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 最後の一押しがほしかった。
 一線を踏み越えるきっかけが。


 「今日も放課後は部活か」
 「時間には間に合っただろう」
 梶がロック解除、ドアを開けて入れと促す。
 梶は親の金でいい部屋を借りてる。地元有力者の息子、長男。金には不自由しない。
 玄関入ってすぐの廊下をまっすぐ行った突き当たりはリビングになっている。
 快適に広いリビングに配置された本革ソファーの一隅に麻生は腰掛ける。
 「コーヒーでも飲むか」
 「いらねえ」
 「水分とっとかねえとあとが辛いぞ」
 「今日は何して遊ぶんですか、先生」
 わざと敬語を使ってやる。先生と呼ぶと梶は喜ぶ。扱いやすい男だ。
 教師と生徒、指導者と指導される側。社会的な立場や役職をプライベートに持ち込むのもプレイの一興だ。
 読みかけの本がある。早く帰りたい。秋山にむりやり押しつけられた推理小説。明日になったら感想を聞かれるだろう。

 『麻生どうだった、おもしろかったろ、探偵が犯人名指しする場面の緊迫感最高だよな!?』
 『最後のどんでん返しがまた憎くてさー。あそこでああくるとは思わなかったぜ、完敗!』

 資料室で騒ぐ秋山を思い描き、自然と口元が綻ぶ。
 「思い出し笑いか?」
 梶に指摘されるまで、自分がうっすらと笑みを浮かべてるのさえ気付かなかった。
 笑みを消す。無表情を繕う。遅い。見抜かれた。猜疑心の強そうな目つきで梶が囁く。
 「今日はいいことあったのか」
 「別に」
 「あのくだらない部活……なんだっけ、子供だましの……ミステリ同好会だっけ?お前と同じクラスの秋山が部長やってる。寄ってきたんだろ?」
 あいつの名前をお前が口に出すな。
 「どうだっていいだろ。学校の話をするために呼んだのか?なら進路相談室でも使えよ」
 梶とは別に学校を出る。
 下校は秋山と一緒。一旦マンションにもどり私服に着替え、梶のマンションに行く。
 梶が車で迎えに来ることもある。呼び出されるのは大抵夜、梶の帰宅後。おかげで殆ど睡眠時間がとれない。
 秋山は妙に勘が鋭い。
 自分の事となると途端に鈍感になるくせに、人の不調や悩みは真剣に気遣う。
 憔悴が顔にでない体質ならよかった。ごまかすにも限度がある。
 最近、寝不足なのかと覗き込まれることがとみに多くなった。
 秋山の心配そうな顔が瞼の裏にちらつき、かぶりを振る。
 「言ったそばからほら、また違うこと考えてるだろう」
 梶が喉の奥で笑う。いつ聞いても不愉快な笑い声だ。
 首に腕が絡む。
 ソファーによりかかった梶が、麻生の胸の前で腕を交差させ、後ろから軽く抱きしめる。
 太い腕から体温が伝わる。
 肩にかかる手を邪魔っけに払うも、すぐまた戻ってくる。しつこい。 
 払うのは諦め、腕に手を添えて仰向く。傍目には恋人同士のじゃれあいとも抱擁とも映るだろう。
 恋人同士か。笑える。
 口の端が皮肉に歪み、失笑とも自嘲ともつかぬ退廃した笑みが漂う。
 麻生の首に腕を絡めた梶が、さかさまにその顔を覗きこむ。
 「友達ができて楽しいか」
 「友達じゃない。ただのクラスメイトだ。同好会も義理で参加してる」
 「嘘吐け、秋山とつるみはじめてから変わったぞ、お前」
 「へえ、どんなふうに」
 「生き生きしてる。楽しそうだ、雰囲気が。表情はあんま変わんないけど」
 「抽象的だな」
 「あんなガキくさい部活興味なかったんじゃないのか?その割にはサボらずいそいそと通い詰めて、熱心だね」
 「サボると迎えにくるんだよ。犬みたいだ、あいつ」
 「犬か、そりゃあいい。クラスメイトの麻生くんが大好きで送り迎えを欠かさない可愛いわんこか」
 「柴犬だよ、きっと。そんなつらしてる」
 「番犬にしちゃ頼りねえ」
 梶がうける。秋山もまさかこの男に犬呼ばわりされてるとは思うまい。
 腕の締めつけが強まる。
 部活の話は打ち切りたい。秋山に話がおよぶのは避けたい。
 親しさを感じさせる動作で梶の腕に触れ、さりげなく話題を逸らす。
 「………脱がされるのと脱がすの、どっちがいい?」
 答えは行動。
 梶が無言で手を動かす。
 汗でひたつく手がシャツを巻き上げ素肌をすべる。
 性急な愛撫に追い上げられながら目を瞑る。
 おざなりにキスに応じ、舌を絡めあう。
 「………退屈か、俺の前戯。半分寝てるぞ」
 来る、と予期、とっさに目を瞑る。
 前髪に衝撃、鳩尾に食い込む蹴り。
 前髪を掴み引きずり倒し、その上に馬乗りになる。
 欲望と憤怒にぎらつく目を、少しも懲りないしたたかな笑みで麻生は見返す。
 「……ぬるいのじゃ足りないんだよ、俺は」
 緩慢に手をさしのべ、梶の頬に触れる。
 淫乱を演じると男は悦ぶ。
 予想通り、梶は野蛮な手つきでシャツを捲り上げ胸板に口をつける。
 床の冷たさと固さが背中に染みる。
 上下に動く梶の肩越しに、白い天井を虚ろに見上げる。
 床で行為に及ぶと関節を痛める。
 ベッドか、せめてソファーに移りたいが、要望を口にしたところで殴られるのがおちだろう。
 痛いくらいがちょうどいい。
 余計な事を考えずにすむ。

