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五話
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「ぁッ、ぐっ、エドガーやめっ、ぁあっそこっ」
「奥が感じるのか、淫乱な体だね。先端からとぷとぷ滴らせて……」
「頼むやめてくれ、もうむりだ、休ませッあ」
その日も貴方はエドガー氏に抱かれていました。
天蓋付きのベッドに押し倒され、純白のシーツをかきむしりながら、次の授業に用いる絵具を買い足さねばと朦朧とする頭で考えていました。
授業の課題は空でした。倫敦の曇天を描く予定でした。白と黒をまぜたら灰色になるのは、絵描きならずとも知っています。
白、黒、灰
白、黒、灰
回れ廻れ回れ廻れ
落ちろ堕ちろ落ちろ堕ちろ
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッああぁあ」
エドガー氏が貴方を後ろから抱き締め、深く深く貫きました。
体内に打ち込まれた楔が白濁を放ち、同時に貴方の陰茎も精を吐き、ぐったり突っ伏します。
ところが、この日はまだ終わりません。
エドガー氏が鞄から取り出したのは真新しい絵筆でした。
「さっき画材屋で買ってきた。何の毛かわかる?」
「豚?」
「はずれ、クロテンだよ。ロシアンセーブルともいうらしい。弾力があって揃いが良いのが特徴だ」
嫌な予感が募っていきます。
咄嗟にエドガー氏を突き飛ばし逃げようとするも遅く、腕を掴んで引き戻され、シルクのハンカチで両腕を縛り上げられました。
「やめろ、くるな、はなせ」
ベッドの支柱に括り付けられた貴方に、クロテンの絵筆を構えたエドガー氏が忍び寄ります。
やがてエドガー氏は腹に跨り、右に左に背いた顔を追い、瞼や唇のふくらみを筆先でなぞりはじめました。
「ッ、ふ」
絵筆が内腿に移り、手足の指の股をくすぐり、めくるめく官能をさざなみだてます。
圧をかければ扇状に広がり、力を抜けば再び窄まり閉じて、まるで生き物みたいでした。
恥辱と快感に打ち震える貴方を見下ろし、エドガー氏が陶然と微笑みました。
「面白い。生きたキャンバスだ」
声だけは漏らすまいと唇を噛む貴方をよそに、エドガー氏は巧みに急所を避け、じらすような緩やかさで内腿や腹筋を刷き、重点的に乳首を責め始めました。
かと思えば一旦離れ、煙管から立ち上る煙をたっぷり巻き取り、香炉に均された阿片の粉末を筆先に塗します。
エドガー氏が阿片の粉末と煙に筆を浸すのを目撃し、全身の血が逆流しました。
「じっとして。上手く塗れない」
「ンっ、んんっ、ぐ」
執拗にくすぐられ、引き締まった腹筋がわななきます。耐えきれず甘く湿った吐息がこぼれ、内腿が不規則に微痙攣し、腰が上擦り出します。
「クロテンの筆は気に入ったかな。君用に誂えたんだよ」
鈴口や裏筋を絵筆がくすぐり、急激に性感を高めていきます。貴方は混乱しました。
筆を通し皮膚の毛穴に刷り込まれた阿片は、血液に乗じて瞬く間に全身を駆け巡り、酩酊を引き起こしました。
「馬鹿、筆をどけろ」
「阿片は媚薬にもなるんだ」
エドガー氏は手を緩めず、貴方の股間に屹立した陰茎を思うさま筆でなぶり、一際敏感な粘膜に阿片を塗しました。
「~~~~ぁあっあ、ぁっ」
白昼夢を見ました。
棺桶に寝かされたお母上が笑っていました。幼い頃のエドガー氏が口から真っ赤な血を垂れ流し笑っていました。
