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十三話
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『イーストファーム行き バス停13番』
と記された標識の前に長蛇の列をなしているのは黒と白の縞々、無個性な囚人服をまとった十代前半から後半の少年たち。未成年に見えない老け顔もちらほらまじってるが戸籍上は皆ハタチ未満のはずだ。日々の強制労働と過酷な刑務所生活に精も根も尽き果ててげっそり憔悴した年齢不詳の面では誤解されても無理ないが。
俺と鍵屋崎は列の最後尾に並んだ。俺が前で鍵屋崎が後ろ。バスが来るまでしばらく間があるらしく、痺れを切らした囚人たちが地団駄踏んだりアスファルトの地面に唾を吐いたりしている。態度の悪い囚人たちを尻目に、鍵屋崎は物珍しげに周囲を見回していた。そりゃ珍しいだろう。刑務所の中にバス停があるのだから。
今おれたちがいるのはだだっ広い面積を有する東京プリズンの地下空間だ。地上じゃそれぞれ一定の距離をおいて独立している各棟も地下に潜りゃ関係なし、アスファルトで周囲を固められた空間には1から20までの英数字を冠した標識がずらっと並列している。東京プリズンの地下に存在する停留所は、それぞれの持ち場に向かうバスの発着場を兼ねている。直径500メートルもあるコンコースをのろのろ回遊しているのは窓に金網を張ったバスの一群。フロントガラスの上、ちかちか点灯している電光板に表示されているのはバスの行く先。俺の持ち場はイーストファーム、鍵屋崎の仕事場も同じイーストファームだった。
ここまできたら腐れ縁としかおもえない。
「すごいな」
鍵屋崎が素直に感嘆の声を発する。地下停留所の想像を絶する規模のでかさ、長蛇の列を作った囚人たちの数の多さに圧倒されているらしい。
「こんなのは序の口だ。本格的に驚くのはバスに乗り込んで着いた先にしとけ」
俺の皮肉げな物言いに鍵屋崎が眉根を寄せる。
「バスに乗り込んで着く先はビニールハウスなんだろう?」
「お前の希望的観測が現実になるよう祈るよ」
俺は肩を竦めた。鍵屋崎はそこそこ頭がキレるみたいだが、根本的なところで甘さが抜け切ってない。バスが到着した先の光景を目撃したらちびって腰を抜かしちまうんじゃないか?
無駄口を叩いてるとバスがきた。
停留所の前にすべりこんできたのはペンキの剥げかけたみすぼらしいバス。ぷすんぷすんと不景気なエンジン音を響かせながらやってきたバスに「何分待たせんだこの野郎!」「殺すぞ運転手!」と罵声が浴びせかけられる。短気な囚人どもをこれ以上怒らせてなるものか両開きの自動ドアが開き、先頭の囚人から一挙に車内になだれこんでゆく。猪突猛進、バス内へと流れ込む囚人たちの波涛に髪や囚人服を揉みくちゃにされつつ俺と鍵屋崎は前後してステップを上る。
最後尾の俺たちを収容し、積載オーバーのバスが出発する。
吊り革に掴まるのは不可能だ。バスの頭から尻まで囚人が詰まっていて、気のせいか酸素が薄い。間接を極めた無理な体勢で人と人のはざまに挟まってる不憫な囚人もいた。俺と鍵屋崎はバスの扉に背中を押し付けられる格好で固定されていた。ちょっと半身を捻って無難な体勢に変えようとしても物理的に無理。
俺はもう慣れっこだが、今日が初体験の鍵屋崎には辛い拷問だろう。
「物理法則を無視している」
鍵屋崎が唐突に呟く。
「一台のバスに六十人の人間を収容するなど不可能だ。バスの体積と人の体積の比率がつりあってないじゃないか。物理と数学の初歩知識さえあればすぐにわかることだ。正真正銘の愚行と断じざるをえない」
「眼鏡ずれてるぞ」
指摘してやると、鍵屋崎は不自由な身を捩り、どうにかこうにか顔の前に腕をもってこようと試行錯誤した。努力の結果、鼻梁からずり落ちたブリッジの先端に触れるか否かの微妙なところまで中指が到達しかけたが、結局無理。力尽きて中指をおろした鍵屋崎の忌々しげな顔が傑作で、吹き出すのをこらえるのに苦労した。
ガラス扉の前に位置してると、瞬きする間に後方に飛び去ってゆく外の気色がよく見渡せた。
砂漠砂漠砂漠。砂砂砂。草一本生えてない荒涼とした砂丘が無限に連なる気の遠くなるような光景。遠景にぽつんぽつんと点在しているのはビニールハウスと白い風船のようなガスタンクだ。白一色のガスタンクは世界最大の気球のように青空を圧して悠揚とそびえている。
