回々団地

まさみ

文字の大きさ
上 下
19 / 19

十九口目

しおりを挟む
「ぼちぼち時間だな」
「だねー。気合入れてこ」
「ああ……」
「ノリ悪いなきーやん。熱中症か?うちなーんちゅのくせに情けねえ」
力石さんのまぜっ返しに反応せず、チラチラ南棟を見る喜屋武さん。俺は数分前のやり取りを思い出す。

『どうしようもねえ。諦めろ』
数分前、喜屋武さんを呼び止めた。今の所菱沼団地で怪異を目撃したのは俺とこの人だけ、俺ひとりじゃ無理でも喜屋武さんを味方に引き入れれば成ピーを説得できるかもって思ったのだ。サザンアイスと成ピーはそこそこ長え付き合いらしいし、素人の俺の意見は取り合ってもらえなくても喜屋武さんの話なら聞いてくれるんじゃねえかって賭けたのだ。
ところが……。

『なっ……んで?喜屋武さん見ましたよね団地の窓開いてんの。そっから視線感じたって、誰か見てたって言ったじゃないすか!』
『この気温のせいだ、暑さで脳みそ茹だっちまった』
『沖縄の人は耐性あるでしょ』
南棟を指して喚き散らす俺をうんざり見返し、ビーチサンダルで地面を蹴る。
『あそこから放られたボンタンアメ当たりましたよね、あがーって飛び上がりましたよね!?オバアんちの亀甲墓に似てるって話は嘘ですか、スマホにきた変なメッセージは?』
『確かな証拠上がったわけじゃねえ。ロケ中止求めるにゃ根拠が弱い』
『もっかい説得行ってください、喜屋武さんと二人で掛け合えばきっと成ピーだって考え直す』
『仕事選り好みすりゃ秒で干される』
『撮れ高と自分の命どっちが大事なんすか、ここがマジやべえってわかんないんすか!』
『だからお前の相方を呼んだ。高えギャラ払ってな』
言葉に詰まる。
喜屋武さんが意地悪く口角吊り上げ、アロハの半袖から突き出た両腕を破れかぶれに広げてみせる。
『人件費って知ってるか。現場に散ってるスタッフの数かぞえたか。今日の撮影パアになりゃここにいる全員タダ働きで帰すしかなくなるけど、無駄になった時間と労働お前んとこが補償してくれんのか。ただでさえ安い給料でこき使われてんのにいきなり仕事がフイになっちゃダメージでかいだろうな、事と次第によっちゃガス水道電気止められてアパート追ん出されるヤツでるかもな』
俺が手伝ったスタッフたちは皆カジュアルでラフな格好をしていた。職場に着て来る服を選んだにせよ衣類に金を掛けてる様子はなかった。
撮影中止になって困るのはプロデューサーや出演者だけじゃない、現場に動員されたスタッフだって上から下まで打撃を被る。勿論茶倉が金なんか出すわけねえ。
この一件がきっかけでスタッフが食い詰めたら責任とれんのか暗にほのめかし、自分の見通しの甘さに打ちのめされた俺にとどめをさす
『お偉い霊能者の先生が一緒なら怖かねえ、パパッと行って帰ってこれる。ヤベえ霊出たら追っ払ってくれんだろ』
そうだ茶倉はその為に呼ばれた、心霊番組の目玉として担ぎ出された。ここでごねたらアイツの実力疑うことになんのか?俺のわがままのせいで事務所の看板に傷が付いたら……。
『雑魚のお守りが茶倉センセの仕事だもんな』
サナギちゃんと歩く力石さんと南棟を見比べ、迷いを吹っ切るように断言する。
『どっちみち俺に発言権はねえ。芸能界は売れてる方が偉いんだ、力石がやるっていうなら付き合うまでさ』
苦しげに歪む顔を背け、一方的に話を打ち切った喜屋武さんは小さく見えた。やり場のない怒りと悔しさがこみ上げ、歩み去るアロハシャツの背中に叫ぶ。
『力石さんの言うことは絶対なんすか、サザンアイスは対等なコンビでしょ、十数年来の相方の言い分スルーしませんよ!』
『話した。笑われた』
『……』
『ファンやめんなら止めねえ。これが今の俺たちだ』
じゃあやめますとも言えず葛藤する俺に、喜屋武さんは振り向きもせず手を振った。どんな顔してるかはわからなかった。

あのシミは今もギラ付く陽射しに炙られてるのだろうか?
どす黒く濃さを増してやないだろうか?

