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三十一話
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「重畳なり、東の王よ」
どこか侵しがたい威厳をおびた陰鬱な声が、コンクリートの屋上に殷殷と響く。
その場に集った者たちの視線を独占し、緋毛氈の上を歩むが如く洗練された足取りで降臨したのは、左右に臣下を侍らした北の皇帝。
サーシャ。
肩で切り揃えた銀髪がサーチライトの照り返しを受けて白蛇のように輝いている。足音すら殆どたてずに屋上を歩いてきたサーシャの上半身に自然と目がひきつけられる。火炎瓶の火が引火してたちどころに燃え滓となった上着を脱ぎ捨てたサーシャ、一糸まとわぬ上半身を惜しげもなく外気にさらしたその姿は、神の造形物のように神々しくサーチライトの明かりに浮かび上がっている。
しかし注意してよく見れば、白磁と見紛うきめ細かさの肌には無数の古傷が刻まれている。
縦横斜めに交差した傷の大半は鋭利な刃物で皮膚を切り裂かれてできたとおぼしきもので、四方から浴びせられるサーチライトの光におびただしい襞を浮かび上がらせている。胸板から脇腹から腹筋にいたるまで、おびただしい数の傷が刻印された裸身を何かの勲章の如く人目にさらしたサーシャが十メートルを隔ててレイジと対峙する。
肌に痛いほどに空気がはりつめる。
「俺の物を取り返しにきたぜ」
「だれがお前の物だ」
噛みつくように吠え返したロンが激情にかられて身をのりだした際に、手錠でつながった僕の体が前方に傾ぐ。ロンがはげしく体を動かすたびに手錠でつながった僕にまで被害が及ぶ。辟易した僕はロンから顔を背けて抗議する。
「痴話喧嘩はよそでやってくれないか」
「……喧嘩売ってんのかお前?買うぞ」
ロンのこめかみがぴくりと脈打つ。頭に血が昇りやすいタイプの人間の扱いには本当に手こずる。今はそんな場合ではないというのに、物事の優先順位もろくにつけられないのだろうか。
「生憎、僕は腕力に自信がない。君と喧嘩しても勝てる確率はかぎりなく低い。労多くして得るものがない無益な争いはしたくないな」
「サムライみてーなこと言うんだな」
「何?」
小馬鹿にしたように鼻を鳴らしてそっぽを向いたロンの方へと我知らず身を乗り出し問い詰める。今ロンはとんでもないことを口走らなかったか?試すような流し目で僕を挑発したロンが、嫌味たらしくつけくわえる。
「同じ穴のムジナってゆーだろ。サムライとおんなじ房になっておんなじ空気吸ってるうちに感化されちまったんじゃねえか?」
「……馬鹿なことを言うな。なんで僕があんな男に影響されなければならない?あんな不潔で無口で不気味な男に感化されてころころ変わるほど僕の価値観は安くないぞ」
「サムライは無益な殺生を好まねえ、お前も無益な争いを好まねえ。腰抜けの日本人同士気が合うんじゃねえか」
「僕の場合は効率論の問題だ。君たち知能指数の低い野蛮な連中は育ちが悪いせいかすぐに物事を腕力で解決しようとするが、そんな短絡的かつ直情的な手段に訴えずとも頭を使えば大概の問題は片がつく。むしろ僕は理解に苦しむな、なぜ君たちは頭を使わずにすぐに手をだすんだ?そんなに無駄な体力が有り余っているのか?うらやましいな」
「喧嘩のときはちゃんと頭使ってるぜ、頭突きで目潰し」
いけしゃあしゃあと言い放ったロンに議論を続ける気力が萎える。いかに熱心に訴えても、当の本人に吸収する頭がなければ空気を相手に問答するのにひとしいむなしい愚行だ。しかし、サムライと同じ枠で括られるのは非常に不愉快だ。だれがサムライと似ているというんだ、気色の悪い誤解はやめてほしい。僕はあんな得体の知れない男に一切感化されてもなければこれから感化されるつもりもない、研究対象のモルモットに感情移入したら実験自体が続けられないじゃないか。本末転倒だ。
―じゃあ、なんで僕はサムライをさがしに外にでたんだ?