シュールな絵画のように無駄にスケールのでかい景色を眺めていると気分が滅入ってくる。
ガスタンクから視線をひっぺがし、先刻からだまりこんでいる鍵屋崎を見る。そして妙なことに気付く。
鍵屋崎の様子がおかしい。妙にもぞもぞしている。不愉快の絶頂にある眉間の皺と一文字に引き結ばれた唇、色が変わるまで体の脇で握り締められた拳。鍵屋崎の後ろに目をやった俺はすべてを合点する。
『イーストファーム Aの1番地 到着』
濁声のアナウンスが響き、ぷしゅっと前方の扉が開く。囚人の三分の一がバスを降り、そのぶんの面積が空く。席は余す所なく埋まっているが、残りの乗客が掴まるぶんだけの吊り革が確保できた車内にやれやれと弛緩した空気がただよう。
「おい」
鍵屋崎の背後にいた奴の手首をぐいと掴み、引き寄せる。たたらを踏んで転げ出たのは、ニキビ面のガキ。右の五指を広げたまま手首をがっちり掴まれたそいつは、「しまった」という顔をする。
現場を押さえられた痴漢の顔だ。
ぎりぎり力をこめて手首を締め上げてやると、痴漢の顔が苦痛に歪む。
「行きのバスん中で野郎のケツさわるなんてしょっぱいことしてんじゃねえよ。そんなしょっぱい光景を目の前で見せられる俺の立場にもなれ、ただでさえ無い仕事意欲が減退してバスの窓から飛び下り自殺したくなる、痛ッ!」
背後から鍵屋崎の尻をさわってたそいつは爪を立てて俺の手を振りほどくと、逆上して食ってかかってくる。
「正義漢ぶるなよ半々」
せいぜいいきがってニキビ面が吠えるが、腰が引けてる。態度はでかいが根は小心者。よくいるタイプだ。
「お前のような混血の半々にさわらたらバイキンが伝染る。あとで消毒しとかないと、俺まで台湾人の血の毒素に感染しちまう」
―ということは、コイツは中国系か。
俺に掴まれた手首に唾を吐きかけ、わざとらしく皮膚にすりこんでいるニキビ面を醒めた目で観察しつつ、口角をつりあげる。
「俺もあとで手を洗っとくよ。お前の手、マスのかきすぎでイカくせえし」
「なっ……!」
乗客の間から失笑が漏れた。
衆人環視、それも走行中のバスという逃げ場のない状況下で俺に殴りかかる度胸はさすがになかったらしく、ニキビ面のガキは羞恥に顔を染めてその場を離れた。しっぽを巻いて退散した痴漢の背を見送り、事態を静観していた鍵屋崎へと向き直る。
「……余計な真似をするな」
礼を強要するつもりなどこれっぽっちもないが、これにはカチンときた。
「余計な真似?お前ケツさわられるの楽しんでたのか。犯罪行為かプレイか微妙な線のアブノーマルな趣味だな」
「勘違いするな。自慢じゃないが僕は普通の性行為でも今のような場合でも一切快感を感じないようにできてるんだ」
「さらりと性行為とか口にするな。お前の後ろに立ってる囚人がぎょっとしてるぞ」
「悪いな。君たちの知能レベルにあわせた短絡的名称を採用しようと思わないでもないが、生憎とそこまで下品になりきれない」
「短絡的名称?」
「ヤるとかヤったとか……下品で下劣なスラングだな。口にする者の品性の卑しさが窺える」
そうか。俺は下品で下劣で品性が卑しいのか。
「……他人に同情されるのは不愉快だ」
バスの手摺にすがった鍵屋崎が苦々しげに呟く。苦渋の滲んだ顔と口調に違和感をおぼえ、鍵屋崎の間合いに踏み込む。
「同情?なんで俺がお前に同情する。痴漢されたから?エリートの道から転落して東京プリズンにぶちこまれたからか?それとも親を殺したから?思い上がるな、その程度のことで買えるほど俺の同情は安くねえ。お前と同じかそれ以上に可哀相な境遇の奴らは東京プリズンにゴマンといるんだ。そいつら全部にいちいち同情してたら五万円の大損だ」
五本立てた指を鍵屋崎の顔前につきつける。眼鏡の奥で鍵屋崎が瞬きする。
「じゃあなんで助けに入った?」
当たり前のことを聞く。頭はいいくせに当たり前のことがわからないなんて不幸な奴だ。
「見てる俺が気持ち悪いからだ」
俺の性的嗜好はきわめてノーマル。恋愛対象も性愛対象も女オンリー。目の前で男がケツさわられてる光景見て興奮するようなしょっぱい趣味はない。納得したのか、鍵屋崎が顎を引く。礼を言う気はやっぱりないらしい。
こんな奴助けなけりゃよかった。