貴方は切なげに身悶え、エドガー氏の署名が入った、枕元の画帳をはたき落としました。
まだ終わりじゃありません、最も触れられたくない場所が残っています。案の定、絵筆は肛門にあてがわられました。周囲の襞を一本一本くすぐり、暴き、窄まりを浅く突付いています。
「許してくれ……そこだけは……」
「さんざん使い込んだのに、何を今さら恐れるんだい」
遂に貴方は泣き出しました。シーツにぱたぱた涙が滴りました。エドガー氏の言うとおり貴方の肛門は赤く腫れ、擂鉢状に削げています。
「ぁあっ、あっああぁ!」
不意打ちでした。エドガー氏が貴方の腹に手を回し、筆先でへそをほじくったのです。
「またイッた。淫乱だね」
呆れ半分感心半分エドガー氏がからかいました。貴方の精液に濡れた筆は先端が尖り、毛束が纏まっています。
「筆だけは嫌だ……しゃぶれっていうならしゃぶる、犬のまねもする、他のにしてくれ」
絵描きが絵筆で犯される以上の屈辱はありません。泣いて頼む貴方の耳を甘噛みし、エドガー氏は諭しました。
「君の筆と僕の筆、どっちで犯されたいか選べ」
彼は悪魔でした。
もはや聡明で心優しい少年の面影は消え失せ、貴方を辱める事だけに執念を燃やしていました。
で、どっちを選んだんですか?
聞かなくても知ってるくせに……まあ知ってますけどね、やっぱりご本人の口から聞きたいじゃないですか。おっと、悪態を吐くのはやめてください。
貴方にとって幸いだったのは、エドガー氏が突っ込んだのが「柄」の方だった一点に尽きます。筆先は不衛生ですものねえ。
尻から絵筆を生やし、全裸でよがる痴態はさぞかし見ものだったでしょうね。
可哀想なエドガー氏。
可哀想な貴方。
エドガー氏と許嫁の結婚が決まったのは、その一週間後でした。
本当ならエドガー氏の卒業を待って式を挙げる予定でしたが、スタンホープ伯爵が前倒しで急かしたのです。
伯爵はね、息子を画家にする気なんて毛頭ありませんでした。美術学校にやったのはご機嫌とり、爵位を継ぐ前の猶予期間の認識でした。
屋敷の廊下で伯爵に追い付いたエドガー氏が、血相変えて申し立てました。
「待ってくださいお父様!」
「この上何を話し合うというんだ、青春を謳歌して気がすんだろ。お前に絵の才能はない、諦めろ」
「結婚なんてまだ考えられません、せめて卒業まで」
「息子が骨の髄まで阿片に毒され廃人になるのを待てと?」
伯爵の顔に軽蔑が浮かびます。
エドガー氏の眼窩は落ち窪み、頬は削げ落ち、艶やかだった髪の毛はぱさぱさに傷んでいました。
「なんだその体たらくは。禁断症状で絵筆も満足に握れないじゃないか」
脇にたらした手は痙攣し、指の震えが止まりません。
「どうして……」
知ってるんだ、とは続けられません。
伯爵が知っている理由は明らか、貴方が報告していたからです。
エドガー氏が振り返りました。裏切り者を見る目でした。貴方は顔を背け、たった一言絞りだします。
「すまない」
「復讐なのか」
エドガー氏が髪を掻いてあとずさり、貴方は言葉を失い立ち尽くします。
錯乱するエドガー氏に片手をさしのべ、弁解しようと口を開き、虚無感に苛まれて閉じました。
「……かもな」
ずっとずっとエドガー氏が嫌いでした。
大嫌いでした。
エドガー氏にとって貴方は親友だった。
貴方にとってエドガー氏は恩人だった。
友情と恩義は両立するでしょうか?
