事故物件ガール

まさみ

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五話

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前の人は事故死。事件性はない。
それが警察と不動産屋の共通見解だ。
けれど夢に出てきた幽霊は「コロサレタ」と言い、犯人の存在をほのめかす。
もし幽霊の言い分が真実なら、何者かに事故に見せかけられて殺されたことになり、完全犯罪が成立だ。
「なんて……推理小説に毒されすぎかなあ、やっぱり」
その後も幽霊はたびたび夢枕に立った。
全部が全部怖い夢、って訳でもない。中には恐ろしい悪夢もあったけど少数派で、大半は他愛ない延長だ。
夢の中で前の住人の記憶を追体験するのは奇妙な感覚だ。故人を身近に感じる。
ある時は洗濯物を取り込んでいるところ、ある時は干しているところ、ある時は台所でお皿を洗っているところ、ある時はお風呂掃除をしているところ、ある時はローテーブルの前に座ってご飯を食べているところ。
彼女は几帳面な性格で、無精な私とちがってまめに自炊をしていた。プチトマトとレタスときゅうりにワカメのサラダ、和風ドレッシングがお気に入り。私にはお箸を操る手元しか見えない。
川沿いの道を歩いていると、自分の部屋の窓に白っぽい影を見る事もあった。
最初は面食らったけど、週に二・三度にもなるとだんだん怖さが薄れ、帰りを待ってくれているような安心感すら抱き始めた。
独り暮らしが長いせいで、ちょっと人寂しさを感じてたのかもしれない。
バイト先にはちょくちょくイケメン君が訪れた。
彼は決まって花束を買っていくのだが、同じシフトの夏見さんが変な気をきかせるせいで、毎回私がレジ打ちを担当する羽目になった。
「きた!南ちゃん出動!」
「夏見さんそーゆーのいいですから……高校生は守備範囲外だって言ってるじゃないですか」
「でもあの子南ちゃんがレジ打ってる時のが嬉しそうよ」
「目の錯覚ですよ」
「おばさんの眼力なめないでほしいわ、前に南ちゃんがトイレで外してる時にレジやったけど露骨に気落ちしてたもん、あーやっぱ若くて可愛い子がいいのねーと嫉妬しちゃった」
「私アラサーですよ」
「アラフォーに喧嘩売ってんの」
おっかない顔で睨まれてすごすごレジに入る。不動産経営者の叔母さんといい夏見さんといい、バイタリティあふれるマダムには勝ち目なし。
「いらっしゃいませ~待たせてごめんね」
「いえ全然」
週に最低1度は顔を合わせると、自然と話し方も砕けてくる。いや、ホントは砕けちゃいけないんだけど。
最初に花束の場所を説明してからもう迷わず、一直線にレジに来るようになったイケメン君。
夏見さんに言い含められたからじゃないけど、ダンマリも気詰まりなので、他にお客さんが並んでない時限定でちょっとしたお喋りをかわすようになった。
「よく来るね」「学校近くなんです」「高校生だっけ~サッカー部練習キツい?」
イケメン君が怪訝な表情になる。
「俺、サッカー部だって言いました?」
まずい。
「あ――――――――……勘!フィールドを走り回るサッカー少年ってビジュアルだし!」
「すごいですね、ドンピシャでサッカー部です。2年でレギュラーゲットしたから頑張んないと」
てことは17か、若っ。
「だから帰りが遅いんだね」
「期待裏切りたくないし」
「コーチとかご家族とか?」
「まあそんなとこです」
青く光る端末でバーコードを読み取り、上目遣いに表情を観察。
前の人とイケメン君は知り合いだった。ベランダ越しに挨拶する仲。この花束、やっぱりあの人に手向けるの?ベランダからよく見えるから?
うちのアパートはオートロックで、暗証番号をパネルに入力しないと正面玄関は開かない仕組みだ。部屋の前に花束をおくのが無理となれば、消去法であそこしかない。
……で、どう聞けばいいのよ。
私実はあの部屋に住んでるんですけど、キミ、前の人の彼氏だったりします?