いまさら苦い後悔がこみあげてくるがもう遅い。俺と鍵屋崎は黙りこくったまま、半径1メートルという近くも遠くもない微妙な距離をおいてそれぞれ吊り革と手摺に掴まっていた。
気まずい沈黙に終止符を打ったのは、車内に響いたアナウンス。
『イーストファーム Aの2番地到着』
あらかじめ録音されていたとおぼしき輪郭の割れた濁声に急かされ、席から立ち上がった囚人や吊り革を手放した奴らが一気に前方ドアへと殺到する。怒涛を打って前方ドアへと押し寄せた奴らの波に揉まれながら、こけつまろびつ三段のステップを降りる。
乾燥した風が頬をなぶる。
砂を含んだ風はひどくざらついていた。反射的に手を掲げ、強烈な陽射しから顔を庇う。頭上に在るのは灼熱の太陽。
ビニールハウスなんて物はどこにもない。目の前に広がってるのは妙な凹凸のある砂漠だけ。よく目を凝らせば、砂漠を穿った凹凸の正体は円い穴とその穴を掘り返した際に出た大量の砂だとわかる。
無数に穿たれた穴の周縁で蟻のようにうごめいているのは、囚人服の人影だ。腕まくりした囚人たちが青息吐息で鍬をふるい、汗みずくになった囚人たちがリ砂を積んだリヤカーを二人がかりで運搬している。ひっきりなしに行き交うリヤカーと囚人の向こうからやってきたのは、警棒を腰にさげた紺の制服の一群。
看守どもだ。
俺の背後でバスのエンジンがかかる。残りの囚人たちを目的地へと送り届けるため出発したバスを見送り、ちらりと横を見る。
「ビニールハウスはどこだ?先刻車窓から見たときはたしかに在ったが……」
「………いいか、よおく耳の穴かっぽじってきけよ。東京プリズンは階級社会なんだ。ある意味カースト制度よか厳しい」
「?」
言ってる意味がわからないと鍵屋崎が顔に疑問符を浮かべる。俺はこの無知な日本人に東京プリズンの暗黙の掟について解説してやろうとしたが、口を開く前に地獄から派遣された鬼畜さまご一行が到着したようだ。
「整列!!」
威圧的に大喝された囚人たちが、鞭で躾られた飼い犬の反射神経であいうえお順に整列する。整然と並んだ囚人たちの前、後ろ手を組んで立ちはだかっているのは肥満体の中年男。
囚人をいじめるのが三度の飯より大好きだと常日頃豪語している東京プリズン最悪の看守、タジマだ。
紺の制服のボタンがはじけとびそうなビールっ腹に精力的に脂ぎった顔、陰険にぎらつく目。胸に輝いているのは東京プリズンの治安を預かる看守筆頭の証の銀バッジ。ぱりっと糊の利いた制服に肥満体を包んだタジマは、優越感をこめて俺たちの風体を眺める。垢染みた囚人服をまとった俺たちはタジマと目をあわせないよう注意しながら点呼が終わるのを待つ。
「いち」
「に」
「さん」
「し」
「ご」
張りのある声、いがらっぽい声、変声期前なのだろう甲高い声。さまざまな音域の声が連鎖的に続く。毎朝恒例の儀式。とうとう俺の番がきた。
「しじゅうく」
「五十」
よし、無事通過。俺の隣の鍵屋崎もパス。ろくじゅうに、で全員分の点呼が終わる。
「六十二人。全員いるな。一人の欠席者もなしとは優秀だ」
部下の看守を左右に従えたタジマが満足げに俺たちを見回す。欠席者がいなくて当然だ。一日でも欠席したら最後、タジマ主導による看守らのリンチが行われて最低でも右足骨折、最悪脳挫傷で死亡の末路は免れない。タジマが担当する部署はとかく看守の監視と体罰が厳しいことで有名だ。炎天下での作業にもかかわらず休憩もろくすっぽとれやしないから脱水症状を起こしてぶっ倒れる囚人は数知れず。
「強制労働中の不慮の事故」による重軽傷者及び死者の数がダントツなのはそのせいだ。
「ちらほら新しいツラが混ざってるな。自己紹介しろ、新入り」
タジマがぞんざいに顎を振り、自己紹介を促す。汚れの度合いの少ない囚人服を着た新入りたちは不安げな面持ちで顔を見合わせたが、やがて最前列の奴から順番に名乗りを上げてゆく。
「勅使河原 順」
「ジャスパー」
「陳賢」
「ゲンソウ」
「タッカ―」
「スノウ」
「フェル」
「元」
黒髪金髪赤毛茶髪坊主に混ざるのは緑やオレンジに染色された頭。髪の色も千差万別なら肌の色目の色も個性豊か、国際色豊かだ。名字を有してるのは生粋の日本人だけだから、見た目じゃ中国系と区別がつかなくても名前を聞けばすぐにわかる。
自己紹介はスムーズに進み、鍵屋崎の番が巡ってきた。
「鍵屋崎 直」
「待て、鍵屋崎だと?」