エドガー氏は何もかもに恵まれすぎていた。
貴方は絵の才以外何も持たなかった。
故にこそ貴方は、エドガー氏が一番欲した友情を与える事を拒んだ。
エドガー氏の顔に幻滅が過ぎり、すぐ消滅します。
身を翻し立ち去るエドガー氏を、貴方は苦渋の面持ちで見送りました。
結婚式の準備は粛々と進みました。許嫁もインドから帰国したそうです。
当時七歳だった幼女は、十六歳の見目麗しい淑女に成長していました。
ところがエドガー氏は一度も花嫁に会いに行きません。
学校の授業をサボり、昼間からパブに入り浸り、カウンターで酔い潰れています。
パブにいない時は阿片窟、このどちらかにいました。貴方は伯爵に命じられ、しぶしぶ友人を迎えに行きました。
「起きろ、花嫁さんが待ってるぞ。衣装合わせをすっぽかすんじゃない」
「ほっといてくれ」
肩を揺すって起こせば寝ぼけた声でぼやき、邪険に手を払われました。さすがにむっとします。
「レディに恥をかかせるな」
「だったら君が結婚すればいい、お似合いだ」
「俺が?冗談キツい」
「何故?養子だから?」
「養子ですらない、お情けで置いてもらってるただの居候だ」
唇を曲げて皮肉っぽく自嘲すれば、エドガー氏は悲痛に顔を歪め、グラスの底のジンを呷りました。
「なんでわかってくれないんだ」
伯爵が?
それとも貴方?
エドガー氏の罵倒は主語がぬけていました。
「……お前は立派な伯爵になるよ」
「お為ごかしはやめろよ、心にも思ってないくせに」
「思ってるさ。俺を拾ったのは、救貧院を慈善訪問した帰りだったんだろ」
「失敗した。別の道を使えばよかった」
「感謝してるんだよ本当に。お前がいなけりゃ野垂れ死んでた」
エドガー氏の腕を肩に回し、腰を支えて立ち上がらせた拍子に、彼の手が滑りました。
いえ、わざとグラスの底を叩き付けたのかもしれません。
結果としてグラスは割れ砕け、中身のジンがカウンターに溢れ、エドガー氏の血と混ざりあいました。
「馬鹿野郎!」
咄嗟にエドガー氏の手を包み、てのひらに刺さった破片を抜いていきます。
「筆が握れなくなる」
「もういいんだ、どうでも」
「よくない」
「代わりに描けよ、その方が良いものができあがる」
「盗作から傑作は生まれない、剽窃の誹りは受けたくないね」
ほんの一瞬、貴方とエドガー氏は笑い合いました。
幸い傷は浅く、深手には達していません。
ガラスの破片をあらかた摘出したのち、エドガー氏の指先に膨らむ大粒の血を吸い、唾液で消毒します。
「続きを描かなきゃ。式までに仕上げたい」
「アトリエに放置してる未完の絵か?」
「どうしても手に入らない素材があるんだ、方々探し回ってるんだけど」
「鉱石?貝殻?植物?」
「……砂」
「海にうんざりするほどあるぞ」
「暗夜に恩寵を降らす特別な砂なんだ」
さっぱりわかりません。
ハンカチを巻いて止血を施し、エドガー氏を背負い直しました。
「綺麗だな」
エドガー氏の視線の先には縁が欠けたグラスが倒れていました。飴色に艶めくカウンターには琥珀色の液体が広がり、赤い血を薄めています。
人さし指をジンに浸し、美味そうにしゃぶるエドガー氏。ハンカチにじわじわ滲み出す赤。
「ほら」
再びジンをすくいとり、口元へさしだます。
貴方は店に犇めく酔客の隙を突き、エドガー氏の傷口から滴るジンと血の雫を舌で受け、うっとりと味わいました。
エドガー氏は貴方が雫を嚥下するのを見届け、満足げに苦笑しました。
「ジン四分の一オンスに血が一滴。それが僕たちの新しい色だ」
僕にはわかりません。
あえてわからないふりをします。
貴方は何故エドガー氏に優しくしたのですか?
同情?憐憫?優越?あるいは償い、罪滅ぼし?