 たとえば、もういない人の顔とか。
 たとえば、無視できないくらい大事になり始めたやつの顔とか。

 「は…………、」
 淫蕩な熱に支配され始めた頭に雑念が入りこむ。瞼の裏に残像がちらつく。
 振り払う。
 浮かび上がる。
 散らしたそばからまた意識の表層に像を結ぶ。
 煩わしげに顔を背け、したいようにさせる麻生の首元に着目し、梶はさも面白い発見をしたように優越感に酔って呟く。
 「学校じゃ相変わらず一番上まできっちりとめてるのか。潔癖症」
 「……誰のせいだと思ってるんだ、目立つとこばっか吸いやがって」
 「秋山にばれるのはいやか?はは、お前にもあったんだ羞恥心」
 「面倒くさいからだよ、色々。詮索されて困るのはあんただって同じだろ?……共犯だからな、俺たち」
 「抜け駆けするなよ」
 「抜け駆けしないよう縛っとけば」
 「縛られるのが好きか?そうか、悪い悪い、お前は躾けがなってないからちゃんと縛っとかないと学校だろうが街なかだろうがところ構わず漏らしちまうんだっけか。じゃあ今度からちゃんと縛っとかねえとな、ここも」
 「!-痛ッ、」
 梶が下劣に笑い、組み敷いた少年の股間をぎゅっと握る。
 「どうした?感じちまったか?まさかイッちまったんじゃないよな、いくらマゾの淫乱犬だからってズボンの上からペニスいじくられたくらいでもらしゃしねえよな」
 シャツを毟り胸板を露出させ荒々しい口づけと愛撫を施す。
 鎖骨のくぼみをぬるつく舌が這う、首筋が唾液に濡れ光る、仰向けに寝転がった麻生が肩にしがみつき抗う。
 「………眼鏡、」
 「かけたままでいい」
 「壊れたらどうすんだよ」
 梶は笑って答えない。邪悪な企みを秘めた不気味な笑顔。
 火照った手がジーパンの内側へとすべりこみ下着ごとずりおろす。
 無意識に腰をひねり、呼吸を合わせ手伝う。
 「俺との約束と同好会の活動とどっちが大事なんだ?」
 「またそれか。いい加減しつこい」
 「とぼけるな。一年のときは帰宅部だったろ?部活なんて馬鹿にしてとりあわなかった。二年に上がって、突然……どういう心境の変化だ?秋山にほだされたのか。高校で初めてできたお友達の誘いを断れなかった?お前がそんなヤワで優しいやつだったとはな、初耳だ」
 「前に言ったし何度も説明した。同好会は秋山に引きずり込まれたんだ、そんなに熱心に参加してるわけじゃない」
 「夏休み、神保町に出かけたろう」
 「………なんで」
 「言ってないのに知ってるかって?秋山がこないだ話してたの偶然聞いたんだよ、後輩の一年と、廊下で。来年もまた行きてえなとか、例の馬鹿みたいに能天気な顔で笑ってたぜ。……可愛いな、あいつ。俺のタイプじゃねえけど、仕込めば高く売れそうだ。感度いいし」
 梶は生徒を被写体として見ている。あるいは商品。
 二年はじめのころ廊下で秋山に身体検査を実施したが、胸のあたりを重点的にまさぐる触り方は下心をはらんで粘着だった。
 鈍感な秋山は気付きもしなかったけど。
 あの馬鹿、隙だらけだ。
 「どうした、おっかない顔して。友達を悪く言われて怒ったのか?……秋山、秋山、秋山……最近ヘンだよお前、そんなにあいつがいいのか?まさか、あいつに惚れちまったか?好きだから、まんざらでもねえから、毎日毎日部活に寄って一緒に帰って、結果俺は後回しってか。マゾ犬の分際で何様だよ、自分の立場忘れたのか、お前は俺の奴隷だろうが」
 嫉妬と独占欲が綯い交ぜとなった醜悪な形相。
 梶は、麻生と秋山の交友を常々不満に思っている。
 秋山さえいなければ、麻生の身も心も独占できると信じている。
 秋山は邪魔だ。目障りだ。
 一年の頃と二年の頃とで麻生は変わった、同好会に所属して帰りが遅くなった、梶のメールを頻繁に無視するようになった。飼い主よりも友達を、秋山を優先し尊重するようになった。

