天童遊戯

まさみ

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七話

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「天狗の隠れ蓑ね。どうりで騒がれず近付けたわけだ」
「権現の毛皮剥いで透明マントて売り込めば大儲け」
「冗談だよな?」
「半分」
「半分本気なのか……」
ハンカチを畳んで戻す拝み屋の孫に苦笑い、チラシに刷られた写真を見詰める。
「帰してやりてえな」
「十年異界入りしとったんやで?今さら人里戻しても馴染めん」
「やってみなきゃわかんねーだろ。明日その岩室に案内しろ」
憤慨して瓶を傾ける正にやれやれと肩を竦め、思案顔で黙り込む。
「妙やな」
「どうした」
「いや……」
本の記述を読み返し、スマホをかざしてシャッターを切る。正は待ち受けに注意を移す。肌色が見えた。
「彼女?」
「助手」
「高校の同級生だっけ」
「よお覚えとるね」
酔っ払いの詮索に意味深な笑顔を返し、スマホで口元を隠す。
「見る?」
「見てえ」
茶倉が表返したスマホの待ち受けは、行儀悪く布団をはだけて爆睡する、若い男の寝顔だった。
「額に肉じゃ芸ないし梵字書いといた。油性ペンで」
「鬼か。ていうかコイツ上半身裸……」
「暑がりやねん」
サッとスマホを引っ込め、猪口の中身を干す。

茶倉を交えた晩酌の誘いを断り、縁側の柱にもたれ、障子を透かして落ちる明かりを見詰める。
宴会は盛り上がっているようだ。正は食客とサシで飲んでいる。別に羨ましくはない。
母の死以降父と溝ができた。それ以前から継ぐ継がないの確執はあったものの、拗れ拗れて家庭内別居に陥ったのは、未だに正を許せずにいるからに他ならない。
『本当にお気の毒でなりません。もうすこし発見が早ければ助かったのに……』
享年四十二歳。まだまだ若かった。
霊安室のパイプ椅子に沈み、深々うなだれる正と玄を遠巻きにし、看護師が囁き交わす。
『境内に半日放置されたんでしょ』
『旦那さんの山籠もり中、一人でお寺を守ってたのね』
『息子さんはバイクで旅に……』
キツく目を閉じて幻聴を打ち消し、障子に映る影を睨む。
茶倉と会うのは三年ぶりだ。前回はろくに話もせず別れた。大人げない自覚はあるがこればかりはどうしようもない。
事の起こりは十五年前、玄が十三の時。まだ健在だった祖父・冥安が孫を呼び出し、こういった。

『玄よ、稚児の戯に出てみぬか?』
『何それ』
『世に名だたる術師の秘蔵っ子を集め、一番優れた者を決める祭礼だ』

祖父曰く、稚児の戯の歴史は古い。その起源は平安の世に遡り、当代の術師たちが、血の繋がりの有無を問わず跡取りと見込んだ若手を競わせてきたらしい。
与えられた課題をよくこなし、最強の誉れを得た術師は、様々な恩恵に浴すことができる。

『期限は一週間。奏楽の腕前、祝詞や経文の暗唱、さらには呪術の実践に祓いの作法まで、寝食を共にしながら切磋琢磨し互いを鍛えるのが目的じゃ』
『よくわかんねえけど、出たい』

世間知らずの中学生だった玄は、まんまと祖父の口車にのせられ稚児の戯への参加を表明した。
動機は単純に面白そうだったから。
修験者の一族に生まれ、いずれ寺を継ぐ身として、自分と同じ境遇の子供たちに会ってみたかった。上手くすれば友達ができるかもしれない。

稚児の儀はその年の夏に行われた。

当日成願寺に集まった子供たちの年齢はばらばら。下は十一、上は十八。最年少はまだ小学生の少年だった。
『茶倉さんのお孫さんはまだ小さいからアンタが面倒見たげなさい、弟ほしがってたでしょ』
ああそうだ、お袋にお願いされたんだっけ。
亡き母は優しい人だった。故に最年少の少年を気遣い、年が近い息子と同じ部屋をあてがった。
『ご両親とは早くに死に別れたっていうし、しばらくお婆さんとも会えず心細いでしょうね』
玄の両親は恋愛結婚だ。
母はどこをとっても普通の人で、修験道の事など何も知らず、稚児の戯さえ舅の知人の子息を集めた合宿程度に考えていた節がある。いわば林間学校の延長、夏休みの思い出作りだ。
無垢材が薫る廊下をひた走り、勇んで襖を開け放ち、和室の中央で体育座りした子供と対面する。

女の子かと思った、最初は。

障子越しに物音が立ち、ハッとして腰を上げる。
無造作に本堂に踏み込み、仲良く酔い潰れた様子に閉口する。今しがた玄が聞いたのは、空き瓶を手放した音だったらしい。
「誰が後始末すると思ってやがる」
足元に転がってきた瓶を回収し、柱に寄りかかりうたた寝する客の方を向く。
スーツの膝にスマホが乗っていた。待ち受けは知らない男。何故か額に梵字が書かれている。
嫉妬の熾火が燻る。
規則正しい寝息に合わせ上下する睫毛の長さに惑い、そっと顔を近付け、呼ぶ。
「練」

お前が初恋だなんて、死んでも教えてやんねえ。
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