事故物件ガール

まさみ

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十九話

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数日後、三枝サラは警察署の取調室にて堂島光を死に至らしめた一部始終を告白。
私と隼人、及び関係者は警察署に呼び出されて事情聴取を受け、堂島ヒカリの死は過失致死として再捜査されることになった。
ベランダドアに穿たれた手形の血糊は、私が食べかけで放置した賞味期限切れのトマト果汁だと鑑識の結果がでて赤っ恥をかいた。


アパートの外には澄んだ青空が広がっている。絶好の引っ越し日和だ。
「気持ちいー。この眺めも今日で最後か」
ベランダの手すりによりかかって川と別れを惜しんでたら、勢いよく脳天をはたかれる。
「いたっ!」
「サボるな。アラフォーのおばさんをキリキリ働かせて、自分は堂々サボって良心がいたまないの」
「どーせ人の気持ちなんかわかんないですよーだ」
「まーだ根に持ってんの?執念深いトコ姉さんそっくり」
腰に手をあて立ちはだかる叔母さんに、ニッと歯を剥いて笑いかける。
「叔母さんさ~。前から言おう言おうと思ってたけど、いちいちお母さん引き合いに出して、こっからここまでって線引きしないでいいよ」
「どーゆー意味」
「言わなくてもわかるでしょ?家族だもん」
叔母さんがなにかっていうと「姉さんそっくり」と私を腐すのは、私が叔母さんの娘じゃなくて、実姉の忘れ形見だと自身に思い出せる為だ。
そうやって常に線引きしておかないと、手放すタイミングが掴めず懐に入れすぎてしまうから。
「せっかくただで引っ越し手伝いにきてやったのに」
「仕事忙しいのにありがとうね」
「急に素直になんのやめて、気色わるい。別に忙しかないわよ、不況で商売上がったり」
部屋の中を振り返る。既に荷物はまとめてある。
嵩張る家具はトラックの荷台にのっけたし、あとは二人がかりで段ボールを運び出すだけだ。
ベランダでたそがれる私の隣に立ち、叔母がメンソール煙草に火を点ける。
「ホントにいいの?」
「うん」
「職場の人寂しがるんじゃない」
「夏見さんに泣かれちゃった。打ち上げで電話番号交換したし、東京出るんじゃないからまた会えるって言ったんだけど」
コンビニの仲間が開いてくれた、こぢんまりしたお別れ会を回想し、鼻の奥ががらにもなくツンとする。
目をしばたたいて涙が引っ込むのを待ち、穏やかに流れる川向こうの、一軒家とアパートとマンションがちぐはぐに立て込んだ街並みを眺める。
「もっといてもいいのに」
「いいの」
これが私なりのけじめの付け方だ。
「知らなかったとは言え立ち入り禁止を言い渡されたコを部屋に上げて、挙句泊まらせたのは事実だし、フローリングに包丁で傷付けて、不動産屋さんに合わす顔ないもん」
「アンタの活躍で事件解決したのに」
「ヒカリさんの活躍の間違いでしょ」
「タツトリアトヲニゴサズね」
「女は引き際が肝心、キレイに引き払って次にバトンタッチするのが事故物件クリーナーの矜持」
盛大に紫煙を吐き、叔母が呆れ顔をする。
「アンタねえ、まだやめないの」
「当然。まだまだ予定詰まってるし、次の部屋が呼んでるもん」
次の町で待ち受けるのはどんな部屋、どんな霊障かな。
ベランダの手すりに突っ伏して不敵に笑めば、とうとう根負けした叔母さんが苦笑い。
「……雑草みたいにしぶといトコ、私そっくり」
「何度踏まれても起き上がる」
「心が折れたらウチに来なさい、洗車係兼お茶汲み兼トイレ掃除係兼シュレッダー代わりに手で書類をちぎる係としてこき使ってあげる」
「時給低そ~」
ウンザリ嘆く私の隣で、叔母さんががらっぱちな笑い声を張り上げる。勝者の余裕か。
「さ、部屋にもどりましょ」
「はーい」
叔母さんにしたがって部屋に戻る間際、室外機の横の地面に目が行く。
「どうしたの?」
「先戻って。すぐ行く」
不審顔のおばさんを追い払い、室外機横の地面にしゃがんで手をかざす。
「じゃあねヒカリさん。たすけてくれてありがと」
死んだひとに元気でねっていうのは変かな。
心の中でツッコミ、ドアを開けて室内に戻りかけた時―

甘い花の匂いが、爛漫たる春風に乗じて鼻先を掠める。
ある予感に駆り立てられ、勢い余って乗り越えそうな勢いでベランダの手すりにしがみ付く。
「南さーーーん」
隼人が川沿いの道に立って、片手に持った花束を大きく振ってる。
「どうしたの、もーすぐ出発よ」
「お願い五分だけ待って、お別れしたい人が増えたの!」
サンダルを突っかけてドア開け放ち階段を下りる、アパートを回り込んで川沿いの道にでる。
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