 飼い犬の分際で、友達を作った。

 「思い上がりもほどほどにしとけよ。……しつけ、しなおさなきゃだめか?」
 一年のときからずっと飼ってやったのに、膨大な手間と時間を注いでここまで仕上げたのに、秋山がまるごと持ってこうとする。   
 梶の独占欲の強さは異常だ。偏執狂の域に達する。
 入学時から目をかけ倒錯したセックスを教え込んだ麻生に対する執着は病的なほどで、それはたびたび歪んだ暴力の形で表出する。
 嗜虐的な性向のある梶は、これまでも罰を口実に、麻生を自宅マンションやホテルに呼び出しては拘束具を噛ませたり薬を使ったり人を使って輪姦させたりと色々なプレイを試みた。
 あらゆる手段を駆使し責めて責めて責め抜いて、いつも無表情な麻生がとうとう理性ごと崩れ落ちる瞬間ほどエクスタシーを感じるものはない。
 満を持して放たれたしつけの単語にも麻生は動揺を見せず、とっつきにくい無表情を保つ。
 眼鏡の奥から覗く怜悧な切れ長の目は、恐怖とも怯えとも無縁に、こちらを観察するような色を湛えている。
 「勝手にしろよ。あんたの物だから、したいようにすればいい」
 感情と乖離した沈着な色。
 まるで、こちらが試されているような気にさせる。
 だからこそ、嬲り甲斐がある。
 すぐに精神崩壊を来たすようなヤワな犬は物足りない。
 「欲を言うなら、そうだな……服で見えねー場所ならいいけど、顔とか傷つけんのはやめてくれ」
 「お友達にどうしたのって聞かれるからか?優しいな、麻生。友達に心配かけちゃ心が痛むか?」
 「色々聞かれるのがうざいからだ。いちいち言い訳考えるこっちの身になれ。擦り傷ならともかく、みみず腫れとかごまかすの面倒」
 「全裸に剥かれて鞭でぶっ叩かれて、ケツふって悦ぶマゾ犬だからって白状すりゃあいい」
 「引くだろう。……あいつには刺激が強すぎる」
 「だよな、童貞だもんなあ。女も男も知らねえウブな顔してるもんな。けどな、ああいうのがびっくりするほど淫乱だったりするんだ。制服の上からまさぐられた時だってまんざらでもねえ顔してたしよ。わざと指で乳首掠めたんだけど、気付いたかな」
 秋山の顔を思い出し、梶が舌なめずり。
 乱暴な前戯やキス、罵り言葉にも反応を示さなかった麻生の目に、抑圧した激情が渦巻く。
 「お前は友達とか興味ないのかと思ってた。同級生馬鹿にしてたろう、程度が違う連中とは話が合わないって」
 「勝手に話作るな。……面倒くさいから、積極的に作らなかっただけだ」
 「秋山ならいいのか?」
 ねちねちと言葉でいたぶりつつ、ソファーの端においた袋から何かを取り出す。
 麻生の顔が強張る。
 紙袋から出てきたのは挿入部だけで十五センチはあろうかという巨大なバイブ。男根を模したその形は、先端のカリが誇張され、表面には粘膜を刺激する疣状の突起がついている。
 シリコン製のグロテスクなバイブレーターと一緒に取り出されたプラスチック容器には、とろりとした透明な液体が封入されてる。
 梶が見せつけるようにゆっくりとふたをとり、手のひらに粘液をたらし、それをねぶす。大量のローションを糸引くまで指に絡め、バイブレーターをとり、太く長い挿入部に塗り広げていく。
 「足を開け。ケツ穴を広げろ」
 「……………」
 「どうした?ちゃんとキレイにしてきたんだろ。俺が言ったとおり、来る前に自分で中洗ってきたんだろ。なら見せられるよな」
 生理的嫌悪と葛藤が綯い交ぜとなった苦渋の表情が一瞬浮かび、すぐに沈む。
 感情の働きを抑制した無表情を取り戻す。 
 梶は洗腸に手間をかけるのを好まない。プレイなら話は別だ。
 スカトロも好奇心と顧客の需要から何回か試してみたが、どちらかというと鞭や道具など他のプレイに比重を置いている。
 麻生が動く。
 結局こいつは俺の命令に従う。口では逆らっても、最後には折れる。
 飼い主に絶対服従の飼い犬。可愛いマゾ犬。
 梶は満足げにほくそ笑み、麻生に歩み寄り、その膝を押し開く。
 「キレイな形だな、あんま焼けてねえし。オナニーヤリすぎるとどす黒くなるんだぜ、ここ。自分でいじってないのか?俺にされるほうが気持ちいいか」
 ローションをたっぷり塗したバイブレーターの先端で、後ろの窄まりをつつき、肛門でゆるやかに円を描く。
 萎えたペニスを視姦される恥辱にも、麻生は凄まじい忍耐力で平静を保つ。
 「ケツを上げろ」
 交尾にのぞむ犬のように物欲しげで劣情を煽る姿態に、梶は生唾をのむ。
 後ろに回る。まずはローションをまぶした指を挿入する。
 「!っ………」
 「ゆるんでる。浣腸のせいか?ちょっと腫れてる」
 詳細に説明しつつ、腫れて赤く盛り上がった肛門のふちを指でなぞってやれば、四つんばいになった麻生が背をしならせ息を吸う。
 弓なりに反った背筋がきれいだ。
 しなやかに筋肉のついた骨格は均整とれて、脂肪と曲線で構成された女とはまた違うシャープな美しさがある。
 肩甲骨と背筋のバランスまでも完璧な裸の背を心ゆくまで眺めつつ、肛門に挿入した指をピストンさせれば、ローションがぐちゃぐちゃと卑猥な音をたてる。
 腫れた肛門が収縮し指の根元まで咥えこむ。
