驚異の部屋≪ヴンダー・カンマー≫

まさみ

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六話

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おっかないなあ、そんな目で見ないでください!
貴方がエドガー氏に近付いたのは、全部計画の内だなんて言ってないじゃないですか。
毎日同じ場所に座ってればスタンホープ伯爵家の紋章入り馬車が通る日時の把握は容易い。
貴方のお母上の命日は、エドガー少年の救貧院訪問の日取りと重なっていました。
貴方はただ馬車が通る時刻に街角に座っていればいい。
聡明で心優しいエドガー少年は必ず馬車を止め「どうしたの」と下りてくるはず、そこに付け込むのです。

ええ、ええ、貴方は悪くありません。ちっとも悪くありません。

ひもじかった。
虚しかった。
悲惨な身の上話で同情を買いさしのべられた手をとれば、ドブ臭いイーストエンドとおさらばできるのです。貴方はエドガー少年の良心に賭け、見事勝利しました。
唯一にして最大の誤算は、エドガー少年の貴方への傾倒ぶりを侮っていた事です。

決定的な破局の訪れは結婚式前夜。
その日、スタンホープ伯爵は家にいました。数日前からエドガー氏は外出を禁じられアトリエにこもっていました。挙式の最中に粗相を働いちゃ台無しですもんねえ。
貴方も結婚式に出席する事になってましたね。
肩書は新郎の親友、でしょうか。エドガー氏がそれを望んだかはわかりません。
寝る支度をしている時、軽いノックが響きました。扉を開けた廊下には執事が控え、「旦那様がお呼びです」と告げました。

内心またかよと呆れました。

しかたなく準備を整え書斎に赴けば、伯爵は赤々と燃える暖炉に炭をくべ、一人掛けのソファーにふんぞり返っていました。
「エドガー様の結婚前夜なのに、お休みになられなくてよろしいのですか」
「仕事は済んだ。気分転換がしたい」
「御意に」
貴方は暖炉の前に立ち、赤々と火影が照らす部屋の中、ガウンを脱いで裸身をさらしました。
「後ろを向け」
パチパチ爆ぜる炎を心を殺し見詰めます。伯爵は貴方の手をシルクのハンカチで束ね、膝裏を蹴って跪かせました。
伯爵がソファーに深く沈み込み、懐中時計の金鎖を手繰って蓋を開きます。
「三分」
「はい」
貴方は跪いたまま前傾し、伯爵の股間にこうべをたれ、萎れた陰茎を咥えました。手は使えません。
「んっ、む」
犬のように舌を出し舐め上げ、亀頭を夢中で頬張り吸い立てれば、だんだんと膨らんできます。
「ぁっ、あぐ、痛いです旦那様」
「口を利くな。舌を使え」
「申し訳ッ、ありません」
伯爵が貴方の股間を裸足でぐりぐり踏み付け、口淫を妨げます。嗜虐の愉悦に酔った醜悪な表情。
「ふぅ、ンぐ」
倒錯した情事の最中、鼓膜と耳朶を縫い刺す規則正しい秒針の音が焦燥を炙ります。
体重を支える膝が擦れ、縛り上げられた両手がもぞ付き、喉を圧迫する亀頭に息苦しさが募りました。
「はッ、はッ」
伯爵の攻撃は陰湿でした。もたげ始めた股間を踏み躙るだけじゃ飽き足らず、乳首を抓って引っ張り、あるいはねちねち捏ね回します。
かと思えばだしぬけに頭を押さえ込み、喉の奥深くを突いてきました。
「慈悲を注いでやる。零すなよ」
「有難き、幸せ、ッは」
くすんだ赤毛を鷲掴み、口内に射精します。
嘔吐したら最後酷い折檻を加えられるので、生臭く青苦い体液を無理矢理飲み下しました。伯爵がもったいぶって蓋を開き、文字盤を一瞥しました。
「過ぎたぞ」
「そんな……うぐっ!」
「口ごたえか。仕置きだな」
諦念。
瞠目。
「……明日はエドガー様の結婚式です。体に傷を付けるのはおやめください」
「当たり前だろ」
さも心外そうに唸った伯爵が貴方の顔を手挟み、一度果てて萎びた陰茎へ導きました。
「出すぞ」
何が、なんて馬鹿げた質問はしません。これをするのは初めてじゃありません。キツく目を瞑り、おずおずと口を開け、陰茎の先端を含みます。直後に伯爵が痙攣し、勢いよく尿が迸りました。
「ん゛ッ、ん゛」
塩辛い液体が口に満ち溢れ、喉を滑り落ちます。後から後から大量に……直接注がれる尿を必死に嚥下しながら、貴方はこれ位なんでもないと自分を慰めていました。
ガラス片が混入したスープを飲まされるよりずっとマシです。
伯爵は貴方の頭を掴んで放尿したのち、スッキリした表情で離れていきました。
「けはっ、かほっ」
こらえきれずにえずきます。とはいえ、一滴残らず飲み干したのはあっぱれです。
「大変美味しゅうございます、旦那様」
嘔吐感をごまかし媚びます。喉と胃がいがらっぽくむかむかしました。
「浅ましい顔だな」
伯爵が優越感に酔い痴れ頷きました。それから伯爵は、本格的に貴方を犯しにかかりました。

