ボーダー×ボーダー

まさみ

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俺の被害者

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被害者を作るのは視線だ。
加害者と被害者の関係性は二人いれば成立する。
危害を加えた方が加害者、加えられた方が被害者。実にわかりやすい判別の仕方だ。オセロと同じ、白と黒の盤面。
しかしこれが事後となると、話は少々ややこしい。
事件が終わった後も被害者を被害者たらしめる装置があるとすれば、それは被害者への偏見を補強する不特定多数の視線に尽きる。
可哀想にね、と同情を含む眼差し。

被害者か加害者か、たまに自分でもわからなくなる。

結局の所俺は加害者のなりそこないで、あんなに憎んだ梶への復讐すらまともに果たせなかった。
美味しい所は全部敷島が持ってった……持ってってくれた。アイツに後ろめたさを覚える日がくるなんて夢にも思わなかった。
被害者と加害者が俺の中で共存している。両方の意識がせめぎあい、善悪の価値観の軸が歪む。

馬鹿でお気楽な秋山は知らないはずだ、俺が頭の中でお前に何してるか、どれ程ぐちゃぐちゃに犯してるか。

他愛ない話をしながらアパートへ寄る帰り道、どんなよこしまな妄想を滾らせているか。

押し倒したい、滅茶苦茶にしたい、死ぬほど泣かせてやりたい。
お前を俺の、俺だけの被害者にしてしまいたい。

たとえば今すぐ押し倒し、泣き喚く顔を貼り飛ばして無理矢理突っ込んだら?

お前は俺の被害者になってくれるか、秋山。
これから一生、俺の被害者でいてくれるか。

俺は知ってる、秋山は普通に女を好きになれる奴だ。普通に誰かと知り合って結婚し子供を作り、幸せに暮らせる奴だ。
俺はそんなもの欲しくない。そんなこと望まない。
あの日圭ちゃんを見殺しにした自分に普通の幸せとやらを享受する資格があるとは思えないし、インモラルな快楽に溺れた身体が、正常位のセックスで満ち足りるはずもない。

セックスを捌け口にしている俺と違って、秋山は汚れてない。
だからこそ、とことんまで汚しきってやりたい。

「どうした麻生、ボーッとして。心ん中で素数でも数えてんの」

名前を呼ばれて振り向けば、コンビニの袋をさげた秋山の顔に疑問符。
宅飲みの肴を買いに出た帰り、夜気はぬかるんでいた。公園の桜はポツポツ芽吹き、甘い香りが漂っている。

「なんでもねえよ」

咄嗟にごまかすも、フランクフルトを咥えた秋山は追及の手を緩めない。

「ほんはほほいっへ、ま~たシリアスな顔で物思いに耽ってたんだろ。いいよなイケメンは、黙ってるだけで絵になって」
「やっかみだな」
「わかってますヨーダ」

口から抜いたフランクフルトを振り回しながら秋山がぼやく。
ふてくされた様子に苦笑を誘われ、公園に植わった桜の若木に一瞥くれる。

「もう春だな。夜が温かい」
「せっかくだから花見キメるか」
「今?」
「駄目?」

秋山が無邪気に笑い、ビニール袋を掲げて促す。

「夜桜ってのも乙じゃん、一足先に春を独り占めだ」
「二人でも独り占めっていうのか」
「んじゃ二人占めで」

アホらしいやりとりに肩を竦め、入口の柵を抜けて夜の公園に進入。
ラッコやゾウ、キリンの遊具が立ち並ぶ敷地を突っ切り、寂れたブランコに並んで座る。

「知ってっか麻生、あれスプリングアニマルっていうんだぜ」
「無駄知識だな」
「小説で使うかもしんねーし無駄じゃねーよ」
「新作の調子はどうだ」
「まあまあ。締め切り来週だから急がねーと」
「今度は一次突破できるといいな」