 「……ぅあ………」
 挿入が伴う痛みは殆どない。
 一年かけて慣らされた体は、ローションの潤沢なぬめりも手伝って、太い指をらくらく根元までくわえ込み締め付ける。
 裸の背がしなり、しっとりと汗ばむ。
 三本指で前立腺をピストンすれば、動きに合わせ誘うように腰が揺れる。
 麻生は声を殺す。
 しかし快感は殺せない、殺しきれない。
 顔を伏せて表情を隠しても、扇情的に上気した肌が、今感じている熱を物語る。
 「指だけで腰ふるのか?淫乱だな、お前は。もっと太くて固いのが欲しいのか?指三本でも物足りないって食いついてくる。今の姿、秋山が見たらどういうだろうな。同級生が四つんばいになって男に指突っ込まれて腰振ってんだ、ぎょっとするか、興奮するか……」
 「!!--っあぐ、」
 異物がめりこむ衝撃、圧迫感。
 バイブレーターが後ろの窄まりを犯す。
 目を瞑る、息を吸う、吐く、唇を噛む、苦痛な時間をやりすごす。
 いくら慣らされゆるんでいても固く太い異物が本来出す場所に入ってくる不快感は凄まじい、指やローターとは違う質量が直腸をぎっちり埋める。
 挿入部の突起が性感帯と化した直腸を擦るごと、戦慄に似た快感がぞくぞくと背筋を駆け抜けて、理性を手放してしまいそうになる。
 梶は麻生の背を押さえ、容赦なくバイブレーターを押し込む。内圧にさからって根元まで突っ込んでからようやく手を放す。
 「よし、いいぞ。ズボンをはけ」
 振り向き、麻生が困惑する。
 「ぐずぐずするな」
 鈍重に起き上がった麻生が、不自然に緩慢な動作で下着とズボンを身につける。
 息を上擦らせズボンを引き上げた際、下着の布地がバイブの根元を押し上げ食い込みが一層きつくなり、顔を顰める。
 これで簡単には落ちない。
 「……しないのか?」
 「今日は特別な趣向を用意してある。ついてこい」
 梶がそう言えば、どうせろくなもんじゃないだろうと麻生が鼻白む。
 スイッチは入れてないが、ただ歩くだけで尻に挟んだバイブが前立腺に刺激を伝え、壮絶な快感を生み出す。
 足をひきずるようにしてついてくる麻生を横目で振り返り、続き部屋のドアを開ける。
 ドア一枚隔てた続きの間は梶のプライベートシアターになっていた。
 フローリングの床はだだっ広く、正面にワイド画面のテレビが一台据えてある。
 テレビの前には椅子が一脚。
 「座れ」
 「……何するんだ?」
 「お楽しみだ」
 さすがに怪訝に思った麻生が聞くも、梶はとぼけて、顎をしゃくる。
 言われるがまま椅子に腰掛ける。
 座ったはずみにバイブが内部を深く抉り、苦痛の呻きが漏れる。
 アナル用の細いバイブじゃない、太さ固さを十分兼ね備えた上に粘膜を耐えず刺激する突起まで生えたバイブを尻に穿たれたまま椅子に掛けるのは、拷問に近い苦痛と快感をもたらす。
 椅子に浅く掛けた麻生が、眼鏡を外そうと手を上げるのを制す。
 「はずすな」
 「………?邪魔じゃないか」
 「かけたままでいい」
 「……壊すなよ」
 行為前、麻生は自主的に眼鏡をはずす。
 麻生の視力は悪い。眼鏡をはずすと至近の人間さえ見分けがつかない。
 それでは意味がない、これから行う遊びがつまらない。
 「もっと深く掛けろ」
 無慈悲に命じる。
 一瞬躊躇の色を浮かべるも、意を決し従う。
 「ぁぐっ……」
 背凭れに背中を密着させ、慎重に腰を沈めつつ遂に底部に尻をつければ、奥まで穿たれる肉体的負担に歪む顔を一筋脂汗が伝う。
 麻生が椅子に掛けたのを確認後、あらかじめ用意しておいた手錠を取り出す。
 麻生が掛けた椅子は奇抜なデザインをしており、背凭れの上部は肩幅以上だが、下の方はくびれている。
 その括れに手錠をかけ、後ろ手にした麻生の手首を繋ぐ。
 実験的に引っ張ってみて、鎖の耐久性を確認し、満足げに頷く。
 梶が一連の作業を終える間、麻生はいっそ不感症を疑うほど落ち着き払っていた。 
 拘束を受けるのは初めてじゃない。
 梶の悪趣味は痛感してる。
 今までもロープで鎖でベルトで様々な拘束具で自由を奪われ抵抗を封じられなぶりものにされた。
 今さら手錠くらいで驚かない。
 「前から思ってたんだけど、この手錠って本物か?やけに質感リアルだけど」
 「今はなんだってネットで簡単に手に入るんだよ。ドラッグも、偽造警察手帳も、パスポートも……便利な世の中だよな。爆弾の作り方も載ってるし」
 「教師として、そういうの野放しにしといていいのか」
 「警察に通報するほど模範市民じゃねえよ。チクったって動かないだろう、作り方載せるだけなら別に犯罪じゃねえ。そのサイトが元で事件がおきて、初めて騒ぎだすんだ。それが世の中ってもんさ。なめたら結構甘い」
 「生徒をサクシュして美味い汁吸ってる悪人が言うと説得力あるな」
 「サクシュね。搾り取る。言いえて妙だ。可愛い教え子から搾りとったもんで稼いでるようなもんだからな、俺は」
 爆発とは本質的には燃焼と同じで、燃焼の伝搬速度が速い急速な燃焼をさす。衝撃波を伴い超音速で伝播するものを爆轟、秒速数メートル以上の音速に近い速度で火炎が伝播するものを爆燃という。