かぶりを振って嫌な想像を追い払い、正面に向き直る。
いよいよ本番だ。無精ひげのカメラマンが出演者をカメラでズームし、照明係の女の子がレフ板を斜めに傾ける。俺は内心やきもきしながら何もできず見守るしかねえ、これ以上駄々をこねた所で摘まみだされるだけだ。
成ピーが台本の筒を振り下ろす。

「スタート」

蝉の声が止む。
そしてまた取り繕うように鳴き出す。

炎天下の団地の中庭に並んで立った四人。左から二番目、力石さんが肺一杯息を吸い込んで声を張る。
「ハイッ、そんなわけで始まりました『あの世の際まで逝ってQ!』。今回のリポーターはお笑い芸人サザンアイスの力石譲二と」
「その相方の喜屋武夏寿男、ユタイタコの孫コンビが務めさせていただきますっ」
「そこはイタコユタコンビだろ」
「下剋上か?サザンアイスだからユタが先でいいんだよ」
左端の喜屋武さんが後を受ける。ボケツッコミの呼吸はバッチリ、長年コンビを組んでるだけあってお互いのことわかりきってる。
「今回はスペシャルゲストをお呼びしました。どうぞ」
「みんな元気ー?アイドルの英ナギでーす」
「『tyakuraスピリチュアルセラピー』代表茶倉練です」
右から二番目のサナギちゃんがにこやかに両手を振り、右端の茶倉が憎ったらしい澄まし顔で答える。力石さんが身を乗り出す。
「ナギちゃんとは結構一緒してるよね、俺ら」
「言われてみればそうかも」
「今回は心霊スポットロケってことで……大丈夫?緊張してない?」
「全然!ユタイタコの孫のお二人がサポートしてくれるって信じてるんで」
「待て待てコンビ名間違えてるイタコユタだから!」
「違えよサザンアイスだろ!」
操さんが口元に手を当てクスクス笑い、成ピーが腕組みして頷く。司会業で鍛えた歯切れ良さで進行役を担った力石さんが茶倉をロックオン。
「お噂は聞いてますよ茶倉センセ、例のタピ動画すごいバズってるじゃないっすか」
「ユーチューブは一人でも多くの方に僕の活動を知ってほしくてはじめたんですが、有難いことに沢山の方にチャンネル登録していただいて」
「待て待てなんで霊能者がやってるチャンネルにタピオカ出てくんだ、本筋から脱線してない?」
「頭固えなきーやん、チャンネルの方向性が行方不明になるなんてよくあることじゃねーの。えーと、本業は霊能者ってことでいいんすよね?イケイケバリバリの」
「死語だよ」
サナギちゃんの塩ツッコミも意に介さず、マイクに見立てた拳を茶倉へ突き出す。茶倉は涼しげな笑顔を浮かべる。
「胡散臭いと思ってます?」
「まさかそんな!胡散臭さなら俺らも負けてないし!」
「僕がやってる『tyakuraスピリチュアルセラピー』は至って真面目な事務所ですよ。エビデンスの貧弱なカウンセリングはしません、いかなる時もクライアント至上主義を貫きコンプライアンス遵守に徹するのでご安心を。ギャランティのプライスは応相談」
アイツやりすぎだ、意識高い系起業家みてえになってやがる。いや、それで合ってんのか?授業参観の保護者気分でハラハラ見学する。
「今日は茶倉センセの記念すべきテレビ初出演ってことで、全国のチャクラーに一言」
「原因不明の体の不調や鳴り止まないラップ音、オーブの大量発生にお困りの方は『tyakuraスピリチュアルセラピー』にご相談ください。お問い合わせはこちらまで」
「藻の繁殖みたいに言うわね」
「毬藻なら可愛いんすけどね」
「変わんないわよ」
こそこそ囁き交わす俺達の視線の先で茶倉が水平に人さし指を動かす。あそこに事務所の連絡先が挿入されるらしい。よくやるぜまったく。

……考えすぎですめばいい。
茶倉の力は本物だ。アイツはすごい霊能者だ。篠塚高の時も日水村の時も小山内邸の時も楽勝……とまでいかねえまでも、手強い怪異をブチのめして帰ってきたじゃねえか。
俺はアイツの活躍をそばで見続けてきた、言っちまえば霊能者・茶倉練の生き証人だ。
十江村ん時は諸事情で留守番だったけど山神と渡り合った自慢話聞かされた、多少話を盛ったにせよ

『ていうか寝込み襲うの反則だろ、こっちだって心の準備ってもんがあんのにお構いなしに跨りやがって、すっからかんに搾り取られていい迷惑だ』
『色々世話んなったし一回ヤらせたるくらい吝かでもない』

