チューベローズ

まさみ

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六回目。きちんと録音してるか?前回の続き……の前に、新しい見解を聞こうじゃないか。
何故犯人は加瀬先輩の死体から性器を切り取ったのか?

復讐。
強姦魔への。
それが答え?

確かに性犯罪者に去勢は有効だ、再犯の可能性があるなら薬物治療を施して勃たなくすればいい。どうしてそうしないか理解に苦しむ、マイクロチップを仕込むより余っ程簡単じゃないか。
また新しい写真……いや待て、見覚えあるぞ。右から林洋平、柿沼昴、曽我部龍太郎。懐かしいなあ、ガラス越しの同窓会だ。
コイツらの共通点は俺。カゲフミごっこに興じてた連中だ。全員遺体で見付かった……。
あんたはまだ俺を疑ってるのか?やれやれ、動機の有無だけで決め付けるなよ。残念だけどな記者さん、洋平たちとは施設を出てから一切交流がないんだ。もちろん連絡なんか取り合っちゃない。
前置きはこのへんにして取材を続けようか。
俺は8年ぶりに亮と再会し、交流が復活した。もっぱらアイツの方から連絡をよこし食事に誘うのがセオリーで、普段はとてもいけないような高い店に連れてかれた。家に呼ばれる事もあった。亮のヤツ、アレで結構料理上手なんだよ。パスタだのキッシュだのたらふくごちそうになった。
叔母の事故死にはびっくりしたが、別段に哀しいとも惜しいとも思わなかった。むしろせいせいした。あの人はいない方がなにかと都合がよい。
亮は離れてた間の俺の事をあれこれ知りたがった。ここだけの話、執拗な詮索に辟易した。食事の席で話せる事なんて殆どないんだ。話せる事の大半は飯をまずくする内容だ。
俺が引き出した亮の8年。中高一貫男子校を卒業後名門大学の文学部に進み、はたちで新人賞を獲って小説家デビュー。処女作『影の憧憬』は発売3か月で20万部を突破、うるさ方の大御所の評価も上々。叔母亡きあと相続した世田谷の豪邸で優雅な一人暮らしを満喫中。
「恋人は?」
亮お勧めのイタリアンレストランにて、フォークにパスタを巻き付けながら聞く。
「いない。執筆と大学だけで手一杯。今は二作目のプロットにとりかかってるんだ」
「どんな話?」
「恋愛小説」
「尚更恋人作った方が」
「いいんだ。片想いの話だから」
「そういうもんか」
曖昧に微笑む亮。実の兄貴の目から見てもイケメンに育ったものだ。
別れ際には毎回封筒を渡された。最初の一回以外、大人しく受け取ることにした。俺が新しい眼鏡を掛けて家を訪れた時の、亮の嬉しげな顔ときたら。
服を見立ててくれた事もある。
「兄さんスーツ持ってないの?」
「必要ないし。お偉い作家先生と違ってパーティーなんか行くことない」
「これから必要になるかもしれないじゃないか、一着位作っておこうよ。金はだすから」
叔母が亮を着飾り楽しんだように、アイツが俺を着飾り楽しむのは変な感じだった。
俺たち兄弟の交流は月一ペースで続いた。亮にはもっと会いたいと乞われたが、のらりくらりと巻き続けた。一対一サシの会食の話題は亮の新作の裏話、担当の話、時事ニュース、俺の創作の話。
「兄さんはどんな話書いてるの、教えてよ。賞に出すんだろ」
「おいおいな」
「もったいぶるなよ」
「パクらないか」
「実の弟が信用できないのかよ」
だってお前、一度裏切ったじゃないか。俺を捨てて叔母さんを選んだじゃないか。
そして三年がたった。この三年の間に亮は五冊の本を刊行し、名実ともにベストセラー作家の仲間入りをはたした。俺は片っ端から賞に応募しては落ち続けた。
三年目に入った頃から「一緒に住まないか」と再三誘われるようになった。叔母さんの家は広くて寒い、ひとりじゃ寂しいから兄さんとシェアしたいと亮は言った。
前々から同じことは言われていたが、以前はほのめかし程度ですんでいたのに。
「どうしてダメなのさ、しょっちゅうシャワーの水がとまるってぼやいてたじゃないか」
