回々団地

まさみ

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十六口目

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「ッ、は、ふっ」
掠れた息に紛れるしめやかな衣擦れ。鼻腔を突く生臭い匂い。数珠で縛り上げられた陰茎が充血する。鈴口が開閉し先走りの濁流がしとどに指の股を濡らす。
「もうすぐ撮影やぞ、遊んどる暇ない。はよ行かな穴開ける」
「逃げんな」
嫉妬の熾火が胸の内を掻きむしる。腹の底で暴れる真っ黒な衝動が自分の感情か化け物の意志かもわからず、数珠を巻いた陰茎をゆるゆるしごく。
「玄が好きなのか。本命はアイツ?」
「なんでそうなんねん。とっとと外せ」
「どんな関係」
「ただの幼馴染で修行の連れやて何べん言わせんねん、一緒に稚児の戯出たんや」
すかした声から徐々に余裕が剥がれていく。ぬめりを帯びた数珠が食い込んだ陰茎は充血しきって痛々しい。同じ男だからこそどれだけ辛いか想像できる。
「出してえ?」
意地悪く低めた囁きに優越感が滲む。常日頃から見下していた相手に辱められ、端正な顔が羞恥に染まる。それに留飲を下げ、数珠ごと握り込んだ陰茎を擦り立てる。ニチニチいやらしい音が鳴り、鈴口から分泌されたカウパーの粘り気が増していく。
「ちゃんと答えろ」
「~~これ以上何が知りたいねん」
「俺が大人しく抱かれてやってたのは除霊の為だ、どっかの軟弱霊媒師と違って鍛えてるんでね、力じゃ勝てねえってわかってんだろ。お前は滅茶苦茶プライド高い上に面食いだ、相手は選ぶよなきっと。前からデキてたのか?玄ってヤツと乳繰り合うために東北くんだりまで行ったのか、ご苦労さんだな」
禍々しく濁った数珠が陰茎を締め上げ射精を禁じる。相当苦しいはずなのに顔に出さないのは大したものだ。人さし指で裏筋を逆撫でし、苦り切った顔で吐き捨てる。
「修行とか言うからあっさり信じちまった。馬鹿すぎて笑える、俺が寝込んでる間お前はよろしくやってたのに」
「謝ってほしいんか」
「玄に世話んなったのが事実としてなんで抱かせんのが十数年来の借り返すことになんだよ、理屈がおかしいぞ、もっと他にあるだろ」
「そうせな気がすまんかった」
茶倉から誘いを掛けたなんて信じたくない。なのにコイツは否定しない、至って飄々としている。良心の呵責はないのか?
「俺はお前と玄の間にあったこと何も知らねえ、ずっとずっと待ちぼうけで蚊帳の外だ。知ってんのは俺より付き合い長いってこととお前が玄に心を許してることだけ、じゃなきゃホイホイ抱かせてやったりしねえ」
「会うたの十五年ぶりやぞ」
「だから?」
冷たく切り捨て核心を突く。
「お前は好き勝手するけど、一度も抱かせてくれたことねえよな」
「抱きたいん?初耳やな、掘られる方が好きだとばかり」
「好きで悪いか!?そりゃ言ったことねえよ、昔からそうだったじゃん。お前は突っ込む方で俺が突っ込まれる方、除霊の手順込みでそーゆー決まりごとだって思い込んでたんだよ。けどっ、けどさ、お前が他の奴に抱かせてんなら話が違ってくるだろ」
噛み噛みで言い返す。
「第一似合わねーよ、ジャイアニズム全開のイケバリ霊能者チャクラ王子が誰かの下で喘ぐとか全然らしかねえ。俺が知ってるお前はもっと頭が高くていけすかなくて周り全部見下していて」
強くて。かっこよくて。
なんでこんなに傷付いてるんだ。なんでこんな胸が苦しいんだ。
「なんで玄なんだ……」
詰まる所それに尽きる。コイツに選ばれなかったのが悔しい。愚かにも理一は自惚れていた、どんな時も何があっても茶倉が一番に選ぶのは自分だと思い込んでいた、自分を素通りし玄に行くとは思わなかった。

なんで?
役立たずだから?
俺が自分で悪霊追っ払えねえ足手まといだから、すぐに憑かれて泣き入れる弱虫だから、親きょうだいが一般人で由緒正しい霊能者の血筋じゃねえから、お前が一番辛い時にそばにいてやれなかったから、その時そばにいたのは玄だったから……。

玄なら何もかも受け止められるって踏んだのか?お前の何もかも全部曝け出せるって思ったのか?