玄ってヤツの力を借りたんだとしても。

今回だって心霊スポット恐るるに足らず、平気な顔して帰ってくるに決まってる。心配するだけ損だ。ふと視線を感じて顔を上げりゃ、操さんがしげしげ俺を観察していた。
「上の空ね。心配事?」
「いや~緊張しちゃって」
「地が出ないか?上手くやるわよ」
斜め上の方向に勘違いしてくれてよかった。しっかり者に見えて変なとこで天然なんだよな、そこも魅力だけど。俺の心を読んだのか口元が悪戯っぽく綻ぶ。
「しゃきっとしてよ、そんなんじゃ茶倉君が拗ねちゃうわ」
「どーゆー意味っすか?」
「んー……授業参観でたとえるとね、茶倉君はいま先生に当てられたとこ。せっかく見せ場が来たのに、お母さんが晩御飯の献立考えてたらがっかりでしょ」
せめてお父さんにしてほしいが言わんとすることは察した。そしてハッとした。

無理を押して連れてけって頼んだのは俺だ。なのに不謹慎だの気乗りしねえだのこんなの間違ってるだの着いてからごねだして、晴れ舞台に水をさした。
正直今も後ろめたい気持ちは消えてねえが、アイツがテレビに出んのに喜んでやらないでどうすんだ。

「ありがとうございます操さん。目ぇ覚めました」

茶倉を信じる。
でもって応援する、全力で。

さっきの埋め合わせじゃねーけど……それも全然ないとは言わねえけど、茶倉を支えるのが俺の本分だって漸く思い出せた。玄のことはひとまずおいといて帰りのバスん中か家でハッキリさせりゃいい。

だって俺は思い出した、操さんのたとえを聞いて遠い日の記憶が甦っちまった。体育祭文化祭合唱コンクール卒業式……高校三年間を通し、茶倉の祖母ちゃんは一度も学校行事に姿を見せなかった。
俺が知らねえだけで入学式にゃ来てたかもしれねえけど、そうであってほしいと願うけど、哀しい予感が正しけりゃ親が死んでからアイツはずっとひとりぼっちだったはずだから。
カメラ横のスタッフがスケッチブックをめくり、尻ポケットから抜いたマジックのキャップを取り、新しいページに「話広げて」と書き込む。

閃く。

「貸してください!」
カンペ係に借りたマジックをリレーバトンよろしく操さんにパスし、脱いだスカジャンを腕に掛けて後ろを向く。
「何いきなり」
真剣な顔で耳打ち。俺のお願いを聞いた操さんは一瞬目を丸くし、呆れ気味の苦笑を浮かべる。
「ホントにやるの?」
「構いません」
操さんが俺の背中で手を動かす。くすぐってえのを我慢して書き終わりを待ち、そーっとカメラの横へ歩いてく。
「きーやんにウミガメの霊が憑いてるって本当スか?どうりで個室トイレでぼろぼろ泣いてるわけだ、産卵の記憶追体験してたのか」
「何で俺がトイレで涙止まんねえの知ってんの怖え」
「相方なら当たり前だろ照れんなって」
「私は私は?」
「齢八十ほどのお婆さんが見えます。守護霊でしょうか、とても優しい顔立ちをされてますね。カルピスの包装紙を仕立て直したような水玉エプロンがよくお似合いで……心当たりは」
「それ家庭科の課題で縫ってあげたヤツ……もしかして死んだおばあちゃん!?」
茶倉の指摘に驚いてから「カルピスのリサイクルって酷くない?」とガチでへこむサナギちゃん。可哀想。茶倉の視線が自然に流れ、涼しげな笑顔が固まる。

堂々見せ付けたTシャツの背中にゃ、極太マジックででかでか『ガンバレ』と書かれていた。

スカジャンはお気にの虎の刺繍が入ってたから脱いだ。無地のシャツを着てきてツイてた、血迷ってカンペぶんどったら進行が滞って迷惑かけていた。
背後に立ち込める重苦しい沈黙。リアクションが気になり、首をねじって凍り付く。