 どれにしよう。 
 どれでこいつを殺そう。

 爆殺は慈悲深い死だ。一瞬で死ぬ。
 こいつはもう存在すべきじゃない、俺はもう耐えられない、こいつが存在する現実に耐えられない、なら一瞬で蒸発させてしまおう。
 苦しめて殺せないのは残念だ。
 苦しみながら死んでいくこいつを見れないのは残念だが、そこは妥協しよう。
 世の中には必要ない人間がいる。

 「お前のDVDよく刷ける。被写体がいいからヌけるって評判だ」
  
 時限爆弾とは

 「ばんばん注文が入ってる。お前は特別だよ、麻生。廃工場で撮ったのは手持ちで画像がブレて汚い、俺が特別目をかけたやつだけ部屋に上げて撮る、機材がそろってるからな。この部屋だって改装したんだ。壁、ちゃんと防音仕様なんだぜ?」
 「親の金を趣味に使えていいな、先生」
 「趣味こそ生きがい」

 通常は時計仕掛けによる時限信管を装着した中型の破片爆弾のこと

 「あんたが教員免許もってんのが不思議でしょうがねえ」
 「なりたくなかったさ。跡継げってうるさい親に反発して……若かったんだよ、俺も。結局帰ってきちまったけど、ま、結果オーライだ」

 時限は数分から数日で、実効果のほか被爆地一帯の恐怖心をあおる心理的効果を狙う。
 構造そのものは非常に簡単で、材料が揃えば半日から一日で製作可能。

 頭の中で計画を練る。
 爆弾の成分を考察する。
 内側から高められ悩ましく火照る体と反対に、頭はどんどん明晰に冴えていく。
 「わかるか、麻生。なんで俺が地元を選んだか」
 「…………さあな」
 「隠れ同性愛者って意外と多いんだよ。なにも新宿二丁目に過密してるわけじゃねえ、地方にだって勿論いる。そいつらはどこで相手を見つける?地元の発展場?セフレあさりにいちいち東京行くのも金がかかる、仕事や家庭持ってりゃ人目を気にして発展場にもいけねえ。そんな連中に良質のズリネタ提供してやってんのさ、俺は。もちろんホモだけじゃねえ、ヤラセのレイプは飽き飽きだ、もっと過激なのが見てえって連中にもよく売れる」
 「金を上乗せすりゃ……実際に抱けるしな」
 「ビデオは審査に使う。指名料さえ払えば抱けるんだ、いいシステムだろう」
 梶がうっそりと笑いつつリモコンを押す。
 テレビに電源が入り、予めセットされていたビデオが作動する。
 砂嵐が画面を席巻し、やがて不明瞭な映像をあぶりだす。
 「ビデオ鑑賞会のはじまり、はじまり」
 粒子の荒い映像に目をこらす。
 画面に浮かび上がった映像が何かわかるにつれ、麻生の顔が強張る。
 「とめろ」
 喉が引き攣る。
 梶は笑って横に立つ。
 画面に映るのは泣きながら逃げる女子中学生の後ろ姿、地元私立校の制服、プリーツスカートを翻し太股をちらつかせ逃げる。
 ボリュームを上げる。荒涼とした廃工場、資材が放置されたコンクリートの空間を逃げ惑う女の子に手が伸びる。悲鳴。号泣。
 追いついた男に押し倒される少女のズームアップ、涙でぐちゃぐちゃに汚れた悲痛な顔に剥きだしの幼さ、助けてと懇願する声、セーラーを毟られ下着をもぎとられ靴が片方脱げてむこうへ飛ぶ。
 ボリュームを上げる『やだっ、やだやだ!』画面の照り返しを受け、不健全な翳りのついた顔で梶がにやつく『やだ、はなして、靴、拾わなきゃ……』画面の中で女の子が泣く、大人数に組み伏せられ殴られ泣き喚く『お母さん、たすけて、やだぁ、怖い、痛い』奪われた下着の下からこぼれるようやく膨らみ始めた胸、なめらかな腹部、さらにその下へ。

 画面が切り替わる。
 継ぎはぎされた映像。

 画面の中を少年が青年が少女が女が逃げ惑う、狩り立てられる、陰惨な廃工場で繰り広げられる逃走劇と追跡劇の狂騒、被写体はどれも最後には捕まり同じ運命を辿る、押し倒され組み伏せられ殴られ蹴られ鼻血をだし腫れた顔で懇願し哀訴し号泣する、下劣な哄笑が爆ぜる、むりやり服をむしられ裸にされ犯され嗚咽まじりの声で喘ぐ、絶叫、悲鳴、延延と続く。
 梶が椅子の背凭れに手を添え、薬でもキメたように弛緩しきった顔を麻生の横へと持ってくる。
 「総集編。わざわざお前のために編集したんだぜ。最近自分の立場忘れてるみたいだから、もう一度思い知らせてやんなきゃってさ」
 手首を激しく擦り合わせ手錠をちぎろうと努力する、体重を受けた椅子が不規則に軋む、耳を塞ぐのも無理だ、顔を背けてもボリュームを最大近くまで上げた音声が飛び込んでくる、鉄輪が手首にくいこんで痛みが爆ぜる、皮膚が切れて血が滲む。