ジンを血で割った絵具は飲めたのに、何故伯爵の小便はクソまずいのか。

貴方は床に突っ伏し、この苦痛な時間が早く終わってほしいとただそれだけを祈っていました。
「ぁッ、ンぁぐ、ぁあっ」
五十代後半の伯爵は早漏なので、目を瞑り耐えていれば十分ほどで終わります。終わるはずです。
「お目付け役の役目もろくに果たせんっ、本当に使えんヤツだなお前はっ」
「申し訳ッ、っぐ、ありませんっ」
「所詮下賤の出だ、貧民窟上がりの使用人に期待したのが間違いだった」
「旦那様ッ、あぁっ、んっぐ、お許しを、っぁあ」
乱暴に突かれたせいであちこち擦り剥けて痛いです。貴方は泣いて謝り、物欲しげに媚び諂い……ドアの隙間から凝視を注ぐ、鋭い眼光に気付きました。
ゆっくりとドアが開き、逆光を背負ったエドガー氏が無表情に立ち塞がります。
「何をなさってるんです、お父様」
抽送が止まります。
伯爵は狼狽しました。
「エドガー……もうねたはずじゃ」
「何をなさってるんですかと聞いたんです」
エドガー氏が一歩踏み出します。
「何故彼は裸なんですか。何故縛られてるんですか。何故泣いてるんですか」
「これには訳が」
「そのみっともないザマはなんです。何故裸なんです。何故丸出しなんです。小便くさいですね。飲ませたんですか。僕の大事な人を、尿瓶代わりにしたんですか」
「パトロンになれとこいねがったのはお前じゃないか!」
暖炉の火影が踊り狂い、エドガー氏が利き手に持ったペインティングナイフがきらめきます。
伯爵が萎えた陰茎を引き抜くのと、エドガー氏のナイフが腹に刺さるのは同時でした。
「エドガー!」
エドガー氏は貴方の戒めを解き、瀕死の父親を顧みず逃げ出しました。伯爵はまだ息があります。
「気でも違ったのか、実の親父になんてことするんだ!」
別室のドアが開け放たれました。エドガー氏と貴方が兼用で使っている、屋敷の外れのアトリエです。
貴方は裸にガウンだけ羽織っていました。
エドガー氏は激高し、ペインティングナイフをめちゃくちゃに振るい、キャンバスを切り刻みました。
豚、マングース、セーブル、イタチ、牛、馬、クロテン……立派な拵えの絵筆が乱雑にばら撒かれ降り注ぎます。貴方がお零れに預かってきた画材。
貴方が炭で描いてた頃から、エドガー氏には申し分ない絵筆と画材が与えられていました。
「気が違ったのはそっちだろ。お父様に抱かれてたのか?何年前から」
「お答えするよ。最初から、だ」
無造作に赤毛をかき上げ、なんでもない事のように虚勢を張って言いました。
「お情けでおいてもらってるんだから、あれ位当然だろ」
エドガー氏がうろたえました。
「なんだよお前、自分が頭を下げたから居候が許されたとでも思ったのか」
「僕は」
「お生憎様。俺は最初からあの人の玩具、奴隷だった。あの変態にガキの頃からどんな事されてきたか聞かせてやろうか」
「やめろ聞きたくない」
「だけど息子のお前には聞く義務があるんじゃないか?あの人が俺の口を尿瓶にしたのは一度や二度じゃない、犬の糞入りスープの方が余っ程上等に思える味だぜ、腕を縛んのはシルクのハンカチときた、親子で好みも似るんだな!アレでも一応痛めねえように気ぃ遣ってくれてんだとさ、泣かせるじゃねえか」
力ずくでナイフを奪いキャンバスに切り付け、画架を蹴倒します。
「伯爵が俺を引き取ったのはお前にほだされたからじゃねえ、最初っからろくでもねえ下心があったんだよ!耳かっぽじってよーく聞けエドガー・スタンホープ次期伯爵殿、お前がスランプだの才能だの贅沢な事でぐだぐだ悩んでる間に俺が何されてきたか、才能が人を幸せにすんのが事実なら何で俺はここにいるんだ、てめェらくそったれ貴族のおもちゃにされなきゃいけねーんだよ!」