彼の堕落に比例し救われていたのは、実は貴方じゃないんでしょうか。
「奥が感じるのか、淫乱な体だね。先端からとぷとぷ滴らせて……」
「頼むやめてくれ、もうむりだ、休ませッあ」
その日も貴方はエドガー氏に抱かれていました。
天蓋付きのベッドに押し倒され、純白のシーツをかきむしりながら、次の授業に用いる絵具を買い足さねばと朦朧とする頭で考えていました。
授業の課題は空でした。倫敦の曇天を描く予定でした。白と黒をまぜたら灰色になるのは、絵描きならずとも知っています。
白、黒、灰
白、黒、灰
回れ廻れ回れ廻れ
落ちろ堕ちろ落ちろ堕ちろ
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッああぁあ」
エドガー氏が貴方を後ろから抱き締め、深く深く貫きました。
体内に打ち込まれた楔が白濁を放ち、同時に貴方の陰茎も精を吐き、ぐったり突っ伏します。
ところが、この日はまだ終わりません。
エドガー氏が鞄から取り出したのは真新しい絵筆でした。
「さっき画材屋で買ってきた。何の毛かわかる?」
「豚?」
「はずれ、クロテンだよ。ロシアンセーブルともいうらしい。弾力があって揃いが良いのが特徴だ」
嫌な予感が募っていきます。
咄嗟にエドガー氏を突き飛ばし逃げようとするも遅く、腕を掴んで引き戻され、シルクのハンカチで両腕を縛り上げられました。
「やめろ、くるな、はなせ」
ベッドの支柱に括り付けられた貴方に、クロテンの絵筆を構えたエドガー氏が忍び寄ります。
やがてエドガー氏は腹に跨り、右に左に背いた顔を追い、瞼や唇のふくらみを筆先でなぞりはじめました。
「ッ、ふ」
絵筆が内腿に移り、手足の指の股をくすぐり、めくるめく官能をさざなみだてます。
圧をかければ扇状に広がり、力を抜けば再び窄まり閉じて、まるで生き物みたいでした。
恥辱と快感に打ち震える貴方を見下ろし、エドガー氏が陶然と微笑みました。
「面白い。生きたキャンバスだ」
声だけは漏らすまいと唇を噛む貴方をよそに、エドガー氏は巧みに急所を避け、じらすような緩やかさで内腿や腹筋を刷き、重点的に乳首を責め始めました。
かと思えば一旦離れ、煙管から立ち上る煙をたっぷり巻き取り、香炉に均された阿片の粉末を筆先に塗します。
エドガー氏が阿片の粉末と煙に筆を浸すのを目撃し、全身の血が逆流しました。
「じっとして。上手く塗れない」
「ンっ、んんっ、ぐ」
執拗にくすぐられ、引き締まった腹筋がわななきます。耐えきれず甘く湿った吐息がこぼれ、内腿が不規則に微痙攣し、腰が上擦り出します。
「クロテンの筆は気に入ったかな。君用に誂えたんだよ」
鈴口や裏筋を絵筆がくすぐり、急激に性感を高めていきます。貴方は混乱しました。
筆を通し皮膚の毛穴に刷り込まれた阿片は、血液に乗じて瞬く間に全身を駆け巡り、酩酊を引き起こしました。
「馬鹿、筆をどけろ」
「阿片は媚薬にもなるんだ」
エドガー氏は手を緩めず、貴方の股間に屹立した陰茎を思うさま筆でなぶり、一際敏感な粘膜に阿片を塗しました。
「~~~~ぁあっあ、ぁっ」
白昼夢を見ました。
棺桶に寝かされたお母上が笑っていました。幼い頃のエドガー氏が口から真っ赤な血を垂れ流し笑っていました。
貴方は切なげに身悶え、エドガー氏の署名が入った、枕元の画帳をはたき落としました。