 「!!ーっあ、」
 衝撃が、くる。

 映像に気をとられた瞬間を見計らってスイッチが入る、肛門に挿入されたバイブが生き物の如くくねり動き出す。
 目を剥く。
 容赦なく残忍な動き。
 奥まで深々貫いたバイブが暴れ狂う、前立腺を無慈悲に徹底的に責め抜く、ズボンの布地越しにこもった電動音がもれる。
 体の中で暴れ狂うバイブレーターに翻弄される、体の奥底から巻き起こる快感に流され脂汗をたらす、前傾、歯を食いしばる、熱く湿った吐息を歯の間から漏らす、その間もテレビには凄惨なレイプシーンが延延映し出される、何もできない麻生の眼前で場面と被写体は次々と変わり行く。
 「梶っ、とめろ……」
 「どっちを?両方楽しんでるくせに。股間、固いぜ」
 梶が含み笑い、椅子に掛けた麻生のジーパンの股間をなで上げる。
 「へえ、こんな悪趣味な映像見て興奮してるのか?お前もああやって輪姦されたいか汚い廃工場で、あの中学生が羨ましいか、ほら次はうちの一年だ、伊集院が見付けて来た……ははっ、泣きながら夢中でケツふってる!すっかりヨくなってるな、あの顔。相当伊集院にしこまれたみたいだな、なあおい?」
 「っ………ふ、ぁ」
 股間に手を突っ込み膨らみを揉みしだく、固くしこった陰茎と陰嚢を一緒に掴んで回され仰け反る。
 尻に突っ込まれたバイブの振動がまた一段強くなり、高圧電流に似た凄まじい快感の波が襲う。
 眼鏡の奥の目が水気に潤む、必死に快感を堪える表情に被虐の色気が漂う、肩を揺すって肘を揺すってどうにか拘束をとこうと暴れるも手錠は外れず手首が傷つくだけ。
 いつもの冷静沈着な無表情は消し飛び、本能に火がついた、とんでもなく淫乱な素顔が暴かれる。
 麻生はレイプビデオを見て性的に興奮してるわけじゃない、断じて欲情してるわけじゃないだろう。
 深く挿入されたバイブレーターが攪拌と抽送をかねた振動をひっきりなしに前立腺に送り込むのと、性感を激化させる突起が粘膜を苛むのに連動し、どうしようもない生理現象として勃起してるのだ。
 その事実を、梶はたくみにすりかえる。
 「やっぱり真性マゾの淫乱だよ、お前は。椅子に縛られてレイプビデオ見て興奮しておっ勃っててる今の姿が学校に知られたらどうなるだろうな、おまけにケツかきまぜられて袋までガチガチにして、今のお前を秋山が見たらこんな変態がダチだったのかってがっかりする」
 「とめろ、っ、きつ……」
 テレビのボリュームを上げると同時に反対の手でスイッチを操作、バイブを最大に設定。
 テレビのリモコンは麻生の膝に投げ出し、バイブのリモコンは麻生のズボンのポケットへ突っ込み、その耳元で囁く。
 「じゃ、でかけてくるから」
 愕然とした表情。
 眼鏡の奥の目が疑問と驚愕、そして絶望に剥かれる。
 「そんな顔しなくても、二・三時間したら戻ってくるよ。寂しくないよう入れっぱなしにしとくから、いいこで待ってろ」
 「待て、行くな!」
 完全に余裕をかなぐり捨てた切実な声、縋るような悲鳴。
 梶は背中を向け去っていく、ご機嫌な鼻歌まじりに大股に部屋を出て行く、最後に壁の電気を消す、部屋は暗闇に包まれてブラウン管だけが青白く輝く。
 靴音が遠ざかる。
 ドアが閉まる、続く施錠の音。
 本当に出て行った。
 ボリューム最大のテレビでレイプシーンが続く、正常な神経の持ち主なら正視にたえざる画の連続、泣き叫ぶ年端もいかない少女、童顔の少年、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった悲痛な醜悪な顔がズームアップされるごと哄笑が膨らむ……
 「あっ、う、あっ」
 前がきつく突っ張る、勃起が余裕のないジーパンの股間を押し上げる、ぎりぎりまで膨張してもデニム地の耐性と抵抗が射精を許さない、手が自由なら即刻とめてるテレビを消すいつ終わるともしれず続く悪趣味な映像を断ち切る、だけどそれはできない、後ろ手に手錠を噛まされ椅子に拘束され何も出来ない、指一本届かない、無力を痛感する、バイブレーターに犯されてドロドロと腰が煮込まれ溶けていく、身動きのたび眼鏡がずれて視界がゆがむ、いっそ振り落としたい、そうすれば見なくてすむ、見なくて……


 『敷島先生!』


 懐かしい声がした。
 六年ぶりに聞く、いとこの声。


 『あっああああっ、ああっあっ、やめ、いた、おねがい、せんせ』画面で『せんせい、おねがい、見ないで、こんなっ、や』ブラウン管で『せんせ、いやだ、やだ、助けて、ああっ、あ!』

 圭がいた。
 まだ生きていた。
 ブラウン管の中では、まだ生きて泣いていた。六年前のままの姿で。
 成長しない圭。
 六年たって、もう追い付いてしまったのに。

 瞬きもできなかった。
 瞬きさえ忘れていた。
 凍りついた眼球でブラウン管に凝視を注ぐ。

 圭の死因をさぐるため同じ高校に進学し、梶に接近した。
 そして今、漸く、圭の自殺の真相を知った。


 「圭ちゃん………」


 体が熱い。もどかしい。性器が硬度を増す。
 どんなに堪えようとしても無理で無駄で急激に息が上がる、熱く湿った吐息に混じって声が漏れる、自分がいつしか画面の圭とそっくりな喘ぎを上げているのに気付く、目をそらしたい、そらせない、そらしちゃいけない、最初から最後まで一部始終網膜に焼きつける、永遠に忘れないよう脳髄に刻む、圭だけじゃない、画面の中で犯され嬲られる犠牲者と被害者ひとりひとりの恐怖を憎悪をぜんぶ抱え込む。
 画像が切り替わる。
 サブリミナルのように秒単位で、分単位で、細切れのその中に圭の顔が混ざる、悲痛に歪む顔、助けを求めてもがく手、剥きだしの足、華奢な腰、薄い胸板……
 
 違う、俺が興奮してるなんて嘘だ、欲情してるなんて嘘だ、捏造だ。
 そう抗う理性を膨れ上がる欲望がむしばむ、圭の痴態を見せつけられ熱くなる、首筋が浅く脈を打つ、動悸が早鳴る、目を閉じる、閉じれない、金縛りに遭う、仰け反る、つま先を突っ張る、瞼がひくつく、耳裏の血流の音と鼓動の音、耳を塞ぎたい、塞げない、赤裸々な声がとびこんでくる、圭の喘ぎ声、犯されて泣き叫ぶ声、身も心も引き裂く、だけどそれだけじゃない、被虐の官能が明らかに混じった悦びの声、今俺が上げてるのと同じ、ちがう、嘘だ、圭ちゃんは感じてない、俺も感じてない、感じるはずない、ぜんぶ嘘だ、嘘ならいい
 「ふっ、あっ、あ」
 抉りこむようなバイブの動きに責め立てられ切なく腰を揺する、椅子をがたつかせ身をよじる、圭の喘ぎ声が派手になる、こんな声俺は知らない、初めて聞く圭の感じてる声、男に抱かれながらこんな声を上げたのか、梶に強姦されて、ビデオ撮られて……
 俺も?