そもそもの疑問の原点に立ち返り、自分の行動原理がわからなくなる。夜中に目覚めたらサムライが不在だった。サムライの行方が気になって僕は廊下にでて、あてどもなく刑務所内を歩き回っているうちにリュウホウと遭遇、リュウホウを追って屋外にでたところで薬物で気を失わされて今に至る。
元を辿れば、すべての原因はサムライにある。
元を辿ればあの男がすべての元凶なのだ。夜中目覚めた時にサムライがちゃんと隣のベッドにいれば僕はあいつを捜しに外にでなくてもよかったし、レイジとサーシャの因縁対決に巻き込まれて拉致られずに済んだはずだ。僕が不慮のトラブルに巻き込まれた原因はすべてあの男にある。
「そうか、わかったぞ」
「あん?」
思ったことが口にでていたようだ。聞かせるつもりのなかった独り言を耳ざとく拾い上げたロンが眉根を寄せる。
「東京プリズンにきてからの僕の不幸は、全部サムライに起因している」
ロンがあ然とする。
「すげえ責任転嫁」
「責任転嫁ではない、さまざまな根拠に基づいて導き出された合理的結論だ」
ロンはどこか同情的なまなざしを僕に注いでいたが、疲れたようにため息をついて投げやりに付け足す。
「反省しろよ、お前」
「?なんで僕が反省しなければならない」
奇妙なことを言う。
眉をひそめて反駁した僕へとあきれかえった一瞥をくれ、なげかわしげにかぶりを振るロン。
「鍵屋崎。お前、頭いいけど馬鹿だ」
やけにしみじみと呟かれ、本気で困惑する。なにがなんでどうして僕が馬鹿だという結論に到達したんだ?ロンの中でどのような思考過程が踏まれてそんな事実とは百八十度異なる結論に帰結したのか理解しがたい。
とにもかくにも前言撤回をもとめようと口を開きかけた僕をさえぎったのは、屋上に響いた陰険な声。
「舞踏会の幕開けだ」
大袈裟に両手を広げて舞踏会の第二幕を告げたサーシャに、レイジがまた笑いの発作を起こす。
「下僕のネズミどもを踊り狂わせただけじゃ飽きたらず、誇り高い皇帝自らコサックダンスを披露してくれるってか?」
「王は踊り疲れたのか?」
「まさか」
右手に握り締めたナイフを軽々と放り上げ、宙で一回転させてふたたびキャッチしたレイジが不敵に笑う。
「前戯がぬるくて退屈してたんだ。今夜は一緒に踊ろうぜ」
「ダンスの作法もろくに知らない下賎な混血児と踊るのは、貴様の汚い足で靴を踏まれそうでぞっとしない」
生理的嫌悪に顔を歪めるサーシャ。腐乱死体を食い荒らす蛆虫でも見るかの如く侮蔑をこめたまなざしを叩きつけられても、レイジの笑顔は崩れなかった。鉄壁の笑顔で守りを固めたレイジがナイフを握り締めた手首の角度を調整し、大胆不敵かつ油断も隙もない肉食獣の大股でサーシャとの間合いを詰めてゆく。二十歩、十五歩、十歩。焦らすように縮まってゆく距離。徐徐に確実に接近しつつあるレイジを前に、サーシャは指一本動かすことなく屋上の中心に立ちはだかっていた。
レイジとの距離が十歩まで狭まったとき、サーシャの目がこちらを向いた。
冷血な爬虫類のように、体温を凍結させた流氷の目。
「連れてこい」
サーシャが顎をしゃくり、サーシャが伴っていた臣下とは少し離れた距離に待機していた別の三人がこちらへと歩き出す。コンクリートの屋上をよこぎりこちらへと駆けつけてきた少年らに、壮絶に嫌な予感が募る。
「さわんなよっ、」
「垢とフケで爪が黒ずんだ不潔な手でさわるな、最低三十回は石鹸で洗ってこい」
背後に回りこんだ少年らに羽交い絞めにされたロンがカッとして叫び、腕を掴まれて強制的に立ち上がらされた僕も不機嫌げに抗議する。抗議内容はおなじなのに何故だか僕のほうが不興を買って邪険に扱われた。釈然としない。
膝を蹴られて前のめりによろばいでた僕の前で、レイジとサーシャは互いに微動だにせず向き合っていた。サーシャの息のかかった少年らに完全包囲されて連行されてきた僕らを見て、レイジがかすかに訝しげな顔をする。
レイジとサーシャの中間、両者からひとしく五歩の距離を隔てた場所へと引き出された僕は、これから何が起こるのか予測できずロンと顔を見合わせる。
どうせろくでもないことがおきるのだとは思うが。
「―何の真似だ?」
うっすらと笑みを浮かべたままの軽薄な表情とは裏腹に、氷塊を沈めた口調でレイジが問う。
「愚かな王だな」
僕たちを挟んでレイジと対峙したサーシャが、哀れみ深いまなざしで憫笑する。
「なぜ私がリョウから薬を借りてまでこの薄汚い台湾人を拉致したと思う?答えは明白―……『これ』がお前の唯一にして最大の弱味だからだ。そうだな、リョウ?」