次に進もうとした自己紹介を止めたのは、タジマのドスの効いた声。剣呑に目を細めたタジマが隣の看守になにやら耳打ちする。タジマに何か聞かれた看守がしかつめらしく首肯し、素早く囁き返す。ふたたび前を向いたとき、タジマの顔にはサディストの本領発揮たる陰険な笑みが浮かんでいた。
「なるほど、お前が『あの』鍵屋崎か……」
「?」
列に並んだ囚人たちの視線がタジマと鍵屋崎とを往復する。脳天からつま先まで値踏みするような視線を向けられても鍵屋崎は動じなかった。分厚い唇をめくりあげたタジマを黙って見つめ返すその目は、顕微鏡越しの微生物を観察してるようにひややかだ。
やばい、と直感した。
案の定、タジマは気分を害した。自分と目が合っても他の奴ら同様、鍵屋崎が顔を伏せなかったのがお気に召さなかったらしい。囚人たちを突き飛ばし、憤然とこちらに歩んでくるタジマ。その手に握られているのはよく使い込まれた飴色の光沢の警棒。
三桁の囚人の汗と血を吸って不吉に変色した凶器。
「看守に名前を確認されたら『ハイ』と返事をするのが囚人の義務だろう」
風切る唸りが耳朶を叩く。
反射的に目を閉じた俺の隣で鈍い音、呻き声。どさり。砂に膝を屈した鍵屋崎が左肩を押さえて苦悶しているさまを横目に、俺はタジマに気付かれぬよう必死に無関係の他人を装っていた。
「それで?お前の名字は鍵屋崎なのか」
「………はい」
苦しげな間をおいて、答えを絞り出す鍵屋崎。タジマが淡々と問いを重ねる。
「お前が鍵屋崎か」
「……はい」
「IQ180の天才児と騒がれた、鍵屋崎夫妻の自慢の息子か」
「はい」
「父親に『馬鹿』と一言罵られただけで逆上してナイフを振りかざしたヒステリー持ちのキチガイ野郎か」
鍵屋崎の顔色が変わり、囚人たちがざわめく。俺も驚いていた。馬鹿と一言罵られただけでナイフを持ち出したのか?コイツが?驚きをひた隠し、まじまじと鍵屋崎を見つめる。鍵屋崎はここにきて初めて反駁しようと口を開きかけたが、声を発する前に左肩を打たれて前のめりに倒れる。体の横に手をつき、前屈姿勢で左肩の激痛に耐える鍵屋崎を傲然と見下ろし、タジマはねちねちと続ける。
「どうなんだ、え?」
鍵屋崎は顔を伏せた。
「………………はい」
ざわめきが大きくなる。「信じらんねえ、そん位で」「馬鹿の一言で刺されんなら俺なんて今頃一万箇所は刺されてるぜ」「頭がおかしいんじゃねえの、こいつ」……さまざまな意見と感想が飛び交うが、好意的なものはひとつもない。共感もなければ賛同も理解もない。顔いっぱいに嫌悪の表情を貼りつかせた囚人たちは、囚人間で最大の禁忌とされる親殺しの因子が空気感染するのを恐れるかのように遠巻きに鍵屋崎とタジマを見守っている。
「父親の心臓をナイフでえぐりだしたって本当か?」
「はい」
「母親の腹をかっさばいて腸をひきずりだしたって本当か?」
「はい」
「脂肪層をナイフで切り裂くのが勃起するほど気持ちいいって取り調室でうそぶいたってのは……」
「もういいだろ」
「なに?」
タジマが顔を上げる。肩をかばった鍵屋崎がうろんげにこちらを見上げる。俺はそっぽを向いて吐き捨てる。
「時間が惜しい。はやく仕事始めようぜ、タジマさん。ノルマが達成できなくなっちまう」
タジマの顔色がさっと変わる。怒りに充血したタジマが指をわなわなさせながら警棒を構え直そうとしたが、途中で思いとどまる。自制心を総動員して警棒に伸ばした手を手を引っ込めたタジマは射殺さんばかりの迫力で俺を睨んでいたが、派手な咳払いの後に何食わぬ顔で場を仕切りなおす。
「仕事開始だ。とっとと持ち場につけ、最後尾の奴は警棒二十発!」
警棒を横薙ぎに振って囚人を散らすタジマ。タジマの注意が逸れた隙をつき、鍵屋崎の顔を覗き込む。
「どっからどこまでマジなんだ?」
「……君の貧困な想像力に委ねる」
ズボンの砂を払って腰を上げた鍵屋崎はすっかり元のペースを取り戻していた。眼鏡のブリッジを中指で押し上げる神経質なしぐさからは、かたくなに他人の同情を拒む頑固なまでのプライドの高さが滲み出ていた。自分が属する班の担当地区へと足を向けた鍵屋崎をよそに、駆け足で持ち場に急ぐ。
「最後のは嘘だ」
背後で声がした。振り向く。背を向けたままの鍵屋崎が不機嫌そうに言った。
「最初のは、真実だ」
ざくざくと砂を踏み鳴らしながら遠ざかってゆく鍵屋崎を見送り、漠然と思い巡らす。
