九泉呪牢

まさみ

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十八話

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「何やってんだよ」
清美さんを押し倒す茶倉を目の当たりにし、呆然と土蔵の入口に立ち尽くす。
「見てわからんか。情事の真っ最中」
あられもない痴態を晒され赤面する清美さん。棒立ちの俺を突き飛ばし、憤懣やるかたない駐在が乱入する。
「清美さんから離れろ!」
沖田さんが茶倉の肩に手をかけ引っぺがし、容赦なく殴り倒す。
「きゃあっ!」
茶倉が黒漆の行李や長持を巻き添えにして吹っ飛ぶ。
「大丈夫ですか清美さん、お怪我はありませんか」
「え、ええ」
「よかった……」
そそくさ襟元を正す清美さんに安堵したのち、茶倉に厳しく言い渡す。
「強制猥褻の現行犯で逮捕する」
「特別公務員暴行陵虐罪ちゃうんか」
「不可抗力だ」
濛々と舞うほこりが視界を煙らす。崩れた長持に寄りかかった茶倉が皮肉っぽく嗤い、浴衣の袖で鼻血を拭く。対峙する沖田の顔は純粋な怒りに強張っていた。
「嘘だろ茶倉。いくら節操なしでたらしのお前でも、無理矢理するはずねえよな」
申し開きを期待して詰め寄る俺に対し、突っ返されたのは非常な言葉。
「据え膳喰わねばなんとやら、あっちから誘ってきたんやで」
色悪の手本のような笑顔に頭の血管がブチギレる。
「てめえ!」
「クソ野郎!!」
沖田さんが太い雄叫びを上げとびかかる。
乱闘の火蓋が切って落とされた。
「会った時から胡散臭いと思ってたんだインチキ詐欺師め、最初っから清美さんが目的で上がり込んだのか、村を助けたいとかおきゅうさまがどうとかはただの口実か、助手もぐるなのか!」
「喪服なんて脱がしてくれ言うとるようなもんやろ」
沖田さんの拳が右頬に炸裂、茶倉が仰け反る。
騒ぎを聞き付けた藤代さんが合流し、喪服を乱した清美さんの近くで揉み合うふたりを見比べ、全てを察する。
「なんてこと……」
口を覆い立ち竦む藤代さん。嫌悪と幻滅の表情。
沖田さんが殺気立ち、目を爛々と血走らせ、ぐったりした茶倉に罵詈雑言を浴びせる。
「ふざけた事を……清美さんの信頼裏切って心が痛まねえのか人でなし、ムショにぶちこんでやる!」
「私は大丈夫ですから」
「貴女は下がっててください!畜生どうして、もっと早く来てりゃこんな事には」
「見せ付けたろ思たのに、タイミング惜しいな。三人で仕切り直すか」
斜に構えた嘲笑が火に油を注ぎ、沖田さんが茶倉に馬乗り、力の限り喉笛を締め上げていく。
「ぐっ」
「尚人さんの死から立ち直れない清美さんを誑かして、佐沼家の財産ぶんどろうって魂胆か。祟りなんて迷信だ。彼女の心の弱みに付け込んで、さんざんあることないこと言って脅かして、都合よく洗脳しくさりやがって。上げ膳据え膳、至れり尽くせりのもてなしを堪能したか?あとどんだけ居座る気だ」
「やめて沖田さん!」
「目を覚ますんだ清美さん、こんな奴庇うねうちもない!祓ってやるだの鎮めてやるだの言われて一体いくらふんだくられたんです、尚人さんの死は不幸な事故です、警察の捜査でも事件性はないって証明されたじゃありませんか!村の年寄りがなんと言おうがおきゅうさまは関係ない、百歩譲って三年前に山を切り崩したのが土砂崩れの原因だとしても時代錯誤な祟りは存在しません!」
「おきゅうさまはおる……ぐっ、アンタかてさんざん地震体験したろ。はよ逃げな手遅れに……」
激高した沖田さんがますます力をこめ喉元を圧迫する。茶倉は沖田さんの手を引っ掻き抗うも、顔がみるみる充血していく。
「やめてください!」
咄嗟に体が動いた。
すかさず沖田と茶倉の間に割って入り、駐在を引っぺがす。
「それ以上したらホントに死んじまいます。半殺しで勘弁してください」
盛大に咳き込む茶倉を背に庇い、震える拳を握りこむ。
「お前、最低だ」
掠れた声で吐き捨てる。茶倉がどんな顔してるかは背中を向けてるからわからねえ。
沖田さんが無線機を掴む。
「もしもし、日水村駐在の沖田です。先ほど佐沼邸にて強姦事件が」
無線機に手が被さる。清美さんだ。
「なぜ止めるんです」
「……事を荒立てたくありません」
「だからってほっとけますか、コイツの身柄を護送しないと」
「せめてあと一日、それが無理なら明日の朝まで待ってください。ただでさえ土砂崩れやおきゅうさまの祟りでピリピリしてる村人たちを刺激したくないのです、パトカーが乗り入れたら不安がるでしょうし……私の不始末で家名を汚すのも、こそこそ詮索されるのも本意じゃありません」
「あなたが責任感じる必要は断じてない、被害者なんですよ」
「お願いです、時間をください。この件が公になれば署で事情を聞かれます、当分帰って来れないなら身の周りの整理とお義父さんへの挨拶を優先させてください」
「ですが」
「お義父さんの食事介助は私じゃなきゃだめなの。私の事をお母さまと思い込んでて、藤代さんが口に運ぶお粥は食べてくれないの」
激情に駆られ声を荒げる沖田さんに対し、清美さんが気丈に返す。被害者が通報を拒んだ以上、沖田さんは妥協するしかない。
無線機をしまい苦渋の決断を下す。
「……明日の朝までですね」
「わがまま言って申し訳ありません」
深々頭を下げる清美さんをひしと抱き締め、囁く。
「今日一日、あなたのそばにいます」
「でも」
「もうすぐ勤務時間が終わります。後は俺の自由です。公私混同?上等だ」
不器用な抱擁に力が籠もる。
「あなたが好きだ。もうだれにも傷付けさせない」
「……沖田さん……」
逞しい胸板に縋り付き嗚咽する。
沖田さんは茶倉に手錠を掛け連行すると主張したが、藤代さんは土蔵に閉じ込めた方が安全だと熱心に説いた。
「天窓は地上3メートルの高さ、成人男性が通り抜けるのは不可能なサイズで鉄格子が嵌まってます。分厚い鉄扉は頑丈な錠前付き、鍵は奥様か私が所持。日水村は長いこと平和で皆油断しておりましたから、駐在所に戻った所でちゃんとした拘留の設備なんてございませんでしょ」
数日前お邪魔した駐在所の様子を思い出す。トラ箱はあるにはあったが、小学生でも鍵開けできそうなお粗末なものだった。
「しかし被害者の近くに被疑者を置いておくのは道義上防犯上懸念が」
「今さっきご自分でおっしゃいましたよね、今晩は屋敷に泊まり込みで清美さんを守るって。なら目の届く範囲に留めた方が安心じゃございませんか、それとも奥様をおうちに連れ帰り朝までお過ごしになられます?」
「ぐ」
「守ると誓ったそばから約束を違えるのはいかがなものかと存じますが」
「ちょっと藤代さん」
女主人の受難に藤代さんは甚く憤慨していた。批判がましい指摘をうけ、沖田さんが咳払い。
「わかりました、俺が見張りに立ちます。烏丸もそれで構わないな」
「はい……」
真顔で話し込む三人のもとを離れ、だんまりを貫く茶倉に呼びかける。
「理由があったんだろ、そうだよな」
「人妻手籠めにした理由を聞きたいん?んなもん好みやったからに尽きる」
「お前はどうしようもねえ女好きのたらしだけど、案件継続中の依頼人に手ェ付けるのはポリシー違反だって再三言ってたじゃんか」
「むしゃくしゃしとったんや」
「強姦罪で逮捕されてもいいのか。マスコミに叩かれるぞ、TSSはおしまいだ」
「どうでもええわ」
なげやりに言い捨て、虚脱しきった様子で片膝立て、太い梁が通った天井を仰ぐ。
「謝って済むことじゃねえけど謝れ、それから沖田さんにきちんと事情を説明しろ」
「無駄や」
「なんでだよ」