癖のない銀髪を揺らして振り向いたサーシャの視線の先、コンクリート塀に腰掛けて舞踏会を見物と決めこんでいたリョウが頷く。
「少なくとも僕はそう聞いたよ、彼から」
リョウが陽気にウィンクを飛ばし、その場に参集した全員の視線が見えない重圧となって僕へと注がれる。
「おまえが噛んでたのか……」
背中越しに恨めしい呟き。手錠を鳴らして振り向いたロンが忌々しげに僕を睨む。
「………仕方ないだろう。眼鏡を盾にとられたんだ」
「さっきの言葉そっくり返すぜ。こうなったのも全部お前のせいだ」
ひどい言いがかりだ。公平に見て、僕には二割の責任しかない。残り八割の責任はリョウとリョウのうしろで陰謀の糸をひいていたサーシャにあるだろう。
僕はひとつため息をついて眼鏡のブリッジを押し上げると、屋上に参集したサーシャとその手下を見回し、淡々と言う。
「僕はレイジ本人からそう聞いた」
「キーストアの言う通り」
手首に小気味良いスナップを効かせてナイフを上下させつつ、なんでもないような口調であっさり肯定するレイジ。
「俺は嘘は言ってない。それがどうかしたか?」
「―ならば」
サーシャが顎をしゃくる。主君の意図は心得たとばかり、迅速に間合いをつめてくる少年たち。強引に肩を掴まれ背中を蹴倒され、家畜のようにその場に這わされる。ひんやりした温度を保ったコンクリートの感触が、転倒を防ぐために反射的についたてのひらへとじかに伝わってくる。屋上に膝を屈した僕の隣、三人がかりで押さえこまれたロンの拳が力任せにこじ開けられ、間接ぎりぎりまで広げられた五指がしっかりと地に固定される。
「なんのつもりだよ?」
抵抗は無意味だ。いかに愚かなロンだって十分理解しているだろう。レイジがどれだけ怪物的な強さを誇っても、僕らはそうじゃない。 身体能力面では凡人の域を脱してない僕らがつまらないプライドから抵抗してみせたところで体に痣が増えるだけ、賢い選択とはいえない。
だから僕は、黙ってその光景を見ていた。傍観者の視点で観察していた。
見せびらかすように緩慢な動作でポケットへと手をもぐりこませるサーシャ、指揮棒を振るかの如く半弧を描いて返ってきたその手にあったのは三本目のナイフ。念入りに磨きこまれて飴色に輝く鞘には、氷の結晶を模した六角形の紋様が彫りこまれていた。君主から剣を授与される騎士の如く、恭しく腰を折ってサーシャの手からナイフを受け取った少年がこちらへと引き返してくる。
歩きながら鞘を抜き放ち、銀に輝くナイフをサーチライトの光に翳す。
サーチライトの光を反射したナイフが剣呑に輝き、鋭利な表面にロンの顔が映る。
ロンの前で立ち止まった少年が無造作に腕を振りかぶり、ナイフの切っ先をコンクリートに突き立てる。ロンの中指と薬指をかすめてその股を抉ったナイフに視線を定め、サーシャがうっそりと口を開く。
「純血のロシア人たる私は本当の本当に混血が嫌いだ」
そして、続ける。
「とくにアジアの血が混ざった混血がな。奴ら黄色い猿どもの血が混ざった連中ときたら図々しいにもほどがある、とくに中国人は最低だ。地球の人口の実に五人に一人が奴らで占められる。我がロシアと国土を接していながら、文化も言語も料理もなにもかもが奴らはあまりに下品すぎる。非常に目障りだ。私が『外』にいたときに知り合ったさる中国人は、我がロシアが誇る伝統料理ボルシチよりチゲ鍋のほうが数倍辛くて美味だと主張して決して自説を曲げなかった。ボルシチなどブタの血をまぜて赤く見せただけの子供だましの料理だと」
ロンの指の間からナイフを引き抜かせ、サーシャが笑う。残忍な笑み。
「私はその中国人の舌を根元から切りとり、じっくり煮込んでボルシチを作った。とてもとても美味だった」
呼吸も止まらんばかりに驚倒したロンの手をふたたび寝かせ、ナイフを手にした少年が嗜虐的に笑う。サーシャに洗脳されているのか、それとも自発的な意志でサーシャに従っているということは彼らもまた過激な国粋主義者でロシア人至上主義者なのか。ロンの手首を踏んで地面に固定した少年が、なにかをせがむようにサーシャを仰ぐ。陰湿な狂気で目をぎらつかせた少年たちを落ち着き払って睥睨し、ふたたびロンへと視線を向けるサーシャ。
「お前は中国人の血が混ざってる。ボルシチを愚弄してロシアを侮辱した中国人の血が」
「……またか」
手首を踏まれた激痛に声を震わせ、前髪で表情を隠したロンが吐き捨てる。
「中国人だったり台湾人だったり、てめえらの都合でころころ変えやがって。もううんざりだ」
「真実だろう?お前は台湾と中国の混血で、いずれ劣らぬ下賎な血の末裔だ」