まだ終わりじゃありません、最も触れられたくない場所が残っています。案の定、絵筆は肛門にあてがわられました。周囲の襞を一本一本くすぐり、暴き、窄まりを浅く突付いています。
「許してくれ……そこだけは……」
「さんざん使い込んだのに、何を今さら恐れるんだい」
遂に貴方は泣き出しました。シーツにぱたぱた涙が滴りました。エドガー氏の言うとおり貴方の肛門は赤く腫れ、擂鉢状に削げています。
「ぁあっ、あっああぁ!」
不意打ちでした。エドガー氏が貴方の腹に手を回し、筆先でへそをほじくったのです。
「またイッた。淫乱だね」
呆れ半分感心半分エドガー氏がからかいました。貴方の精液に濡れた筆は先端が尖り、毛束が纏まっています。
「筆だけは嫌だ……しゃぶれっていうならしゃぶる、犬のまねもする、他のにしてくれ」
絵描きが絵筆で犯される以上の屈辱はありません。泣いて頼む貴方の耳を甘噛みし、エドガー氏は諭しました。
「君の筆と僕の筆、どっちで犯されたいか選べ」
彼は悪魔でした。
もはや聡明で心優しい少年の面影は消え失せ、貴方を辱める事だけに執念を燃やしていました。
で、どっちを選んだんですか?
聞かなくても知ってるくせに……まあ知ってますけどね、やっぱりご本人の口から聞きたいじゃないですか。おっと、悪態を吐くのはやめてください。
貴方にとって幸いだったのは、エドガー氏が突っ込んだのが「柄」の方だった一点に尽きます。筆先は不衛生ですものねえ。
尻から絵筆を生やし、全裸でよがる痴態はさぞかし見ものだったでしょうね。
可哀想なエドガー氏。
可哀想な貴方。
エドガー氏と許嫁の結婚が決まったのは、その一週間後でした。
本当ならエドガー氏の卒業を待って式を挙げる予定でしたが、スタンホープ伯爵が前倒しで急かしたのです。
伯爵はね、息子を画家にする気なんて毛頭ありませんでした。美術学校にやったのはご機嫌とり、爵位を継ぐ前の猶予期間の認識でした。
屋敷の廊下で伯爵に追い付いたエドガー氏が、血相変えて申し立てました。
「待ってくださいお父様!」
「この上何を話し合うというんだ、青春を謳歌して気がすんだろ。お前に絵の才能はない、諦めろ」
「結婚なんてまだ考えられません、せめて卒業まで」
「息子が骨の髄まで阿片に毒され廃人になるのを待てと?」
伯爵の顔に軽蔑が浮かびます。
エドガー氏の眼窩は落ち窪み、頬は削げ落ち、艶やかだった髪の毛はぱさぱさに傷んでいました。
「なんだその体たらくは。禁断症状で絵筆も満足に握れないじゃないか」
脇にたらした手は痙攣し、指の震えが止まりません。
「どうして……」
知ってるんだ、とは続けられません。
伯爵が知っている理由は明らか、貴方が報告していたからです。
エドガー氏が振り返りました。裏切り者を見る目でした。貴方は顔を背け、たった一言絞りだします。
「すまない」
「復讐なのか」
エドガー氏が髪を掻いてあとずさり、貴方は言葉を失い立ち尽くします。
錯乱するエドガー氏に片手をさしのべ、弁解しようと口を開き、虚無感に苛まれて閉じました。
「……かもな」
ずっとずっとエドガー氏が嫌いでした。
大嫌いでした。
エドガー氏にとって貴方は親友だった。
貴方にとってエドガー氏は恩人だった。
友情と恩義は両立するでしょうか?
