子に腰掛けた男へと目をやる。僕となんら共通点のない目鼻だちの、気難しそうな雰囲気の壮年男性。まず初対面の人間に好感を持たれることはないだろう威圧的な雰囲気のその男は大儀そうに椅子を立つや、不機嫌そうに唇を歪めてこちらに歩いてくる。
 彼の名前は鍵屋崎優。世間的には僕の父親ということになっている男だ。
 『やっぱりお前が持ってたのか』
 『すいません、無断で』
 『いや』
 僕から受け取った本を意味なく開き、中身を改め、閉じる。納得したように重々しく頷き踵を返しかけた男、不機嫌を絵に描いたようなその背中を眺めているうちに、先刻の恵の言葉が脳裏によみがえる。
 おにいちゃんの名前にもなにか意味があるの?
 『聞いていいですか』
 『ほかに借りたい本があるなら好きに持っていけ。ただし右から二番目の本棚の中段以外、あの棚の本は今書いてる論文の参照資料だからな』
 無表情な背中に呼びかけたらとりつくしまもない答えが返ってきた。スランプに陥っていて僕にかまっている精神的余裕がないのだろう、苛々した様子で椅子に腰掛け、たった今取り戻した本のページを繰り出した男にたたみかける。
 『本に載ってることなら自分で調べます。本に載ってないことだから、直接本人に聞きたいんです』
 『簡潔に言え』 
 本から顔もあげずに促した男の表情を眼鏡越しに観察しつつ、恵から伝染した疑問を舌に乗せる。
 『なぜ僕に「直」と名付けたんですか』
 常人離れした集中力を注入してページを繰っていた手が止まる。うろんげに振り向いた男は、理解不能といった表情をしていた。
 『それを聞いてどうする?』
 『べつに。好奇心です』
 それ以外に言いようがない。ただ、一度関心を持ったことは徹底して追及せずにはいられない。たとえそれがとるにたらないことでも、彼からしたらくだらないことでも、本人の口から明確な答えを貰うまでは引き下がれない。 
 怪訝そうに僕を凝視していた視線を壁を迂回して本へと戻し、緩慢にページをめくりながら男が口を開く。
 『私の父……つまりお前の祖父にあたる人物の名前は鍵屋崎 譲という』
 カギヤザキ ユズル。
 『知ってます。東京大学文学部の教授をしていた、仏語翻訳者としても有名な……』
 鍵屋崎は学者の家系だ。さかのぼれば明治初期から有名大学の教壇に立つ優秀な人材を輩出し続けている。名前しか知らない祖父もまた学部は違えど父と同じ大学で教鞭を執っていたのだ。よろしいと寛容に頷き、目は本の記述に馳せたまま、続ける。
 『私は人に優る人間になるよう父からまさると名付けられた。鍵屋崎の長男は皆最後がルで韻を踏んでいる。ユズルにマサル、そしてスグル。語呂がいいだろう』
 手垢のついた公式でも解くかのように退屈そうな口調で説明し終えた男に虚をつかれ、おもわず反駁する。
 『それだけですか』
 『それだけだ』
 そうか。それだけか。
 思い返せば一目瞭然だ、これほどわかりやすい名前もほかにない。祖父がユズル、父がマサル、息子がスグル。一目で親子だとわかる。
 おにいちゃんの名前にもなにか意味があるの?
 自分の名前の由来を知り、誇らしげに訊ねた恵の顔が脳裏に去来する。
 『失礼しました』
 立ち去りがたい思いに見切りをつけるように頭を下げ、ドアを閉める。足早に廊下を歩きながら自嘲する。単純な、あまりに単純すぎる。子供の韻遊びを彷彿とさせるネーミングだ。わざわざ掘り返すほど深い由来があったわけじゃない、鍵屋崎夫妻の長男として戸籍に記入された時点で既に僕の名前は決まっていたのだ。
 だからなんだ?たかが名前だ。名前で人生が左右されてはたまらない。
 足早に廊下を歩いて自分の書斎へと帰る途中、ふと父の書斎から本を借りてくればよかったと気付く。今執筆中の論文に必要な資料、その背表紙が父の本棚に在ったのが無意識の働きで脳に刷りこまれていたのだ。
 廊下を回れ右し、父の書斎へ引き返す。ふたたびノブに手をかけたところで、ドアの向こうから話し声が響いてくる。落ち着きのあるバリトンと神経質そうな振幅を孕んだ声―両親の話し声だ。
 僕と入れ替わりに書斎に来たのだろう母親が、父の背後に立って話しかけている絵が頭に浮かぶ。
 『論文は進んでます?締め切り近いんでしょう』 
 『まだ一ヶ月ある』
 憮然と呟いた男が「そういえば」と続ける。
 『さっき直に妙なことを聞かれたぞ』
 『あの子にですか?』
 『名前の由来を聞かれたからありのままに答えた』
 『お義父さまがユズルで貴方がマサル、長男がスグル。判で捺したようにつまらない由来ですね』 
 ドア越しに苦笑の気配が届く。
 『もっとひねった答えのほうがよかったかな』
 『そうですよ。東京大学の最年少名誉教授兼遺伝子工学の世界的権威でもある天才にしちゃバカみたいな答えだわ、それが本当だとしても』
 単純に自分の発想の貧しさを悔いているかのような口ぶりで男がぼやき、女が相槌をうつ。
 『最初、読み方はナオにしようかと思ったんだ』 
 『ナオですか?なんでまたそんな……』
 言わなくてもわかる。なんでまたそんな女の子みたいな名前を?怪訝そうに訊ねた女の声に応じたのは、誇らしげな声。
 『辞書をひいてみろ。直。なおす。具合の悪いところに手を入れて望ましい状態に改める。病気をなおす、誤りを訂正する。違った観点・方法で新たな位置付けをしたり違った体系に置き換える』
 ドアの向こうから聞こえてきたのは、自分が与えたものを誇る傲慢な父親の声。
 『遺伝子に手をくわえて具合の悪いところを直したんだ、私達の子供にぴったりの名前だろう。どうだ?さっきの答えよりはマシだし、ひねりも効いてる』
 『冗談にしても悪趣味ですよ、家政婦に聞かれたらどうします』 
 『なに、家政婦なんかにわからんさ』
 
 オニイチャンノナマエニハナニカイミガアルノ?

 夫婦の会話が弾んでるふたりに悟られないよう、足音をたてないように注意してドアの前を去る。直。なおす。それが本当の名前。ふたりの声が届かないところまでドアを離れた廊下の途中で、こらえきれずに笑い出す。低く、低く、くぐもった声で。
 スグルなんて無理矢理にこじつけた名前より、ナオのほうがよほど僕にふさわしい。
 
 遺伝子に手を加えて具合の悪いところを修正した人間、人工の天才児―直。ナオ。
 それが僕の名前だ。

 ひたすら廊下を歩き、恵を残してきた書斎の前に立つ。深呼吸し、ノブに手をかける。今の僕はどんな顔をしているだろう、いつもと同じ顔をしているだろうか。廊下に鏡があれば確かめられるのにと残念に思いながらノブを捻り、小さく隙間を開ける。隙間は徐徐に大きくなり、書斎の全景が視界に映りこむ。
 部屋の壁際、机に覆い被さるようにして名前の書き取りをしていた恵が素早くこちらを向く。
 『おにいちゃん、おかえりなさい』
 そうだ、名前なんかたいしたことじゃない。ナオでもスグルでもどうでもいい、僕が恵の兄であることに変わりはないのだ。
 それだけで十分だ。 
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