ロンの呪詛を言下に斬り捨て、傲慢にサーシャが命じる。
「小指を切り落とせ」
「!」
はじかれるようにサーシャを仰いだロンの顔から血の気がひいてゆく。
サーチライトの逆光を背に、不気味な陰影に隈取られたサーシャが両腕を広げて叫ぶ。
「リビョ―ナクのように泣き叫べ。サバーカのように吠えろ。ああ、薄汚い中国人のクローフィが見たくて見たくてたまらない」
『赤ん坊のように泣き叫べ。犬のように吠えろ。ああ、薄汚い中国人の血が見たくて見たくてたまらない』
サーシャの演説を翻訳すると、こうだ。
サーシャの許しを得た少年が汗ばんだ手でナイフを握りなおし、今まさに自らの手で演出しようとしている惨劇の興奮に吐息を上擦らせながらロンへと向き直る。三人がかりで押さえこまれたロンの顔が恐怖にひきつり、少年が一気にナイフを振り下ろし―
「北の皇帝はあまり物を知らないようだな」
風切る唸りをあげて振り下ろされたナイフが、コンクリートを穿って静止する。
途中でぼくが言葉を挟んだせいで手元が狂ったらしき少年が、ありたけの憎悪と殺意をこめてこちらを睨んでくる。大気の密度が百倍にも膨張したかのような殺気が一挙に押し寄せてきて、呼吸するのも苦しくなる。
「―どういう意味だ?」
「チゲ鍋は韓国料理だ。中華料理じゃない」
間一髪、小指を切り落とされるのを免れたロンが荒い息をこぼしながらこちらを見上げてくる。蒼白の顔にびっしょりと脂汗をかいたロンを冷ややかに見返し、平板な口調で付け足す。
「あと、彼の指を切り落とすのは手錠をはずしてからにしてくれないか?他人の返り血を浴びるのはぞっとしない」
鎖をぶらさげた手首をじゃらりと持ち上げ、できるだけ穏便に訴える。コンクリートの地面に組み敷かれたロンが信じがたいものでも目撃したかのように目を見張る。
「裏切り者」―そうなじられている気がした。しかし僕はロンの友人ではないし、金輪際だれとも友情を築くつもりがない。
裏切りとは信頼を前提にしているからこそ生じる行為だ。もともと信頼も信用もされてない僕が我が身の保身を優先したところで、裏切り者となじられるいわれはない。
「そうか、韓国料理か。それは知らなかった」
感心したような、その実これっぽっちも感謝はしてない口調でサーシャがくりかえす。
手首を突き出して訴えた僕は無視し、虚空に片手をさしのべて件の少年からナイフを受け取る。絶対君主の手に恭しくナイフを献上し後退した少年のほうは一顧だにせずに、ざりざりと砂利を踏みしめて僕へと接近。
「お前ら黄色い猿どもの口にする餌など私からすれば中国も韓国も日本も変わらん。胸の悪くなるような腐臭をはなつ残飯にすぎんからな」
交互の手にナイフを投げ渡しながら歩を運ぶサーシャ、その距離が縮まるにつれ全身に冷や汗が滲み出してくる。コンクリートを蹴ってあとじさったが、鎖の長さが尽きる。じゃらりと耳障りな音を鳴らし、ぎりぎりまで鎖をひきずってその場に尻餅をついた僕の頭上でナイフが翻る。
視界が赤く染まった。
大量の血が左目に流れこんできた。痛みは一呼吸遅れてやってきた。焼けるように疼く瞼を眼鏡の上から押さえ、赤く歪んだ視界でサーシャを仰ぐ。
赤く歪んだサーシャの笑顔とその手に握り締められたナイフとを交互にとらえ、顔の前にもってきたてのひらへと目を落とす。
てのひらには大量の血が付着していた。
赤く染まったてのひらを見下ろし、激痛に痺れてきた頭で漠然と考える。
瞼や目の上を切り裂かれた際の出血は意外と多く見えるが、これは目の周縁に毛細血管が集中しているためだ。薄く皮膚を切り裂かれただけでも大量の血を失ったように見えるから大抵の人間は動揺するが、流血がハデなだけで怪我はごく浅い場合がほとんどだ。僕の場合もたいしたことはない、しばらく焦点を凝らしていたら赤い霧が晴れて視界が正常に戻ったし失明の心配もないだろう。
ただ、二回目は保証できないが。
「血の汚れた日本人の分際で誇り高きロシアの末裔たる私に意見する気か。その勇気は褒めてやろう」
血の付着したナイフの切っ先をさも美味そうに舐め上げ、サーシャが無表情に笑う。
無表情に笑うー矛盾した表現だとわかっているが、そう形容するのが最もふさわしい冷淡な表情。
「ただー……その勇気には、愚者の烙印が押されるがな」
ナイフの刃に舌を這わせて恍惚の余韻に浸っていたサーシャが、ふたたび腕を振り上げる。反射的に目を閉じた僕の脳裏に恵の顔が浮かぶ。
これで最期なのか?
これでもう恵に会えなくなるのか?
最期の最後の瞬間まで恵は笑ってくれないのか?
最期の最後の瞬間まで僕を許してくれないのか?