「長く住んでるから愛着あるんだ。今さら引っ越しも億劫だし、うるさい音たてて作家先生の邪魔をしたくない」
「邪魔だなんて一言も言ってないだろ、俺は兄さんと二人で暮らしたいんだ」
「誰かにビクビク気を遣って暮らすのはこりごり」
「実の弟でもか」
亮は知らない。俺が二段ベッドの下で寝ていたことも、夜中に引きずりだされて袋叩きにあったことも。
俺が拒んでも亮は諦めず食い下がる。しまいには一日何本もメールをよこすようになった。
『同居の件考えてくれた?』『どうしてもだめ?』『なんでだめなの?』『好きな部屋選んでいいよ』『兄さん好みのカーテンを見立てにいこう』『青好きだったろ、覚えてるよ』『これなんてどうかな』……家具用品店で撮ったらしい、ブルーアシードのカーテン画像を送り付けられ言葉を失った。
『昔持ってた、人魚姫の挿絵みたいな色だろ』
亮は完全に同居の前提で話を進めてた。いくらなんでも強引すぎる、コイツらしくない。
そんなこんなで、俺は叔母の家に寄り付かなくなった。かといって外食も気詰まりだ。
相手はネットにも顔を露出してるベストセラー作家、間接照明の洒落た店で相席してると視線が痛い。
「嘘、片桐亮?本物?」
「写真よりイケメンじゃん、サインもらえるかな」
「一緒にいるのは誰?担当?」
「え~パーカーだよ?場違いでしょあの服は」
くすくす、くすくす。周囲には嗤われた。陰口を叩かれるだけならまだ耐えられた、悪意を受け流すのは慣れっこだ。受け流せなかったのは、亮だ。荒っぽく椅子を引いて立ち上がり、赤ワインを注いだグラスをとり、俺を嗤った女のもとへ歩いていく。
「この人は兄です」
ぶっかけるのか、とあせった。違った。テーブルに着いた女二人の前に立ち、手に持ったグラスの中身を自分のシャツにたらす。白い生地にみるみる赤が広がっていく。
「僕も場違いでおそろいになりましたよね」
「……はい」
気の毒なほど気圧された女が弱々しく頷く。店中の客の視線が集中し、顔から火が出る思いがした。続いて予想外の出来事が起きた。年配の夫婦客が、メニューを小脇に挟んだウェイターが、テーブルを占める面々が上品に拍手をし始めたのだ。
俺は真っ赤な顔で亮の腕を引っ張り外に出た。
「なんだよあのふざけたパフォーマンス、きざすぎ」
「ごめん。黙ってらんなくて」
シャツの胸元に咲いた赤いシミ。まるで血。赤ワインがもったいない、直接噛んで吸い出したくなる。
俺はエスカレートしてく一方の奇行に困惑し、今や唯一の身内となった亮から距離をとろうと企てた。
その日は前日の仕事で無理して熱が出た。会食の予定をキャンセルしようか迷っていた所、加瀬先輩からメールがきた。『カゲ、指名。上客。イケるか』『了解』……どのみち外出を余儀なくされ、やけっぱちな気分で待ち合わせ場所に赴いた。
銀座の高級フレンチ。残念ながら、供された料理の味は殆ど覚えてない。終始ぼんやりしてたせいでフォークを一回、ナイフ二回、計三回カテドラリーを取り落とした事だけ覚えている。
「兄さん大丈夫?顔赤いよ」
「平気」
「無理してるんじゃないか」
「ほっとけ」
「タクシー呼ぶから家で寝なよ」
途中から料理そっちのけで俺を心配しだした亮が、スマホでタクシーを呼び付けた。
俺の肩を抱いて外に連れ出し、待機していたタクシーに押し込み、当たり前のように付き添おうとした所で意識が覚めた。
「一人で帰れる。お守りは余計だ」
「でも」
「締め切り近いんだろ。原稿落としたらファンと編集泣くぞ」
まだ何か言いたげな亮を遮ってドアを閉ざす。ほどなく滑り出したタクシー運転手に向かい、行き先の変更を指示した。
「は……」
ぐったりシートにもたれ、体内から響く機械音と前立腺を揺する刺激に耐える。ズボンの股ぐらに伸びかけた手を最後のひとかけらの自制心で押さえ、強く強く握り込む。
「ッは、ぁ」
「着きましたよお客さん。大丈夫ですか」
「大丈夫、です。気にしないで」