エドガー氏は何もかもに恵まれすぎていた。
貴方は絵の才以外何も持たなかった。
故にこそ貴方は、エドガー氏が一番欲した友情を与える事を拒んだ。
エドガー氏の顔に幻滅が過ぎり、すぐ消滅します。
身を翻し立ち去るエドガー氏を、貴方は苦渋の面持ちで見送りました。
結婚式の準備は粛々と進みました。許嫁もインドから帰国したそうです。
当時七歳だった幼女は、十六歳の見目麗しい淑女に成長していました。
ところがエドガー氏は一度も花嫁に会いに行きません。
学校の授業をサボり、昼間からパブに入り浸り、カウンターで酔い潰れています。
パブにいない時は阿片窟、このどちらかにいました。貴方は伯爵に命じられ、しぶしぶ友人を迎えに行きました。
「起きろ、花嫁さんが待ってるぞ。衣装合わせをすっぽかすんじゃない」
「ほっといてくれ」
肩を揺すって起こせば寝ぼけた声でぼやき、邪険に手を払われました。さすがにむっとします。
「レディに恥をかかせるな」
「だったら君が結婚すればいい、お似合いだ」
「俺が?冗談キツい」
「何故?養子だから?」
「養子ですらない、お情けで置いてもらってるただの居候だ」
唇を曲げて皮肉っぽく自嘲すれば、エドガー氏は悲痛に顔を歪め、グラスの底のジンを呷りました。
「なんでわかってくれないんだ」
伯爵が?
それとも貴方?
エドガー氏の罵倒は主語がぬけていました。
「……お前は立派な伯爵になるよ」
「お為ごかしはやめろよ、心にも思ってないくせに」
「思ってるさ。俺を拾ったのは、救貧院を慈善訪問した帰りだったんだろ」
「失敗した。別の道を使えばよかった」
「感謝してるんだよ本当に。お前がいなけりゃ野垂れ死んでた」
エドガー氏の腕を肩に回し、腰を支えて立ち上がらせた拍子に、彼の手が滑りました。
いえ、わざとグラスの底を叩き付けたのかもしれません。
結果としてグラスは割れ砕け、中身のジンがカウンターに溢れ、エドガー氏の血と混ざりあいました。
「馬鹿野郎!」
咄嗟にエドガー氏の手を包み、てのひらに刺さった破片を抜いていきます。
「筆が握れなくなる」
「もういいんだ、どうでも」
「よくない」
「代わりに描けよ、その方が良いものができあがる」
「盗作から傑作は生まれない、剽窃の誹りは受けたくないね」
ほんの一瞬、貴方とエドガー氏は笑い合いました。
幸い傷は浅く、深手には達していません。
ガラスの破片をあらかた摘出したのち、エドガー氏の指先に膨らむ大粒の血を吸い、唾液で消毒します。
「続きを描かなきゃ。式までに仕上げたい」
「アトリエに放置してる未完の絵か?」
「どうしても手に入らない素材があるんだ、方々探し回ってるんだけど」
「鉱石?貝殻?植物?」
「……砂」
「海にうんざりするほどあるぞ」
「暗夜に恩寵を降らす特別な砂なんだ」
さっぱりわかりません。
ハンカチを巻いて止血を施し、エドガー氏を背負い直しました。
「綺麗だな」
エドガー氏の視線の先には縁が欠けたグラスが倒れていました。飴色に艶めくカウンターには琥珀色の液体が広がり、赤い血を薄めています。
人さし指をジンに浸し、美味そうにしゃぶるエドガー氏。ハンカチにじわじわ滲み出す赤。
「ほら」
再びジンをすくいとり、口元へさしだます。
貴方は店に犇めく酔客の隙を突き、エドガー氏の傷口から滴るジンと血の雫を舌で受け、うっとりと味わいました。
エドガー氏は貴方が雫を嚥下するのを見届け、満足げに苦笑しました。
「ジン四分の一オンスに血が一滴。それが僕たちの新しい色だ」
僕にはわかりません。
あえてわからないふりをします。
貴方は何故エドガー氏に優しくしたのですか?
同情?憐憫?優越?あるいは償い、罪滅ぼし?
彼の堕落に比例し救われていたのは、実は貴方じゃないんでしょうか。
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