駄目だ駄目、完全にドン引きされる。そもそも花束をおいたのが彼と断定できてないのに、いきなりそんな事聞ける訳ない。前の人と親しい仲ってのも私が見る夢から導き出した憶測、言っちゃえば物的証拠の一切ない妄想にすぎない。
廊下の奥、棚に商品を補充している夏見さんが意味深な目配せをよこす。私の顔色を別の意味に解釈したらしい。
ええいままよ!
「……毎回おんなじの買ってくけど、お墓参り熱心だね」
突然振られたイケメン君が固まる。しまった、外した?できるだけ無難な質問選んだのに。
「墓参り……なのかな」
微妙な笑みで呟き、両手に抱いた花束と私を見比べる。俯く顔の寂しげな翳りが気になる。
「ちがうの?」
「そうといえばそうなんだけど」
「立ち入ったこと聞いてごめんね、スルーでいいから。毎回感心だなあって思っただけ……あぁ、これも上から目線だね」
なにやってんだバカ南、完ぺキ墓穴掘ったじゃない。
けれど収穫もあった。
「墓参り」と聞かれて否定も肯定もしない、そうといえばそうと濁す、この態度こそ彼が犯人って裏付けじゃないの?
手を止めて悶々としてたら、「巻波さん?」と彼が話しかけきて心臓がはねる。
「ひゃいっ?」
「ひゃいって……」
「ごごごめんなさい、ボンヤリしちゃって」
「そんなにじっと見て、新しいチロル気になる?」
俯いて物思いに耽ってたのを、どうやら彼はカウンター横の新商品に視線が行ったからだと踏んだらしい。
他に上手い言い訳も思い付かず、「あ、うん、ばれた?実はそうなんだよね、期間限定チロルに目がなくてさー今度のもすごいおいしそー」と話を合わせれば、彼も和んで頷く。
「俺もこれ好き。きなこ餅、いいよね」
「ホント?仲間だ」
言い訳は言い訳として、期間限定チロルが大好きなのは本当だ。大人げなくはしゃぐ私に何を思ったか、だしぬけに一口サイズのチロルを二個とってカウンターに転がす。
「これもお願いします」
追加の商品をバーコードで読み取れば、彼が悪戯っぽく促す。
「手をだして」
「え」
言われたとおりに片手をだせば、彼がほどいた拳から二個、チロルがふってくる。
「あげる。あの人と分けて食べて」
「えっ?ええっ??」
こんなことしてもらので初めてでたじろぐ。
「そんなダメだって、高校生ならチロル二個だって大金でしょ!?」
「さすがに大袈裟」
「お客さんからもらえないよ、ここで待っててお金返すから。更衣室のロッカーにお財布が……」
「ホントいいって、そんな事されたらかえって立場ない」
「ダメだよお金の事はちゃんとしないと!気軽にはいあげるとかただより高いものはないんだよ、チロルを笑うものはチロルで泣くんだから!」
「どーどー巻波さん」
「なんで私の名前」
「名札に書いてあるじゃん」
コンビニの制服、胸ポケットに安全ピンでとめた名札には、たしかに「巻波」と姓がでてる。
「毎回レジ打ってくれる人の名前だもん、そりゃ覚えるよ。あっちの人は……ごめんなさい、覚えてきれてない」
言わなくていい事まで白状し、申し訳なさそうに頭をさげる彼がおかしくて、笑いながらフォローする。
「だいじょうぶ、夏見さんいい人だから。チロルでちゃらにしてくれる、きっと」
「夏見さんていうんだ。よし覚えた」
「次きた時名前呼んであげたら喜ぶよ、ウチの息子より100倍イケメンって騒いでたし」
「お世辞だよ」
「違うよー、私もそうおもってるし」
ばか。
「……あ、今のはそうじゃないの、夏見さんの息子さんが君に劣るって訳じゃ全然なくって、別にだれと比べなくたって君はイケメンだよって意味で。お会計の時もありがとうございますってハッキリ言うし、きっと育ちがいいんだろうなーって。今だってほら、チョコくれたじゃん。コレでモテなきゃ嘘だって絶対」
急激に顔が火照り、しどろもどろ言い募る。仕事中だってのも忘れてタメ口を叩けば、我慢できず彼が笑いだし、私もヘタレた笑いを浮かべる。
「巻波さんおもしれーね」
結局チロル二個はスタッフがおいしくいただいた。
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