めぐ、み――――
ガキン、と鈍い音が響いた。
どこか侵しがたい威厳をおびた陰鬱な声が、コンクリートの屋上に殷殷と響く。
その場に集った者たちの視線を独占し、緋毛氈の上を歩むが如く洗練された足取りで降臨したのは、左右に臣下を侍らした北の皇帝。
サーシャ。
肩で切り揃えた銀髪がサーチライトの照り返しを受けて白蛇のように輝いている。足音すら殆どたてずに屋上を歩いてきたサーシャの上半身に自然と目がひきつけられる。火炎瓶の火が引火してたちどころに燃え滓となった上着を脱ぎ捨てたサーシャ、一糸まとわぬ上半身を惜しげもなく外気にさらしたその姿は、神の造形物のように神々しくサーチライトの明かりに浮かび上がっている。
しかし注意してよく見れば、白磁と見紛うきめ細かさの肌には無数の古傷が刻まれている。
縦横斜めに交差した傷の大半は鋭利な刃物で皮膚を切り裂かれてできたとおぼしきもので、四方から浴びせられるサーチライトの光におびただしい襞を浮かび上がらせている。胸板から脇腹から腹筋にいたるまで、おびただしい数の傷が刻印された裸身を何かの勲章の如く人目にさらしたサーシャが十メートルを隔ててレイジと対峙する。
肌に痛いほどに空気がはりつめる。
「俺の物を取り返しにきたぜ」
「だれがお前の物だ」
噛みつくように吠え返したロンが激情にかられて身をのりだした際に、手錠でつながった僕の体が前方に傾ぐ。ロンがはげしく体を動かすたびに手錠でつながった僕にまで被害が及ぶ。辟易した僕はロンから顔を背けて抗議する。
「痴話喧嘩はよそでやってくれないか」
「……喧嘩売ってんのかお前?買うぞ」
ロンのこめかみがぴくりと脈打つ。頭に血が昇りやすいタイプの人間の扱いには本当に手こずる。今はそんな場合ではないというのに、物事の優先順位もろくにつけられないのだろうか。
「生憎、僕は腕力に自信がない。君と喧嘩しても勝てる確率はかぎりなく低い。労多くして得るものがない無益な争いはしたくないな」
「サムライみてーなこと言うんだな」
「何?」
小馬鹿にしたように鼻を鳴らしてそっぽを向いたロンの方へと我知らず身を乗り出し問い詰める。今ロンはとんでもないことを口走らなかったか?試すような流し目で僕を挑発したロンが、嫌味たらしくつけくわえる。
「同じ穴のムジナってゆーだろ。サムライとおんなじ房になっておんなじ空気吸ってるうちに感化されちまったんじゃねえか?」
「……馬鹿なことを言うな。なんで僕があんな男に影響されなければならない?あんな不潔で無口で不気味な男に感化されてころころ変わるほど僕の価値観は安くないぞ」
「サムライは無益な殺生を好まねえ、お前も無益な争いを好まねえ。腰抜けの日本人同士気が合うんじゃねえか」
「僕の場合は効率論の問題だ。君たち知能指数の低い野蛮な連中は育ちが悪いせいかすぐに物事を腕力で解決しようとするが、そんな短絡的かつ直情的な手段に訴えずとも頭を使えば大概の問題は片がつく。むしろ僕は理解に苦しむな、なぜ君たちは頭を使わずにすぐに手をだすんだ?そんなに無駄な体力が有り余っているのか?うらやましいな」
「喧嘩のときはちゃんと頭使ってるぜ、頭突きで目潰し」
いけしゃあしゃあと言い放ったロンに議論を続ける気力が萎える。いかに熱心に訴えても、当の本人に吸収する頭がなければ空気を相手に問答するのにひとしいむなしい愚行だ。しかし、サムライと同じ枠で括られるのは非常に不愉快だ。だれがサムライと似ているというんだ、気色の悪い誤解はやめてほしい。僕はあんな得体の知れない男に一切感化されてもなければこれから感化されるつもりもない、研究対象のモルモットに感情移入したら実験自体が続けられないじゃないか。本末転倒だ。
―じゃあ、なんで僕はサムライをさがしに外にでたんだ?