 『あっああああああっあああああっ!!』
 
 圭が絶頂を迎える。
 全身に男の白濁を浴びて、恍惚と蕩けきった表情で、ぐったりとうつ伏せる。

 ビデオは続く。
 圭が果てても、永遠に続く。
 それで終わりじゃない。
 それからも圭は何度か出てきた、新旧取り混ぜたテープの中に痴態が挿入された、ザッピングのように流砂吹き荒れ移り変わる画像の合間合間に麻生の痴態も混ざっていた、輪姦される麻生と圭とが交代で連続で出てきた、雌犬のように後ろから貫かれ喘いでいた、対面で背面で座位で騎乗位で後背位であらゆる体位で腰を振っていた、縛られて吊るされていた、目隠しされギグを噛まされ乳首にニードルを通されていた、麻生は何度も何度も圭の喘ぎ声を聞いた、圭が果てる瞬間を見た、全身大量の白濁に塗れて弛緩しきった表情で射精を強制される瞬間を見た、見ざるえなかった。 
 椅子に後ろ手に縛られて。手錠をかけられて。
 椅子はテレビの正面に固定され、逃げられず、大仰にくねるバイブを後ろに嵌められたまま。

 
 梶が帰ってきたのにも気付かなかった。


 
 「どうした?気を失ったか?……はは、それじゃいけないだろう」
 梶の顔が傾いてるのは何故だろう。
 ああ、違う。
 俺が倒れてるんだ。
 椅子ごと床に倒れて。それを梶がのぞきこんでいる。
 床と接する体の側面に冷気が染みる。自重が腕をひしぐ。いつ倒れたのか、自分でも覚えてない。
 ビデオはまだ続いていた。手が無理なら足で、あれを消そうとしたのか?……わからない。自分が床に倒れた理由も、頬が不快に湿ってる理由も。
 部屋はまだ暗い。電気を点けない。
 腹の中で異物が動き続ける不快感に吐き気がふくらむ。
 倒れたはずみにバイブレーターの位置が腸内で変わったらしく、その衝撃で気絶したのだろうと推測するも、さだかじゃない。
 「………先生………」
 「たっぷり楽しんだか、鑑賞会」
 梶が大股開きでかがみこみ、麻生の顔を平手で軽く叩く。
 「なあ麻生、お前は幸せ者なんだぜ。俺に特別扱いされて、可愛がられて。ビデオの連中見ろよ、肉便器に払い下げられて……ずっとマシじゃねえか。自分がどんだけ恵まれてるかわかったろ。同好会なんかより、ダチなんかより、俺が大事だよな」
 なんで泣いてるんだろう。哀しくないのに。
 前に泣いたのはいつだ。圭ちゃんが死んだときか。六年ぶりか。
 倒れたはずみに眼鏡がはずれた。梶の顔がぼやけてよく見えない。
 涙のせいか?
 不自由な体勢から懸命に首をもたげ、笑う梶を仰ぐ。
 からからに渇いた口を、余力をふりしぼって開く。
 「どうした?言ってみろ」
 「ビデオ……映ってた、俺と同い年くらいの……座間って呼ばれてた、うちの高校の……誰」
 予想外の質問だったらしく拍子抜けした表情を見せるも、リモコンを操作し、巻き戻す。
 「こいつか。座間か。懐かしいな……六年前だっけか?初めてスカウトした生徒だよ。敷島のお気に入りだった」

 敷島。
 梶の共犯。
 圭の遺書に名前が出てきた教師。

 「当時はさ、俺も匙加減が分からなくて……やりすぎちまって……屋上から飛び降りちまったんだよ。面倒くせえ」

 そうか。
 そうだったんだ。

 「まあ、へたに暴露されるよか良かったけどさ。俺もさすがにちょっとは反省して、あれから精神崩壊来たすまで追い詰めるのはやめにしたんだ。何事もほどほどが肝心。座間ん時はついつい夢中になっちまってさ……最初だから、加減がわかんなかったんだ。でもさ、こいつの喘ぎ声腰に来るだろ?」
 淡々と説明しつつ、画面に映る圭に顎をしゃくる。圭は全裸に剥かれ、見知らぬ男の上に馬乗りになって、狂ったように腰を振っていた。
 「………っぐ、」
 「悪い。まだイってなかったんだっけ、お前」
 梶の手がジーパンの内側にもぐりこみ、勃起した性器を掴みだす。
 「よせ………」
 「イけなくて苦しかったろ?びんびんに張り詰めて、固くなって……下着、漏らしたみてえになってるぞ」
 梶の手が動く『敷島先生っ、ひっ、せんせ』圭が呼ぶ『たすけて』目が合う『死ぬ、や、も』呆然と見開かれた目から滴る透明な涙が頬を伝う、梶の手が動く。
 「ぅあ……」
 圭が何度目かわからぬ射精を迎えると同時に、麻生もまた、梶の手の中に白濁を放つ。
 射精を迎えてもバイブは穿たれたまま、残忍に動き続けるせいで悦楽の余韻が無限に引き伸ばされる。
 ビデオを消せ?
 バイブを抜け?
 どっちを優先する、圭か自分か、俺はどうする、苦しい、腹が苦しくて熱くてどろどろに溶けて頭がまともに働かない、もう許して、誰か、圭ちゃん、俺なんでここにいるんだ