「馬鹿」の一言が殺人の引き金になるなら、鍵屋崎は東京プリズンで出会うほぼすべての人間を刺殺しなければならないだろう。
ご苦労様。
と記された標識の前に長蛇の列をなしているのは黒と白の縞々、無個性な囚人服をまとった十代前半から後半の少年たち。未成年に見えない老け顔もちらほらまじってるが戸籍上は皆ハタチ未満のはずだ。日々の強制労働と過酷な刑務所生活に精も根も尽き果ててげっそり憔悴した年齢不詳の面では誤解されても無理ないが。
俺と鍵屋崎は列の最後尾に並んだ。俺が前で鍵屋崎が後ろ。バスが来るまでしばらく間があるらしく、痺れを切らした囚人たちが地団駄踏んだりアスファルトの地面に唾を吐いたりしている。態度の悪い囚人たちを尻目に、鍵屋崎は物珍しげに周囲を見回していた。そりゃ珍しいだろう。刑務所の中にバス停があるのだから。
今おれたちがいるのはだだっ広い面積を有する東京プリズンの地下空間だ。地上じゃそれぞれ一定の距離をおいて独立している各棟も地下に潜りゃ関係なし、アスファルトで周囲を固められた空間には1から20までの英数字を冠した標識がずらっと並列している。東京プリズンの地下に存在する停留所は、それぞれの持ち場に向かうバスの発着場を兼ねている。直径500メートルもあるコンコースをのろのろ回遊しているのは窓に金網を張ったバスの一群。フロントガラスの上、ちかちか点灯している電光板に表示されているのはバスの行く先。俺の持ち場はイーストファーム、鍵屋崎の仕事場も同じイーストファームだった。
ここまできたら腐れ縁としかおもえない。
「すごいな」
鍵屋崎が素直に感嘆の声を発する。地下停留所の想像を絶する規模のでかさ、長蛇の列を作った囚人たちの数の多さに圧倒されているらしい。
「こんなのは序の口だ。本格的に驚くのはバスに乗り込んで着いた先にしとけ」
俺の皮肉げな物言いに鍵屋崎が眉根を寄せる。
「バスに乗り込んで着く先はビニールハウスなんだろう?」
「お前の希望的観測が現実になるよう祈るよ」
俺は肩を竦めた。鍵屋崎はそこそこ頭がキレるみたいだが、根本的なところで甘さが抜け切ってない。バスが到着した先の光景を目撃したらちびって腰を抜かしちまうんじゃないか?
無駄口を叩いてるとバスがきた。
停留所の前にすべりこんできたのはペンキの剥げかけたみすぼらしいバス。ぷすんぷすんと不景気なエンジン音を響かせながらやってきたバスに「何分待たせんだこの野郎!」「殺すぞ運転手!」と罵声が浴びせかけられる。短気な囚人どもをこれ以上怒らせてなるものか両開きの自動ドアが開き、先頭の囚人から一挙に車内になだれこんでゆく。猪突猛進、バス内へと流れ込む囚人たちの波涛に髪や囚人服を揉みくちゃにされつつ俺と鍵屋崎は前後してステップを上る。
最後尾の俺たちを収容し、積載オーバーのバスが出発する。
吊り革に掴まるのは不可能だ。バスの頭から尻まで囚人が詰まっていて、気のせいか酸素が薄い。間接を極めた無理な体勢で人と人のはざまに挟まってる不憫な囚人もいた。俺と鍵屋崎はバスの扉に背中を押し付けられる格好で固定されていた。ちょっと半身を捻って無難な体勢に変えようとしても物理的に無理。
俺はもう慣れっこだが、今日が初体験の鍵屋崎には辛い拷問だろう。
「物理法則を無視している」
鍵屋崎が唐突に呟く。
「一台のバスに六十人の人間を収容するなど不可能だ。バスの体積と人の体積の比率がつりあってないじゃないか。物理と数学の初歩知識さえあればすぐにわかることだ。正真正銘の愚行と断じざるをえない」
「眼鏡ずれてるぞ」
指摘してやると、鍵屋崎は不自由な身を捩り、どうにかこうにか顔の前に腕をもってこようと試行錯誤した。努力の結果、鼻梁からずり落ちたブリッジの先端に触れるか否かの微妙なところまで中指が到達しかけたが、結局無理。力尽きて中指をおろした鍵屋崎の忌々しげな顔が傑作で、吹き出すのをこらえるのに苦労した。
ガラス扉の前に位置してると、瞬きする間に後方に飛び去ってゆく外の気色がよく見渡せた。
砂漠砂漠砂漠。砂砂砂。草一本生えてない荒涼とした砂丘が無限に連なる気の遠くなるような光景。遠景にぽつんぽつんと点在しているのはビニールハウスと白い風船のようなガスタンクだ。白一色のガスタンクは世界最大の気球のように青空を圧して悠揚とそびえている。
シュールな絵画のように無駄にスケールのでかい景色を眺めていると気分が滅入ってくる。