そもそもの疑問の原点に立ち返り、自分の行動原理がわからなくなる。夜中に目覚めたらサムライが不在だった。サムライの行方が気になって僕は廊下にでて、あてどもなく刑務所内を歩き回っているうちにリュウホウと遭遇、リュウホウを追って屋外にでたところで薬物で気を失わされて今に至る。
元を辿れば、すべての原因はサムライにある。
元を辿ればあの男がすべての元凶なのだ。夜中目覚めた時にサムライがちゃんと隣のベッドにいれば僕はあいつを捜しに外にでなくてもよかったし、レイジとサーシャの因縁対決に巻き込まれて拉致られずに済んだはずだ。僕が不慮のトラブルに巻き込まれた原因はすべてあの男にある。
「そうか、わかったぞ」
「あん?」
思ったことが口にでていたようだ。聞かせるつもりのなかった独り言を耳ざとく拾い上げたロンが眉根を寄せる。
「東京プリズンにきてからの僕の不幸は、全部サムライに起因している」
ロンがあ然とする。
「すげえ責任転嫁」
「責任転嫁ではない、さまざまな根拠に基づいて導き出された合理的結論だ」
ロンはどこか同情的なまなざしを僕に注いでいたが、疲れたようにため息をついて投げやりに付け足す。
「反省しろよ、お前」
「?なんで僕が反省しなければならない」
奇妙なことを言う。
眉をひそめて反駁した僕へとあきれかえった一瞥をくれ、なげかわしげにかぶりを振るロン。
「鍵屋崎。お前、頭いいけど馬鹿だ」
やけにしみじみと呟かれ、本気で困惑する。なにがなんでどうして僕が馬鹿だという結論に到達したんだ?ロンの中でどのような思考過程が踏まれてそんな事実とは百八十度異なる結論に帰結したのか理解しがたい。
とにもかくにも前言撤回をもとめようと口を開きかけた僕をさえぎったのは、屋上に響いた陰険な声。
「舞踏会の幕開けだ」
大袈裟に両手を広げて舞踏会の第二幕を告げたサーシャに、レイジがまた笑いの発作を起こす。
「下僕のネズミどもを踊り狂わせただけじゃ飽きたらず、誇り高い皇帝自らコサックダンスを披露してくれるってか?」
「王は踊り疲れたのか?」
「まさか」
右手に握り締めたナイフを軽々と放り上げ、宙で一回転させてふたたびキャッチしたレイジが不敵に笑う。
「前戯がぬるくて退屈してたんだ。今夜は一緒に踊ろうぜ」
「ダンスの作法もろくに知らない下賎な混血児と踊るのは、貴様の汚い足で靴を踏まれそうでぞっとしない」
生理的嫌悪に顔を歪めるサーシャ。腐乱死体を食い荒らす蛆虫でも見るかの如く侮蔑をこめたまなざしを叩きつけられても、レイジの笑顔は崩れなかった。鉄壁の笑顔で守りを固めたレイジがナイフを握り締めた手首の角度を調整し、大胆不敵かつ油断も隙もない肉食獣の大股でサーシャとの間合いを詰めてゆく。二十歩、十五歩、十歩。焦らすように縮まってゆく距離。徐徐に確実に接近しつつあるレイジを前に、サーシャは指一本動かすことなく屋上の中心に立ちはだかっていた。
レイジとの距離が十歩まで狭まったとき、サーシャの目がこちらを向いた。
冷血な爬虫類のように、体温を凍結させた流氷の目。
「連れてこい」
サーシャが顎をしゃくり、サーシャが伴っていた臣下とは少し離れた距離に待機していた別の三人がこちらへと歩き出す。コンクリートの屋上をよこぎりこちらへと駆けつけてきた少年らに、壮絶に嫌な予感が募る。
「さわんなよっ、」
「垢とフケで爪が黒ずんだ不潔な手でさわるな、最低三十回は石鹸で洗ってこい」
背後に回りこんだ少年らに羽交い絞めにされたロンがカッとして叫び、腕を掴まれて強制的に立ち上がらされた僕も不機嫌げに抗議する。抗議内容はおなじなのに何故だか僕のほうが不興を買って邪険に扱われた。釈然としない。
膝を蹴られて前のめりによろばいでた僕の前で、レイジとサーシャは互いに微動だにせず向き合っていた。サーシャの息のかかった少年らに完全包囲されて連行されてきた僕らを見て、レイジがかすかに訝しげな顔をする。
レイジとサーシャの中間、両者からひとしく五歩の距離を隔てた場所へと引き出された僕は、これから何が起こるのか予測できずロンと顔を見合わせる。
どうせろくでもないことがおきるのだとは思うが。
「―何の真似だ?」
うっすらと笑みを浮かべたままの軽薄な表情とは裏腹に、氷塊を沈めた口調でレイジが問う。
「愚かな王だな」
僕たちを挟んでレイジと対峙したサーシャが、哀れみ深いまなざしで憫笑する。
「なぜ私がリョウから薬を借りてまでこの薄汚い台湾人を拉致したと思う?答えは明白―……『これ』がお前の唯一にして最大の弱味だからだ。そうだな、リョウ?」
癖のない銀髪を揺らして振り向いたサーシャの視線の先、コンクリート塀に腰掛けて舞踏会を見物と決めこんでいたリョウが頷く。