「鋼の童貞メンタルで初恋引きずられたらめんどくさい、ずーっとお預け食わすよりスッキリさしたったほうが後腐れないてそろばん弾いたねん。修行中は嫌でも毎日顔突き合わせるし、その間ムラムラされたら気が散る。ええやん別に減るもんやなし、ササッと押っ被さってヌいたっただけや」
反省とは無縁の蓮っ葉な物言い。次いで掬い上げるように理一を見る。
「うらやましいか。まざれんで残念やったな」
「てめえ……」
「先越されてやっかんどるんやろ」
おもむろに前傾し、理一の片頬に手を添えて囁く。駄々っ子を宥めるような口調。
「とっととコレ外せ。今なら勘弁したる」
「上目線やめろ。汗すごいぞ」
頬をこする手を薙ぎ払い、澄んだ目の奥に視線を抉り込む。
「数珠びしょびしょじゃん。そのザマでイキがってもウケるだけ」
茶倉がどんなに演技上手でも汗の量は偽れない。丁々発止の会話中も数珠は射精を塞き止めていた。
「すげー溢れてる。エッチな糸引いてんの見える?」
やにわに背広の襟を掴んで押し広げ、薄手のシャツの上から肩口を噛む。
「!?痛ッぐ、」
唾液を吸ったシャツが濃さを増す。茶倉の肩口を噛んだまま、手の動きを止めず陰茎を捏ね回す。コイツが他の男に体を許したのが許せない、罰したい。
「玄もここ噛んだ?」
思い知らせたい。わからせたい。茶倉は俯いたまま唇を結んで答えない。こめかみに汗の玉が結ぶ。そろそろ限界が近い。掠れた吐息に紛れ、艶っぽい喘ぎが漏れる。

「ッぐ、っふ、んん゛っ」
「エロい声。粘膜から出てるみてえ」
「言うてて恥ずかしゅうないんか」
「玄にも聞かせたのか」
「……」
「名前呼んだのか」

シャツの下に穿った歯型を慰撫するように舐め回す。数珠がキツく絡まった下半身を戦慄かせ、半脱ぎの背広姿で悶える茶倉の痴態は罪深いほど淫らで官能的だ。しどけなく開いた膝の中心には真っ赤な陰茎がそそり立ち、息遣いに合わせて震えている。水面みなもに理一を映す瞳は淫蕩に潤み、男の本能に根差す征服欲を煽り立てる。

「チンチンびんびんじゃん。縛られんの好きとかマゾ入ってねえ?」
「はよとれもたん……ぁッ」
「ここでやめちゃ意味ねーだろ」
「こんな事する為に渡したんちゃうぞ」

理一の心を映すように濁りゆく数珠が茶倉の顔を切り取る。数珠の中で分裂した茶倉の顔を一瞥、静かに訊く。
「玄は上手かった?」
嗜虐心が滾り、鈴口に雫を塗り込めるように指の腹をねじる。倒錯した行為にのめりこむ理一は、茶倉の瞳が捉えた自分が異形の影を背負っていることに気付かない。それは一本一本が独立して蠢く、夥しい触手を生やしていた。
理一の影から生じた触手が音もなく茶倉に忍び寄り、もがく四肢を絡め取ろうとする。
十重二十重に組紐で囲われた地下牢の記憶が甦り、大きく目を剥いてあとじさる。されど触手は止まらず、おぞましい動きで床を這いずって茶倉の影を侵す。

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」

邪悪な何かが無理矢理こじ開け入って来る感覚。悪寒と紙一重の快感。戦慄が背筋を駆け抜け、影絵の触手が暴れ出す。
「何回イかされた?」
「……話にならん」
触手が影に出たり入ったり内臓を掻き回す、胃袋がでんぐり返り吐き気が込み上げる。馬鹿な理一はまだ気付かない。影絵の触手が茶倉を犯す、茶倉の影に巻き付いて本格的に蹂躙をはじめる。
「あっ、あっ」
両手は使える。数珠を解くのは簡単。それが出来ないのは触手のせいだ。理一が見ていない死角で、窓から斜めに日が当たる床で太い触手がのたうっている。