俺が知ってる茶倉練は、女を無理矢理犯すようなヤツじゃねえのに。

肩を掴んで睨みを利かす俺をけだるげに見返し、呟く。
「……疲れた」
ゆるやかに瞬き一回、伏せた顔に憔悴と諦念が浮かぶ。
「茶倉!!」
じれきって叫ぶ。
肩に食い込む指を鬱陶しげに一瞥し、正面に向き直り口を開く。
「煽るんが悪い」
鋭い眼光に射すくめられ、固まる。
「抱かせへんのが悪い」

こないだのキスのこと言ってんのか?
俺が煽るだけ煽ってシカトしたから、清美さんに矛先が向いちまったのか?

「俺のせい、なのか」
「せやで。お前が悪い」

茶倉が前傾し、俺の頭を抱えるようにする。

「全部全部お前のせいや」

今まで信じてきたものや築き上げたものがガラガラ崩れていく。

「……見損なった」

哀しくて悔しくて情けなくて、振り上げた拳がぽすんと間抜けな音たて、茶倉の左肩に軟着陸。

コイツが俺への当て付けで清美さんを犯したんなら、一緒にやってくのは無理だ。
腐れた縁は切らなきゃいけない。じゃなけりゃみんな不幸になる。

沖田さんが懐から手錠をとり、茶倉の両手に噛ます。無機質な金属音が鳴り響く。
「一晩頭を冷やせ」
「蝋燭一本くれへん?真っ暗なんはこたえる」
「あとでお持ちします」
藤代さんがそっけなく請け負い、茶倉が「おおきに」と場違いに明るく礼を述べる。俺を除く三人が蔵を出ていく。
「早く来い」
「はよいけ」
逆光を背負った沖田さんと長持に凭れた茶倉の声が重なり、唇を噛んで立ち上がる。重々しい音をたて鉄扉が閉じてゆき、地面に座り込んだ茶倉が真っ暗闇に飲まれた。
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