「少なくとも僕はそう聞いたよ、彼から」
リョウが陽気にウィンクを飛ばし、その場に参集した全員の視線が見えない重圧となって僕へと注がれる。
「おまえが噛んでたのか……」
背中越しに恨めしい呟き。手錠を鳴らして振り向いたロンが忌々しげに僕を睨む。
「………仕方ないだろう。眼鏡を盾にとられたんだ」
「さっきの言葉そっくり返すぜ。こうなったのも全部お前のせいだ」
ひどい言いがかりだ。公平に見て、僕には二割の責任しかない。残り八割の責任はリョウとリョウのうしろで陰謀の糸をひいていたサーシャにあるだろう。
僕はひとつため息をついて眼鏡のブリッジを押し上げると、屋上に参集したサーシャとその手下を見回し、淡々と言う。
「僕はレイジ本人からそう聞いた」
「キーストアの言う通り」
手首に小気味良いスナップを効かせてナイフを上下させつつ、なんでもないような口調であっさり肯定するレイジ。
「俺は嘘は言ってない。それがどうかしたか?」
「―ならば」
サーシャが顎をしゃくる。主君の意図は心得たとばかり、迅速に間合いをつめてくる少年たち。強引に肩を掴まれ背中を蹴倒され、家畜のようにその場に這わされる。ひんやりした温度を保ったコンクリートの感触が、転倒を防ぐために反射的についたてのひらへとじかに伝わってくる。屋上に膝を屈した僕の隣、三人がかりで押さえこまれたロンの拳が力任せにこじ開けられ、間接ぎりぎりまで広げられた五指がしっかりと地に固定される。
「なんのつもりだよ?」
抵抗は無意味だ。いかに愚かなロンだって十分理解しているだろう。レイジがどれだけ怪物的な強さを誇っても、僕らはそうじゃない。 身体能力面では凡人の域を脱してない僕らがつまらないプライドから抵抗してみせたところで体に痣が増えるだけ、賢い選択とはいえない。
だから僕は、黙ってその光景を見ていた。傍観者の視点で観察していた。
見せびらかすように緩慢な動作でポケットへと手をもぐりこませるサーシャ、指揮棒を振るかの如く半弧を描いて返ってきたその手にあったのは三本目のナイフ。念入りに磨きこまれて飴色に輝く鞘には、氷の結晶を模した六角形の紋様が彫りこまれていた。君主から剣を授与される騎士の如く、恭しく腰を折ってサーシャの手からナイフを受け取った少年がこちらへと引き返してくる。
歩きながら鞘を抜き放ち、銀に輝くナイフをサーチライトの光に翳す。
サーチライトの光を反射したナイフが剣呑に輝き、鋭利な表面にロンの顔が映る。
ロンの前で立ち止まった少年が無造作に腕を振りかぶり、ナイフの切っ先をコンクリートに突き立てる。ロンの中指と薬指をかすめてその股を抉ったナイフに視線を定め、サーシャがうっそりと口を開く。
「純血のロシア人たる私は本当の本当に混血が嫌いだ」
そして、続ける。
「とくにアジアの血が混ざった混血がな。奴ら黄色い猿どもの血が混ざった連中ときたら図々しいにもほどがある、とくに中国人は最低だ。地球の人口の実に五人に一人が奴らで占められる。我がロシアと国土を接していながら、文化も言語も料理もなにもかもが奴らはあまりに下品すぎる。非常に目障りだ。私が『外』にいたときに知り合ったさる中国人は、我がロシアが誇る伝統料理ボルシチよりチゲ鍋のほうが数倍辛くて美味だと主張して決して自説を曲げなかった。ボルシチなどブタの血をまぜて赤く見せただけの子供だましの料理だと」
ロンの指の間からナイフを引き抜かせ、サーシャが笑う。残忍な笑み。
「私はその中国人の舌を根元から切りとり、じっくり煮込んでボルシチを作った。とてもとても美味だった」
呼吸も止まらんばかりに驚倒したロンの手をふたたび寝かせ、ナイフを手にした少年が嗜虐的に笑う。サーシャに洗脳されているのか、それとも自発的な意志でサーシャに従っているということは彼らもまた過激な国粋主義者でロシア人至上主義者なのか。ロンの手首を踏んで地面に固定した少年が、なにかをせがむようにサーシャを仰ぐ。陰湿な狂気で目をぎらつかせた少年たちを落ち着き払って睥睨し、ふたたびロンへと視線を向けるサーシャ。
「お前は中国人の血が混ざってる。ボルシチを愚弄してロシアを侮辱した中国人の血が」
「……またか」
手首を踏まれた激痛に声を震わせ、前髪で表情を隠したロンが吐き捨てる。
「中国人だったり台湾人だったり、てめえらの都合でころころ変えやがって。もううんざりだ」
「真実だろう?お前は台湾と中国の混血で、いずれ劣らぬ下賎な血の末裔だ」
ロンの呪詛を言下に斬り捨て、傲慢にサーシャが命じる。
「小指を切り落とせ」
「!」