体重をかけたブランコが軋む。子供用に作られた遊具は、大学生の襲来に面食らっていた。

ビニール袋から出したサラミを開封、幸せそうに摘まむ秋山の隣でぼんやりと桜を見上げる。ブランコ横の木からは枝が伸び、先端にはまだ固い蕾が結んでいた。

「久しぶりに乗ると懐かしいな。小学校の頃はブランコマスターだったんだぜ」
「一回転でもしたの」
「おもいきり漕いでジャンプで着地、10点満点」
「体幹が丈夫なんだな」
「一回コケて大惨事に」
「駄目じゃん」

缶ビールのプルトップを引いて嚥下、秋山が分けてくれたサキイカを齧る。

被害者を作るのは加害者だ。
それは間違ってない。
そして世間は被害者をセカンドレイプし、残り一生可哀想な被害者でい続けろと強制する。
妻と子供を未成年に惨殺された男が数年後に別の相手と結婚しようものなら、「あの時流した涙を返せ」と叩き、飲酒運転で3人の子供を失った両親がまた子供を作れば、「よくそんな気持ちになれるな」と非難する。

そんな気持ちってどんな気持ちだ。
最悪な現実から目を背けたくて、何もかも全部頭からっぽにしたくて、気持ちいいことに溺れるしかない「被害者」のどうしようもなさが連中にはわからないのか。

地元を離れたのは表向き進学が理由だが、いい加減あそこにいるのが煩わしくなったからだ。
あの町じゃ俺を知らない人間はいない。
あそこにいる限り、俺は梶の被害者である麻生譲のレッテルから逃げられない。どこへ行き誰と話そうと、梶の被害者としか見なされなくなったのだ。

ただ秋山だけが、俺をただの友達として見てくれた。
俺をただの麻生譲に戻してくれた。

いくら感謝してもし足りないコイツにそれ以上を求めるなんて高望みが過ぎるとわかっていても、今だって秋山を抱きたくて抱きたくてたまらず、頭の中で何回も犯し続けているのだ。

行為が被害者を作るのか。
視線が被害者を作るのか。

秋山は、俺の被害者になってくれるだろうか?

心の中で独りごちて缶ビールに口を付ければ、大人げなくブランコを漕いでいた秋山が靴裏で地面を摺って減速し、おもむろに手を伸ばす。

「ストップ」

内に渦巻く欲望を見抜かれたかとあせる俺に対し、耳の横を掠めるように人さし指でかきあげ、何かをすくいとる。

「桜。ひっかかったぜ」

秋山が指で取り除いたのはピンクの花びら。夜風に飛ばされてきたらしい。

「……まだそんな咲いてねーのに」
「じっとしてっから枝と間違えたんじゃね」

指先にのせた花びらを吐息で吹き上げ、懐かしそうに呟く。

「あっちでも咲いてっかな。まだかな」
「寒いから全然だろ、半月くらいズレてるって言ってたぞ」
「聡史に写メってやるかー。序でにうちの女どもにも」

秋山が浮かれてスマホを翳し、中央の常夜灯の光に仄白く浮かび上がった、桜の木を撮りまくる。
軽快なシャッター音が響きだし、俺は小さくため息を吐いて地面へと視線を逃がす。
秋山の指から離れた花びらが目の前に落ちていた。だしぬけに片脚を出し、清らかな花びらを靴裏で踏み付ける。
固い靴裏と地面で揉みしだかれた花びらは茶色っぽく汚れ、嗜虐欲と癒着した征服欲をほんの少し満たしてくれた。

抱きたい。抱きたくない。犯したい。犯したくない。ぐるぐると言葉が回る、ぐるぐると思いが巡る。
被害者にしたい。したくない。飛んでほしい。飛んでほしくない。まだ咲いてもないのに春風に吹き散らされた花は、地面に落ちて汚れていく。

夜桜で花占いなんて酔狂だなと自嘲し、飲み干した缶を公園のゴミ箱に放り込めば、スマホ撮影をやめた秋山が「ナイスシュート」と親指を立てる。

「どうも」

行為が被害者を作るのか。
視線が被害者を作るのか。

俺の中には被害者と加害者がいる。
表面張力の限界に達したコップがあふれるように、近い将来どちらかにメーターが振り切れる予感が恐ろしかった。
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