九年間、溜めに溜め込んだ怒りが爆発しました。
せっかく耐えたのに、耐えきれると思っていたのに、エドガー氏が全部ぶち壊しました。

「絵なんてどうでもよかった、才能なんざいらなかった、欲しけりゃくれてやるよいくらでも!」
縋り付くエドガー氏を蹴倒し、顔面に唾を吐き捨て、怒り狂って叫びます。
「何で言ってくれなかった」
「毎晩テメエの親父にケツの穴ほじられてるんで助けてくださいってか?」
「ただ君を助けたかった、ずっとずっと憧れていた、君に追い付く為だけに全部全部捧げたのに!」
「時間?金?まさか童貞じゃねェよな、捧げた見返り期待できんのは相手が貰って嬉しいもんだけだぞ」
口汚く罵り高笑いすればエドガー氏の顔が絶望と虚無に染まり、がっくり首を折りました。
「僕は、君を」
「エドガー……お前ってヤツは……」
告白を遮り、腹からの出血が止まらない伯爵が乗り込んできました。大量の脂汗に塗れた顔は酷く青ざめ、目だけがぎらぎらと憎悪に煮えたぎっていました。
「お前が来てからエドガーはおかしくなった。この疫病神め」
伯爵は鉄製の火掻き棒をひっさげていました。その先端が床を擦り、風切る唸りを上げて貴方を狙います。
「危ない!」
間一髪、エドガー氏に突き飛ばされます。
代わりに火掻き棒が直撃したのは貴方が使っている未完成のキャンバスで、使い込まれた画帳がのっかっていました。

火掻き棒に叩き落とされた画帳が床をすべり、高速でページが繰られていきます。
たまさか開かれた帳面に描かれていたのは、貴方のお母上の肖像でした。

「オリヴィア?」
「なんでお袋の名前を……」
とても嫌な予感が過ぎりました。伯爵の目が動揺に揺れ、ブツブツ独り言を呟きます。
「そんなはずない。確かに追い出した」
元メイドの母は嘗て貴族の屋敷に仕えていた、そこの次男坊に孕まされた。スタンホープ伯爵の兄は早逝してる。
「オリヴィア。赤毛。言われてみればよく似てる。迂闊だった、何故気付かなかった。倅を上手く唆して、屋敷を乗っ取る魂胆だったんだな?」
「待ってくださいお父様、話に付いていけません。オリヴィアとは誰です?彼女と何があったんですか」
「安心しろエドガー、お前こそ正統なるスタンホープの後継だ。庶子の兄に爵位など」
アトリエに絶叫が響き渡り、無地のキャンバスに返り血が飛び散りました。
「はは、は」
腰砕けにへたりこんだ弟の前で、貴方はナイフを振り上げ振り下ろし、実の父をめった刺しにしました。
もうなにもかも終わりです。貴方は父殺しの烙印を捺され監獄に送られます。
「あー……すっきりした」
貴方はペインティングナイフを捨てました。伯爵は目をひん剥いて息絶えています。蹴飛ばしても反応はありません。もっと早くこうしていればよかったとさえ思いました。
ふと右を向けば、もとは純白の布に斑の血痕が飛び散っています。布が掛けられたキャンバスはこれだけでした。
一体何の絵だろうと興味をそそられ、布を払うまぎわに画帳を押し付けられました。
「消えろ下民」
エドガー氏が差し迫った剣幕で貴方を窓辺に押しやり、脱出を急き立てます。
「消えろって、明日は結婚式じゃ」
「お前のせいでスタンホープ伯爵家はおしまいだ、どこへなりとも消え失せろ、金輪際顔を見たくない!」
「……はっ」
所詮そっち側かよ。
窓枠を掴んで怒鳴り散らすエドガー氏に白け、画帳を小脇に抱えて庭に降り立ち、一目散に駆けだしました。
ええ、貴方は悪くない。
たとえ人殺しで親殺しでもね。
あにはからんやこの後起きた展開には一切関与してませんし、意外な顛末も知らぬ存ぜぬでしょうね。
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