ガスタンクから視線をひっぺがし、先刻からだまりこんでいる鍵屋崎を見る。そして妙なことに気付く。
鍵屋崎の様子がおかしい。妙にもぞもぞしている。不愉快の絶頂にある眉間の皺と一文字に引き結ばれた唇、色が変わるまで体の脇で握り締められた拳。鍵屋崎の後ろに目をやった俺はすべてを合点する。
『イーストファーム Aの1番地 到着』
濁声のアナウンスが響き、ぷしゅっと前方の扉が開く。囚人の三分の一がバスを降り、そのぶんの面積が空く。席は余す所なく埋まっているが、残りの乗客が掴まるぶんだけの吊り革が確保できた車内にやれやれと弛緩した空気がただよう。
「おい」
鍵屋崎の背後にいた奴の手首をぐいと掴み、引き寄せる。たたらを踏んで転げ出たのは、ニキビ面のガキ。右の五指を広げたまま手首をがっちり掴まれたそいつは、「しまった」という顔をする。
現場を押さえられた痴漢の顔だ。
ぎりぎり力をこめて手首を締め上げてやると、痴漢の顔が苦痛に歪む。
「行きのバスん中で野郎のケツさわるなんてしょっぱいことしてんじゃねえよ。そんなしょっぱい光景を目の前で見せられる俺の立場にもなれ、ただでさえ無い仕事意欲が減退してバスの窓から飛び下り自殺したくなる、痛ッ!」
背後から鍵屋崎の尻をさわってたそいつは爪を立てて俺の手を振りほどくと、逆上して食ってかかってくる。
「正義漢ぶるなよ半々」
せいぜいいきがってニキビ面が吠えるが、腰が引けてる。態度はでかいが根は小心者。よくいるタイプだ。
「お前のような混血の半々にさわらたらバイキンが伝染る。あとで消毒しとかないと、俺まで台湾人の血の毒素に感染しちまう」
―ということは、コイツは中国系か。
俺に掴まれた手首に唾を吐きかけ、わざとらしく皮膚にすりこんでいるニキビ面を醒めた目で観察しつつ、口角をつりあげる。
「俺もあとで手を洗っとくよ。お前の手、マスのかきすぎでイカくせえし」
「なっ……!」
乗客の間から失笑が漏れた。
衆人環視、それも走行中のバスという逃げ場のない状況下で俺に殴りかかる度胸はさすがになかったらしく、ニキビ面のガキは羞恥に顔を染めてその場を離れた。しっぽを巻いて退散した痴漢の背を見送り、事態を静観していた鍵屋崎へと向き直る。
「……余計な真似をするな」
礼を強要するつもりなどこれっぽっちもないが、これにはカチンときた。
「余計な真似?お前ケツさわられるの楽しんでたのか。犯罪行為かプレイか微妙な線のアブノーマルな趣味だな」
「勘違いするな。自慢じゃないが僕は普通の性行為でも今のような場合でも一切快感を感じないようにできてるんだ」
「さらりと性行為とか口にするな。お前の後ろに立ってる囚人がぎょっとしてるぞ」
「悪いな。君たちの知能レベルにあわせた短絡的名称を採用しようと思わないでもないが、生憎とそこまで下品になりきれない」
「短絡的名称?」
「ヤるとかヤったとか……下品で下劣なスラングだな。口にする者の品性の卑しさが窺える」
そうか。俺は下品で下劣で品性が卑しいのか。
「……他人に同情されるのは不愉快だ」
バスの手摺にすがった鍵屋崎が苦々しげに呟く。苦渋の滲んだ顔と口調に違和感をおぼえ、鍵屋崎の間合いに踏み込む。
「同情?なんで俺がお前に同情する。痴漢されたから?エリートの道から転落して東京プリズンにぶちこまれたからか?それとも親を殺したから?思い上がるな、その程度のことで買えるほど俺の同情は安くねえ。お前と同じかそれ以上に可哀相な境遇の奴らは東京プリズンにゴマンといるんだ。そいつら全部にいちいち同情してたら五万円の大損だ」
五本立てた指を鍵屋崎の顔前につきつける。眼鏡の奥で鍵屋崎が瞬きする。
「じゃあなんで助けに入った?」
当たり前のことを聞く。頭はいいくせに当たり前のことがわからないなんて不幸な奴だ。
「見てる俺が気持ち悪いからだ」
俺の性的嗜好はきわめてノーマル。恋愛対象も性愛対象も女オンリー。目の前で男がケツさわられてる光景見て興奮するようなしょっぱい趣味はない。納得したのか、鍵屋崎が顎を引く。礼を言う気はやっぱりないらしい。
こんな奴助けなけりゃよかった。
いまさら苦い後悔がこみあげてくるがもう遅い。俺と鍵屋崎は黙りこくったまま、半径1メートルという近くも遠くもない微妙な距離をおいてそれぞれ吊り革と手摺に掴まっていた。
気まずい沈黙に終止符を打ったのは、車内に響いたアナウンス。