はじかれるようにサーシャを仰いだロンの顔から血の気がひいてゆく。
サーチライトの逆光を背に、不気味な陰影に隈取られたサーシャが両腕を広げて叫ぶ。
「リビョ―ナクのように泣き叫べ。サバーカのように吠えろ。ああ、薄汚い中国人のクローフィが見たくて見たくてたまらない」
『赤ん坊のように泣き叫べ。犬のように吠えろ。ああ、薄汚い中国人の血が見たくて見たくてたまらない』
サーシャの演説を翻訳すると、こうだ。
サーシャの許しを得た少年が汗ばんだ手でナイフを握りなおし、今まさに自らの手で演出しようとしている惨劇の興奮に吐息を上擦らせながらロンへと向き直る。三人がかりで押さえこまれたロンの顔が恐怖にひきつり、少年が一気にナイフを振り下ろし―
「北の皇帝はあまり物を知らないようだな」
風切る唸りをあげて振り下ろされたナイフが、コンクリートを穿って静止する。
途中でぼくが言葉を挟んだせいで手元が狂ったらしき少年が、ありたけの憎悪と殺意をこめてこちらを睨んでくる。大気の密度が百倍にも膨張したかのような殺気が一挙に押し寄せてきて、呼吸するのも苦しくなる。
「―どういう意味だ?」
「チゲ鍋は韓国料理だ。中華料理じゃない」
間一髪、小指を切り落とされるのを免れたロンが荒い息をこぼしながらこちらを見上げてくる。蒼白の顔にびっしょりと脂汗をかいたロンを冷ややかに見返し、平板な口調で付け足す。
「あと、彼の指を切り落とすのは手錠をはずしてからにしてくれないか?他人の返り血を浴びるのはぞっとしない」
鎖をぶらさげた手首をじゃらりと持ち上げ、できるだけ穏便に訴える。コンクリートの地面に組み敷かれたロンが信じがたいものでも目撃したかのように目を見張る。
「裏切り者」―そうなじられている気がした。しかし僕はロンの友人ではないし、金輪際だれとも友情を築くつもりがない。
裏切りとは信頼を前提にしているからこそ生じる行為だ。もともと信頼も信用もされてない僕が我が身の保身を優先したところで、裏切り者となじられるいわれはない。
「そうか、韓国料理か。それは知らなかった」
感心したような、その実これっぽっちも感謝はしてない口調でサーシャがくりかえす。
手首を突き出して訴えた僕は無視し、虚空に片手をさしのべて件の少年からナイフを受け取る。絶対君主の手に恭しくナイフを献上し後退した少年のほうは一顧だにせずに、ざりざりと砂利を踏みしめて僕へと接近。
「お前ら黄色い猿どもの口にする餌など私からすれば中国も韓国も日本も変わらん。胸の悪くなるような腐臭をはなつ残飯にすぎんからな」
交互の手にナイフを投げ渡しながら歩を運ぶサーシャ、その距離が縮まるにつれ全身に冷や汗が滲み出してくる。コンクリートを蹴ってあとじさったが、鎖の長さが尽きる。じゃらりと耳障りな音を鳴らし、ぎりぎりまで鎖をひきずってその場に尻餅をついた僕の頭上でナイフが翻る。
視界が赤く染まった。
大量の血が左目に流れこんできた。痛みは一呼吸遅れてやってきた。焼けるように疼く瞼を眼鏡の上から押さえ、赤く歪んだ視界でサーシャを仰ぐ。
赤く歪んだサーシャの笑顔とその手に握り締められたナイフとを交互にとらえ、顔の前にもってきたてのひらへと目を落とす。
てのひらには大量の血が付着していた。
赤く染まったてのひらを見下ろし、激痛に痺れてきた頭で漠然と考える。
瞼や目の上を切り裂かれた際の出血は意外と多く見えるが、これは目の周縁に毛細血管が集中しているためだ。薄く皮膚を切り裂かれただけでも大量の血を失ったように見えるから大抵の人間は動揺するが、流血がハデなだけで怪我はごく浅い場合がほとんどだ。僕の場合もたいしたことはない、しばらく焦点を凝らしていたら赤い霧が晴れて視界が正常に戻ったし失明の心配もないだろう。
ただ、二回目は保証できないが。
「血の汚れた日本人の分際で誇り高きロシアの末裔たる私に意見する気か。その勇気は褒めてやろう」
血の付着したナイフの切っ先をさも美味そうに舐め上げ、サーシャが無表情に笑う。
無表情に笑うー矛盾した表現だとわかっているが、そう形容するのが最もふさわしい冷淡な表情。
「ただー……その勇気には、愚者の烙印が押されるがな」
ナイフの刃に舌を這わせて恍惚の余韻に浸っていたサーシャが、ふたたび腕を振り上げる。反射的に目を閉じた僕の脳裏に恵の顔が浮かぶ。
これで最期なのか?
これでもう恵に会えなくなるのか?
最期の最後の瞬間まで恵は笑ってくれないのか?
最期の最後の瞬間まで僕を許してくれないのか?
めぐ、み――――
ガキン、と鈍い音が響いた。
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