実体を伴わぬ幻に過ぎずとも茶倉にとっては逃れ得ぬ現実、長年苗床として馴らされた肉体は影から分かたれた触手の愛撫に感応し勝手に高まっていく。

理一が背広をずり下げ肩から落とし、茶倉の肩を掴んでしなやかな首筋や鎖骨を吸い立てる。シャツをはだけた腹に跨り、今度は乳首を啄む。

「よせこそばい、ぁっ」
唇に挟んで含み転がし、唾液にぬかるんだ口の中で育てていく。
「ふっ、ぅく、ぁっ」
「胸ポチ目立っちまうな。絆創膏貼るか」
口に含んだ突起がまた膨らむ。茶倉の前髪がばらけ、潤んだ双眸が忌々しげに引き歪む。ぞくぞくする強気な眼差し。股間に押し当てたズボンの膝は濡れそぼり、デニムの色が濃くなっていた。
「見ろ、お前の出したもんでぐっしょり。なんて言い訳する?」
「!ぁッが、」

片膝をゆっくり沈めぐりぐり刺激する。ギチギチに数珠を巻いた陰茎を圧迫され、たまらず仰け反った茶倉のシャツに手を差し入れ、無我夢中で腹筋をまさぐる。
いかんせん華奢で非力な茶倉は本気を出した理一にかなわない、バスの床に寝転がって好きにされるしかない。なお悪いことに理一の感情の高ぶりに応じ、きゅうせんが暴走の兆しを見せている。影渡りの触手が茶倉の肢体を緊縛し、ずんぐり太い先端を口に突っ込む。

「んっぐ、」

息ができず苦しい。凄まじい圧迫感に喉が詰まる。これはホンモノやないと念じても消滅せず、出たり入ったり口腔を犯し抜く。

散れ。

気息を正し念じるものの予想に反し何も起きない。何故かはすぐ腑に落ちた。床に仰向けた茶倉に無数の触手が群がり蠢く、両手両足を雁字搦めにするだけに留まらず宿主に先んじて動く、理一には不可視の触手が後ろに回った気配にたじろぐ。
相手は実体を持たない化け物、服の上からでも関係ない。最悪の事態に喉が引き攣り、床を蹴って逃げようとしたそばから後孔に違和感が潜り込む。

「~~~~~~~~~~~~~~~~!」

体が限界まで撓り、声にならない絶叫が喉を灼く。括約筋の排泄圧に逆らい一番狭い窄まりを通り抜けた触手が性感帯と化した襞をかき分け、前立腺を殴り付ける。

「ん゛ッぐ、んん゛」

これは影や。ホンモノやない。頭じゃ理解していても心が納得しない、現に体の中に出たり入ったりしてる、狂おしい抽挿で前立腺を滅多打ち暴れ回る。理一には茶倉が一人で悶えているように見えるはずだ。きゅうせんが反撃しないのは当然。これが全く別種の怪異なら打ち払えたが今群がっているのは茶倉自ら理一に植えた祟り神、自分を攻撃しろと命じても従うはずない。

この役立たずが。
何が茶倉の跡取りや、何が業界一の霊能者や、肝心な時に使えん神さんなんてただの化けもんにも劣るミミズのなりそこないや、一体何の為にけったくそ悪いジメ付いた地下牢にこもってきたんや。

「やけにしおらしいじゃん。減らず口はどうした、こてんぱんに罵ってくんなきゃ調子狂うぜ」

押し返せ。
蹴り出せ。

「んッ、んッ、んッ」

あっけなく念が霧散する。何度挑んでも泡沫に帰す。触手の轡の奥で驚きの声がくぐもる。

あり得へん。理屈に合わん。理一にきゅうせんを移したんは俺、俺が親でコイツが子、なのになんで言うこと聞かんへんねん。
焦燥が渦巻いて錯乱し、それだけはあってほしくないと祈った信じ難い可能性に行き着く。