 『おいてけぼりは反則だろ!!』

 そうだよ。
 そのとおりだよ。

 いつだったか、あいつが、秋山が俺の部屋のドアの前に立ち塞がった。
 おいてけぼりは反則だ、させてたまるかって、そりゃもう一生懸命な顔で、思い詰めた目で詰め寄ったっけ。

 「………後ろ……抜いて、先生、おねがい……イッてから、腹、くるし……とってくれ……」

 かき消えそうな声で懇願すれば、梶が勝ち誇って頷き、椅子の後ろに回って手錠を外す。
 手が痺れていう事を聞かない。
 手首には度重なる抵抗の痕跡をとどめ血が滲む。
 汗で濡れそぼつ髪が額にへばりつく。
 椅子から転げ落ちた麻生の腰を掴み、窄まりに挿入したバイブのスイッチをとめ引き抜く。
 両手を床につき瀕死の呼吸を整える。
 肘がくじけ、自重を支えられず突っ伏す。 
 前髪を掴み顔を上げさせられる。
 虚ろな目で追えば、鼻先に携帯の液晶を突きつけられる。
 「今のビデオとこの写メ、どっちが興奮するか素直な感想聞かせてくれよ」
 秋山が映っていた。
 おそらく美術室で撮った一枚。
 壁に手をつかされ、半裸に剥かれ、性器をしごかれてべそをかいている。
 「伊集院から貰ったんだ。なかなかよく撮れてんだろ。秋山、あいつ馬鹿のくせに、色っぽい顔で泣くんだな。何回かズリネタにしちまった」
 秋山の泣き顔が、圭のそれと溶け合う。
 「………秋山を……ねらってるのか」
 酷い声だ。
 ささくれた喉に固い唾をおくりこむ。
 梶の手から携帯を奪い、叩き壊したい衝動を辛うじて抑え、自制心の限りに平静を装う。
 麻生の鼻先に意味深に携帯をちらつかせながら、とっておきの打ち明け話を囁く。
 「脅迫のネタになるだろう。伊集院もたまにゃいい働きをする。秋山んちって母子家庭だよな、確か。こればらまくぞって脅せば言うこと聞くだろ、多分。一家で引越しするハメになるよか自分が耐える方を選ぶ。もし秋山が加わったら……そうだな、まず真っ先に味見だ。一番乗りは伊集院に譲るけど次は俺、なんならお前と絡めて撮ってやってもいい。抱きたかったんだろ、ずっと」
 
 
 世の中には必要ない人間がいる。
 存在自体が汚物のような人間が。


 延延垂れ流される映像の圭は六年前に死んだ六年前の姿のまま今も犯され喘いでいる、梶の手に掲げられた液晶で秋山はべそをかく、秋山、お節介なお人よし、空気が読めなくてうざったい、うるさくつきまとう。 
 

 最後の一押しがほしかった。
 一線を踏み越えるきっかけが。


 「……ありがとう、先生」

 おかげで覚悟が決まった。
 これで心置きなく、計画を始動に移せる。
 ずっと迷っていた。
 優柔不断に迷い続けて揺れ続けて、あっというまに二年の半分が過ぎた。
 もう十月。
 今ならまだ間に合う、今年中に片をつけられる、圭の命日までに片をつける。


 梶を殺す。 



 床に落ちた眼鏡を拾い、顔にかけ、心の底から礼を言う。
 秋山が圭の二の舞になる前にこいつを殺す、息の音をとめる、俺は身勝手だ、利己的な人間だ、死んだ圭と生きてる秋山とどっちが大事なのか今では自分でもわからない、比重が半々になっている、死人の復讐の為に人を殺せるか自信はなかった本当は、だけど今なら、生きてる友人を守るためなら

 手遅れだった圭と、間に合う秋山と。

 「実はな、作戦練ってるんだ。伊集院のヤツがすごい乗り気で……ダチを使って尾行してるんだとさ。完全にストーカーだよ。秋山がひとりでいるところ拉致って輪姦して、写メよりどぎつい脅迫ビデオ撮るって息巻いてる」 
 「家族思いのあいつならばれないよう言うこと聞く。いいアイディアだろ?性格よく読んでるって感心しちまった。あいつだいぶ秋山にいかれてんな、逆恨みも入ってんだろうけど……相当ハードな調教になるぜ、可哀想に。壊れちまうかもな」

 できる。
 やれる。
 こえる。
 飛べる。
 憎しみの内圧が極限まで高まって殺意に引火、瞬間冷却。 
 

 最後の一押し。
 今度こそ間に合わせる、手遅れにはしない、守りきる、失わない、大事な存在を、かけがえない人間を。

 梶の笑い声を聞きながら目を閉じる、快楽の熾き火が苛む体はけだるく熱い、床に手を付く、爪を立てる、流れ続けるビデオ音声、懐かしい圭の声がブラウン管を介したとは思えぬ生々しさで空気と鼓膜を震わす。

 たとえボーダーラインのあちらとこちらに分かれる事になっても、あいつが生きていてくれるなら、それでいい。
 あいつが手遅れにならずにすむなら、梶が死ぬことによってあいつが笑って暮らせる毎日が続くなら、それでいい。
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