「あー……」

めちゃくちゃ怒ってる。

なんで?俺なんかやっちゃいました?操さんに目で助けを求めるもお手上げポーズで肩を竦めるだけ、成ピーに至っちゃ体を逆くの字に曲げて笑いを堪えていた。サナギちゃんも食いしん坊のハムスターみてえに頬袋が膨らんでる。
あ~~も~~完全に滑った、他のメッセージの方がよかったのか?それとも操さんが勝手に付け足した特大ハートマークが……。
急に恥ずかしくなって着こんだスカジャンの前を閉じ、そそくさと後方に退く。俺が小さくなっている間、茶倉たちには当初の予定通り、ハンディカムのビデオカメラが配られていく。
「さ~ていよいよ調査を始めるわけだけど、菱沼団地は広いから一人一台カメラ持って東西南北に分かれてリポートしていきたいと思いまっす。準備はいいかみんな」
「ばっちり」
「問題ねえ」
「同じく」
力石さんが利き手でビデオカメラを構える。サナギちゃんが興味津々カメラをいじくり回し、喜屋武さんがレンズに変顔を映す。最後に茶倉がカメラを持ち、こっちにレンズを向けてきたんでピースサインを返しとく。ダブルで。カメラを右手に委ねた茶倉が口パクで話し出す。
『お』『ま』『え』『や』『な』『い』……。
「私?」
手櫛で髪を梳いた操さんが割り込み、ドヤ顔ダブルピースをキメた俺を画角から弾く。酷すぎねえかこの仕打ち。一方成ピーは満足げだ。
「ここまでは順調だね」
「心霊スポットの説明は入れないんですか?廃墟になっちまった経緯とか事件のあらましとか」
「編プロさんに再現ドラマの制作頼んであるから」
なるほど、後で入れるのか。小さい子供が殺された悲惨な事件の話が蒸し返されずに済んで、心のどこかじゃホッとしていた。
「で、どこ行く?」
「私は南」
「その心は」
「今日の占いのラッキー方位南だったの」
台本通りに力石さんが仕切りサナギちゃんがウィンクを飛ばす。団地の案内図が描かれた掲示板の前にのろくさ移動し、喜屋武さんが浮かない顔で選ぶ。
「北」
「サザンアイスのサザンの方なのに?」
「南はとられちまった」
「早いもん勝ち恨みっこなし」
「僕は西にします」
「そうしてもらえると助かります、一番危険度高そうっすもんね。最後の死体が見付かった給水塔屋上にあるし」
「三人目の被害者のKさんが家族と住んでた棟です、霊視に成功すれば残留思念が拾えるかもしれません」
実名を伏せて言い直す。力石さんはどっちも同じじゃねえかって顔。俺は茶倉の気持ちがわかる気がした。幽霊が視えて聞こえるアイツは、殺された女の子をモノ扱いなんて出来ねえのだ。