負けた?
俺が。
コイツに。


茶倉の家は先祖代々品種改良を重ね理想の苗床を整えてきた、洋の東西を問わず強い霊能者を取り込んできゅうせんに捧げる肉の器を作り上げてきた。

が、苗床には適性がある。
仮に先祖返りやら何やらで理一の方が苗床の適性を有していたら―――

プライドが粉々に砕け散る。

「ぐ、うぐ」

理一のアホに負けたなんて信じん絶対認めんきゅうせんが理一を選ぶなんて嘘やそれがホンマなら俺がきゅうせんに捧げた年月は何や全部全部無駄やったんか

「なんで玄なんだ。俺じゃ駄目なのか」

慣らしを始めてたった数か月で茶倉が十数年耐えてきた地獄を踏みにじった男が、どうでもいいことを悲痛に嘆く。

考えてみれば単純なことだ。
茶倉のきゅうせんが理一に逆らわないのは共食いになるからじゃない、理一の方が強いからだ。
前と後ろを同時に責められ真っ白な高みに追い上げられていく。
理一は見えない。茶倉は見える。理一は感じない。茶倉は感じる。苗床としての年季の差が五感を欺く。影の触手は理一の分身、二人の理一に犯されているようなものだ。

「んっ」

馬鹿げた妄想に及んで体内がビクビク痙攣する。中イキ。前は縛られたまま、理一の手淫と触手の責めで絶頂に達してしまった。ドライオーガズムの余韻に浸る間さえ与えられず、触手の抽挿に振り回される茶倉を見下ろす理一の顔がかき曇っていく。

「茶倉?」
「ふっ、ふ~~ッ」

あかん、こっち来んな。顔見られる位なら死んだ方がマシや。毛を逆立てた猫のように唸り、少しでも距離を稼ごうと体を離す。異変が起きたのはその時だ。茶倉の体内を犯す触手がまた一段膨らみ、怒張した男根の形に変化していく。

なんで。

「さわ、んな」

触手を吐き出した口で制す。自然と理一の股間に目が行く。何度も目で見て手で触り口で可愛がってやったから覚えとる、コレは理一の形や。今、理一に挿れられとる。理一の逸物を模した触手がずくんずくん脈打ち、前にも増して猛烈な勢いでもって体奥を貫く。
「じっとしてろ。さわんなきゃ外せねえ」
やりすぎたごめんと目と鼻の先のアホがほざくが知ったこっちゃない、余計なことすなと声を出せない口の代わりに心の中で罵倒する、今解き放たれたら最悪の醜態を曝す羽目になる。

きゅうせんの本質は欲望の粘土。
理一の意志を写し取り、茶倉を犯すのに特化した形に生まれ変わる。

「んっぐ、ふッぁ、んん゛ん゛ん゛ッ」
「もうちょい辛抱してくれ」
コイツに喘がされるなんてプライドが許さん、絶対あり得へん。懸命に拒む心と裏腹に理一の中で育ち理一に化けた触手がぐちゅぐちゅ尻を掻き回す、本物と酷似した質量と熱でもって腸壁を削り前立腺をガツガツ突く。目の前じゃ本物の理一が性急な手付きで数珠と格闘している、大量のカウパーに塗れた数珠は掴み辛く理一の手から逃げていく。
「くそっ滑る!」
爪がもどかしげに数珠を引っかく、転がり逃げた数珠が敏感な粘膜に当たる、それに合わせて理一と同じ太さと形の触手が玄の痕跡を上書きし道を付けるように抜き差しされる。
「あっ、ぁっ、あっ」
ほんの少し締め付けが緩んだ矢先、熱い奔流が駆け抜けた。勢い良く飛び散った白濁が虚を衝かれた理一の顔面を汚す。射精は連続する。耐え切れず手を伸ばし、理一が着ているシャツに縋り付く。
「~~~~~ッは、はーッ」
「お、おい、大丈夫かよ」
塞き止められていたぶん射精は長く、最後の一滴を搾り出すまで間欠的に続く。玄を受け入れてから数か月、きゅうせん以外に許してない秘処はすっかり暴かれていた。口の端から一筋涎を垂らし、だらしなく弛緩しきった顔で理一に凭れる。
「!んッ、」
ずるりと抜けた触手が遠ざかる気配がした。涙を溜めた目の端で窺えば理一の影に触手が収束していく。
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