『イーストファーム Aの2番地到着』
あらかじめ録音されていたとおぼしき輪郭の割れた濁声に急かされ、席から立ち上がった囚人や吊り革を手放した奴らが一気に前方ドアへと殺到する。怒涛を打って前方ドアへと押し寄せた奴らの波に揉まれながら、こけつまろびつ三段のステップを降りる。
乾燥した風が頬をなぶる。
砂を含んだ風はひどくざらついていた。反射的に手を掲げ、強烈な陽射しから顔を庇う。頭上に在るのは灼熱の太陽。
ビニールハウスなんて物はどこにもない。目の前に広がってるのは妙な凹凸のある砂漠だけ。よく目を凝らせば、砂漠を穿った凹凸の正体は円い穴とその穴を掘り返した際に出た大量の砂だとわかる。
無数に穿たれた穴の周縁で蟻のようにうごめいているのは、囚人服の人影だ。腕まくりした囚人たちが青息吐息で鍬をふるい、汗みずくになった囚人たちがリ砂を積んだリヤカーを二人がかりで運搬している。ひっきりなしに行き交うリヤカーと囚人の向こうからやってきたのは、警棒を腰にさげた紺の制服の一群。
看守どもだ。
俺の背後でバスのエンジンがかかる。残りの囚人たちを目的地へと送り届けるため出発したバスを見送り、ちらりと横を見る。
「ビニールハウスはどこだ?先刻車窓から見たときはたしかに在ったが……」
「………いいか、よおく耳の穴かっぽじってきけよ。東京プリズンは階級社会なんだ。ある意味カースト制度よか厳しい」
「?」
言ってる意味がわからないと鍵屋崎が顔に疑問符を浮かべる。俺はこの無知な日本人に東京プリズンの暗黙の掟について解説してやろうとしたが、口を開く前に地獄から派遣された鬼畜さまご一行が到着したようだ。
「整列!!」
威圧的に大喝された囚人たちが、鞭で躾られた飼い犬の反射神経であいうえお順に整列する。整然と並んだ囚人たちの前、後ろ手を組んで立ちはだかっているのは肥満体の中年男。
囚人をいじめるのが三度の飯より大好きだと常日頃豪語している東京プリズン最悪の看守、タジマだ。
紺の制服のボタンがはじけとびそうなビールっ腹に精力的に脂ぎった顔、陰険にぎらつく目。胸に輝いているのは東京プリズンの治安を預かる看守筆頭の証の銀バッジ。ぱりっと糊の利いた制服に肥満体を包んだタジマは、優越感をこめて俺たちの風体を眺める。垢染みた囚人服をまとった俺たちはタジマと目をあわせないよう注意しながら点呼が終わるのを待つ。
「いち」
「に」
「さん」
「し」
「ご」
張りのある声、いがらっぽい声、変声期前なのだろう甲高い声。さまざまな音域の声が連鎖的に続く。毎朝恒例の儀式。とうとう俺の番がきた。
「しじゅうく」
「五十」
よし、無事通過。俺の隣の鍵屋崎もパス。ろくじゅうに、で全員分の点呼が終わる。
「六十二人。全員いるな。一人の欠席者もなしとは優秀だ」
部下の看守を左右に従えたタジマが満足げに俺たちを見回す。欠席者がいなくて当然だ。一日でも欠席したら最後、タジマ主導による看守らのリンチが行われて最低でも右足骨折、最悪脳挫傷で死亡の末路は免れない。タジマが担当する部署はとかく看守の監視と体罰が厳しいことで有名だ。炎天下での作業にもかかわらず休憩もろくすっぽとれやしないから脱水症状を起こしてぶっ倒れる囚人は数知れず。
「強制労働中の不慮の事故」による重軽傷者及び死者の数がダントツなのはそのせいだ。
「ちらほら新しいツラが混ざってるな。自己紹介しろ、新入り」
タジマがぞんざいに顎を振り、自己紹介を促す。汚れの度合いの少ない囚人服を着た新入りたちは不安げな面持ちで顔を見合わせたが、やがて最前列の奴から順番に名乗りを上げてゆく。
「勅使河原 順」
「ジャスパー」
「陳賢」
「ゲンソウ」
「タッカ―」
「スノウ」
「フェル」
「元」
黒髪金髪赤毛茶髪坊主に混ざるのは緑やオレンジに染色された頭。髪の色も千差万別なら肌の色目の色も個性豊か、国際色豊かだ。名字を有してるのは生粋の日本人だけだから、見た目じゃ中国系と区別がつかなくても名前を聞けばすぐにわかる。
自己紹介はスムーズに進み、鍵屋崎の番が巡ってきた。
「鍵屋崎 直」
「待て、鍵屋崎だと?」
次に進もうとした自己紹介を止めたのは、タジマのドスの効いた声。剣呑に目を細めたタジマが隣の看守になにやら耳打ちする。タジマに何か聞かれた看守がしかつめらしく首肯し、素早く囁き返す。ふたたび前を向いたとき、タジマの顔にはサディストの本領発揮たる陰険な笑みが浮かんでいた。