背凭れ越しに振り返る運転手。排気ガスを一筋たなびかせ走り去るタクシー。覚束ない足取りで歓楽街のただ中に降り立ち、普段から仕事で使ってるホテルへ急ぐ。一歩一歩が途方もなく遠く長く、時間の流れが停滞して感じた。ホテルの正面で待ってた上客が手を挙げる。
「偉いね、ちゃんと準備してきたんだ」
「お願いしま、す、はや、く、部屋にッ」
「出来上がってる?」
「もっ無理ッ、後ろぐちゃぐちゃッ、はぁ、漏れそっ、ぁあ」
「仕方ないなあ」
朦朧と視界が歪む。ネオンが滲んで溶け広がる。聞き分けなくせがむ俺の頭を押さえこみ、男が路地へと導く。ブー、ブー、卵が唸る。
「スイッチ切らなかった?」
「切りませ、んでした」
「言い付け守って偉いね。見せてごらん」
パーカーの腹ポケットに手をやり、リモコンを掴みだす。出力は歩けるギリギリに調節してあった。欲望を滾らせた男が短く命令する。
「強くして」
「はい」
摘まみを回す。
「もっと」
自分の手で最強に。
「あッ、うぁ」
前立腺を揺すり立てる衝撃に跪く。ズボンの前は窮屈にもたげていた。今すぐジッパーを下げてしごきまくりたいが、それは許されない。まずはコイツを気持ちよくしなけりゃ……路地の壁を背にした男のズボンを寛げ、その手にリモコンを委ね、勃起したペニスを咥える。
「ん、ぁふ、はぁ」
カウパーが濁流の如く滴るペニスを両手に捧げ持ち、一生懸命口で奉仕する。唇で捏ねくり、舌を絡め、窄めた口で抜き差しする。ほじってもらえない後孔が切ない。いじらせてもらえない前が切ない。じれったげに膝を揺すり、唾液にしとどに塗れた顎でしゃぶりまくる俺を見下ろし、男が摘まみを右に左に回す。
「んッあ、あぁッ、や、ィく、止め、ぁぐ」
「イく前にイかせなきゃお仕置きだぞ」
弱くされ強くされ弱くされまた強くされる。ランダムで切り替わる刺激にたまらず突き出した尻を揺すり、突っ伏す。ドライオーガズムの強制に不規則な痙攣が襲うなか、磨き抜かれた革靴が下顎にさしこまれた。無意識に舌を使い舐め回す。ワックスの苦味に吐き気がする。
「はぁ、は」
「私の靴はおいしいかい」
「おいしい、れふ」
「お代わりを召し上がれ」
「あぐ」
ブーッブーッ、奥に仕込まれた機械の卵が前立腺を責め立てる。発情した牝犬のように尻を突き上げ、地べたを這いずってまずい革靴を食べる。
「おいしいです、ご主人様」
「それよはよかった、ローターケツに突っ込んでよがってるマゾ奴隷くん」
茹だった頭ん中で未完成のプロットを練り直す。題名はまだ思い付かない。来月締め切りの賞に応募する新作……亮が審査員を務める……
「兄さん!」
亮の声がした。幻聴を疑った。違った。今しもタクシーから降り立った弟が物凄い剣幕で駆けて来て、ぎょっとする男を殴り飛ばす。
「テメエなにやってんだクソ野郎が、ブッ殺すぞ!!」
地面に落ちて弾んだリモコンを拾い、スイッチを切る。亮が鼻血をだした男の胸ぐらを掴んでめちゃくちゃに殴り付ける。勢い余って後頭部をアスファルトに叩き付け、前歯をへし折る。
「よせ亮、やめて、くれ」
拳に前歯が刺さったまま、再び振り抜かれた腕に縋り付き、掠れた声で呟く。
「商売道具、大事にしろ」
フッと意識が遠のいた。
傾いだ俺を力強く受け止め、亮がタクシーまで引きずっていく。亮が運転手に早口で住所を伝えるのを上の空で聞く。
タクシーが止まる。アパートに着いた。カンカンカン、気忙しい靴音。
「もうすこしだから頑張って」
亮が俺に肩を貸し鉄筋の階段を上がっていく。パーカーのポケットを探って鍵をとりだし、さし、回す。ドアが開いた途端玄関先に崩れ落ちた。亮が殺風景な部屋を行き来し、熱冷ましの薬をさがす。
「解熱剤はどこだよ、ルルとかイブとかあるだろ!?」
「バファリンなら……ルルは眠たくなる、から、差し支えが」
詳しい場所を教える気力すら尽きて倒れ伏した俺を跨ぎ、浴室のドアを開け放った亮が立ち尽くす。
俺のコレクションにたまげたんだろうな。
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