俺はアイツのそういうところが好きだ。
だから十年ダチをやってこれた。

「消去法で東棟か。ここは人死に出てねえよな?よかったー」
「棟ごとに分かれるなら集合場所は中庭ですね」
「団地の中心だもんね、わかりやすい」
「一階から順に見てくんだよな、屋上で折り返して」
「階段登るのキツイなあ、電気来てないから仕方ないけど……エレベーター動かないかなあ」
「連絡はスマホで取り合うかんじで」
「部屋ん中入っていいの?」
「退去時に施錠されてるから原則開かないと思いますけど、入る時は注意してください」
「探索中はカメラ回しっぱ、合流後に報告会ね。了解」
「単独行動は死亡フラグだから怪し~気配感じたら深入りせず、全員揃って一斉突撃って作戦。みんなで行けば怖くない」
「ヤバげなとこは下見に留めんのか。それなら……」
「ビビリのきーやんには朗報だろ」
安堵を吐き出す喜屋武さんを力石さんがニヤニヤ茶化す。四人は思いのほか早く担当を振り分け、待ち合わせの時間と場所を打ち合わせる。力石さんが張り切ってカメラを構え直す。
「んじゃ出発」
「待ってください、皆さんに渡しておきたいものがあります」
他メンバーを呼び止めた茶倉が鞄を探り、場違いにチャラチャラしたアクセサリーを取り出す。
「魔除けのパワーストーンで出来たブレスレットです」
「わっキレー!色違いなんだね」
「さすがセンセ、準備いいな」
「幾ら?」
「十万は下りません」
「「「高ッ!?」」」
サナギちゃんがテンション爆上げではしゃぎ、力石さんと喜屋武さんは仰天する。茶倉の手の平にのったブレスレットは三個、夏の陽射しを浴びて艶やかにきらめく。透明度の高い灰褐色、黒い横縞が入った濃緑、赤みを帯びたピンク……紐に通した玉の色と模様はそれぞれ異なっていた。
「灰色が最も破邪の効果が高いスモーキークォーツ。精神面から来るネガティブパワーを減らし、不安や恐怖を取り去ってくれます。緑は邪気を跳ね返し、悪意を持って近付いてくる人を弾くマラカイト。持ち主の身代わりになってくれると伝えられていますね。最後はピンクコーラル、珍しい桃色珊瑚のパワーストーン。別名海の娘とも言われ、航海のお守りとして崇められてきました。感情の調和を図り、パニックや恐れを取り除く効果があります」
「私ピンク!断然可愛いもん!」
サナギちゃんがピンクコーラルのブレスレットに手を伸ばす。
「俺はスモーキーなんたら。渋くて気に入った」
力石さんはスモーキークォーツを取る。
「……気休めにはなるか」
喜屋武さんが胡乱げに呟き、最後に残ったマラカイトを嵌める。金も取らずに高価な石を配る気前の良さを怪しむが、カメラの前でサービスすんのも計算の内か。光り物が好きらしいサナギちゃんはブレスレットを翳しうっとりしていた。茶倉がにっこり微笑む。
「レンタル料は取りません。きちんと返却してくださいね」
恩着せがましい。
「台本にないぞ?」
「勝手にすいません」
「ん~~まあ問題ないっしょ、絵的に映えるしアリってことで」
代わりに謝る操さんに向け、親指と人差し指を輪っかにしてオーケーを出す成ピー。面白くなるならアドリブやハプニングもどんどん取り入れてく方針のようだ。この柔軟さがヒットを飛ばす秘訣だろうか?
ブレスレットを手首に巻いた四人が四方に散開していく。
「またねー」
サナギちゃんが元気一杯、ジャンプしながら手を振る。
「撮れ高稼ぐぜ」
力石さんが下から仰ぐように東棟を撮る。
「変なもん拾い食いすんなよ。ボンタンアメとか」
喜屋武さんが真顔で釘をさす。心情的に南棟は避けるだろうな、と同情した。俺はすたすた去ってく茶倉を追っかけ……。
「待ちなさい」
スカジャンの後ろ襟を掴まれ首が締まる。呆気なく捕まった。俺の首ねっこを押さえたのは操さんで、怖い顔で柳眉を吊り上げている。
「理一くんはここで待機。成瀬さんやスタッフの人たちにひとりで行かせろって言われたでしょ」
「でも」
「茶倉くんにも『待て』されたよね」
「聞いてたんすか」
撮影前、茶倉に「付いてきたら解雇な」と告げられた。勿論それは聞いたし覚えてもいる、ただ納得してねえだけだ。
「俺は茶倉の助手兼用心棒っす、アイツを守るために刀持ってきたのに置いてけぼりって話違います。操さんだって薄々気付いてるでしょここが他と違うって、幾らアイツが強くたって群れで仕掛けてこられちゃ」
「ことあるごと死角に入ったり密室に閉じ込められるような場所なら君の意見もわからなくないわ。この団地にそんなとこある?全部の棟が中庭に面して通路を行き来するとこ見える、四人の動きはパソコン通じて監視してる、中庭には大勢スタッフが詰めてるから何かあればすぐ飛んでく」
「けど!」
「練だけ特別扱いはできない。他三人は単身調査に臨んでる。アンフェア嫌いよね理一くん」
正論。一般人トリオが曰く付き廃墟にソロで挑むのに、プロの茶倉に付き添いがいちゃ公平さを欠く。用心棒だろうと荷物持ちだろうと視聴者にゃ関係ねえ。
操さんが小声で念を押す。
「仕事道具は渡した?」
「ハイ」
情けねえ話バスん中で無茶苦茶した負い目がある。俺から念珠を毟り取った茶倉は『用があるのはコイツや。お前はいらん』と嘯いていた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

俺は触手の巣でママをしている!〜卵をいっぱい産んじゃうよ!〜

ミクリ21
BL
触手の巣で、触手達の卵を産卵する青年の話。

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

悪役令息シャルル様はドSな家から脱出したい

椿
BL
ドSな両親から生まれ、使用人がほぼ全員ドMなせいで、本人に特殊な嗜好はないにも関わらずSの振る舞いが発作のように出てしまう(不本意)シャルル。 その悪癖を正しく自覚し、学園でも息を潜めるように過ごしていた彼だが、ひょんなことからみんなのアイドルことミシェル(ドM)に懐かれてしまい、ついつい出てしまう暴言に周囲からの勘違いは加速。婚約者である王子の二コラにも「甘えるな」と冷たく突き放され、「このままなら婚約を破棄する」と言われてしまって……。 婚約破棄は…それだけは困る!!王子との、ニコラとの結婚だけが、俺があのドSな実家から安全に抜け出すことができる唯一の希望なのに!! 婚約破棄、もとい安全な家出計画の破綻を回避するために、SとかMとかに囲まれてる悪役令息(勘違い)受けが頑張る話。 攻めズ ノーマルなクール王子 ドMぶりっ子 ドS従者 × Sムーブに悩むツッコミぼっち受け 作者はSMについて無知です。温かい目で見てください。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

処理中です...