「なるほど、お前が『あの』鍵屋崎か……」
「?」
列に並んだ囚人たちの視線がタジマと鍵屋崎とを往復する。脳天からつま先まで値踏みするような視線を向けられても鍵屋崎は動じなかった。分厚い唇をめくりあげたタジマを黙って見つめ返すその目は、顕微鏡越しの微生物を観察してるようにひややかだ。
やばい、と直感した。
案の定、タジマは気分を害した。自分と目が合っても他の奴ら同様、鍵屋崎が顔を伏せなかったのがお気に召さなかったらしい。囚人たちを突き飛ばし、憤然とこちらに歩んでくるタジマ。その手に握られているのはよく使い込まれた飴色の光沢の警棒。
三桁の囚人の汗と血を吸って不吉に変色した凶器。
「看守に名前を確認されたら『ハイ』と返事をするのが囚人の義務だろう」
風切る唸りが耳朶を叩く。
反射的に目を閉じた俺の隣で鈍い音、呻き声。どさり。砂に膝を屈した鍵屋崎が左肩を押さえて苦悶しているさまを横目に、俺はタジマに気付かれぬよう必死に無関係の他人を装っていた。
「それで?お前の名字は鍵屋崎なのか」
「………はい」
苦しげな間をおいて、答えを絞り出す鍵屋崎。タジマが淡々と問いを重ねる。
「お前が鍵屋崎か」
「……はい」
「IQ180の天才児と騒がれた、鍵屋崎夫妻の自慢の息子か」
「はい」
「父親に『馬鹿』と一言罵られただけで逆上してナイフを振りかざしたヒステリー持ちのキチガイ野郎か」
鍵屋崎の顔色が変わり、囚人たちがざわめく。俺も驚いていた。馬鹿と一言罵られただけでナイフを持ち出したのか?コイツが?驚きをひた隠し、まじまじと鍵屋崎を見つめる。鍵屋崎はここにきて初めて反駁しようと口を開きかけたが、声を発する前に左肩を打たれて前のめりに倒れる。体の横に手をつき、前屈姿勢で左肩の激痛に耐える鍵屋崎を傲然と見下ろし、タジマはねちねちと続ける。
「どうなんだ、え?」
鍵屋崎は顔を伏せた。
「………………はい」
ざわめきが大きくなる。「信じらんねえ、そん位で」「馬鹿の一言で刺されんなら俺なんて今頃一万箇所は刺されてるぜ」「頭がおかしいんじゃねえの、こいつ」……さまざまな意見と感想が飛び交うが、好意的なものはひとつもない。共感もなければ賛同も理解もない。顔いっぱいに嫌悪の表情を貼りつかせた囚人たちは、囚人間で最大の禁忌とされる親殺しの因子が空気感染するのを恐れるかのように遠巻きに鍵屋崎とタジマを見守っている。
「父親の心臓をナイフでえぐりだしたって本当か?」
「はい」
「母親の腹をかっさばいて腸をひきずりだしたって本当か?」
「はい」
「脂肪層をナイフで切り裂くのが勃起するほど気持ちいいって取り調室でうそぶいたってのは……」
「もういいだろ」
「なに?」
タジマが顔を上げる。肩をかばった鍵屋崎がうろんげにこちらを見上げる。俺はそっぽを向いて吐き捨てる。
「時間が惜しい。はやく仕事始めようぜ、タジマさん。ノルマが達成できなくなっちまう」
タジマの顔色がさっと変わる。怒りに充血したタジマが指をわなわなさせながら警棒を構え直そうとしたが、途中で思いとどまる。自制心を総動員して警棒に伸ばした手を手を引っ込めたタジマは射殺さんばかりの迫力で俺を睨んでいたが、派手な咳払いの後に何食わぬ顔で場を仕切りなおす。
「仕事開始だ。とっとと持ち場につけ、最後尾の奴は警棒二十発!」
警棒を横薙ぎに振って囚人を散らすタジマ。タジマの注意が逸れた隙をつき、鍵屋崎の顔を覗き込む。
「どっからどこまでマジなんだ?」
「……君の貧困な想像力に委ねる」
ズボンの砂を払って腰を上げた鍵屋崎はすっかり元のペースを取り戻していた。眼鏡のブリッジを中指で押し上げる神経質なしぐさからは、かたくなに他人の同情を拒む頑固なまでのプライドの高さが滲み出ていた。自分が属する班の担当地区へと足を向けた鍵屋崎をよそに、駆け足で持ち場に急ぐ。
「最後のは嘘だ」
背後で声がした。振り向く。背を向けたままの鍵屋崎が不機嫌そうに言った。
「最初のは、真実だ」
ざくざくと砂を踏み鳴らしながら遠ざかってゆく鍵屋崎を見送り、漠然と思い巡らす。
「馬鹿」の一言が殺人の引き金になるなら、鍵屋崎は東京プリズンで出会うほぼすべての人間を刺殺しなければならないだろう。
ご苦労様。
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